戦姫絶唱シンフォギア~貪鎖と少女と少年と~
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第三話 嵐の中に少年は立ち
――特異災害対策機動部。
認定特異災害ノイズが出現した際に出動し、事態の収拾に努める日本政府の中でもごく一部の者しかその詳細を知らない機密組織である。その部には二つの課があり、報道媒体等に取り上げられるいわば“外面”は一課であり、その役目はノイズが出現した際に一般人の避難誘導やノイズの進行方向の変更、そして被害の後処理などだ。
そしてもう一つ、二課である。特異災害対策機動部二課、通称『特機部二』の役目が非常に重要で、その役目とはずばり保有するシンフォギア・システムを以てノイズを撃滅すること。
今日も今日とて人類守護の砦としてその責務を全うしていた。否、言葉が悪かった。――真っ最中である。
「新たなシンフォギア装者が三人……か」
そう呟くは赤のカッターシャツとピンクのネクタイを身に着けた巌のような大男であった。名は風鳴弦十郎。二課の頭目であり、風鳴翼の叔父でもある。その身はメシ食って映画を観て寝ることで鍛えた功夫に満ち溢れていた。
そんな彼が今しがた頭を抱える問題。それは武装組織『フィーネ』と名乗る者達のテロ行為であった――彼女達の言葉の通りならば宣戦布告だが。ただのテロリストならば鎮圧は時間の問題なのだが、今自分自身が口にした者達がいるのならまるで話が変わってくる。
弦十郎は近くでキーボードを叩き、あらゆるモニターへ視線を走らせる男へ声を掛けた。
「藤尭ッ! あの三人から検出されたアウフヴァッヘン波形から聖遺物は割り出せたか!?」
間が悪いのか良いのか弦十郎が喋った瞬間、僅かに“船内”が揺れた。これではまるで自分の声で中を揺らしたみたいではないか。少なくない職員が一斉に彼へと視線を向けると少しばかり居心地が悪そうに再度、藤尭に質問する。
――以前は私立リディアン音楽院の地下に二課の本部があったのだが、シンフォギア・システムが公となった最大の花火である『ルナアタック』によって本部を“潜水艦”に移すこととなった。
閑話休題。丁度照会を終えた藤尭がメインモニターに該当する聖遺物を表示させる。その三つを確認した弦十郎が微かに呻く。
「シュメールの戦女神が振るいし二刃『イガリマ』そして『シュルシャガナ』そして……やはり間違いないのか『ガングニール』」
「ええ、響ちゃんが持つガングニールの波形パターンと完全に一致しています。間違いないですねあれもガングニールです」
「よくもまあこれほど手札を揃えられたものだな」
「ただの思い付きで行動している訳ではないようですね。なんというかこう……何重にも織り綴られた周到さを感じます」
「お前も思うか」
藤尭は頷いた。伊達に修羅場は何度も潜ってはいない。きっとこの直感は大きく外れてもいないだろうという確信が彼の中にはあった。だったら今彼女達はまたしても過酷な運命に飛び込むということと同義。彼は黙して無事を祈ることとした。それが今できる最大限の事である。
幸い、今しがた別の任務帰りからそのままライブ会場に向かっていた響とクリスが現場に到着し、ヘリを降下した。これで人数的にはイーブン。ただ翼が嬲られるだけの時間は終わった。
そんな彼の僅かな願いを嗤うかのように、警報が鳴り響いた。同時に端末へ流れ込んでくる情報。即座に解析し終えると、彼は驚愕にその顔を歪ませる。
「どうした!?」
「司令! 新たなアウフヴァッヘン波形を検知! しかも特機部二のデータベースに該当有り! モニター、出ます!!」
言葉が早いか手が早いか、言い終える前に藤尭はソレをモニターに表示させた。そこにはこう表記されていた。
ソレは、かつて主神を喰らった終末の魔狼を縛りし貪鎖。その名は――。
「『グレイブニル』だとぉッ!?」
――第十六号聖遺物『GLEIVNIR』。
