誘拐篇
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1 人生には、知らなかった方がいいこともある。
前書き
高級感あふれる、ホテルの部屋の中、
「私」は、男と一緒にいた。
だが私は、この男と寝に来たのではない。
…殺しに来た。
1 人生には、知らなかった方がいいこともある。
その男と私は、向かい合って立っていた。
なぜ、私がここにいるのか。それは、上からの命令だからだ。
_「明日の夜、お前はあの男を呼び出し、ホテルで抹殺しろ。」
_「承知しました。」
私は、世界中で活躍する、凄腕の殺し屋、アンナ・イェラノヴァ。
又の名を、「白夜叉」…と人々は噂する。
だが実は、その名前は実の名前ではない。
私の美貌と、その才能を見込んだ、今のボスが、スラム街を徘徊していた私を、
この世界に連れてきた。
私は自分の名前も、どこで生まれたのかも、両親が誰かすらも、分からない。
気づいたら、存在していた。
多分、戸籍も存在しないだろう。
だが、拾ってくれたボスは、私をこう呼んだ。
_「アンナ・イェラノヴァ」
実際、私はその「名前」を気に入っていた。
だが、その名前は、自分の中の「もう1人の自分」にも適応されるのだろうか…。
殺すことに、快感を覚えてしまう、その人にも。
「そいつ」は、たまに私の中で 私の体を使って、暴走する。
そうなったらもう、誰にも…自分自身でさえも、止められない。
だが私は、ずっと、そいつと同居して生きてきた。
そいつはまるで、「獣」だ。
…どこかでその科白を聞いたような気がする。
_「お前の中の『獣』と一緒に、生きてやるよ…オレと仲間にならないか?
ま、気が向いたら、いつでも来い。歓迎するぜ…」
それがどこで、なのかはまだ思い出せない。
だが、その声は、私を包み込み、狂気の世界へいざなう。
…私は、今生では、人並みの幸せを味わえないだろう。
だが、抗いたい…この「狂気」からは。
戸籍がない以上、普通の人たちとは 同じ仕事をしたり、結婚や、こどもの世話をしたりは
できない。いや、多分 不可能といっても、過言ではない。
多分、一生「殺し屋」として生きることになるだろう。
この仕事からはもう、逃れられない。
だが、せめて…最期まで「人間」として生きたい。
たとえそれが、不可能な願いであったとしても。
その男を殺す準備をするため、私は シャワー室へ入った。
生まれ持った、金色がかった銀髪。
シャワーにぬれ、寝室からもれるくぐもったシャンデリアの光に当たる。
なんて艶やかに光るのだろう。
まるで…生き物のようだ。
シャンプーとシャワーを済ませ、体にバスローブをまとい、浴室から出た。
その男は、ベッドのふちに腰掛け、煙管を携え、窓の方をみていた。
_…煙管…あの煙管は…
どこかでみたような景色だ。
思わず ドキッとした私は、本能的に、浴室のドアの影に入り、様子をうかがっていた。
_…あの煙管…見覚えがある。確か、ある男が持っていた。
_誰だったっけ…
だが、どれだけ思い出そうとしても思い出せない。
_いや、とりあえずあの煙管男を殺すしかない。
そして、今夜中に ボスのもとへ戻らねば。
そう思って、支度を整え、その男に向かおうとした時、
ふと後ろに、何かの気配を感じた。
_誰だ?
その言葉を言おうとした時、誰かに口をふさがれた。そして、腕を取られ、後ろに縄で縛られた。
そして耳元で、そいつは囁いた。
_「久しぶりだな、杏奈」
_その声は…!
_「ちょっと目を離した隙にいなくなっちまって…
探したんだぜェ…」
_「もう1度、オレと再び仲間になろうって約束しただろ…
お前となら、この腐った世界を粉々にすることができる…ってな」
渾身の力でそいつの手を振りほどき、最大の皮肉を言った。
_「貴様、誰だ? 私は知らんぞ、そんなやつ。」
するとその男は、こう言った。
_「ほう… オレを忘れたかィ。ならば、思い出させてやるよ。」
そう言って、私はヒョイと抱き上げられ、ベッドの上に落とされた。
_今だ! 逃げろ!
自分の中の何かが叫ぶ。
逃げようとした時、そいつに引き戻され、私の上に覆いかぶさった。
ジタバタするも、どうにも体が動かない。
そしてその男は覆面を取り、紫色の髪をなびかせ、顔をあらわにした。
やはり、嫌な予感は的中した。
_高…杉…!
_「思い出したかィ?」
絶対に認めたくなかった。あいつが、今ここにいるなんて。
_「…いや、誰だ、お前?」
_「思い出したんだな、やっと。
昔からお前は、嘘がつけない。目がすべてを物語っている…」
あっさり認めてしまった。
_「…降参だ。わかったから、放せ」
_「いや、放すわけにはいかないな。」
_「放してくれたら、言うことを聞いてやってもいいと思ったのに。」
_「その減らず口も、相変わらずのままだな…」
そう言って、私の唇を奪った。
はぁ…はぁ…
ようやくラッシュが終わろうとしていた。
このままラッシュが終わるのを待ちつつ、足が上がるかどうか、確かめた。
_よし、上がる。
このまま形勢を逆転させれば、こっちのものだ。
_「高杉。お前、あの男が見ているだろう?」
_「あ? 男? そんなのものいねぇよ、最初から。」
_え?
_「お前が最初から一緒にいたのは、オレだァ。
まんまと 騙されてたな…クク」
_「だからあいつは、ただの人形だ。」
やっと状況がつかめた。
_「…囮か?
そしてあの髪も、ヅラか?」
_「そうだ。よく分かったな。大した殺し屋だ、お前は。
こんな状況でことを把握すんのは、時間がかかることだぜ…」
隙を 見つけたり。
_「あと、お前の…感覚も鈍ったな…!」
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