ゆきおがあたいにチューしてくれない
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いつか……
二人で再びベンチに座り、ゆきおに事の次第を聞いてみることにした。私のおなかにまたがった状態で『チューなんかできないよッ!』と騒いでいたゆきおだったが、ベンチに座る頃には、もうだいぶ気持ちも落ち着いたようだった。
「ほらゆきお、落ち着いたか?」
「うん……ありがとう涼風……」
「女子力……」
「……?」
……しかし、ほんとにゆきおの女子力はどうなんだと思う。ほんとは泣きたいのは私なのに。(たとえその原因が私にあるとしても)ゆきおに押し倒され、チューを迫られ……決心してゆきおを受け入れたら、今度は当の本人のゆきおに泣かれた。耳まで真っ赤な顔を両手で隠しながら……しかも、私のおなかにまたがった状態で……。
「うーん……」
にもかかわらず、そんなゆきおを慰める私……
――いひひヒヒヒ!? お前ら、もう男女ひっくりかえれよ! アヒャヒャヒャ!?
そう言って涙目でおなかを抱えて笑っている、私のイメージの中の摩耶姉ちゃん。……摩耶姉ちゃん、あとでガチで夜戦演習やろうぜ。あたいの魚雷でぶっ飛ばしてやんよ。
だいぶ落ち着いて冷静になったゆきおに話を聞いてみた所、やはり昨日、ゆきおは件の比叡さんの本を読んだそうだ。食堂での私のひと騒動のあと、やはり本の内容が気になったゆきおは、私と入れ替わりで金剛型の部屋に向かい、そこで、件の本を借りたと言った。
「榛名姉ちゃん、その本何冊持ってるんだよ……」
「なんかね。自分が読む用と姉妹が読む用と、布教用と保存用、予備が6冊で、全部で10冊持ってるって……言ってた。ぐしっ」
「榛名姉ちゃん、比叡さんのこと好きすぎるだろ……」
その後は本を開くこと無く晩ご飯を食べ、入浴を済ませ、お風呂上りの私と遭遇。そこで私にチューをされ……
「でも、なんでぼくのおでこにチューしたの?」
「ゆきおのおでこ見てたらチューしたくなった」
「……そ、そんなもんなの?」
「うん」
頭がパニックを起こしたゆきおは、頭から湯気を撒き散らしながら自分の部屋に帰還。落ち着きたくて榛名姉ちゃんから借りた本を読でしまい、見事轟沈して、意識は泥沼化。
茹だった頭で夜も満足に眠れず、悶々とした気持ちを抱えながら、できるだけ私に会わないように午前中を過ごし、このまま私に会うこと無く一日を終えようとしていたところ、お昼ごはんを食べに食堂に向かう最中に、偶然に比叡さんと遭遇……
『あ、雪緒くん』
『あ、ひ、比叡さ……ん』
私と同じく、ゆきおも比叡さんをよく知っている。そのため、あの本のキスシーンに対してものすごく生々しいイメージを抱いてしまっていたゆきおは……
『……』
『どうしたの?』
『……もう、ダメです(ボンッ!!)』
『ゆ、雪緒くん!?』
比叡さんを見るやいなや、その生々しいイメージが再燃。そのイメージは知らず知らずの内、比叡さんから私になり……相手が自分になり……うあああああもうダメだ。説明できねーよこんな恥ずかしい話……ニヤ。
そうして、(たとえそれが本人の思い込みだったとしても)引くに引けなくなったゆきおは、意を決して、私をお昼下がりのデートに誘い……そして私を押し倒し……ち、チューしようとしたけど……うおおおお。
「ふっ……ク!! ほうっ……クォッ!?」
「急にタコ踊りしはじめてどうしたの?」
「ゆきおのせいだッ!!」
「?」
自然と不思議な踊りを踊り始めて、ゆきおのマジックポイントを吸収しようとする自分の体は、中々抑えが効かない。
「ゆきおっ! あたいを止めてくれっ!!」
「ど、どうやって!?」
『あたいをギュッてして、チューして止めろよ!!』とは、口に出せず……不思議そうに私を眺めるゆきおを尻目に、私は暫くの間、身体が勝手にタコ踊りを踊る奇病に苛まれた。
「うおっ……クォッ!?」
「……ぷっ」
おっ。あたいのタコ踊りがやっと止まった……でも今度はゆきおが……
「アハハハハハハ!」
「お?」
「涼風、おかしいっ!」
なんということだ……摩耶姉ちゃんではなく、ゆきおが私のタコ踊りを見てお腹を抱えて大笑いしている……私はタコ踊りが止まったのをいいことに、ビシッとゆきおを指差して、ものすごい剣幕でゆきおに言い寄っていくのだけれど。
「こらゆきおっ!」
「ひー……ひー……おかし……アハハハハ!!」
「あたいを笑うなッ!」
「だって涼風……顔、真っ赤だよ?」
「う……」
だって……ゆきおとチューしてるとこ想像して……ボンッ!!
