戦姫絶唱シンフォギア~貪鎖と少女と少年と~
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第四話 覚悟を言葉に換え――
現在、鳳の視界は真っ暗闇であった。それはまるで、自分の見通しのつかぬ未来のように。それだけならばまだ良かったのだが思わずため息を吐いてしまう点が一つ。
(目隠しされてても俺の周りにいる“エスコート”らの気配がはっきり分かるからすごいよな)
ピリピリと鳳の肌を突き刺すは凍えるような緊張感。その緊張感が四つ。そしてその中でも特に異質なのは彼の前を歩いているであろう“優男”であった。
「すみません鳳さん。だいぶ歩かせてしまっていますね。疲れてはいませんか?」
「……大丈夫です」
絵に描いたような好青年ぶりがその声から良く受け取れる。朝には会社で仕事をし、昼には簡単なランチを取り、帰社する時には愛する者のために花束の一つでも買って行く――そんなごくありふれた日常の一コマをありありと想像出来るような印象。
――そのはずなのに、この一切の生命の活動を許さぬ永久凍土の如き“畏れ”は何なのだろうか。
他の黒服三人などはまるでお話にならない。少しでも敵対行動を見せれば一息の間に制圧される絵面が見える。
鳳が隙を伺って逃げ出そうとすら思わなかったのはこの彼が全てであった。正直次元が違う。
「これから俺はどうなるんですか?」
「それは“上”を交えてこれからお話をしていくつもりです。……鳳さんが考えているような物騒な結果になることはまず無いということを頭の片隅にでも入れてもらえれば幸いです」
心の中でも読まれているのだろうか、と鳳は少しだけ背が寒くなる。そして反芻する。今しがた彼が言った“上”の存在。
厳つい雰囲気を持つ彼らを取り纏める立場の者について、鳳はほんの僅かに思考を巡らす。どう思い直しても、彼の頭の中では悪鬼羅刹然とした人相が見ず知らずの人間一人の破滅を平然と指示する光景しか見えなかった。
急に立ち止まると、鳳の後頭部がもぞりと動く。目隠しを取っているのだと気づいた時には視界に光が戻っていた。
「……ここは、どこだ?」
まず分かるのはこれがカード認証式の自動扉だということ。そしてあまり不審に思われない程度に眼球を動かすと、妙に上下左右の空間が狭い。目の前に扉があることから今自分がいるこの空間が通路なのは明白だが、問題は一体どこにある建物の通路なのか、という事である。
こうして扉の前まで来るまでに色々とあった。
優男に同行を求められ、目隠しをさせられた次の瞬間に何か薬のようなモノを嗅がされ、意識が落ちていたのだ。そして意識を取り戻した後には黒服達のエスコートで見知らぬ道を延々と歩かされていた。
(まさかもう日本には居ないっていうオチじゃないだろうな……?)
否が応でも思い描いてしまうは最悪の事態。一度でもそう考えてしまうと、中々に目の前にいる優男の柔和な表情が空恐ろしいモノに見えてしまう。口ぶりは羽毛のように包み込んでくれるような安心感があれど、もしかしたらそれ自体が巧妙な罠で、これから臓器なりなんなりを取り出し、冷凍保存されるような状況に陥る……などという可能性も無きにしも非ず。
そんな鳳の懸念など露知らず、優男は扉の横に付いているリーダーにカードを走らせると、鋼鉄の扉が二つに分かれていく。徐々に開かれ、光が差していく。
少しばかり鳳は目を細めた後、すぐに開眼し、目の前の光景に備えた。臆すれば足元を掬われる、前に出過ぎても足元を掬われる――なれば、ただ平静を保ち、これからの出来事への準備に充てた方がまるで良い。
「さあどうぞ。司令がお待ちです」
「……司令」
優男に促されるまま、鳳は足を進める。そこはまるで宇宙センターのオペレーティングルームを彷彿とさせるような設備がずらりと並んでいた。否、もしかするとそれ以上なのかもしれない。
「司令、お連れしました」
「ご苦労だったな」
声のする方を見上げると、そこにはまるで巌のような大男が立っていた。
雄々しい獅子を彷彿とさせるような逆立った髪の毛、分厚い鉛のような筋肉を覆い隠すは赤のカッターシャツとピンクのネクタイ。腕を組み直立不動の姿勢を貫いてもなお隠し切れない圧倒的な功夫。
