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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第三十四話 誓いをここに

 
前書き
※サブタイトルが某英霊が戦う作品を連想させそうですが、あれとは一切関係ありませんことを前書きに書かせていただきます。 誤解を招いてしまい、大変申し訳ございません。 

 
「黒……鐘……っ」

「黒鐘君っ!?」

 なのはとフェイトが俺の名前を呼んで驚いている。

 そりゃそうだ。

 なのはにとって俺は病室で寝てなきゃいけない人だし、フェイトはまさか俺がこのタイミングで現れるとは思わなかっただろう。

 俺だって戦場に出るつもりはなかった。

 病室で食事を摂りながら、みんなの戦いを傍観することしかできないもどかしさを耐え忍んでいた。

 けど、聞こえてしまった。

 ――――助けて。

 それを聞いてしまったら最後、俺は止まることができなかった。

 自分を抑えられず、アマネを握り締めて、腕に付いた点滴やらなんやらを外して病室を飛び出した。

 目覚めた直後とは反対に、不思議と身体は軽かった。

 いつもより軽い身体と、いつもよりハッキリと考えることのできる思考。

 暴走したのは心だけで、それ以外はここ数年の中でベストコンディションだった。

 だから制止してくる皆のことを無視して転送ポータルに乗り、俺はこの場に向かった。

 理由は違えど二人にとって……いや、誰も彼もにとって俺の登場は予想外だった――――たった一人を除いては。

「オラァッ!!」

「ふっ!」

 背後から迫る、隠す気の一切ない強烈な殺気と豪快な斬撃音。

 誰の攻撃かを考えるまでもなく、そして不意打ちに慌てることもなく、俺は振り向き様に抜刀して迎え撃つ。

 横薙ぎに振るった剣戟は狙っていた通りに衝突し、激しい火花を散らし、俺たちは久しぶりの再会をする。

「イル・スフォルトゥーナか?」

 なのはたちの戦闘に一切参加せず、妨害もしないからてっきりいなくなっていたと思っていたが、どうやら俺の登場を待っていたらしい。

 どの状況で俺が来ると思ったのかは分からない。

 だけど、待ち構えていたとなれば相手をしないわけにはいかない。

「おいおい、俺のことを忘れてたのかぁ?」

 残念そうな言葉と裏腹に、その表情は狂いながらも喜びに染まっていた。

 俺との再会がそれほどまでに嬉しかったのだろうか?

