Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv20 ガルテナ
[Ⅰ]
フィンドの町を出発してから、どれだけ時間が過ぎたであろうか……。
時計を持っていないのではっきりとは分からないが、もう既に7時間以上は経過しているように思える。
だが、これは当てずっぽうな数字ではない。勿論、そう考えるに足る状況証拠もあるのだ。
それは何かというと、太陽の位置である。
今はもう、日も傾き始めており、山の頂きに隠れようとしているところなのである。
この分だと、あと2時間もすれば、夜の帳が降りてくるだろう。
(ガルテナまで、あとどのくらいなんだろう……明るいうちに着けるといいが……)
俺はそこで周囲を見回した。
この辺りは草原が広がるフィンドの辺りとは違って、山や林ばかりであった。
その所為か、だだっ広い草原を移動していた時とは違い、非常に窮屈に感じた。
やはり、背の高い木々や山の姿は壁のようになってしまうからだ。
おまけに、今は日も傾いてるので、余計にそう感じてしまうのである。
また、俺達が進むこの街道にも多少の変化があった。
それは何かと言うと、路面がやや凸凹とした感じになってきているのだ。なので、当然、馬車の揺れも酷くなり、乗っている俺も気分が悪くなってくる。
そんなわけで今の俺は、吐くまではいかないが、軽い車酔いみたいな症状にも悩まされているのであった。アスファルトで舗装された日本の道路が恋しい今日この頃である。
だがこれは俺だけではない。アーシャさんやサナちゃんも同じであった。2人もこの揺れには、辟易とした表情を浮かべているのである。
まぁ要するに、今までは快適だった馬車移動も段々と厳しいモノになってきているので、俺達もいい加減疲れてきているというわけである。
だがしかし……今の俺達には、それよりも大きな懸念が1つあるのであった。
それは魔物である。わかっていた事ではあるが、やはり、山間部は平野部と比べると魔物の生息数が多いのである。
ちなみに、平野部での戦闘は1回だけであった。だが、この山間部を移動し始めてからというもの、もう既に魔物の襲撃が4回もあったのだ。ゲームでも山や森はエンカウント率が高いが、それをまざまざと見せつけられた感じである。
とはいえ、出てくる魔物はフィンドの辺りとそれほど変わらず、お化けキノコや暴れ牛鳥程度の魔物であった。落ち着いて対処すれば全く問題の無い魔物達なので、今のところ、危機的な状況には至っていない。しかし、いつ強力な魔物が襲ってくるかわからない為、俺達は常に警戒しながら、この山間の街道を進んで行かなければならないのである。
俺達は慎重に街道を進んで行く。
暫くすると、『この先、ガルテナ』と書かれた看板が立てかけられているのが、俺の目に飛び込んできた。こんな看板が出てくるという事は、ガルテナはかなり近いのかもしれない。
そして、その看板から更に進んでゆくと、俺達はいつしか、前方に大きく聳えていた山の麓へとやってきていたのであった。
フィンドの辺りから山の姿は見えていたので、やっとここまで来たかといった感じだ。
だが旅はここで終わりではない。目的地であるガルテナは、この山の中だ。よって、環境が変わるここからは、更に気を引き締めなければならないのである。
俺は山中に入る前に、ワンクッション置こうと考え、レイスさんに停まるよう指示を出した。
「レイスさん、近くに川もあるので、山に入る前に少しだけ休憩をしましょう」
「了解した」
レイスさんは手綱を引いて馬車を止める。
そして俺達は、ここで暫しの休憩を挟むことにしたのである。
休憩の合間、俺は地図を広げ、目的地までの道のりをもう一度確認する事にした。
「この地図を見た感じだと、ガルテナは、この山の中を真っ直ぐ進んだ先ですね。途中、1か所だけ分かれ道があるので、そこを右に進めばすぐのようです。ですが、山中は魔物も多いので、ここからは更に警戒を強めて進みましょう」
4人は真剣な表情で頷く。
「コータローさんの言うとおりだ。シェーラよ、後方は頼んだぞ」
「わかったわ、レイス。任せておいて」
「ここから先は山ですし、私も今まで以上に注意しますわ」
「私も油断しないよう、気を引き締めます」
俺は4人の顔を見る。
皆、かなり気合が入っていたので、頼もしい限りであった。
ここで休憩を挟んだのは正解だったかもしれない。
「では、もう少ししたら出発しましょう。日のある内にガルテナには着きたいですから」――
[Ⅱ]
山の中は鬱蒼と木々が生い茂っており、不気味なほど静かだ。
警戒するあまり、奇妙に曲がりくねった木々の枝や蔦、そして岩などが魔物に見えてくる。
おまけに、今は日が傾いてるのもあって少し薄暗いので、ホラー映画をリアル体験しているような気分であった。
戦時下における極度の緊張は幻覚を見せるというが、これもそういった事の1つなのかもしれない。
まぁそれはさておき、空を見上げると、不味い事に、暗闇と化すのは時間の問題といった感じになっていた。早い話が、夕闇に入る一歩手前である。
その為、俺は焦っていた。なぜなら、魔物の時間がやってくるからである。
魔物が多い山中で夜を迎えるのだけは、どうしても避けたいのだ。
(ガルテナまで、後どのくらいなのだろう……まだだいぶかかるんだろうか……ン?)
