Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv42 グァル・カーマの法
[Ⅰ]
休憩を終え、移動を再開した俺達は、沼の畔を進み、ゼーレ洞窟がある丘へと向かった。
その際、警戒しているのがバレないよう、俺達は平静を装いながら進むことを心掛けた。
そうやって進む事、約10分。俺達はとうとう魔境と化した、あの丘へと辿り着いたのである。
つーわけで……俺達の周囲には今、あの強力な魔物達が、その辺を悠々と闊歩しているところであった。
ラッセルさん達はともかく、俺の場合、ゲームで何回も遭遇した嫌な魔物ばかりなので、ハッキリ言って生きた心地がしない。やはり、リアルなモンスターはシャレにならない威圧感だったからだ。正味の話……超コワいというのが、今の率直な気持ちであった。
(はぁ……にしても、この類の魔物達をリアル再現すると、本当に厳つくなるな。ゲームみたいにアニメチックじゃないから、可愛さは微塵も感じられん。つか、トロルとかサイクロプスなんて大きさ的に反則だろ。近くに来て分かったけど、身長5m以上あるじゃないか……おまけに、なんだよ、あの馬鹿でかい棍棒は……。あんなのでフルスイングされたら、中身が飛び出るぞ……。勘弁してよ……トホホ)
などと嘆いていると、ラティが弱々しく俺に囁いた。
「な、なぁ……ワイ、今、めっちゃ怖いんやけど……。た、たぶん、こいつ等、全員とんでもないで。ワイの第6感がそう言うてる。こ、こいつ等、絶対ヤバイて……は、はよ、帰りたいわ」
ラティなりに、こいつ等のヤバさを感じているみたいだ。
ここでは人間と共存共栄しているメイジドラキーだが、考えてみれば元々は魔物だから、本能的にそう感じとったのかもしれない。
まぁそれはともかく、俺は小声で注意をした。
「……ラティ、俺達の目的は調査だ。あまり取り乱すなよ。襲って来ないんだから、大丈夫だ。堂々としてろ」
「せ、せやな。わかった」
俺はそこでラッセルさん達の様子を見てみた。
だが、ラッセルさん達の姿は、地獄の鎧と泥人形。ポーカーフェイスな魔物なので、その表情は窺い知る事は出来ない。
とはいえ、歩く姿が微妙にぎこちなく感じた。
この様子を見る限り、俺の忠告を聞いた事で、少し委縮しているのかもしれない。
(動きは固いけど、ラッセルさん達の変装は表情に出ないから、ある意味好都合かもしれん。まぁ俺もそんな感じだけど)
ちなみにだが、先程の休憩の時、ラッセルさん達には喋らないようにと忠告をしておいた。
勿論、理由がある。これは俺の勘だが、地獄の鎧と泥人形は、何となく喋らない気がしたからである。
確証があってのことではないが、ベルナ峡谷で良く遭遇した彷徨う鎧に関しては、無言で襲い掛かって来る魔物だったので、上位互換である地獄の鎧も同系統の魔物だと思ったのである。泥人形に関しては言わずもがなだ。
まぁそんなわけで、俺達は少し緊張しながらも、凶悪な魔物が徘徊する中を進むんで行くのである。
それから暫く進み、俺達はゼーレ洞窟があるという丘へと到着した。
丘の緩やかな斜面には、一筋の砂利道が伸びている。ラティ曰く、これが洞窟へと続く道だそうだ。
というわけで、俺達はその道をまっすぐと進んで行く。
すると程なくして、丘の斜面にポッカリと空いた大きな穴が、俺達の前に姿を現したのである。
穴の大きさは、横幅が約10mに、高さが約15mといった感じだ。中々の大きさである。
そして、その穴の両脇には、フォークのような三つ又の槍を持つ、緑色の小さな可愛らしい悪魔・ミニデーモンが、門番の如く、2体屯しているのであった。
よく考えてみれば、コイツも、トロルや地獄の騎士達と同じフィールドに出現する魔物であった。
可愛い姿をしているが、中々に厄介な魔物だったのを覚えている。特に、複数で現れると、コイツの吐く『冷たい息』はともかく、メラミが強力なので、ゲーム上ではピンチになった事もしばしばあるからだ。
(ミニデーモンか……また懐かしい魔物が出てきたな。でも、コイツがここにいるという事は、この辺りは、ドラクエⅢでいうネクロゴンド周辺レベルの魔物が多いのかもしれない。実際、それに準じた魔物が多いようだ)
一応、確認できた魔物を列挙すると……トロル・サイクロプス・地獄の騎士・ライオンヘッド・ミニデーモン・ヘルバイパー・シルバーデビルといったところである。
