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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv61 魔王アシュレイア( i )

   [Ⅰ]


 ミュトラの聖堂に入った俺達は、以前来た時と同様、行き止まりの空間へと足を踏み入れた。するとそこで、驚く事が起きていたのである。なぜなら、紋章が描かれている壁の真ん中部分が上がっていたからだ。
 これが意味するところは1つであった。浄界の門は既に開かれているという事である。恐らく、わざと開けっ放しにしたのだろう。
 誘っているのは明らかな為、俺達は少し悩んだが、全員が覚悟を決め、その向こうへと足を踏み入れた。 
 浄界の門を潜った先は長い通路となっていた。
 その通路を進んで行くと、途中、二手に分岐する箇所があり、そこで俺達は、ヴァロムさんとディオンさん、それから数名の魔導騎士達と別れる事となった。
 ここからは、ヴァロムさんが自分の役目を遂行しなければならないからである。
 俺はそこで、カーンの鍵をヴァロムさんに手渡した。これはラーさんの指示によるものだ。
 そして、互いの成功を祈りながら、俺達は別の道を進んだのである。
 ちなみにだが、アヴェル王子やウォーレンさん、そしてレイスさんにシェーラさん、それとシャールとルッシラさんは、俺と同じグループである。
 まぁそれはさておき、そんな面子で俺達は聖堂内を進むわけだが、中は意外にも静かであった。
 魔物と遭遇するなんて事もない。しかし、得体の知れない邪悪な気配だけは、ヒシヒシと感じられた。
(……なんだろう、この威圧的であり、息苦しいほどの空気は……。なぜか知らないが……俺達が進むこの先は、別の世界のように感じる。どうやら、ラーのオッサンが言っていた通りの事態が起きているのかもしれない。もしくは……これからそれが起こるのかもしれない。……嫌な予感がする。はぁ……なんとか生きて帰れますように)
 そんな事を考えつつ、俺は皆と共に、聖堂内の通路を進み続ける。
 通路の壁や床は、イデア神殿のような石造りで、5mくらいありそうな天井には、古代の魔法照明器具と思われる光る石みたいなのが確認できた。その為、松明やレミーラなどを使わなくても、視界は良好だ。
(イデア神殿の時もそうだったが、あの光る丸い石は一体何なんだろう……ン?)
 と、そこで、前方に入口のようなモノが見えてきたのである。
 距離にして30m。扉はないが、両脇に丸い柱みたいなのがあるせいか、どことなく、門みたいな感じであった。
(……邪悪な気配は、あの向こうから感じる。いよいよかもしれない……)
 先頭のアヴェル王子は、それを見て立ち止まった。
 恐らく、雰囲気の違う入口だったからだろう。
 他の者達も、王子に続き、足を止める。 
 そこで、アヴェル王子は俺に視線を向けた。
「コータローさん……あの場所……少し雰囲気が違います。どう思いますか?」
「確かに、雰囲気は違いますね。それに……嫌な気配を感じます。ここからは今まで以上に周囲に警戒しながら、ゆっくりと進みましょう。罠の類があるかもしれませんから」
「ええ」
 物音を立てないよう注意しながら、俺達はゆっくりと静かに進んでゆく。
 ちなみにだが、先頭は俺とアヴェル王子だ。
 後ろを振り返ると、皆の表情はいつになく、険しい表情であった。
 アヴェル王子やレイスさん達は、いつでも抜けるよう、剣の柄に手を掛けた状態で、静かに足を前に出している。
 俺も彼等と同じで、いつでも呪文を唱えれるよう、常に魔力コントロールしている状態であった。
 そんな感じで入口に近づいてゆくと、向こうから話し声が聞こえてくるようになった。
 俺は右手を横に伸ばし、『止まれ』のシグナルを後ろの者達へと送った。
 全員、そこで立ち止まる。
 そして、俺は話し声に耳を傾けたのである。

「な、なぜですの……魔法が発動しない……」
【馬鹿めッ! その中では、呪文はかき消えるようになっているのだ。拘束してはおらぬが、貴様等は捕らわれの身だという事を忘れるなよ。ガルゥ】

