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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv32 ラティと共に去りぬ

   [Ⅰ]


 バルログが息絶えたのを見届けたところで、俺は魔光の剣を仕舞い、女性に視線を向けた。
 すると女性は、胸と股間を手で隠しながらバルログと俺を交互に見詰め、何が何やらわからないといった感じであった。
 まぁこういう反応になるのも当然だろう。この施設の特性上、ここに魔物や俺みたいな男がいること自体、有り得ないのだから。
 とはいえ、このまま黙っているのも気まずい。おまけに、全裸の女性をジロジロと見るのも失礼であった。
 その為、俺はクルリと女性に背を向け、それから話を切り出したのである。
「あのぉ、お怪我はありませんでしたか?」
「え? は、はい……ありがとうございました」
 怪我は無いようだ。目的は達成である。
 これ以上ここにいると面倒な事になりそうなので、俺は撤収する事にした。
「それはよかった。では、私はこれにて失礼します」
「ま、待ってください。あ、貴方は一体、誰なのですか?」
 俺は後ろを振り返らず、簡単に答えておいた。
「名乗るほどの者じゃありませんよ、お嬢さん。ただの通りすがりの親切な魔法使いだとでも思っておいて下さい。では、アディオス」
 意味もなく、スペイン語で別れを告げた俺は、逃げるように入口へと向かい歩き出す。
 だがその時であった。
「お~い、コータロー! 誰かこっちに来るで!」
 なんとラティが、俺の名前を呼びながら、ここに現れたのである。
 この予想外の展開に、俺は思わず額に手をやり、アチャーという仕草をした。
 背後から女性の声が聞こえてくる。
「ドラキー便の配達員がなぜここに? いえ、それよりも……今、その配達員がこーたろーと言いましたが……それが貴方の名前ですか?」
 とりあえず、俺は適当に誤魔化すことにした。
「いえ、違いますよ。彼は今、お~い、向こうからー、と言っていたのです」
 ちと苦しいが、発音によっては、そう聞こえん事もない。これで押し切ろう。
 などと考えていると、ラティが全てを台無しにしてくれたのである。
「何言うてんねん。コータローは自分の名前やがな」
(はい、終了です)
 どうやらこのドラキーは、空気を読むという芸当は出来んみたいだ。♯ガッデム!
 と、そこで、ラティが驚きの声を上げた。
「おお! さっきの黒いローブはコイツやったんか。しかし、またエライ強そうな奴っちゃなぁ。ワイもこんなん初めて見るわ」
「実際、強かったぞ。俺も倒すのに、結構苦労したからな」
「しかし、ようこんな厳つい奴倒せたな。感心するわぁ。って感心してる場合やないわ。それより、向こうから誰か来てるで、どないする?」
 そうだ。これを利用してトンズラしよう。
 俺は女性に言った。
「向こうから誰か来ているみたいなので、とりあえず、外の様子を見てきますね」
「ちょっと待ってくださいッ。まだ話が」
 まぁ確かにこのまま去るのもアレだ。最後に、助言くらいはしておくか。
 ついでに、もう一度、この子の身体を拝ませてもらうとしよう。こんな綺麗な子の裸なんて、中々見れないだろうし……。
 というわけで、俺は女性に振り返って人差し指を立てると、そこで、とある忠告をしたのである。
「あ、そうだ。1つ言っておく事があります」
「え? 言っておく事……。なんですか一体?」
「この建物の外にいる3名の騎士と、この隣にいる2名の女性神官以外は、気を許さない方が良いですよ。誰が敵かわからないですからね」
「ど、どういう意味ですか?」
 俺はそこで、泉に浮かぶバルログの亡骸を指さした。
「今は説明してる時間がありませんが、簡単に言うと、その魔物が1体でここに来たという事が理由です」
「魔物が1体でここに来たという事……それはどういう……」
 女性は恐る恐るバルログに目を向けた。
 俺は構わず続ける。
「ああ、そうだ。これも言っておきましょう。俺達の事は、あまり詮索しないでください。それがお互いの為です。じゃあ、そういうわけで」
「え? ちょっと待ってくださいッ、コータロー様! 今のはどういう……」
(……ごめん、待てません。コータローはクールに去るぜ)
 そして俺は、呼び止める女性を振り切り、この部屋を後にしたのであった。

