[Ⅰ]
翌日の早朝、夜が明ける前に、俺達は魔導騎士達と共にゼーレ洞窟へと出発した。移動は勿論、馬と馬車で、ラティが教えてくれたあの抜け道を進む予定である。
まぁそれはさておき、ウォーレンさんとアヴェル王子が用意した魔導騎士は、昨日の打ち合わせで言っていたとおり、50名程であった。それに加えて宮廷魔導師が20名程来ている。
魔物の数と比べると少ない人数なので、ちょっと不安だが、騎士団の秘宝もあるので、そこに期待したいところだ。
話は変わるが、今回の行軍には、ウォーレンさんとミロン君に加え、ハルミアさんに扮したアヴェル王子も同行している。
やはり、秘宝を使う事になる以上、そこには責任が伴うので、アヴェル王子も同行する事となったようだ。
以上の事からもわかるとおり、ウォーレンさん達はガチでゼーレ洞窟の問題に対処するつもりなので、俺も少しホッとしているのである。
つーわけで、話を戻そう。
馬車に揺られながら、周囲に目を向けると、外はまだ夜明け前という事もあり、薄暗い世界がそこに広がっていた。草木や岩などは、シルエットのように浮かび上がって見える。
とはいえ、東の空から朝焼けの赤い雲が見えるようになってきたので、もう暫くすると、緑豊かな大地が見えるようになるだろう。
そんな風景をチラッと眺めた後、俺は馬車の中へと目を戻した。
この馬車には今、ウォーレンさんとアヴェル王子、そしてミロン君が乗っている。
ラッセルさん達は他の馬車に乗っている為、ここにはいない。ラティとボルズも今はラッセルさん達の馬車だ。
定員の関係上こういう構成になったのだが、本当のところは、ウォーレンさんとアヴェル王子が俺に色々と話を聞きたかったから、こうなったみたいである。
つーわけで、俺は今、彼等の質問に答えている最中なのであった――
「ところでコータロー、今から行くゼーレ洞窟の魔物だが、お前から見てどの程度なんだ? かなり強い魔物と聞いたから、魔導騎士達にはそれなりの武装をしてきてもらったが……」
「どの程度と言われると俺も難しいのですが……1つ言えるのは、王都近辺の魔物よりも数段上といったところでしょうか。少し具体的に言うと、ベギラマ等の魔法を駆使する奴や、打たれ強そうな巨人が多かったです。なので、スカラやルカ二、そしてラリホーやピオリム等の補助魔法と、ベホイミやキアリー等の回復魔法を組み合わせて、戦いに挑んだ方がいいでしょうね。それから勿論、イオラやヒャダルコ等の広範囲攻撃魔法も有効だと思います。とはいえ、攻撃魔法に耐性のある魔物もいると思いますので、その辺は慎重に組み合わせてゆく必要がありますが……。でも、秘宝の力もある事ですし、結構いけるんじゃないでしょうか」
戦いのドラムが本物なら、互角以上の戦いは出来る筈だ。
実際、前衛の魔導騎士達の装備は、かなり良い物であった。
先程あったウォーレンさんの話によると、魔法の鎧に鉄仮面、ドラゴンシールド、ゾンビキラーといった武具を装備しているらしい。ゲームならば中盤の後半辺りで装備してそうな武具である。
高い守備力も然ることながら、攻撃魔法のダメージ軽減やブレス攻撃のダメージ軽減も期待できるので、非常にバランスが取れた前衛装備である。
俺もゲームでは、前衛に装備させたことがある武具だ。
とはいえ、これらの装備には王家の紋章が刻み込まれているので、市販の物とはちょっと違うが……。
話は変わるが、アヴェル王子の装備する剣は、光の剣と呼ばれる物だそうだ。
金色の鍔と柄に美しい意匠が凝らされた西洋風の剣で、鍔の中心には青い水晶球みたいなのが埋め込まれていた。
もう見るからに主人公の装備品といった感じだが、ドラクエⅡでこれと同じ名前の剣が出てきたのを俺は覚えているのだ。確か、ペルポイとかいう街で売られていた剣である。
ゲームではかなり強力な剣だったので、稲妻の剣を手に入れるまで主力武器として使っていたのを覚えている。おまけに、強い光を発して相手に目晦ましをする事ができたので、意外と重宝した武器であった。
で、このアヴェル王子が所有する光の剣だが、話を聞く限りだと、Ⅱの光の剣と同じ仕様をもっているようだ。つまり、水晶に魔力を籠めると水晶球が眩く光り輝くそうである。
ちなみにだが、この光の剣はパラディンの称号を持つ魔導騎士も結構所持しているみたいなので、高級武具ではあるが、それ程珍しい装備品ではないとの事である。
つーわけで、話を戻そう。
俺の話を聞き、ウォーレンさんは眉間に皺をよせた。
「ってことは……持てる力を駆使して戦わねばならない魔物のようだな」
「ええ、油断は禁物ですよ」
と、ここで、ミロン君が恐る恐る俺に訊いてきた。
「あのぉ……コータローさん。今朝がた、ウォーレン様から初めて聞いたのですが……ゼ、ゼーレ洞窟の話は本当なのですか?」
「ああ、実際見てきた事だから間違いないよ」