 今の会話を聞き、俺達は顔を見合わせた。
 俺はそこで、口元に人差し指をやり、静かにというジェスチャーをする。
 そして、忍び足で入口の方へと行き、壁を背にしながら、俺はそっと中の様子を窺ったのである。
 入口の向こうは、丸いドーム状の空間となっていた。
 今見た感じだと結構広い。円形の床は直径が50mくらいはありそうで、天井は高い所で10mはあるように見える。
 また、床や壁はこの通路と同様、全て石造りであった。
 それと、中はやや薄暗いが、あの丸い石みたいなモノによって照らされている事もあり、そこまで視界は悪くないようである。 
 とまぁ、そんな感じの様相だが……それ以上に目を引く存在がこの空間にはあった。
 それは何かというと、この空間内には、人の入った鉄格子の檻と魔物、そして……不気味な椅子に腰掛ける人物が1人いるという事である。
 位置的な事を言うと、俺達から見て左端には四角い檻があり、その付近には魔物が数体、それから右端に、歪な形をした真っ黒い玉座のようなモノが置かれていた。
 ちなみにだが、俺達のいるこの入り口は、それらの間に位置している。また、他に出入り口は無いようだ。つまり、この空間は行き止まりという事である。
 で、その檻だが、中にはアーシャさんやサナちゃん、それから、ミロン君やフィオナ王女達の姿があった。
 檻の中にいる者達は皆、目が覚めたばかりといった風だが、全員起きているところを見ると、夢見の邪精による呪いからは、どうやら解放されているようだ。
 恐らく、この空間の中にいる誰かが、呪いを解いたのだろう。まぁ誰かは見当ついているが……。
 それから、反対にある玉座だが、そこには教皇の衣に身を包むレヴァンがおり、檻の方へと向かい微笑んでいるところであった。多分、彼女達を嘲笑っているに違いない。
 それと、檻の付近にいる魔物だが、全部で6体いた。
 魔物は3種類おり、1つはアームライオンで、もう1つはバルログ、それからもう1つは、人間のような上半身に、牛のような下半身を持つ魔物であった。その魔物の上半身は、筋肉質なゴリゴリマッチョで、日に焼けたような赤い肌しており、頭部には山羊風の角、背中には蝙蝠のような翼が生えていた。顔は人間風だが、野獣のような赤く鋭い目と、青い色をした豪快な顎鬚が、人間にはない野蛮な雰囲気を醸し出している。
 俺の記憶が確かなら、ゲームではアンクルホーンと呼ばれている魔物であった。
(さて……少しだが、魔物がいるな……バルログが1体にアームライオンが3体、アンクルホーンが2体か。……アンクルホーンとバルログが少し厄介だが、今の俺達の戦力なら倒せる。コイツ等は中に突入したら、不意打ち気味で、すぐに倒したほうがいいだろう。それと、さっきの会話の内容を聞く限りだと……あの檻の中では、どうやら魔法が使えないようだ……これは好都合かもしれない)
 などと考えていると、アヴェル王子が俺に近寄り、小声で訊いてきた。
「コータローさん……中はどんな感じですか?」
「一応、この向こうに、攫われた方々とレヴァンがいます……それから、魔物も」
「魔物は何体くらいいるのですか?」
「6体です。奴等は檻の付近で、フィオナ様達を監視しているようですね」
 アヴェル王子は意外だったのか、少し驚いていた。
「え? ……それだけしかいないのですか?」
「ええ、それだけです。先程の境界門では、味方を犠牲にした手段を用いておりますし……魔物達も急な事で、迎え撃つ態勢を整えられなかったのでしょうね。もしかすると、この建物には今、魔物はこれだけしかいないのかもしれません」
「確かに、そうも考えられますね。それはそうと、コータローさん……ここからはどう動くといいですか? 今は建前上、俺が指揮官ですが、ヴァロム様の代弁者である貴方の意見を優先します。そう、ヴァロム様にも言われてますので」
 ヴァロムさんの代弁者とまで言われると、ちょっと辛いが、そうしてもらうと助かる。
 ここからは、ラーのオッサンの指示通りに、俺とヴァロムさんは動かなければいけないからだ。
 俺は王子に耳打ちした。
「ありがとうございます、アヴェル王子。では早速ですが、これからタイミングを見計らって、中に突入しましょう。で、入ったらすぐに、檻の付近にいる6体の魔物を始末して、まずは人質救出です」
「しかし、中は魔物達の支配領域です。罠の類もあると思いますが……それらはどうしましょうか?」
「今回ばかりは、罠に飛び込まねば、何も得られません。覚悟を決めて、行くしかありませんよ」
「敢えて、罠に掛かる……って事ですか?」
「はい、その通りです」
 それを聞き、アヴェル王子は笑みを浮かべた。
「何か……策があるのですね。そして、それは……ヴァロム様達が関係していると見ていいですか?」
 俺は無言で頷いた。
 と、その時である。
 
