Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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Lv3 修行
[Ⅰ]
翌朝。
「起きろ、コータロー」
「ンンン……あ、おはようございます、ヴァロムさん。ふわぁぁぁ」
ヴァロムさんに起こされた俺は、遠慮なく、大きな欠伸をした。
「ちょっと、こっちへ来てくれぬか」
「へ? あ、はい」
ヴァロムさんは、部屋の中央にあるテーブルに来いと手招きをした。
俺は眠い目を擦って欠伸をしながら、のそのそとテーブルに向かった。そして、そこにある椅子に座らされたのである。
俺はそこで、テーブルの上へ視線を向ける。
すると、奇妙な物体が、俺の視界に入ってきたのだ。
頭につけるサークレットみたいな物や腕輪、そして胸当てとブーツ、そういった防具を思わせるようなモノが、テーブルの上に所狭しと並べられていたのである。
しかも、それらは全てが、毒々しい深紫色をしていた。
(なんだよ、この呪われてそうな防具類は……)
それが俺の第一印象であった。
首を傾げながら、それらを眺めていると、ヴァロムさんの声が聞こえてきた。
「コータローよ。昨日言った通り、これから修業を始めるぞ。まずはこれらの防具を装備するのだ」
「えっ? ……この防具を、ですか?」
俺はヴァロムさんと防具を交互に見る。
「そうじゃ。さっ、早く装備せよ」
「はぁ……」
寝起きの上に唐突な展開なので、あまり気が進まなかったが、渋々、俺は気のない返事をして立ち上がり、ヴァロムさんに促されるまま、テーブルの上にある防具類を装備し始めた。
(こんな物を装備するという事は、やはり魔物と戦わなければならないのだろうか……なんかやだなぁ……俺は喧嘩とか苦手なんだよな。中学や高校の部活も、武道系じゃなくてサッカー部だったし。はぁ……)
などと考えつつ、俺は防具を装備してゆく。
全部装備したところで、俺は改めて訊いてみた。
「あの、これからいったい何を始めるんですか?」
「決まっておる。勿論、修行じゃ」
ヴァロムさんはそう言うと、俺に杖を向け、【ムンッ】という掛け声を発したのである。
その直後、杖から紫色の光線が、今装備した胸当てに向かって放たれた。
そして、俺に予期せぬ異変が襲い掛かったのだ。
【ウ、ウワァァ。か、身体ガァァ、身体ガァ動かないィィィ、WRYYYYYYYY】
なんと突然、身体の言う事聞かなくなり、俺はうつ伏せになって倒れこんでしまったのである。
それはまるで、四肢が動かない様に何かで固定されたかのようであった。
(い、いったい、何が起きたんだ……な、なんで体が動かないんだよ!?)
この異常事態に気が動転する中、ヴァロムさんの軽快な笑い声が聞こえてきた。
「カッカッカッ。お主はこれから、その防具を身に付けて生活するのじゃ」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいッ。こんな状態で生活なんか出来るわけないじゃないっすか!」
頬を床に着けながら、俺は必死に抗議した。
「なら、出来るようにならんとの」
「マ、マジで言ってんスか」
首が上手く動かせない俺は、上目づかいでヴァロムさんを見た。が、この人の目は本気だと言っていたのである。
「も、もっと他の修行はないんですか? ぜ、全身が動かせないなんて、あんまりっスよ。というか、何なんスか、コレッ」
俺は必死に懇願してみた。
だが無情にも、ヴァロムさんは頭を振ったのである。
「駄目じゃ。これが一番手っ取り早く上達できる方法じゃからの。というわけで、修行をするにあたって、お主に一つ助言をしておこう。その防具はな、魔力が通過する事によって負担が軽くなる様になっておる。しかも、強い魔力になればなるほど軽くなるのじゃ。じゃから観念して、この修行をするんじゃな。カッカッカッ」
「ま、魔力を操るって言ったって……」
「お主は昨日、魔力の流れを感じたと言っておったろう。あれを再現するのじゃ。さすれば道は開けよう。さぁ、始めるのじゃ」
(ま、魔力の流れって……指先に意識向かわせた時のやつか。と、とりあえず、右手からやってみよう……)
