ランス ~another story~
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第3章 リーザス陥落
第98話 魔人ノス vs 黒髪のカラー ハンティ
リーザスでは、突然の襲撃に大混乱に陥っていた。
それは勿論城内も例外ではない。
「んぁ…… な、なんだと……。侵入者……!? どこだ、どこから入ってきた!!」
街中での戦塵、喧騒。戦争時のあらゆる音が絶えず響き渡っており、謁見の間にもそれは伝わってきていた。現状は伝令兵がパットンに伝えるまでもなく理解できている。それでも、パットンには判っていなかったのだ。侵入経路に。自分自身が招いた最大の悪手に。
「そ、それが…… 貢物の、中から……」
そう、パットンが最終的に許可を出し、城内に招き入れた代物の中に 全てが隠れていた。
「み、貢ぎ……もの……!? ま、まさかゴールデンハニーか!?」
「そ、その通りです。あの中に入っていた伏兵が内側から城門を襲撃して……。最早そこから先は死屍累々の現状。瞬く間に殲滅され……」
完全に油断しきっているヘルマン兵を奇襲。それも解放軍の中のトップの戦力での奇襲。其々の大隊長がいなくなった現状では抗える筈も無かったのだ。
「ば、ばかなぁ!? 奴ら、欺きおったのか‼ひ、卑怯な…… 卑劣な真似を……っっ!!」
拳を強く握り絞めて 血が滴り落ちる。全てはパットン自身が招いた事であり 起こるべくして起きた自体だ。だが、それを咎める暇はない。もう直ぐそこにまで迫ってきているのだから。
「(……こりゃ詰んだね。間違いなく)」
ハンティもお手上げの状態だった。
ただの兵士が相手であれば、ハンティにとっては物の数ではない。1人でも十分殲滅出来る。だが、今の相手には間違いなく あの男がいる。分が悪すぎるし 何より 大恩のある男と命の取り合いは 正直な所 ハンティは二度としたくなかった。その精神に与える影響は戦場では特に大きいだろう。つまり 打つ手はないと言う事。
「す、すでに城門は開かれております……。こ、この場にリーザス軍が流れ込んでくるのも時間の問題……っ。魔物たちの統率も取れておりません。恐らくは、デストラー中隊長ももう……」
「…………っっ……ぁぁ……」
パットンの頭の中が真っ赤に染まった。言葉を吐き出す機能が全く働かない。オーバーヒートしている様で くらくらとその巨体を揺らしていた。今であれば まだ謁見の間にいるリーザス城の侍女たちでも倒せそうな程だ。
「殿下……どう、どうされますか!? なにとぞ、ご采配を……!!」
忍耐力ももはや無い。あっという間に蒸発したのが、辛うじてパットン自身にも判っていた。
「ぐううっっっ………! があああああ!!!! うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひぃっ……!?」
玉座を蹴立てて、手近にあるものに拳を、そして爪先を叩きつける。
元々腕力はヘルマンの男故に備わっている。その為派手に壊れ、吹き飛ぶが この場においてそれくらいの力は何の意味もなさないのはよく判る。
「ぬうああああああぁぁぁぁぁっ! くっ、がっっ!! ぐおおおお!!」
「…………」
それでも叫び続ける事しか出来なかった。
そんなパットンに何の言葉をかける事もなく、ハンティはただただ見守っていた。癇癪を起す子供を見る様に……。
「あ、あぁ……」
軈ては 暴れる力も失せてゆき、最後に謁見の間の上質なカーテンを引き千切り、精巧に作られたガラス状のテーブルを叩き割る。
つい数日前までは、その上で女を裸にひんむき 欲望のままに使っていた玩具も全て破壊した。
「はぁ、はぁ、……ぜぃ、ぜぃ……… ……っっ! そ、そうだ!」