「どうしたの涼風!? 頭から湯気出てるよ!? アハハハハハハ!!」
「誰のせいだよっ! 全部ゆきおが……!!」
「ぼくが……?」
『さっさとあたいにチューしてくれないからだッ!!』とは、口が裂けても言えず……。あー……でも、チューされたらされたで……ボンッ!!
「ゆきおぅ」
「アハハハハハハ!! ヒー……ヒー……」
ちくしょう。ゆきおのアホ。誰のせいでタコ踊りを踊らされたと思ってんだ。私は今、目の前でお腹を抱えて私のことを大笑いしているこのゆきおに対して、怒りがいっぱいなのだが……
「おなかいたいおなかいたい! ヒー……」
「……」
「アハハハハハ!」
この目の前の少年が、ついさっきまでは、私を押し倒して、まっかっかな顔でチューを迫ってきていたことを思い出した。あの時は私も余裕が無かったけれど……今思い出してみると、あの顔はあの顔で、とてもケッサクだった。本人に見せてやりたい。
「……フハッ」
「へ?」
「アハハハハハ!!」
「涼風?」
「いやぁだって! ゆきお、あたいのこと今散々笑ってるけど、さっきはあたいにチューしようとして、しかも『むりぃ』って泣いてたんだぜ!?」
「う……そ、それは……」
「アハハハハ!!」
「わ、笑わないでよッ! ぼくだって必死だったんだからッ!!」
さっきのゆきおの必死な顔を思い出すと、笑いがこみ上げてしまう。ゆきおはそんな私に対してぶんすか怒っているようだけど、そもそも私のことを笑ったゆきおが悪いっ。
「ちょっと……涼風っ」
「ハハハハハ!! ヒー……おなかいたい……!!」
「……」
「アヒャヒャヒャ!!」
「……フフ」
そうしてしばらく私が笑っていたら、ゆきおも段々つられてきたようで、少しずつ笑みをこぼし、やがて声に出して笑い始め……
「「アハハハハハハ!!」」
最後には、二人で声を揃えて大笑いした。お互いが、お互いの恥ずかしい瞬間を思い出して大笑い……本当はとっても恥ずかしいことなのかもしれないけれど……
「ヒャヒャヒャ! おなかいたいおなかいたいぃぃいい!!」
「涼風だってケッサクだったのにっ!! アハハハハハハハ!!」
「ゆきおだって、口とんがらせて、ひょっとこみたいでおかしかったぜ? アヒャヒャヒャ!!」
「涼風だって、顔真っ赤にしてクネクネ踊って、すんごくおかしかったよ? アハハハハハハ!!」
「「アハハハハハハ!!」」
でも、楽しいからいいや。ゆきおと二人で、こうやって一緒にお腹抱えて大笑いできるのが、とてもとても楽しいから。
笑い過ぎて目にたまった涙を拭いて、私はゆきおの顔をチラッと見た。
「おかし! 涼風と一緒にいると、やっぱり楽しい! アヒャヒャヒャ!!」
今、私の隣で涙目で私を大笑いしているゆきおは、顔真っ赤で、私と同じように笑い過ぎで涙目になっていておなかを抱えて、苦しそうに時折カヒューカヒューと呼吸してるけど。
でも、やっぱりとても素敵なゆきおで。一緒にいると楽しくて、私を自然と笑顔にしてくれる人で。
確かに榛名姉ちゃんクラスの女子力を持ってるし、走る姿は内股だけど……いざとなったらとっても頼りになって……そんなゆきおが、私の隣で笑顔になってくれているのが、とてもとてもうれしくて。
そんなことを考えていたら、私は胸が一杯になり、お腹を抱えるゆきおの右手を手に取った。
「ゆきおっ」
「ヒャヒャヒャ!! ヒー……ヒー……あれ、どうしたの?」
あったかい。ゆきおの手は、やっぱり今日も、あったかい。
「へへ……ゆきおっ!」
……そして、ドキドキする。手を握る度、手を繋ぐ度、そのあたたかさが、私の胸を温めてくれて、ドキドキさせてくれる。
「へへ……涼風っ!」
ゆきおの右手も、私の手をキュッと握った。その力は弱いけれど、私は、ゆきおのその優しい手が好きだ。ほっぺたもまだちょっと赤いけど、そんなゆきおも、かわいくて素敵で、そして大好きだ。
手をつないだまま、私とゆきおは肩を並べ、寄り添って座る。私はゆきおの右側だ。ゆきおの右手を、私は左手でギュッと握る。
