Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~
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第一章 竜を探求する世界より、愛を込めて
Lv1 目覚めの地
[Ⅰ]
深い闇の中を俺は彷徨っていた。四方を見渡しても、人や建物や大地、そして空などは見当たらない。あるのは、どこまで続いてるのか分からないほどの先が見えない深い闇の世界であった。
ここは一体どこなのだろう?
いや、それよりも、俺はこんな所で何をしているのだろうか?
ふとそんな事を考えた時だった。
何者かの声が、俺の脳内に響き渡ってきたのである。
【おいッ、大丈夫か! しっかりしろッ!】
聞こえてきたのは低く太い男の声だった。
しかも、なにやら、えらく慌てたような感じだ。
近くで何かあったのだろうか? などと考えた次の瞬間、突如、俺の身体が左右に揺れ、パチン、パチン、と頬を引っ叩かれたような痛みが走ったのだ。
そしてまた、あの声が聞こえてきたのである。
【おいッ、しっかりしろッ!】
どうやらこの声は、俺に向かって掛けられているようだ。
と、それに気付いた時であった。
周囲の深い闇が消え去り、仄かな光を灯した世界になったのである。
俺はそこで、自分の現状を認識した。
またそれと共に、俺は深い闇の世界から、ようやく脱出する事が出来たのである。
どうやら俺は眠っていたようだ。
ゆっくりと瞼を開くと、見た事もない年経た男の顔がそこにあった。
見た感じだと、70歳は優に超えていそうな老人である。
映画ロード・オブ・ザ・リングに出てきたガンダルフという魔法使い並みの、白く長い髪と顎鬚が特徴の男で、やや日に焼けた浅黒い肌には、幾つかの皺が刻み込まれていた。
また、茶色いローブの様なモノを身に纏っており、どことなくスターウォ○ズに出てきたジェダイを思わせるような格好であった。
だが俺は格好よりも、男の顔つきに違和感を覚えた。
なぜなら、この男の顔つきが日本人ではなく、中東地域の人間を思わせるモノだったからだ。
知らない外人の爺さん。それが俺の第一印象であった。
「おお、目が覚めたか」
この爺さんはそう言うと、ホッと安堵の息を吐いた。
俺はそこで仰向けになった体を起こす。
空に目を向けると、雲一つない青空が広がっていた。
そこには容赦なく照りつける太陽が燦然と輝いている。まるで真夏の日差しといった感じだ。
おまけに風も吹いてないので、周囲にはカラッとした熱い空気が、停滞するように漂っている。
そして気が付けば、俺自身も汗だくになっていた。
重力にしたがって、大粒の汗が額から頬に伝ってくる。
だがそこで、俺はまたもや違和感を覚えたのであった。
なぜなら、今の時期の日本は、まだ5月。こんな糞暑い気候ではないからだ。
俺は滴る汗を手で拭いながら、次に周囲を見回す。が、しかし……。
俺の視界に入ってきたのは、俄かには信じられないような光景だったのである。
なんと周囲には、グランドキャニオンを思わせるような、赤く高い岩山が連なる荒れ果てた大地が広がっていたのだ。
草木などは雀の涙程度で、殆ど生えていない。
あるのは岩や砂、そして大小さまざまな石ばかりなのであった。
「なッ、ここは……どこだ!?」
これを見た俺は、思わずそう口に出していた。
当然である。俺は日本の東京にいた筈だからだ。
こんな訳の分からない場所にいるなんてことは、絶対にあり得ないのである。
男は言う。
「ここはベルナ峡谷じゃ」
(はぁ、ベルナキョウコク? 何を言っているんだ、この男は……。いや、ちょ、ちょっと待て、ここは日本なのか……こんな場所が日本にあるなんて聞いたことないぞ。というか、何で俺はこんな所にいるんだ?)