と、そこで、馬車の速度が少し落ちてきた。
レイスさんの声が聞こえてくる。
「コータローさん……前方に何者かがいるようだ。敵かどうかは分からないが、昨日の事もある。だから、いつでも戦闘に入れるよう準備してほしい。それと、後ろのシェーラにも、それを伝えておいてくれないだろうか」
「わかりました」
俺はそこでアーシャさんとサナちゃんに視線を向けた。
すると今のレイスさんの言葉で察したのか、2人は俺にコクリと頷く。
そして、いつでも魔法を行使できるよう杖を手に持ったのである。
魔物と何回か戦闘をしているので、この辺りの対応は流石にもうわかっているようだ。
俺はそこで前方にチラッと視線を向けた。
するとレイスさんの言った通り、200m程先に何者かが数名いた。
この位置からだと細かい部分はわからないが、手と足と頭がある事から、俺達と同じく人間型の種族のようだ。
またその者達は、前方で止まって待機しており、こちらをジッと窺っているようであった。もしかすると、向こうも俺達を警戒しているのかもしれない。
前方にいるのが何者なのかはわからないが、人に化けた魔物という可能性もあるので、俺もすぐに魔法を発動できるよう、魔力操作に意識を向かわせたのである。
前方の様子を確認した俺は、魔力の流れを操りながら、馬車の後部座席に移動し、シェーラさんに今の内容を告げた。
「シェーラさん……前方に何者かがいます。昨日のような事もあるかもしれませんので、後方も十分に注意して下さい。挟み撃ちの可能性もないとは言えませんので」
俺の言葉を聞き、シェーラさんは目を細め、右手を剣の柄に添えた。
「わかったわ。でもその時は、コータローさんも援護をお願いね」
「勿論です」
そして俺達は静かに臨戦態勢に入ったのである。
レイスさんは前方にいる者達に近づくにつれ、馬車の速度を更に落としていった。
またそれと共に、前方にいる者達の姿も少しづつ判別できるようになってくる。人数は5名で、ラミリアンではなく人間のようだ。その内3名は、レイスさんやシェーラさんのように金属製の鎧を身に着ける重装備をしていた。
しかも、それぞれが剣や斧に槍、そして弓といった得物を装備している為、非常に物々しい雰囲気を漂わせている。
他の2名はローブと杖を装備しているので、どうやら魔法使いのようだ。
とりあえず、今の位置からだとわかるのはその程度の事であった。
もう少し近づけば、容姿もはっきりと分かるだろう。
ちなみに、今のところは魔物のような素振りは見えない。が、変化の杖を使って化けている可能性も否定できないので、油断は禁物である。
だがしかし……俺は何となく、前方にいる者達は魔物ではないような気がしたのだ。
なぜそう思ったかというと、魔物達が放つ禍々しい殺気が感じられなかったからである。
俺は今まで、ベルナ峡谷で何体もの魔物と訓練してきたが、そこで遭遇した魔物達はどれも俺を殺そうと殺気立っていた。勿論、ザルマ達と戦った時の魔物達もそうであった。
しかし、前方にいる者達からは、そういった殺気といったモノが微塵も感じられないのである。
だからだろうか。今の俺は警戒をしてはいるが、それほど緊迫した風には考えていないのであった。
馬車が前方の者達に近づく中、俺はアーシャさんとサナちゃんに視線を向けた。
すると2人は物凄く強張った表情をしていた。この表情を見る限り、相当ビクビクしているに違いない。
だが俺はそんな2人を見て、少し危うさを感じたのであった。