「そ、そうですか」
ミロン君は少し怯えた表情になる。
強力な魔物と聞いて、かなり委縮してるみたいだ。
「おい、ミロン、ここまで来てオドオドするなよ。他の者達の士気に関わる。嘘でもいいから、普通にしていろ」
「は、はい、ウォーレン様」
「ところで、ミロン君。ここ2、3日ほど、とんと見かけなかったけど、ウォーレンさんの用事で忙しかったのかい?」
するとウォーレンさんが答えてくれた。
「俺の用事とミロンの用事とで、半々といったところかな。用事が重なったもんだから、ミロンにはかなり無理をさせてしまったよ。すまんな、父の命日なのに無理を言って」
「そんな、ウォーレン様。これも弟子として当たり前のことですよ」
どうやらミロン君のお父さんは亡くなっているようだ。
そういえば以前、ウォーレンさんはミロン君の事を友人の子供だと言っていた。
ここから察するに、それがミロン君を預かった理由なのかもしれない。
「そっか……ミロン君も大変だったんだね。ところで、昨夜の夕食の時はいなかったと思うけど、いつ帰ってきたの?」
「実は、ついさっき帰って来たばかりなのです」
「ええ、本当に? それはご苦労だね。大丈夫かい?」
「それは大丈夫です」
無理をしてるようには見えないが、本当に大丈夫なんだろうか。
睡眠不足は判断ミスにつながるから、少々不安なところである。
「なら、いいけどさ。でも、驚いたろう? 帰ってきてすぐに、この話を聞いたんだから」
「はい。まさか、そんな事になってるとは思いもしなかったので……」
「今朝も言ったが、別に無理して来なくてもよかったんぞ。色々と疲れていただろうからな。俺はそんな事でお前の評価を下げたりしない」
「いえ、流石にそれはできません。私も王都の住民として放っておけないですよ」
ミロン君も中々に正義感があるようだ。
と、ここで、アヴェル王子が会話にログインしてきた。
「それはそうとコータローさん、昨晩の打ち合わせで、まずは人に化けた親玉の魔物をどうにかしたほうがいいと仰いましたが、何かいい方法は閃きましたかね? 一晩考えてみると言ってましたんで、それを聞きたいのです」
(あちゃー……それを訊いてきたか)
実を言うと、何も閃いてなかったりする。
俺は後頭部をポリポリかきながら、正直に言った。
「いやぁ……それなんですがね。実はサッパリでして……。魔物の親玉が誰なのかは見当ついてるんですが、決め手がないんで追い詰めれないんですよね」
すると、ミロン君が驚きの声を上げた。
「え!? コ、コータローさん、今の話は本当なんですか?」
「ああ、そういや、ミロンには言ってなかったな。まぁコータローがそういうんだ。誰か知らないが、その可能性が高いんだろう」
「いや、そう言われると、俺も少し辛いんですが……」
(俺ってもしかして、ウォーレンさんから結構評価高いのか? まぁ悪い気はしないが……ちょっと後が怖い。あまり出しゃばり過ぎない方がいいか……とはいえ、この件に関しては俺が言い出しっぺだからなぁ……しゃあない、諦めよう。つか、今はそんな事よりも、どうやって親玉を炙り出すかだ)
俺は少しナーバスになりつつ、話を続けた。
「何か決定的な事でもあればいいんですが、今のところは何もありません。だから、こんな時間に出発をしてもらったわけなんですが……」
「おう、それだぜ。実を言うとな、なぜこんな時間に行くと言いだしたのか、気になってたんだ。一体何をするつもりなんだ? 事前に調査をしたいといってたが……」
「それは勿論、魔物達の計画を調べる為ですよ」
「冒険者を実験台にするとかいうやつの事か?」
「いや、それではなくて、今日の魔物達の動向を探る為です」
「そっちの方か……まぁ確かに、何の計画もなしに、こんな大それた事する筈ないからな」
「ええ。今日の魔物達の目的は、冒険者の捕獲です。となると、当然、魔物達は冒険者を殺さずに捕まえないといけないわけで……つまり、何らかの方法を用いて冒険者を捕獲しなきゃなりません。要はその手口を調べたいのです。向こうの出方が分かれば、事前に対処する事も出来ますので」
「なるほどな……という事は、アレを使って聞き込みをするのか?」
「ええ」
と、ここで、アヴェル王子が訊いてくる。
「そういえば、コータローさん……昨日、貴方が用意して欲しいと言っていた【魔法の玉】なんですが、これは何に使うのですか?」
魔法の玉……ドラクエⅢに出てきた爆弾である。懐かしいアイテムだ。
昨日の打ち合わせの時に爆弾はないかと訊ねたら、その名前が出てきたので用意してもらったのである。
「それは……調査を終えてからお話しさせてもらいます。ですが、冒険者の捕獲計画が俺の想像通りならば、使う事になるかもしれません」
「つまり、魔物達の計画次第という事ですね」
「ええ。というわけで、ゼーレ洞窟の見取り図を見せてもらっていいですか?」