止め処なくあふれ出る疑問に対して、俺は脳内で自問を繰り返しながら、ただ呆然と周囲の光景を眺めていた。
暫くすると、男がまた話しかけてくる。
「お主、気を失っていたようだが、一体何があったのだ? それに変わった服装をしておる。お主、一体どこの者だ? お主の顔立ちを見るとアマツの民に似ておるが……」
「は? アマツの民? 気を失っていた?」
この状況についていけないので、俺はそんな言葉しか出てこなかった。
「なんじゃ……それも覚えとらんのか。まぁよい。とりあえず、ここは危険だ。話は儂の住処で、ゆっくりと訊こう」
男はそう言うと、ある方角を指さした。
と、その時であった。
【ガルルルルルルッ!】
俺達の背後から、獣が威嚇するかのような、物々しい唸り声が聞こえてきたのである。
俺と男は背後に振り向く。
そして……俺は顎が外れるほど、驚愕したのであった。
【あわわ。ば、化け物……】
なんとそこには、狼男を思わせるような化け物が、1匹佇んでいたのである。
人間よりも一回り大きな体型だったので、俺は最初、熊かと思った。が、それにしては形や色が変であった。
特に頭は、熊というよりも、狼と言った方がしっくりくる造形なのだ。
全身は水色の毛に覆われており、人間の様に両足で立っていた。手足の指先からは恐ろしく鋭利な爪が伸びている。また、幾つもの牙が見え隠れする口の縁からは、瑞々しい涎が滴り落ちていたのである。
そしてこの化け物は今、まるで御馳走にありついたかのように舌舐めずりをしながら、俺達を赤い目で睨み付けているのであった。
(何だこの化け物は一体……作り物か? いや、それにしてはリアルすぎる。というか、何なんだよ、この展開は……)
身体を委縮させながら俺がそんな事を考えていると、男は溜息を吐きながら口を開いた。
「フゥ……早速、現れよったか。近くに、腹を空かせたリカントがいたとはの」
リカント?
どこかで聞いた事がある名前であった。
男は立ち上がり、化け物に向き直る。
と、その直後!
化け物は両手を広げると共に、素早い動きで、俺達に向かって襲い掛かってきたのである。
それは恐ろしいほどのスピードであった。
(こ、これはやばいッ! 食われるぅぅぅ)
俺は恐怖心から、無意識のうちに座ったまま後ずさった。
だが慌てる俺とは対照的に、目の前の男は非常に落ち着いたものであった。
男は迫り来る化け物を見据えながら腰に手を伸ばすと、そこから先端に虹色の宝石が嵌め込まれた、白く美しい杖のような物を取り出した。
そして、杖の先を化け物へ向け、ボソリと呟いたのだ。
【メラミ】と。
俺は驚愕した。
「なッ! んなアホなッ!?」
なぜなら、杖の先から直径1mはあろうかという、巨大な火の玉が現れたからである。
そして次の瞬間、その火の玉は、化け物めがけて一直線に飛んでいったのだ。
火の玉は化け物に命中し、花火のように爆ぜた。
すると瞬く間に、化け物の全身に、火の手が燃え広がっていったのである。
【ウガァァァ!】
化け物は悲鳴のような雄たけびを上げると、火達磨になりながらもがき苦しむ。
それから数十秒ほどすると、事切れたのか、地面に横たわりピクリとも動かなくなった。
どうやら死んだのだろう。
俺は今の一連の出来事についていけない為、口をあんぐりとあけながら、ただそれらの事象を見ているだけであった。
と、そこで男は俺に振り返り、何事も無かったかのように、こう告げたのである。
「さて、では行こうか」と。
俺は身体を震わせながら無言で頷く。
そして訳が分からないまま、この男に連れられて移動を開始したのであった。
[Ⅱ]
あれから移動する事、約5分。
俺は男に連れられて、とある岩山の一画にある穴の中へと案内された。
たった5分程の移動であったが、俺はこの地の険しさというものを少し体験した。
実はここに来るまでの道中、化け物には遭遇しなかったのだが、岩山が険しかった為、俺は転んで腕を少し擦りむいてしまったのだ。
おまけに結構高い場所を進んできたので、高所恐怖症の俺からするとヒヤヒヤもんだったのである。
普段こういう場所とは縁のない生活を送ってきたので、こればかりは仕方ないだろう。