ここでパットンは1つの事を思い出す。
思い出す切っ掛けになったのは、リーザスの女たちを嬲る為に用意させた玩具を壊した時だ。この城内で 絶える事なく 責め続けられている者達がいる事を思い出したのだ。
「そうだ。まだいた! 王女だ。王女が城内にいる! 引っ張り出して盾にするんだ!」
「あ……え、リーザスのリア王女ですか?」
「他にいるか馬鹿が! 牢獄から引っ張りだして、バルコニーにでも晒せ!」
「は、はい……!」
それは有効な策である事は伝令兵にも理解出来た。最早 それ以外に有り得ないと言う事も。リーザスの奪還が連中の悲願であり、その中には間違いなくリーザス象徴とも言えるリアの存在もあっただろう。王女を盾にすれば まだまだ交渉の余地はあり得る。
敗戦は確実だが、少なくとも生きて脱出できる可能性はあるからだ。
「犯しながらでも……。いや、なんなら殺してしまっても構わんぞ! リーザスの連中に 目にものを見せてやるのだ! 痛い目を合わせてくれる!」
だが―――ここで パットンはまたミスを犯した。
このミスは、パットンの愚策の為ではない。……ただ、パットンがこれから指示する内容が、この男とっては、最も困る事だったからだ。追い詰められたパットンが下した采配はこの現状においては極めて有効だと言えるが……、それでも 極めて悪手でもある。
パットンの指示通りに動こうとした伝令兵は。
「ぐべっ……!?」
直ぐに絶命する事になった。
その頭蓋が粉砕されてしまった為の即死。伝令兵の頭よりも遥かにデカい手に捕まれ、そのまま握りつぶされたのだ。
そう、この場にいるのは 人間だけじゃない。この場には もう1つの悪が。全人類にとっての絶対悪が存在していた。
そう――魔人ノスの存在である。
「それは困る」
無造作に握りつぶし、辛うじて皮一枚で繋がっていた身体をパットンの方へと放り投げる。
「の、ノスッ……!? 貴様何を…… いや、今まで何をしていた!!」
「何と言われても…… 普段とは変わらぬが」
「ええい……まぁいい! 魔人どもの力で、皆殺しにしてこい!!」
パットンは現状が全く見えていない、と言うのだろうか。唯一の策を潰された現状も視えていない。見えているのは、傍に佇み 既に臨戦態勢を整えていたハンティのみだった。
「断る」
低く重いノスの声がこの場に響く。
決して大きい声ではない。それに喧騒が響く城内だと言うのに…… その声ははっきりと聴きとれた。
「っ、な、なんだと………!?」
頭巾で覆われた顔で表情は殆ど見えないのだが、ノスの表情は判る。うすら笑みを浮かべているであろう事が。
「時は来た。……そろそろ貴様らは用済みだ」
「…………!」
「少々曲折は経たが……儂の計画通り、リーザスの後継者がカオスを解き放つ。貴様らには最早退場して貰っていい。……計画に支障はないが うろちょろされても目障りだ」
無情にもそう言い放つノス。今までの声と大して変わっていないが、その内容と行動、そして携えた雰囲気は間違いなく物語っていた。パットンにも判った。魔人は裏切るのだと言う事を。
「なんだと、貴様…… 貴様、裏切るのか!?」
「………くくっ」
ここで初めて明確にノスは笑みを浮かべていた。その口許の髭が侮蔑に揺れる。
「お、おのれ……!」
「王女は渡せん。……それにな。連中を妨害されても最早困るのだ。無能な裸の王よ」
ぞわりと、さっきがにじみ出る。侮蔑には耐えがたい屈辱だったが、それでも魔人が放つ殺気。ただの一言でも反論するのに時間が掛かってしまった。
「……となればだ。邪魔は貴様らだな。……パットンよ」
明確な殺意。強大な殺意がパットンに向けて放たれたその瞬間に、硬直していたパットンの中の時が動き出した。
死にたくないと言う生存欲が時を動かしたのだ。