なぜかというと……集団戦闘における極度の緊張は、同士討ちを招く恐れがあると聞いた事があるからだ。ちなみにそれを聞いたのは、以前見た戦争ドキュメンタリー映画か何かでだった気がする。
まぁそれはともかく、これは非常に重要な事である。
その説が正しいかどうかはともかく、正常な判断を下すには、やはり、心にゆとりがどうしても必要だからだ。
「あの、アーシャさんにサナちゃん……そんな顔してたら、向こうも不審に思いますよ。もう少し楽にしましょう。多分、大丈夫ですよ」
「そ、そうですよね。……少し、肩に力が入りすぎてしまいました」
「ですが……もし魔物だったらと思うと……」
アーシャさんはそう言って、体をブルッと震わせた。
この様子だと、またザルマの事を思い出したのだろう。
仕方ない……安心させる為にも、さっき思った事を話すとしよう。
「アーシャさん、大丈夫ですよ、魔物じゃないと思います。俺、何となくわかるんですよ。前方にいる者達からは、殺気というものが感じられないですからね。だから、魔物の可能性がかなり低いですよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、本当です。だから大丈夫だと思います。俺もこう見えて、結構魔物と戦ってきましたからね。魔物の放つ殺気はよくわかるんですよ」
まぁこれは半分嘘だ。が、少しでも気がまぎれるならと思い、俺は言ったのである。
だがこれが功を奏したのか、アーシャさんの震えは次第に治まってきた。
またそれと共に、不安そうな表情も徐々に和らいでいったのである。
どうやら少しは安心したのだろう。
「コータローさんの話を聞いて、本当にそんな気がしてきましたわ。ありがとうございます、勇気づけてくれて」
「なに、お安いご用ですよ。……ン?」
と、そこで、馬車はゆっくりと停車したのである。
馬車の前方には、金属製の鎧を着こんだ男が3人とローブを着た女性が2人おり、俺達の進路に立ち塞がるよう立っていた。年齢は男女共、20代後半から30代前半くらいといったところだろう。
5人は今、ジッと俺達を見ている。向こうもすぐに動かないところを見ると、俺達の様子を見ているのかもしれない。
俺はそこで、まず3人の男に視線を向けた。
3人共、俺より背が高く、腕っぷしの強そうな体型の者達ばかりであった。
その為、どいつもこいつも、かなり修羅場を潜ってそうな雰囲気を醸し出している。
しかも3人は今、剣や斧に槍といった得物と盾を装備しているので、より一層、そういった風に見えてしまうのである。
ただ、あまり厳つい顔つきの者達ではないので、強そうではあるが、威圧的な戦士ではなかった。寧ろ、人当たりの良さそうな雰囲気だったので、良い人達なのかもしれない。とりあえず、3人の戦士はこんな感じである。
次に俺は、2人の女性へと視線を移した。
女性は2人共、ローブと杖を装備しているので、魔法使いとみて間違いないだろう。
彼女達からはそれなりに強い魔力を感じる。この魔力の感じだと、中級の魔法は、ある程度使えるに違いない。
そして……女性は2人共、なかなか綺麗な方々であった。
しかもその内の1人は胸を強調する衣服を着ている為、妙に色っぽいセクシーな女性なのである。おまけに結構な巨乳なのだ。
その為、俺はついついその物体に目が行ってしまう。そして、ついついニヤけてしまうのである。
男の悲しい性というやつだ。が、しかし!
