Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv45 落ちこぼれ冒険者
[Ⅰ]
昼食を終えた俺達は、とりあえず、ルイーダの酒場から出る事にした。が、その前に、俺はルイーダさんに確認したい事があった為、まずは受付のカウンターへと向かったのである。
確認したかったのは、ゼーレ洞窟で失踪したパーティの数や人数に加え、ジョブ的な構成や性別といった、ある程度詳細な情報であった。
そして、それらの情報を聞き終えたところで、俺達はルイーダの酒場を後にしたのである。
ルイーダの酒場を出ると、太陽光に照らされた明るい街並みが視界に入ってきた。
太陽は真上から降り注いでおり、丁度、真昼の陽射しといったところだ。
今の時期のイシュマリアは乾季という事もあってか、カラッとした空気が辺りに漂っている。
だが、暑さはそれほどでもない。俺の体感だと、外の気温は25度から30度といったところだろう。少し暑いが、まだまだ過ごしやすい範疇の気温である。
まぁそれはさておき、今まで薄暗い酒場内だったので、外に出た途端に目がチカチカしてきた。
その為、俺は酒場を出たところで立ち止まり、少し目を慣らす事にしたのである。ついでに背伸びと欠伸も。
(ふわぁぁ……酒場の中もそれほど悪くはないけど、やっぱ外の方が気持ちいいわ。さてと……どこで話をするかな。なるべく人気のない所で話したいが、この辺の事はよくわからん。ラッセルさんに訊くのが早いか……)
と、その時であった。
【なんだとオメェ! もう一度言ってみろッ!】
【ああ、言ってやるよ。テメェは出来そこないのクズ野郎だって言ったんだよッ!】
酒場の近くで怒鳴り声のようなモノが聞こえてきたのである。
どうやら、酒場の付近で喧嘩をしている奴等がいるみたいだ。
酒場から10m程離れた所に、ちょっとした人だかりができているので、多分、喧嘩してんのはそこだろう。
会話の内容から察するに、多分、下らない争いに違いない。ご苦労な事である。
だが、どこかで聞いた事がある声であった。
(最近、この声を聞いた気がするんだよな……どこだったっけか。まぁいいや、見ればわかるか)
俺は人だかりへと近づき、渦中の人物に目を凝らした。
すると、10名程の冒険者達が言い争っているのが視界に入ってきた。
だがそこで、思いがけない人物が目に飛び込んできたのである。
なんと、俺に因縁をつけてきたボルズとかいうスキンヘッド野郎が、そこにいたのだ。
(お、おう……アイツ等か……相変わらず、アウトローな事やってるな)
と、そこで、ラッセルさんとラティの声が聞こえてきた。
「あれはボルズ達……また揉め事か」
「誰かと思うたら、この間、ワイ等に因縁つけてきたスカタンやんけ。また誰かに因縁つけてんのかいな。ホンマ、ようやるわ」
「よくやるわね。あの様子だと、どうせまた、兄のバルジと比較されて、いきり立ってるんでしょ。さ、行きましょ。あんなのに関わると、後が面倒よ」と、マチルダさん。
この口ぶりから察するに、あの男の揉め事は日常茶飯事なのかもしれない。
多分、ボルズとかいうゴロツキ冒険者は、この界隈では有名なチンピラモドキなのだろう。
「コータローさん、行きましょう。気にしないでください、いつもの事ですから。それより、このままここにいると、奴等の喧嘩に巻き込まれますよ」
「ですね。行きま……」
俺はそこで言葉を止めた。
なぜなら、奴に確認したい事が脳裏に過ぎったからである。
「ラッセルさん、1つ訊きたい事があります。あのボルズという冒険者は、バルジさんの弟なのですか?」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「そうですか……ちなみに、彼はバルジさんと一緒に住んでいるのですかね?」
「だと思いますが……」
「では、彼に少し確認したい事があるので、仲裁に入るとしましょうか」
「え? ちゅ、仲裁ですか……」
ラッセルさんは首を傾げた。
「はい、仲裁です。じゃあ、そういうわけで、ちょっと行ってきますね。俺が仲裁に失敗したら、ラッセルさんも応援に来てください」
「え? ちょっ、コータローさん……」
そして、俺は修羅場へと足を踏み入れたのである。
俺は奴等に近づき、フレンドリーに声を掛けた。
【はい、やめぇ~。はい、終了~。そこの冒険者達ィ~、熱くならない、熱くならない】