「ン、見取り図か。ちょっと待ってくれ」
ウォーレンさんは丸めてあるA3サイズ程の紙を広げてくれた。
ちなみにだが、この図にある赤印がオヴェール湿原側の出入り口で、青印がロイアスの丘という場所にある出入り口だそうだ。
「見取り図で、何か気になる事でもありましたか?」と、アヴェル王子。
「いえ、そういうわけではないのですが……昨夜、訊きそびれた事がありましたのでね。まぁそれはともかく、これを見ますと、ゼーレ洞窟の入り口は2つあります。我々が今向かうオヴェール湿原側、そこから南西の方角にあるロイアスの丘に抜ける道。念の為にもう一度確認しますが、他に抜け道はないのですね?」
「ああ、それは間違いない。とはいえ、魔物が新しい道を作っていなければ、だがな」
「そうですか……。あと、このロイアスの丘ですが、昨日の話ではアレスティナ街道側になると言っておりました。そこからオヴェール湿原までどのくらいの距離があるかわかりますかね?」
ウォーレンさんは顎に手を当て思案顔になる。
「う~ん……正確な距離はわからないが、ロイアスの丘からオヴェール湿原までだと、馬でも半日近くかかるんじゃないか」
「半日ですか。結構掛かるんですね」
「険しい道を進まなきゃならないからな。ま、そのくらいはかかるだろう」
半日か……まぁ色々と考える事はあるが、後にしよう。
「そうですか。では、質問を続けます。昨晩の打ち合わせの時、アルカイム街道側からゼーレ洞窟へと向かう場合、手前に木々が密集する林があると言っておりましたが、そこの地面は
泥濘んでいたりするんですかね?」
「雨季に入るゴーザの月ならば、そうなるかもしれないが、今の時期ならば
泥濘みはない筈だ」
「それを聞いて安心しました。その林が重要になってくるので」
馬車にいる3人は首を傾げていた。
ミロン君が訊いてくる。
「林が重要? コータローさん、意味が分からないのですが……」
続いて他の2人も。
「そうだ、意味が分からんぞ。どういう事だ?」
「あの、コータローさん、それはどういう……」
「まぁそれについては、調査が終わった後、説明しますよ」――
[Ⅱ]
薄暗い中を進むにつれ、東の空から太陽が昇り始めてきた。
周囲に目を向けると、やや薄暗いながらも、朝露に濡れる草木が視界に入るようになっていた。いよいよ夜明けである。
ちなみにだが、これまでの道中、魔物との戦闘は一度も無かった。俺達が100名近い武装集団だったので、魔物も襲ってこなかったのだろう。やはり、数は力である。
それから暫く進み、抜け道のある丘に来たところで、俺はウォーレンさんに止まるよう指示を出した。
「ウォーレンさん、あの丘の前で一旦止まってください。あそこに抜け道があります」
「わかった」
続いてウォーレンさんは、馬車の車窓から顔を出し、魔導騎士達にその旨を伝えた。
【皆、あの丘の前で止まってくれ!】
魔導騎士達は指示に従い、丘の手前で進軍を止めた。
俺はそこで立ち上がる。
「では、暫くの間、皆さんはここで待っていてもらえますか。調査に行ってきますんで」
「え? 1人でか?」
「それだと心細いんで、あと1人、ラッセルさん達の中から来てもらう事にしますよ」
するとそこで、アヴェル王子が手を上げたのである。
「なら、私が行こう」
ウォーレンさんが少し慌てた様子になる。
「ハ、ハルミア殿……それは幾らなんでも不味いのでは」
「アレの力が本当なら、大丈夫だろう」
「しかしですな……」
「まぁウォーレンの言いたい事もわかる。だが、私も実際に見てみたいんだよ」
「ならば、私も」
「いや、ウォーレンはここにいてくれ。昨日、ヴァリアス将軍からもあった通り、一応、この件の統括責任者はウォーレンだ。責任者が不在になるのは何かと不味いだろう」
「ですが……」
ウォーレンさんは尚も渋っていた。
まぁウォーレンさんがこうなるのも無理はない。
つか、次期国王と目される人物が、こんな事をしちゃダメだろう。
「大丈夫だ。ではコータローさん、行こうか」
俺も流石に不味い気がしたので、言っておく事にした。
「あの、いいんですか? ハルミアさんの騎士としての力量は、私も認めるところなので有難いのですが、ゼーレ洞窟の中は魔物の巣窟です。幾らアレの力を使うとはいえ、何が起きるかわかりませんよ」
「構わん。その時はまた何か考える事にするよ。さ、それよりも、早くしないと時間がないんじゃないのかい?」
俺はウォーレンさんを見た。
ウォーレンさんはお手上げの仕草をする。
どうやら説得するのをあきらめたようだ。
「わかりました。じゃあ、行きますか」
と、ここで、ミロン君も声を上げた。
「あ、あの、コータローさん……私も行ってもいいですか。ウォーレン様の代わりにはなれませんが、少しは力になれる筈です」
有難い申し出だが、俺は頭を振った。