 建物の外へ勢いよく出た俺は、急いで周囲を見回す。
 すると、ピュレナ神殿がある方角に、松明の物と思われる揺らめく光が、小さく見えたのである。
「アレや。どないする? ここで待つか?」
「いや、ここは流石に不味い。とりあえず、この建物の脇に回って、少し様子を見よう。そこなら月明かりが当たらないから、向こうもそう簡単に気付かない筈だ」
「ほな、はよ、隠れよ。もうすぐ来るで」
「ああ」
 そうと決まったところで、俺とラティはすぐさま建物の脇へと移動する。
 それから俺達は、建物の外壁を背に、息を潜め、暫し様子を窺う事にしたのである。
 ラティが小声で訊いてくる。
「なぁ、コータロー……あの光、ゆっくりとコッチに来るけど、なんやと思う? 魔物かな?」
「さぁな。でもゆっくりしてるのは、多分、歩いているからだろ。まぁとにかくだ。今はアレが来るまで待とう。倒れている3人の騎士に対する反応を見れば、敵かどうかすぐに分かる」
「ああ、なるほど。ここに隠れたんは、そういう事やったんか。こんな時やのに、コータローは冷静やなぁ」
「まぁ理由はそれだけじゃないけどな。さて、お喋りはここまでにしておこう」
「了解」
 それから2分程息を潜めたところで、ようやく光の正体が明らかになった。
 現れたのは、松明を片手に、煌びやかな箱を脇に抱えた女性騎士であった。
 倒れている女性騎士と同じ格好をしているところを見ると、どうやらこの女性も近衛騎士のようだ。
 と、その時である。
「ル、ルッシラ隊長ッ! これは一体ッ!」
 入口の異変に気付いたのか、その女性騎士は慌ててこちらへと駆けてきたのである。
 女性騎士は倒れている騎士の1人に跪き、名前を呼びかけながら身体を揺すった。
「ルッシラ隊長! ルッシラ隊長!」
 暫くすると、眠たそうな声が聞こえてくる。
「う……むぅ……ンン……イリサか……どうしたのだ? 朝か……」
「た、隊長。よかった」
「ン、よかった? ……何を言っている」
 ルッシラと呼ばれた女性は、そこでムクリと半身を起こすと、周囲に目を向ける。
 すると次の瞬間、その女性騎士は目を見開いて驚くと共に、大きな声を上げたのであった。
「……ハッ、これは一体ッ!? そ、そうだ! イリサ、あのローブ姿の者はどこだッ! フィオナ様はご無事かッ!」
「いえ、それが、私も今来たばかりでして、まだ確認をしてはおりません」
「馬鹿者ッ! それでも貴様は近衛騎士かッ! 私ではなく、まずはフィオナ様の安全が先だッ!」
「は、はい、申し訳ありません」
「謝罪はいい! 行くぞッ」
「ハッ」
 そして2人の女性騎士は、建物の中へと足早に入って行ったのである。

 今のやり取りを見た俺とラティは、そこで互いに顔を見合わせた。
「近衛騎士のようやし、ワイ等は帰った方が良さそうやな。これ以上ここにいると厄介な事になりそうやわ」
「だな。そろそろお暇させて貰おう。だが、その前に……アレをどうにかしないとな」
 俺は外壁の奥にある小窓の下に目を向けた。
「ン、あそこになんかあるんか?」
「ああ。さっき戦った魔物が持っていた荷物がな……。ちょっと気になるから、今の内に回収しておくよ」
 放っておけばいいのかもしれないが、ラーのオッサンが言っていた内容が気掛かりであった。
 あれが本当ならば、ここに置いておくと、災いの元になるのは間違いないからだ。
「なら、はよした方がええで。さっきのねぇちゃん達が息巻いて、建物の外に来そうやさかい」
「ああ、わかってるよ」――


   [Ⅱ]


 コータロー達がこの場から立ち去った後、フィオナは自分が素っ裸であった事を思い出した。
 そして、今までコータローに、その姿を見られていたという事から、羞恥の感情も沸き起こってきたのである。
 フィオナは顔を真っ赤にしながら、何か着る物はないかと周囲をキョロキョロと見回した。
 しかし、ここは沐浴する泉である。そんな物は当然どこにもない。
 その為、フィオナは衣服を脱いだ隣の部屋に行こうと考え、そこへ移動する事にした。
 だがその時……丁度そこで、泉に浮かぶバルログの亡骸が、フィオナの視界に入ってきたのである。
 水面にユラユラと浮かぶバルログの遺体は、黒く染まった泉の水と相まって、凄惨な死に様となっていた。
 そのあまりの悍ましさに、フィオナは生唾をゴクリと飲み込む。
 するとそこで、フィオナの脳裏に、バルログと戦うコータローの姿が蘇ってきたのであった。
(コータロー様……貴方は一体何者なのですか……卓越した魔法の腕に加え、パラディンのように操る魔導の手……そしてあの光の剣……。アマツの民のように見えましたが、貴方はそれらの方々とも少し違う印象を受けました。貴方は一体……)
 と、その時である。
 向こうの部屋から、大きな声が響き渡ったのであった。

