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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv43 魔窟からの帰還( i )

   [Ⅰ]


 ゼーレ洞窟から出た俺達は、徘徊するトロルやサイクロプスを警戒しつつ、来た道を戻ることにした。
 だが、流石に皆も疲れたのか、暫く進んだ所でマチルダさんが俺に耳打ちしてきたのである。
「コータローさん……少し休まない? あんなモノを見た後だから、気分的にちょっと優れないのよ。……お願い」
「そうですね。もうそろそろ変化の杖の効果も切れそうですし、一度休憩挟みましょう。でも、ここはあまりにも見通しが良すぎるので、向こうに見える小さな林で休みましょうか」
 俺はそう言って、少し離れたところにある林を指さした。
 ここから見た感じだと、魔物の姿も確認しやすい上に、隠れるのにも丁度よさそうな林であった。
「ありがとう、コータローさん」
「じゃ、行きますか」――

 林へとやって来た俺達は、周囲に魔物がいないのを確認したところで、適当な木陰に腰を下ろし、暫し休むことにした。
 腰を下ろしたところで、ラッセルさんが項垂れたように、ボソリと呟いた。
「まさか……ゼーレ洞窟があんな事になっていたなんて……糞ッ。剣聖・ゼーレが魔物を掃討した洞窟に、また魔物が棲みつきだしたというのか……」
 他の3人もラッセルさんに同調する。
「コータローさんの言うとおりだったわ……あんな所にノコノコ出掛けて行ったら、私達もあの冒険者と同じ目に……」
「でも、どうするの。バルジ達はこの事知らないから、あそこに行くわよ。王都に戻ったら、行くのを止める様に言わないと」
「そうよ。バルジ達に知らせないといけないわ」
 俺はそこで、もう一度、4人に言っておく事にした。
「バルジさん達に忠告するのは構いませんが、変化の杖の事は伏せておいて下さいね」
 ラッセルさんが訊き返す。
「え? どうしてですか?」
「これはラッセルさん達の為でもあるんですよ。これを告げる事によって、俺やラッセルさん達に危害を加えようとするモノが現れるかも知れませんからね。それ以外にも、非常に難しい問題を孕んでいるんです。噂程度ならともかく、実際にそういう道具があると知ったら、王都の住民達も人を信じられなくなり、疑心暗鬼に陥る可能性もあります。そうなると王都は少し混乱しますよ。ただでさえ、魔物に怯える日々を送っているんですから。まぁ要するにですね、今はその時ではないという事です」
 そう……変化の杖の事は、今はまだ知られない方が良い。
 ラッセルさん達に言った理由も然る事ながら、ヴァロムさんの計画に支障が出る事も考えられるからだ。
 いや……ヴァロムさんの計画が俺の推察どおりならば、その可能性が高いのである。
「しかしですね……魔物が人に化けるというのは、流石に無視できません。俺達冒険者にとって死活問題ですから」
「言い方が悪かったですね。つまり、俺がお願いしたいのは、この杖の存在を黙っていてほしいという事なんです。ですから、魔物が人に化けるという噂程度なら構いませんよ」
「ああ、そういう事ですか。でも……となると、どうやってバルジ達に説明するといいか」
「まぁモノは言いようです。似たような事を言えばいいんですよ。魔物に変装して中を調査してきた……とかね。俺としては、変化の杖について伏せておいてほしいだけですので」
「なるほど……。ではそうします」
「でも、バルジさんに今回の事を話しても、聞き入れてくれるかどうかわかりませんよ。その事実を知ったら、なんとしてでも討伐に向かうというかもしれません。いや……冒険者階級最高峰の肩書がある彼等の事だから、そう言う可能性の方が高い気がしますね。こうなったらもう、そう簡単に説得はできないでしょう」
「そ、それは……」
 4人は無言になった。
 バルジさん達のパーティは冒険者階級最高峰の白金らしいから、そういったプライドもある筈だ。
 なので、火に油を注ぐパターンも大いにあり得るのである。これは難しいところであった。
「まぁそういう可能性もあるという事です。それはそうと、ラッセルさん。さっき剣聖・ゼーレと言いましたが、何者ですか?」
「ああ、そういえば、コータローさんはマール地方出身でしたね。知らないのも無理ないです。剣聖・ゼーレとは、その昔、オヴェリウスにいた凄腕の魔導騎士の事ですよ」
「へぇ、魔導騎士の名前だったんですか」
 ラッセルさんは頷くと続ける。
「ええ。実は今から500年ほど前、あの洞窟に魔物が棲みついてですね、オヴェリウスに脅威が迫った事があったそうなのですが、その時、魔物達を退ける為に多大なる貢献をされた魔導騎士がいたのです。その方が剣聖・ゼーレなんですよ。とはいっても、その当時は剣聖なんて肩書じゃなく、魔導騎士団長という肩書だったそうですがね。まぁ要するに、そのゼーレ騎士団長が指揮する部隊が、あの洞窟に棲みついた魔物を一匹残らず掃討した事から、後世になってゼーレ洞窟という名がついたんです」
「ふぅん……なるほどねぇ。ン?」
 と、その時であった。
 頭上からバサバサという羽音が聞こえてきたのである。
(魔物か……)
 俺は上に視線を向けた。
 すると、枝葉の隙間から、空を飛ぶ2体のライオンヘッドが視界に入ってきたのである。
(俺達に気付いたか? いや、コッチを見てなかったから違うな。何だ一体……)
 程なくして2体のライオンヘッドは、俺達の休んでいる付近に舞い降りた。
 俺はそこで唇に人差し指を当て、静かに、というジェスチャーをした。
 4人と1匹は無言でコクリと頷く。
 それから俺は木の陰に隠れ、ライオンヘッド達の様子をそっと窺う事にしたのである。

