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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv9  試練の道

   [Ⅰ]


 青い煙の渦によって俺とアーシャさんは、石版のあった大広間ではなく、全然知らない違う場所へと運ばれてしまった。
 渦はもう消えてしまったが、今の現状を考えると、どうやらアレは旅の扉だったのかもしれない。
 理解できない現象ではあるが、俺はとりあえず、そういう風に解釈する事にしたのであった。
 ここがドラクエの世界ならば、それが一番しっくりくる考え方なのである。
 だがとはいうものの、俺の記憶が確かならば、旅の扉は基本的に、据え付け型の転移装置だった気がする。いや、場合によっては消えたりすることもあったような気もするが……。
 ともかく、その辺の事が俺も曖昧なので、はっきりと断言はできないのだ。
 しかし、アレが旅の扉だとすると、ジタバタしたところで仕方ない。
 なぜなら、出入り口となる渦が消えてしまった以上、もう俺達にはどうする事も出来ないからである。

 俺は気持ちを切り替えて、これからの事を考えることにした。
 だがその時、俺は今の自分に対して、少し不思議に思ったのである。
 なぜならば、こんな事態になったというのに、俺は妙に落ち着いているからだ。
 この世界に来た頃の俺ならば、今の状況だと、確実に慌てふためいていた事だろう。
 だが、なぜかわからないが、この異常事態に対して、驚くほど冷静に物事を見ている自分がいるのであった。
 やはり、この世界に来て3週間近く経過してるのが、かなり大きいのかもしれない。
 魔物や魔法といった非現実的なモノにも直に触れてきたので、こういった超常現象に対しての免疫がついてきてるのだろう。
 またその他にも、ここがドラクエの世界だと俺自身が認識している事も関係しているように思う。なぜなら、ドラクエの知識や常識ならば、もう既に、俺はそれなりのものを持っているからだ。
 そういった安心感もあるので、こんなにも落ち着いてられるんだろう。俺はそう考えたのである。
 まぁそれはさておき、今は現状を把握する事の方が先決だ。
 というわけで、俺はまず、部屋の様子を確認する事にしたのである。

 室内を見回すと、四方を囲う白い石壁と、そこに1つだけ設けられた銀色の扉が視界に入ってくる。金属製と思われる銀色の扉は、ドラクエでよく見かけるアーチ状のモノであった。それと、部屋の形状は正方形で、壁はレンガのような白い石を幾重にも積み上げて造られており、ドラクエらしい、中世ヨーロッパ的な雰囲気が良く出ている壁面であった。
 こういう壁を見ると、ドラクエに出てきた城や神殿をついつい思い浮かべてしまうが、今はそんな妄想をしている場合ではない。まずは現状把握が第一だ。
 ちなみにだが、今見た感じだと、この部屋の壁には、銀色の扉が1枚ある以外、他には何もないようであった。
 窓や通気口といった類の物も、勿論、無い。よって、かなり殺風景な感じの部屋であった。
 下へ目を向けると、20畳程度の広さをもつ石畳の床が視界に入ってくる。これも、特筆すべき点など何もない、ごく普通の石畳の床であった。
 こんな床を見ていても仕方がないので、俺は頭上へと視線を向ける。
 すると、10mくらい上に天井があり、そこには先程の大広間と同様、白く光る丸い石が埋め込まれていた。それらが程よい明るさで室内を照らしているので、視界は良好である。
 もしかすると、あの光る石は、古代の魔法技術によって作られた照明なのかもしれない。
 まぁそれはさておき、この部屋の様相は、大体こんな感じであった。
(さて……とりあえず、今見た感じだと、あの扉以外何もなさそうだ。最悪の場合、扉を開いて先を進むしかないのかもな。ま、アーシャさんがそうさせてくれるかどうかわからないが……。でも、ここはいったいどこなんだろう……もしかして、とんでもなく遠い場所じゃないだろうな。勘弁してくれよ、ほんと……)
 アレが旅の扉ならば、今まで俺達がいた建造物の中ではなく、遠く離れた地という可能性も十分にあるのだ。が、とはいうものの、今そんな事を考えても、結論が出ないのは明白であった。
 なぜなら、それらを判断する為の材料が何もないからである。