【フィオナ様ァ! 御無事でございますかッ、フィオナ様!】

 程なくして声の主はフィオナの前に姿を現した。
 現れたのはルッシラと、1人の女性騎士であった。
 2人の騎士はフィオナの前で跪く。
 まずルッシラが口を開いた。
「ご無事でしたか、フィオナ様」
 フィオナは肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべた。
「よかった、ルッシラ達も無事だったのですね。私は大丈夫です」
「フィオナ様、申し訳ありません。此度の失態は、全て私の責任でございます。侵入者に眠らされ、フィオナ様を危険に晒すなど、近衛騎士として許されるモノではありませぬ。いかなる罰をも受け入れます」
 ルッシラはそう告げると、深く頭を垂れた。
「罰だなんてそんな……。こんなに尽くしてくれる貴方に、なぜ私がそんな事をしなければならないのです」
「しかし……」
「よいのです。さぁ顔を上げてください」
「ハッ」
 と、ここでルッシラは、もう1人の騎士に指示を出した。
「イリサ、早くフィオナ様に御召し物を」
「ハッ」
 イリサは脇に抱える煌びやかな箱から、美しい水色の衣服を取り出すと、丁寧な所作でフィオナにそれらを着せてゆく。
 そして全て着せ終えたところで、イリサは元の位置へと下がった。
 フィオナは着心地を確認すると、ルッシラにそれとなく外の事を問いかけてみた。
「ところでルッシラ、外に誰かおりませんでしたか?」
「外にいるのは部下の近衛騎士だけにございます。先程見た限り、他には誰もおりませんでした」
「そうですか……」
(ルッシラ達が見ていないという事は、もうコータロー様はここから立ち去られたのですね。……助けて頂いたお礼をしたかったですが、いないのならば、仕方がありません。今はこれからの事を考える事にしましょう)
 フィオナはそこで泉に近寄り、ルッシラを呼んだ。
「ルッシラ、こちらに来てください。貴方に見てもらいたいモノがあります」
「ハッ」
 返事をしたルッシラは、キビキビとした動作でフィオナの元へ向かう。
 だが、そこに行くや否や、目の前に広がる凄惨な光景を目の当たりにし、ルッシラは思わず息を飲んだのであった。
「こ、これは、魔物ッ! この神聖なる光の泉に、このように醜い魔物が……どうして……」
「私もそれが知りたいのです。貴方はこの魔物をどこかで見た事がありますか?」
「いえ……私も初めて見る魔物にございます。ところでフィオナ様、もしやこの魔物が、黒いローブを着た者だったのでございますか?」
「ええ」
「では、この魔物を倒したのはフィオナ様で?」
 フィオナは頭を振る。
「いいえ、私ではありません。実は、私がこの魔物に襲われそうになっていたところを救ってくれた方がいたのです」
「救ってくれた方ですと……」
 ルッシラは驚きの表情を浮かべ、バルログの亡骸を凝視した。
「この魔物……見たところ、鋭利な刃物によって一撃で仕留められております。一体、何者でございますか? 我等が後手に回った相手を、ここまで無残な姿にするとは、只者ではありませぬ」
 フィオナはそこで、別れ際にあったコータローの言葉が脳裏に過ぎった。

