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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第三十三話 少女たちの挑戦

 ジュエルシードが発生させた竜巻近くに向かって飛行する。

 大粒で大量の雨が全身に降りかかる中、私はレイジングハートを通して聞こえる黒鐘君の指示に耳を傾ける。

《ユーノ達と合流するまでは無理な接近を避け、相手の攻撃をよく観察してレイジングハートに記録させるんだ》

 早口だけど落ち着いた声は、これから戦うことに緊張していた私の心を落ち着かせてくれる。

 安心感と頼もしさを感じながら、私は竜巻に向かう途中で停止する。

 それは黒鐘君が私に教えてくれた、砲撃手の戦い方に従ってのこと。

 少し離れた位置で待機して、全体の状況を見極める。

 離れた位置から戦える砲撃手は、その特徴を活かして離れた位置から状況を観察して、一緒に戦ってくれる人たちに情報を与える、作戦参謀みたいな役割を与えられることが多いらしい。

 今、金髪の女の子たちが必死に戦ってるけど、あの中に私と同じ遠距離で戦える人はいない。

 なら、あの子たちの手助けになる情報を、離れた位置で私が……ううん、私たちが手に入れる必要がある。

 そしてあの子たちが危ない状況だったら助ける。

 それができる距離で停止した。

《よし。 なら現在地からフェイトたちの援護だ。 魔法のチョイスはなのはとレイジングハートに任せる》

「うん!」・《お任せ下さい!》

 私はレイジングハートと一緒に頷いて、両手で杖になったレイジングハートをしっかりと握り締めた。

 右手で杖の後ろの方を握り、左手は前にあるトリガーを握り締めて、右向きの体制になる。

 全身を巡る魔力を意識しながら、レイジングハートと一緒に使用する魔法を発動させる。

 桜色をした円形の魔法陣が、私の足元を中心に広がっていく。

 レイジングハートの先を囲うように複数の小さな魔法陣が浮かび上がり、その先で桜色の魔力光が球体の形で膨らんで、

「ディバイン・バスター!」

 発動と同時に球体は狙った先に向かって、真っ直ぐなレーザーとなって放たれた。

 放たれた砲撃は金髪の女の子の近くにいる竜巻に向かっていって、直撃する。

 竜巻にぶつかった瞬間、レイジングハートに強い衝撃と熱が襲いかかってきた。

 レイジングハートを通して伝わってくる痛みと熱は、全身に広がっていく。

 黒鐘君と同じこの魔法……ディバイン・バスターを放つと、いつも必ずこの痛みと熱が襲ってくる。

 最初は耐え切れなくて、この魔法を使うこと避けていたけど、黒鐘君や雪鳴さん、柚那ちゃんにユーノ君。

 皆の戦う姿を見て、自分にできることを考えたら、逃げずに立ち向かおうと思った。

 この魔法は、私が最初に挑戦した魔法。

 だけどそれは竜巻を破壊するには足りなくて、竜巻というより、分厚い壁にぶつかってるような衝撃と硬さだけがハッキリと両手に伝わってくる。

《なのは、無理だと思ったらすぐに引くべきだ。 ユーノたちの到着まで持ちこたえればいい》

「ううん、大丈夫!」

 黒鐘君の心配する声が聞こえるけど、私には確信があった。

 確かに竜巻は硬いけど、もう一歩踏み込めば壊せる自信があった。

「はぁああああああっ!」

 魔力の放出量を増やし、分厚い壁を押すように、レイジングハートをさらに前に突き出す。

 叫びながら放つ砲撃は竜巻に亀裂を入れていき、そして、竜巻の一つを消し飛ばした。

「はぁっ、はぁっ……」

 放ち終わったと同時に全身から熱が抜けていく。

 息が切れてきたけど、魔力も体力もまだ十分残ってる。

 ほんの少しだけ無理をしたけど、そのおかげで一つだけど竜巻を破壊できたからOKかな?