 ライオンヘッドが降りた場所は、木々の間に幾つかの大きな岩が転がる所であった。
 少し閉鎖的な雰囲気があるので、ある意味、休むには良さそうな場所だ。
(奴等は何しに来たんだ……昼寝か?)
 俺はそんな事を考えながら、奴等が降り立った辺りに目を向ける。
 だがその時、とんでもないモノが、俺の目に飛び込んできたのであった。
(イッ!? ア、アレは……)
 俺は思わず息を飲んだ。
 なぜならそこには、サイクロプスが1体昼寝をしていたからだ。
(う、嘘ォ……俺達の近くに、サイクロプスが昼寝してたとは……。あ、危ねぇ……俺達の話を聞かれてなかっただろうな……)
 と、そこで、ライオンヘッドの1体が口を開いた。
【ガゥルルル……俺達の寝床でサイクロプスが寝てやがる】
 どうやらここは、ライオンヘッドの寝床みたいだ。
 早々に立ち去った方が良さそうである。
 続いて、もう1体のライオンヘッドがサイクロプスの頭を蹴った。
【起きろ、このデカブツ。ここは俺達の寝場所だッ】
【ガッ! イってぇ!】
 サイクロプスは今の一撃で半身を起こし、ライオンヘッドを睨んだ。
 目が赤く変化しているところを見ると、かなりお怒りのようである。
【ウガァ……何すんだ、テメェら。折角、気持ちよく寝てたところをッ!】
【ガルルルぅ、そりゃ、コッチの言い分だ。テメェこそ何してやがる、俺達の寝床で!】
【知るかッ、そんなもん!】
【コッチはなぁ、5日前に街道で食い損ねた冒険者達の事で、気が立ってんだ。とっとと消えろ! このデカブツ!】
【そうだぜ。ガルルゥ、あの冒険者達を襲ったお蔭で、ヴィゴール様には怒られるしよッ。ムカムカするぜッ。どっかいけッ!】
 なんか知らんが一触即発といった雰囲気であった。
(逃げるなら、内輪揉めしている今の内だな)
 そう考えた俺は、皆にその旨を伝える事にした。
 だがしかしッ! ここで予想外の事が起きたのである。
 なんと、リタさんが剣を鞘から抜き放ち、奴ら目掛けて突進したのだ。
「オノレェ! バネッサ姉のカタキッ!」
 俺はその姿を見るや否や、ムンクの叫びの如く、脳内で悲鳴を上げた。
(キャァァァァ!)
 ラッセルさん達は慌ててリタさんを呼び止める。
「馬鹿なッ! 待て、リタッ!」
「ちょ、ちょっと、リタ。待ちなさいッ!」
「止まりなさい、リタッ!」
「ちょっ、ネェちゃん! ここまで来て、それはナシやッ、 アカンて!」 
 だが皆の声は届かなかった。
 リタさんは剣を突く構えをとり、ライオンヘッドに勢いよく襲い掛かる。
 その刹那!