「は、ハンティ! ハンティ!! こいつを片付けろ!!」
唯一にして、パットンの最大の戦力。そのカードを今切った。
そして、今はこんな男でも……、身内の自分から見ても最悪な皇子だったとしても、それでも守ると誓った。今際の言葉を 確かに訊き、受け取った。親友との約束を守る為に ハンティは ノスと殆ど同時に動きだした。
「ったく、言わんこっちゃない……‼ α、β、γ、δ!」
パットンを庇うように進み出たハンティが、叫ぶと同時に魔力を放射する。
すると、巧妙に隠されていた四隅の鉄人形が立ち上がった。
「ほほう……。これは」
「はぁぁっ!!」
見た事の無い術に 暫し関心を覚えたノスであるが、直ぐにその表情は変わる。
ハンティの持ち得る強大な魔力は 如何に魔人であると言えど看破出来ないものがあったからだ。
そして、ノスは知っている。
魔人には無敵結界が存在し、あらゆる攻撃を防ぐが 人間の力の中で数少ないが通じる術があると言う事を。
「ぬっ………!!」
それに気づき、身構えたがハンティの方が早かった。
鉄人形にハンティの膨大な魔力が流れ込み、それらが鈍い光を放ちながら雷に似たエネルギーがノスの周囲を周回し、縛り上げた。
「魔封印結界ならぬ、聖魔封印結界、ってトコか。わざわざ用意してもらってたけど、ほんとに使う事になるとはね……!」
「お、おお……! これが魔人の対抗策とやらか……!?」
「眠ってた試作品を調整して貰ったのさ。……ただ、不安定で実用性には欠けてる。フリークがいたらもっと精度を上げれたけど、無い物強請りしても仕方ない」
今も絶えず四体の鉄人形から、そしてハンティ自身からも強大な魔力が注がれ続けている。それを見たパットンは ハンティが言っていた不安要素なぞ 全て消し飛ばしていた。間違いなく勝てる、と思えたのだ。
「は、はははははは! ならば、これで魔人も!!」
だが、その希望は直ぐに打ち砕かれる事になる。
ほかでもないハンティの言葉で。
「……こんなもんで倒せるくらいなら苦労しない。こいつの相手じゃ時間稼ぎが精々ダッテの。今の内だ。今のうちに早く……!」
魔人を封じる事が出来る唯一の魔法《魔封印結界》。
それは、パットンたちが知る由もないが 解放軍側もシスター・セルとクルック―が使用しており、失敗に終わったとは言え 魔人サテラに痛手を負わせている。
そして、今の使い手はハンティと言う屈指の実力者だ。間違いなく有効であるのだが、それでも魔人ノスと言う男には そこまでの効果は見込めない。
それ程までの男なのだ。……同じ魔人であるサテラやアイゼルが霞む程の。
ノスとは魔人四天王の一角なのだから。
「く、ははは……成る程。罠、と言う訳か。上手く隠したものだ。受けるまでこの儂が気付かないとはな」
「あんたみたいな化けモンがいるって言うのに、手ぶらで来てる訳ないだろ。ノス」
「ふ……。まるで見てきたかのように言うな? 森の娘よ。……だが 儂を知っていると言う割には……」
縛られている筈のノスの身体が、腕がゆっくりと持ち上がった。まるで何も問題ない、と言わんばかりに。わざとゆっくりと動かしている、と思える程に。
「こんなもので儂を止められると、本気で思っているのか? 時間稼ぎとやらも出来ると……? 奢るなよ、小娘」
「―――――ッ!!」
ノスが持ち上げた手を軽く一振りすると、魔力を放っていた鉄人形の内の一体が火花を上げ、倒れ伏した。 超硬度を誇るその身体もまるで紙の様に破れ、燃え上がる。たった一瞬で一体を潰されてしまったのだ。
「くっ……!」
それはハンティ自身にダメージを与えられるものではなかったが、それでも魔力のバランスが変わり、負荷が一気にハンティに伝わる。そのため ハンティもバランスを崩してしまったのだ。