 室内を確認した俺は、アーシャさんに視線を向ける。
 するとアーシャさんも俺と同じく、周囲を念入りに見回しているところであった。
 見知らぬ場所に放り出されたような感じだから、こうなるのは当然だろう。
 まぁそれはさておき、今はそんな事よりも、これからどうするかである。
 俺達の選択肢は、銀の扉を潜って先に進むか、救出部隊が来るまで暫しここに留まるか……その二択だ。
(さて……どうするといいんだろう。でも、あまり勝手な行動すると、この子の事だから、突っかかってくるのは目に見えているんだよな。はぁ……よりによって、なんでこの子と二人っきりになったんだろう。やたらと俺を敵視するから、この子、苦手なんだよな……。でも、後でややこしい事になると面倒だし、一応、訊いてはおくか)
 つーわけで、とりあえず、アーシャさんに確認してみた。
「あのぉ……アーシャ様、これからどうしますか? 目の前には銀色の扉がありますけど」
 アーシャさんは俺に振り向く。
「どうって……決まってますわ。オルドラン様とお兄様がこちらに来るまで、ここで待機です。ですからコータローさんは、私の許可なしに、勝手な事はしないでくださいね」
 思った通りの答えが返ってきた。
(まぁいいや……俺も疲れたから、少し休むとしよう)
 俺はその旨を伝えておいた。
「はい、わかりました。じゃあ、私は暫く休憩しますので、よろしくお願い致します」
 そして、俺は床に腰を下ろし、一息入れたのである。


   [Ⅱ]


