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戦姫絶唱シンフォギア~貪鎖と少女と少年と~

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第五話 思いを成し遂げるには

「ふざけないでください!!!」

 翼の一声がこの冷たくなった司令室に響き渡る。その声色には一欠けら程残されていた“柔らかさ”が霧散しており。
 翼は内心、鳳郷介という人間への見方が間違いだったと、己の眼の曇りを嘆いてしまった。任務や芸能活動でそう頻繁に会うこともなかった彼であったが、その人柄は気の置けない仲であり、戦友である立花響から話を聞いていた。聞かされた、と言う方が正確なのだが。
 そんな仲間の評価通り、彼は少なくとも“善人”という印象を翼は抱いていた。誠実に職務に励み、またぶっきらぼうながら決して悪くはない人当たり。
 そう思っていた所で、この発言である。
 無謀極まりなく、また短絡的にも聞こえた“色恋沙汰”のためにたったの一つしか無い自分の命を張れるなど正直、片腹痛いものに聞こえてしまった。言い方を悪くするのならば――発言どころかその全てが軽い。
 だからこそ風鳴翼は諫めた。その考えを真っ向から正すために。

「鳳さん、たったそれだけの事のために何故(なにゆえ)そのように簡単な事を言えるのか私には分かりません」
「分からないのは俺も同じだ。俺もどうしてこんな感情になっているのか分からないんだからな」
「話をする気はあるのですか……?」
「まあ待て翼、そうカッカするな」

 一触即発のこの空気を収めたのは他でもない風鳴弦十郎。全く動じず、目の前の事態に対応できるその態度は流石と言った所か。

「俺は君の父親、史郎君から頼まれていることがある」
「父さんから……?」

 いつか、いつかの昔。だが目を閉じれば、すぐに思い浮かぶ。
 立案されては頓挫されたノイズへの対抗策の一つ。
 当時の鳳郷介の父親、鳳史郎はその一つの研究主任であった。まだ“櫻井了子”であった時の彼女の指導を受け、元々優秀な彼はその策をあと一歩で実用化というところまで持って行けたのだ。

『弦さん、もし聞いてくれるなら一つだけ。たったの一つだけ聞いてもらいたい願いがあるんです』

 史郎と言葉を交わす機会があった時、彼からポツリと漏らされた言葉。それが弦十郎の耳に強く残り、だからこそそれを叶えてやりたいと思わされたのだ。
 その言葉を口にしようとして、止めた。代わりに弦十郎は鳳を見据え、人差し指を立てる。

「一日だけ時間をやる。生憎とこの艦は明日でなければ陸へと戻らん。部屋は用意するので、そこで今までの言葉を振り返ってみてくれたまえ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「……俺って今どこにいるんだ?」

 すると隣にいた翼が超弩級の事実を教えてくれた。

「潜水艦です」
「……は?」
「潜水艦です」

 一言一句同じ言葉で。
 そこで鳳は目を閉じる。あまりにも揺れが無かったので、気にしていなかったのだが、言われて改めて感覚を研ぎ澄ませると、僅かだが不規則な揺れを感じた。
 翼が嘘や冗談を言うような類には見えなかった。ということはもう、それは真だということだろう。

「……」
「どうしましたか?」
「……いや、まさか潜水艦に乗れるとは夢にも思わなかったから、な」
「丁度いい。翼、鳳君を空いている部屋へ案内してくれ」
「分かりました。では鳳さん、私に付いてきてください」

 促されるまま、翼に付いて指令室を出ていこうとすると、弦十郎は鳳を呼び止める。

「一日経っても、君の決意が変わらなければ――いいや、君が本当に“覚悟”出来たのならば、また俺の前に立ってくれ」
「……分かった」

 廊下を歩いている間は無言だった。翼からはもちろん、鳳からも話しかけない。話すことが無い、と言えばそれまでだが鳳自身、色々な事を一気に知ってしまったせいか、まだ整理が追い付いていないというのが正直な所だった。

「鳳さん」
「どうした?」
「先ほどはすいませんでした。言い過ぎました」
「いや、俺も悪かった。真剣に戦っているお前達の事を軽んじる発言だった」

 心からの謝罪だ。
 あの時、あの瞬間、誰よりも戦場を軽んじていたのは他でもない自分。
 それは認める。だけど、それ以上に、鳳にとってあの出会いは衝撃的すぎたのだ。

「だけど、風鳴。俺は一切冗談を言ったつもりは無い。それだけは、分かって欲しい」
「……この際、戦場に出ようとする理由は問いません。ですが、だからこそ、それだけの理由で戦場に出ようとすることが私には――許せないのです」

 返事を待たずに、翼は続ける。

「沢山の人を見てきました。逃げ惑う人々。銃を手にし、懸命にノイズと戦う人々。為す術なく炭素へと転換させられた人々。皆、命懸けでした。ですが、今の鳳さんにはそれが感じられない。ただ、悪戯に繋いでもらった命を散らしに行くようにしか見えないのです」
「……」
「叔父様――風鳴司令はそんな貴方を見極めようとしている。武士(もののふ)なのか、はたまた(いぬ)なのかを」