「なっ!? ば、馬鹿な……!? ハンティの術が……!」
パットンも驚きを隠せられなかった。ハンティと言うパットンにとっての絶対の存在。武ではトーマ。魔ではハンティ。その二つはパットンにとって今でもまだ絶対なのだから。
武のトーマが打ち破られたが、まだハンティがいる。と言う淡い期待も完全にこの時消え失せてしまった。
「そのようなガラクタが保険になるとでも思っていたのか。これでも人形遊びは得意分野だ。……余興だ。もっと高度な術を見せてやろうか」
「ちっ……ああ、そうかい」
魔人は圧倒的な殺気を放っているが、それでもまだ間違いなく遊んでいる。楽しそうに唇をゆがめているのがその証拠だ。そこに付け入る隙がまだある筈だ。
ハンティは、その凶悪な殺気を身に受けつつも出来うる全ての手を頭の中に思い描き、戦術を組み立てていくのだった。
「う、うおああああああっっ!!」
そんな矢先に、ハンティよりも先に手を出したのは あろう事かパットンの方だった。
剣を引き抜いて、ノスに飛びかかっていたのだ。
「ぱ、パットン!?」
「………ふ」
だが、ただ体重を乗せて力任せに叩きつけるだけの剣は ノスの強靭な身体に傷を負わせる事は出来なかった。身体どころかノスの皮にすら傷をつける事は出来ない。
ノスは ただ笑みを浮かべるだけで一歩も動かず防いでいた。
「お、あ、くっ……! こ、この名剣スターブラスターが……!」
「ほほう。儂の皮膚でも折れるのか。確かに悪くない剣だ」
「ぐっ……!」
体格で言えば パットンとノスはそうは変わらない。いや 寧ろヘルマンの男の特徴である死ぬまで成長続けるその身体の大きさはノスを上回っていると言えるだろう。だが、それでも圧倒される。
「……だが、使い手が滓だ!」
受け止めた腕とは反対の腕で、パットンに拳の一撃を叩きこんだ。
常人よりも遥かに頑丈に出来ているパットンの身体を容易く吹き飛ばす。
「ぶぐぁぁぁっ!?」
パットンの巨漢の身体は放物線を描く……のではなく、直線上に吹き飛び柱に激突していた。
ただの拳の一撃だけで、力が全く入らない。
「あう、あ、あうぐぐぐ……!」
上半身を起こそうとして果たせず、パットンはどろりと鉄臭い液体が流れる左目を抑えて転げまわった。
「……ほうほう。成る程。人間にしては頑丈に出来ておる。殺す気で殴ったのだがな。……まぁいい。既に使い終えた駒だ」
ノスが音も無くパットンに迫る。
だが、最後までやらせる筈もない。
「ちっ……!」
そこに、剣を引き抜いたハンティが割り込んだのだ。
「こ、のっ……!」
先程の光景から判る様に 腕力では絶望的なまでに差があったが、流れるような剣捌きで拳を受け流す。柔を良く剛を制す。それはJAPANに伝わる伝統武芸に通じるものでもあった。
「くく、来たな。さぁお守りの時間の始まりだぞ」
「っ……ライトニングレーザー!!」
「ふわははははは!!」
大型のモンスターでも一撃で仕留める 雷系 上級魔法。それを至近距離から顔面へと直撃するのだが、ノスは全く避ける素振りも見せない。……瞬きさえもしない。そのまま無情にも拳を撃ち放っていた。
「くっ……!」
だが、その拳がハンティに届く事はなかった。タイミング的には相打ち必至だった筈だが、拳は空を切っていたのだ。
「……ぬっ!?」
こればかりはノスにとっても想定外の速度だった。いや、速度……とは表現出来ない。魔人をも感知できない程の速度だからだ。
その隙をついて、魔力で操られたハンティの装備、鉄の腕と自分自身の手を合わせて更に高位の術を紡いだ。
「なら、こっちだ……! 火炎流石弾!」
そして、また有り得ない事が起きた。
間違いなく目の前にいた筈なのに、大きく離れた場所からハンティの詠唱が聞こえたから。
「(速い……? いや違う。今のは……)」