 ……考えるのはここまでにしよう。

「俺はオメェのことを忘れたこたァねぇぜ? ずっとだ……ずっと、オメェを殺したくてしょうがなかったんだぁ!」

 音量を上がりながら、鍔迫り合いに力を込めて押し込もうとしてくる。

 俺は無理に力を入れず、むしろ脱力のタイミングを伺う。

 鍔迫り合いは力の入れすぎによって前にしか勢いが向かなくなると、相手が後ろに下がった時に体勢を崩してしまって大きな隙となる。

 逆に抜きすぎれば押された力によって体勢を崩されて大きな隙なる。

 全ては力の入れ加減とタイミング。

 それを制するためには相手を理解すること。

 呼吸、力の入れ加減、視線、姿勢、相手の行動パターン。

 考えればキリのないそれを制することが鍔迫り合いで絶対勝利をする方法。

 そういう意味では、

「せいっ!」

「うおっ!?」

 コイツは読みやすい。

 俺は瞬時に脱力しながら後ろに下がり、相手の姿勢を崩した。

 ただでさえここは空中だ。

 地面のないここで一度でも体制を崩せば、あとは空中で重力と勢いに振り回されてしまうだけだ。

 空戦魔導師はそれに慣れてるため、そこから体勢を直すのが早い。

 けど、それを理解した上で俺は体勢を直される前に背後から刀を振るう。

「ぐあっ!?」

 斜め左右に交差するように振るった斬撃によって完全に体勢を崩したアイツは斬られた勢いのまま、高い水飛沫を上げながら海に落ちた。

 久しぶりの戦闘が原因で感覚が鈍っており、上手くアマネを振るっているのか不安だったが、今の一撃の手応えで少しずつ感覚を取り戻せてると実感できる。

 もちろん、中途半端な感覚で倒せるほど弱い相手じゃないのは分かってる。

 だから俺はアマネを銃の形に変形させ、アイツの落下地点に銃口を向けておく。

 何か変化があればすぐに発砲できるようにするためだ。

 が、そうやって待機したのは失敗だったらしい。

「ッ!?」

 海面から大きな泡が一つ浮かんできた。

 そう思った瞬間、浮かんできた泡は爆発音とともに、雲まで届きそうな高さの巨大にして長い水柱を立てた。

 俺はその場から離れて再び銃口を向けると、水柱の中から全身を漆黒の炎を鎧のように纏ったイル・スフォルトゥーナが現れ、こちらに突撃を仕掛けてきた。

「アマネッ!」

《了解です!》

 名前を呼ぶだけで、アマネは俺の求める魔法を瞬時に判断し、魔法陣の展開を始めた。

 足元に展開する黒い円形の魔法陣。

 銃口を囲うように展開する複数の術式。

 それに反応するように輝きを増す魔力の放流。

 そして銃口の先に集まった黒い球体型の魔力は、徐々にその密度を増していく。

(今度は俺が見せてやるッ!)