ちなみにだが、ヘルバイパーは、ドラクエⅣに出てきた【とさか蛇】に似た魔物の方じゃなく、ドラクエⅥのテリーイベントに出てきた襟首に翼がある紫色の大蛇であった。毒を撒き散らす性質の悪い魔物だ。
(そういえば以前……アルカイム街道でラッセルさん達を治療した時、ウォーレンさんは確か、翼のある紫色の大蛇を見たと言っていた。もしかすると、コイツの事なのかもしれない……)
まぁそれはさておき、以上の事からもわかる通り、かなりの強敵揃いだ。
それに引き替え、俺達の装備はゲームでいうなら、中盤に入りかけた頃の武具である。
この装備では、奴等に歯が立たないのは明白であった。
つまり、触らぬ神に祟りなしである。
(はぁ……生きた心地がしない。何事も起きませんように……)
と、ここで、ラティの声が聞こえてきた。
「アレが洞窟の入口やで……」
(やはり、アレがそうか……ここからは慎重に行ったほうが良いな。仕方ない……不測の事態に対応できるよう、俺が先頭で行くか……)
俺はラッセルさん達に小声で告げた。
「……俺が先頭で中へ入ります。皆は俺の後に続いてください。それから不自然な行動はしないようにお願いします」
ラッセルさん達は小さく頷く。
というわけで、ここからは俺が先頭で進むのである。
それから程なくして、洞窟の入り口へと到着した俺達は、平静を装いつつ、穴へと向かい歩を進めた。が、しかし、丁度そこで門番のミニデーモンが、俺達を呼び止めたのである。
【ケケ、待て……お前達、見かけない顔だな。ソーン階層の奴等みたいだが、ここに何の用だ】
(ソ、ソーン階層? なんだそれ……。初耳だ。まぁそれはともかく、さて、どう返そう……)
俺がそんな事を考えていると、もう片方のミニデーモンが、間髪入れず話に入ってきた。
【ウケケ、こいつ等はアレじゃないか。ジェバが呼んだ奴等じゃないのか?】
【ジェバ? ああ、そういえばジェバの奴、ここにいる奴等は言うこと聞かないから、言うこと聞く奴等が欲しいとか言ってたな。ケケケ】
【ケケケ、多分それだぜ】
【確認してみるか。おい、お前達、ジェバに呼ばれたのか?】
とりあえず、俺はそれっぽく答えておいた。
「俺達はここに行けと言われたから来ました。雑用と言われたのですが、何をするのかまでは聞いてないです」
【雑用なら、多分それだぜ。ケケケ】
【ウケケ、多分、そうだろう。よし、お前達、中に入れ。俺がジェバの所まで案内してやろう】
(え? どうしよう……これは想定してなかった……)
予想外の展開になってきた。……胃が痛くなる展開である。
だが、こうなった以上、仕方ない。
とりあえず、適当に話を合わせて切り抜けるしかないだろう。
「では、お願いします」
【ウケケ、じゃ、ついて来い】――
[Ⅱ]
ゼーレ洞窟内に足を踏み入れると、中は松明が灯っている事もあり、意外にも明るかった。
だが俺は、明るさもさることながら、その様相にも驚いたのである。
なぜならば、このゼーレ洞窟は鍾乳洞を思わせる壁面だったからだ。
周囲に目を向けると、鍾乳石の柱のようなモノや、つらら状のモノが幾つも伸びている。おまけに中も広い。入り口が大きかったので予想はしてたが、中はそれよりも一回り大きな空間が続いているのである。
(まさか……この世界に来て鍾乳洞を見れるとは思わなかったよ。鍾乳洞があるって事は、この丘はカルスト地形なのだろうか? まぁそれはともかく、高校の頃、修学旅行で山口県の秋芳洞に行った事はあるが、あそことよく似ているな。自然が作り上げた美しい宮殿てとこか。でも……幾ら美しい光景でも、今は感動出来んなぁ。おまけに何やら寒いし、怖い魔物もいるし……。とっとと調べて撤収しよう……)
俺はそんな事を考えながら、ミニデーモンに続いて洞窟内を真っ直ぐ進んで行く。
すると程なくして、俺達は広々とした大空洞に辿り着いたのである。
空洞は歪な円形で、直径50m以上はありそうな床面積であった。
大空洞の中心に目を向けると、丸い魔法陣のようなモノが描かれているのが目に飛び込んできた。魔法陣の中心には、何に使うのか知らないが、大きな黒い台のようなモノが置かれている。その周囲には、不気味な模様が彫られた壺や、角の生えた魔物の石像、そして祭壇みたいなモノ等が置かれていた。