俺は昨日のように、右手の指先へ意識を向かわせる。
そして、何かが流れるようなイメージを思い浮かべた。
すると次第に、昨日と同じような力の流れが感じられるようになってきた。
と、その時である。なんと、右手が少し軽くなってきたのだ。
それはまるで、重石が軽くなったかのような感じであった。
俺はそこで右手を動かしてみる事にした。
グーとパーを繰り返し、腕を第二関節から曲げる。それを何回か繰り返した。ちょっと重いが、なんとか動かすことは出来るみたいだ。
つまり、同じような要領でやっていくと、他の部位も動かせるという事なのだろう。が、しかし……これは集中力が切れたその瞬間、動けなくなるという事である。
俺はそこまで物事に集中することが出来るだろうか……。いや、多分、できない気がする。
自分で言うのもなんだが、俺は物凄く集中力が無い。寧ろ注意力が散漫している方なのだ。
それを考慮すると、俺にとってこの修行は、ある意味、拷問に近いのである。
(これを延々と続けなきゃならんのか……勘弁してくれよ、もう……)
と、そこで、ヴァロムさんの気楽な声が聞こえてきた。
「その調子じゃ、その調子じゃ。それと、この防具の所為で、魔力切れになる事はないから、そこは安心せぇ。まぁ精々頑張るんじゃな。あ、そうじゃこれも言うておこう。その防具は、儂でないと外せんからな。お主が自分で外そうと思っても無駄じゃわい」
「な、なんだってぇぇ! ちょっ、マジすか!?」
「観念せい。儂が良いというまで防具は外さんから、そのつもりでな。では、頑張れ。カッカッカッ」
俺は深い穴に突き落とされた気分になった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。こんな防具ずっと着けてたら、何もできないじゃないかッ!」
「カッカッカッカッカッ」
だが俺の訴えに対してこのジジイは、水戸の御老公のように、遠慮なく豪快に笑うだけなのであった。
流石にムカついたので、俺も遠慮なく言ってやった。
「ふざけんなよ、ジジイッ。 は、外しやがれッ! 笑っている場合じゃねぇよ。この糞ジジイッ。外せッ、コノヤロー!」
「カッカッカッカッカッ」
【ち、畜生! 鬼ッ! 悪魔ッ! 人でなしィィィィ! ウワァァァン】
俺は絶叫した。
(なんでこんな目に遭わなければならないんだよ……俺がいったい何をしたってんだよ。このジジイィィィィィ!)
今まで良い人だと思っていたが、この時を境に俺は考えを改めた。
俺はこれを機に、嫌な糞ジジイという称号を、このヴァロムさんに与えたのである。
[Ⅱ]
俺がこの世界に来てから、はや2週間が経過した。
とはいっても、この世界に1週間という概念はない。
ただ単に14日ほど経過したから、便宜上、慣れ親しんだ2週間という表現を使っただけだ。
それにこの世界での1日の長さは、一応、地球とよく似たものであるので、その表現でも問題はない筈である。
また、ここでは週という概念はないが、俺達の世界でいう1か月という考え方に近いものはあるみたいだ。
それら月の名前は確か、アレスとかジュノンとかいう名前だったか……。
他にも幾つかあったが、その辺のところは、俺もまだはっきりとはわからない。
とりあえず、追々、勉強していこうとは思っているところである。
まぁそれはさておき、俺は今、住居内の整理整頓をしている最中であった。
居候の身分なので、このくらいの仕事はしなきゃならんのだ。
だがとはいっても、ただ整理整頓をしているわけではない。
傍目からは、掃除をしている風にしか見えないが、これも心身をというか、魔力を生み出す魂を鍛える為の修行をしている最中なのである。
そう……あれからもずっと俺は、あの妙ちくりんな防具類を装備し続けているのだ。
この防具は、ヴァロムさん自身の手によって以前作成したものだそうだが、決して防御力や攻撃力が上がったりする装備品ではない。
寧ろ、それらを下げる役目を持った、ある意味、呪われたかのような品々なのである。
というか、ハッキリ言って、呪われた防具と言い切っても問題ないように思える。