 高町 なのはがずっと使っていた、俺が最も得意とする直射型の砲撃魔法。

「ディバイン・バスターッ!!」

 トリガーを引いたと同時に、黒い球体はレーザーのように一直線に伸びていき、こちらへ迫るイル・スフォルトゥーナに向かっていく。

「喰らえ、暴食の黒龍!」

 対してアイツは全身の黒炎が、それ以上にアイツの刀に吸い込まれ、禍々しい魔力を浮かび上がらせる。

 その剣の柄を両手で握り締め、前方に突きのように押し出すと、切っ先から前方に魔力が発射された。

「インフェルノ・グラトニーッ!」

 漆黒の魔力はその形を龍のように模して、俺のディバイン・バスターを喰らうかのように口を大きく開いて衝突した。

 黒と漆黒の衝突により、周囲に広がる大気を叩くような衝撃波。

 近くにいるなのはとフェイトだけじゃない、その場にいる全員に伝わるほどの衝撃が広がっていた。

「ぐうっ!!」・「がぁっ!!」

 そしてその最も近くで、その衝撃を起こした俺たちは耐えていた。

 耐えながら、ディバイン・バスターの威力を上げるため、アマネにさらに魔力を流し込む。

 魔力を受け取ったアマネの銃口からはさらに膨大な魔力砲が放たれ、アイツの魔力攻撃を壊していく。

「やるじゃねぇの……こっちも負けてらんねぇなぁっ!!」

 それがアイツの気分を高めてしまったようで、俺に負けじと同じように自分の武器に魔力を流し込ませることで発動している魔力の威力を上昇させ、俺の砲撃にぶつけた。

 両者の魔法は優劣がつかず、互いの距離の中心で均衡を作っていた。

 それはどれだけ続いただろう。

 永遠にも感じる均衡の時間は、もしかしたら一瞬の出来事なのかもしれない。

 そろそろ終わりにしよう。

 互いにそう心に抱いた瞬間、その均衡は――――上空から飛来した紫色の稲妻によって崩された。

「「っ!?」」

 稲妻は眩い光を放ちながら、俺たちの砲撃の衝突地点にぶつかり、巨大な爆発と衝撃波を持って破壊した。

 衝撃に吹き飛ばさる俺とイル・スフォルトゥーナは瞬時にその場から離れ、俺はなのはとフェイトの傍に飛んだ。

 先ほど二人を狙ったのと同じ魔力光の稲妻。

 ならば再度二人を狙う可能性があったため、防衛のために戻ったのだが、その稲妻が再度俺たちを狙うことはなかった。

 代わりにアイツの足元に稲妻と同じ色の魔力光を放つ魔法陣が現れ、その魔力に包まれたアイツの体が徐々に消滅していった。

「ったく……せっかくの殺し合いに水を……いや、雷を差しやがって」

 苛立った表情のまま地団駄を踏み、何かを睨みつけるアイツは、どうやらその魔法陣や先ほどの襲撃者の正体を知っているらしい。

 聞きたいところだけど、どうやらこちらの質問に答えるよりも先にアイツが消えるようだ。

 アイツは剣を消して、その右手人差し指で俺を指して問う。

「テメェの名は?」

 俺は答えなくてもよかった問いに、しかしその問いの意味を察して答えた。

「……小伊坂 黒鐘」

「小伊坂 黒鐘だなぁ? 改めてだが、俺ぁイル・スフォルトゥーナ。 そこの女の玩具にして、破壊と死を求めるもの……次こそ、テメェを殺す者の名だ」

 そう言い残し、アイツは姿を消した。

「アマネ、今のは……」

《ご想像の通り、外部の魔導師による転移魔法です》

「そうか……」

 アイツを消した魔法の正体。

 予想はついていたけど、やはり稲妻を発生させた魔導師の転移魔法だったのか。

 アレにもし狙われたら、俺たちは敵のアジトに転移させられてたわけだが、そうならなかったのは……恐らく先ほどまでの稲妻を発生させる魔法で多くの魔力を消費させたからと考えるべきだろう。

 ならばこれ以上、部外者による魔法の発生はない……か?

「……」

 戦いが終わり、アマネを武器からデバイスの姿に戻して一息つく。

 そうして思い出すのは、先ほどのイル・スフォルトゥーナの表情だった。

 大きく見開いた瞳に頬を釣り上げた笑みを浮かべ、ドスの効いた声が俺を呪うように響き渡る。

 俺がアイツに名前を教えたのは、アイツが問うた理由を悟ったから。

 ジュエルシードの残り全てが発見され、俺たちとイル側の双方に分かれた。

 つまり、次に俺とアイツが戦う時は、互いの持つ全てのジュエルシードを賭けた戦いになる。

 勝ったものがそれを得て、負けたものが全てを失う。

 そしてそれは、俺とアイツにとっては生死を分けた戦いになるだろう。

 それを悟ったからこそ、俺は名乗ったのだ。

 ――――イル・スフォルトゥーナ、

 お前を殺す者の名を――――。

「黒鐘君」

「っ……なのは」

 後ろから呼ばれて俺は驚き、反射的に振り返る。

 そこには、優しい笑みを浮かべたなのはがいた。

「おかえりなさい」

「……」

 その一言に、俺は言葉を失ってしまった。

 おかえりなさい。

 そう言われたら、なんて言い返すんだっけ?