《防御の上から叩き落とすとか……なのは、お前けっこうな無理をしてるぞ?》

「にゃはは……少しだけ、だったんだけど」

《まぁいい、結果オーライだ。 まだ残ってるんだ、油断するなよ?》

「うん!」

 力いっぱいに頷いて、レイジングハートを握り直した私は、金髪の女の子のもとへ向かった。

 あの子とお話したい気持ち半分、この状況を一緒にどうにかしたい気持ち半分で迫ると、その子は少し驚いて、警戒した様子で私と距離を取った。

「……なに?」

 警戒心からだと思うけど、少ない言葉で睨みつけてきた。

 私は怖がられないように笑みを見せて、彼女の瞳を見つめながら話した。

「一緒に戦って欲しいの。 私も、あなたも、一人じゃ勝てないから」

「……」

 彼女は無言で私を見つめながら考えているようだ。

 それは数秒のことだけど、状況は刻一刻と変わっていた。

「フェイトっ!」

「っ!?」

 彼女の仲間のオレンジ髪のお姉さんの大声に反応して振り向くと、私達に向かって竜巻から放たれた無数の水の鞭が迫っていた。

 私はすぐに彼女の前に移動して、左手を前に突き出しながら言い放った。

「プロテクション!」

 その一言で左手の先に分厚い魔法陣の盾が生み出されて、迫る攻撃を弾いていく。

 衝突の度に始める水しぶきと暴風、そして両手が痺れるほどの衝撃が襲いかかってくる。

 なんとか防ぎきってほっと一息つくと、私はすぐに彼女のほうに向きなおした。

「お願い、力を貸して!」

 声を張り上げて必死に伝えて、彼女はようやく首を縦に振ってくれた。

「うん……分かった」

「ありがとっ!」

 私と彼女の意思が重なった喜びもつかの間に、再び竜巻から放たれる暴風と水の鞭。

 今度は私だけじゃなく、彼女も一緒にプロテクションを出してくれて、二重の壁がそれを防いだ。

 断続的に迫る攻撃が切れた瞬間、私と彼女は前後に分かれてそれぞれの役割を行う。

 彼女は一緒にいる女性と一緒に竜巻の攻撃を避けて、防いで、何とか接近を試みようとする。

 私はそれを後ろでサポートしつつ、隙があったら砲撃で竜巻そのものを破壊していく。

 やることは今までと変わらない。

 前衛のアタッカーがいて、それをサポートする後衛がいるだけ。

 だけど、お互いの役割を知ってくれる人がいて、それをサポートしてくれる人がいるのはそれがないのとは違うってことを、黒鐘君が教えてくれた。

 彼が教えてくれた言葉の意味が、こうして誰かと戦っていくことで理解を深めてくれる。

 私は魔法と彼に……小伊坂 黒鐘君に出会えて、本当に良かった。

 黒鐘君と魔法が、私の今までを変えてくれた。

 誰かとの出会いは、きっと何かを変えてくれる。

 それをあの子に知ってもらうには、とにかくこの戦いを終わらせないと始まらない。

 私は魔法の展開を始める。

 足元に魔法陣が現わると同時に、私の周囲に無数の魔力弾が浮かび出す。

 レイジングハートを横に払うような動作を合図に、無数の弾丸は不規則な機動を描きながら、あの子に迫る竜巻の攻撃と衝突して破壊する。

 迫る攻撃さえなければ、あとは竜巻に向かって真っ直ぐ行ける。

 私は休まず次の魔法の展開を始める。

「はぁっ!」

 あの子は覇気のある声と共に鎌の形をしたデバイスを振るって竜巻を切り裂いた。

 上下真っ二つになった竜巻の中心から、曇天で暗いこの場を照らすみたいにジュエルシードが一つ、存在を主張するように光り輝いていた。

 私はそれに狙いを定めて、すでに準備を終えていた魔法を放つ。

「ディバイン・バスターっ!」

 一直線に放たれた砲撃が伸びて伸びて、彼女に当たらない方向からジュエルシードに直撃して、その大きな力の暴走を停止させた。

 活動を停止したジュエルシードは、再び暴走しないために、そしてそれを回収するために彼女のデバイスが吸収した。

 今はこんな状況だから、奪い合いなんてしていられないし、早い者勝ちで恨みっこなしって割り切らないといけない。

 だけどいつかは全部、どっちかのものになる。

 そんな間近まで迫った未来を想像していると、後ろから見知った人たちがこちらに迫ってきた。

「なのは!」

「ユーノ君、雪鳴さんに柚那ちゃんも!」

「到着」

「お待たせしました」

 バリアジャケット姿の三人は私の隣までくると、雪鳴さんが真剣な表情で私に状況の説明を求めてきた。

「今、あの子とその使い魔さんに協力をお願いしたの」