【な! お、お前は……レヴァン! なぜ、お前がここにいる!】

 フィオナ王女がレヴァンに向かって叫んだのである。
 レヴァンは頬肘をつき、ニヤニヤしながら口を開いた。

【愚問ですね……私がここにいる理由は1つです。貴方がたを攫ったのが、この私だからですよ。そして私が……此度の黒幕という事です。御理解頂けましたかな、フィオナ王女……クククッ】
【私達を攫ったですって! 一体何の為に! この裏切り者!】
【貴方がたは餌なのですよ……クククッ……まぁ最も、彼等がここに辿り着けるかどうかすら、わかりませんがね……今頃、美しい石像と化してるかもしれませんので。クククッ】

 2人がそんなやり取りをする中、俺はアヴェル王子に言った。
「さて……では、そろそろ行くとしますか」
「ええ」
 アヴェル王子は背後を振り返り、他の者達に目配せする。それから入口を指さした。
 この場にいる者達は察したのか、緊張した面持ちで口を真一文字に結び、ゆっくりと頷いた。
 そして俺達は、アヴェル王子を先頭に、向こうの空間へと足を踏み入れたのである。

【残念だったな……レヴァン。我々は石像にはなってはいないぞ】――


   [Ⅱ]


 俺達はアヴェル王子を先頭に、魔物達の支配する空間へと足を踏み入れた。
 全員が空間内に入ったところで、俺は王子に耳打ちした。
「行きますよ、アヴェル王子」
 王子は頷くと、皆に告げた。
「レヴァンは後だ! まずはあの魔物達を倒す! 行くぞ!」
 そして、俺達は武器を構え、檻の付近にいる魔物達を急襲したのである。
 空間に入る前から、既に呪文を唱えられる態勢でいた俺は、不意打ちのライデインを一発お見舞いしてやった。
【ライデイン】
 この部屋の魔物達全てに雷の矢が降り注ぐ。
【グギャア】
【グアァァ!】
 倒すまでは至らないが、魔物達はかなり辛そうに顔を歪めていた。
 このクラスの魔物だと、ライデインはかなりきついだろう。ゲームならば、HPをかなり削れたに違いない。
 魔物達は怒りの形相で声を荒げた。
【オ、オノレェェェッ! このゴミ共がァァ! ハラワタ裂いてくれるわッ!】
 だが間髪入れず、奴等に魔法が襲い掛かる。
【イオラ】
【バギマ】
 シャールさんのイオラが奴等に炸裂し、続いて、ウォーレンさんのバギマによる真空の刃が、アームライオンを切り刻んだのである。
 アームライオンはそこで絶命する。
 だが、アンクルホーンとバルログは、しぶとく生き残っていた。
 とはいっても、それも時間の問題だろう。
 なぜなら、アヴェル王子とルッシラさんの魔法剣に加え、レイスさんとシェーラさんの鋭い斬撃が、容赦なく、奴等に振り下されたからである。
 4人の剣は、2体のアンクルホーンに深く突き刺さる。
 そして最後に、俺が振るう魔光の剣が、バルログを斬り裂いたのである。
 アンクルホーンとバルログは激しく吐血する。
【グハァッ……まさか、貴様等のようなゴミにやられようとは……ア……アシュレイア様……申し訳ございません……】
 魔物達はゆっくりと床に崩れ落ちる。
 と、その時……。