ボルズと、喧嘩相手の1人と思われるゴツイ髭面の男戦士が、こちらに振り向いた。
「テ、テメェは、この間のッ! 何しにきやがったッ、関係ない奴は引っ込んでやがれッ!」
「誰だ、お前は? 一体、何のようだ?」
とりあえず俺は、ボルズは無視し、ゴツイ髭面戦士の方に話しかけた。
「御取り込み中のところ、すいませんね。実はですね、私、このボルズっていうドルイドみたいな頭をした男に少し用があるんですよ。何があったのか知りませんが、ここは一度手を引いてもらえませんでしょうか?」
「ド、ドルイドみたいな頭……ガッハッハッハ」
戦士は腹を抱えて豪快に笑いだした。
俺のウィットに富んだドラクエ的比喩表現がツボに入ったようだ。
逆にボルズは怒りのあまり、ツルッパゲな頭を真っ赤に染めていた。
ドラクエ的に言うならば、ドルイドから鬼面道士に変化した感じだ。その内、メダパニを唱えてきそうである。
まぁそれはさておき、ゴツイ戦士は笑いながら話し始めた。
「ガハハハハハ、ハヒィ、ハヒィ……ドルイドのような頭か、こいつぁいいぜ……いいだろう、この場はアンタに免じて退いてやるよ。じゃあな、ドルイド野郎」
捨て台詞を吐きながら、ゴツイ戦士は背を向けて歩き出した。
【ま、待ちやがれッ! この野郎!】
ボルズは戦士に向かい駆け出す。
と、そこで、俺は両手を広げ、ボルズの前にサッと立ち塞がった。
「まぁまぁまぁ、そう熱くならない。それよりも、ちょっと貴方に訊きたい事があるんですよ。今、お時間よろしいですかね?」
ボルズは俺に血走った目を向け、吐き捨てるように言葉を発した。
【何言ってやがるッ! クソッ、全部テメェの所為だ! ぶっ殺してやるッ!】
そう言うや否や、ボルズは腰に帯びた剣の柄に手を伸ばした。が、しかし……奴が剣を手にする事はなかった。
【なッ!?】
なぜなら、奴が柄に手を掛けるよりも先に、俺がフォース……じゃなかった、魔導の手を使って剣を引き寄せたからである。
本当はこんな所で、魔導の手を使いたくなかったが、事情が事情なので、ここは割り切るしかないだろう。
まぁそれはさておき、剣がこちらに来たところで、俺は交渉を再開する事にした。
「俺は別にアンタと喧嘩しに来たわけじゃない。少し訊きたい事があるだけさ。つーわけでだ。これから俺達と一緒に来て欲しいんだが、どうだろう?」
「今のは、魔導の手……てめぇ……一体、なにモンだ……」
「俺は冒険者さ。で、返事はどうなの? 俺達に付き合ってくれるのかい? 付き合ってくれるのなら、この剣はアンタに返すよ」
ボルズは苦虫を噛み潰したような表情で、渋々ではあるが返事をした。
「チッ……返事を聞くとか言っておきながら、選択肢がねぇじゃねェか……クソッ……わかったよ」
「よし、なら、交渉成立だ。あ、そうそう、来るのはアンタ1人だけで頼むよ」
「フン……わかったよ」
そこでボルズは仲間に振り返る。
「おい、お前達、変な奴に絡まれちまったから、今日はとりあえず解散だ。また明日な」
「あ、ああ」
ボルズは俺に視線を向け、面白くなさそうに口を開いた。
「……何を訊きたいのか知らんが、しょうがねぇから付き合ってやるよ」
俺はボルズに剣を返した。
「悪いな。じゃ、これは返すよ」
「フン」
ボルズは面白くなさそうに剣を鞘に戻す。
そして、俺はラッセルさんの所へ行き、耳打ちをしたのである。
「ラッセルさん……この辺りで、人気のない静かな所って知ってますか?」
「人気のない所ですか? まぁ多少は」
「じゃあ、そこに案内してもらえますか。あまり人に聞かれたくない話ですので」
「わかりました。では、コッチです」――
俺達はラッセルさんの後に続いた。
するとその道中、ラティが俺の耳元でこんな事を囁いてきたのである。
「……さっきのやり取り、めっちゃオモロかったで。ワイ、コータローとなら上手くやってけそうや」
「オモロかったってお前……注目するとこが違うだろ」
「へへへ、ま、これからも仲良うしてこうな」
このドラキーはネイティブで関西弁喋るので、案外、お笑い芸人気質なのかもしれない。
[Ⅱ]
ボルズとの交渉を終えた後、俺達はラッセルさんの案内で、アーウェン商業区の路地裏にある、ひっそりとした区域へとやってきた。
飾りっ気のない平屋の建物ばかりが並ぶところで、表の喧騒からは考えられないほど静かな所であった。