「あの黒い男が混じってないのは、そういうことと理解していいんですか?」

 柚那ちゃんの質問に私は無言で頷くと、三人とも分かっていたことのように一緒に頷いてくれた。

《あとはみんなの想像の通りだ。 フェイトとの協力は得たとはいえ、なのはやアイツらでどうにかなる相手じゃない。 みんなの力が必要だ》

「小伊坂っ!?」

「お兄ちゃん!?」

「黒鐘、目が覚めたの?」

 ユーノ君と柚那ちゃんが驚く中、いつものペースで質問する雪鳴さんに黒鐘君は頷きながら返す。

「ああ、ついさっきな。 それより、俺はなのはのバックアップに集中するから細かい動きは……柚那。 お前に任せる」

「……え?」

 突然の指名に不意をつかれて、間の抜けたような返事をした柚那ちゃんは、数秒の間を置いて指名された内容を理解し、

「ええっ!?」

 悲鳴に近い声をあげた。

「ちょ、ちょちょ……ちょっと待ってください!? あ、アタシですか!?」

 淡々と指示を出す黒鐘君の声が流れているレイジングハートに顔を近づけると、その光景を察したのか苦笑混じりに返事を出す。

《あ、ああ。 みんなの性格やそこの環境を考えれば、柚那が適任だ》

 私は魔導師としての戦いの回数は少なくて、指示だしなんて到底できない。

 雪鳴さんは口数が少ないから指示が伝わりづらい。

 でも、ユーノ君や柚那ちゃんは頭が良いし、説得力もある。

 それでも黒鐘君がユーノ君じゃなくて柚那ちゃんを選んだのは、きっと柚那ちゃんが持ってる能力がここで重要だから。

「で、でも、私はお姉ちゃんみたいに強くないし、高町さんほど強力な一撃があるわけでも、ユーノさんみたいに多彩な魔法が使えるわけでもない。 なのに……」

 柚那ちゃんは俯き、声は徐々に弱くなっていく。

 きっと私だけじゃなくて、ここにいるみんなが柚那ちゃんは自信がないんだってことが分かった。

 レイジングハートを通して、きっと黒鐘君にも伝わってるはず。

「柚那ちゃん……」

 小さく彼女の名前を口にしたけど、その先が続かない。

 だって柚那ちゃんは、私達に対して劣等感を抱いていたから。

 そんな彼女に『大丈夫』って私達が言っても、それは柚那ちゃんにとって余計な負担になる。

 だから私たちは黙って、彼の言葉を待つ。

《……柚那》

「はい……」

《俺が柚那を頼りにしてるのはな、柚那が一番……俺に似てるからなんだ》

「え……?」

 それは私達も驚いた一言だった。

 なぜ、の答えを黒鐘君が紡いでいく。

《姉がいて、姉に悩まされてさ、姉に劣等感を抱いている所って結構似てるんだよね》

 黒鐘君の苦笑混じりの言葉に、柚那ちゃんは納得いった表情、雪鳴さんが不満そうに眉にシワを寄せていた。

《だから柚那。 お前なら分かるんじゃないか? 俺がなんで、柚那を選んだのか。 俺がなんで、他の誰でもなく、柚那を頼るのか》

「それは……」

 柚那ちゃんは言葉を失って、だれど何かに気づいている様子で、それを受け入れるべきか悩んでいるように見える。

 きっとそれが、柚那ちゃんに欠けている自信なんだと思う。

《自分にできないことが人一倍理解できる柚那だから。 みんなにできることを人一倍理解できる柚那だから、俺は柚那に指揮を任せたい》

「お兄ちゃん……」

 柚那ちゃんの顔が上がった。

 その表情は少しだけスッキリしていて、光を得たように見える。

《柚那っ!!》

「は、はいっ!」

 強い呼気に釣られて声を上げて返事をする。

 突然のことに私達も背筋を伸ばすと、

《頑張れっ! 柚那なら、大丈夫だっ!》

 自信の篭った、自信満々の応援が柚那ちゃんに向けて届けられた。

「……はははっ」

 対して柚那ちゃんから漏れたのは、小さな笑い声だった。

 肩を小さく震わせて、だけど嬉しそうに笑っていた。

 何かが吹っ切れたような表情に、私達も自然と笑みがこぼれた。

「……はい。 アタシ、頑張ってみます!」

《ああっ!》
 
 柚那ちゃんは自信の篭った言葉を黒鐘君にかけ、黒鐘君は嬉しそうな返事をした。

 ああ、黒鐘君は本当に凄いなと思った。

 あの人は、こうして誰かに勇気と自信を与えられる、言葉の力を持っている。

 私にはないそれは、凄く羨ましいものに感じた。

「さぁ! それではアタシがこの戦いの指揮をとります。 お姉ちゃんとフェイトさんを前衛に。 なのはさん、ユーノさんは後衛で二人の支援を。 アタシはフェイトさんの使い魔の方と連携して中衛から指示とサポートをします」