 ―― ああ、それとこれも言っておきます。俺の事は、あまり詮索しないでください。それがお互いの為です。じゃあ、そういうわけで ――

 フィオナはとりあえず、名前等は伏せて話すことにした。
「実は私もそう思って問いかけたのですが、その方は名を告げず、この場を立ち去ったのです。しかし、ルッシラが今言ったように、只者ではありませんでしたね……。優れた腕を持つ魔法の使い手であり、見た事もない武具を用いる戦士でした」
「優れた魔法戦士ですか……という事は、イシュマリア魔導騎士団の精鋭中の精鋭であるパラディンの称号を持つ誰かでしょうか? 魔導騎士団がここに来ているとは聞いてはおりませんが……」
「いえ、我が国の騎士ではありませんでした。もしかすると、冒険者なのかもしれません」
 それを聞き、ルッシラは眉根を寄せた。
「それは誠でございますか、フィオナ様!?」
「ええ、間違いありません」
「なんと……まさか冒険者にも、そのような者がいるとは。しかし、だとすれば、そのような者が、どうしてここにいたのかが気になりますな。ここは、イシュラナの神官と王家の関係者のみに立ち入りが許された神聖なる地です。巡礼者の立ち入りは、固く禁じられておりますので」
 フィオナは頷く。 
「確かに、そこは気になるところです。ですが、既にその方はいないので、もう確認のしようがありません。ですから今は、ここに魔物がいたという、この事実について考える事にしましょう」
「仰る通りです、それが一番の問題にございます。ところでフィオナ様、この魔物の目的は一体何だったのでございますか? やはり、フィオナ様の御命を奪おうと?」
「いえ、この魔物は、私に目覚める事のない呪いの眠りを掛けると言っておりました。ですから、それが目的だったのだと思います」
「目が覚める事のない呪いの眠り……この魔物は、そのような恐ろしい事を行なうつもりだったのでございますか。申し訳ありませぬ、フィオナ様。我等が不甲斐ないばかりに……」
 ルッシラは懺悔するように、フィオナに頭を垂れた。
「よいのです、ルッシラ。済んだことを今更言っても仕方がありません。それに相手は得体のしれない魔物……!?」
 と言ったその時、フィオナの脳裏に、またもコータローの言葉が過ぎったのである。
 しかも、無視できない内容だった為、フィオナはそこでルッシラの意見を聞くことにしたのであった。
 フィオナはルッシラに耳打ちする。
「……ルッシラ、貴方に話しておく事があります」
 ルッシラも小声で返した。
「何でございましょう、フィオナ様」
「実は先程、私を助けてくれた方は、去り際にこんな事を言っていたのです。『この建物の外にいる3名の騎士と、この隣にいる2名の女性神官以外は、気を許さない方が良いですよ。誰が敵かわからないですからね』と……。貴方はこの言葉、どう思いますか?」
「誰が敵かわからないですと……まさか、この神殿内に魔物と内通する者がいるとでも」
「さぁ、それは私にもわかりません。それとあの方はこうも言っておりました。魔物が1体でここに来たという事が、その理由だと。ですから、これについて貴方の意見を聞きたいのです」
「魔物が1体でここに来たという事が、その理由……」
 ルッシラはそこで無言になる。
 それから暫しの沈黙の後、ルッシラは静かに口を開いた。
「……真意は測りかねますが、もしかするとその御仁は、フィオナ様を狙うには数が少ないという事を言っているのかもしれませぬ」
「私を狙うには数が少ない?」
「はい。ここにいるのはイシュマリア国の第二王女・フィオナ様であります。その傍らには常に、我ら近衛騎士が護衛に付いております。その事を考えますれば、『幾ら腕に覚えがある魔物とはいえ、警備体制が分からぬ限り、単独で来るなんて事はない』という事を、その御仁は言いたかったのではないでしょうか」
「なるほど、それは十分に考えられます」
 ルッシラは続ける。
「しかも今回は急ぎの沐浴であった為、3名での警備となりました。となると、魔物はその事をどうやって知ったのかということになります。ですから、その御仁が言った『誰が敵かわからない』というのは、そこの事を指摘しているのでは?」
「た、確かに……」
 フィオナは今の話を聞き、戦慄を覚えた。
 またそれと共に、コータローの言っていた意味が、おぼろげながら、わかった気がしたのであった。
(だからコータロー様は、内部の者に気を付けろと仰ったのですね。これからは、もう少し慎重に行動する必要がありそうです……)


   [Ⅲ]