大きな怪我はなく辿り着く事が出来たのを喜ぶべきなのかもしれない。
なので、俺はそれについても少しホッとしているところなのである。
まぁそれはさておき、穴の中は自然にできたであろう、ドーム状の空洞といった感じであった。
床は円と言っていいくらいに丸い形状で、直径10m程ありそうな感じの広さだ。それなりに広い居住空間である。
また、周囲が固い岩の壁に覆われている為、俺達の歩く足音等がよく響いていた。
そういった所は、まさしく洞窟といった感じだ。
だが穴の中とはいえ、不思議と暗くはなかった。
よく見ると、やや歪な突起が見える岩壁の一部に穴があり、そこから外の明かりが少し射し込んでいるのだ。
その為、穴の中とはいえ、暗くて視界が悪いという事はないのである。
その他にも、この男の住処というだけあり、ここにはベッドや本棚にテーブル、そしてタンスのような生活雑貨が置かれていた。
ちなみに、それらは何れも、飾りっ気のない質素な感じの物ばかりであった。その影響もあってか、ここは、非常に生活感の滲み出ている空間となっているのである。
だが、俺はそんな事よりも、別の事に意識を向かわせていた。いや……その事を考えざるを得なかったのだ。
俺が今、考えている事……それは、男が言っていたあの化け物の名前と、それを葬った魔法のようなモノについてである。
男はあの化け物の事を「リカント」と呼んでいた。
それから男は、あの化け物を「メラミ」という言葉を発して火達磨にしたのだ。
この二つの言葉……俺の記憶に間違いなければ、ガキの頃に遊んだTVゲーム・ドラゴンクエストに出てきた固有名詞である。前者はモンスターの名前で、後者は魔法の名前だ。
最初、俺は手の込んだ悪戯かとも思った。が、どうやら、そんな生易しい言葉では片づけられない事態になっているみたいのようだ。
化け物はともかく、あの魔法はどう考えてもあり得ない。
何もない所から、あんな巨大な火の玉を作り出すなんて、悪戯でもまず不可能だからだ。
勿論、手品という可能性もあるのかもしれないが、そういった仕掛けがある気配をまるで感じられないのである。
これは夢なのだろうか……。
そう思って、俺はここに来る道中、お約束通りに頬をつねってみたが、当たり前のように頬には痛みが走った。俺は次に、幻でも見ているのかと思って、何回も目を擦ってもみた。が、しかし、見える景色は、グランドキャニオンの様なこの岩山だらけの世界なのである。
考えたくはないが、俺は今、とんでもない事になっているのかも知れない……。
またそう考えると共に、酷く陰鬱な気分になってくるのだ。
というか、何で俺はこんな所にいるのだろう。
それが今一番の疑問であった。
俺は目を覚ます前の事を思い返してみた。
昨日、俺はスーパーでバイトをして、それからアパートに帰る為、電車に乗った。
確か電車に乗った時間は、夜の10時を回ったところだったか。
この時間帯は結構電車内も人が疎らなので、俺は空いている席に適当に座った。
だがその時、バイトによる疲れの所為か、そこで瞼が重くなりウトウトとなってきたのだ。
そう、ここまでは俺も覚えている。
問題はその後なのだ。
次に目が覚めたときは、この男に呼び起されていたのである。
その間の記憶というのが、すっぽりと抜けているのだ。
因みに、今の俺の服装はバイト帰りのままであった。
下は茶色のカーゴパンツとスニーカーで、上は黒い長袖のカットソーというラフな出で立ちである。
この状況を考えるに、電車に乗った時の状態で、俺がここに来ているのは疑いようのない事であった。
その為、電車で拉致されたのかとも一瞬思った。が、よく考えてみると、そんな感じではないのである。
なぜなら、カーゴパンツのポケットには携帯や財布といったものがちゃんとあるうえ、手足を紐やロープで縛られた跡というものも全く無かったからだ。
もし俺が拉致実行犯ならば、連絡手段や身体の自由を与えるような事は絶対しない。
拉致する以上、そこには監禁という状況が、長期的にせよ短期的にせよ必然的についてくるからだ。
特に引っ掛かったのは携帯である。
こんな外部との接触ツールをそのままにしておくだろうか?