「うん!」

「了解」

「分かった!」

《みんな、頼んだ!》

 柚那ちゃんに指示に頷き返し、私たちはそれぞれの位置に移動を開始した。

 こうして始まるのは、私達の挑戦。


*****


 改めて、戦いが始まった。

「フェイト、手伝う」

「っ!?」

 雪鳴はフェイトの隣に立ち、迫る竜巻からの攻撃を切り払っていく。

「なのはから聞いた。 今は、一時共同戦線」

「そう……だけど……」

 そう言われて味方だと簡単に割り切るのも難しく、フェイトはまだ納得がいってない表情をしていた。

 対して雪鳴は淡々と、いつも通りの様子で正面の敵を見据える。

「色んな考えがある。 けど、全部解決させる前に、まずは目の前の問題を解決させる」

「……うん」

 そう。

 今の彼女たちはジュエルシードの奪い合いという大きな溝がある。

 敵同士で信頼し合えと言われてできるほど寛大な心は持ち合わせていない。

 それでも、目の前の敵を倒さなければいけないという事実だけは共通している。

 ならば、お互いを信頼しなくていい。

 敵同士のままでいい。

 目の前の敵を倒す者同士、それだけで十分一緒に戦う理由になる。

 だからフェイトも、そして雪鳴も、この時だけは肩を並べて戦おうと思った。

「フェイト」

「うん!」

 眼前から迫る竜巻の鞭に対し、二人は上下に分かれて回避する。

 無数の鞭が回避する二人を追うと、フェイトは水中に潜り、雪鳴は分厚い雲の奥まで跳んだ。

 すると上空に浮かんでいた分厚い雲は、重力を得たように大きな物体として落下を始めた。

 雪鳴の持つ凍結魔法が氷を集結、凝固、凍結させることで気体から液体、固体にまで変化させ、落下させた。

 勢いよく落下した雲の塊は全ての竜巻と衝突し、破壊する。

 同時に竜巻の内部から複数の爆発が発生し、竜巻の下部が爆散した。

 それはフェイトの雷魔法が持つ高熱が、海水と衝突したことによって発生した、水蒸気爆発が原因だった。

 竜巻は破壊された部分から修復を開始しようとするが、雪鳴による連続突きから広がる凍結魔法によって凍結し、氷の像として固まった。

 二人はすぐにその場から離れ、再び肩を並べる。

「お見事」

「そっちも」

 雪鳴の淡々とした称賛の言葉に、フェイトもそっけない返事をする。

 二人の表情に達成感や笑みは見受けられない。

 しかし二人は互いの役割を終え、後衛の魔法を察知してその場から離れる。


*****


 雪鳴とフェイトの攻撃によって動きを停止した竜巻だが、ものの数秒でそれは終わり、氷は砕けて竜巻は活動を再開する。

 それに対してユーノとアルフが露出したジュエルシードに対してプロテクションを張り、竜巻に包まれないための壁にした。

 竜巻はそれでもジュエルシードを強引に包み込もうと二人のプロテクションを押し込もうとする。

 しかしそれは時間稼ぎのため。

 本命の少女たちはすでに魔法の準備を始めていた。

「お姉ちゃん!」

「分かってる」

 移動した雪鳴は柚那の隣に立ち、その場で白姫を握った手を後ろに引き、突きの構えをとり、柚那は自身の周囲に高速回転をする円形魔法陣を複数展開させる。

 さらに両手に握られた風月輪の刃先に魔力を流し、刃の薄さと鋭さを上げる。
 