【ギャフゥゥ!】

 ライオンヘッドの苦悶の声が辺りに響き渡ったのであった。が、しかし、倒すほどではなかった。
 なぜなら、突きは浅いからだ。あの様子を見る限りだと、恐らく、10cm程度しか入ってないに違いない。
 やはり、このクラスの魔物になると、リタさん程度では完全に刃を突きこむ事は難しいのだろう。
 それはさておき、この一撃で、3体の魔物達はリタさんに視線向けた。……万事休すである。
【ウガァ、なんだコイツは!? 何トチ狂ってやがる! 同胞を刺しやがったッ】
【地獄の鎧が何で俺を襲うッ。チッ、オノレェ!】
 刺されたライオンヘッドは、右前脚でリタさんを突き飛ばした。
「キャッ!」
 リタさんは勢いよく吹っ飛ぶ。
 するとその直後、もう一体のライオンヘッドが、仰向けに転がるリタさんの上に飛び乗り、腹部を踏みつけたのである。
「グゥゥ……あぐぅ」
 苦しそうなリタさんの呻き声が聞こえてくる。
 そこでライオンヘッドは、クンクンとニオイを嗅ぐ仕草をした。
【ガルルゥ……なんか、コイツ妙だぜ。今、声を上げやがった。それに、この地の奴等のニオイがするぞ……ン? これは…】
 と、その時、更によくない事が起きた。
 なんと、リタさんの身体から水色の霧が発生し、元の姿へと戻ってしまったのだ。
 そう……変装が解けてしまったのである。
 いや、リタさんだけじゃない。
 俺達の変装もここで解けてしまったのだ。
(さ、最悪な展開だ。……なんつータイミングで効果が切れるんだよ。勘弁してよ、もう……)
 サイクロプスが口を開く。
【この姿……これはこの国の冒険者だ。まさか、変化の杖をつかってたのか】
【みたいだな。これは、ヴィゴール様に報告しなきゃならんな。だがまぁ、その前にだ……ガルルゥ】
【ああ、食っちまおうぜ】
 涎を垂らした2体のライオンヘッドは、リタさんの真横で舌舐めずりをした。
 もう迷っている時間はなさそうだ。
(……仕方ない。魔物はこいつ等だけみたいだし、助けるなら今しかないだろう。かなり魔力を消耗するが、魔光の剣を使って奴らを倒すしかないか……。それに……正体がバレた以上、こいつ等にはここで死んでもらうしかない)
 俺はそう決断すると、ラッセルさんに告げた。
「ラッセルさん、今から妹さんを救出します。俺が奴等を始末しますんで、援護をお願いします」
「え? 何か手があるのですか?」
「……上手く行くかどうかはわかりませんが、やるしかないです。それから、マチルダさんとシーマさんは、ホイミを使えると言ってましたね?」
 2人は頷く。
「ええ、ホイミなら少しは使えるけど」
「じゃあそれで、俺やラッセルさんの回復の方をお願いします」
「わかったわ」
「それから、ラティは周りを見張っていてくれ。他の魔物が来たらすぐに知らせるんだ」
「わ、わかったで。まかしときッ」
「じゃあ、そういうわけで、皆、よろしくお願いします」
 俺はすぐに行動を開始した。
 魔導の手に魔力を籠め、見えない手を、奴等の遥か頭上にある木の枝に伸ばす。
 そして、一気に奴等の真上へと飛んだのである。
 瞬く間に奴等の頭上へと来た俺は、魔導の手の魔力コントロールを細かに行い、そのまま真下に着地した。
 そこはライオンヘッド2体のど真ん中であった。ライオンヘッド達との距離は2mといったところである。計算通りの位置だ。
 ここで魔物達は驚きの声を上げた。
【なッ! また、冒険者かッ。突然、上から降ってきやがったぞッ!】
【何だコイツはッ!?】
 奴等が驚く中、俺はすぐさま、魔光の剣に思いっきり魔力を籠め、輝く光の刃を出現させる。
 それから問答無用で、ライオンヘッド2体を素早く斬りつけたのである。
 俺はその際、一撃で仕留める為に、一体は首に、もう一体は胴を真っ二つにする軌道で剣を振るった。
 そして次の瞬間!
【ギィェェ】
【ガァァ】
 ライオンヘッド2体は断末魔の悲鳴と共に綺麗に切断され、切り口からは、奴等の赤い血が勢いよく飛び散ったのである。
(よし、これで残りはサイクロプスだけだ……)
 俺は間髪入れずに、サイクロプスに目を向ける。が、しかし……俺は奴に目を向けるや否や、息を飲んだ。
 なぜならば、奴の振るう馬鹿デカい棍棒が、もう既に、俺へと襲い掛かって来ていたからである。
 もはや、直撃は避けれない状況であった。
(クッ、避けれん……。今は、これで対応するしかない。少しは軽減できる筈だッ)
 俺は魔導の手に魔力を思いっきり籠め、棍棒を押し戻すよう、見えない手を伸ばした。が、その直後、俺は棍棒に吹っ飛ばされ、後方にある木の幹に打ち付けられたのであった。
「グハッ!」
 全身に強い痛みが走る。
 その一撃は、一瞬、息が出来ない程で、おまけに眩暈がするほどの威力があった。
 ゲームならば、40ポイント越えのダメージといったところだろうか。
 だが、意識を失うほどではなかったのが幸いであった。
 魔導の手で、多少は、棍棒の勢いを殺せたからだろう。
 とはいえ、結構なダメージは負ったのは間違いない。
(かなり強烈な一撃だったが……このダメージならまだ戦える。ダメージの浅い今のうちに、早く奴を始末しないと……)
 俺はそこでサイクロプスに目を向ける。
 すると奴はもう、俺の目前に迫ってきていた。
 俺は慌てて魔光の剣を構える。が、しかし、ここで想定外の事が起きたのである。
 さっきの棍棒の一撃で、俺は魔光の剣を落としていたからだ。
(チッ……魔光の剣は、さっき俺がいたあそこか。クッ、どうする……)
 対応を迫られる中、サイクロプスが棍棒を振り上げた。
 と、その時である。
「デヤァ!」
 ラッセルさんがタイミングよく現れ、奴の足を斬りつけたのだ。
【ガァ】
 ラッセルさんの一撃により、サイクロプスはバランスを少し崩した。
 だが次の瞬間、サイクロプスは体勢を崩しながらも、ラッセルさんを棍棒で薙ぎ払ったのであった。
「グワァァッ!」
 ラッセルさんは直撃を受け、10m程先に吹っ飛んでいった。
 ゴロゴロと勢いよく転がり、地面に横たわる。
 おまけに少しグッタリとした感じであった。相当なダメージを受けたに違いない。
 するとその直後、サイクロプスは俺に背を向け、ラッセルさんの方へと歩き始めたのである。
(不味いッ! 先にラッセルさんの止めを刺すつもりだッ)
 俺は魔導の手を使って魔光の剣を急いで引き寄せ、すぐさま光の刃を出現させる。
 それから、奴の動きを止める為に、俺は呪文を唱えたのであった。
「メラミ!」