いや、多くの場合、そんな危険なものは取り上げるに違いない。
そう考えると、今の状況が拉致とはあまり考えられないのである。
まぁとはいうものの、携帯はさっきからずっと圏外なので、あえて放っておいた可能性も否定できないが……。
それはさておき、訳が分からない……。
ああ……何でこんな事になったんだろう。
答えの見つからない疑問に頭を悩ませる中、俺はいつしか中央に置かれた四角い木製のテーブルに案内されていた。
男は言う。
「では、そこにある椅子に座ってくれ」
「はぁ……」
言われた通り、テーブルにある木製の椅子に腰かける。
俺が座ったところで、男は口を開いた。
「さて、ではまず自己紹介といくかの。儂はヴァロムという者だ。世俗を離れ、今はこのベルナの地で隠居生活を送っておる。まぁ俗にいう変わり者の爺といったところじゃ」
次は俺の番だ。
「じ、自分は三崎 光太郎と言います」
「ミサキコータロー? 変わった名だな」
この人の発音を聞く限り、姓と名の区切りが感じられない。
どうやら勘違いしてるようだ。一応言っておこう。
「あの、三崎が姓で光太郎が名前になります。なので光太郎とでも呼んで下さい」
「ン、家名を持っておるという事は、お主、貴族か?」
「は? いや、貴族じゃないですよ。ごく普通の家ですが……」
この人の言う貴族がどういう意味かよく分からなかったが、とりあえず、俺はそう答えておいた。
ヴァロムさんは少し怪訝な表情をしたが、すぐ元に戻り、質問を開始した。
「ふむ。……まぁよい。ところでお主、一体何があったのじゃ? あんなところで気を失っていたという事は、魔物にでも襲われたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
(さて、どう答えたもんか……はぁ……何も言葉が見つからん……)
俺が返答に悩む中、ヴァロムさんは続ける。
「このベルナ峡谷はな、イシュマリア国の最南端に位置しておる辺境の地域じゃ。故に、この地に住んでおる者など、極少数。あとは魔物しかおらぬ。それにお主のその格好……それは、凶悪な魔物が住むこのベルナ峡谷では、あまりに不釣り合いな格好なのじゃ。だから、あそこで何をしておったのかが気になるのじゃよ」
イシュマリアのくだり部分がよく分からないが、とりあえず、ここで俺みたいな奴がウロウロしていることは、通常ありえないのだろう。
まぁそれは分かったが、俺自身、何故こんな所にいるのかを説明できないので返答しようがないのだ。
とはいっても、何か話さないと前に進まない気がした。
(どうしよう……昨日からの出来事を話した方が良いのだろうか……とりあえず、話してみるか……)
俺は少し迷ったが、とりあえず、話すことにしたのである。
「いや、それが実は――」
それから10分程かけて、今までの事を軽く説明をした。
俺は日本の東京という場所にいたという事。年齢は20歳で、わけあって今年大学を中退し、今の職業はフリーターであるという事。そして気が付いたらこの地にいたという事などをである。
理解できているのかどうかわからないが、ヴァロムさんは目を閉じて、静かに俺の話を聞いていた。
そして一通り説明し終えたところで、俺はヴァロムさんの言葉を待ったのである。
暫くするとヴァロムさんは口を開いた。
「……ふむ。なにやら複雑な事情がありそうだな。ところでコータローよ。今、ニホンのトウキョーという場所にいたと言ったが、このイシュマリアでは聞かぬ名だ。それは一体どの辺りにあるのだ?」
「そ、それがですね。気が付いたらこの地にいたので、どこにあるかと聞かれると俺も困るのです……」