 二人の魔力は徐々に密度を増し、その威力を上げていく。

「お姉ちゃん」

「何?」

「こんな時だけど、アタシ、凄く嬉しい」

「……黒鐘の力になれるから?」

「うん」

「奇遇ね。 私も」

 二人の戦う目的は、黒鐘達とは違っていた。

 ジュエルシードの問題や、フェイト・テスタロッサやイル・スフォルトゥーナ達の妨害、ジュエルシードが及ぼす地球への影響。

 地球に暮らしているとはいえ、正直そんなことはどうでもいいのだ。

 管理局に任せればすぐに解決するはずの問題だった。

 しかしその問題に小伊坂 黒鐘が介入したことで考えが変わった。

 二人は黒鐘に救われた側だった。

 才能がないこと。

 劣等感を抱くこと。

 短い間とはいえ、一緒にいてくれる時間をくれた。 

 当たり前のことかもしれない。

 黒鐘が関わらなかったとしても、他の誰かが二人の物語に介入していたかもしれない。

 だが、だけど、そんなタラレバのことはどうでもよくて、二人にとっては小伊坂 黒鐘に救われた事実が重要だった。

 なぜなら二人は、その短い時間で幼いながらも恋をしたから。

 好きと思った。

 救ってくれた相手を、心の底から好きになった。
 
 だから、そんな彼が戦う場所に踏み込むことに躊躇いはなかった。

 救われた側だからこそ、今度は彼の側に立ちたかった。

 それが今、こうして叶った。

 ――――『みんな、頼んだ!』。

 彼は頼ってくれたのだ。

 無茶な願いだとは考えなかった。

 迷惑だなんて思わなかった。

 だって二人はずっと、その言葉を待っていたから。

 二人が五年間、その言葉を待ち望んでいたことを、きっと彼は知らない。

 当たり前のように口から発せられた言葉だろうけど、その一言で二人が救われたことを知らないだろう。

 怒りはない。

 むしろ今は、応えたいと思った。

 愛する人の望みを、願いを、叶えたいと思った。

 そのために全力を尽くそう。

「行きます!」・「行く!」

 二人の呼気は今まで以上に強く、それに応えるように魔力の密度も上昇していく。

「「円舞――――っ」」

 風と氷、二人の姉妹の二つの魔法は、息を合わせて同時に放つ。

風時雨(かざしぐれ)!」・「雪時雨(ゆきしぐれ)!」

 無数に放たれた風の刃。

 無数の放たれた氷の突きの斬撃。

 それらはぶつかり合うことなく同じ空を駆け抜け、そして合わさろうとしていく。

 本来、二つの魔法を合わせるのは至難の業とされている。

 双方の魔力量に差があるとそれにかき消されてしまうからだ。

 互いに丁度いい魔力量の魔法にならねばいけないが故に、互いを優先して結果として威力の低い魔法になってしまうことも珍しくない。

 そんな中で柚那と雪鳴は互いに全力の魔法を放った。

 にも関わらず、それらは元々一つだったかのように、自然と混ざり合い、ひとつとなった。

 二つの円舞は混ざり合い、風は翼、氷は胴となり、その姿は風の翼を持った氷の白鳥ととなり、全ての竜巻に向かって飛翔する。

 円舞の重ね業/『風駆雪月(ふうかせつげつ)』。

 一つとなった魔法が全ての竜巻に直撃し、再び凍結し、さらに風の刃がバラバラに切り刻んでいく。

 竜巻はジュエルシードのエネルギーを使って再生を試みるが、凍結の影響によって増えた液体はその度に凍結し、風の刃が竜巻としての形を乱していく。