素直に言おう。鳳は気圧されてしまっていた。ほんの僅かに視線を交わしただけでその存在感を刻まれてしまったのだ。
「君が鳳郷介君か?」
「ああそうだ。俺が鳳だ。それで、あんたは?」
第三者の目から見て、鳳の発言は些か無礼極まり無いもので。彼の些細な抵抗、と言えば聞こえは良いが、それでも即座に何らかの実力行使をされても、何も言えないレベルのモノである。
そんな彼の無礼を、大男は笑って飛ばす。
「俺は風鳴弦十郎。簡単に言うと……ふむ、そうだな」
そして弦十郎は鳳にとってあまりにも衝撃的なことを口走った。
「君が私立リディアン音楽院で働けるように根回しをした男――とでも言えば全てを理解してくれるかね?」
「っ!? あんたが……“良いおっさん”!?」
咄嗟にいつも心の中で呼称していた名前で弦十郎を呼んでしまった。流石にこれはあまりにも口を滑らせてしまったと、鳳は慌てて口を塞ぐも、時すでに遅し。
器のデカさは天下一品である風鳴弦十郎の笑いの種と昇華されてしまっていた。
「はっはっはっ! 俺も面白い名前で呼ばれていたもんだな! ああ、良いとも! 君の呼びやすい呼び方で呼んでくれたまえ!」
「どういう神経してんだよ。普通怒るのが筋だろう」
「良いや。その程度で怒るなら俺は大人を名乗れやしないさ」
思わず頭を抱えてしまった。どうやらこの風鳴弦十郎という男は自分の物差しでは測り切れない程度には大きいらしい。
「……父親の事は残念だったな」
「ああ……そういえば父さんと知り合いだったんだよな?」
「うむ。君の父親、鳳史郎君は実に聡明であり実直な科学者であった。ウチでの活躍は既に両の手では足りん」
“ウチ”と、弦十郎は確かに言った。
つまり、父親はこの今、自分を取り囲んでいる人間達と少なからず知人関係であることは確実。
鳳はつい聞いてしまった。
「じゃあ父さんはあんた達と……あのシンフォギアを装備している奴らのことも知っていたんだな?」
弦十郎は黙して頷いていた。
「君には父親の事、シンフォギア装者の事、そしてこれからの事について話しておく必要があると思ってな。そこにいる緒川に君を連れてくるよう指示したのだ」
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。僕は緒川慎次と申します。以後よろしくお願いします」
そう言って優男――緒川慎次はにこりと微笑んだ。一切の嫌味を感じさせないところが第一印象である“優男”を更に強めた。
「さて鳳君。何から聞きたい?」
「シンフォギアを装備していた奴らについてだ。具体的には何で立花響、雪音クリス、そして風鳴翼がシンフォギアを纏っているのか――風鳴?」
鳳は何故今の今まで気づかなかったのだろうと己の思考の鈍さを恥じた。その前に彼が自分をリディアンで働けるにしてくれた“良いおっさん”だったという事実があったせいもあるが、それにしてももう少し早く気づきたかった。
そうだ、風鳴なのだ。この自分の目の前にいる男も風鳴なのだった。
「生憎と君が考えているような関係ではないがな。俺は翼の叔父にあたる」
父親は俺の兄貴だ――そう弦十郎は言葉を付け足す。
「さて、話を戻そうか。彼女らは選ばれた人間……と言えば語弊があるが、認定特異災害『ノイズ』に対抗するための銀の弾丸であるシンフォギアを起動し、そして纏う力を持つ人間なのだ」
「あいつらが……」
「……もっとも、その力を持つ人間がもう四人いたようだがな」
「っ! そうだ! あいつらは一体どこにいるんだ!?」
つい声を荒げてしまった。それに気づいてしまったが、鳳はその言葉を引っ込めることはしない。あれからずっと鳳の脳裏に焼き付いてしまっているのだ。
仄暗い闘志を秘めた瞳、全身を覆う灰色の鎧、両の鎖でノイズを粉微塵に切り刻む圧倒的な力。そのどれもが劇烈に、鮮烈に。――知りたかったのだ。一体あの女の子はどれだけの想いをその胸に秘めているのかと。
そんな彼の無礼には一言も言及せず、弦十郎は解答を与えた。……だが、それは弦十郎にとっては敗北宣言にも等しく。
「……現在調査中だ」
「くっ……!」
追及したくても出来なかった。何せ、他でもない彼の心中の一欠けらを察してしまったのだから。
「鳳郷介さん」