 火球が奴の右足にヒットして爆ぜる。
【ウガァァァ】
 サイクロプスは苦悶の声を上げながら、バランスを崩し、片膝を突いた。
(よし、奴の足を一時的に止めれた。今がチャンスだッ!)
 俺は魔導の手を使い、奴との間合いを一気に詰める。
 そして、片膝を突いて丁度いい高さになった奴の首を、背後から水平に斬りつけたのである。
 その刹那、奴の首がボトリと地面に転がり落ちる。
 それから、少し遅れて奴の身体もゆっくりと崩れ落ち、ドスンという音と共に地面に横たわったのであった。

 サイクロプスを仕留めた俺は、そこでマチルダさんとシーマさんに視線を向けた。
 すると、2人は口を開けながら、ポカンとした表情で佇んでいた。
 あっという間の出来事に、呆然としているのだろう。
 だが、愚図愚図している暇はないので、俺はマチルダさんとシーマさんにすぐ指示を出したのである。
「2人共、時間がありませんッ。他の魔物が来る前に、急いでラッセルさんを治療してくださいッ。リタさんは俺が治療します。終わり次第、すぐこの場を去りますよ!」
「え? う、うん。 わかったわッ」
 2人は足早にラッセルさんの元に駆け寄る。
 そして俺も急ぎ、リタさんの治療を始める事にしたのである。

 俺は仰向けで地面に横たわるリタさんに近寄り、声をかけた。
「リタさん、大丈夫ですか?」
「……」
 だが、俺の呼び掛けには答えず、リタさんは焦点の定まらない目で空を見続けていた。
「リタさんッ」
「……」
 もう一度呼びかけたが、同じ反応だった。
 埒が明かないと思った俺は、とりあえず、傷の具合を確認する事にした。
 近くで見て分かったが、リタさんはそれほど深手は負ってないようであった。擦り傷や打撲が少々ある程度だ。
(外傷はホイミ2回程度で直りそうだが、この様子を見る限り、精神的な傷の方は深そうだな……。まぁいい。とりあえずは身体の治療だ)
 というわけで、俺は早速治療を開始した。
 そして、傷が粗方治ったところで、俺は再度、リタさんに呼びかけたのである。
「リタさん……治療は終わりました。帰りますよ、ここは危険だ」
「バネッサ姉……」
 リタさんの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
(心、ここに在らずって感じだな。仕方ない。強引に立たせるしかないか……ン?)
 するとそこで、リタさんはゆっくりと体を起こしたのである。
 リタさんはボソリと呟くように言葉を発した。
「……ごめんなさい。私の所為で迷惑をかけて……」
「もう終った事です。次は注意してください。今は王都に帰る事だけ考えましょう」
「うん……」
 リタさんは元気が無かった。
 鬱に近い状態なのかもしれない。これはかなり時間が掛かりそうである。
 と、ここで、ラティが俺の所にやって来た。
「コータロー、ワイが見た感じやと、周りには今のところ魔物はおらんみたいや」
「フゥ……とりあえず、一難は去ったか」
「せやけど、はよ離れた方がええで。ここにいる奴等、どれも厳つすぎるわ」
「ああ、そのつもりだよ」
 程なくしてラッセルさん達もこっちにやって来た。
 元気なところを見ると、どうやら傷の心配はなさそうだ。
「コータローさん、ラッセルの傷はもう大丈夫よ」
 ラッセルさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない、コータローさん。……妹の所為で、こんな事になってしまって」
「それはもういいです。早いとこ、ずらかりましょう。ここは危険ですから」
「ええ」――