 滝の落ちる場所まで戻ってきた俺とラティは、とりあえず、そこで一息入れる事にした。
 度重なる魔導の手の使用で、俺も流石に疲れたからである。
 俺がその辺にある適当な岩に腰を下ろしたところで、ラティが話しかけてきた。
「なぁ、コータロー。さっき、王族のねぇちゃんに、誰が敵かわからんみたいな事を言うてたけど、どういう事なんや?」
「ああ、それか。それはな、奴の目的や行動を考えると、この神殿の者から情報を得ていたか、もしくは、神殿の中に潜んで情報を得ていた可能性があるからさ」
「なんやて、ほんまかいな。なんでそう思うんや?」
「ン、理由か? 少し長くなるぞ」
「かまへんで」
 俺は少し整理して話す事にした。
「まず頭に入れておいてもらいたいのは、これは王族を狙った犯行だという事だ。それを念頭に俺の話を聞いてくれ」
「おう、わかった」
「俺達は奴が来るところを岩陰から見てたわけだけど、あの時、ラティは妙に思わなかったか?」
 ラティは空を見上げて考える仕草をする。
「妙っていわれてもなぁ、元々が妙な奴やったさかい。う~ん、わからんわ。で、どういう事なん?」
「あの魔物は神殿のある方角からやってきて、3人の近衛騎士を眠らせた後、周囲を確認せずに中に入っただろ。まずそれがおかしいんだよ。中にいるのは王族なんだから、警備は厳重と考えるのが当然だ。だから狙う側も相当慎重にならないといけないんだよ。特に、奴は、単独で行動していたわけだしな」
「言われてみるとそうやな。あの黒ローブの奴、何も確認せんと入って行ったわ」
「だろ? おまけに、あの建物は出入り口が1つしかないから、後方から攻められるとかなり苦しくなる。だから、周囲の確認は必須なんだよ。だが奴はそれをしなかった。つまり、奴は周囲に誰もいない事を知っていた可能性が高いんだ」
「でも、単独で行ったのは、自分の強さに自信があったからやないんか? よくそういう無茶な奴っておるやんか」
 俺は頭を振る。
「いや、それはないな。俺は奴と戦ったからわかるが、かなり用心深い奴だった。色んな状況に対応できるよう、ある程度の準備をしていたからな。そんな奴が、行き当たりばったりの行動をするとは考えられないし、力押しで目的を達成できるほど強力な魔物でもなかったよ。もし多数の近衛騎士に一度に攻められたら、幾ら奴でもただでは済まなかった筈だ」
「ふぅん、そうやったんか」
 ちなみにこれは、奴の正体を知った時に思った事だ。
 魔王クラスの魔物やアークデーモンみたいな魔物なら単独でも行けると思うが、奴の正体はバルログである。強引に行けるタイプの魔物じゃないのだ。
 確かに呪いの杖やザラキがある為、多少の犠牲は払うかも知れないが、奴の行動を見る限り、杖は対象者に向けないと効果がない感じだった。
 つまり、あの動作は、そこまで万能ではないという事を暗に示した行動なのである。
 そして奴ほど用心深い魔物ならば、その事に気付いていない方が逆におかしいのだ。
 俺は話を続ける。
「それにだ。扉の隙間から見た女性とのやり取りを思い返すと、奴は、逃げ場のない建物の構造を知っていたから、あそこで犯行に及んだみたいだった。それだけじゃない。奴は俺にこんな事も言ったんだよ。『どうして此処に、貴様のような輩がいる』ってな。つまりあの魔物は、俺の様な奴は近くにいないと、頭から決めつけてあの建物に来たんだよ。神殿の外に、あれだけ沢山の冒険者や巡礼者がいるのにもかかわらずな。となると、奴はなぜ、そう決めつける事ができたのか?って事になるが、それは奴自身がここの内情をよく知っていたと考えるのが自然なんだ。だから、いる筈のない俺に驚いたのさ」
 ラティは目を大きくして驚いた表情を浮かべた。
「ほえ~、コータローは凄いなぁ。色々と考えてるんやな。感心するわ」
「まぁ要するにだ。奴は近衛騎士の数と中にいる神官の数、そして建物の構造やその周囲の状況を全て知った上で行動していたという事さ。あの程度の強さの魔物が単独で乗り込んで来るなんて事は、状況を熟知してない限り無理なんだよ」
「なるほどなぁ……となると、奴がそれらの情報得ていた方法というのが気になるなぁ」
 俺は指を3本立てると言った。
「それには3つの事が考えられる。まず1つは、神殿内に奴と結託している者がいるかも知れないという事。2つ目は、奴自身が神官に化けていた可能性があるという事。それと3つ目は、奴自身か、もしくはその手勢の者が、神殿内に隠れ潜んで情報収集していたという事だ。まぁ今まであった俺の経験から言うと、1と2の可能性が高いと思ってるけどな」
「せやからあのねぇちゃんに、あそこにいるモン以外、気を許すなって言ったんか。納得やわ」
「まぁそういうわけだ。さてと……」
 俺はそこで立ち上がり、右手に持つ禍々しい杖に目を向けた。
(……後はこれをどうするかだが、こんな物騒な物を皆の所に持って行くわけにはいかないし、かといってその辺に放るわけにもいかない。ここはまず、ラーのオッサンの意見を聞くのが無難か……だがそうなると、ラティがいるこの場では都合が悪い。仕方ない……適当にそれっぽい理由をつけて、ラティには先に帰ってもらうとするか)
 というわけで、俺はラティに言った。
「ラティ、悪いんだけどさ、先に皆の所へ戻っていてくれないか」
「なんでや、一緒に行かんの?」
 俺はラティに杖を見せた。
「これは呪われた危険な武具のようだから、誰も触れないように封印しようと思うんだ。でも、どれだけ時間が掛かるかわからないから、ラティだけでも先に帰って、皆に顔を見せておいてほしいんだよ。流石にこれ以上遅くなると、向こうも心配するだろうからね」
「ああ、そういう事か。でもアーシャねぇちゃんは、コータローの事を絶対突っ込んでくると思うで。なんて言っとく?」
「そうだな……じゃあ……1人になって考えたい事があるから、外で散歩してるとでも言っておいてくれ」
「わかったで。ほな、そう言っとくわ。じゃあ、ワイは先に帰るさかい、コータローも、あんま無理したらアカンで」
「ああ、俺も終わり次第、すぐに帰るよ」――