もうこれ以上、不安になる要素を増やしたくないからである。
リタさんの暴走の件で、流石に懲りたのだ。
「いや、いいよ。調査は2人で充分だ。あまり大勢でやるもんじゃないからね。さて、それじゃ、行くとしますかね、ハルミアさん」
「ああ、行こう」――
俺達は抜け道の洞窟前で変化の杖を使い、魔物へと変化した。
一応、変化した姿を言うと、俺が妖術師でアヴェル王子はスライムナイトだ。
そして、抜け道の洞窟へと足を踏み入れたのである。
俺とアヴェル王子はレミーラの明かりを頼りに、湿気た洞窟内を黙々と進んで行く。
進み始めて暫くすると、前方に出口の明かりが見えてくるようになった。
そして、そこには勿論、以前と同様、番人を務める2体のベレスの姿があったのである。
この様子を見る限り、どうやら、この間と同じ警備体制のようだ。俺が倒したサイクロプスやライオンヘッドの事は、バレてないか、もしくは、あまり気に止めてないのかもしれない。
と、ここで、アヴェル王子が俺に囁いた。
「コータローさん……魔物が2体います。どうしますか?」
「必要な情報を訊きだしたら、倒しましょう。ですが、あの魔物達はベギラマを使うので注意が必要です。とはいえ、この姿で不意打ちすれば、そう問題ない敵だと思いますよ」
「わかりました」
俺達はそのまま出口へと向かう。
奴等に近づいたところで、1体のベレスが口を開いた。
【誰だ! ……って、なんだ、仲間か。お前も早く、所定の位置に着いとけよ。今日は冒険者を捕獲する日だ。あまりその辺をウロウロしてると、ヴィゴール様に叱られるぞ】
俺はフレンドリーに返事をした。
「ご苦労さん。ところで、今日の捕獲なんだけど、それについて何か聞いてるか? 俺達、応援で来たから、細かい事は聞いてないんだ」
【応援なのか? それは初耳だな。まぁいいや、教えてやるよ。今日の捕獲は簡単だぜ。洞窟内へ冒険者共を誘き寄せるだけだからな】
どうやら俺の予想は当たりのようだ。
「やっぱりか。俺もそんな気がしてたんだよ。洞窟の奥にある大きめの空洞に誘き寄せさえすれば、もう逃げ道ないもんな」
【そうそう、あの空洞へ行きさえすれば、もう冒険者達に逃げ道は無いぜ、ケケケ。ヴィゴール様の話じゃ、冒険者の数は200名以上らしいからな。そこがそのまま、素材の保管庫になるってわけだ】
やはり、洞窟の奥にある空洞へと冒険者を誘い込む算段のようである。
「でも、どうやって誘い込むんだ。その辺の事を何か聞いてるか?」
【ケケケ、冒険者の中に紛れている仲間が案内するから簡単だろ。それに他の仲間達は今、別の空洞で待機して潜んでいるから、奴等も油断してホイホイ中に入ってくるだろうぜ】
「なるほどな。要するに、洞窟内に冒険者達が入っても、俺達と遭遇する事はないって事か」
【ああ、そうだ。ケケケケ】
「て、事はさ、外にいたトロルやサイクロプスなんかも皆、洞窟内に潜んでいるのか?」
【ケケケ、そうだぜ。仲間の姿を見たら、警戒して入ってこないかもしれないからな。しかし、儀式の素材として保管するのもいいけどよ、俺達にも少しは食料として分けてほしいぜ。この国の奴等は中々旨いからな、ジュルルル】
ベレスはそう言って、舌舐めずりをした。
お蔭で、胸糞悪くなってきたのは言うまでもない。
このクラスの魔物からすると、俺達は食料としてしか認識されてないのかもしれない。
まぁそれはさておき、今の話を要約すると、内外にいる魔物の殆どは、洞窟内部で姿を隠していると見てよさそうである。これは良い話を聞けた。
さて、もうこいつ等に用はない。後続部隊が来やすいように、ここで倒しておくとしよう。
俺はアヴェル王子に視線を向け、ゆっくりと首を縦に振った。
アヴェル王子も頷き返す。
そして、俺達は行動を開始したのである。
「そうか。ところでさ、そんなにベラベラと機密事項を喋ってもいいのかい」
【は? 何言ってんだオメェ?】
ベレスは首を傾げる。
俺は魔光の剣を手に取り、魔力を込めた。
見慣れたライトセーバーの如き、光の刃が出現する。
アヴェル王子も同時に剣を抜いた。
2体のベレスは目を大きく見開く。
【なッ!? 何だテメェ等! 仲間に刃を向けるのか】
「仲間? いや、俺はお前等の仲間じゃないよ。冒険者さ。つーわけで、悪いな」
【何だってェェ!】
俺は1体のベレスに向かい、魔光の剣を横に薙いだ。
【グギャァァ】
奴の胸元から黒い血が飛び散る。
その直後、奴の胸と下の胴は綺麗に切り離され、積木が崩れるかの如く、地面に転がったのである。
魔力は結構使うが、相も変わらず、恐ろしいほどの切れ味である。
同じくしてアヴェル王子も、片方のベレスに火炎斬りを見舞った。
【ウゲェェ】
意表を突いた攻撃だったので、縦と横にベレスは連撃を受け、地面に倒れこむ。