背後から声がした。声の主は紛れもない彼女であった。常在戦場を銘打ち、その切っ先を無限獄より湧きいずる餓鬼共へと向けるその姿を人は――。
「風鳴……翼」
日本古来の守護者――現代の“防人”と呼ぶ。
「歌姫だと思っていたが、刃で舞う剣姫だったのか」
「……幼少の頃よりこの身は一振りの剣として研鑽してきました。剣姫などという称、受け取るにしては些か荷が重すぎます」
「風鳴……」
「答えてください。鳳さんは何故、あの場に居合わせていたのですか? 彼女――マリア・カデンツァヴナ・イヴが一度、観客を解放していたはずです」
ふざけることは許されない――彼女の眼からはそんな意志をひしひしと感じ取っていた。
実際、風鳴翼の心中は穏やかではなかった。一般人に対してあってはならない感情だが、砂粒程の“怒”すら握り締めてしまっていたのだ。一度目は仕方なくも、二度目は自らの意志で死地に赴いてきたその神経が、彼女には理解出来なかった。
相対する鳳はそんな彼女の言葉の重圧をひしひしと感じていた。なまじ戦場に身を置いてしまっただけに、常人の遥か数倍、そのニュアンスを事細かく察することが出来てしまったのだ。
「……バンダナを回収しに行っただけだ」
「バンダナ?」
「ああ、命より大事なモノと言っても過言ではない。……ああ、言葉が悪かった。命を平然と張れるくらいには、大事なモノなんだよ」
「……いくら鳳さんといえど、平然と命を張れるという言葉は聞きたくはありませんでした」
「……何だと?」
鳳のこめかみにぴしりと緊張が走る。言葉には出さず、彼は翼に続きを促した。
そして放つ。自分よりも歳が下の風鳴翼が、決して切り返すことの出来ぬ必殺の太刀を。
「鳳さんは……《《一人であの場を生きて脱することが出来たのですか?》》」
「っ……!」
たったの一言。それだけで鳳は瞑目する。
そうなのだ。本来ならば自分は《《あの場で何回死んでいたか分からない》》。あの黒服の人が、あの鎖の少女が、決して純然たる正義感ではなかったのだろうがそれでも助けられたのだ。
何も言わない鳳の表情を見て、翼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「たまたまあそこに鳳さんを助けてくれる者達がいたから、今の貴方がいるのです。……ならば、鳳さんは一人であの死線を潜り抜けられるという確固たる自信を持ち合わせていましたか? 一度は見逃された死を、再び引き寄せるような真似をするほどに」
ちらりと、弦十郎の方を見ると、彼は黙って自分を見ていた。どう返すのか――そんなことを言外に問うているようで。
「……ああ、認めよう。俺は弱い。弱いまま、あの鉄火場に飛び込んだ阿呆だ」
まずは認める。どれだけ言葉を繕おうが、あの場の状況が全てであり、真実である。そこに力を示せなかった時点で、もはや鳳に出せる言葉は無かった。
――しかし、それだけで終わらせるつもりもまた、無かった。
「だから俺は力が欲しい! 戦えるだけの……なんて贅沢を言うつもりはない。あの鉄火場に放り込まれてもなお、帰って来られるだけの力が!」
弦十郎と翼の目つきが変わる。二人の予想ではもうこれで終わり、鳳郷介は元の日常に帰っていくものだと、そう信じてやまなかった。……それなのに。
「……今のは聞き違いか、鳳君? 俺の耳では今、再びあの地獄に飛び込むと聞こえたようなのだが?」
「然り。俺はまたあの地獄に行くだけの理由がある」
「聞かせてもらえますか? 痛感してもなお、崩れ落ちぬその膝を奮い立たせられるその理由を」
シン――と、室内が静まり返った。皆待っているのだ、鳳の言葉を。ここから先は分岐点だということを何となく鳳は感じ取っていた。
だからこそ言葉を選ぶ――などという事は死んでも御免である。
「鎖を操っていた女の子に再び見えるために。俺は――」
一欠けらの躊躇なく、鳳はこの広い司令室全てに轟かさんばかりの声量で言ってのけた。
「――俺はあの子に恋をしたッッ!!!」
覚悟は示した、言葉は紡いだ。――なれば、この極寒の地に足を踏み入れたかのような沈黙は何なのだろうか。鳳は僅かに首を傾げる。
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