 ―― パチ、パチ、パチ ――

 俺達の背後から拍手する音が聞こえてきたのである。
 発生源は勿論、あの男からであった。
 不気味な椅子に腰かけるレヴァンは、優雅に柏手を打ち鳴らし、満面の笑みを浮かべていた。
【クククッ……お見事です。素晴らしい腕前ですね。そして、よくぞ、ここまで辿り着きました。まずは、褒めて差し上げましょう】
 アヴェル王子はレヴァンに振り返り、鋭い眼差しを向けた。
【次はお前の番だ! レヴァン!】
「レヴァン……貴方はもうこれまでよ……大人しく、投降したらどう? といっても、そんな言葉を聞く耳持ってないわね、貴方は……」
 シャールさんはそう告げた後、残念そうに溜息を吐いた。
 もう説得は諦めたのだろう。
 レヴァンは小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
【クハハハッ……これはいい。投降ですか……ククククッ……本当に愚か者達ですね。負ける要素がないのに、なぜ投降する必要があるのだ……クククッ。まぁいいでしょう、お前達にも見せてやろうではないか、魔の世界を統べる王の力をな……】
 俺はそこで奴に言ってやった。

【下らない茶番はもういいよ、偽魔王さん……お前にそんな力はない】

 するとレヴァンの表情は一変し、険しい表情で俺を睨みつけてきたのである。
【に、偽魔王だと……】
【ああ、お前は偽教皇にして偽魔王……そして、ただの裏切り者だ。本物は別にいる】
【クハハハッ、何を言うのかと思えば……お前の方こそ、下らん妄想ではないか! 馬鹿馬鹿しいッ! ならば本物は一体どこにいるというのだッ! 言ってみろッ!】
 両手を大きく広げ、レヴァンは挑発してきた。
 俺は奴を無視し、アーシャさん達が捕らわれた檻へと移動する。
 そして、高出力の魔光の剣で、檻の扉の錠前を破壊したのである。
 ちなみに錠前は南京錠タイプのモノであった。
 俺は檻の扉を開く。
「では、まずは女性陣からいきましょう。フィオナ王女にアーシャさん、それからサナちゃん、檻の外に出てください」
 彼女達はホッとした表情で、フィオナ王女を先頭に檻の外へと出てきた。
 フィオナ王女は俺達に深く頭を下げる。
「コータロー様、そして皆様……助けに来ていただき、本当にありがとうございます」
 ルッシラさんは王女に跪き、頭を垂れた。
「フィオナ様、よくぞ、御無事で」
「ルッシラ……ありがとう。私は大丈夫です」
 アーシャさんとサナちゃんは涙を浮かべ、俺に抱き着いてきた。
「コータローさん……」
「コータローさぁん……ヒグ……」
「2人共、無事でよかった」
 俺は彼女達を優しく抱きしめた。
 続いて、レイスさんとシェーラさんが、サナちゃんの元で跪く。
「イメリア様、ご無事で何よりです」
「申し訳ございません、我等が至らないばかりに、このような目に遭わせてしまい……」
「レイスにシェーラ……気にしないで……私は貴方達に、感謝してもしきれないのですから」
【イメリア様……】
 レイスさんとシェーラさんは、その言葉を聞き、少し涙ぐんでいた。
 と、そこで、痺れを切らしたのか、レヴァンが声を荒げたのである。

【私を……無視するなァァァァァァッ! 貴様ァッ! 私の質問に答えろッ! 私が偽物だというのなら、本物はどこにいるというんだッ! 答えろッ!】

 俺はレヴァンに振り向き、穏やかに言ってやった。
【まぁ、そう慌てるなよ。モノには順序ってもんがある。さて、では次にアルシェス王子、外に出てください】
「あ、ああ……」
 眼鏡をかけた赤髪のイケメン青年が、若干キョドリながら返事をし、檻の外へと出てきた。
 アルシェス王子はセミロングのストレートな赤髪で、今は、古代ローマの貴族風の衣に身を包んでいた。
 背丈は俺より少し低い。全体的に痩せ型で、筋肉質なアヴェル王子と比べると対照的な体型であった。
 なんとなくだが、アヴェル王子が戦士系で、アルシェス王子は魔法使い系といった感じである。
 まぁそれはさておき、レヴァンがまた喚わめきだした。