虚を突かれたのは事実。だが、それでも余裕を持って考える事が出来るのは圧倒的な戦力差がある故だった。
ハンティの燃え盛る岩の嵐の魔法。それは最上位の魔法。使い手の魔力に威力は依存するものの、現存する炎の魔法の中において頂点に位置する魔法だった。
「ほう……! 成る程」
その魔法はノスだけでなく、謁見の間の天井部へも到達し、天井を崩した。
その瓦礫は雨霰の様にノスに降り注ぎ、あっという間に瓦礫の山になるが。
「ふんっ!!」
ノスの低く重い声が響いたかと思えば、あっと言う間にその瓦礫は吹き飛ばされてしまった。ただの拳1つで。
「涙ぐましい小細工だな、小娘!」
「ったく、無敵結界とは厄介な……。解除してくれてもいいんだよ、さっきのパットンの時みたくさ!」
「ふん。気に喰わんな。結界がなければ倒せるとでも言うつもりか!」
足元の瓦礫を纏めてけりつけてハンティに飛ばした。
絶対的に力量差があり、遊んでいた、とも言えるノスだったが 力は多少あった所でただの羽虫にしか思ってなかった者からのまさかの攻撃に激昂していた。
「ええい、まったく化けモンだね……‼ 物品禁止!」
鉄の手が印を組み、ハンティが魔法を放つと、瓦礫は地からを失って床に転がった。
「すぐに解除、っと……っ!」
瓦礫を目晦ましに使ったのだろう。眼前にはもうノスが迫ってきた。
そして、その速度のまま振り下ろされたのは手刀。一撃でも喰らえば良くて重症になるであろう一撃だが、ハンティは避ける風もなく印だけを組んだ。
「よ、っと!」
またも、大きく離れた所にハンティの姿があった。
二度目……。一度目に予想を立て、そして二度見たノス。その力の絡繰りはもう理解出来た様だ。
「………ほう。ふふ、ふはははは! そうか、瞬間移動か! 小娘……、いや 娘よ、貴様……、貴様は…… く、くくくく、ふっはっはっははははは!」
「………?」
何に気付いたのか、ノスは瞠目したあと、高らかに笑い続けた。
「はっははははは! ただの小娘かとおもいきや、よもや、だ。懐かしき同法と言うべきか。種ではなく、時代に向けてな」
ノスの話。それだけで、ハンティにも理解できた。
「あんた………… 竜族か。竜族の、魔人か」
そう、ノスは竜族。
そこから、その時代の最悪の魔王の血より 魔人へと転生したのだ。
「くくくく。成る程。それゆえに、青髪ではないカラーか。ただの異端にしか思えていなかったのだが、な。長生きはしてみるものだ……。まさかその様な珍奇な者がいたとはな」
「…………」
「(な、なんだ……? なんの、話しを……)」
パットンは身体は動けないが、辛うじて意識だけは繋ぎとめている。2人の話の内容の殆どが理解する事が出来なかったが。
「奴らには、稀にそうした者がいたそうだな。さて……となると、余興と言うには手間か」
それは、ハンティの実力を十二分に認めた故の発言だった。戦いを楽しむ節のあるノスだが、今優先される事を考えれば あまり時間を掛けてられないのだ。そう、絶対的な目的。何よりも果たさなければならない目的を前に、自分自身の事など二の次だった。
薄く笑った後、ノスは視線をハンティからパットンへと変える。
「―――――っ!!」
「貴様から死ぬか、パットン!」
また、明確な殺意がパットンに向けられた。
「あ……う、ぐ……!!」
考える事は出来ても、話しを訊く事はできても、あの拳の一撃でいまだ足腰が立たない。
そんなパットンにノスが突進する。
「っ! ちょっと、待った……!」
その眼前にハンティが瞬時に割り込んだ。
勿論、それもノスは判っていた。いや、それを狙っていたとも言える。そのまま無情に力任せに振り下ろし続けた。
「く、ぁっ……!」
「……くく、そうよな娘。選択肢がない。脳無しの皇子を守らねばならないよな!
