小細工
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第一章
小細工
巨人の常だ。全く以て。
それが何時からだと言うとそれこそ終戦直後からだ。心ある人達はあのことを今でも覚えている。
その頃に生きてきた老人の方が忌々しげに僕に言った。あの強奪事件のことを。
「別所じゃよ」
「確か三百勝した」
「そうじゃ。最初は南海におった」
今は福岡ソフトバンクホークスになっている。本拠地は九州に移った。
だが当時は鉄道会社が親会社で本拠地は大阪にあった。その南海のエースをだ。
巨人は強奪した。相手のエースを奪い取り相手の戦力を弱める。そして自分達の戦力はエースを手に入れかなりあがる。まさに一石二鳥だ。
だがそのことについてだ。老人は僕に言うのである。
「あんなことをしてはな」
「許せませんね」
「あんたは巨人が嫌いだったな」
僕にだ。老人は忌々しげに尋ねてくれた。
「そうだったな」
「僕は関西生まれですよ」
僕の老人に対する返答はここからだった。
「それも生粋の」
「そうだったな。あんたはな」
「それにパリーグファンですから」
「巨人は嫌いか」
「ご老人と同じです」
まさにそうだというのだ。これが僕の返答だった。
「大嫌いです」
「そうか。それならわかるな」
「巨人は昔からそうだったんですね」
「巨人のエース別所はそうして誕生したんじゃよ」
老人はまた忌々しげに僕に語ってくれた。もう九十を超えているが声はしっかりとしていた。
そのうえでだ。僕にさらに言ってきた。
「何が球界の紳士じゃ。あれはじゃ」
「球界の北朝鮮ですよね」
「まさにそうじゃ。わしは共産主義も嫌いだった」
元陸軍士官学校だったらしい。それなら当然のことだった。
「だから北朝鮮も嫌いじゃ」
「それでその北朝鮮とですよね」
「巨人は同じじゃよ。人を拉致するのじゃ」
まさにそこが同じだった。やはり巨人は北朝鮮だ。
そして別所が投げ巨人は勝ってきた。あの昭和二十年代の黄金時代とやらは他のチームから強奪してきた選手に支えられていた一面がある。
そこからだった。そしてだった。
老人は今度はだ。こんなことを僕に話してくれた。
「ドラフトまでも酷かったが」
「ドラフトになってから暫くはでしたね」
「江川まではな」
やはり出て来た。この話が。
「なりを潜めておったが」
「江川は酷かったですね」
「ドラフトをボイコットしてじゃ」
これは江川も問題があった。実に。
「何としても江川を獲ろうとした」
「ルールを破ってもでしたね」
「それで無理に江川を獲ったのじゃ」
そうしたことは僕も知っている。稀代の悪行だ。
「あれは酷かったわ」
「そうですよね。それで一旦阪神に入って」
「そのうえでな」
巨人に入ったのだ。これはイカサマだった。
その時に小林繁が阪神に入った。それでだったのだ。
「しかしあの時はな」
「結果巨人キラーを作ってしまいましたね」
「江川は一年目は散々じゃった」
圧倒的なブーイングを受けたのだ。江川は最初はそのブーイングの中ではじまったのだ。
「まあ江川自体も問題はあったがのう」
「問題は巨人の体質ですね」
「そうじゃ。別所からの体質を見事に出した」
「それでああして江川を獲得しても」
「一年目も二年目も勝てんかったわ」
その時強かったのは広島東洋カープだった。ドラフトと選手育成を有効に活用した。
「野球は一人の選手だけでは勝てん時代になっとった」
「そうですね」
「そうじゃ。別所だけでも勝てんかったじゃろうがな」
「野球はその時はかって以上にでしたね」
「エースが毎日投げて試合をするものではなくなっておったのじゃ」
「ええ、本当に」
僕は老人の言葉に答えた。実は僕達は今甲子園の一塁側にいる。そこから阪神とその巨人の試合を観ていた。そうしながらの話だった。
「もうローテーションが出来てきていて」
「大体そこまで頑丈な人間もおらんようになっていた」
「ですね。江川もまた」
「江川は別所とは違ったわ」
その南海から強奪した大エースではなかった。このことが重要だった。
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