空洞の奥に目を移すと、そこには、お立ち台を思わせる石の壇があり、その壇上には玉座を思わせる大きな石の椅子が鎮座していた。恐らく、高位の魔物がそこに座ることになるのだろう。
また、空洞内には魔物達が沢山うろついており、今は魔法陣や祭壇の付近で何かの作業をしているところであった。
まぁそんなわけで、パッと見は、悪魔崇拝の宗教的儀式を行うかのような場所であった。
ちなみにだが、一応、ここにいる魔物を言うと、猪の獣人・オークや狼の獣人・リカントマムル、そして、パプアニューギニアのお面みたいな物を被った、未開の部族みたいな出で立ちのシャーマンといった魔物達である。
(こいつ等は儀式の下準備でもしてんのだろうか……。にしても、ここにいる魔物は、外にいるのと比べると、ワンランク下の魔物ばかりだな。まぁ俺達もその類なんだろうけど……)
ふとそんな事を考えていると、ミニデーモンの声が聞こえてきた。
【え~と……ジェバの奴は確か、ここにいる筈だが、どこだったか……。お、いたいた。お~い、ジェバ!】
ミニデーモンの視線の先を追うと、そこにはなんと、ラミリアンのような長耳の青い人型の魔物が佇んでいたのである。
勿論、見覚えのある魔物であった。
(あ、あれは確か……エンドゥラスとかいう種族だ。サナちゃん達は魔の種族とかいってたが……)
俺はそこで、空洞内をチラッと見回した。
すると、このジェバと呼ばれた者の他にも、数名のエンドゥラスの姿が確認できたのである。
(他にも何人か、エンドゥラスがいるな……。オーク達に指示を出してるところを見ると、現場監督といったところか……)
まぁそれはさておき、ジェバと呼ばれた者はそこで、コッチに振り向いた。
見たところ、どうやら男のようだ。歳は人間でいうなら50代くらいだろうか。
背丈は俺くらいで、少し痩せた体型であった。釣り上がった目をしており、狂気に満ちた笑みを浮かべている。
それから、肩よりも長いウェーブがかった金色の髪をうなじで束ね、黒いローブをその身に纏っていた。
というわけでパッと見た感じは、魔法使い系の出で立ちをした得体のしれない中年エンドゥラスというのが、俺の第一印象であった。
【なんだ? 用なら手短に頼む】
【ウケケ、手伝い要員を連れてきたぞ。ソーン階層の奴等だ】
ジェバと呼ばれたエンドゥラスは、俺達に視線を向け、暫し眺めると口を開いた。
【……地獄の鎧に泥人形、タホドラキーに妖術師か……ソーン階層でも、また微妙な奴らを連れてきたな。まぁいい、丁度、手が欲しかったところだ】
【ケケケ、じゃあ、後はよろしくな】
【ああ】
そしてミニデーモンは、この場から颯爽と立ち去ったのである。
ミニデーモンがいなくなったところで、ジェバは俺に話しかけてきた。
【さて、この中で話が理解出来そうなのは、ドラキーとお前だけだな。1つ訊くが、地獄の鎧と泥人形は、お前達の指示に従うのか?】
俺はとりあえず頷いておいた。
「はい」
【ほう、そうか。なら、アイツ等の持ち場を手伝ってもらうとするか。グフフフ】
ジェバは不気味に笑いながら、10体程の骸骨がうろついている祭壇の方へと視線を向けた。
そして、そこにいる2名のエンドゥラスに向かい、呼びかけたのである。
【お~い、ヴァイロンにリュシア。ちょっとこっちに来てくれ】
エンドゥラス2名はこっちに振り向く。
だが、俺はそのエンドゥラスの顔を見るなり、思わず目を見開いたのであった。
(イッ!? ア、アイツ等はッ)
なぜならば、ガルテナで遭遇したあのエンドゥラス兄妹であったからだ。
(まさか、こんな所で再会する事になるとはな……何たる偶然……)
2人はこちらへとやってくると、まずヴァイロンが口を開いた。
【ジェバ様、何でございましょうか? 我々も手一杯なので、これ以上仕事が増えるのは厳しいのですが】
【いや、そうじゃない。こいつ等をお前達に預けようと思って呼んだのだよ。まぁ早い話が、追加の要員だ】
【おお、追加要員ですか。それならば、歓迎です】
【そうか。ならば、お前達に預けよう】
そこでジェバは俺に視線を向けた。
【お前達はこれから、ヴァイロン達の指示に従って、作業に当たるのだ。しっかり働け。グフフ】
「わかりました」
と、ここで、ヴァイロンはリュシアに指示を出した。