「ぐっ……!」
防いでる手が痛烈に痺れる。追撃の一撃を剣で受ける事も出来ず、とっさにハンティは鉄の手の一本で受けたのだ。
「(無理、か……! 真っ向勝負でも倒せないのに、悪知恵の回る……ッ!!)」
鉄の指が徐々に飛び、更には頬に朱線が走った。衝撃に目も眩む。
「くっ…パット……!!」
「くく。そうよな。余ったそのガラクタの手で脳無し皇子を回収し、飛ぶ。それしか選択肢はないであろう。……故に読み易い。儂の力…… まだ半分にも満たない事が判らぬか?」
「う、ぐぐぐ……がぁぁぁ!」
ハンティの腕の骨に亀裂が走る。
ノスの言う様に ハンティはパットンの襟首でも掴んで放りあげ、自分自身も この力を受け流し、逃げるつもりだった。
そこで想定外だったのが、ノスの凶悪な力がまだ一段階増したと言う事だ。最早少しでも力を抜けば、そのまま両断されてしまう事だろう。その未来もはっきりと見えてしまったのだ。
「同胞を嬲るのは心苦しい所はあるが、な。そろそろしなければならぬ事があるのだ。力を抜け娘よ。直ぐに楽にしてやろう」
「うぎ……、だ、だれ……が……! ぐあああっ!!」
ノスの手刀は完全にハンティの鉄の手を砕き、その身体に迫った。肩口に迫る手刀。
「もう一押しで……斬れる。自らが斬られるのをその眼に焼き付けるか? 何処まで持つか試してやろう。……くくく そら」
「!!!!」
力が、また増した。
「(はん、ぶん……ってーのは いくらなんでも、っておもったが、嘘じゃ、なかったのか……!?)」
鈍い痛みと共に迫る強大な力に意識さえも飛びそうになるが、ハンティには引けなかった。例え死ぬ瞬間が来たとしても、この手の力を緩める事はないだろう。
自身の後ろには、パットンがいるのだから。
「(……ほんとう、に。詰んじまった……か)」
最後まで緩める事はなくとも、結末は理解できる。抗う術が無いのだから。瞬間移動をする為の時間もできない。いなす事もできない。最早 相手側の王手。
「さぁ……」
それを理解したノスは、更に笑みを浮かべると。
「最後だ!」
更に力を上げて、そのままハンティの身体を両断しようとしたのだが……、その時だった。
『二刀煉獄……』
目の前に集中し過ぎていたからか、気付く事が出来なかった。
ハンティの瞬間移動程ではないものの、恐るべき速度で迫ってくる二つの刃を。
「剛斬!!」
二つの刃は交差し、ノスの手刀に衝突した。
がきぃぃぃんっ!! と言う素手と剣のぶつかる音ではない金属音が響くと同時に、とてつもない衝撃波が沸き起こった。
「ぬっ……!」
僅かに、本当に僅かにではあるが 拮抗した為、意識はまだ残っていたハンティはその一瞬に全てを掛けて逃げる事が出来た。
「……何者だ。キサマ」
目の前に佇むのは黒髪の剣士。
「ハンティ……。これは貸し、だぞ?」
「………!!」
ハンティも確かに見た。
朦朧とさえする視界の中に……彼がいたのを。
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