 俺が休憩を始めてから、30分が経過した。
 その間、何も変化は無かった。旅の扉と思われる青白く輝く煙のようなモノも、あれから一向に現れる気配はない。が、まぁ予想通りではあった。
 俺の勘だと、試練を受ける者をこの部屋に運ぶのが、アレの役目な気がしたからだ。
 そう考えるならば、もうお役御免なのである。が、しかし……もしそうならば、俺達がここでジッとしていても、事態は一向に好転しないという事である。その為、この事をアーシャさんに話そうかと思うのだが、あの気難しいアーシャさんをどう説得するかが、頭の痛いところであった。
 俺はアーシャさんに視線を向ける。
 アーシャさんは今、何の変化もないこの状況に落ち着きをなくしており、苛立ったように、部屋の中を行ったり来たりしていた。最初の頃のような余裕は全く感じられない。
 幾ら待てども、何の音沙汰もないので、アーシャさんも流石に焦っているのだろう。
 と、そこで、アーシャさんと目が合った。
 すると目が合うや否や、アーシャさんは怒った口調で、俺に話しかけてきたのである。
「コータローさん! お兄様とオルドラン様は、一向に来る気配が無いじゃないですか! 一体、何をしてるのかしらッ!」
「……多分、俺達を助けに行きたくても、こっちに来れないんじゃないですかね」
 俺はそう答えると、壁に寄りかかり、大きく欠伸をした。
「ちょっと、今のどういう意味ですの? それに気が緩んでますわ。こんな時に欠伸なんて……どういう神経してるのかしら」
「どうもこうも、今言った通りの意味ですよ。だって、考えてもみて下さいよ。俺達がこの部屋に来たのは、あの青い煙が原因なんですから、あれが現れないという事は、大広間とは行き来できないという事なんです。それと、これだけ時間が経過しても、何の変化も無いという事は、恐らく、向こうもこちらに来る手立てが、見つからないんだと思いますよ」
 とりあえず、俺は思った事を正直に伝えておいた。
「そ、そんな事は分かっています。ですから、私は他に何か……方法を……」
 アーシャさんはそこで言葉に詰まった。
 そして、ションボリと肩を落とし、顔を俯かせたのである。
 俺の言ったストレートな内容に、少し元気をなくしたみたいだ。
 というか、アーシャさんも、薄々そう思っていたに違いない。
「あの、アーシャ様、一つ訊いてもいいですか?」
「何ですの?」
「旅の扉って知っていますか?」
 アーシャさんは思案顔になり、天井を見上げた。
「旅の扉ですか……そういえば、古代魔法文明の研究者達が記した書物に、確かその名前が出てきましたわね」
「どんな事が書かれていたんですか?」
「本当かどうかはわかりませんが、それによりますと、古代の魔法技術によって生み出された時空の扉ではないかと書いてありましたわ。それと、どれだけ離れた地でも、一瞬で往来が可能になるとも書かれてましたわね。まぁ私も見た事が無いので、なんとも言えませんが……。で、それがどうかしましたか?」
 この口ぶりだと、ルーラやドラゴラムと同様、恐らく、今現在は失われてしまっている技術なのだろう。
 だが、旅の扉については、一応、伝わってはいるみたいである。
「これは俺の勘ですが……多分、今の青い煙の渦が、旅の扉だと思います」
 アーシャさんは目を大きく見開いた。
「な、何ですって! というか、どこにそんな証拠があるんですの!?」
 俺は頭を振る。
「証拠はありません。ですが、現に俺達は、あっという間に違う場所へと転移しています。なので、そう考える方がしっくりくるんですよ。それに、ここは古代の建造物。そういう事があってもおかしくは無いんじゃないですかね」
「そ、そうかもしれませんが……まさか、そんな事は……」
 アーシャさんはそう言って、青い渦があった場所へと視線を向けた。
 俺も半信半疑だし、いきなりそう思えというのも、無理な話だろう。
 まぁそれはさておき、俺は話を続けた。 
「で、アーシャ様、それを踏まえたうえで聞いてほしいのですが、あの旅の扉は、恐らく、試練を受ける者のみを運ぶ、一方通行の扉だと思うんです。まぁこれは俺の個人的な見解ですがね。だがそう考えますと、試練を突破しない事には、ここからは出られないという事になってしまうんですよ。俺の言ってる意味、分かりますよね?」
 アーシャさんは険しい表情で、ボソリと呟いた。
「試練を受けないと……ここから出られない……」
「はい、そうです。なので、もしそうならば、このまま待っていても助けは来ないかも知れません。いや、来れない可能性の方が高いです。ですから今は、あの銀色の扉を潜って先に進むのも、選択肢の1つに入れた方が良いと思うんですけど……アーシャ様はどう思いますか?」
 俺は反対されると思っていた。
 だが、アーシャさんは意外にも、すんなりと承諾したのであった。
「そうですわね。コータローさんの言う事も一理ありますわ。こうなったら仕方ありません。先に進みましょう」
 正直、少しゴネる気はしたので、肩透かしを食らった気分である。
 俺は思わず言った。
「なんか意外ですね。アーシャ様の事だから、てっきり反対すると思ったんですけど」
「む、少し棘のある言い方に聞こえましたわ。どういう事かしら? それとさっきから、なんとなく、言葉使いが横柄になってる気がしますわね」
 アーシャさんはそう言うと、俺に流し目を送ってきた。
 つい余計な事を言ってしまったようだ。
 まともに相手すると疲れるので、俺はとりあえず聞き流すことにした。
「いや、別に深い意味は無いですし、横柄にもなってませんよ。それよりも、進むのなら急ぎましょう。どれだけ時間が掛かるか分かりませんから」
「……上手く逃げましたわね。いいでしょう。でも、ここを出たら、ちゃんと聞かせてもらいますからね」
 結構、執念深い性格のようである。
 面倒な相手に目を付けられたのかもしれない。
 まぁそれはさておき、俺はそこで立ち上がった。
「それじゃあ、行きますか」
 そして、銀色の扉へと近づいたのである。