【じゃあ、リュシア。この者達にも、グァル・カーマの儀式で使う魔導器を運んで貰おう。場所を教えてやってくれ】
【わかったわ、兄さん。貴方達、コッチよ】
とまぁそんなわけで、俺達は予想外の展開に、暫し付き合う事となるのであった。
[Ⅲ]
リュシアの後に続いて大空洞を出た俺達は、通路のような洞窟内を無言で進んで行く。
俺はその際、不自然に思われない程度に、周囲の様子を窺った。
すると、俺達が進む空洞にも至る所に松明が灯っていた。鍾乳石の瑞々しい壁面に、松明の光が反射するので、中はかなり明るい。この調子だと、ここでレミーラは必要無さそうである。
また、勿論、この空洞には魔物達が普通に行き交っていた。擦れ違う魔物達も色々で、大空洞にいる様な魔物の他に、外にいる強力な魔物の姿もあった。
その光景はまさに魔物の巣窟といったところで、中々に気が滅入る光景であった。
(はぁ……虎穴に入らずんば虎児を得ず、と言うが、正直、あまり体験したくはないな……。生きた心地がしない。ラティも俺の陰に隠れながらオドオドしてるとこ見ると、結構ビビってるみたいだ。人間と関わりが深い分、メイジドラキーとはいえ、魔物から襲われる事があるのかも……)
ふとそんな事を考えながら進んでいると、程なくして俺達は、20畳程度の床面積を持つ空洞へとやってきた。
そこには、不気味な模様が彫られた石版や箱、それから歪な形をした武具や壺などが所狭しと置かれている。恐らく、物置として利用している空洞なのだろう。
(なんか知らんが……呪いが掛かってそうな品々ばかりだな……コワッ)
と、ここで、リュシアが俺達に振り返る。
「ここよ。さて、それじゃあ貴方達には……数もいる事だし、この石版を運んでもらおうかしら」
リュシアはそう言って、台車に乗せられた石板を指さした。それは3m×4mくらいありそうな、大きい石版であった。
1人では厳しいが、台車に乗っているので、俺達全員でやればなんとか動かせそうな感じだ。が……俺は呪いが怖かったので、とりあえず、回りくどく訊いてみる事にした。
「それは分かりましたが、1つ訊かせて頂いてもいいでしょうか?」
「何?」
「我々はここに来たのが初めてなのでわからないのですが、これらは一体、何に使う物なのでしょうか? この地の者共に呪いをかける道具の一種ですか?」
「呪い? あはは、違うわよ。これはグァル・カーマの法で使う魔導器の1つよ。って……ここに来たのが初めてな上に、ソーン階層の魔物である貴方達は、知るわけないわね。まぁいいわ、教えてあげる。グァル・カーマの法はね、地上に住まう奴等の魂と、魔物の邪悪な魂を融合させる秘法の事よ」
俺は今の話を聞き、静かに息を飲んだ。
(ま、魔物の魂を融合させるだって……マジかよ。そんな事が可能なのか……)
「それは凄いですね。魂を融合させるなんて事が可能なのですか?」
「まぁ、成功率はかなり低いわね。このイシュマリアで完全に成功したのはアシュレイア様とヴィゴール様だけだし。他は今のところ失敗続きよ。でも、このグァル・カーマの法を生み出した御方がいるラミナスでは、もう少し成功例があるみたいだけどね」
「そうですか……」
アシュレイア様とヴィゴール様の部分はともかく、それをする事によって、どういった事が起きるかが気になるところである。
この際だ、とりあえず訊いてみよう。
「ところで、そのグァル・カーマの法が成功すると、どのような事が起きるのですか?」
「決まっているでしょ。この地の奴等同様、リュビストの結界内を自由に行き来できるようになるわ。しかも、ヴィゴール様の話だと、変装ではないから、例えラーの鏡を使ったとしても魔物と見破るのは困難だそうよ」
「なんと……」
(ラーの鏡でも見破れないだって……。オッサンはこの事知っているんだろうか……。とりあえず、後で確認しておこう。それよりも今は、この邪法についてもう少し知る必要がある……)
リュシアは続ける。
「それだけじゃないわよ。魔の瘴気を取り込んで、融合させた魔の魂を目覚めさせれば、濃い魔の瘴気が周囲に無くても、長時間、その強大な力を振るえるようになるそうよ。そうなったらもう、魔の世界最下層であるラム・エギドの魔物並みの力を発揮できるから、この地に住む奴等では、まず歯が立たないでしょうね」
ラムエギド?