「痛ッ!」
そこで突然、右足の甲に物凄い激痛が走ったのである。
俺は慌てて右足に目を向ける。
するとなんと、アーシャさんが踵で、俺の右足の甲をグリグリと踏みつけていたのだ。
アーシャさんは俺を睨みつけ、若干怒気を籠めて言葉を発した。
「コータローさん……何を見て、ニヤけてるんですの。こんな時に、不謹慎ですわッ!」
「そ、そうです……不謹慎でした。ご、ごめんなさい。だから、あ、足を……い、痛い……」
あまりの痛さの為、俺は涙目になりながらアーシャさんに謝った。
「わかればよろしい」
アーシャさんはそこで足をどけてくれた。
そして俺は解放されるや否や、すぐさま右足の甲を撫でて痛みを緩和したのである。
マジで痛かったので、ホイミを使おうかと思ったくらいだ。
と、そこで、サナちゃんの悲しそうな声が聞こえてきた。
「コータローさんは……胸の大きな女性がいいのですか?」
「は?」
俺はサナちゃんに視線を向ける。
するとサナちゃんは、なんともいえない表情で、俺を見ていたのである。
この視線があまりに痛かったので、俺は慌てて弁明した。
「ちょ、ちょっと何を言ってるの。ち、違うよ、たまたま目が行っただけさ。俺はそんな事を考えてたんじゃなくて、どういう人達なんだろうと思って観察してただけなんだよ。ただそれだけなんだ。たまたまメロンのような物体があったから、おいしそう……じゃなかった。何でこんな所に食べごろのメロンが? と思っただけなんだよ」
「見苦しいですわよ、コータローさん。言い訳なんかして。というか、メロンて一体何ですの」
迂闊であった。
良く考えたらこの国にメロンなんて物はないのだ。
俺はシドロモドロになりながら説明を続ける。
「いや、だ、だからですね……メロンというのは……ン?」
と、その時であった。
タイミングよく5人の内の1人が、俺達の方へと近づいてきたのである。
俺はこれ幸いと思い、話を逸らすことにした。
「おや? 1人こっちに来ましたよ」
【え!?】
2人は慌てて前に視線を向ける。
どうやら上手くいったようだ。
そして俺はホッと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いたのである。
俺達の方に近づいてきたのは、目や鼻がスッと整ったダンディな顔立ちをした戦士であった。
ちなみにその男は、短めの黒い髪をオールバックにし、整った口髭を生やしていた。その所為か、某世紀末救世主漫画に出てきた第三の羅将みたいな風貌であった。『白羅○精!』とか『百人から先は覚えていない』とか言いそうな雰囲気を持つ、中々に良い味を出しているダンディ戦士である。
まぁそれはさておき、そのダンディ戦士は馬車に乗る俺達を一瞥すると、レイスさんに話しかけた。
「失礼する。じき夜になるが、貴方がたはどこに向かわれるのだろうか?」
「我々はこの先にあると聞く、ガルテナへと向かっているのだが……それがどうかしましたかな?」
男は後を指さした。
「ならば、このまま進まれるがよろしかろう。途中、二手に分かれているところがあるが、右手の道を進めばすぐにガルテナだ」
「そうですか。教えて頂き、ありがとうございます。ところで、つかぬ事を訊きますが、貴方がたはここで何をされているのですかな?」
「我々はこの近辺の見回りをしているところだ。近頃、魔物の数も増えてきており物騒なものですからな。我々はガルテナを警護する為、村に雇われているのですよ」
「そうでしたか……確かにこの道中、頻繁に魔物と遭遇しましたので、我々も少し数が多いなと思っていたのです」
これはレイスさんの言う通りであった。確かに少々多い気がしたのだ。
「まぁそういうわけです。では、我々も見回りがあるので、これで失礼します。かなり日も落ちてきましたので、貴方がたも急がれた方が良いだろう」
「お気遣い感謝する。では」
と言うと、レイスさんは男に頭を下げた。
馬車の中にいる俺達も、レイスさんに習って彼らに頭を下げる。
そして俺達は、ガルテナへと移動を再開したのであった。
暫く進むと、ダンディ戦士が言っていた分かれ道へと差し掛かった。
当然、俺達は分かれ道を右に進んで行く。
すると程なくして、ログハウスのような丸太を使った建物が並ぶ、集落が見えてきたのであった。