 扉の前に来た俺は、取っ手に手を伸ばす。
 だがその直後、奇妙な文字が、突如、扉の中心部に浮かび上がってきたのだ。
「な、なんだこれ……」 
 それはまるで炙り出しの文字のようであった。
 どういう原理でこうなっているのか分からないが、今のを見る限り、扉に接近したら浮かび上がる仕掛けになっているのかもしれない。
 まぁそれはさておき、この浮かび上がった文字だが、先程の大広間でヴァロムさんが解読していた、古代リュビスト文字というのに似ている気がした。
 とはいえ、浮かび上がった文字は三行程度だったので、あの石版と比べると文字数はかなり少ない。
 だが幾ら少なくても、なんて書いてあるのかはサッパリであった。
 というわけで、俺は早速アーシャさんを呼んだ。
「アーシャ様、ちょっと来てください」
「どうしました?」
「扉に文字が浮かび上がってきたんですけど、なんて書いてあるかわかりますかね?」
「文字? どれですの」
「ここです」
 俺は書かれている文字を指さした。
「これは古代リュビスト文字ですわね。えっと……この先は……試練の道…………駄目ですわ。私では解読できません」
 途中までは何とか読めたみたいだが、どうやら無理そうである。
「そうですか。でも、かなり重要な事が書いてありそうなんですよね」
 アーシャさんは残念そうに溜め息を吐いた。
「私も勉強はしているのですが……まだまだ難しいですわ。それに、古代リュビスト文字を読める者は、古代魔法の研究者でも一握りだけですの。それほどに難しい文字ですのよ」
「そうなのですか……でも、弱ったな……このまま進むのは、なんとなく危険な気がするんですよね」
 俺はそう言って、浮かび上がった文字に手を触れた。
 と、その時である。
 突然、何者かの声が聞こえてきたのだ。

【この先は試練の道……前に進む勇気を我に示せ……勇気を持たぬ者には死が待ち受ける】

「だ、誰だッ!」
 俺は周囲を見回しながら叫んだ。
「コ、コータローさん。突然、どうしたんですの!?」
「たった今、妙な声が聞こえてきたんですよ。低い男の声みたいなのが……」
「妙な声? そんな声は聞こえませんでしたわ。変な事を言わないでください」
「へ? そうなんですか。じゃあ、今のは何だったんだ、いったい……」
 俺にしか聞こえなかったようだ。
(どういう事だ……なんで俺だけ……)
 アーシャさんが訊いてくる。
「ところでコータローさん。その声はなんと言ってたんですの?」
「内容ですか? えっと、確か……『この先は試練の道。前に進む勇気を我に見せよ。勇気を持たぬ者には死が待ち受ける』と言ってましたね。どういう意味なんだか、分かりませんけど」
 するとアーシャさんは、眉間に皺を寄せ、扉に書かれた文字を凝視したのである。
「……コータローさん。さっき、この文字に触れましたわよね?」
「ええ、触れましたね」
「もしかすると……」
 アーシャさんは恐る恐る扉の文字に手を伸ばす。
 そして、文字に触れたその直後、驚きの表情を浮かべ、俺に振り返ったのであった。
「わ、私にも聞こえましたわ。確かに今言った内容の言葉です。それとこの内容は、ここに書かれている古代リュビスト文字の文章そのものだと思いますわ。私も所々は読める文字もありましたので、それらを繋ぎ合わせるとこの文章になる気がするのです」
「本当ですか?」
 俺は念の為、とりあえず、文字以外の場所にも触れてみたが、声が聞こえてくるのは文字に触れた時だけであった。
 どうやら、アーシャさんの言う通りのようだ。
「文字に触れると声が聞こえるので、その可能性が高そうですね……」
 多分だが、文字の読めない人にもわかるように、こういう仕掛けを施したのかもしれない。
 まぁそれはさておき、俺は扉のノブに手を掛けた。
「……何が待ち受けているか分かりませんが、とりあえず、扉を開きますよ」
 アーシャさんはコクリと頷く。
「ええ、開いてください」
「では行きます」
 そして俺は、恐る恐る扉を開いたのであった。


   [Ⅲ]