「気が付いたら、か……。お主、さっきもそう言ったが、それは本当なのか? 嘘を言ってるのではあるまいな」
ヴァロムさんは眉間に皺をよせ、怪訝な視線を俺に投げかけてきた。
説明しておいてなんだが、このヴァロムさんの反応は予想していた通りのものだ。
こんな事を言ってすぐ信じる奴なんて、普通いないだろう。
「で、でも、本当なんですって。それに、俺もここがどこなのかさっぱりですし」
俺達の間に妙な沈黙の時間が訪れる。
この空気が嫌だったので、とりあえず、俺からも訊いてみた。
「あ、あの、一つ質問してもいいですか?」
「ああ。何じゃ?」
「アメリカとかロシアといった国の名前や、地球、もしくはアースという言葉は聞いた事がありますか?」
「ふむ……アメリカ……ロシア……チキュウ……アースのぅ。そのような国の名は、聞いたことなど無いな」
ヴァロムさんはそう告げると頭を振った。
「そ、そうですか……」
俺はこの反応を見て、理解した。
それは、ここが俺の住んでいた世界ではないかもしれない事と、考えたくはないが、もしかすると、あのゲームの中にいるかもしれないという事をである。
ゲームの世界に現実の人間が生身で入り込む……そんな事があるのだろうか……。
いやその前にドラクエは、世界的に有名な大漫画家がキャラデザインした、アニメチックな2次元の絵柄の世界観だ。
こんな現実感あふれるリアルな風景は、あまりドラクエっぽくないのである。
俺はまた考える。ここは一体どこなんだと……。
この人が流暢な日本語を話しているので、意外とここは日本のどこかという可能性も捨てきれなかったが、今の言葉を聞いて余計にそれから遠ざかった気がした。
それに、ゲームの中に入るなんてことは、どう考えてもありえないし、考えたくもない事であった。
だが実際に俺は今、そんな世界にいるのだ。
またそう考えると共に、どんよりとした気分になってくるのである。
当然だ。帰りたくても帰り方が分からないからである。
「ハァ……」
俺は肩を落として俯き、大きくため息を吐いた。
そこでヴァロムさんの声が聞こえてくる。
「それはそうと、コータローよ。お主が、何故この地にいたのかは分からぬが、これから一体どうするつもりなのだ? このベルナ峡谷は、今のお主の装備で越せるほど、生易しいところではないぞ」
「こ、これからですか? これから……どうしよう……」
フェードアウトするかのように、俺は声が小さくなっていった。
「……ふむ。まぁ儂は見ての通り独り暮らしだ。帰れる目途が立つまで、暫くの間、お主もここに住むか?」
「え? い、いいんですか?」
「ああ、構わぬ。お主一人くらいなら、儂も面倒みてやれるからの。まぁそのかわりと言っては何だが、お主にも色々と仕事はしてもらうがな」
「あ、ありがとうございます」
先程の戦闘を見た感じだと、この人はかなり腕に覚えもありそうなので、これは渡りに船かもしれない。
もしここがドラクエの世界ならば、メラミを使えるという事を考えると、この人はそれなりにレベルの高い魔法使いの気がするのだ。
なので、いざという時に俺を守ってくれそうなのである。
それに今は色々と情報が欲しい。もしかすると、現実世界に帰る為の方法が、この世界にあるかもしれないからだ。
またそう考えると、少しだけ元気も出てきたのである。
とまぁそんなわけで、俺はここがあの世界なのかどうかを確認する為に、今一度訊いてみる事にしたのであった。
「ところでヴァロムさん。さっきリカントとかいう化け物を倒した時、メラミとか言ってましたけど、あれは魔法ですか?」
「ああ、そうじゃ。儂は魔法を使えるからの」
「……やっぱりそうなんですか。では他に、どんな魔法があるのですか?」
