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シベリアンハイキング

作者:和泉書房
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第一章 カラケレイト
  下り坂、また難あり

山の北側に至り、こちらは一足早く本格的な冬が訪れていることをその冷気が教えるのであった。ユスフは何故か己の道のりを先導してくれる狼の後をひたすらについて行く。同じ山でも北側ではまた生態系が変わる。南に比べやや湿潤な環境が、この北側の斜面に緑の濃い森を育んでいた。こちらは、鬱蒼とした木々の世界である。ユスフはその中を進んでいく。森を進むこと小一時間経った頃、時々遠くから低いうめき声と木の倒れる音が聞こえてきた。熊である。この季節、里の人々が山に立ち入らぬ理由。南側の里の人々にとってのそれが、食料が乏しくなり気が荒くなった狼ならば、北側の里の人々のそれは、出産の季節を迎え同じく気が荒くなった熊であった。 ユスフとてこの季節の峠を越えることの怖さは聞かされてはいたが、その危険を犯してまでも行かねばならぬ旅であった。己の運命を半ば呪いながら行程は続く。徐々にではあるが、先程のうめき声が大きくなっていることに気が付いた。縄張りに差し掛かっている様だ。鉢合わせだけは避けたい。足場の悪い獣道の様な山道を進む。しかし、いよいよ後少しで森を抜けるというところで縄張りの主の姿が40メートル程先にはっきりと見てとれた。おもむろに立ち上がった熊がこちらを見ている。身の丈2メートルはあるかと思われる。ユスフに向けられているその眼差しは、己の縄張りを荒らした侵入者に対するそれで、つまり怒りに満ちていた。こちらに向かってきたとして、太刀打ち出来るか。ユスフは散弾銃を構えて思案する。この武器威力はあるが、如何せん射程が短く、ある程度向こうがこちらに寄ってきたところで射つことが絶対である。しかも当たったところが、頭以外ではまず相手は止まらない。なかなかの大物に出会ってしまった。そんなことを考えていた折り、仁王立ちしていたその巨体は前足を地面に下ろし、二、三歩ゆっくりと進み出た直後、突如猛烈な勢いでこちらに突進して来た。ユスフも乗っていた馬を突如反対側に走らせ、逃げる様な態勢になりながら、背後に迫る熊をほんの数秒待ち、すぐさま上体を捻りこの縄張りの主の顔面に目掛けて引き金を引いた。熊の口から鼻が粉砕され、右の耳が吹き飛んだ。巨体が地面に勢い良く倒れ、重い地響きが森の中に響いた。何とか窮地は脱したかに見えた。しかし、ここに来て異様に研ぎ澄まされたユスフの五感、特に聴覚がまだ同じ位の獣が近くにいることを告げていた。姿は見えないが大体三方から鳴き声が聞こえる。いずれも今の熊と同じく気がたっている。さらに、先程まで側にいた顔なしの狼の姿も見えない。そうこうしていると次第に辺りに霧が立ち込めて来た。 
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