目の前に広がるのは、どこまでも続く大海原で、隣りにいるのは、大好きなゆきお。
「涼風?」
「ん? どした?」
「へへ……なんか……すごく上機嫌だね」
「えへへ……ゆきおだって」
「そお?」
「うん」
……なんだ。別にチューしなくても……こうやって手を握って、一緒に海を眺めるだけで、こんなに楽しいじゃないか。こんなに胸がワクワクするじゃないか。
「えへへ……」
「んー?」
「へへ……ゆきおっ」
「ふふ……すずかぜっ」
自然とぴったりとくっついて、顔を寄せる。胸が暖かい。二人のおでこがコツンとあたる。自然と顔がほころぶ私達。二人で海を眺めながら、お互い顔を見つめて、笑い合っているだけなのに、それがとても楽しくて幸せだ。二人で豆大福を食べた時みたいに、とっても幸せだ。
「ねえ涼風?」
「ん? どした?」
「おでこにチューしたのって……ホントに……」
「おでこにちゅーしたくなったから」
私の答えを聞いたゆきおはちょっと戸惑ったみたいだけど、私はとても自然に答えられた。お昼はあんなにぎこちなくて、さっきまではあんなに大笑いしてたのに……今は、自然とポンポン言葉が出てくる。ゆきおの声をもっと聞きたいし、ゆきおに私の言葉をもっと聞いて欲しい。
「イヤだったか?」
「んーん。イヤじゃないけど……ちょっと、びっくりしちゃって」
「そっか。よかった!」
ゆきおのほっぺたが、また赤くなってきた。昨日のことを思い出して、恥ずかしくなってきたのかな? 私は……昨日のことを思い出すと、恥ずかしさよりも、ドキドキの方が先に来るけれど……もっともっと、ゆきおとワクワクしたいと思うけれど。……なんて思ってたら。
「昨日は、逃げちゃってごめんね」
そういって、ゆきおはちょっと申し訳無さそうに俯いた。気のせいか、視線も少しだけ俯いてて、ちょっと元気がないようにも見える。
ゆきおはとっても優しい。昨日だって、ああやって内股で私の前から走り去っていった後、『しまった』って、一人で落ち込んでたのかもしれない。そらぁそのあと比叡さんの本を読んで泥沼化したのかもしれないけれど。
ゆきおの優しさは私も大好きだ。私がゆきおのことが大好きな理由の一つが、この優しさだ。いつも相手のことを気遣ってくれる。
でもゆきお。昨日みたいなときにまで、落ち込んでしょんぼりしなくたっていいんだぜ。改めて私は、ゆきおの手をギュッと握った。
「?」
「ニシシ」
顔を上げたゆきおは、ちょっと不思議そうに首を傾げた。
「いいってことよ! あたいは全然気にしてないし!!」
「そっか……よかった。安心した」
「強いて言えば、チューしたくなるゆきおのおでこが悪いな!」
「ぇえ!?」
うん。確かに、気を抜くとチューしたくなるおでこのゆきおだけど……ホントは今も、そのおでこにチューしたいけれど。
「ニシシ……」
「もうっ……へへ……」
でも、まぁいいや。比叡さんが言うにはとても簡単らしいけど。今は別にいいや。
だって、二人で海を眺めながら、ベンチに座って話をするだけで、こんなに楽しいから。
「なーゆきおー? ちょっと寒い」
「……実を言うと、ぼくもちょっと寒い」
「んじゃぴったりくっつくか?」
「そだね」
そして、こうやって肩を並べてくっついてるだけで、こんなにもうれしくて、あったかいから。
「……涼風」
「んー?」
私の左手に絡まっている、ゆきおの右手に、ほんの少しだけ力と熱が篭った気がした。顔を見る。ほっぺたが、ほんのり赤くなっている。でも。
「いつか……」
「?」
真剣な眼差しでまっすぐに海を眺めながら、小さな声で、ポソポソと何かをつぶやくゆきおの唇は、とっても綺麗な薄桃色だった。
そんな、とても綺麗なゆきおの唇を見ながら、私は思う。
「いつか……」
「うん……いつか」
いつか……その唇、あたいが奪ってやるぜ。ゆきお……っ!
おわり。
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