【順序があるだと……わけのわからん事を言ってないで、早く答えろッ! それとも、ただ単に、デタラメを言っただけなのかッ、クハハハハッ】

 レヴァンの笑い声が響く中、俺はそこで皆の顔を見回した。
 アヴェル王子とウォーレンさん、そしてレイスさん達は俺をジッと見ていた。
 俺は4人に向かい、ゆっくりと首を縦に振る。
 4人は真剣な表情で、俺に頷き返した。
 他の者達は、心配そうに俺を見詰めている。
 シャールさんだけは、興味深そうに、俺へと視線を向けていた。
 隣にいるアーシャさんとサナちゃんは、不安げな表情で俺を見上げている。
「コータローさん……」
 この場に静寂が訪れる。
 そんな重苦しい空気の中、頃合いと見た俺は、そこで真実を告げることにしたのである。

【いいだろう……本物の教皇にして、魔王が一体誰なのかを教えてやるよ。……イシュマリアが建国されて以来、3000年もの間、イシュラナという女神を隠れ蓑にし、この国に災いをもたらし続け……この国を間接的に牛耳ってきた黒幕……それは、イシュラナ教団の最高責任者たる教皇だ。そして……その教皇は今、魔王でもあり、この地に更なる大きな災いを起こそうとしている。その災いの元凶である教皇とは、一体誰なのか? それは…………お前の事だッ!】