 俺は生唾を飲み込みながら銀色の扉を開いた。
 だがその先にある恐ろしい光景を見るなり、俺とアーシャさんは息を飲んだのである。
 俺達の視界に入ってきたモノ……それは真赤に燃えたぎるマグマで埋め尽くされた通路なのであった。
「嘘だろ……」
「な、なんですの、これ」
 見ているだけで、恐ろしいほどの熱気が肌に伝わってくる。
 しかも、この熱気によって、目の前の空間が歪んで見えるくらいであった。
 その為、これは本物のマグマだと、俺の中の何かが訴えかけてくるのである。
 俺はマグマで埋め尽くされた通路の先に目を向ける。すると、20mほど先に、黒い扉が小さく見えた。通路は真っ直ぐなので、これが意味するところは1つであった。そう……この先に進むには、どうでもこの通路を通らないといけない、という事である。
 まさか、こんな通路が扉の向こうにあるなんて思いもしなかった。これは非常に不味い状況である。
 と、そこで、アーシャさんの震える声が聞こえてきた。
「こ、こんな所を進むなんて……で、できるわけありませんわ」
「ですよね……」
 俺も同感である。が、しかし……それと同時に少し違和感もあるのだ。
 なぜなら、これだけのマグマがあるのなら、俺達がいる部屋自体もかなり熱くないとおかしいのである。
 今はマグマを見たので熱く感じるが、扉が閉まっていた時は、そんな事など微塵も感じなかったのだ。
 だがとはいうものの、古代の魔法技術で熱を遮断している可能性もあるので、もしかすると、そういう事もあり得るのかもしれないが……。
 まぁそれはともかく、問題は、ここをどう突破するかである。
「アーシャ様、どうしましょう?」
「どうって……どうもこうもありませんわ。こんな状態じゃ、進めるわけがないですわよッ」
「でも、この通路の先に次の扉がありますからねぇ……」
 アーシャさんはそこで、顎に手を当て、何かを考え始めた。
「もしかすると、アレの可能性がありますわね……」
 何か気になる事でもあったのだろうか。
 暫くするとアーシャさんは口を開いた。
「コータローさん、なにか燃やしても良いモノはありますか?」
「燃やすモノですか……ちょっと待ってください」
 どうやら、幻覚かどうかを確認するという事なのだろう。
 俺は腰に装着しているウエストポーチ状の道具入れから、汗拭き用の布きれを取り出した。
 ちなみにこれは、ただの布きれというやつである。ゲームだと、うまのふんと共に、イマイチ存在意義が分からないアイテムだったが、実際にその世界で生活するようになると、タオル代わりに使える便利なアイテムなのだ。
 まぁそれはさておき、俺はそれをアーシャさんに差し出した。
「じゃあ、コレを」
「お借りしますわ」
 アーシャさんは布きれを受け取ると、マグマへと放り投げた。
 すると次の瞬間、なんと布きれは、マグマに触れることなく、熱気によって空中で炎に包まれてしまったのだ。
 俺達は驚愕した。
「燃えた……と、という事は、これは本物なのか……」
「で、ですわね」
 俺達は今になってようやく戦慄を覚えた。
 実を言うと、俺も心のどこかで、これは幻覚だと思っていたのである。
 だが、それがたった今、目の前で否定されてしまったのだ。
「一旦扉を閉めましょうアーシャ様……」
「ええ……」――

 扉の向こうを見て恐れを抱いた俺達は、入口の部屋で、先に進む方法を話し合う事にした。が、方法は見つからない。おまけに、抜け道のようなモノも皆無であった。
 そして、さっきまで楽観的だった俺も、この状況を前にして、次第に焦りが生まれてきたのである。
(このまま、ずっと足止めを喰らうのは不味いな……俺達は食料がないから、いずれ体力が消耗してゆく。何かないのか方法は……クソッ)
 最悪の場合、救出されず、この場で人生を終える可能性だってあるのだ。
 早めに何とかしないと、俺達はここで果てる事になってしまうのである。
(これは試練だ……とするなら、向こうに渡る方法が、何かある筈だ……それを早く見つけなければ……ン?)
 と、そこで、アーシャさんの呟くような声が聞こえてきたのである。
「……この先は試練の道。前に進む勇気を我に示せ。勇気を持たぬ者には……死が待ち受ける」
「さっきの声が言っていた内容ですね。なにか分かりましたか?」
 アーシャさんは俺に振り向く。
「コータローさん……この言葉、どう思いますか? 私、どうも引っ掛かるんです」
「と言いますと?」
「先程、あの布きれが燃えた事からも、あのマグマは本当のように思います。ですが、あの声は勇気をもって進めと言ってるのです。どういう事なのかしら……。あの中に進むなんてどう考えても自殺行為ですわ」
「確かにそうですね」
 言われてみると、確かにそのとおりである。
 あそこを進むのは、ガチの自殺行為だ。
「コータローさんの意見を聞かせてください。それに……悔しいですが……貴方はあの石版の謎を解いた事から考えても、私より柔軟な物の考えが出来る気がします。あのオルドラン様もそう思っているからこそ、先程、貴方に訊いたのだと思いますから」
 そしてアーシャさんは、ションボリと俯いたのである。
 今の言葉を聞いて、アーシャさんが俺を敵視していた理由が分かった気がした。
 要するに、ぽっと出のわけの分からん俺みたいな奴が、高名な魔法使いであるヴァロムさんの弟子だったので、それが気に入らなかったのだろう。それで、ついつい意地を張ったに違いないのだ。
 そう考えると、さっきまで面倒な子だと思っていたのに、途端に可愛いく見えるから不思議である。
 まぁそれはともかく、マグマが本当だったので諦めてしまったが、とりあえず、あの言葉についてもう一度考えてみるとしよう。
「……分かりました。答えが見つかるかどうかわかりませんが、ちょっと考えてみます」
 俺はさっきの言葉を脳内で復唱した。

