戦姫絶唱シンフォギア~貪鎖と少女と少年と~
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第六話 退かぬ意志は引き金となり
鳳の日常は劇的に変化した。少なくとも、夜のリディアンのグラウンドを全力疾走するようになるぐらいには。
半ば無理やり弦十郎に弟子入りをしたその翌日から、今日で一週間。
その間、何をやっていたかと聞かれれば大きく分けてたったの二つ。一つはアクション映画鑑賞、そしてもう一つは拳銃型デバイス『チューンフォーカー』を握り締めてのグラウンド百周。
前者はまだ良い、豪華で座り心地の良いチェアに座って超ドデカいスクリーンで楽しんでいれば良いのだから。だが、後者は死ぬ。控えめに言って死を覚悟する。
「おう郷介君。精が出るなぁ」
たまに様子を見に来る弦十郎に、弱音を吐きそうな自分を見透かされないよう『チューンフォーカー』を握った方の手を軽く挙げて応える。だいぶ脚にも疲労が溜まっているが、ここでぶっ倒れる訳にはいかない。
あの灰色の鎖を持つ少女と再び会いまみえるため、そして沢山の人に助けられた自分の命を次へと繋いでいくために。
弦十郎に見守られながら、ようやく鳳はノルマの百周を終えた。
「俺が調合した栄養ドリンクだ。美味いぞ」
「ありがとう……ございます」
鳳は褒美の栄養ドリンクで喉を潤す。その味はお世辞にも……と言ったところ。言葉と共に、飲み干した。
「だいぶ体力が付いてきたんじゃないか?」
「少なくとも、走った直後にトイレへ駆け込むようなことはなくなりましたね」
今でも気を抜けばすぐに吐き気が込み上げてくるが、逆に言えばそれをコントロール出来る程度には身体も出来上がってきたという所。
「まだ動けるか?」
「物足りないぐらいです」
そんな鳳の強気を笑い飛ばし、弦十郎は鳳の腰を指さした。
「だったら今日はソレを試してみるか」
「『BC2形成装置』……あれはこの数日、起動しようとしてもうんともすんとも言わない代物だったはずですが」
「BC2――“バリアコーティング・チープ形成装置”の起動条件はシンフォギアシステムと同じく歌にある……はずなのだがな」
そこで源十郎は顔を渋くする。これでも長らくシンフォギアシステムという物に関わってきた身でありながら、恥ずかしくも櫻井了子が遺したこの装置の全てを理解できていなかった。
とはいえ、それだけで終わる訳にいかない。
「胸に何か歌のようなものは浮かんでこないか?」
「歌……いや、全く。というかこの話、何回目ですか」
シンフォギアシステムを起動させるにはあるコマンドワードが必要なのだと、弦十郎は言う。
強い想いや祈り、適合性のある人間が放つその力にシステムのコアは共振、共鳴を起こし、主の胸にコマンドワードを反響させる。
それこそが、聖詠。
そのワードを口にすることで、鳳が見たあの姿に変わるのだと締めくくる。
「いくらチューンフォーカーを使いこなせても、そいつが起動しなければただ炭素となるだけだ。君が前線に出るためには、その作動を確実なものにする必要がある」
「っても、一体どうやれば……色々試してみたんだろ?」
「いいや。まだ試していないことが一つあるだろ」
気づけば鳳は背中を向けていた。そのまま逃げ出そうと試みるも、すぐに襟首を掴まれてしまった。
「歌ってみろ」
「この間、歌ったじゃないか! 断る!」
「あんな気の抜けた発声を歌と思え、か。郷介君、君も冗談が上手いな」
「とにかく! どんな発声だろうが何だろうが歌は歌! ピクリとも反応しなかっただろ!」
「……ふむ」
鳳の言う事もまた事実なだけに、弦十郎はそれ以上言葉を続けなかった。適合者の紡ぐ歌に対してシンフォギアシステムは反応する。どんなに微量な歌声でも、それに応じた反応を見せる。
だが、鳳の歌にBC2形成装置は何も答えない。
鳳自身、焦りは感じていた。
チューンフォーカーを校舎の壁へ向け、中指の所にある引き金を引く。
「ほう」
下段の銃身からワイヤーが飛び出す。その数瞬の後、鳳はリディアンの屋上に立っていた。
先端部ユニットより噴き出す特殊吸着ジェルで一時接着、そしてチューンフォーカー内部に仕込まれたモーターでワイヤーを巻取ることにより、鳳は宙を駆けることが出来るのだ。
普通ならばもっと長期間の修練を積まなければならないのだが、ずっと
リディアンの《《窓拭き》》で鍛えた超人的なバランス感覚と度胸が、短期間での立体的機動を可能としていた。
「チューンフォーカーでの動きは完璧なんだ……だけど、あとは鎧が。あの雑音共と相対しても為す術無し、だなんて言わせぬ鎧があれば……!」
自分の悩みなどどこ吹く風とばかりに、月は明るく照らしてくる。
「……風が」
風が心地よかった。胸が晴れるような思いと同時に、少しばかり自分で自分に驚いていた。
今までの自分はただ何も目的もなく、ただ生きるために目の前に置かれている仕事をこなし続けていた。それが今はどうだ。
目的がある、願いがある。
それはどこか、贅沢なもののように感じられて。
「ん?」
目を凝らしてみると、何だか街の一部が妙に明るい。街灯にしては些か強い光。
「まさかッ!?」