ラッセルさんの話によると、この辺りは利用頻度の少ない寂れた倉庫街らしい。人もあまり見かけないので、内緒話をするにはうってつけの所であった。
そんな閑散とした倉庫街を暫く進み、程なくして俺達は、石造りの少し大きな建物の中へと、ラッセルさんに案内されたのである。
カマボコ型の屋根をした建物で、中は朽ち果てた木製の台車や、埃にまみれる木箱等が幾つも転がっており、どことなく寂しい雰囲気の漂う所であった。
この様相を見る限り、ココも昔は倉庫として使っていたのだろう。
「コータローさん、ここならば、そう人も来ないでしょうから、気兼ねせずに話せると思います」
「そのようですね。では、ここにしましょうか」
俺はそこでボルズに視線を向けた。
ボルズは腕を組み、倉庫の壁に背を持たれると、ぶっきら棒に言った。
「で、俺に訊きたい事ってのはなんだ?」
「訊きたい事というのは、他でもない、バルジさん達についてです」
ボルズは面白くなさそうに口を開く。
「フン……また兄貴のことか……ったく、どいつもこいつも……。で、兄貴の何が知りたいんだ? 言っとくが、俺はここ最近、兄貴と話す事なんて殆どないんでな。家でもそんなに顔は合わさねぇから、答えられることなんて、そんなにねェぞ」
「答えられることで構いませんよ。まぁそれはともかく、ここ1、2年の間でなんですが、バルジさんの周りで、何か変わった事とかは無かったですかね? 同居されている方なら、そういった事に敏感だと思うので」
「何も変わらねェよ。相も変わらず、優秀な兄貴さ。俺なんかと比べもんにならねぇくらいにな。そりゃあもう、自慢の兄だよ。どうだ、気が済んだか?」
どうやら、被害妄想に取りつかれているようだ。
長い間、優秀な兄とずっと比べられ続けてきたのだろう。今まで、結構惨めな思いをしてきたに違いない。
まぁそれはさておき、質問の意図を理解してないみたいなので、一度言っておくとしよう。
「ああ、言っときますけど、俺は別にバルジさんの優秀さを訊いてるんじゃないですよ。バルジさんの交友関係や冒険者としての行動、そして普段の行動で、妙な変化はなかったかと訊いているんです。で、何か変わったところは無かったですかね? どんな些細な事でも構いませんから言ってください」
「そういわれてもな……変わったところっつっても……あ!? そういや……でも、あれはいつもの事か……」
「何か思い出しましたか?」
「いや、そう大した話じゃないんだが、昨年のジュノンの月に入った頃だったか、兄貴のパーティは一度解散したんだよ。で、その後、今のパーティになったんだが、それからかな、やたらと大きな依頼をこなしていくようになったのは……。ま、それもあって、今じゃ、王都の冒険者階級最高位の白金だからな。お蔭で、落ちこぼれの俺との差も、凄い事になりだしたよ」
「え? じゃあ、昨年はまだ、金の階級の冒険者だったんですか?」
「ああ、そうだ。……って、こんな事はラッセル達だって知ってる事だろ」
俺はラッセルさんに視線を向けた。
ラッセルさんは頷く。
「ボルズの言ってる事は本当ですよ。バルジ達は昨年になってから難度の高い依頼を次々とこなし、白金の称号を手に入れました。なので、バルジ達のパーティは今、王都で一番勢いのあるパーティなんじゃないですかね」
どうやら、本当の事のようだ。
「へぇ、そうだったんですか、なるほど……。まぁそれはともかく、話を戻しますが、バルジさんはどうしてパーティを解散したんですか?」
するとラッセルさんが答えてくれた。
「以前、バルジから聞いたんですが、仲間達と意見が食い違い、少し揉めたような事を言ってましたね。バルジは上昇志向の強い冒険者ですから、結構、意見の対立とかもあったそうですよ」
と、そこで、ボルズがボソッと呟いた。
「フン……どうせ、志しが低い連中とわかったから、早めに手を切ったんだろ。兄貴はいつも上ばかりを目指してたからな。……アイツは自分の目標の為なら、なんだってする男だ。仲間と別れるくらい、なんでもねぇさ。……俺もそのクチだからな」
「ふぅん。で、バルジさんの目標っていうのは何なんだい?」
「アイツの考えてる事は1つだ。親父を越え、王都一の冒険者という名声を手に入れる事さ」
ここでリタさんが話に入ってきた。
「そういえば、バルジとボルズの父親って、疾風のバーンズだったわね」
「疾風のバーンズ?」