(この先は試練の道……前に進む勇気を我に示せ……勇気を持たぬ者には死が待ち受ける)

 考えれば考えるほど、やたら勇気という単語が目に付く文章である。
 例えるならば、大事な事なので2回言いました的な感じだ。
 そこで俺は考える。勇気ってどういう意味なんだろうと……。
(真正直に考えるならば、恐れずに立ち向かう心の強さ……これが勇気だと思うが……ン?)
 と、その時、最後の一文が、非常に重要な文章に思えたのであった。
 勇気を持たぬ者には死が待ち受ける……つまり、心に弱さを持つ者は、死が待っているという事である。
(心が弱いと死ぬし、心が強ければ死なない……ハッ!? ……もしかすると、あのマグマとさっき燃えた布きれは……いや、しかし……でも説明できる現象は、これしか考えられない。だがそれを確認するには、実際に試す以外ない。でも……もし違っていたら……俺は死んでしまう。どうしよう……だが、いつまでもこうしてはいられない。ここはもう、自分を信じてやるしかないだろう……)
 さんざん悩んだ末、俺は覚悟を決めた。
「アーシャ様……俺、この通路を進んでみようと思います」
「コータローさん、何を突然言い出すのですかッ」
 アーシャさんは青褪めた表情になる。
「俺の考えが正しければ、恐らく……進んで行ける筈です」
「ち、違っていたら?」
「俺は身を焼かれるでしょう。でも、確かめるにはこれしかないんです」
 アーシャさんは俺の手を取ると、懇願するように言った。
「コ、コータローさん。早まった真似はやめてください。私はそういう意味で言ったのではないんです。じっくりと考えて欲しかったから言ったんです」
 ちょっと半泣きに近い表情である。
 一応、心配はしてくれてるようだ。
 こんなアーシャさんを見ると、俺も決心が鈍ってくる。
 だが、確認するには進むしかないのである。
「アーシャ様、心配してくれてありがとうございます。でも俺を信じてくれませんか?」
 俺達の間に沈黙が訪れる。
 暫くすると、アーシャさんは少し俯きながら口を開いた。
「決心は固いのですね……分かりましたわ。ですが、くれぐれも無理はしないでください。思いとどまっても、私は非難しませんから」
「ありがとうございます、アーシャ様。では行ってきます」
 そして、俺は銀色の扉に手を掛けたのである。