話の感じからすると、多分、魔の世界最下層の名前だと思うが、今は置いておこう。
「そうなのですか。でも、今、長時間と仰られましたが、そんな事が可能なのですか? 用意できる魔の瘴気は限られていると思うのですが」
「アハハ、貴方勘違いしてるわよ。濃い魔の瘴気は、あくまでも魔物の魂を目覚めさせるキッカケに過ぎないわ。魔物としての力を維持するのは、その本体が持つ力らしいわよ。だから魔の瘴気が無くても力を振るい続けられるのよ。まぁそうはいっても、魔物と化している時は、体力が結構消耗するらしいから、無限に利用できるわけじゃないみたいだけどね」
「なるほど」
この話が本当ならば、ザルマは恐らく、このグァル・カーマの法というのを行ったに違いない。
人の身体を維持したまま魔物になれる邪法という事だ。
そして問題は……このイシュマリアにも、その邪法を施された者が2名いるという事だろう。
これはかなりヤバイ情報である。
(つまり……成功すれば、この世界の人々と同様に、リュビストの結界内を自由に行き来できる魔物の完成というわけか。まるで、トロイの木馬だな……ン?)
と、その時である。
なぜか知らないが、リュシアが首を傾げ、俺をジッと見ていたのだ。
もしかすると、しつこく訊いたので、変に思ったのかもしれない。
(調子に乗って、話を引き出し過ぎたか……とりあえず、平静を装おう)
つーわけで、俺はリュシアに自然な感じで訊ねた。
「どうかしましたか? 私の顔に何かついてますでしょうか?」
「……貴方、以前、私とどこかで会った事ない?」
「いや、初対面ですが……」
「そうよね。でも、なぜかしら……貴方と話していると、以前、どこかで会ったことあるような気がするのよね。しかも、ごく最近……って、アアッ!?」
するとリュシアはそこで大きな声を上げ、捲し立てるように話し始めたのである。
「お、思い出したわッ! 貴方の声、ガルテナで会った、コータローとかいうアマツの民とそっくりなのよ。ああ、もう、嫌な事を思い出しちゃったじゃないッ!」
(心臓に悪いぜ。バ、バレたのかと思ったよ……ン? イッ!?)
だが、ホッとしたのも束の間であった。
なんと、今のリュシアの言葉を聞き、今度はラッセルさん達とラティが、一斉に俺に目を向けたのである。
(コ、コッチ見んな! 怪しまれるだろッ、バレたらどうすんだ、このトンチキがッ!)
奇妙な冒険第3部に出てきた某ギャンブラーの如く、心の中で悪態を吐きつつも、俺は流れに逆らわないよう、話に付き合っておく事にした。
「そんなにそっくりなのですか?」
「本当にそっくりよ。思い出すだけで、頭に来るわッ。アイツがいなければ、私達はこんな事しなくて良かったんだからッ! ああもう、何か腹が立ってきたわッ!」
「そうなのですか。ところで、そのコータローとかいう奴と、一体何があったのですか?」
「私達はね、ガルテナでヴァナド……い、いや、なんでもないわ。とにかくよッ、貴方達はこの石版をとっとと向こうの大空洞まで運びなさい。いいわねッ」
そしてリュシアは、颯爽とこの場から立ち去ったのである。
辺りに暫しシーンとした静寂が訪れる。
ラッセルさん達やラティは、今も尚、俺にジッと視線を向け続けていた。
程なくして、ラティが俺の耳元で囁いてきた。
「な、なぁ、コータロー……あのリュシアっちゅうエンドゥラスと、前になんかあったんか?」
「ああ、ちょっとな……。さて、それじゃあ皆、面倒だけど、とりあえずコレを運ぶとしますか」
というわけで、とりあえず俺達は、リュシアに言われた仕事をこなす事にしたのである。
[Ⅳ]
石版を運んだ後も、俺達はヴァイロンとリュシアから細々とした指示を受け、暫しの間、それらの雑務をこなしていった。
だが、その途中、思いがけない大ピンチもあったのだ。
それは何かというと、杖の効果が切れかかって正体がバレそうになったという事である。
しかし、周囲に魔物が居ない時になったので、俺達はその場で変化の杖を行使して危機を回避し、何とか事なきを得たのである。