「ン、他か? まぁ、色々とあるの。そうじゃ、コータローよ。さきほど転んで擦りむいた腕を見せてみろ」
「あ、はい」
俺は擦り傷がある腕をテーブルの上に置いた。
ヴァロムさんは傷の前に右手をかざし、「ホイミ」と呪文を唱えた。
すると次の瞬間、ヴァロムさんの手が仄かに光る。
そしてなんと、擦り傷は見る見る治癒してゆき、あっと言う間に元の皮膚へと戻ったのである。
俺はこの効果を目の当たりにし、素で驚いた。
(間違いない……これは回復魔法のホイミだ。しかも、初歩の魔法とはいえ、ここまで回復するなんて……)
ホイミの効果に目を奪われたが、今ので俺は、この世界がドラクエの世界かもしれないという事を、確信にも似た気持ちで受け止めたのだった。
「まぁこんなとこかの。勿論、他にもたくさんあるが、それはお主自身の目で、これから確かめるがよかろう」
「へぇ、すごいですね。ところで、これって俺みたいな素人でも使えるんですか?」
するとヴァロムさんは、ここで思案顔になったのである。
(俺には使えないという事なのだろうか……)
暫くするとヴァロムさんは口を開いた。
「お主のその言い様じゃと、知らぬようだから言うが……魔法はな、イシュラナの洗礼を受けてみねば、その才が見えぬのじゃよ」
(は? イシュラナの洗礼? なんだそれ……ドラクエって確か、Lvが上がれば魔法は勝手に覚えていくというシステムじゃなかったっけか。いやもしかすると、今いるこの世界は、俺がやった事のないシリーズなのかもしれない。事実、俺はⅠ~Ⅷまでしか、ドラクエはやった事ないし……)
やってない外伝シリーズも多いので、それらのどれかという可能性はあるのだ。
まぁそれはさておき、とりあえず、話を進めよう。
「じゃあ、その洗礼というのを受ければ、俺にも魔法が使えるかどうか分かるという事ですね」
「そうじゃの。お主も魔法が使える様になりたいのなら、イシュラナの洗礼をうけるしかないの。なんじゃったら、明日にでもやってみるか?」
ヴァロムさんの口から意外な言葉が出てきたので、俺はやや戸惑った。
「へ? そんな簡単にできるもんなんですか?」
「ああ。イシュラナの洗礼は、今のところ分かっておるだけで三つあるんじゃが、まず最初にする第一の洗礼は、魔法陣の中で瞑想するだけのものじゃから、それほど手間はかからぬ」
話を聞く限りだと、かなり簡単に聞こえた。
これなら俺にもできそうだ。
それに、ドラクエの魔法を実際に使えるのなら使ってみたいという気持ちもある。
というわけで、俺はお願いしたのである。
「じゃ、じゃあ、お願いします。何事も経験なので、イシュラナの洗礼を受けてみます」
「うむ。なら明日までに洗礼の段取りをしておこう」
「あ、それと、もう一つ訊いていいですか?」
「何じゃ?」
「先程からヴァロムさんの話の中で、イシュマリアとかイシュラナとかいう似たような単語が出てくるのですが、それは何の名前なんですか?」
するとヴァロムさんは苦笑いを浮かべた。
「今までのお主を見ている限り、その質問はしてくるじゃろうと思っておったわ」
「はは……ですよね。お互い話が噛み合わないですし……」
俺は苦笑いを浮かべながら、後頭部をかいた。
「まぁよいわ。さて……まずイシュラナだが、この名は、この地の民が信仰する光の女神の名前じゃ」
「ああ、神様の名前なんですか。なるほど」
「うむ。それとイシュマリアじゃが、これはイシュラナがこの地に使わしたとされる御子の名前じゃ。そして我等の国の名前でもあるのじゃよ」
「御子……国名……」
よく分からんが、話の流れから察するに、このイシュマリアという御子は、俺達のところでいうイエス・キリストの様なものなのかもしれない。