「少し前だけど、王都で名の通っていた冒険者の1人よ」とマチルダさん。
「ま、とはいうものの、俺達が子供の頃、親父は魔物との戦闘中に、崖から落ちて死んじまったがな。そういや……その頃からだったか、兄貴が冒険者としての名声に拘りだしたのは……」
冒険者としての名声に拘る、か……。
まぁいい、質問を続けよう。
「それはそうと、さっき、『いつもの事』と言いましたが、バルジさんは今までに何回もパーティを解散してるんですか?」
「今までに6回くらいはしてるぜ」
するとラッセルさんが驚きの声を上げた。
「え? バルジはそんなに何度もパーティを組みかえてるのか?」
少々意外だったようだ。
ボルズは頷く。
「ああ、俺が知る限りではな」
「へぇそうなんだ。でも、解散ってことはさ、酒場のパーティ登録とか、やり直しにはならないの?」
「ならねぇよ。パーティの責任者は兄貴だからな。ルイーダの酒場は、責任者登録してある冒険者の申し出に対応するだけだ。責任者が解散を届けなければ、パーティとして酒場に登録されたままになるんだよ」
「ふぅん、初めて知ったよ」
と、その時であった。
【おやおや、こんな小汚い所で、悪巧みする会議でもしてるのかな。俺達も混ぜてくれよ】
建物の入り口から、冒険者と思わしき奴等が4人現れたのである。
見たところ、戦士2人に魔法使い系が2人といった感じだ。
だが、人相の悪い奴等なので、あまり友好的な雰囲気ではなかった。
この見た目から察するに、ボルズと同じような、ゴロツキ系の冒険者なのかもしれない。
それはさておき、ラッセルさんとシーマさんが奴等に話しかけた。
「誰だ、お前達は? 何しに来た?」
「どこの誰か知らないけど、私達に何か用かしら?」
奴等の1人が口を開く。
「クククッ、勿論、アンタ達に用があるから来たのさ」
「何?」
「一体何の用かしら?」
シーマさんとラッセルさんは奴等に近づく。
だがそこで、予想外の所から小さな声が聞こえてきたのである。
『……気をつけろ、コータロー……あれは魔物だ』
(え!?)
声の主はラーのオッサンであった。
突然だったので少しびっくりしたが、俺は急いで2人にそれを告げた。
「ラッセルさんにシーマさん! 下がってくださいッ。そいつ等は、魔物ですッ!」
【えッ!?】
皆は一斉に俺へ振り向いた。
ラティが慌てて訊いてくる。
「魔物やって? ホンマかいな」
「ああ……」
(何れ来るだろうとは思ったが、こんなに早く来るとは……。仕方ない、どんな魔物か知らないが、出口が1つしかない以上、戦うしかないか……ン?)
と、そこで、奴等は全員、黒い水晶球を懐から取り出したのであった。
これが意味するところは1つである。今から魔物に変身するという事だ。
【ウケケケ、よくわかったな。えらく鋭い奴がいたもんだ。まぁいい、どの道、本来の姿でお前達を始末するつもりだったから、そうしてやろう。ケケケ】
その直後、奴等は水晶球から吐き出された黒い霧に包まれる。
それから数秒ほどで黒い霧は流れ、奴等の正体が明らかとなったのである。
ラッセルさん達の驚く声が聞こえてくる。
【こ、この魔物はッ!?】
奴等の正体……それは大鎌をもつ緑色の悪魔・ベレスが2体に、青い体毛に覆われた魔獣系の魔物が2体であった。
ちなみにだが、青い体毛の奴はⅣで見た事がある魔物だ。確か、ハンババとかいう名前だった気がする。
人のように2本の足で立つ魔物で、手の指先には鋭く長い爪が伸びており、頭部には長い角が2本生えていた。
また、豚のような鼻に肉食獣のような口を持つといった魔物であり、その様子はまさに野獣といった感じである。
どちらも中盤の終わりに出てくる強敵で、俺達の装備だと、まともに戦えば苦戦は必至といえる魔物達であった。
(しかし……このクラスのリアル魔物なると、厳つい奴等ばかりだな。はぁ……気が滅入る。まぁそんなことはさておき、どうやって戦うかだが……ゲームだと、ベレスはベギラマを頻繁に使ってきたから、そこは要注意だ。おまけに攻撃魔法にも耐性がある上に、マホカンタもしてきたような……正直、ウザい敵って印象しかない。それからハンババは確か、麻痺を伴う攻撃と口から火の玉を吐いてきた筈だ。とりあえず、火の玉攻撃は無視した方がいいな。全体攻撃ではあるが、所詮、ギラ以下のダメージ。コイツの場合、気をつけなければならないのは、麻痺攻撃の方だ。……さて、どうやって戦うか……って、アッ!?)