 そんな馬鹿な疑問符が浮かんでしまったのだ。

 分かりきったことが分からなくなるくらい、それを答える環境からかけ離れていたってわけらしい。

 そんな自分に呆れ、だけどこうして帰りを待ってくれていた少女に、俺も……できる限りの笑顔で答えた。

「ただいま、なのは」

「うん」

 満足げに頷いたなのはの左右に、雪鳴と柚那も現れる。

「黒鐘なら、目覚めるって信じてた」

 雪鳴は淡々とそう言うけど、その顔は珍しく、嬉しそうに頬が緩んでいた。

 それを指摘したら恥ずかしがるだろうから黙って返事をする。

「期待に応えられてよかったよ。 けど、もうちょっと早く起きたかったよ。 寝すぎてボーッとする」

 目を細め、口を半開きにしてボーッとした表情を作ると、これまた珍しく雪鳴の笑いのツボにヒットしたようで笑ってくれた。

「ふふ。 ホントにそんな顔だったら可愛いのに」

「可愛い顔じゃなくて残念だったな」

「ええ。 ホントに残念」

 そう言いながらも、その表情は笑みのままだ。

 お互いに冗談を交わしながら会話を終えて、柚那の方を見て俺の表情は強ばった。

「むっす~!!」

「……」

 そこには空中で両手を組み、両足を広げて鬼の形相の柚那がいらっしゃった。

 眉は深いシワを作り、頬をぷっくりと膨らませて顔を少し赤くしていた。

 ここで頭頂に二本のツノでも生えてれば本物の鬼だっただろう、なんてことは口が裂けても言えない。

「今、私の頭の上にツノがあったら鬼みたいって思ったでしょう」

「い、いいえ!! これっぽっちも考えておりません!!」

 恐怖のあまり声が上擦ってしまう。

 口が裂けても言えないことを口を裂かずに読み取られてしまう、そんなことがこんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。

 バリアジャケットの下は、柚那の攻撃を防げなかった証拠として脂汗が濁流のように流れ出ていた。

「ふぅ~~~~~ん???」

「えっと……その」

 限界まで開いた柚那の眼は俺を心ごと見つめているかのようで、これ以上何を考えているか見られるのは非常に……そう、非常にまずいので勇気を振り絞って質問する。

「な、なんでそんなに怒ってるんですか……?」

 いつの間にか敬語が当たり前のようになってしまった俺は、今更そんなことを気にすることもできず、柚那の回答を姿勢を正して待つ。

 軍隊ならば百点満点の直立だと自負する姿勢で待機していると、柚那は俯き、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。

「……大怪我だって聞きました」

 空気が変わって、柚那の声音は弱々しいものに変わった。

 前髪が俯く彼女の顔を覆い、その表情は捉えられない。

 けれどその空気の変化を感じとれた俺は、いつもの口調で優しく問いかけることができた。

「俺の身体のこと、誰かから聞いたのか?」

 その問いに、無言で頷いた。

「そっか」

 元々、柚那と雪鳴には、俺が地球で生活することになった理由を話していた。

 働き過ぎで学生として過ごしていなかったからそうすることになった……そう話していた。

 それは決して嘘じゃない。

 ただ、話していないこともあった。

 それが俺の身体のことだった。

 俺自身、自覚しきれていない部分もあるけど、倒れる前の俺の身体はボロボロだったらしい。

 そりゃ五年も大した休暇もとらず仕事に明け暮れていればそうなるのは当たり前だ。

 去年から何度も長期休暇の話しは出ていて、だけど今の仕事が終わってからと言って先延ばしにしていた。

 何とか終わって……というか、周りのみんなが俺の仕事を奪って強制的に長期休暇を取得してくれて、こうして地球で過ごすことになっても、俺はジュエルシードの事件に身を投じた。

 結果、ケイジさんに負けただけでなく、今日まで長い眠りについてしまった。

 身から出た錆とするならば、随分多い錆だったわけだけど。

「心配、かけたな」

「ホントです」

「はい、ごめんなさい」

 否定せず即答され、俺も即答するように謝罪した。

 傍で見守るなのはと雪鳴は困ったような笑みを浮かべながら俺たちを見つめている。

 介入しないあたり、どうやら二人も柚那と同じ心情だったのだろう。

 当たり前か。

 俺も同じ立場だったら同じことを考えるだろう。

「それに、約束を破りました」

「約束?」

「何も言わずに、いなくなったりしないって」

「ぁ――――っ」

 それは柚那と雪鳴の二人にした約束だった。

 再会して、二人の家でした約束。

 忘れないようにしていたはずなのに、結局俺は忘れて、破ってしまった。

「ごめん」

 それしか、言えなかった。

 自分がどれだけ白状な人間なのかを思い知らされる。

 恥ずかしい。

 柚那に対して兄貴振って偉そうにしていた自分が、たまらなく恥ずかしかった。

 大切な約束一つ果たせない男が、何を偉そうにって。

 俺は結局、自分勝手に戦っていただけだったんだ。

 あの時……ケイジさんに戦いを挑んだとき、ケイジさんに勝てば俺たちはジュエルシードを……フェイトを救えると思ったんだ。

 そのために戦おうって思って、勝とうって思った。

 だけど、逆のことを考えていなかった。

 もし負けたら?