これがゲームなら、ドラクエで定番の呪われた効果音が聞こえたに違いない。まぁ俺の場合は、アイテムを装備した時ではなく、冒険の書が消えた時にしか聞いた事はなかったが……。
と、とにかく、そう思わせる程に厄介な代物なのである。
だがまぁそうは言っても、一応、修行用の防具らしいので、そこにはある程度の線引きはしておいた方がいいのだろう。
あえてこれらに名前を付けるなら、大リーグ養成ギプスならぬ魔法使い養成ギプスといったところだろうか。
まぁそんなわけで、俺のイメージ的には、魔法使いの星を目指すような防具達なのであった。
話は変わるが、今でこそ、ある程度動けるようになったが、初日はエライ目にあったのを思い出す。
なぜなら、これを装備した直後は、やりたくもないのに匍匐前進での生活を余儀なくされたからである。
1m動くのにもヒィヒィ言ってたのだ。
当然、飯を食うのも一苦労であった。勿論、小便や大便も……。
要するに、介護が必要な一歩手前、という感じの状況に陥っていたのである。
一つの動作をするにも、細かく魔力制御をしなければならいないから、俺みたいなど素人の場合は当然の結果である。
その為、最初の数日は、本当に地獄の様な日々であった。
だが、苦労の甲斐もあり、俺もここにきてようやく、負荷を軽減するコツのようなモノをつかんだので、当初と比べると、大分まともに生活が送れるようになってきたところなのである。
つーわけで話を戻そう。
周囲の片付けを終えた俺は、とりあえず、ヴァロムさんの所に行って終了報告をする事にした。
ヴァロムさんは朝からずっと机に向かっており、何かの書物を見ているようだ。
かなり熱中しているのか、俺の接近にも気付いてないようであった。
「あの、ヴァロムさん。一応、掃除の方は終わりましたけど」
ヴァロムさんは振り返る。
「ン? ああ、終わったか。ほう、綺麗になったの。お主、中々に使える弟子じゃわい。カッカッカッ」
このジジイはサラッと適当な事を言う。
(いつの間にか、居候から弟子になってるし……)
まぁそんな感じだから否定はしないが。
「はいはい……。でも、この防具を外してくれたら、もっと綺麗に掃除しますよ」
「それは駄目じゃ。諦めい」
「でしょうね。ン?」
と、そこで、机の上に広げられた古めかしい書物が、俺の視界に入ってきたのである。
材質が羊皮紙なのか分からないが、所々が茶色く変色した書物であった。
(なんか、知らんけど、かなりの年月経ってそうな書物だな……何が書いてあるんだろう……)
ふと気になり、俺は机の脇から書物を覗き込む。
すると、鏡のような絵とパルテノン神殿のような絵が目に飛び込んできた。
絵の構図としては、鏡から神殿に向かって光が放たれているといった感じであろうか。
そして、この絵の周囲には、見た事もない文字がみっしりと記されているのである。
勿論、俺には何が書いてあるのか、さっぱり分からなかった。
どことなく文字の形がルーン文字に似ているが、それ以上は分からない。
恐らくこれは、この地で使われている文字なのだろう。
言葉は通じるが、俺はまだこの世界の文字は分からない。
なので、こういった書物を読めないのが辛いところであった。
「……なんか、えらく古そうな書物を眺めてるんですね」
「ああ、これか。儂は今、ちょっと調べ物をしておるのじゃよ」
「へぇ、調べものですか。ちなみに、これって鏡ですか?」
俺はそう言って、鏡らしき絵を指さした。
「うむ。ここにはラーの鏡と記述されておるな」
ラーの鏡……。
俺がプレイしたドラクエでは、Ⅰ以外の全てに登場した定番アイテムである。
とはいうものの、キーアイテムであったり、ただのアイテムであったりと、作品ごとに扱いの違うアイテムだった。
だが、このアイテムの効果は、確かどのドラクエでも同じだった気がするので、ここでも同じ扱いなのかもしれない。
とりあえず、確認してみよう。
「これはラーの鏡なんですか……それって確か、真実を映し出すとかいう鏡のことですよね?」
だがヴァロムさんは、今の俺の言葉を聞き、怪訝な表情を浮かべたのであった。
「何……お主、この鏡の事を知っておるのか?」
「へ? あ、いや……ただ、昔読んだ御伽噺に、そういうのが出てきた気がしたんですよ」
俺は適当に答えておいた。