 俺は檻の中に残っている人物を指さした。
 この場にいる全員が、檻の中にいる人物に視線を向ける。
 その人物は、驚きの表情で俺を見ると、非難の声を上げた。
「ちょ……ちょっと、コータローさん! こんな時に、一体何を言ってるんですかッ! ぼ、僕が教皇で、魔王だなんて、そんな事ある筈ないでしょッ! 酷いですよッ!」
「いや、君だよ……君が教皇にして魔王だ」
 レヴァンの嘲笑う声が聞こえてくる。
【クハハハッ……何を言うのかと思えば……よりにもよって、そんなガキが魔王だと! 馬鹿にするにもほどがあるぞ、コータロー! 魔王はこの私だ! クハハハッ】
 そこで、アーシャさんが話に入ってきた。
「コータローさん、ミロンさんが魔王だなんて、そんなことある筈ないですわ。だって、私達にあれだけ尽くしてくれたのですよ。幾らなんでも、それはないですわ」
 続いてサナちゃんも。
「コータローさん……ミロンさんは私達と一緒に捕らわれていたんですよ。それが魔王というのは……」
「そ、そうですよ。アーシャ様やイメリア様の言う通りです。僕が魔王なわけないじゃないですかッ! 幾らなんでも酷過ぎますよ! コータローさんが、こんな酷い事を言う人だなんて、思いもしませんでしたッ!」
 ミロン君は軽蔑の眼差しを俺に向ける。が、俺は構わず言った。
「いや、君だよ」
 他の者達は黙って、俺とミロン君のやり取りを見ている。
 と、ここで、ミロン君は泣きそうな表情でションボリと肩を落とし、ウォーレンさんに助けを求めたのである。
「ウ、ウォーレン様! コータローさんが僕の事を教皇にして魔王だなんて言ってます。ウォーレン様からも言ってくださいよ……そんな事あるわけないって……こんなのってないですよ」
 ウォーレンさんは悲痛な面持ちで、俺に視線を向けた。
「コータロー……ミロンはこう言っている……なぜミロンが教皇だと思うんだ?」
「彼じゃないと説明がつかないからですよ。逆に言えば、彼が教皇ならば、全ての辻褄が合うということです」
 ミロン君は俺を睨みつける。
「そこまで言うのなら、聞きますけど、僕が教皇だという証拠はあるんですか? ないなら話になりませんよッ」
 俺は彼に微笑んだ。
「証拠なら、ちゃんとあるよ」
「馬鹿な……そんなものあるわけがないッ。だったら見せてくださいッ! その証拠をッ!」
「いいとも。でも、その前に、1つお願いしてもいいかい?」
「お願い?」
「ああ」
 俺はそこで、道具袋の中から、布に撒かれたあるモノを取り出した。
 ミロン君は首を傾げる。
「なんですか、それは?」 
「これがその証拠なんだけど……その前に、ちょっとお願いがあるんだ。俺さ、さっき手を怪我しちゃったんだよね。ミロン君のホイミで治療してくれないか?」
 俺はそう言って、ブツを持つ右手の甲を指さした。
 右手の甲には、かすり傷が少しある。ちなみにだが、これはドラゴンライダーとの戦闘でついた傷だ。
「なんで僕が、そんな事を言う、貴方の治療をしないといけないんですか……」
「ま、そういわずにさ、頼むよ。いいだろ、ホイミくらい」
「……わかりましたよ……ホイミ」
 ミロン君は面白くなさそうな表情で、檻の入り口に来ると、そこから手を伸ばし、渋々ホイミを使ってくれた。
 檻の中だと、呪文を無効化させるからだろう。
 まぁそれはさておき、俺の右手の傷はホイミによって癒されてゆく。
「ありがとう、ミロン君。では、証拠を見せてあげるよ」
 そして俺は、右手に持つブツに撒かれた布を解いたのである。
 中身が露になる。
 布を解くと、そこには光を発する物体があった。
 ミロン君はそれを見るや否や、目を大きく見開いた。
「そ、それは……まさか……」
 アヴェル王子は驚きの眼差しで、その物体の名を口にした。
「光の王笏が……か、輝いている……コータローさんの言った通りになった……」
 この現実を目の当たりにし、ウォーレンさんは額に手をやり、苦しそうに言葉を紡いだ。
「や、やはりそうなのか……ミロン……お前が……」
「クッ……」
 ミロン君は悔しそうに下唇を噛んだ。
「これが証拠だよ、ミロン君。今は切れ端みたいな感じだけど……君もこの杖についてはよく知っているよね。ここに来る前、この杖を作ったレオニスさんに聞いたよ。そしたら、レオニスさんはこう言っていた……光の王笏はアズライル猊下の為に作られたモノだとね。そして、こうも言っていたよ。この光の王笏は、猊下の魔力によってのみ水晶球が光り輝く、教皇の証たる杖だとね……」
 俺はそこで話を一旦切った。
 程なくして、水晶球から光が消えてゆく。
 それを見届けたところで、俺は話を続けた。
「そう……この杖はね、アズライル教皇以外には使いこなせない杖なんだよ。では、なぜ今、この杖は光り輝いたのか? それは即ち、たった今、アズライル教皇の魔力に反応したから、という事に他ならない。では一体いつ、そんな魔力とこの杖は接触したのか? ……それは、今しがた、ミロン君が唱えたホイミの魔力によって、反応したと考えるのが自然だ。言っておくけど、俺の魔力では反応はしないよ。論より証拠だ。ピオリム!」
 杖から淡く輝く緑色の霧が放たれ、味方全員に纏わりついてゆく。
 当然、先端の水晶球は何も反応しない。
「ね? 俺が唱えても何も起こらない。だからね、この杖が反応したのは、ミロン君の魔力としか考えられないんだよ。さて……そこで、問題です……教皇の魔力にしか反応しない杖が、なぜ、ミロン君の魔力に反応したのか? ……答えは簡単だよね。君が教皇本人だからだよ。もうこれ以上の証拠はないだろ、ミロン君?」
 ミロンはずっと俯いたままであった。
 俺はそこでレヴァンに視線を向ける。
【チッ……】
 レヴァンは舌を打ち、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
 と、ここで、シャールさんが話に入ってきた。
「コータローさんでしたっけ、1ついいかしら?」
「なんでしょう?」
「先程、審判の間で、レヴァンがあの杖を掲げた時は光り輝いてましたわよ。それについては、どうなるのかしら?」
 今の質問は、俺も疑問に思ってた事だ。
 あの場面では光り輝いていたが、その後、奴が魔法を使った時は何の反応もなかったので、俺も少し混乱したのである。が……蓋を開けてみれば単純な仕掛けであった。
「その謎は簡単ですよ。レヴァンが杖を掲げたところまで、魔力を送る道があったからです。しかも、ウォーレンさん達がいた辺りまでね。それについてはアヴェル王子と共に実験も行いましたので、まず間違いないでしょう。王子がその証人です」
 シャールさんは王子に視線を向ける。
 アヴェル王子は頷いた。
「シャール殿……コータローさんの言っている事は本当ですよ。俺自身が、それを体験しましたから」
「そうなの。なら……もう決まりね」
 シャールさんはそう告げると、杖を手に取り、いつでも魔法を行使できる態勢に入った。
 と、その時である。
 ミロン君がゆっくりと顔を上げ、不敵に微笑むと、容姿に似つかわしくない低い声色で、別人のように話し始めたのであった。