 雪鳴と柚那。

 二人の魔法によって竜巻はその姿を失った。

 残るは、これまでの攻撃を受けてもなお、その暴走を止めないジュエルシードそのものの封印。

 ジュエルシードは一箇所に集まり、元々のエネルギーを持って更なる暴走を起こそうとしていた。

 ――――最後は唯一、魔法のない世界に生まれた魔導師の手に委ねられた。

「ディバイン・バスターっ!!」

 後衛で長時間のチャージ時間を得ていたなのはによる、最大火力の砲撃が放たれた。

 皆の空を駆け抜け、桜色の閃光は全てのジュエルシード目掛けて直撃した。

「ぐっ……ううぅぅっ!!」

 今までで一番凄まじい轟音が炸裂した。

 なのはの両手に伝わる、轟音以上の衝撃、振動、そして熱。

 たった9歳の少女の小さな身体は悲鳴を上げ、痛みは頭の先から足のつま先まで広がる。

 これでまでで最大の威力、最大の魔力消費。

 それを持ってしても、まだ足りない。

「まだ……まだっ!!」

 だけど諦めない。

 不屈の心の名を持つデバイスの使い手が、一人の火力では封印しきれないからと屈するわけにはいかない。

 何より、大切な人から授かった魔法で負けるなんて許されない。

 この手の魔法は、自分一人で放つ魔法ではないのだから。

「なら、私も」

「えっ!?」

 そんななのはの隣に立ち、魔法陣を展開させたのは――――フェイトだった。

 なのはと同じくデバイスを前に突き立てると、フェイトのデバイスは刃から砲撃用のスタイルに変化する。

 そこに魔力を重点させると、曇天から落ちる雷が魔力に流れ込んでその属性を得る。

 雷の性質を持った広域攻撃魔法。

「サンダーレイジッ!!」

 フェイトの放った魔法がなのはの砲撃の隣を駆け、ジュエルシードに衝突する。

 二人の放った魔法の轟音が響き渡るのを、周りの少年少女が固唾を飲んで見守る。

「ありがとう!」

「……」

 なのはの感謝に、フェイトはなんと返せばいいのか分からず、魔法攻撃に集中した。

「私と二人で、一気に封印!」

「うん」

 その提案にだけは短く頷き、そして、
「せーのっ!!」

 なのはの声に合わせ、二人は同時に最大火力の魔法を放った。

 強力な魔法の衝突。

 周囲に響き渡る轟音と衝撃波。

 エネルギーとのぶつかり合いは、そして巨大な爆発を起こした。

 海水は空まで昇り、雨として降りしきる。

 そしてジュエルシードのエネルギーは消し飛び、その活動を停止した。
 

「私、あなたといろんなことを話し合って、分かり合いたい」


 雲は晴れ、水飛沫が去ると、なのははフェイトと向き合っていた。

 その表情は優しさが篭った笑みに染まり、その想いを伝えていた。

 魔法に出会い、ジュエルシードに出会い、黒鐘に出会い、そして――――フェイトに出会って抱いた想い。

「――――友達に、なりたいんだ」

 その言葉に、フェイトは驚いていた。

 そして言葉が見つからず、無言でなのはを見つめた。

 優しさ、暖かさを持った彼女の笑顔は、今まで一人で戦ってきたフェイトの心に、大きな変化を与えようとしていた。

 なのはは願った。

 小さな願いかもしれない。

 いや、もしかしたら傲慢なのだろうか?