どうやらあれがガルテナのようだ。山奥にある集落だからなのかもしれないが、マルディラントやフィンドと違い、石造りの建造物というのは少ないみたいであった。考えてみれば、石よりも木の方が多いので当たり前と言えば当たり前だが……。
まぁそれはともかく、俺達はその集落に向かい進んで行く。
そして、集落の入口の付近に来たところで、レイスさんは馬車のスピードを弱めたのである。
なぜ弱めたのかというと、集落の入り口には、槍を片手に金属製の鎧を装備した戦士が立っていたからだ。
この立ち位置と装備内容を見る限り、恐らく、村の守衛かなにかだろう。
「ようやくガルテナに着きましたわね。長かったので疲れましたわ」
「私もです」
「俺もだよ。ガルテナに着いたら、すぐに宿へ向かおう。早く寛ぎたいからね」
2人はコクリと頷く。
そして、俺達は入口に佇む守衛と少し問答をした後、ガルテナの中へと入ったのであった。
[Ⅲ]
ガルテナに着いた俺達は、入口近くに立て掛けられた大きな看板の所で馬車を止めた。
俺はそこで馬車を降り、看板へと歩み寄る。
なぜ歩み寄ったのかというと、この看板がガルテナの見取り図だったからである。
入口に置かれているという事から、恐らく、旅人の為に作られた物なのだろう。
しかもありがたい事に、これには建物の配置や屋主の名前、そして村の道が詳細に書かれているのだ。
というわけで俺は早速、目的のリジャールさんという人の家と宿屋を探すことにした。
そして調べ終えると馬車に戻り、俺は宿屋の場所をレイスさんに伝えたのである。
「レイスさん、宿屋はこの道を真っ直ぐ行った十字路の手前です。厩舎は宿屋の隣にあるみたいなので、そこに馬と馬車を預けておきましょう」
「了解した」
レイスさんは鞭を振るい馬を走らせた。
暫く進むと、見取り図に書かれていたとおり、前方に十字路が見えてきた。
またその手前には看板を掲げる建物があり、そこにはこう書かれていたのだ。『山の精霊の宿』と。
見取り図に書かれていた名前と同じ宿屋なので、ここで間違いないだろう。
というわけで、俺はようやく一息つけると思い、肩の力を抜いたのであった。
程なくして、レイスさんは宿屋の前で馬車を止めた。
俺はそこで馬車を降り、宿屋を眺めた。宿屋は周囲の建物と同じく、ログハウス調であった。2階建てで奥行きのある大きな建物で、部屋数もそれなりにありそうである。
恐らく、この村で一番大きな建物だろう。
まぁそれはさておき、こんな所で眺めていても仕方がないので、俺は部屋があるかどうか確認することにした。
「では、部屋が空いてるかどうか確認してきますんで、皆は待っててください」――
で、部屋の空き具合だが……今は村の警護をする冒険者が結構いるらしく、空き部屋が1つしかないと言われた。
しかも、その空いているという部屋は4人部屋であった。とはいえ、無いものは仕方がないので、俺は受付にいる男と交渉して簡易ベッドを用意してもらうことにしたのである。
まぁ早い話が4人部屋を5人で使うわけである。
受付の者の話を聞く限り、宿屋はどうやらここしかないようなので、現状ではこの方法しかないのだ。
話は変わるが、宿泊料金は厩舎の利用も含め、1泊40ゴールドであった。
フィンドで宿泊した時と比べるとだいぶ安いが、まぁ相部屋なのでこんなモノなのかもしれない。
つーわけで話を戻そう。
入口のカウンターでチェックインを済ませた後、俺とアーシャさんとサナちゃんは部屋に向かった。
レイスさんとシェーラさんには、厩舎に馬と馬車を預けに行ってもらったので、今はいない。後から来ることだろう。
まぁそれはともかく、俺達に宛がわれた部屋は10畳程度の広さの空間であった。
4つのベッドが均等な間隔で置かれているのが、まず目に飛び込んでくる。
その他に、木製の丸テーブルと4つの椅子に化粧台といった調度品の家具が、部屋の奥の方に置かれていた。
また、窓は1つであり、天井にはフィンドの宿屋と同様、質素なシャンデリアが1つだけぶら下がっていた。
周囲の壁は全て板張りで、その影響かどうかわからないが、以前入浴したヒノキ風呂のような芳香が室内に充満していた。その為、室内にいるにもかかわらず、森の中にいるような不思議な感覚に見舞われたのである。