ゲームではそういう設定でした……とは流石に言えないから仕方ない。
「ふむ、御伽噺か。どんな話か、少し聞かせてくれぬか?」
「え、話を……ですか?」
「うむ」
軽率な事を言ってしまったようだ。
(うわぁ、どうしよう……俺、もしかして余計なこと言ったのか。でもまぁ、それほど誤魔化す必要がある話でもないし、別にいいか。でも用心はしておこう……)
というわけで、ツッコまれても逃げられるよう、それとなく、昔話風に話すことにした。
「そうですね、幾つかあるんですけど――」
俺は魔物によって犬の姿にされたお姫様の話と、ある国の王様の正体が実は魔物であったという話、それから魔王の呪いの所為で、眠りから目覚めない王様と王妃様の話をとりあえずした。
ヴァロムさんは目を閉じて、それらの話を静かに聞いている。
「――俺が覚えているのは、そんなところですかね」
「ふむ。実に興味深い話じゃな」
ヴァロムさんはそう言うと、顎鬚に右手を伸ばして撫で始めた。
最近になって分かったのだが、何かを深く考えるとき、顎鬚を撫でるのがこの人の癖のようだ。
まぁそれはさておき、ドラクエシリーズならば、大体こんな設定だったと思う。
だが、この世界におけるラーの鏡というのが気になったので、それを訊いてみる事にした。
「ところでヴァロムさん。このイシュマリア国には、ラーの鏡の言い伝えみたいなものがあるのですか?」
ヴァロムさんは机の書物に視線を落とすと、静かに話し始めた。
「ラーの鏡……。これについては伝わっているといえば伝わっておるが、どういう物なのかは、まだはっきりと分かっておらぬのじゃ」
「え? じゃあ、名前だけが伝わっているって事ですか?」
「身も蓋もない言い方じゃが、そういう事になるの」
(……変だな。お約束のように、真実を映し出す言い伝えでもあるのかと思ったのに……)
まぁいい、もう一つの絵について訊いてみよう。
「それじゃあ、こっちの神殿みたいな絵は何なんですか?」
「うむ。儂は今、そこに描かれておる神殿について調べておるのじゃよ。イシュマリア国の伝承には、こう語られておる。大いなる力を封じし古の神殿・ダーマとな」
「ダ、ダーマ神殿!?」
俺は思わず、声に出して驚いてしまった。
「むッ。お主、ダーマ神殿についても何か知っておるのか?」
また余計な事言ってしまったようだ。
もう言うしかないだろう。
「実は今のダーマ神殿も、ラーの鏡が出てきた御伽噺の中で出てきたんですよ。だから驚いたんです」
するとヴァロムさんは、前のめりになって訊いてきたのである。
「話すのじゃ。どんな話か聞きたい」
やっぱりこうなるよな。
よわったな、どういう風に説明しよう……。
ドラクエというゲームに出てくる職業安定所です、とは流石に言えないしなぁ。
仕方ない、とりあえず、ぼかしながら話しとこう。
「俺が読んだその御伽噺に出てくるダーマ神殿は、訪れた巡礼者の眠っている力を引き出してくれる神殿ってなってましたね。確か、そんなんだったと思います」
こんな言い方でいいだろう。
大局的に見れば、ドラクエでのポジションも大体こんな感じだったし。
「眠っている力を引き出す……」
だが俺の説明に何か思うところでもあるのか、ヴァロムさんはそこでまた黙り込んでしまったのだ。
まぁこの反応を見る限り、色々と考えさせられることがあったに違いない。
でも俺は、ラーの鏡とダーマ神殿が一緒に描かれている、こっちの古めかしい書物の方が気になった。
何故ならこの二つは、俺がプレイしたドラクエだと、それほど密接な関係性があったわけではないからである。しかし、この書物を見る限り、かなりその関係性を臭わせる絵の構図になっているのだ。
(ラーの鏡とダーマ神殿ねぇ……一体、どういう関係があるんだろう。気になるな……)
俺はそれを訊ねる事にした。
「あの、ヴァロムさん。俺、ここに書かれている文字が読めないんで分からないんですけど、ラーの鏡とダーマ神殿がここに描かれてるという事は、この二つには何らかの関係があるのですか?」
「ああ、それか。ここにはな、今言ったダーマ神殿の封印を解くのに、ラーの鏡が必要だと記されておるのじゃよ。じゃから二つの絵が、ここに描かれておるのじゃ」
ダーマ神殿の封印を解くのにラーの鏡が必要?