と、その時である。
【シャァァ】
なんとハンババが、近い位置にいたシーマさんとラッセルさんに飛び掛ったのである。
指先から生える鋭利な爪が2人に襲い掛かる。
2人はまだ戦闘態勢に入ってなかった為、慌てて防御した。
「グッ!」
ラッセルさんは鉄の盾で何とか爪を防ぐ。
シーマさんは避けようと、横に飛び退いた。が、しかし、避けきれず、右肩にハンババの爪が食い込んだのである。
そして次の瞬間、シーマさんの苦悶の声が、建物内に響き渡ったのであった。
【キャァァ!】
今の攻撃を終えたところで、ハンババ2体は元の位置に下がる。
するとその直後、シーマさんは全身を震わせながらパタリと倒れ、床に横たわったのである。
【シ、シーマ!?】
マチルダさんは大きな声を上げ、シーマさんに近寄ろうとした。
だが、俺はそれを制止した。
「マチルダさん、奴等の間合いに近づかないでッ! シーマさんは、あの魔物が持つ麻痺毒にやられて身動きが出来ないだけですから、死んだわけではありません。今は奴等を倒すのが先です」
「ま、麻痺毒。わ、わかったわ」
ハンババが一旦後ろに下がったところを見ると、今はまだシーマさんに止めを刺さないはずだ。
恐らく、麻痺攻撃で俺達の戦力を削りに来ているのだろう。
ある程度の人数を動けなくしたところで、じわじわ殺していくに違いない。
(チッ……ボクシングでいうHit and Awayってやつか。しかし、麻痺毒を持つ魔物からすると、かなり良い戦い方だ。俺達からすると厄介な戦い方だが……)
と、ここで、1体のベレスが口を開いた。
【ケケケ、ハンババが麻痺攻撃をしてくると、よくわかったな。だが果たして、お前等に俺達が倒せるかな、ケケケケ】
俺はベレスとハンババに視線を向ける。
(さて……まともに戦ったら、こちらがジリ貧だが、俺の記憶が確かなら、コイツ等は確か、攻撃魔法はあまり効かないが、ラリホーやルカニといった攻撃補助魔法は結構効いた筈だ。……となると、今、チョイスするのはこの魔法だろう)
使う魔法を決めたところで、俺は両手に魔力を向かわせ、早速、呪文を唱えた。
【ラリホー】
俺が選択したのはラリホー2発である。2発使ったのは2グループへの対応だ。
白く淡い霧がベレスやハンババ達を包み込む。程なくして、魔物達はゆっくりと目を閉じた。が、しかし、ハンババは1体だけ眠りに落ちなかった。
とはいえ、他の3体は良い感じで、お寝んねしてくれたので、結果オーライである。
特に、ウザいベレスを初っ端から無力化できたのは大きい。
ベギラマを連発されると、一気に窮地に陥る可能性があるからだ。
俺はそこでラッセルさん達に指示を出した。
「ラッセルさんとリタさんは、眠りに落ちなかった青い魔物を集中攻撃してください。1体づつ地道に行きましょう」
「わかりました、行くぞ、リタッ」
「う、うん」
「マチルダさんは今の内に、ホイミでシーマさんの回復をお願いします」
「わ、わかったわ」
俺はついでにボルズにも指示した。
「そうだ。ついでだから、アンタにもお願いしますよ。ラッセルさん達と共に攻撃に当たってくれませんか?」
「なな、何で俺が……」
ボルズの声は弱々しかった。
人相に似合わず、結構ビビりなのかもしれない。
「でも、アイツ等を倒さないと、アンタもここから出られませんよ。出入り口は奴等のいるところだけなんだから」
「チッ……わ、わかったよ」
ボルズは渋々剣を抜いた。
「じゃあ、お願いします。それからラティ、確か、マヌーサを使えると言ってたな?」
「ああ、使えるで」
「じゃあ、青い体毛の魔物にマヌーサを頼むよ」
「了解や」――
その後、眠りに落ちなかったハンババは、前衛3人の攻撃で絶命する。
残った3体に対しても、俺達は同じ方法を取り続けた。
ラリホーやルカニを駆使して俺は前衛を援護し、前衛は1体を集中攻撃という戦闘方法を繰り返したのである。
そして、あれよあれよという間に魔物達は息絶え、5分程度で危なげなく戦闘を終える事ができたのであった。
ラッセルさんが最後の魔物に止めを刺したところで、俺はラティに指示を出した。
「ラティ、ちょっと外の様子を見てきてくれるか。近くに不審な奴等がいたら、すぐに知らせてくれ」
「おお、わかったで」
ラティが偵察に向かったところで、俺はシーマさんの治療をする事にした。
道具袋から満月草を取り出し、彼女の上半身を抱き起こすと、シーマさんの口に、俺はゆっくりと満月草を流し込んだ。
ちなみにだが、この満月草も薬草や毒消し草と同様、小瓶に入った液体の魔法薬だ。基本的に魔法薬は液体の薬ばかりのようである。