以上の事から、まさしく、木の香りが漂うログハウスといった感じの部屋なのだ。
ちなみに、今見た限りでは、まだ簡易ベッドの方は用意されていないようであった。多分、後で持ってくるのだろう。
部屋の中に入った俺達は、まず荷物の類を部屋の片隅に置き、それから寛ぐことにした。
俺は椅子に腰かけると肩の力を抜いて、背もたれに思いっきり背中を預ける。そして、体内にたまった空気を全て出すかのように、大きく息を吐いたのである。
俺はそこで2人に目を向けた。
するとアーシャさんとサナちゃんは、ベッドにゴロンと横になって寛いでいた。
少しグッタリした感じだったので、だいぶ疲れたのだろう。
無理もない。道中、魔物に警戒しまくっていたし。まぁ俺もだが……。
と、そこで、サナちゃんが俺に話しかけてきた。
「コータローさん、このガルテナには何の用があってきたのですか?」
「ン、ここに来た理由かい? それはね、ある人に会う為なんだよ」
するとそれを聞いたアーシャさんは、寝ていた体をガバッと起こしたのである。
「ある人? それは初耳ですわよ。一体、誰ですの?」
「お師匠様の知り合いがガルテナにいるらしいんですよ。だから、そのお使いみたいなものです」
「ああ、そういう事ですか……」
アーシャさんはそれ以上、突っ込んで訊いてこなかった。
どうやら察してくれたようだ。
「……あの、コータローさん。私達もその人の所に行った方がいいですか?」
「いや、別にいいよ。ただのお使いだから。サナちゃん達はゆっくり休んでてよ。道中疲れたと思うからね」
「そうですか……。でも私の力が必要でしたら、遠慮なく言ってくださいね。私……コータローさん達に迷惑をかけてばかりなので、もし、お力になれるのであれば、喜んでお貸ししますから。それに……いや、なんでもないです……」
サナちゃんは何か言いたげな感じであったが、俺は頭を振った。
「そんなに気を使わなくていいよ、サナちゃん。俺達は目的が違えど旅の仲間なんだからね」
「そうですわ。私も気にしてませんから」と、アーシャさん。
「コータローさんとアーシャさんがそう仰るのなら……。でも、何かありましたら、遠慮せずに言ってくださいね」
「うん、その時はお願いするよ」
俺はそう言って、サナちゃんに微笑んだ。
サナちゃんも俺に微笑み返す。
と、そこで、扉をノックする音が聞こえてきたのである。
――コン、コン――
俺は扉に向かい返事をした。
「はい、何でしょうか?」
「レイスとシェーラだが、入ってもいいだろうか」
「鍵はかかっておりませんので、どうぞ入ってください」
「では失礼する」
扉が開き、レイスさんとシェーラさんが入ってきた。
そして、2人は空いている椅子やベッドに腰掛け、身体を休めたのである。
少し間をおいて、レイスさんが俺に訊いてきた。
「何事もなく無事辿りつけたので、一安心といったところだが……コータローさんはこの村に何の用があるのだ? ただ経由して王都に行くわけではないのだろう?」
「ああ、それなんですが、俺はこれから、ある人に会いに行かなければならないんです」
「人に会う為だったのか、なるほど」
「ある人……って誰なの?」と、シェーラさん。
「リジャールさんという方なんですが、俺も詳しくは知らないんですよ。お使いを頼まれただけなのでね」
「そうであったか。なら、日も暮れはじめているので、早く行った方が良いかもしれないな」
レイスさんはそう言って、窓の方を見た。
「ええ、そのつもりです……さて」
俺はそこで椅子から立ち上がった。
「では少しの間、待っていてください。多分、それほど時間はかからないと思いますんで」
4人は頷く。
「了解した」
「気を付けてね、コータローさん」
「外は薄暗いですから、気を付けて行って来てください」
サナちゃんはそう言って両掌を組み、祈るような仕草をした。
この子なりに気を使っているのだろう。健気な良い子だ。
まぁそれはさておき、俺は最後に「では行ってきます」とだけ告げ、この部屋を後にしたのであった。
[Ⅴ]
俺が部屋から出た直後、アーシャさんも部屋から出てきた。
「コータローさん、待ってください。私も行きますわ」
「まぁそう言うだろうと思ってましたよ。アーシャさんは好奇心旺盛な人ですからね」
俺も何となく予想はしてたのである。