そして止めとばかりに、アヴェル王子はベレスの心臓に剣を突き立てたのである。
俺達の完勝であった。
アヴェル王子は剣を鞘に戻すと、俺に視線を向けた。
「流石ですね、コータローさん。一撃で葬るとは」
「いやいや、アヴェル王子こそ。俺のは我流剣術なのでアレですが、やはり、正規の剣術を習った方の太刀筋は凄いです」
これは正直な感想であった。
構えから剣を振るうまでの動作が、堂に入っているからである。
今の俺では真似できない領域だ。
「それに、その火炎斬りという魔法剣も結構凄いですよね。どうやってやってるんですか?」
これは正直、よくが分からない剣技であった。
無詠唱でこの現象が起きているので、原理がわからんのである。
俺も何度か試しては見たのだが、この魔法剣はまだ習得できてないのだ。
「ああ、火炎斬りですか。これは、少し難しい剣技なんですが、コツさえ覚えれば結構簡単にできますよ」
「え? そうなんですか?」
「火炎斬りは魔導騎士の代表的な剣技の1つなんですが、コツとしては、メラの発動直前の魔力を自身の中で作り上げた後、剣に流し込む要領で出来る筈です。ですから、メラを使える剣士なら、ある程度修練を積めばできると思いますよ」
「つまり、メラを唱えた後に起きる魔力の変化を、自分の意思できなければ、使えないという事ですね」
「ええ、仰る通りです」
なるほど、それがコツか。
メラは何度も唱えた事あるから、どういう魔力変化を辿るのかは理解できる。
ついでだし、今此処でやってみるか。
というわけで、俺はメラ発動直前の魔力変化を体内で生成した後、魔光の剣へ魔力を送り込んだ。
するとその直後、なんと、赤い光の刃が出現したのである。
それはまるで、シスの暗○卿が所持するライトセーバーのようであった。
「おわッ、なんじゃこりゃ! シスのライトセーバーみたいやんけ」
「は? し、しすのらいとせーばー? なんですかそれ?」
アヴェル王子は少し困惑した表情を浮かべていた。
これは仕方ないだろう。
だって……遠い昔、遥か彼方の銀河系であった物語を知らないのだから……。
「ああ、コッチの話です。それより、これで成功なんですかね……火炎というより、赤い刃なんすけど」
「さ、さぁ、それはなんとも……ですが、熱気を感じるんで、成功かも知れませんよ」
確かに熱気は感じる。
つーわけで、俺はその辺の岩に試し斬りをした。
すると、黒い焦げ目のついた切り口が、岩に残ったのである。
見るからに焼き切ったという感じだ。
「焦げ目がついてるって事は、どうやら成功みたいですね。フム……これは使えそうです。魔力消費もそこそこ抑えれますし」
「そのようですね。それはそうとコータローさん、そろそろ行きませんか?」
「ああ、すいません。余計な時間を食ってしまいましたね。では行きましょう」
「ええ」
というわけで、予想外にも、こんな所で火炎斬りを修得する事ができたのであった。世の中わからんもんである。
[Ⅲ]
抜け道の洞窟を出た俺とアヴェル王子は、その先に広がるオヴェール湿原を進み、ゼーレ洞窟へと向かった。
その際、周囲を確認したが、ベレスが言っていたとおり、魔物の姿は殆どなかった。見掛けたのはヘルバイパーくらいだ。
この様子だと、ベレスが言っていたように、多くの魔物は、洞窟内の待機場所で冒険者達を待ち受けているのだろう。
そんなオヴェール湿原を暫く進み、目的地であるゼーレ洞窟へやって来た俺達は、周囲を少し確認した後、中へと足を踏み入れた。
ちなみにだが、門番のミニデーモンは入口にいなかった。
多分、ミニデーモン達も洞窟内で待機してるのだろう。
(しかし……これだけ魔物がいないと、冒険者達は油断するかもな。敵ながら、よく考えたもんだ……って、感心してる場合じゃないな。まずは魔物の待機してる場所を探さないと……)
と、そこで、アヴェル王子が俺に耳打ちをしてきた。
「コータローさん、洞窟内の構造って覚えてますか?」
「まぁなんとなくですが……」
「そうですか。ではコータローさんにお任せします。好きなように進んでください。俺はそれに続きますから」
「わかりました。では、ついて来てください」
つーわけで、俺はまず、儀式が行われていた大空洞へと向かうことにしたのである。
大空洞には数名のエンドゥラスとシャーマンの姿があった。
奴等は今、何かを片づけている最中のようだ。
と、そこで、エンドゥラスの1人が俺達に目を向け、声をかけてきたのである。
【おお、丁度良いところにいた。お前達、コレを物置となっている空洞に運んでおいてくれないか】
声をかけてきたのはジェバという名のエンドゥラスであった。
まぁそれはさておき、俺達はジェバが指差している物体に目を向けた。
するとそれは、グアル・カーマの儀式で使われていたと思われる、奇妙な模様が描かれた壺であった。