   [Ⅱ]


 戦いの治療を終え、変化の杖で魔物に再度変装した俺達は、すぐに移動を再開した。
 そして、来た抜け道を戻り、隠しておいた馬車に乗り込むと、俺達は脇目も振らず帰路に就いたのである。
 これはその道中の話だ。

 帰りは行き以上に、皆は言葉少なであった。
 リタさんに至っては、体操座りをしながら俯いたままで、一言も声を発しなかった。精神的な深い傷が、彼女を苦しめているのだろう。
 他の皆はそんな彼女を気遣ってか、誰も話しかける事はおろか、一言も言葉を発しないという状況であった。
 その為、この馬車内はかなり重苦しい空気が漂っているのである。
(はぁ……重い、重すぎる。まぁゼーレ洞窟の現状と、リタさんの暴走もあったから、こうなるのはわからんでもないが、この調子で王都まで帰るのは流石に気分が滅入るな。かといって、冗談を言う雰囲気でもないし……)
 などと考えていると、そこで、KYのラティが俺に話しかけてきたのである。
「なぁコータロー、ゼーレ洞窟の事はどないするんや? ヤバイでアレ……多分、冒険者では手に負えんと思うわ」
(こういう時のラティのKYっぷりは助かるな……)
 するとそれを皮切りに、マチルダさんとシーマさんも話に乗っかってきた。
「そうよ。あれはもう、冒険者では荷が重すぎるわ。あの魔物達は、多分、魔導騎士団でないと厳しいわよ」
「マチルダの言うとおりね。はぁ……嫌な魔物が棲みついたものだわ」
 俺はそこで頭を振った。
「いや……アレはただ棲みついてるわけじゃないですよ。明確な理由があって、あそこにいるんだと思います」
「明確な理由って、あのグァル・カーマの法とかいう儀式の事?」と、マチルダさん。
「まぁそれもあるとは思いますが……恐らく、最終目標は別のところにあると思います」
「最終目標?」
「あの時、ヴィゴールという魔物は、ゼーレ洞窟の事を拠点と言ってました。つまり、そこを足掛かりにした明確な目的があるという事です。そして……その目的とは、恐らく、王都を……いや、延いては、イシュマリアを攻め滅ぼす事なのかもしれません。あのグァル・カーマの法とやらも、それを達成する手段の1つと考えると、しっくりきますからね」
 そう……あの魂融合の儀式は、ある障害を取り除く為の手段なのである。
 しかも、奴等は今、その手段の選択肢を増やそうとしているのだ。
 と、そこで、マチルダさんの震える声が聞こえてきた。
「イ、イシュマリアを……攻め滅ぼすですって……。コ、コータローさんは、ラミナスと同じような事が起きると……考えているの?」
 俺は無言で頷いた。
 その瞬間、マチルダさんとシーマさんは険しい表情で、息を飲んだのである。
(また重くなったな……驚かせ過ぎたか。仕方ない、少し和らげておくとしよう)
「まぁ、これはあくまでも俺の想像ですから、本当のところはどうかわかりません。でも、そういう可能性もあると考えておいた方が良いですよ」
「そ、そうよね……さ、最悪の事態は、考えておいた方がいいものね」
 マチルダさんは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
 多分、すんなりとは受け入れられないのだろう。
「それはそうとコータローさん……怪我は大丈夫? 貴方も、あの馬鹿でかい奴から強烈なの貰ってたけど……」と、シーマさん。
「怪我? ああ、大丈夫ですよ。あの戦闘で、かなり魔力を酷使しましたが、治療できるくらいの魔力は残ってましたからね」
 とはいうものの、あの戦いで魔力の3分の2は使ってしまったので、道中かなり節約しないといけない状態ではあるが……。
「そう、よかった。でも、コータローさんて強いのね……あんな戦い方する人、初めて見たわ」
「シーマはんの言う通りや。ワイも初めて会うた時、強い冒険者やなと思っとったけど、あないな魔物倒せるほど強いとは思わんかったわ」
「本当よね。アレを見てたら、コータローさんが魔法使いなのか、戦士なのか、よくわからなくなったわ。以前、魔導騎士が戦ってるの見たことあるけど、それよりもずっと凄ったわよ」
「まぁ、自分でもよくわからない時ありますからね。でも、アレはあくまでも緊急用です。一時的なモノですから、あんな戦い方、長くは出来ないんですよ。それに、普段はあんな戦い方しませんよ。俺は一応、魔法使いですからね」