今回、長時間使用してわかった事だが、杖の力で変化していられるのは、精々3時間程度のようだ。
ゲームでフィールド移動してる時も、そんなには持たなかったので、同じような持続効果と考えてよさそうである。
まぁそれはさておき、俺達はそんな危機を乗り越えつつ、雑務をこなしていくわけだが、それを1時間程続けたところで周囲に変化が訪れたのであった。
それは、俺達が大空洞で少し休憩していた時に起きた。
俺と良く似たタイプの魔物が、突然、奥のお立ち台にフッと現れたのである。
その魔物は白い仮面を被っており、頭部には2本の角が生えていた。
今の俺と同じように、蝙蝠のシルエットが入った白いローブを着ており、その上から赤いマントを纏うという出で立ちであった。
この見た目からすると地獄の使いだと思うが、その魔物は現れるや否や、大きな声を発したのである。
【皆の者ッ! 静まれいッ! ヴィゴール様がお着きになられた。 至急、壇の前に集まるのだ】
その直後、この大空洞にいた魔物達は壇の前へと移動を始めた。
つーわけで、俺達も他の魔物達と同様に、移動する事にした。
(ふぅ……今度は一体、何が始まるんだ。それよりも、今、ヴィゴール様と言ってたな……リュシアが言っていたグァル・カーマの法が成功した魔物の名前と同一だ。この流れから察するに、多分、本人だろう。一体、どんな魔物なんだか……ン?)
するとそこで、地獄の使いと入れ替わるように、太った悪魔みたいな魔物が壇上に現れたのである。
頭部には幾つもの角が生えており、その手には、サイクロプスやトロル以上に馬鹿でかい棍棒を所持していた。
身体は群青色の鱗に包まれており、まるで爬虫類と悪魔を合成させたかのような魔物だ。
はっきり言って、威圧感が半端ない。が、俺はこれとよく似た魔物をゲームで目にした事があった。
(この姿……ドラクエⅣに出てきた鬼棍棒やギガデーモン、そして2回目バルザックに似ている……多分、同系統の魔物だろう。つまり……近距離パワー型の強大な魔物の可能性大って事だ。この威圧感から察するに、相当強いぞコイツ……。俺の中の何かが、今は絶対に戦ってはいけないと言っている……)
登壇したその魔物は、低い声色で厳かに話し始めた。
【ご苦労である、皆の衆! そなた達のお蔭で、もう準備の方は粗方出来ているとジェバより聞いておる。よって、今日もこれより、グァル・カーマの儀式を執り行なう予定だ。そなた達も、休息も兼ねて儀式を見守るがよい。ではジェバよ、こちらへ参れ】
ジェバはヴィゴールの前へと行き、跪きながら恭しく首を垂れた。
【さて、ジェバよ、今日は幾つ器を試すつもりだ?】
【2つにございます。ですが、もう器はこれで最後でございます。今後も儀式を続けてゆかれるならば、まだまだ数が必要となりますが……】
【案ずるな。既に手は打ってある。近々、まとまった数がここへやってくる予定だ】
【しかし、器には条件もございます。このグァル・カーマの秘法を成功させるには、第一の条件として、欲深い穢れた魂を持つ、生命力に溢れた強い器でなければなりませぬ。それ以外での融合は、ラミナスでも成功した例がございませぬ故……】
【それも心配無用だ。欲深い穢れた器がこぞって、ここに現れるであろうからの。グフフフッ】
ヴィゴールは舌を出して不気味に微笑んだ。
【なんと、そうでございますか。さすれば、後は儀式の成功率を上げていくだけにございますな。我々エンドゥラスも力の限りを尽くしましょう】
【グフフ、頼むぞ。グァル・カーマの法の成功率を上げる事は、アシュレイア様たっての御要望なのだ。それもあるが故に、この洞窟を拠点として選んだのだからな。それからアシュレイア様はこうも仰られた。このグァル・カーマの法の結果如何によっては、お主等エンドゥラスに、アヴェラスにおける最高の地位と名誉を与えるつもりだとな。この言葉を真摯に受け止めるのだ。精一杯励むがよいぞ】
【有難きお言葉】
【さて、では始めるがよい】
【ハッ!】――
ジェバは祭壇の前へと移動すると、魔法陣へと向き直り、大きな声で告げた。
【ではこれより、グァル・カーマの儀式を執り行なう。器を魔法陣へと持ってくるのだ】