 扉を開くと、マグマに埋め尽くされる灼熱の通路が姿を現した。
 それを前にして、俺は大きく深呼吸をしながら、心を強くするんだと自分に言い聞かせた。
 俺の考えが正しければ、心の強さが、このマグマに打ち勝つ為の絶対条件なのである。
 そこで俺は、3つの疑問点を思い返した。
 1つ目は、扉の向こうにあるマグマは、いったい誰が運んだのかという事、2つ目は、マグマが付近にあるのに、なぜ隣の部屋は常温なのかという事、そして3つ目は、布きれはなぜ空中で燃えたのかという事である。
 確証はないが、これら3つを説明できる現象が1つだけあるのだ。俺達は1つの現象に捕らわれていた所為で、それが死角になり、事実が見えなかったに違いないのである。
 俺は深呼吸をしながら、後ろをチラッと見た。
 すると、背後にはアーシャさんがおり、今は胸元で手を組み、祈るような仕草で静かに佇んでいた。こういう風に大人しいと、可愛い子である。が、今はそんな事を考えている場合ではない。
 俺は視線をマグマに戻すと、意を決し、前へ進むことにした。
「それでは行きますッ」
 心を強く持ち、俺はゆっくりと、マグマの上へ足を乗せる。
 そして、一歩、二歩、三歩、四歩、五歩と進んだところで、俺は立ち止まった。
 予想通り、マグマが俺の身を焦がす事はなかった。そう……これは幻覚なのである。
 俺はアーシャさんに報告した。
「どうですか、アーシャ様。ね? 大丈夫だったでしょう」
 アーシャさんは目を大きく見開いた。
「な、なな、なんで大丈夫なんですのッ!?」
「見ての通り、このマグマは幻覚ですよ。ただしこれは、心が弱いと身体に影響が出る、かなり危険な部類の幻覚なのだと思います。ですから、あの声は勇気を示せと言ったんですよ」
 俺はそこで、足元にある布きれを手に取り、アーシャさんに見せた。
「ほら、この布きれも燃えてなんかないです。燃えた様に見えたのは、燃えるかもしれないという心の弱さが、俺達にそう見せていたんです。燃えないと強く思えば、この通りそのままなんですよ。それと幻覚ですから、隣の部屋や扉が熱くないのは当然ですしね。というわけで、以上です」
 アーシャさんはポカンとしていた。
 流石に予想外の答えだったんだろう。
 まぁそれはさておき、俺はアーシャさんに手を差し伸べた。
「さぁアーシャ様、向こうへ行きましょう。大丈夫です。心を強く持ちさえすれば、こんな幻覚どうって事ないですから。それに、早くしないと、ティレス様も待ちくたびれてしまいますよ」
「そ、そうですわね。コータローさんの言うとおりですわ」
 アーシャさんは俺の手を取ると、そっとマグマの上に足を乗せた。
「本当に大丈夫ですのね……不思議ですわ」
「ええ。しかし、このラーとかいう神様は悪趣味ですね。本人が目の前にいたら、こんな試練作るなよって言いたい気分ですよ」
「ウフフ、本当ですわね。それじゃあ、コータローさん。先に進みましょう」
「あの、その前にちょっとだけいいですか」
 アーシャさんは首を傾げる。
「え、何ですの?」
「1つ提案があるんです。この試練の間だけでも構わないんで、アーシャ様の事をアーシャさんと呼んでいいですか?」
 アーシャさんはニコリと微笑むと即答した。
「なんだ、そんな事ですか。良いですわよ。試練が終わった後も、そう呼んでいただいて結構です」
 言ってみるもんである。
 何でこんな事を訊いたのかと言うと、さっきの悔しそうなアーシャさんを見たのが理由であった。
 俺に対して意地を張るなんて無駄な事をするよりも、気兼ねなく話せる関係になった方がお互い楽だろうと思ったからだ。
「ありがとうございます。実を言うと、俺はそう言った言葉を使うのが苦手なんですよね。それに、お互い気楽に話し合えるような感じじゃないと、この先に何が待ち受けてるか分かりませんからね」
「コータローさんて、変な方ですわね。こんな事を訊いてきた方、貴方が初めてですわ」
 アーシャさんはそう言って、クスクスと笑った。
 そう思うのも無理はないだろう。だって俺、この世界の人間じゃないし。
 まぁそれはさておき、先に進むとしよう。
「じゃあ、そうと決まったところで、次の扉へと行きますか、アーシャさん」
「そうですわね。急ぎましょう」――


   [Ⅳ]


 俺とアーシャさんはマグマの通路を進んで行く。
 程なくして俺達は、奥にある黒い扉の前へと辿り着いた。
 するとそこで、さっきの銀色の扉と同様、また文字が扉に浮かび上がってきたのである。
 文字は例によって古代リュビスト文字のようであった。
 俺達はその文字に触れる。
 そして、あの声が聞こえてきたのだ。

【これより先は、最後の試練……知性と勇気とその精神を存分に示せ……立ち塞がる困難を振り払い、真実へと繋がる扉を開くがよい】

 声はそれで終わりであった。
「どうやら、これが最後のようですね。今度はなんとなく戦闘がありそうな感じがしますけど、行きますか?」
「行くしかありませんわ。それに今のところ、帰る手段はないのですから、進むしかないのです。でもその前に、戦いがあるかもしれませんので、装備品の確認をしたほうが良さそうですわね」
「確かに」
 というわけで、俺達は武具や薬草などの道具をチェックし、すぐに使える状態にしたのである。