 その結果が何を指すのか、これっぽっちも考えていなかった。

 勝つことしか考えなかった俺は、負けることで生じるリスクを一つも考えなかったが故に、柚那達と交わした約束を忘れていたんだ。

「ホントに、ごめん」

 心の底から全ての想いを込めて、俺は深々と頭を下げた。

 そのまま俺は、柚那の返事を待った。

 目を閉じずに、俺の視線は海面を見つめていた。

 そこには俺たちの影が薄らと写っていたけど、鏡ほど綺麗に反射しておらず、柚那の表情を知ることはできない。

 それが凄く怖かった。

 人に叱られるっていうのは、それこそ久しぶりだった。

 怒られることは仕事をしていれば沢山あったけど、こうして叱られるのは本当に久しぶりで、慣れないが故にどうしていいのかわからなくて、怖いんだ。

「……馬鹿」

 短く、小さな声音の一言が耳に響いた瞬間、柔らかな温もりが俺の頭を……そして顔を包み込んだ。

 ふわりと甘い匂いに包まれながら、俺は何が起こったのか状況を理解できずに混乱していると、柚那の泣き声が聞こえてきた。

「心配したんです……ぐすっ。 もし、このまま起きなかったら、とかぁ……死んじゃったら、とかぁ……怖くてっ、心配したんですよぉ!!」

 ギュッと、俺を包む何かの力が増した。

 ああ、俺は柚那に抱きしめられているのか。

 納得して、少し安心して、だけど柚那を泣かせてしまったことに申し訳なさでいっぱいで。

 なんて言葉を紡げばいいのか、今度こそ何も浮かばなくなった俺は、両腕を柚那の背中に回してめいっぱいに抱きしめ返した。

「ぐすん……ズルいです。 そうやって優しいことすれば、私が許すとでも思ってるんですかぁ?」

 俺は無言で首を左右に振る。

「心配かけても、ごめんなさいって言えば大丈夫だって、勘違いしてたんですかぁ?」

 俺は無言で……首を縦に振った。

「馬鹿……馬鹿ぁっ!」

 抱きしめていた腕はそのまま、柚那は拳を作ってポコポコと殴ってくる。

 それに痛みはない……はずなのに、心はズキズキと痛む。

 俺が命懸けで……いや、命を捨てるように戦い続けたら、こうして悲しむ人が増えていくのだろうか?

 俺が馬鹿をする度に、柚那たちは泣いてしまうのだろうか?

 そう思って、俺はようやく、管理局のみんなが俺を休ませようとした理由を理解した。

 みんな、俺が無茶をしている姿を見て……怖くなったんだ。

 死ぬギリギリで戦う俺が。

 いつ死んでもおかしくない、綱渡りな戦いの日々を過ごす俺を、見ていられなかったんだ。

「お願いだから……もっと、生きようと努力してよぉ……」

 ハッと、目が覚めるような一言だった。

 驚きのあまり顔を上げると、そこには涙を流し続けている柚那の悲痛な顔が目の前にあった。

 俺の頬に落ちる涙を感じながら、柚那は俺を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。

「生きる理由が分からないなら、私のために生きて。 私じゃ足りないなら、お姉ちゃんのために、なのはさんのために、他の仲間のために……。 お願いだから、生きてよ……いなくならないでよぉ……お兄ちゃん!!」