「でも、一時的とはいえ、あんな魔物を倒せる冒険者なんて、王都にはそんなにいないと思うわよ。それに、変わった武器を持ってるのね」
 シーマさんはそう言うと、腰のフックに引っかけた魔光の剣に目を落とした。
「ああ、これですか。これは魔光の剣といって、魔力で刃を造り出す魔導器なんですよ。まぁ切断力を上げるには、強い魔力圧と魔力量が必要ですから、そう簡単に誰でも使える武器ではないですけどね」
「へぇ、そうなの。初めて見たわ」
 と、その時である。
 今まで俯いていたリタさんが、顔を上げたのであった。
「コータローさん……貴方に助けられた私が言えた義理じゃないけど……そんなに強いなら、さっきの冒険者、なぜ助けなかったの? 貴方なら助けられたんじゃないの?」
 リタさんの目は、少し非難している感じであった。
 あの冒険者を見殺しにしたようなもんだから、正義感の強いリタさんからすると、未だに納得できないのだろう。
 仕方ない、説明するとしよう。
「リタさん……それはどう考えても不可能です。だから、あの時、俺はああ言ったのですよ」
「なぜ? 貴方は魔物に変装できる杖も持っている。それを使えば、脱出できたんじゃないの?」
「無理です。理由は大きく、3つあります。まず1つ目ですが、あの空洞内には魔物が多すぎて逃走経路が確保できないという事です。あの冒険者達を儀式から救出したところで、俺達はあの場から出る事すら敵わなかったと思います。それから2つ目ですが、俺が貴方を助ける時にした戦い方は、魔力に頼ったものですから、僅かな時間しかできないという事です。貴方を救出した時のように、一度の戦闘で済むならそれも可能ですが、あの場でそれは到底不可能です。そして、3つ目……これが一番問題なのですが、まず、魔物が強すぎるという事なんです。ハッキリ言いましょう。あそこにいた魔物の多くは、王都の冒険者よりも数段上の魔物ですよ。実際、アルカイム街道で襲われたリタさんなら、肌で感じて分かる筈です。ですから、これらを考えた時、俺も辛かったですが、ああいう決断を下さざるを得なかったんですよ。助けられるものなら、助けてやりたかった……俺も苦渋の決断だったんです」
 俺の説明を聞き、リタさんは暫し黙り込んだ。
 マチルダさんがリタさんに話しかける。
「リタ……コータローさんを責めてはいけないわ。あの場で私達が出来る事は限られていたんだから、ああするしかなかったのよ」
「……それについては、わかったわ。じゃあ、コータローさん……もう1つ訊かせて頂戴……」
「何でしょうか?」
「5日前……貴方とウォーレン様が私達のパーティを治療してくれた時、なぜ、バネッサ姉を治療してくれなかったの……。あの時、バネッサ姉はまだ生きていたわ。酷い怪我だったけど、まだ息があったわ……何で治療してくれなかったの……何で……何で……」
 リタさんの目は、見る見るうちに潤んできた。
 そして、大粒の涙が頬を伝ったのである。
(俺を時々睨んでいたのは……これが理由だったのか。ようやく、わかったよ)
 バネッサ……確か、3日前にあったルイーダの酒場での話だと、リタさんが姉のように慕う冒険者の名前だった気がする。
 まぁそれはともかく、あの時、治療しなかった冒険者は、その殆どが、身体欠損や内臓欠損に加えて出血多量であった。
 治療しても、生存の見込めない状態の者達ばかり……。
 ウォーレンさんもそれがあったが故に、俺に治療をお願いしなかったのだろう。
 あの状況では、命を助けられる者を優先せざるを得なかったのだ。
「リタさん……あの時、俺はウォーレンさんの指示を受けて治療に当たりました。なので、俺も偉そうな事は言えません。ですが、1つだけ確かな事があります」
「そ……それは……グス……何?」
「あの時治療しなかった方々は……例え治療をしても、もう生存は見込めない状態だったという事です。四肢や臓器の欠損、それに加えて、出血量も多すぎました。つまり……生きる為に必要なモノが欠けていたのです。ウォーレンさんもそれが為に、俺に治療を指示しなかったのだと思います。あの状況下では……治療によって生存を望める者を優先せざるを得なかったんです……」
「ヒィン……ヒィィアァァ」
 リタさんは両手で顔を覆い、泣きじゃくった。
 そして馬車内に、重く悲しい空気が漂い始めたのであった。