 お互いに抱える事情は大きくて複雑だ。

 その中で友達になりたいと、そんな小さな願いでさえも傲慢なのかもしれない。

 だけど、願わずにはいられなかった。

 なのはは知っているから。

 フェイトが垣間見せる片鱗を。

 まだ、彼女の核を掴んだわけじゃない。

 だけど、なのはは左手を伸ばす。

 救いたいと、心の底から思ったのだ。

「……」

 対して、フェイトは迷う。

 フェイトは拒絶してきた。

 救いを、優しさを、居場所を。

 黒鐘を裏切って、彼の仲間を傷つけてきた。

 そんな自分が、そんな彼の仲間に救われていいのだろうか?

「逃げないで」

「っ!?」

 なのはの言葉に、フェイトは再び驚かされる。
 
 まるで心を見透かされた言葉だったから。

 自分の迷いに、答えをくれたから。

「幸せになることから逃げないで。 辛くなることを選び続けないでいいの。 だって、幸せになる選択だってできるんだから」

「……けど」

 ようやく出た言葉。

 しかしそれは中途半端なためらい。

 何を選べばいいのかなんて、最初から決まっていたのに、それでも迷ってしまう。

 決意とは、心とは、なんでこうも思い通りにいかないのだろうか。

 そう思ってしまうほどに、フェイトは母の願いだけの道を選べなくなっていた。

「私は――――」

 それでも選んだ道を答えようとした――――その時。

《次元干渉!! 別次元から本艦および戦闘区域に向けて、魔力攻撃きますっ!》

 レイジングハートから響く、アースラにいるエイミィの通信連絡。

 突如緊張感が走る中、上空の雲が再び一つになり、紫色の雷を発していた。

「そんな……母さん……」

「え……お母さん……?」

《みんな、そこから逃げて!!》

 フェイトの言葉に疑問を抱く間もなく、なのはたちはその場から離れようとする。

 しかしそれよりも速く、上空から紫色の巨大な雷が落下し、なのはとフェイトに迫ってきた。

「きゃ――――!?」

「っ――――!?」

 突然の襲撃。

 戦闘による疲労。

 戦闘終了の安堵による油断。

 万全の状態ならば回避や防御が可能だったであろう二人は、様々な理由からその場で立ち尽くしてしまった。

 そして迫る紫色の雷を見て、双方は様々な心情を抱いた。

 高町 なのはは手を伸ばした。

 救いになればと願った手。

 自分自身にとっても救いになると思って伸ばした手。

 それを、突然遮られたことに怒りを覚える。

 だけど何より、そんな怒りすらどうにもできない自分の心の弱さと、この雷を防ぐこともできない自分の弱さに対しての憤りすら湧いていた。

 結局自分は、ヒーローみたいなことはできないのだろうか?

 優しいことをしたい。

 誰かのために必死になってみたい。

 この手の魔法で、誰かを守りたい。

 そんな思いを、たった一撃の雷によって消されようとしている。

(黒鐘君なら、もっと上手くやれるのかな……)

 走馬灯のように脳裏に浮かぶのは、大切な家族や友達よりも先に、天龍 黒鐘の姿だった。

 この場にいれば、きっと雷だって切り裂いて見せただろう。

 または彼女たちを連れて逃げることだってできただろう。

 彼ならば、なんでもできただろう。

 自分には、それができない。

 そんな自分が、本当に彼女に手を伸ばしてもよかったのだろうか?

 怒り、憤り、後悔、絶望。

 様々な負の感情が視界を真っ黒に染めていく。

 対してフェイトは、迫る紫色の雷を前に絶望していた。

 その攻撃が誰によるものなのか、彼女が一番よく知っているからだ。

(母さん……)