   [Ⅳ]


 ラティの姿が見えなくなったところで、俺はラーのオッサンに話しかけた。
「さて、ラーさん。ちょっといいか」
「杖の事か?」
「ああ、杖の事だ。どうするといい? さっきの口振りだと知ってるようだったから、ここはラーさんの指示に従うよ」
「ふむ……。なら、フォカールで隠しておいたらどうだ? それが一番、安全な方法だと思うが」
 予想していたとおりの返事が返ってきた。
 実を言うと、そう言われるんじゃないかと、薄々思っていたのである。
「まぁ確かに、それが一番安全だな。フォカールで隠すことにするよ。だがその前に、教えてくれ。この杖は一体何なんだ? それと夢見の邪精って初めて聞くけど」
「夢見の邪精とは、憑いた者の中に寄生する性質の悪い精霊の事だ。これに憑かれると、死ぬまで夢を見る事になるから、気を付けた方がいいぞ」
「死ぬまで夢を見るか……最悪だな。ン、でも、あそこで眠っていた騎士の1人は目を覚ましてたぞ」
「ああ、それはな、その杖の力で眠らされていたからだ」
 意味が分からんので、俺は訊ねた。
「は? どういう事だ? 夢見の邪精によって眠らされているのなら、目が覚めるのはおかしいんじゃないのか」
「いや、そういう意味で言ったのではない。我が言いたいのは、杖の仕組み上、そうなっているという事だ。その杖はな、夢見の邪精を封じてはあるが、夢見の邪精に自由は与えられていないのだよ」
「夢見の邪精に自由は与えられていない……てことは、使用者の指示に従うって事か?」
「そうだな。それに近いかもしれぬ。一応言っておくと、その杖はな、ある条件の元に邪精の力が解呪されるよう魔物達が作った、いわば拉致や拷問をする為の魔導器なのだよ。邪精はその力を利用されているだけに過ぎないのだ」
「なんだって……これ、そんないわくのある杖なのか」
 どうやらこの杖は、思っていたよりも性質の悪い魔導器のようだ。
 まぁそれはともかく、とりあえず、解呪の条件も訊いておこう。
「ところで、邪精の力を解呪する条件というのは何なんだ?」
「それはだな、使用した者の魔力か、もしくは命によってのみ解呪がされるという事だ。まぁ要するに、お主があの魔物を倒した事で、あの者達の呪いは解呪されたのだよ」
「なるほどね……騎士が目覚めた理由はそういう事だったのか」
 これで納得である。
 原理はわからないが、多分、呪いを施した時点で使用者の魔力に紐づけられるのだろう。
 さて、色々とわかった事だし、もうそろそろこれを仕舞うとしよう。
【フォカール】
 俺は呪文を唱え、杖を空間の中に放り込んだ。これで一安心である。
 危険物の処理も無事終わったので、俺はガテアの広場に戻ることにした。
「さて、帰るかな」
 と、そこで、ラーのオッサンが呼び止めたのである。
「待て、コータロー。我からも少し質問させてくれ」
 オッサンが俺に質問するというのが少々意外だったが、まぁ減るものでもないので聞く事にした。
「いいよ、何?」
「奴が正体を現した時、あの魔物の種族名を言っていたが、お主、あの魔物の事を知っているのか?」
「……ああ、一応な」
「それは道中に話していた、魔物や魔法について記述された書物とやらに書かれていたのか?」
「ああ、そうだけど。それがどうかしたのか?」
「まさか……あの魔物について書かれた書物があろうとは……信じられん。その辺の魔物ならともかく、あのような魔物の事まで……」
「は? どういう事?」
 何かを考えているのか、オッサンは暫しの沈黙の後、静かに話し始めた。
「……あの魔物はな、ただの魔物ではない。奴自身も言っていたが、魔の世界でも、恐ろしく濃い瘴気で満たされた奥底に住まう、いわば支配階層の魔物だ」