まぁそれはさておき、満月草を服用して暫くすると、シーマさんの身体の震えは徐々に治まってきた。どうやら効いてきたのだろう。
程なくして、シーマさんは疲れたように口を開いた。
「あ、ありがとう……コータローさん」
「麻痺毒にやられたみたいだから、満月草を使ったけど、調子はどう?」
「うん……だいぶ良くなってきたみたい」
「そう、ならよかった」
初めて満月草を使ったので、少々不安だったが、まぁこの辺の効能はゲーム通りのようだ。
と、ここで、他の皆も俺達の所にやって来た。
ボルズの気楽そうな声が聞こえてくる。
「なんでぇ、思ったより簡単な奴等だったな。弱い奴等で助かったぜ」
俺はボルズに視線を向け、目を細めた。
「な、なんだよ、その目は……」
「勘違いしてるようなので言っときますが、そんな生易しい魔物ではないですよ。応手を間違えれば、全滅もあり得ました。その大鎌を持った魔物はベレスといってベギラマを得意とする強力な魔物です。そっちのハンババは麻痺を伴う高い攻撃力と火の玉を吐く魔物。まともに戦えば、こちらが窮地に陥る可能性の方が高かったです。俺がたまたま、この魔物達の弱点を知っていたから、すんなり戦闘を終わらせれたにすぎません」
「ベ、ベギラマが得意な魔物……」
ボルズは生唾をゴクリと飲み込んだ。
ラッセルさんが訊いてくる。
「コータローさん、この魔物達は一体……」
「多分、さっき酒場で、俺達の話していた内容を聞いて、ここに来たか……もしくは……殺せと指示されたんでしょうね」
「え? それってつまり……」と、マチルダさん。
俺は頷いた。
「マチルダさんの想像通りですよ。つまり、冒険者の中に魔物がいるって事です」
「そ、そんな……」
この場の空気がどんよりと沈む。
そんな中、ボルズが焦った様子で訊いてきた。
「ちょっ、ちょっと待てよ。話についていけんぞ、どういう事だ、一体!」
「言葉通りの意味ですよ。それとすいませんね、どうやら、アンタを巻き込んでしまったようだ」
「へ? ま、巻き込んだ……って、ああッ!? て、てめぇ……よくもッ、どうしてくれんだよ!」
ボルズは自分の置かれた状況に気付いたようだ。
「謝るしかないですね。申し訳ない。でも、今はそんな事を言ってる場合じゃないですよ」
と、ここで、ラティが偵察から帰ってきた。
「コータロー、外には冒険者どころか、他に人影もなかったわ。せやから、はよ、ここから撤収したほうがエエんとちゃうか」
「ああ、そうしよう」
「ですが……その前に、これらの魔物の死体はどうしましょう? 住民に見つかると大騒ぎになりますよ」
ラッセルさんはそう言って、床に散らばる魔物達の屍に目を向けた。
この世界の魔物はゲームと違ってお金にはなってくれないので、死体の後始末が難しいところだ。
とはいえ、今はそんな事に構ってられない。
「残念ですが、死体の処理までしている時間はありません。後の事はラヴァナの衛兵にでも任せましょう。それよりも、今は一刻も早くこの場を立ち去ったほうがいいです。次の追っ手が来るかもしれませんからね」
「確かに……」
「ところでラッセルさん、ここ以上に人目を避けれる、良い隠れ場所とかってありますかね?」
「隠れ場所ですか……まぁ一応、それらしい所はありますが」
「じゃあ、そこに案内してもらえますか」
「わかりました。ではついて来てください」――
[Ⅲ]
倉庫街で魔物達と戦闘を終えた後、俺達はラッセルさんの案内で、ラスティーア商業区にある少し小汚い地区へとやって来た。
そして、その地区にある、とある小さな石造りの四角い建物へと、俺達は足を踏みいれたのである。
間取りや見た目からすると、一応、民家のようだ。建物自体は古く、外壁や内壁は結構色褪せていた。
とはいえ、周りの建物が大体そんな感じなので、まぁある意味、ここでは普通の建物といったところだ。この街並みから察するに、貧困層が住む区域なのかもしれない。
まぁそんなことはさておき、建物の中に入ったところで、ラッセルさんがボソリと呟いた。
「あの頃のままだな、ここは……。あの後、誰も住んでないから当然か……」
「そうね」とリタさん。
どうやら2人がよく知る建物のようだ。
つーわけで訊いてみた。
「ラッセルさん、この建物は?」
「今から15年ほど前、俺とリタはここに住んでおりました。今はアーウェン地区に住んでいるので、ここにはもう住んでませんがね。ですが、時々、来てしまうんですよ。嫌な事や、辛い事があると、なぜか来てしまうんです。まぁ子供時代の思い出の家といったところですかね」