はて、俺がプレイしたドラクエに、そんな展開はなかった気がする。
という事は、やはり、俺のプレイしてないドラクエ世界なのだろうか……。
いや、それはまだ分からないが、これで一つ確信に近づいた気がする。
この二つのアイテムの名が出てきたという事は、やはりここはドラクエの世界の可能性が高いようだ。
(はぁ……ドラクエ世界か……何でこんな事になったのやら。とほほ……。リアルドラクエは経験したくなかったよ。つか、帰れるんだろうか、俺……)
そんな風に嘆いていると、ヴァロムさんの声が聞こえてきた。
「ところでコータローよ。一つ訊きたい」
「はい、何ですか?」
「お主が読んだという御伽噺についてじゃ。それは何という題名の話なのじゃ」
(うわ、またすんごい質問してきたな。ええっと……何て言っておこう……でも、ゲームのタイトルであるドラゴンクエストとはあまり言いたくないんだよな。なんか気持ち悪いし……。まぁいいや、とりあえず、あの副題でも言っておけ。今の俺の心境を如実に現してるし……)
つーわけで、俺は、Ⅵのサブタイトルを告げることにした。
「その御伽噺ですか。えっと……確か、幻の大地とかいう題でしたかね」
「ふむ。幻の大地というのか」
ヴァロムさんはそういうと、また無言になって何かを考え始めたのである。
かなり適当にチョイスした題名なので、少し悪い気もしたが、これで納得してもらうとしよう。
まぁそれはさておきだ。
さっき整頓していた時に気になった事があったので、俺はそれをヴァロムさんに報告しておいた。
「それはそうとヴァロムさん、さっき整頓していて気付いたんですけど、もう食料が残り少なくなってきてるようなのですが……」
「おお、そういえばそうじゃった。お主が増えたもんじゃから、そろそろ買い出しに行かねばと思っておったのじゃ」
ポンと手を打ち、思い出したようにそう言うと、ヴァロムさんは壁際にある食料が入ったストッカーへと向かった。
ちなみにこのストッカーは、某ゾンビゲームにでてきたアイテムボックスのような作りの大きな木箱である。
ヴァロムさんはストッカーの上蓋を捲り、中を覗き込んだ。
「ふむ。残り5日分といったところか……。では明日あたり、街に買い出しへ出掛けるとするかのぅ」
と、そこで、ヴァロムさんは俺に視線を向けた。
「というわけでコータローよ。明日は特別に、その防具を外してやろう。お主にも手伝ってもらわねばならぬからの」
「ほ、本当ですか? コレを外してくれるんですか?」
予想外のその言葉に、俺は思わず顔が綻んだ。
「仕方あるまい。道中、その防具では危ないからの」
とりあえず、この魔力制御の日々から少しだけ、俺は解放されるみたいだ。
だがそこですこし気になる事があった。
「あれ、でもこの辺に街なんてありましたっけ?」
そう……この辺りに人は誰も住んでいないと、以前、ヴァロムさん自身が言っていたのである。
「ここから半日以上馬車で北上したところに、マルディラントという、このマール地方における最大の商業都市がある。明日はそこまで行くつもりじゃ」
「え、馬車なんてあったんですか?」
これは初耳であった。
「そういえば、お主には言ってなかったの。馬車は、ここのすぐ近くに湧水が出る場所があってな、そこに馬と共に置いてあるのじゃ。馬の世話を出来る場所がそこしかないもんでな」
「へぇ、そうだったんですか」
この防具のお蔭で、外には一度も出てないから、俺が知らないのも当然だろう。
まぁそれはさておき、問題はもう一つある。
「あのヴァロムさん……街に行くのはいいんですけど、この服って、ここではやっぱ目立ちますよね?」
そうなのである。
俺の服装はこの世界に来た時のままで、茶色のカーゴパンツに黒いカットソーという格好なのだ。
「確かにそのままじゃと目立つが、儂が着ておるようなローブをその上から着れば大丈夫じゃろう。靴に関しては、向こうに着いてから儂が見繕ってやるわい」
「そうか、その手がありましたね」
確かにヴァロムさんが着ているジェダイのローブみたいなやつなら、大丈夫そうだ。
「まぁそれよりもじゃ、道中は長い。お主の魔物対策もしておかねばならぬな。それも朝までに何か考えておこう」
「そ、そうですね。お、お願いします」
……これが一番の問題と言えるだろう。
外に出るという事は、魔物と戦闘になる危険性があるのだ。
俺は戦闘なんてやった事ないから、ヴァロムさんだけが頼りなのである。
(ああ、どうしよう……魔物とリアルで戦闘なんてしたくないぞ……)
俺はそこで、初日に見たあの凶悪そうなリカントの姿を思い返した。
そしてブルッと寒気が走ると共に、鳥肌が立ってきたのである。おまけにチ○コも小さくなったのは内緒だ。
とにかく、あんなのに襲われたら、たまったものではない。
というわけで、俺は早速、天に祈ったのであった。
道中、魔物と遭遇しませんように、と。
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