「支配階層の魔物……」
 まぁ確かにバルログは、ドラクエではラスト辺りで出てきた魔物だが、支配階層なのだろうか……。
 何か少し違う気がするが、今はオッサンの話に耳を傾けるとしよう。
 オッサンは続ける。
「我は5000年前に神殿に封印されたが、その当時もそれ以前も、我はあの魔物の事を知っている知的種族に出会った事などは無い。いや、恐らく、この地上にいる精霊達でも、知っているのは極僅かだろう。故に、我は驚いているのだ。その様な書物があった事にな」
 う~む……要するに、俺はまた余計な事を言ったという事なのだろう。
 ゲームのドラクエとは勝手の違う世界なので、細部での認識のズレがあるようだ。
 とりあえず、下手に取り繕うと面倒な事になりそうなので、適当に流しておく事にした。
「でもなぁ、その書物には、そう記述されていたんだよ。だから、俺もそうとしか言えないんだよなぁ」
「そうか……まぁよい。今は置いておくとしよう。ではもう1つ……お主はあの魔物について、どう思ったか? それを訊かせてくれぬか」
「どう思ったか……って、どういう意味だ?」
「何か気づいた事はなかったのか、という事だ」
「ああ、そういう事か。そうだな……2つばかり気になる事があったよ。まず1つは、あの黒い水晶球を使った時、ザルマは変身に結構時間が掛かってたが、今回はあっという間だったという事。それと2つ目は、変身した奴は、早く戦いを終わらせようと急いでいた事だな。そこが少し引っ掛かったよ」
 そう、それが少し気になっていた。
 2つ目は、何となくその理由が分かるが、1つ目は少し頭を捻りたくなる現象だったのである。
「目ざといお主の事だから、やはり、それに気付いていたか」
「理由はなんだと思う?」
「これは推測だが、ザルマとかいう者と、あの魔物では、成り立ちがそもそも違うからなのかもしれぬ」
「成り立ち……ザルマは元々ラミリアンで、あの魔物はアレが本来の姿って事か?」
「うむ。つまり、ザルマとあの魔物では変身する意味合いが全く違うのだろう。そして、それらの差異が時間となって現れたと考えると、しっくりくるのだ」
「なるほど、それは大いにあり得る話だな」
 確かに、別のモノに変化するのと、本来の姿に戻るのでは、後者の方が明らかに楽そうだ。時間的に早くなっても不思議じゃない。
 となると2つ目は、本来の姿に戻った事による弊害なのだろう。
「もしかすると、奴が戦いを早く終わらせたかったのは、本来の力を維持できる時間が限られていたという事か」
「うむ、恐らくそうであろう。水晶球に封じられた魔の瘴気によって、一時的に本来の姿に戻ったと考えれば、必然的にそうなる」
「という事は、ザルマと共に現れたあの魔物達も同じ理屈なのかもな。まぁあいつ等はそれに加えて、変化の杖も使っていたようだが」
「ああ、恐らくな」
 これらはあくまでも仮説だが、かなり信憑性のある話である。
 今後も同じような事がありそうなので、これはよく覚えておいた方が良さそうだ。
 まぁそれはそうと、事のついでだから、王都に着いてからの事もラーのオッサンに訊いておくとしよう。
「ところで話は変わるけどさ。明日はオヴェリウスに到着する予定だけど、その後はどうするんだ? やっぱ、まだ言えないか?」
「ふむ……着いてから話そうかとも思ったが、今の状況を考えるに、お主とはそうそう話が出来そうもない。今の内に話しておいた方が良いかもしれんな」
「ああ、頼むよ。俺もその都度、皆の目を盗むのは疲れるからさ。それに王都に入ると、余計に人目を気にしないといけないから、話し辛くなる可能性が大だしね」
「うむ。お主の言う事も一理ある。では話すとしよう……」――