「っ!!」

 叫びが、耳を通して、心の奥の奥……魂に響き渡った。

 目の前にある大切な者が、俺のことを大切に想ってくれる。

 そんなことが、こんなにも嬉しいものだなんて思わなかった。

 俺は、守るだけの側で十分だった。

 この世界は理不尽で、そればかりで、救われないことばかりだ。

 たった一夜で家族の全てを失うことだってあるくらい、救われない世界だ。

 そんな世界で、ほんの少しの希望になりたいって思って、管理局に入った。

 目の前の存在を大切に想い、守り続けよう。

 その結果、俺がどれだけ嫌われようとも構わないと……そう思っていた。

 なのに、こうして目の前の存在に大切に想われた。

 こんなに心配してくれて、こんなに涙を流してくれて、こんなに想ってくれる。

 そんな存在が目の前に沢山いてくれる。

 それが……嬉しくて。

「柚那」

「……」

 返事はない。

 だけど、その目は俺の目を捉えて離さない。

 それは無視している様子はないから、俺は言葉を続ける。

「ありがとう」

 ようやく見つけた、彼女たちに返すべき言葉。

 ごめんとか、ごめんなさいじゃない。

 謝罪じゃなくて、感謝だったんだ。

 心配かけてごめんじゃない。

 心配してくれて、ありがとうって。

「俺のこと、大切に想ってくれて、ありがとう」

 俺は抱いた。

 俺がこれからも戦う新たな理由を。

「だけど俺、やっぱり大切な人を守りたい。 大好きな人を、守りたいんだ」

 改めて、そう思った。

「姉さんのこと、なのはのこと、雪鳴のこと、柚那のこと、皆のこと、そして――――フェイトのことも」

 俺は柚那からは少し離れ、フェイトの方を向いた。

 ずっと俺たちを遠目で見つめていたフェイトは少し驚きながら、こちらを見つめ返した。

 それにふっと笑みで返し、言葉を紡ぐ。

「俺はみんなのことが大好きなんだ。 そんなみんなを傷つける存在は許さないし、みんなの幸せを守るために命を懸けることだってあるだろう」

 だけど、それだけで終わるつもりはない。

「だけど、俺もその幸せの輪の中に入りたいんだ。 俺も、その幸せを感じたいんだ。 だから、生きるよ、俺は――――」

 そう言って俺は、右手を振ってフェイトをこちらへ招く。

 何なのか分からずも、フェイトはこちらへ向かってきた。

 俺は手が届く距離まで近づいた所でフェイトの左手を握り、こちらへ一気に引き寄せ、そのまま俺の胸に抱き寄せた。

「わっ!?」

 さらに左腕を柚那の背に回し、こちらの胸へ一気に抱き寄せた。

「きゃっ!?」

 そのまま片腕ずつで二人をギュッと抱きしめて、そして耳打ちするように誓う。

「俺は、俺の一生全てを二人の幸せに捧げる」

 これが、俺が決めた戦う理由だ。

 みんなの幸せのために戦って、その幸せの中に俺もいる。

 そんな世界を目指して強くなろうと誓った。

「ふぇっ!?」・「ふぁっ!?」

 二人のか細い声が胸の奥で木霊する。

 突然のことで驚かせてしまったみたいだ。

 だけど、この胸に生まれた大きな志を抱かせてくれた感謝の思いを爆発させずにはいられなかった、反省はしていない!

「「あ……あうあう」」

「……ん?」

 心の中で満足している俺は、気づくと胸の中の熱量が上がっていることに疑問を抱く。

 バリアジャケット越しに伝わる熱は、ちょっと体温の度を越しているのでは?

「二人共、どうした?」

 力を緩め、二人の顔を覗くと、そこには茹で上がったタコのように顔を真っ赤にして呆然とした柚那とフェイトがいた。

「「あ……あう」」

 二人は言葉にならない返事をし、俺の顔に視線が会うたびに顔を赤くし、ぼふっと白い煙を立てた。

「え……っと、だ、大丈夫か?」

「「あ、あうあう」」

 赤ちゃんみたいな言葉(?)を発しながらコクコクと頷いている。

 い、一体二人に何が……?