付き合いも半年以上になるので、その辺の行動は読めるのだ。
「それだけじゃありませんわ。貴方には少し聞きたい事もあるのです。【お師匠様】から、何か頼まれているのでしょう?」
ヴァロムさんの名前は伏せたので、一応、その辺の空気は読んでくれたようだ。が、俺はどうしようかと考えた。
なぜなら、ヴァロムさんからは他言無用みたいに言われているからだ。
とは言うものの、アーシャさんはヴァロムさんの弟子である上、ラーのオッサンの事も知っているので、それほど秘密にする必要はないように思えたのである。
(まぁいいか……他言しないよう釘を刺しておきさえすれば大丈夫だろう……それに、ここまで来た以上、簡単に引き下がるとは思えないし……)
というわけで、俺は話すことにした。
「ではここで話すのもなんですので、外で歩きながら話をしましょうか。でも他言は無用ですよ」
「ええ、わかっていますわ」
まぁそんなわけで、ヴァロムさんのお使いにはアーシャさんと2人で向かう事になったのである。
宿屋を出た俺達は、手前にある十字路を右に曲がり、真っ直ぐ進んで行く。
曲った先は、畑や家屋が建ち並ぶ長閑な田舎の風景であったが、今が夕刻という事もあってか、少し寂しい感じがする所でもあった。
日の高い時間帯ならば、もう少し違った印象を受けたに違いない。
俺はそんな事を考えながら、前へと進んで行く。
だが進むにつれ、俺はこの村に違和感を覚えたのである。
それは何かというと、村の中には、やけに物々しい格好をした冒険者達が、何組も闊歩していたからだ。
重装備をした者や魔法使いの様な者、それに加え軽装で武装をした者等、それは様々であった。しかも、至る所でそんな者達を見かけるのである。
(この物々しい格好をした冒険者の数は、なんなんだ一体……この村で何かあったのか……)
来る途中に会った冒険者達は、魔物が増えてきたので村の警護をしていると言っていた。
だが、俺達が道中で遭遇した魔物の強さを考えると、これは少し過剰な気がしたのだ。
と、そこで、アーシャさんの声が聞こえてきた。
「コータローさん……何かあったのでしょうか。この冒険者の数は、少し多い気がするのですが……」
「アーシャさんもそう思いましたか。実は俺もです。……何か、嫌な予感がしますね。早いとこ用事を済ませまて、明日の朝には、この村を後にした方が良いかもしれませんね」
「そうですわね」
そして俺達は、目的の家へと急いだのである。
それから更に進むと、なだらかに傾斜した丘とログハウス調の家屋が見えてくるようになった。
村の入り口にあった見取り図だと、宿屋の手前にある十字路を右に曲がり、真っ直ぐ突き当たった場所にリジャールさんの名前が書かれていたので、恐らく、あれがそうなのだろう。
家屋に目を向けると、今は夕刻というのもあってか、窓から明かりが漏れていた。どうやら、人はいるみたいである。
程なくして俺達は、その家へと辿り着いた。
そして俺は、玄関扉を開き、中に向かって呼びかけたのである。
「ごめんくださ~い。すいませんが、誰かおられますか?」
明かりが見える奥の部屋から、男の声が聞こえてきた。
「おるぞ。何の用じゃ」
「あの、リジャールさんという方にお会いしたいのですが、こちらがリジャールさんのお宅で間違いないのでしょうか?」
「儂に会いたい?」
すると奥の部屋の扉が開き、灰色のローブを纏う年経た男が現れたのである。
歳はヴァロムさんと同じか、少し上の年齢であろうか。頭髪は5分刈りくらいの坊主頭で、髪は全て真っ白だ。また、顎と口元に伊藤博文のような白い髭を生やしており、妙に威厳が漂う老人であった。
まぁそれはさておき、男は玄関の方へとやってくる。
「ン、アマツの民に若い女子か? まぁよい。今、儂に用があると言っておったが、一体何の用じゃ。儂も今忙しいのでな、手短に頼むぞ」
どうやらこの人物がリジャールさんのようだ。
俺はオルドラン家の紋章を道具袋から取り出し、老人に見せた。
「私はヴァロムさんの使いでやってきた、コータローと申します」
「お、お主……ヴァルの使いの者か」
リジャールさんはそれを見るや否や、驚くと共に目を鋭くした。
そして周囲を警戒しつつ、控えめな声で言ったのである。
「……中に入るがよい。さ、こっちじゃ」