数は全部で4つ。大き目の花瓶くらいあるので、何回か往復しないといけないが、俺達2人でなんとか運べそうな感じだ。
「その壺を物置の空洞に運ぶのですか?」
【ああ、そうだ。じゃあ、頼んだぞ】
ジェバはそれだけを告げ、この場から立ち去った。
俺はアヴェル王子に耳打ちをした。
「今は言われた通りの事をしておきましょう」
「ですね」――
俺とアヴェル王子は壺を抱え、この間出入りした物置の空洞へと向かった。
程なくして物置の空洞にやってきた俺達は、とりあえず、そこで周囲を見回した。
すると、沢山の魔導器が所狭しと置かれた雑然とした様相と、それらを整理するシャーマン達の姿が視界に入ってきたのである。
(どうやら、あのシャーマン達は整理整頓してるみたいだな。さて……どこに壺を置いとこうか……ま、いいや、その辺に置いとくか)
つーわけで、俺は適当に壺をその辺に置いた。
「これ、ここに置いときますね」
だがそこで、俺達に向かい激が飛んできたのである。
【オイッ、何をしているッ! ソレをそんな所に置くなッ!】
激を飛ばしたのは整頓中のシャーマンであった。
俺はとりあえず、謝っておいた。
「すいません……ここに置いては不味かったですか? 最近ここに来たので、何も知らないんです」
【なんだ、新入りか……仕方ない。ついでだから教えといてやる。この壺に入っている魂の錬成薬はな、ヴィゴール様が嫌う液体なのだ。この液体がヴィゴール様に掛かった日にゃ、ヴィゴール様に何されるかわからんぞ。命が惜しくば、取り扱いには十分注意する事だな】
「ヴィゴール様が嫌う? どうしてですか?」
【お前、何も知らないんだな……。ヴィゴール様はグァル・カーマの法が成功された御方だから、この液体を浴びてしまうと、上手く行った魂の融合が不完全なモノになってしまうんだよ。だからだ】
「そ、それは本当なのですか?」
今の話が事実なら無視できない事である。
【嘘を言ってどうする】
「ところで今、不完全なモノと仰いましたが、実際にはどんなことが起きるのですか?」
【実際にか? そうだな……ヴィゴール様の場合だと、魔物としての魂の方が強いだろうから、魔物の姿に固定されてしまうんじゃないか。多分、そうなるだろう。そうなったら最後、また一からやり直しだ。そんな失態をした日にゃ、命はないぞ】
「今の言葉忘れないようにします。ところでなんですが、この液体を普通の魔物や人が浴びるとどうなるんですか?」
【は? なにも起こらないに決まっているだろ。影響があるのは、魂を融合した者だけだ】
「そうなのですか。なるほど」
【まぁそれはともかく、命が惜しいなら、今言った事は肝に銘じておく事だな】
シャーマンはそれだけ告げると、整理整頓を再開した。
そして俺はというと、今の話を脳内で復唱しながら、心の中で、静かにほくそ笑んだのである――
その後、俺とアヴェル王子は魔物の待機場所等を確認したところで、来た道を戻り、ウォーレンさん達の所へと帰ってきた。
俺達は早速、ウォーレンさんに報告した。
ちなみにだが、俺はそこで、自分の考えや今後の展望等も話しておいた。
2人は俺の提案に少し怪訝な表情を浮かべたが、事情が事情なので、やむを得ないという決断を下してくれた。
そして、話が粗方纏まったところで、俺達は抜け道を通り、オヴェール湿原へと向かったのである。
[Ⅳ]
オヴェール湿原を進み、ゼーレ洞窟の近くにある林へとやってきたところで、俺達は進軍を止めた。
ウォーレンさんとアヴェル王子は、先程の打ち合わせ通り、魔導騎士と宮廷魔導師に指示を出し、所定の位置に人員を配置した。
そして、それらを終えた後、俺達は暫くの間、この林の中で待機となるのである。
俺はその辺にある大き目の石に腰を降ろし、空を見上げた。
太陽の位置を見る限り、今はお昼前といったところだろうか。
周囲の林に目を向けると、密集する背の高い木々と、歪んだ線のように見える細い砂利道が視界に入ってきた。
この細い道だと、馬車同士の擦れ違いは無理だろう。それ程に窮屈な道だ。
また、ウォーレンさんの言っていたとおり、この林は密集した雑木林といった風であった。
思った以上に木々が密集してるので、これは嬉しい誤算といえた。この地形ならば、俺達に有利に作用してくれそうだからである。
つーわけで、後は冒険者御一行が来るのを待つだけだ。
(バルジさん達の出発は、イシュラナの鐘が鳴る頃だから、もう少しで来る筈だ。いよいよだな……ぶっつけ本番だから不安だが、もうやるしかないだろう)
俺がそんな事を考えていると、アヴェル王子がこちらにやって来た。
「コータローさん、今になってこんな事を訊くのもなんですが、勝算はどんなものですか?」
「勝算ですか……まぁ、あると言えばありますが、こういった勝負事というのは、時の運もありますので、確実に勝てるとはなかなか言えません。ですが、現時点で出来ることはやったつもりです。後は天にまかせましょう。人事を尽くして、天命を待つってやつです」