その直後、大空洞内に、泣き喚く怯えた声が響き渡った。
【は、離せェェェ】
【女神イシュラナ様ッ、お助けをッ。我等を救ってくださいィィィ】
俺は驚きのあまり、目を見開いた。
なぜなら、大空洞に幾つかある空洞の1つから、裸にひん剥かれた2人の若い人間の男が現れたからである。
2人は今、1本の丸太に吊られた、大きな鳥籠のような檻に入れられていた。
またその檻を、前後にいる2体のトロルが運んでいるのである。それはまるで、時代劇に出てくる駕籠を運ぶかのようであった。
(チッ……予想はしてたが、器とはやはり人間だったか。助けてやりたいが、救出は不可能だ……)
檻は魔法陣の前で降ろされる。
魔物達は檻の中から2人を引っ張りだして、魔法陣の中心にある大きな台へと連れてゆき、その上で仰向けに寝かせた。
【ヒッ、ヒィィ。イシュラナ様ァァァ、お願いです! 助けて下さいィィ!】
【い、一体、な、何をするつもりだァァァ】
2人の男は半狂乱になりながら叫んでいた。
魔物達はそこで、2人の口に猿轡をして静かにさせ、手足を頑丈な拘束具で括り付けて、身動きできないよう台に固定していった。
そして、作業を終えると、魔物達は2人を残して魔法陣から出たのである。
と、ここで、ラッセルさんが俺に耳打ちしてきた。
「ア、アイツらは……行方知れずになっていた冒険者達です……ど、どうしましょう?」
「今は黙っていてください……」
「しかし……」
「彼等を助けるのは……この状況ではもう不可能です。悔しいですが……どうにもなりません。ここでバレたら俺達は一環の終わりです。今は……堪えてください」
ラッセルさんは無言で頷く。
と、その時である。
―― カチャ ――
なんと、ラッセルさんの隣にいるリタさんが、剣に手を掛けたのであった。
(ちょッ! 空気読めよッ! ここでそれはやめてくれッ!)
俺は魔導の手を使い、剣の柄を握るリタさんの手を押さえ込んだ。が、しかし、尚も彼女は剣を抜こうとする。
俺は埒があかないと思い、彼女に耳打ちした。
「……リタさん。駄目です。ここは抑えてください」
リタさんも小声で返す。
「こ、このまま黙って見殺しにしろって言うのッ!? そんな事、私にはできないわッ!」
「悔しいかもしれませんが、堪えてください。今此処で、俺達の正体がバレたらエライことになります」
「で、でも」
「お願いです。周りにいる魔物は、とてもではないが、俺達では対処できません。ハッキリ言って強すぎます。今は抑えてください。この状況で彼等を救うのは……不可能です。今、貴方が動けば、俺達は全滅です。兄であるラッセルさんや仲間であるマチルダさんにシーマさんを救うと思って……今は堪えてください」
「クッ……わかったわよ……」
渋々といった感じではあったが、リタさんは力を弱め、柄から手を離した。
俺はホッと息を吐く。
と、そこで、周囲にいるギャラリーから驚きの声が上がったのである。
【オオオ!?】
俺は魔法陣に目を向けた。
するとなんと、紫色に発色する魔法陣の中で、黒い霧に包まれる冒険者達の姿が視界に入ってきたのである。
(チッ、しまった。リタさんを説得してるうちに儀式が始まっていたのか。……仕方ない、ラティに訊いてみるか)
俺はラティに小声で訊ねた。
「ラティ、一体何があったんだ?」
「ワイもわけが分からんのや。あの2人に、ジェバっちゅう奴が妙な液体掛けた後、呪文みたいなのを幾つか唱えたら、あないな感じになったんや。ただそれだけやで」
「そうか……」
見逃した部分については、そこから想像するしかない。
とりあえず、今はリタさんを監視しつつ、この成り行きを静かに見守ろう。
冒険者達を包み込む黒い霧は、中々晴れなかった。
20分くらい経過しても一向に晴れる気配はない。
その間、ジェバは魔法陣の外から黒い液体を魔法陣に振り撒きながら、聞いた事がない呪文を唱え続けていた。
だが、儀式が始まりだしてから30分程経過した頃、黒い霧は徐々に霧散し始めたのである。
それに伴い、冒険者達の姿も徐々に見えるようになってきた。