   [Ⅴ]


 ラーのオッサンと話し合いを終えたところで、俺はガテアの広場へと向かった。
 そして、広場に戻った俺は、皆の所へ行き、まずは遅くなった事を謝ったのである。
「遅くなって、すいません。今後の事を色々と考えていたら、ついつい没頭してしまったんです」
 アーシャさんとサナちゃんはそこで、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「あまりに遅かったので心配しましたわ」
「私も心配してたんです。何かあったんじゃないかと思って」
「ごめんね、心配かけて」
「それで、何かいい考えが浮かびましたか?」と、アーシャさん。
「そうですね、まぁ色々と」
 本当は凄い事件があったが、そんな事は言えるわけないので、爽やかに笑っておこう。
 と、ここで、シェーラさんが話に入ってきた。
「でも無事でよかったわ。あまりに遅かったから、実はさっき、様子を見に行こうってなったのよ。ちょうどそこでラティが帰って来たから、やめたんだけどね」
「そ、そうだったんですか」
(危ねぇ……。ラティを先に帰して正解だったようだ)
 俺はそこでラティに視線を向ける。
 ラティは俺に軽くウインクをした。
「ワイが帰ってきたら、3人共、凄い心配しとったんや。ビックリしたわ。なんも危ない事なかったのにな」
「心配もしますわよ。いつまで経っても帰って来ないのですから」
 アーシャさんは頬を膨らまし、ムスッとした表情になる。
 怒らせると後が面倒なので、俺は慌ててアーシャさんを宥めた。
「まぁまぁアーシャさん。そんなに怒らないで。俺も次からは気を付けますから」
「それはそうと、明日はまた早いんだから、もうそろそろ寝た方がいいんじゃない? 他の旅人達は皆寝始めてるわよ」
 シェーラさんの言葉を聞き、俺は周囲に目を向ける。
 すると、広場にいる旅人達の半分くらいは、明日に備えて床に就いている状況であった。
「そうですね。俺達ももう寝るとしますか」
 3人はコクリと頷く。
 と、その直後、アーシャさんとサナちゃんが俺の両腕に手を回してきたのである。
「じゃあ、コータローさん。私は貴方の左側で寝ますわ」
「じゃあ、私は右側で」とサナちゃん。
「はは、やっぱり」
 とまぁそんなわけで、俺は今朝と同様、またもや2人に挟まれる形で、寝る事になったのである。
 俺達が横になったところで、ラティの陽気な声が聞こえてきた。 
「おお、コータロー、両手に花やがな。ええなぁ。ほなワイは、コータローの腹の上で寝るわ」
「はぁ?」
 そして次の瞬間、「よっこらせ」という声と共に、ラティが俺の腹部に飛び乗ってきたのだ。
「ほな、お休み、コータロー」
「ちょっ、ラティもかよ。何、この展開……」
 シェーラさんの笑い声が聞こえてくる。
「あはは、コータローさん、大人気ね。それじゃ、お休み、コータローさん」
「お、お休みなさい」
(なんでこうなんるんだ。何かおかしくない。つーか、俺、寝返りうてんやんけ)
 などと考えていると、今度はアーシャさんの探るような声が聞こえてきたのである。
「今日のコータローさんって、何かいい香りがしますわね。この香り、どこかで……」
 続いてサナちゃんも。
「アーシャさんもそう思いますか。そうなんですよ、いい香りがするんです」
「へ、そうかい?」
 俺は自分の衣服に鼻を近づけた。
 すると確かに、いい香りがしたのである。それは、ラベンダーのような香りであった。
 俺はここでピーンときた。
(これは多分、沐浴の泉の香りだ……)
 だがその直後……アーシャさんが、俺の知らない謎を解いたのであった。
「あ、思い出しましたわ、この香り。これはイシュマリアの女性が体に振り掛ける、清めの香水の香りですわ」
「え、本当ですか、アーシャさん」
「私も持っていますからわかります。この香水は、女性神官が沐浴する時に使われる物なのですが、その他にもこの国では、女性が親愛なる人物と会う時にも使われるのです。どういう事ですの、コータローさん……」
「どういう事ですか、コータローさん」
 そして2人は俺を睨み付けるかのように、鋭い視線を投げかけてきたのであった。
 明らかに疑惑の眼差しである。
(やっべぇ……服に付いたこの香り、多分、あの泉に漂っていた香りだ。ど、どうしよう。なんて言おう。つーかどうやって誤魔化そう。ラティ、何かいい方法は!)
 俺はそこで、腹の上にいるラティに向かい、目で訴えかけた。
 するとラティは、悲しそうな目で俺を見詰めていたのである。
 ラティは無言で口をゆっくりと動かした。
 その口の動きを読むと、ラティはこう言っていたのである。
《ごめん、自分でなんとかしてや》と。
 俺も口だけを動かして、ラティに伝えた。
《そこをなんとか》
《無理やわ》
 ラティのこの反応を見た俺は、言い訳を必死になって考えた。
 そして、なんとか捻りだした言い訳を2人に語ったのである。
「じ、実はですね、さっき外を散歩していた時に、女性の神官とぶつかってしまったんですよ。その時、水みたいな物が掛かったから、この香りは多分それなんじゃないかなぁ。なぁんて、あはは」
「それは本当ですの?」
 アーシャさんは尚も疑惑の眼差しを浮かべていた。
 俺はコクコクと首を縦に振る。
「ええ、本当です。本当ですとも。心の底から本当ですとも」
「そうですか。まぁそういう事なら仕方ありませんわ」
 どうやら信じてくれたようだ。ホッ。
 サナちゃんはそこで、俺に抱き着いた腕を更にギュッと抱きしめてきた。
「良かったです。どこかで女性と会っていたのかと思いました」
「ははは、幾らなんでも、それはないよ」
「さて、それではもう寝ますわよ、コータローさん。明日は早いのですから」
「はい、もう寝ましょう」
 とまぁそんなわけで、俺は最後の最後に冷や汗をかいてから、一日を終える事になったのである。 
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