ラッセルさんはそう言って、感慨深そうに、埃だらけの壁に刻まれた落書きに手を触れた。
多分、ラッセルさん達が子供の頃につけたモノなのだろう。
ここには色々な思い出が詰まっているに違いない。
「なるほど、昔住んでいた家ですか」
「ええ。ま、それはそうと、コータローさん。この後ですが、どうした方がいいのでしょう……正直、かなり不味い事態なのはわかるのですが、我々の手には負えない気がするのです」
続いてボルズが話に入ってきた。
「そ、そうだぜ。俺は魔物に狙われるのなんて、真っ平御免だからな。な、なんとかしろよ」
コイツ……多分、俺以上のヘタレかもしれない。
見た目は厳ついのに……すげぇギャップだ。
まぁそれはともかく、不味い事態なのは確かである。
「ラッセルさんの言うとおり、かなり不味い事態です。早くなんとかしないと、バルジさんを筆頭に、冒険者達は実験台にされて殺されてしまう可能性が高いですからね」
「あ、兄貴が殺される? 何言ってんだオメェは。アイツがそんなヘマするかよ。俺はアイツが嫌いだが、アイツの実力は認めてるんだぞ。王都でも1、2を争えるほどの冒険者だってな」
「優秀な冒険者だというのは俺も認めますよ。実際、そうじゃなきゃ白金の称号は得られないでしょうしね。ですが……それはあくまでも、冒険者としての仕事の範囲でならという意味です。もはや事態は、そんな段階ではなくなってきています。事は、国の存亡に関わる可能性があるのでね」
「く、国の存亡……な、何言ってんだ、一体?」
「コータローさんの言っている事は事実だ。巻き込んでしまった以上、仕方がないから、お前にも話してやろう。いいですよね、コータローさん?」
「どうぞ」
ラッセルさんは簡単に説明をした。
「実はな、バルジ達を中心とした魔物の討伐隊が、明日の朝、ゼーレ洞窟へと向かうんだが、そこでは今、かなりヤバイ事が起きているんだよ。このまま行くと、恐らく、バルジ達は殺されてしまう可能性が高い。いや、バルジ達だけじゃない、他の冒険者達もそうなる可能性が高いんだ」
続いてマチルダさんも。
「ボルズ……ラッセルやコータローさんの言ってる事は本当よ。私達は昨日、魔物に変装してゼーレ洞窟の調査をしてきたんだから。このままにしておけば、バルジ達は間違いなく殺されるわ」
「なら、それを直接、兄貴に言えばいいじゃないか」
「言ったわよ。でも、聞き入れてもらえなかったわ。だからこうして悩んでいるのよ」と、シーマさん。
「じゃあ……どうするんだよ」
ボルズの言葉は弱々しかった。
コイツなりに少しは心配になったきたのかもしれない。
「方法は1つです。何とかできる人達に、何とかしてもらうしかないでしょう」
ここでラッセルさんが訊いてくる。
「コータローさん、昨日、ウォーレン様に掛け合ってみると仰ってましたが、どんな風でしたか?」
「対応の方はしてくれるみたいですよ。俺の話を聞いて、少し青褪めた表情をしてましたから、それはやってくれると思います」
「なら、安心ですね」
だが、俺は頭を振る。
「いや……事はそんな単純ではないです。どうやら、思った以上に面倒な事になってるみたいなのでね」
「え? それはどういう……」
「まぁ、その話は明日しましょう。それはさておき、この後なんですが、実はゼーレ洞窟の件で、俺も打ち合わせに参加する事になってるんです。そこで対応策を練るのですが……実はですね、非常に申しあげにくいのですが、ウォーレンさんから頼まれた事がありまして……ラッセルさん達にお願いしたい事があるんです。返事を打ち合わせまでにしないといけないので、今、確認させてもらいます」
「ウォーレン様から頼まれた事? 何ですか一体?」
「それがですね……実は、魔導騎士達の案内役として俺達に来てほしいと、ウォーレンさんに頼まれたんですよ。無理強いはしないと言ってましたが、俺も居候の身分なので、流石に断り辛くてね。で、どうしますかね? 」
そこで全員、顔を見合わせた。
すると程なくして、ラッセルさん達は快い返事をしてくれたのである。
「わかりました。乗りかかった船ですから、俺は行きますよ。それに、王都の冒険者として放ってはおけませんからね」
「私も行くわ」
「私も」
「私もよ」
「ほな、ワイも行こっかな」
「皆、ありがとうございます」
だがそこで待ったをかける者がいた。
ボルズである。
「ちょっ、ちょっと待てよッ! お、俺はいかねぇぞ。勝手に話を進めるなッ!」
俺は正直に言ってやることにした。
こんなバカでも、俺の所為で死んだとなると、気分が悪いからである。