冒険者達は少しグッタリとした様子だったが、大きな変化はなかった。が、しかし、1つだけ奇妙な現象が起きていたのである。
それは何かというと、サッカーボール大の淡く発光する白い球体が、彼等の胸の辺りに漂っていたからだ。
(なんだ、あの白い球体は……)
それから程なくして、冒険者達を覆っていた黒い霧は、完全に消え去った。
ジェバの声が響き渡る。
【器の前処理と魂の抽出は終わった。ではこれより、融合に入る。マントゴーアとヒドラの魂を用意せよ!】
指示を受けた2体のシャーマンは、不気味な模様が彫られた少し大きめの壺を2つ、ジェバの所へと持ってきた。
続いてジェバは壺の封を解き、中から深紫色の淡い光を発した水晶球のようなモノを取り出したのである。
ジェバはそれら2つの水晶球を上に掲げ、また妙な呪文を唱えだした。
【カーツ・コンレー・カーツ・イーシ……】
するとその直後、水晶球はフワフワと宙に浮き、冒険者達のところへと移動を始めたのである。
水晶球は、冒険者の胸元で漂う白い球体と接触する。
と、次の瞬間、白い球体は水晶球に吸収されたのであった。
水晶球は次第に、白と深紫のマーブル模様へと変化していった。
ジェバはそこで呪文の詠唱をやめた。
【魂の融合は完了した。ではこれより、魂を器に戻す。補助詠唱を担う者は、魔法陣の周囲にて詠唱を始めよ】
その言葉に従い、十数体のシャーマン達は魔法陣の周囲で、奇妙な踊りをしながら呪文を唱え始めた。
ジェバもそれに続いて呪文の詠唱を再開する。
と、その直後、水晶球からマーブル模様の球体が外に出てきたのである。
その球体は静かに、冒険者達の中へと入っていった。
ジェバ達の呪文詠唱は、今も尚、続いている。
(融合した魂を戻すと言ってたけど、成功した場合はともかく、失敗したら一体何が起きるんだ……ン?)
と、その時であった。
冒険者の身体に異変が現れたのである。
なんと、2人の冒険者の身体が、突如、小刻みに振るえ始めたのだ。
振るえは次第に大きくなる。
そして、次の瞬間!
―― ドッバッーン! ――
冒険者達の身体は爆発したかのように、突然、破裂したのであった。
瞬く間に、魔法陣の周囲は、真っ赤な血と肉片が飛び散る凄惨な様相となっていく。
台の上に目を向けると、骨だけとなった哀れな冒険者達が、静かに横たわっていた。
俺はこの惨状を目の当たりにし、彼等に深く懺悔した。
(……すまない。無力な俺達を許してくれ……)
ラッセルさん達も衝撃的だったのか、身動きせず、彼等の亡骸をジッと見詰めていた。
ジェバの悔しそうな声が聞こえてくる。
【クッ……失敗か……】
ヴィゴールの低い声が空洞内に響き渡った。
【ムゥ……どうやら、失敗のようだな。やはり、意思を持った魂でないと難しいか。ジェバよ、お主の見解を述べよ】
【魂の融合までは上手く行きましたが、今回も器が拒絶したようです。ですが、1つ分かった事がございます】
【ほう、して、それは何じゃ?】
【融合した魂の波長と器の波長が完全に合わないと、器は拒絶するという事です。今回、限りなく近い波長を持った魂を選んで融合したのですが、結果はこの通りでした。よって、完全に波長を合わせる方法か、もしくは、それを補う方法を確立させないと成功は難しいようです】
【フム。つまり、我等のように、己の意思で操れる状態の分けた魂を用意できねば、現状、成功は厳しいという事か】
【そう思われます】
【なるほどな。しかし、他にも何か方法があるやもしれぬ。ジェバよ、これからも引き続き、儀式を続けるのだ。その為の材料は我が用意させる故な】
【はい、ヴィゴール様】――
奴等がそんなやり取りをする中、俺は他の皆に耳打ちをした。
「……用は済みました。今のうちにコソッと撤収しましょう。もうここにいる意味はありませんから」
4人と1匹は無言で頷く。
そして俺達は、他の魔物達に気付かれないよう注意しながら、この魔窟となったゼーレ洞窟を後にしたのであった。
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