「ジンジ……テンメイを待つ? 何ですかそれは?」
「俺の生まれ故郷にある諺ですよ。人として出来るだけの事をしたら、後は、天の意思に任せるという意味合いの言葉です」
「ああ、そういう事ですか。何か、哲学的なモノを感じる言葉ですね」
と、そこで、ラティとボルズが俺の所にやってきた。
「なぁコータロー、ここで、冒険者が来るの待つって聞いたけど、何で待つんや? 今から何かあんの?」
「おい、アンタ、今から一体何をするつもりなんだ? 魔物がいるのはゼーレ洞窟なんだろう? なんでここで、兄貴達を待たなきゃならないんだ?」
ラティとボルズはわけが分からないといった風であった。
理解してないようなので、軽く説明しとこう。
「ここで彼等を待つ理由は1つです。冒険者が来ない事には話が進まないからですよ」
「話が進まない? なんでだ」
「それは勿論……ン? おや、来ましたね」
ラティとボルズは俺の視線の先を追った。
「あ、ホンマや」
「フゥゥ……兄貴とこんな所で顔を合わす事になるとはな……」
「さて、それじゃあ、待機の時間は終了です。こっから本番なので気を引き締めてください。多分、戦闘は避けられないと思いますんで」
俺の言葉を聞き、ボルズは息を飲んだ。
「せ、戦闘って……どういう事だよ。なんで、冒険者同士で」
「時が来ればわかります」――
それから程なくして、冒険者御一行は俺達の前へとやって来た。
総勢200名以上の討伐隊なので、それはもう結構な団体さんである。
まぁそれはさておき、討伐隊は俺達が進路上にいた為、少し手前で進軍を止めた。
そして、先頭にいるバルジさん達のパーティが馬から降り、俺達の方へとやって来たのである。
まずバルジさんが口を開いた。
「魔導騎士団に宮廷魔導師……そしてラッセル達やボルズまで……これは一体、どういう事なのですかな」
俺が前に出て、彼等に説明をした。
「それは勿論、このまま貴方がたを、あの洞窟へ進ませるわけにはいかないからですよ」
「貴方はコータローさんだったか。一体どういうつもりなんだ? この間もラッセル達をそそのかして洞窟の調査に出かけたみたいだが、コレも貴方の仕業か?」
「まぁ実際は少し複雑なのですが、一応、そうだと言っておきましょう」
「一体、何なんだ貴方は……魔導騎士や宮廷魔導師まで連れてきて……。昨日の件に関しては俺の見解は伝えた筈だ。なぜこうまでして、あの洞窟に行くのを阻止しようとする」
「それは勿論、貴方がたを無駄死にさせたくないからですよ。このまま進めば、貴方がたは二度と、王都に帰る事が出来なくなるからです」
俺がこれを告げた直後、冒険者達はざわつき始めた。
ざわ、ざわ、ざわ……てなもんだ。
バルジさんは続ける。
「言ってはなんだが、俺達は王都でも有数の冒険者だ。それでも討伐は無理だというのか?」
「はい、無理です。なぜなら、魔物はバルジさんが考えている以上に強大だからです」
と、ここで、ゴランが怒りの表情で話に入ってきた。
「おい、いい加減にしろよ。何の根拠があってそういうんだ。冒険者の男達が死ぬところを見て、ビビッて帰ってきた腰抜けの癖に、えらそうな事ぬかすなよ!」
「貴方の仰る通りです。我々は冒険者達の死に様を見て恐怖しました。ある意味で、それは正解ですよ」
「コイツ、自分から腰抜けを宣言しやがった。皆、こんな奴の言う事なんか無視しろよ。ラッセル達は、ただの臆病者なんだからな」
「き、貴様!」
ラッセルさんは拳を握りしめる。流石に頭に来たようだ。
俺はラッセルさんを宥めた。
「まぁまぁ、ラッセルさん。言わせてやりましょう。さて、では、そろそろ本題に入るとしましょうかね」
するとバルジさんは首を傾げた。
「本題? どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。さて……ゴランさんでしたっけ。実を言うとですね、昨日からずっと、貴方に訊きたかった事があったんです」
「は? 訊きたい事? 臆病者が俺に何を訊きたいって言うんだ?」
「貴方……昨日もそうですが、今も、『冒険者の男達が死ぬところを見て、ビビって帰ってきた』と仰いました。俺はその言葉がですね、昨日からずっと引っ掛かってしょうがないんですよ」
ゴランは馬鹿にしたように笑い声をあげた。
「ハハハ、何が引っ掛かるって言うんだ? 実際、ビビッて帰って来たんだろ。お前が今、自分で認めたじゃねェか」
俺も笑いながら言ってやった。
「あははは……可笑しいですね。でも、俺が気になってるのはソコじゃないですよ。なぜ、死んだ冒険者が男だと断言できるのかが、引っ掛かっているんです」
「……」
俺の言葉を聞き、ゴランは真顔になった。
わかりやすい反応である。
俺は話を続けた。