【フッ……光の王笏を出されては、流石に、もう言い逃れはできないか……。そうだ、コータロー……私が教皇にして魔の世界の王だ。よくわかったな……いや、流石というべきか……いつから気付いていた? 今の口振りじゃ、ついさっき気付いたというわけでもあるまい】
「お前に疑念を抱いたのは……ヴィゴールを倒した後……俺とアヴェル王子とウォーレンさん、そして、お前の4人で、洞窟を調べていた時だよ」
【ほう……そんな頃から気付いていたとはな……で、何が原因で気付いたんだ? あの時は、そんなヘマはやらかしていない筈だが】
 俺は道具袋の中から、黒い破片を取り出し、奴の前に投げた。
「いや、お前はとんでもないヘマをしていたよ。あの時、これを無造作に拾って、俺に見せたのだからな」
 アシュレイアは俺の投げた物体を拾い上げる。
【これは……念話の魔石の破片……これがどうしたというのだ?】
「それが何なのかは、この際どうでもいい。お前の失敗は、あの時の状況を考えなかったってことだ。俺達はヴィゴールとの死闘で、勝つには勝ったが、手酷い傷を負っていた。おまけに洞窟内は魔物達の支配域だった。その状況の中で、魔物達が用意したであろう得体の知れない物体が転がっていたら、普通の者ならば、直接手で触れるなんてことはしないだろう。何があるかわからないからな。しかし、お前はその辺の石でも拾うかのように、何の抵抗もなく、ソレを手に取り、俺に見せてくれた。俺はその時、疑いを抱いたんだよ。これが手で触れても大丈夫な物だと、ミロン君は前から知っていたのではないか、とね……」
 それを聞き、アシュレイアは笑みを浮かべた。
【フッ、たったそれだけの事で疑われるとはね……では、魔王であると疑いを持ったのはいつなんだ?】
「それもあの時だよ。今のが切っ掛けでな。ヴィゴールは戦闘中、アシュレイアの声に頭を下げていた。俺はあの時、アシュレイアはどこか別の場所で見ていると考えていたが、それにしては妙な方向にヴィゴールは頭を下げているなと思っていた。なぜなら、俺達のいる方向に頭を下げていたからな。つまり、頭の下げる方向に奴の主であるアシュレイアがいたと仮定すると、2つの選択肢しかないってことになる。それは……俺達の背後に続く洞窟の奥か……もしくは、俺達の内の誰かって事にね。俺は君に疑念を抱いた事で、後者の方で考えたよ。他の理由からも、その方がシックリと来たんでね」
【ほう……では、あの時、私がお前達に攻撃するとは考えなかったのか?】
「その可能性も勿論考えたが、お前はやらないだろうと踏んでいた」
【なぜだ?】
「俺が魂の錬成薬を持っていると、お前は思っていたからだ。アレを浴びると、お前の計画に支障が出るんだろ? また相性のいい身体を探さないといけないらしいからな。それを裏付けるかのように、あの件があって以降……お前は俺に近づかなくなったしね」
 ちなみにだが、魂の錬成薬は、もう持ってない。
 あの時、もう少し確保しときたかったが、入れる器がなかったのだ。残念……。
【フッ……まぁそれもあるが、それだけではない……もう1つある】
「……俺達がヴィゴールを倒してしまったからか?」
【半分当たりだ】
「半分か……残り半分はなんなんだ?」
【コータロー……お前が予測不可能だったからだよ。お前があの逆境を、まさか、ひっくり返すとは思いもしなかったのでな。だから、あの場面では、無理はしない事にしたのだ。幾らグアル・カーマの法で力を得たとはいえ、本来の私の力には程遠いのでな。フッ……私にここまで思わせたのだ。誇るがいい】
「そりゃどうも……」
 と、ここで、ウォーレンさんが話に入ってきた。
「ミロン……ミロンは生きているのか?」
【フフフッ……安心しろ。死んではいない。この体の持ち主は、私であり、ミロンだ。とはいっても、それはあくまでも魂の話だがな。奴の記憶と身体は、私がそのまま引き継いでいる。今の私はアシュレイアであり、ミロンだ】
「クッ……1つ訊きたい。ギルレアンの研究記録を城の書庫からお前は見つけてくれた……あれもお前の筋書きなのか……」