   [Ⅲ]


 日も少し傾き始める夕暮れ前に、俺達は王都へと帰って来れた。
 もう少しかかるかと思ったが、ラティに教えてもらった近道を来たので、2時間程の短縮ができたようだ。ラティに感謝である。
 まぁそれはさておき、王都へと帰ってきた俺達は、とりあえず、ルイーダの酒場へと向かう事になった。皆、流石に疲れたようで、そこで一杯やろうという事になったのである。
 馬車がルイーダの酒場へ到着したところで、御者席からラッセルさんの声が聞こえてきた。
「じゃあ、俺は厩舎に馬車を預けてくるから、皆は先に入って休んでいてくれ」
「わかったわ」と、マチルダさん。
 その言葉を号令に、俺達は馬車を降りた。
 そして、ラッセルさんは厩舎へと馬車を走らせたのである。
 馬車が去ったところで、シーマさんが口を開いた。
「じゃ、中に入ろっか」
「ええ」
 するとそこで、リタさんが俺を呼び止めたのである。
「待って……コータローさん」
 まだ、何か納得いかない事があるのかもしれない。
「ン、どうかしましたか?」
 リタさんは少し俯き加減になり、申し訳なさそうに言葉を発した。
「あの……さっきはごめんなさい。よく考えたら……貴方の言ってる事が正しいわ。それから、今日は勝手な事ばかりして……ごめんなさい。私……バネッサ姉の事が頭から離れなくて……ここ最近、どうかしてた。その所為で、皆を危険な目に遭わせてしまって……本当にごめんなさい」
 そして、リタさんは深く頭を下げたのである。
 この様子を見る限り、道中、色々と思い悩んでたに違いない。
 だが、忠告はしておこう。
「リタさん……大切な人の死を目の当たりにすれば、誰しも普通じゃいられませんよ。俺だって、同じような立場だったら、まともな思考が出来たかどうかわかりませんしね。ですが……だからといって、それは、他人を危険に巻き込む理由にはならないんですよ。特に、リタさんは冒険者……つまり、危険の中での集団行動をしているわけですから、1人の誤った判断が仲間の死に直結するんです。今日の事はもう終った事だけど、それだけは忘れないようにね。まぁ、俺もあまり偉そうな事言えたもんでもないけど、それだけは心掛けてるからさ」
「うん、忘れない。ありがとう、コータローさん」
 リタさんは素直に頷いてくれた。
 道中大泣きした事で、少しは気が晴れたのかも知れない。
 続いてリタさんは、他の2人にも謝罪した。
「それから、マチルダさんとシーマさん……今日はごめんなさい。貴方達を危険な目に遭わせてしまった事を深く反省してます」
「もう終った事よ。でも、次やったら、流石に怒るわよ」とマチルダさん。
「そうよ。マチルダは怒ると怖いんだから」
「はい、気を付けます」
 心なしか、マチルダさんとシーマさんの表情は、少しホッとしたような感じであった。
 多分、2人はリタさんの事を相当心配してたのだろう。
「さて、それじゃあ、中に入りますか。流石に疲れましたからね」
「ええ」――