「別に来なくてもいいですよ。でも、今のアンタの場合、王都にいたほうが危険かもよ。案外、寝込みを魔物に襲われて、ブスリとやられてしまうかも……なんてね。アハハハ」
「え……」
俺の最悪なシュミレーションに、ボルズは青褪めていた。
多分、コイツは見かけ倒しの臆病者なんだろう。
スキンヘッドにして強面にしてるのも、それを隠す為の仮面に違いない。
程なくしてボルズは、腕を組んで踏ん反りながら、偉そうに口を開いた。
「ま、待て……しかたねぇ。やっぱ俺も行ってやるよ。あ、兄貴が心配だからな」
憎めない奴である。
ある意味、長生きしそうなタイプだ。
「そういう事にしといてあげるよ」
とまぁそんなわけで俺達は、明日、この面子で、もう一度ゼーレ洞窟へ向かう事になったのである。
[Ⅳ]
俺はウォーレンさん達と細かい打ち合わせを終えた後、屋敷を抜け出し、アリシュナのとある場所へとやってきた。
理由は1つ。ラーのオッサンにどうしても確認したい事があったからだ。
人気のない暗がりの中で、俺はラーのオッサンに小さく囁いた。
「ラーさん……話がある」
「なんだ?」
「今日の昼頃、俺はルイーダの酒場にいたわけだが、そこに魔物がいたのかどうか教えてほしい」
ラーのオッサンは暫しの沈黙の後、静かに話し始めた。
「……魔の瘴気を放つ存在は何体かいたが、正確な数までは覚えていない。だが、恐らく、10体程度だろう。それほど多くは感じなかったからな」
「10体程か……。では、バルジさん達の中に、魔物と思わしき者がいたかどうか覚えているか?」
「ああ、あの者達か。あの者達からは魔物の瘴気は感じなかった。多分、魔物じゃないだろう」
「エンドゥラスとかいう種族の可能性は?」
「あの者達から感じたのはお主達と同じような生気だった。だから、エンドゥラスとかいう種族でもあるまい」
「そうか、ありがとう。お蔭で、だいぶ読めてきたよ」
これで必要な事は聞けた。
後は、ここから導き出される答えに対して、どうやって対応するかだ。
この事をウォーレンさん達にも言っておかねばならないし……。
まぁそれはさておき、事のついでなので、前からあった疑問について訊いておくとしよう。そしてヴァロムさんの事についても……。
「ラーさん、ついでだ。今後、こんな風に話せることはないかもしれないから、今の内に訊いておきたい事がある」
「なんだ? 言ってみよ」
「まずは、ずっと疑問に思っていた事からいこう。恐らく、ヴァロムさんもこの事を訊いた筈だ。女神イシュラナ……この女神について、ラーさんは知っているかどうかを訊きたい」
ラーのオッサンは暫し間を開けると、小さく答えてくれた。
「……我は遥か昔から存在するが、そんな女神の事などは知らぬ。……名前も聞いた事すらない」
「ありがとう……これでようやく、つっかえていたモノが1つとれたよ」
思った通りだ。
これが意味するところは1つ……。
そして、ヴァロムさんが何をしようとしてるのかも、これで大体見当がついた。
だがそれは同時に、かなり難しい事でもあるのだ。
なぜなら、ヴァロムさんがやろうとしてる事は、イシュマリア国の長い歴史を否定することだからである。それは非常に険しい道だと言わざるを得ないだろう。
ここまで深く、人々の中に浸透している女神イシュラナを否定するのは、かえって混乱を招くからだ。
(どうするつもりなのだろう。ま、ヴァロムさんはその辺の事はちゃんと考えてるだろうから、何か手は打ってあるはずだが……。まぁいい、他の事も訊いておこう)
俺は質問を続けた。
「それと、これも訊いておきたい。遺跡での一件以降、ラーさんとヴァロムさんはいつも一緒にいたが、主にどんな事をしていたんだ?」
「我は何もしてはおらぬ。我の持っている知識やできる事などを、ヴァロム殿に話しただけだ」
「え……それだけなのか?」
「ああ、それだけだ。後は、ヴァロム殿が色々と考えてやった事なので、我は関与しておらぬぞ。まぁ意見を求められることはあったがな」
「ふぅん、そうなのか」
考えてみれば、ラーのオッサンは鏡だから、そのくらいしかできる事はないのかもしれない。
まぁそれはさておき、後者の方が気になるので、それについて訊いてみる事にした。
「ところで、今、出来る事を訊かれたと言ったけど、ラーさんて真実を見破る以外に、何か出来る事があるのか?」
「まぁな」
「じゃあ、何ができるんだ?」
「我が出来る事は決まっておろう。1つは真実を晒す事、それからもう1つは……」――
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