過ぎった“もしかして”。気づけば、鳳はまた先ほどの要領でリディアンの屋上から降りていた。
「どうした郷介君!?」
「遠くで火が上がっていた! 様子を見に行ってくる!」
「待て郷介君! 俺の方にも今連絡が来た。どうやらノイズが出現したようだ。今、翼達が対応に向かう」
「だから待っていろと!? そんな事は絶対に承服しかねる!」
言葉の代わりに、弦十郎は鳳の前に立ちはだかっていた。
「行かせるわけにはいかん」
「何故!?」
「理由は先刻言った。今の君ではただ犬死にするだけだ。そんな事を、俺は認める訳にはいかない」
「俺に力が無いから、か」
「分かっているのなら――」
「だからただ指を咥えて見ていろだなんて恥ずかしい真似をするぐらいならばッ! 俺は死んでやるッ!!」
「郷介君!」
拳の代わりに突き付けたのは、繋がれた命の結晶とでも言えるチューンフォーカー。
「俺はただ命を捨てるために行くんじゃない、繋げる命を繋ぐために俺は往くんだッ!!」
弦十郎を横切り、鳳は駆ける。もう自分が嫌いにならないように、自分の弱さが嫌いにならないように。
追ってはこなかった。弦十郎の身体能力ならば自分を再び捕まえることなど容易いことだろうに、それでも。
「絶対にッ!」
自分を信じて送り出してくれた弦十郎の視線を裏切りたくは無かったのだ。
「避難は終わっているのか……なら」
リディアンに置いてあった事務員用の自転車を使い、現場へ急行した鳳。大きく火をあげるデパートを見上げ、周辺を調査することに決めた。
逃げ遅れている者が万一にでもいれば、そう考えざるを得なかった。
両隣の建物にも火は移っている、そして――僅かに自分の足を竦ませる相手が。
「あれはノイズか……!」
デパート上空を飛び回るのは鳥のような姿をしたノイズ。その数は六、と言ったところ。まだいるのかもしれないが、出来ればあれらで打ち止めであってほしいのは心から願う所。
たった六匹とはいえ、触れれば比喩表現抜きで即死するという悪魔の地雷。
幸い、まだこちらには気づいていないようだ。この隙に距離を取り、逃げ遅れた人がいないか確認を完了する。
そう考えていた鳳の視界に、見覚えのある少女の姿が飛び込んできた。
「……こんな意義を見失った作戦を見守る役目を与えられるとは」
「嘘だろ……おいあんた、あの時の子か!?」
「……え?」
振り向くと、セミロングの茶髪とおさげが揺れる。間違いなかった。
マリア・カデンツァヴナ・イヴが世界へ宣戦布告をした時に現れたあの灰色の鎧――シンフォギアを纏う少女である。
「貴方は? 一体どなた様でしょうか?」
首を傾げ、そういう彼女はとても冗談など言っているような雰囲気には見えなくて。
自分だけが覚えている。その事実が少しばかり鳳の胸を痛めた。
「名乗っている時間すら惜しい! さっさと安全な所へと行くぞ!」
「な……!」
手を引き、ノイズとは逆の方向へ走り出す。絶対に振り向けない。ノイズ達が気づいたようで、二匹ほどこちらへ向け、羽らしきものをはためかせる。
少女が声を上げる。
「手を離してください。貴方、死にますよ」
「それを言うならあんたもだ! ノイズ相手に生身で突っ立ってるなんて馬鹿か!!」
だが少年はそれを聞かない。“あの時”みたいに都合よく変身が出来る確証なんて無い。
しかし少女――星海凪琴は知っていた。“あれ”は自分に指示を出す者が操っていると。だからこそ、凪琴はこの少年が酷く煩わしく感じてしまった。
あまつさえこの少年はマリアの宣戦布告の際、気まぐれに命を拾ってやらなければ今頃その身を炭素へと昇華させていた矮小の身。それが、今こうして手を引かれることの何たる屈辱か。
力があるからではない。主に持ち合わせている覚悟にこそ、自分は重視をする。
それに当てはめると、彼は全く駄目だ。命を張る者ではない。
「あんたは覚えていないかもしれないだろうが、俺は一度見た。変身し、戦う様を」
覚えていた。しかも色濃く。
あえてとぼけていた凪琴の頭に、“証拠隠滅”の四文字が思い浮かんだが、その結論に達する前に、手を引く彼から言葉が出る。
「けど、それだけだ。だからと言ってあんたを放り投げておくほど、見捨てておくほど、俺もこの世の道理を知らぬ訳ではない!」
「力の無い貴方が吐く言葉にしては、随分と虚を感じられますね」
「あんた、もしかして俺の事覚えてるのか?」
「……言っている意味が、分かりませんね」
唐突に、凪琴は上空から今まさに降下してこようとするノイズに気付き、引かれていた手に力を込める。
次の瞬間、ノイズが道路に突き刺さり、平らな地面に巨大なクレーターが彩られる。
「こんな攻撃にも気づかない」
「そいつは悪かったな。けど、もうあんたに守られるのはこれで終わりだッ!」
クレーターの中から現れるは、巨大な鳥型のノイズ。目らしき部分で鳳たちを見据えていた。触れれば炭素へと昇華する悪意の結晶体。
そんな悍ましきモノへ、鳳はもう臆さない。
右手に握る覚悟と自信をノイズへと向ける。
「俺は鳳郷介。あんたを守りたいと思った男の名だ!」
意思を込め、鳳は引き金へ指を掛ける。
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