 ルイーダの酒場に入った俺達は、適当に空いているテーブルへと行き、備え付けられた椅子に腰かけた。
 周囲を見回すと、沢山の冒険者達の姿が視界に入ってくる。以前来た時と同様、かなりの賑わいであった。
 俺達が席に着いたところで、給仕の若い女の子がオーダーを取りにやって来た。
「お疲れ様でした。御注文は何にしますか?」
 マチルダさんが俺に訊いてくる。
「コータローさん達は何にする?」
「俺はヴィレアとラパーニャ、後は適当にお任せしますよ」
「ワイはバンバの実の盛り合わせと、ラパーニャでお願いできまっか」
「そう。じゃあ、私達も似たようなの頼もうかしら」
 マチルダさんはそう言うと、俺達が頼んだ物の他に、幾つかの料理を注文していった。
 給仕の子が去ったところで、ラティが溜息混じりに口を開いた。
「しかし、今日は疲れたわ。生きた心地せぇへんかったで、ホンマ」
「まぁな。でも、早急に手を打たないと、被害は間違いなく甚大なモノになるな。不味いぞ、アレは……」
 と、ここで、シーマさんが話に入ってきた。
「ねぇ、コータローさん。この間会った時、ウォーレン様の御屋敷で厄介になってると言っていたけど、今もそうなの?」
「ええ。まぁとはいっても、一時的に身を寄せているだけですけどね」
「そう……なら、ウォーレン様にお伺い立ててみた方がいいかも。あの方は今、ヴァリアス将軍の部下だから、そういった方面に顔が効くと思うわ」
「俺も今、それを考えていたところなんですよ。ところで、討伐に行く日ですが、バルジさんは確かあの時、5日後とか言ってましたよね?」
 マチルダさんは頷く。
「そうよ。あの後、バルジから詳細な日程を聞いたんだけど、出発は5日後の早朝と言ってたわ。つまり、明後日ね。そして、今日みたいにイシュラナの鐘が鳴る頃に、東門の前に集まってから出発だそうよ」
「明後日ですか……時間がないな。すぐにでも報告したいところだけど、今の時間、ウォーレンさんは王城にいる可能性が高いからなぁ……。仕方ない、今晩話すしかないか……ン?」
 と、そこで、ラッセルさんが俺達のテーブルへとやって来たのである。
「待たせたな」
 ラッセルさんは空いてる席に腰かけると、皆に労いの言葉を掛けた。
「今日は色々とあったけど、全員、無事に帰って来れたからよかった。収獲もあったしな。これも皆のお蔭だ。そして、コータローさん、今日は本当にありがとうございました。貴方のお蔭で、本当の姿を知る事が出来ました。感謝してます」
「まぁ問題は山積みですが……」
 ラッセルさんの表情が少し曇る。
「ええ……ですが、真実を知る事が出来たので、今はそれで良しとします。それからリタ……今日の事はちゃんと反省しろよ。じゃないと、もう仲間としては呼ばないからな」
「わかってる。……私、どうかしてた。だから、さっき皆に謝ったの……」
「え!? そ、そうか、わかればいいんだ」
 ラッセルさんは少しホッとした表情を浮かべた。
 リタさんの様子が変わっているのに気付いたんだろう。
 そこでタイミングよく、数人の給仕の子達が料理を持って現れた。
「お待たせ致しました。ご注文の料理になります」
 給仕はヴィレアや料理などをテーブルに並べてゆく。
 そして、料理が粗方出揃ったところで、ラッセルさんは仕切り直しの言葉を発したのである。
「さて、それじゃあ、料理も来た事だし、今日はもう、楽に行こうか。それから、コータローさん達も沢山食べて下さい。なんでしたら、今日も御馳走しますから」
「いや、流石にそれは悪いですよ」
「そんなに気にしないでください。俺はコータローさんに感謝してるんですから」
「ラッセルさんこそ、そんなに気にしなくていいですよ。それに、実は俺も、ラッセルさんには感謝してるんですから。ここで、このラパーニャという料理を食べる事が出来て、凄く懐かしい気分になれましたからね」
「へ? そうなのですか?」
「ええ。このラパーニャ、実は俺の故郷の料理と似ているんですよ。それになんといっても美味いじゃないですか。このふんだんに使われた魚介類なんか……も……!?」
 俺はそこで言葉を止めた。
 なぜなら、辻褄が合わない引っ掛かりを覚えたからだ。
 と、ここで、給仕の声が聞こえてきた。
「ご注文の品は以上になります。また追加があれば御呼びください。では、ごゆっくりと」
「ちょっと待った!」
 俺はそこで給仕の子を呼び止めた。
「は、はい……なんでございましょうか?」
 少し大きな声だったので給仕はびっくりしていたが、俺は構わず続けた。
「忙しいときに呼び止めて、ごめんね。少し訊きたい事があるんだよ。……この料理に使われている食材は、どこで仕入れてるのかわかるかい?」
「ああ、この魚や貝ですか。それはラスティーアの鮮魚市場だと思いますけど」
 ラスティーア……俺達がさっき帰ってくる時に通った、城塞東門がある商業区の名前だ。
(どういう事だ、一体……)
 とりあえず、質問を続けよう。 
「ラスティーアの鮮魚市場って事は、これらはアウルガム湖から水揚げされたモノなのかい?」
「はい、だと思いますよ。この料理に使われている魚はアウルガム湖で一番よく獲れる魚ですから」
「いつ獲れたモノかわかるかい?」
「ラパーニャに使われている食材は、鮮度の良い魚介類を使っている筈なので、多分、今朝がた獲れたモノじゃないんでしょうか」
「へぇそうなんだ。でも噂では、アウルガム湖の水揚げ量が減っているって聞いたんだけど、そんな影響はでてないのかな?」
「ああ、そういえば、最近、魚が取れなくなってきているとは聞いた事がありますね。でも、ラパーニャの値段は変わりませんから、仕入れ値が上がるほど減ってはいないんじゃないでしょうか」
「料理の値段も変化なしか……。ところで、ここ最近、王都以外で魚が大漁に獲れたとかって話、どこかで聞いた事あるかい?」
 給仕は暫し考える仕草をすると、ポンと手を打ち、話してくれた。
「ああ、そういえば! アムートの月に入りかけた頃、北のウィーグ地方から来た冒険者の話を聞く事があったんですが、その時、嘗てないほど魚が獲れて、町は大賑わいといった話を聞いたことありますね」
「ちなみに、その町の名前って何ていうの?」
「え~と……何だったかしら……確か、イスタドって言ってたような……多分、そんな名前だったと思います」
「そうか。ありがとう。質問は以上だよ。ごめんね、急に呼び止めて。仕事、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。では」
 給仕は笑顔を見せ、この場から去って行った。
 と、ここで、ラッセルさんが俺に話しかけてきた。
「コータローさん……今、妙な事を訊いてましたが、ラパーニャの食材に何か問題でもあるのですか?」
「いや、ないですよ。ただ、そういう噂を聞いたので、訊いてみただけです。さ、それはそうと、食べましょうか」
「はぁ……」
 ラッセルさん達は少し首を傾げていたが、暫くするとどうでもよくなったのか、またいつもの調子に戻っていた。
 だが俺は、腑に落ちない部分があった為、今得た情報について暫し考える事にしたのである。 
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