「確かにこの間、俺達が目にしたのは、冒険者の男2人が儀式によって死ぬところでした。ですが、あの時も今も、ラッセルさんや他の皆は、冒険者の性別までは言及してないんですよ。あの後、ルイーダさんにも確認しましたが、疾走した冒険者パーティは男の比率が確かに多かったですが、女性の方もそれなりにいました。にもかかわらず、どうして死んだ冒険者が男と断言できたのかが、ずっと引っ掛かっていたんです。というわけでゴランさん、この疑問について、納得のいく説明をしてもらえないでしょうかね?」
俺達の間に無言の時が過ぎてゆく。
ここにいる者達は全員、ゴランへと視線が集まっていた。
バルジさん達も俺の話を聞き、言葉少なであった。今の話で、少しは疑念を抱いたのだろう。
程なくして、ゴランの笑い飛ばす声が聞こえてきた。
「ハハハ、突然、何を言い出すのかと思えば……。そんなもん、俺がそう思ったからに決まってんだろ。だからなんだってんだ!」
「残念ですが、それでは納得できませんね。俺はね、貴方が実際に見ていたから、そう言ったんだと思ってるんですよ」
「み、見ているわけないだろ。俺の事を魔物だとでも思っているんじゃないだろうな」
俺は即答した。
「ええ、思ってます。貴方は魔物だと」
「な、なんだとッ! テメェ!」
ゴランの表情に、少し焦りのようなモノが見え隠れしてきた。余裕がない感じだ。
というわけで、頃合いと見た俺は、そこで次の一手を打つことにしたのである。
「ハルミア殿。申し訳ございませんが、あの壺を持ってきていただけるでしょうか?」
「コレですね。どうぞ」
アヴェル王子は奇妙な模様が描かれた壺を持ってくると、地面の上に置いた。
ちなみにこれは、魂の錬成薬が入っていた壺である。
俺は壺の前に行き、ゴランに告げた。
「さて、ここにあるこの壺……この中にはですね、ある魔物にとって非常に都合の悪いモノが入っております。貴方がこの壺の中にある液体を身体にかけれたならば、俺は貴方を人として信用する事にしますよ」
ゴランは壺を見るなり、生唾を飲み込んだ。
表情も素に戻っている状態だ。
「どうしました? この壺の液体を身体にかけるだけで疑いは晴れますよ。やらないんですか?」
するとゴランは額に青筋を浮かべ、俺に食って掛かってきたのである。
「な、何を言ってやがるッ! 俺が魔物だとッ。いい加減な事言うんじゃねぇよ。テメェだって魔物かも知れないじゃないかッ! やるんならテメェが先にやれ!」
「わかりました。では俺が先にやりましょう」
俺は壺の中にある液体を手で掬い、頭に掛けた。
当然、変化なしである。
「さ、では貴方の番です。こちらに来てください」
「うぐ……」
ゴランは重い足取りで、壺の前へとやって来た。
壺を見詰めながら、ゴランは暫し無言で立ち尽くす。
「どうしました、やらないのですか? できないのなら、貴方は魔物って事になりますよ」
忌々しいといった表情で、ゴランは俺を睨み付ける。
と、その直後であった。
ゴランは壺を蹴り倒し、液体を地面にぶちまけたのである。
「馬鹿馬鹿しい! こんな事やってられるかよッ! おい、バルジッ、こんな奴等、無視して早くゼーレ洞窟に行こうぜ。付き合ってられねェよ」
「しかしだな……お前……」
バルジさんは困惑した表情を浮かべていた。
流石に怪しく思ったのだろう。
まぁそれはさておき、俺はそこでネタをバラす事にした。
「あららら、あけちゃいましたね。でも安心してください、ゴランさん。貴方のその行動は、想定済みです。良い事教えましょう。その壺の中に入っている液体ですが、実は……ただの水なんですよ」
「な、何!」
ゴランは俺に振り向く。
俺はそこで、懐から深紫色の小瓶を取り出し、蓋を開けた。
そして、奴に向かい、俺はその小瓶を投げつけたのである。
「で、これが本物の液体です!」
中の液体が奴の顔に降りかかる。
ゴランは両手で顔を覆い、苦悶の声を上げた。
【グアァァァァ!】
それと同時に、ゴランの身体も徐々に巨大化してゆく。
すると程なくしてゴランは、鬼棍棒やギガデーモンを思わせる巨大な魔物へと変貌を遂げたのである。
(やはり、コイツがヴィゴールだったか)
ゴランの正体を見たバルジさんや他の冒険者達は、目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。
それはアヴェル王子やウォーレンさんにしても同様であった。
やはり、少しは半信半疑だったのだろう。
と、その時、地の底から響くような低い声が、辺りに響き渡ったのである。
【クックックッ……よくぞ、我が正体を見破った。だが、見られた以上、お前達は生かしておけぬ。皆殺しよ。正体を見破った事を後悔させてやる。覚悟するがいい! 我が名はヴィゴール。アヴェラス公の片腕たる我が力を見せてやろうぞッ!】