 そこで言葉を切り、翼は空き部屋の扉へと視線を移す。

「ここです。ある程度の自由は認めますが、それでもあまり出歩かないようお願いします」
「ああ、気を付けよう」

 一礼し、去っていく翼の背中が何だかやけに大きく見えた。あれが“戦う者”の背中だと思えば、戦場に年下も年上も無いのだなと思い知らされる。
 扉の開閉スイッチに指を掛け、だが外す。辺りを見回して、誰も居ないことを確認するや否や、鳳は歩き出した。
 純粋にこの潜水艦の中を見て回りたい少年心が働いてしまったのだ。見つかればそれまでの小旅行。

「……覚悟、か」

 歩きながら、鳳は独り言つ。
 認定特異災害――ノイズ。安心できる所に来て、ようやく感じた安心。同時に込み上げてくる恐怖。

「畜生……」

 壁に寄りかかり、天井を見上げる。
 先ほどまでつらつらと吐き散らかしてきた啖呵が妙に気恥ずかしくなってきた。言葉が軽い、まで卑屈になるつもりはない。だが、それでも。

「ん?」

 誰かに呼ばれたような気がした。
 確証は無いのだが、歩く鳳の足取りに迷いはなく。
 もちろん、ここで引き返しても良いのだ。しかし、そうしてしまえば二度と今みたいな言葉すら言えないような気がして。

「ロックが掛けられていない……」

 タッチパネルに手を翳すと、扉が自動的に開いた。
 中は暗く、何も見えない。手探りでスイッチを入れると、明かりがついた。
 小さな研究室、というのが第一印象だ。
 ふとデスクの上にあった物を見て、鳳は驚きで目を見開いた。
 これは紛れもなく、あのライブ会場で自分の命を助けてくれた黒服の男が持っていたトランク。何やら得も知れぬ気持ちに襲われて。
 鳳は気づけばトランクを開けていた。
 
「これは銃と、鈴?」

 収められているはナックルガードが付いた拳銃であった。銃身は短く、しかも上下に二つ並んでいるという特異な外見。そして隣には鈴型の装置らしき物体。
 思わず手に取っていた。
 自分を救ってくれた黒服が最期まで大事そうに抱えていた物だったというのもあるが、それとは別に何だか『手に取れ』と言われたような気がして。

「ふらりと出歩いたと思えば、随分とお目が高いな」
「っ!?」

 振り向くと、弦十郎が怒っているとも呆れているともつかない表情で腕を組んでいた。

「全く……俺だったから良いが、また翼に怒られるぞ」
「見つかれば終わりの旅だったので、それは別に良いです」
「はっはっは。その意気やよし。ところで……」

 視線は鳳が握っている銃へ。感慨深げに目を細めると、弦十郎は鳳の肩を軽く叩いた。

「そいつが気になるか?」
「……俺の命を救ってくれた人が大事そうにしていたから。……だけど」
「報告は聞いている。君を守り、炭素となったのはずっと史郎君を護衛していた者だ」
「父さんを?」
「ああ、間違いない」

 絶句した。同時に、自分の甘さをようやく痛感した。
 あの黒服は自分の事など知らなかっただろう。自分がずっと守っていた父親の息子だなんて。だが、それでも命を賭して、自分を守ってくれた。
 気づけば、自分が握っていた銃の重量がどんどん増してきたように感じてしまった。命の重さ、とでも言うのだろうか。
 そんな鳳を見透かしたように、弦十郎は問うてくる。

「重いか?」
「……重い。こんなに重いとは、思わなかった」
「君という命はそれだけの重みで繋がれているんだ」

 気づけば、鳳は土下座していた。もう、完全に理解してしまったから。

「何の真似だ?」
「俺に、戦い方を教えてください」

 弦十郎の返事を待たず、鳳は言う。

「このままじゃあ、成し遂げられない……! 繋いでもらった命を生かすことも、自分の思いを成し遂げることも、どっちも……!!」
「だから俺に教えを乞うのか?」
「あの身を竦み上がらせるような地獄を切り抜け、帰るためだったらどんな地獄に耐えて見せる。だから、お願いしますッ……!!!」

 額を地面に擦り付けていたので、弦十郎の顔を見ることは出来なかった。その時間が、一時間にも一年にも永遠とも取れるような体感時間。

「『チューンフォーカー』」

 思わず鳳は顔を上げていた。

「その銃はただの玩具ではない。それを握るからには、生半(なまなか)な修行をつけるつもりは無いぞ?」
「望むところですッ!」
「ふっ……その眼、やはり史郎君に良く似ている」

 『チューンフォーカー』。そう、弦十郎は口にした。
 あのライブ会場から巡り巡って今、自分の手の中にあるその銃のグリップはどうにも自分の手に馴染むようで仕方がない。
 鎖の少女の後ろ姿と、そして言葉が脳裏を過ぎる。

『貴方のような命を知らぬ者に吐く言葉は持ち合わせていませんので』

 ずっと考えていた。彼女の言葉にどう返そうか、どう自分の言葉を叩きつけようか。
 それができない限り、あの空虚な眼が作り出す視界に入る事は叶わないから。

「ところで鳳君、君はアクション映画は嗜む方かな?」
「……は?」

 この時の鳳はまだ、まさか陽が高くなるまでアクション映画を観させられる羽目になるとは思ってもいなかった――。 
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