「もぉ~黒鐘君!」

「黒鐘、やりすぎ」

 沸騰した二人と混乱する俺を見かねたのか、なのはと雪鳴が呆れ顔で俺の前に立つ。

「やりすぎって?」

「え、本当にわからないの!?」

 むしろなんでわからないのと言わんばかりに驚き顔で俺を見つめるなのは。

 それに対し雪鳴は悟り顔で頷きながら、

「黒鐘のそう言う鈍い所、五年前からさらに磨きがかかってたみたい」

「に、鈍い所……」

 そんな所があるというのか!?

 俺は五年前より強くなった自信がある。

 気配を察知する能力も、場の空気を読む力も身につけたつもりだ。

 それなのに……まだ鈍いというのかぁ!?

「「はぁ……」」

 なのはと雪鳴の同時ため息の理由が分からないのが、俺が鈍い証拠となった気がする。

「くぅ……修練が足りないのか!?」

「そういうことじゃないよ」・「そういうことじゃないわ」

「……」

 どうしろって言うんだ……。

「それよりも」

 雪鳴はゆっくりと俺の右隣に移動し、ピトッとくっつく。

 それに倣ってなのはも左隣に移動してくっついてきた。

「さっきの言葉、ちょっとずるいなぁ~」

「な、何が?」

「さっきの言葉、私達にも言って」

「じゃないとずるいよぉ!」

「えっとぉ……」

 二人は上目遣いで甘えるように身体を擦り寄せてくる。

 ずるいと言われてしまったら、二人にも言わないといけない……よな?

「分かった。 ……なのは、雪鳴」

「はい」・「ん」

「俺は、俺の一生全てを二人の幸せに捧げる」

「えへへ」・「ん……ふふっ」

 心を込めて誓いの言葉を伝えると、二人は柚那とフェイトほどではないもの、どうように顔を真っ赤にして頬を溶けたように緩めて俺の身体に体重を預けてくる。

 そして懐いた小動物のようにこちらの腕に頬を擦りつけて甘えてくる。

 なんか、可愛い。

 撫でたい衝動はあれど、未だショートした柚那とフェイトを離すのはとても危険なので、このまま二人が復活するのを待つしかない。

「あ~……なんか、お邪魔かな?」

「アタシも、いない方がいいかい?」

 そんな俺を、ユーノとフェイトの使い魔が困り果てた表情で見つめていたのに気づいたのは、二人がそんな一言を発してからだった。

「あーっと……いや、積もる話もあるから、いてくれるとありがたいかな?」

 そんな二人にはできればこのまま俺たちがアースラへ戻るのを待って欲しい。

 どのみち使い魔からも聞かないといけないこともあるし、イル・スフォルトゥーナのようにいなくなられても困る。

「はぁ……分かったよ。 アンタを信じるよ」

「俺のことは黒鐘でいいよ」

「ならアタシのことはアルフって呼んでいいよ。 フェイトがこんなに信頼してる相手なら、アタシも信頼できるからさ」

「そうか、ありがとう。 それじゃよろしくな、アルフ」

 こうして俺とアルフは、俺が女子四人に囲まれていると言うとても不思議な絵面で友情関係を築いた。

 ――――ちなみにアースラに戻れたのが柚那とフェイトが復帰したとき。
  
 それはアルフと名前を交換し合ってから二時間後のことだった――――。 
 

 
後書き
どうも、IKAです。

今回は久しぶりに黒鐘が登場し、ちょっとだけ戦闘した後に柚那に叱られ、そしてそこから色んなことを学び、少女たちに結婚の約束をしたところで終わります。

黒鐘「いやいや、最後の方は間違ってるから」

女子四人「「「「え?」」」」

黒鐘「え?」


閑話休題。


さてさて改めまして、今回は黒鐘の心境の変化と少女たちとの関係性に大きな変化があった回と考えております。

王道の二次創作の主人公要素を詰め込んだ感があり、私としては満足です(いや、まだ完結してませんけどね)。

こっから黒鐘のハーレムロードを突き進んでいきたいなと思いつつ、物語を進めていきたいなって思います。

そんなわけでローペースながらもオチまで何とか持っていきますので応援よろしくお願いします。 
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