 話は変わるが、薬草は、昨日の武器屋で購入した物だ。
 俺は薬草と聞いて葉っぱのイメージをしていたのだが、店で出された物は、ガラスの小瓶に入った緑色の液体であった。よって、見た目は青汁に近い品物である。
 ヴァロムさんの話によると、幾種類かの薬草をすり潰して調合し、仕上げに水と魔力を加えて作られた魔法薬らしい。飲んでも塗っても即効性の効果があるそうで、すぐに身体を回復してくれるようである。
 というわけで、薬草に関しては、ゲームと同じ効能のようだ。
 それから、アーシャさんの装備はこんな感じである。

 武 ……祝福の杖
 盾 ……無し
 兜 ……銀の髪飾り
 鎧 ……魔法の法衣
 足 ……皮のブーツ
 腕 ……無し
 ア ……金のブレスレット

 俺よりもちょっと良い感じの装備であった。
 魔法の法衣は紺色のローブで、かなり上質な生地で作られている防具のようだ。ゲームだと、攻撃呪文の軽減効果があったはずなので、俺からすると羨ましい装備品である。
 それと祝福の杖だが、白く美しい柄の先端に天使の彫刻が施されており、非常に神秘的な雰囲気が漂う杖であった。
 俺の記憶が確かならば、この杖は確か、道具として使うとベホイミの効果があった気がするので、今の現状と照らし合わせると、非常に頼もしく思える武器なのである。
 というわけで話を戻そう。

 装備品のチェックを終えたところで、俺はアーシャさんに確認した。
「アーシャさん、準備は良いですか?」
「もう結構ですわ」
「じゃあ、開けますよ」
 アーシャさんは緊張した面持ちでコクリと頷く。
 そして俺は、慎重に扉を開いたのであった。

 黒い扉の向こうには、四方の壁が全て鏡となった縦長の四角い空間が広がっていた。
 周囲の鏡が互いを映すので、ひどくゴチャゴチャしている所である。
 また、よく見ると中は結構広く、縦に30m、横幅が10mくらいはありそうな空間であった。
(なんだここ……壁全部が鏡かよ。まぁ……ラーの鏡がありそうな雰囲気ではあるけど……さて、何が待ち受けているのやら……)
 中に入ったところで、俺は扉を閉め、まずは周囲を見回した。
 すると、奥の壁に1つだけポツンと佇む扉が、視界に入ってきたのである。しかも、それは黄金の扉であり、この鏡の空間内で、異様なほど存在感を放っていたのであった。
(今見た感じだと、気になるのはあの扉だけだな……他には何もなさそうだ)
 あの黄金の扉が、真実へと繋がる扉なのかもしれない。
「コータローさん、あの扉がそうみたいですわね」
「ええ。ですが、立ち塞がる困難という表現がありましたので、注意が必要ですよ」
「勿論、わかってますわ」
 俺達は互いに頷くと、武器を構えて、警戒しながら扉へと進んで行く。
 だが、この部屋の真ん中あたりまで進んだところで、異変が起きたのであった。
 なんと前方の床から、突如、不気味な2つの黒い煙が立ち昇ったのである。
「な、なんですの。アレは!」
「魔物かッ!」
 俺は慌てて魔導士の杖を黒い煙に向ける。
 アーシャさんも同じように、祝福の杖を黒い煙へと向けていた。
 黒い煙は俺達と相対する位置から立ち昇っている。
 しかし、黒い煙は俺達に攻撃してくるような気配はなかった。
 その為、俺達は暫し様子を見る事にした。
 と、その時である。
 なんとその黒い煙は、突如、渦を巻き始めたのである。
 すると程なくして黒い煙は、漆黒のローブを纏う不気味な存在へと変貌を遂げたのであった。
 俺達はそれを見るなり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
 その姿はまるで、ロード・オブ・ザ・リ○グに出てきた指輪の幽鬼ナズグルを思わせる不気味な存在だった。
 そして、この2体の不気味な存在は、俺達の行く手を阻むかのように、黄金の扉の前に立ち塞がったのである。 
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