「では失礼します」――
俺達は明かりが灯る奥の部屋へと案内された。
そこは、俺達が宿泊する部屋と同じくらいの広さであった。が、奇妙な鉱石が沢山並ぶ棚や、石の入った箱、そして魔導器の類が幾つも置かれている為、妙に狭く感じる室内であった。
だが、見た事のない魔導器や奇妙な色をした石が置かれている事もあってか、俺は妙に好奇心がそそられたのである。
アーシャさんも俺と同様で、興味津々といった感じであった。
まぁそれはともかく、リジャールさんは俺達を部屋に案内すると、幾つかある木製の椅子を指さして、そこに座るよう促してきた。
「では、立ち話もなんじゃ。その辺の椅子にでも掛けてくれ」
「ではお言葉に甘えて」
俺とアーシャさんは、近くにある椅子に腰掛けた。
そこでリジャールさんも腰を下ろす。
というわけで、俺はまず、自己紹介をした。
「リジャールさん、改めて自己紹介させてもらいます。私はヴァロムさんの弟子でコータローといいます」
「私も同じくオルドラン様の弟子で、アーシャと申します」
「儂はリジャールじゃ。昔は王都で魔導器製作の技師をしておったが、今はわけあってこの地で暮らしておる者じゃ」
自己紹介も終えたので、俺は早速本題に入る事にした。
「ではリジャールさん、本題に入りたいと思います。ヴァロムさんから、ある物を受け取ってきてほしいと私は頼まれたのですが、それはもう出来ているのでしょうか?」
「うむ。もう出来ておるぞ」
リジャールさんは頷くと立ち上がり、壁際にある棚へと移動した。
そして、棚から弁当箱くらいの小さな木箱を取り出し、こちらに持ってきたのである。
「これがヴァルの奴から制作を依頼された『カーンの鍵』というやつじゃ。中を確認してくれ」
「カーンの鍵?」
「カ、カーンの鍵……」
アーシャさんは知っているのか、目を大きくしていた。
俺はそこで、もう一度確認をした。
「あの……私は受け取ってきてほしいとだけ言われただけで、どういう物かまでは聞いてないのです。ヴァロムさんが依頼したのは、これで間違いないのですね?」
「うむ。頼まれたのはその鍵で間違いないが……ヴァルの奴から何も聞いておらんのか?」
「ええ、ある物を貰ってきてほしいとしか……」
「ふむ……用心深い奴の事じゃから、情報が洩れぬよう細心の注意を払ったのじゃろう。まぁよい。それはともかく、箱を開けてみよ。盗まれてるなんて事はないとは思うが、一応、確認だけはしておかんとの」
「では拝見させてもらいます」
俺は頷くと、箱を開いて中を確認する事にした。
すると中には、赤い宝石のような物が埋め込まれた銀色の鍵のような物が入っていたのだ。が、しかし、それは明らかに普通の鍵ではなかった。
なぜならば、鍵というには欠けている部分があったからだ。
このカーンの鍵とやらの先端部には、溝というモノがないのである。
つまり、形状は鍵に似ているが、鍵の部分には何の加工もされていないのだ。
「これは本当に鍵なのですか? 鍵を模した装飾品のように見えるのですが……」
「ああ、それは確かに鍵じゃ。ただし、普通の鍵ではない。これは魔法銀の錬成によって生れた魔法の鍵なのじゃよ。ヴァルの奴、どこで材料と製法を手に入れたのか知らんが、ヘネスの月に入りかけた頃に、突然、儂の所にやってきてな、これを作れと言ってきたんじゃよ。驚いたわい」
へネスの月ということは、今から2か月ほど前である。
「魔法の鍵……」
「魔法の鍵ですって……」
アーシャさんは目を大きくして、箱の中を覗き込んだ。
この表情を見る限りだと、キメラの翼のような逸話があるのかもしれない。
と、そこで、今度はリジャールさんが質問をしてきた。
「それはそうとじゃ……お主、コータローとか言ったか。儂も噂で聞いたんじゃが、ヴァルの奴、一体何をやらかしたんじゃ。国王を謀ったなどと言われておるが、儂には信じられんのじゃ。なんでもいい、知っている事があるなら教えてくれ」
「それが、私にもよく分からないのです。ただ1つだけ言えるのは、ヴァロムさんはこうなる事を予想していたみたいなのです」
「予想していたじゃと……。ヴァルの奴、一体何を始めるつもりなんじゃ……」――
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