「ふむ、そうじゃな……お主は知らぬじゃろうから、簡単にイシュマリアの伝承を話そうかの」
少し間を空けてからヴァロムさんは話し始めた。
「……遥かな昔、破壊の化身ラルゴという化け物が猛威を振るい、この地で破壊の限りを尽くしておったと云われておる。山や大地は業火に焼かれ、海は荒狂い、空は暴風が吹き荒れる。この大地に住まう多くの生きとし生ける命が、ラルゴによって奪われたそうじゃ。じゃが、それを見かねた光の女神イシュラナは破壊の化身ラルゴを倒すべく、自らの力を分け与えた戦士を地上に使わしたのじゃ。その戦士がイシュマリアであった。そしてイシュマリアはラルゴを見事に倒し、この地に平和をもたらしたと云われておるのだ」
俺は思った。
この設定って、モロにファンタジーRPGやん、と。
要するに、神に使わされた御子であるイシュマリアという勇者が、その化け物を倒したという事なのだろう。
あまりにありふれた捻りも何もない展開である。
まぁそれはさておき、馬鹿にするのもよくないので、一応驚いておくとしよう。
「そ、そうだったんですか……。なんか色々とすごい話ですね……」
「じゃが、この話には続きがあっての」
「続き?」
「うむ。実はの、ラルゴを倒したイシュマリアは、イシュラナの元には帰らずに、そのまま地上に残ったのじゃ。日が経つにつれ、ラルゴを倒したイシュマリアの元には大勢の人々が集まるようになった。そして、いつしか人々は、イシュマリアを救世の王として崇め始めたのじゃ。こうして光の御子が治めるイシュマリアという国が誕生したのじゃよ」
宗教国家あるある、みたいな感じだ。
「なるほど。ン? という事は、この国の王様って、イシュマリアの血筋なんですか?」
「そのとおりじゃ。国王は代々、神の御子イシュマリアの血族である」
どうやらこの国の王家は、日本の天皇家に近いのかもしれない。
確か初代天皇は神武天皇だけど、元をたどると天照大御神という神様らしいし。
まぁあくまでも神話レベルでの話だが……。
それはともかく、今のはこの地での常識的な話らしいから、一応覚えておこう。
その後も、俺は色々とこの地についての質問をした。
ヴァロムさんの口から出てくる内容は、どれもこれも馴染みのないものばかりだったので、俺はその都度戸惑ってしまった。
まぁ予想していたこととはいえ、現実社会とのギャップを改めて思い知らされると、流石に戸惑ってしまうのだ。
とりあえず、戸惑いつつも話を聞いていたわけであるが、俺は説明を聞くにつれて、少し奇妙な違和感を覚える事があった。が、しかし、その違和感が何なのか分からないのである。
一つ言えるのは、光の女神イシュラナ……神の御子イシュマリア……破壊の化身ラルゴ……これらは、俺がプレイしたドラクエには一切出てこない名前ということであった。
なので、ここが本当にドラクエの世界なのならば、俺の知っているドラクエの世界とは違う可能性があるのだ。
(ここは一体どのドラクエ世界なのだろう……いや、そもそも、本当にドラクエの世界なのだろうか……)
情報が少ないので、まだはっきりと俺も断言はできない。
それに、この人が日本語を流暢に話してることも、少し引っ掛かることであった。
もしここが現代日本ならば、それほど気にする必要もない。が、そうでないとすると何か違和感があるのだ。
だがこうなった以上、ジッとしていてもしょうがない。
今後、色々と情報を得る事ができれば、もしかすると、現実世界に帰る糸口が見つかるかもしれないからだ。
前向きに考えて、とりあえず生きてゆこう。
そう考えながら、俺はこの地での一日目を終えたのであった。
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