 フェイトの母による魔法攻撃。

 自分の目の前にいる白いバリアジャケットをまとった少女を狙っていたのだろう。

 だけど近くに自分がいて、ならば役に立たなかったフェイトも含めて……といった理由なのは容易に想像できる。

 元々フェイトの母は厳しい人だ。

 今よりもっと幼かった頃にしか笑みを見せたことはなく、気づけばもう何年も母親の笑顔を見ていない。

 怒り、嘲笑、見下したり、呪うような目で睨みつけたり。

 フェイトに向けられてきたそれは、とても世間一般の母親が娘に向けるそれとは程遠いものだった。

 だからフェイト自身、母の味方をしつつも、なんだかんだで分かっていた。

(母さんは私のこと、嫌いなんだよね)

 自分は母に大事にされていない。

 分かっていた。

 そんなこと、ずっと分かっていた。

 だけど、それでも……あの人は自分を産んでくれた人で、育ててくれた人の一人で、笑顔をくれた人でもあった。

 どれだけ嫌われようと、呪われようと、それこそ殺意を向けられようとも、『自分を産んでくれた母親』と言う事実があるだけで頑張ろうと思えた。

 フェイトが母親を嫌うことなんて出来なかった。

 フェイトが母親を裏切ることなんて出来なかった。

 例えこの身体が滅びて、母親が悲しまなかったとしても――――母親を愛していた。

 そんな母親から向けられた明確な殺意。

 迫る雷をまともに受ければ、きっとただでは済まないだろう。

 そしてそれは、母親からのメッセージ。

(私はもう、いらないってことだよね……)

 ネガティブな考えなのだろうか?

 いや、どれだけポジティブに捉えようと努力しても、眼前に迫る雷は嘘にはならない。

 あれが都合よく自分にだけ当たらない軌道だったらまだポジティブに考えられたかもしれない。

 だけどあれは……どうみても、最初から自分も狙いの中に含まれて放たれた雷だ。

 ならばどれだけ考えても、出てくる答えは変わらない。

「母さん……」

 小さく、言葉が漏れる。

 同時に、涙が流れる。

 絶望の色で視界が染まる。

 これまでしてきた全てがたった一撃で否定されるのを実感した。
 
 どんな手段でも構わない。

 母親の願いを叶えれば、母は笑顔になって、自分のことを好きになってくれるのだと思った。

 そう、思おうとして必死に生きて、色んな人を利用して、裏切ってきた。

「黒……鐘」

 その中で特に心を痛めたのは、小伊坂 黒鐘を裏切ってしまったこと。

 彼を傷つけてしまった。

 それがなぜか、こんなにも胸を締め付けて激痛を走らせる。

 後悔と懺悔の気持ちで頭がいっぱいだった。

 それでも、全ては母親のためにと割り切ろうとしていたのだ。

 だが、結果はご覧のとおり。

(私はなんのために、あの人を傷つけたの……私は……)

 様々な感情が溢れ出して、涙が止まらなかった。

 結局自分は、悪役にすらなれなかった。

 誰かを傷つけてでも目的を果たす存在――――悪役。

 母のためなら、それでも構わない。

 むしろそれになろうとすら思っていたのに、結局その母親からも切り捨てられた。

 その結果が――――今だ。

「っ……すけ、て」

 心の底で生まれた一つの感情が、言葉となって漏れる。

「たす、け……て」

 一度生まれた感情は堰を切ったかのように溢れて止まらず、そして――――、


「助けて――――黒鐘っ!!」


 心の底から救いを求め、叫んだ。
 
 二人の悲鳴が響く瞬間、しかし雷が直撃しないことに二人は気づいた。

 恐る恐る二人は目を開ける。

 そこには驚きの光景が広がっていた。 

 黒い人影は抜刀術の構えから目にも止まらぬ速度で引き抜くと、迫る雷を真っ二つに切り裂き、なのはとフェイトの横をすり抜けて海面に直撃し、爆発した。

 それは少年だった。

 銀の髪に黒いマントを羽織った、黒い刀を持つ少年。

 小伊坂 黒鐘。

 彼のデバイス/天黒羽から放たれた天流・第一翔/雷切により、文字通り雷を切り裂いたのだ。

 突然の襲撃が終わり、静寂が訪れた。

 呆気に囚われる彼女たちを他所に、彼は刀を鞘に収めてフェイトの方を振り向き、


「助けに来たよ、フェイト」 
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