 アシュレイアは鼻で笑う。
【フッ……そういえば、そんなモノを渡したこともあったな……まぁ今となってはどうでもいい話だ。が、まぁ一応、そうだっと言っておこう】
「一体何の為に、あんな事を……」
【自分で考えろ……もうどうでもいい話だ】
 俺が答えておいた。
「ウォーレンさん……奴があの研究記録を持ち出したのは、恐らく、アヴェル王子とウォーレンさんを異端審問に掛ける為の仕込みですよ。ヴァロムさんの件が片付いたら、お2人を捕らえるつもりだったんだと思います」
「何!?」
【流石に頭の回転が速いな……その通りだ。お前達は、余計なことを調べていたんでな】
「我々は……ずっと……お前の掌の上で踊らされていた……というわけかッ」
 アヴェル王子はそう言って、ワナワナと握り拳を震わせた。
【ああ、そうだ。もう少し踊っていてもらうつもりだったが……想定外の者が現れたのでな。今にして思えば、あんなモノをお前達に渡したことが悔やまれる。その所為で、コータローを招き入れたようなモノだからな】
 そこで言葉を切り、アシュレイアは俺に視線を向けた。
【コータロー……お前は厄介な奴だ……僅かな綻びから全てを紐解き、真相に辿り着いてしまう。お前のような奴がもっと昔に現れていたならば、我々の計画は、こうもすんなりとはいかなかったであろう。それについては、私も素直に、賛辞の言葉を贈ろうではないか。敵ながら、感心するよ】
 アシュレイアはゆっくりと柏手をし、俺を称える仕草をした。
 そして、懐から黒い水晶球を取り出したのである。
 俺はそこで魔光の剣を手に取った。
 他の皆も武器を構える。
 そんな俺達を見て、アシュレイアは歪んだ笑みを浮かべた。
【だが……そんなお前も、今回ばかりは詰めを誤ったようだな。何れにせよ、ここでお前達は終わりだ。フッ……正体を明かさずにお前達を始末するつもりだったが……こうなった以上は仕方あるまい。魔の世界の王であるアシュレイアとして、私が直接、お前達を始末してやろう……】
 俺はそこで奴に訊ねた。
「1つ訊きたい……お前は仮にも魔の世界の王だ……王がわざわざ前線に出向いてまで、こんな面倒な事をする理由はなんなんだ?」
【フッ……聞きたいか、ならば冥途の土産に教えてやろう。エアルスが薄汚いお前達に与えた、この美しき世界……それを我等の物とする為だよ。これが太古の時代からの我等の悲願。だがその為には、乗り越えねばならぬ、高い壁がある。ミュトラやリュビストといったエアルスの化身が施した結界は、流石に強大だ。そう簡単には解けぬ。故に、強大な魔力を持つ私自身が、直に動かねばならん事もあるのだよ。まぁとはいっても、分け身ではあるがな】
「分け身だと……」
【そう……分け身だ。本体の私は、魔の世界……サンミュトラウスのアヴェラス城にいる。フフフッ……丁度良い機会だ。お前達にも、魔の世界がどんなモノなのかを体験させてやろう。レヴァン! 門を閉じよ! 結界を発動させる!】
【ハッ、アシュレイア様!】
 レヴァンはそこで漆黒の杖を手に取り、奇妙な呪文を唱えた。
 すると次の瞬間、杖の先から、漆黒の球体が現れ、入口に向かって放たれたのである。
 ソレは入口に到達したところで弾け、霧状になる。
 その直後、入口は瞬く間に、黒い霧のようなモノで覆われていったのである。
 そんな中、今度は檻の中で黒い煙が発生した。
 そして、アシュレイアの不気味な声が、この空間内に響き渡ったのであった。

【フッ……これでもうお前達に逃げ道はない。これよりは存分に、魔の世界の力を堪能するがよい。そして、愚かな貴様達に見せてやろうではないか……魔王たる我が力をな】

 檻の中で渦巻く黒い煙は、程なくして晴れてゆく。
 そして煙の中から、ローブのような赤いマントに身を包む、高貴な佇まいをした魔人が姿を現したのであった――
 
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