聖遺物一つ一つに存在する固有のエネルギー波形パターンである『アウフヴァッヘン波形』からパターンを照合し、確かにそう導き出したのだ。
新たに出現したイレギュラー。その感知地点が弦十郎の表情を更に険しくさせる。何を隠そうその地点とは――。
「鉄火場となっているあのライブ会場に現れるか……ッ!!」
翼達が今事態の収拾に当たっているあの会場であった。
◆ ◆ ◆
「――『“昨日”を振り向いても私はなく』」
灰色の鎧を纏った少女が両の籠手から伸びる鎖を掴み、横一文字に振るうとノイズの一体が真っ二つに裂かれた。目にも留まらぬ早業に鳳は呆然とし、だが歌に聴き入る。苛烈さと切なさがひしひしと伝わってくる、そんな歌であった。
鎖を引く間もなく、二体のノイズが彼女を無に返さんと襲い掛かる。その速度は瞬きをしていたらあっという間にその身を炭素と昇華させられいてもおかしくはない。
「『“明日”を向いても私はなく』」
空中に身を翻し、少女が後方にいたノイズに狙いを定め、自らの両手を一つに合わせた。
両籠手から伸びた無数の鎖が螺旋を描き、一条の弾丸となる。そう、これこそが少女の歌が紡ぎし絶技の一つ。
――打ち砕く月曜。
数瞬で着弾した鎖の弾丸は正確にノイズを捉え、その身を塵へと還す。小規模ながらクレーターが出来るほどの威力に鳳は思わず息を呑むが、その張本人はそれほど気にしていないようで、それどころか会場の方へと素早く視線を送る。ノイズなぞ歯牙にもかけていなかった。
「……気づかれましたか。ならばこんな所で路上ライブをしている場合ではない、か」
鎖を残ったノイズに巻き付けそのまま圧殺した後、翼達がいる方へ向かおうとする少女へ鳳は声を掛けていた。
「お、おい! 待ってくれ!」
「……貴方のような」
「え……」
「貴方のような命を知らぬ者に吐く言葉は持ち合わせていませんので」
一人取り残された鳳は去っていく少女をただ見つめることしか出来なかった。否、すぐに追いかけた。まだ自分は目的を果たしてもいない、そしてただ言われっぱなしというのも許せなかったのだ。
――二回だ。
二回も自分は助けられたのだ。一人は命と引き換えに、もう一人は持ちうる力を最大限に発揮して。
力が欲しい、とこれほどまでに強く思ったことはなかった。己の意思をそのまま貫く事の出来る力が。鳳は憎々し気に歯噛みした。
「この出入口は……!」
奇しくもここは鳳が強制的に退場させられた出入口であった。ならばこの先に命よりも大事なバンダナがある。踏み込もうとする直前――声が聞こえた。
「やめようよ、こんな戦いは! 今日出会ったばかりの私達が争う理由なんてないよ!」
「立花!? それにあれは雪音……あいつらもなのか!?」
見間違う訳がない。翼の両隣には黄の鎧を纏った立花響、そして赤の鎧を身に着けている雪音クリスがマリア達と相対していた。ここまで来たらもう驚きはしない。そう言う事だったのだ、と受け入れるしかない。
「そんな綺麗事をッ!」
それよりも鳳は響の言葉で途端に表情を曇らせた調と切歌が気になって仕方がなかった。そしてもう一つ。先ほど命を救われた相手であるあの少女。
(あの子がいない……? どこへ行ったんだ?)
同じ方向を走っていたはずなのに、鳳が確認できるのはマリア率いる三人組と翼達三人計六人。
そうしている間にも調と響の問答が続いていく。調に溜まる憎悪の凄まじさはとうの昔に気付いていた。いかに過ごしていたら――否、その詮索は無用であり余計なお世話。
響の言葉を真っ向から否定する調は更に続ける。怒りを上乗せして。
「話せば解る……戦う必要は無い……そんな事を簡単に言えるから。だから――この世界には偽善者が多すぎるッ!」
――少しばかりカチンときた。だがその前に。
鳳は観客席の一つへと歩を進める。そして手に取るは、手すりに引っかかっていた自分の命よりも大事なモノである赤いバンダナ。それをいつものように頭に巻き、しっかりと結んでやった。命を噛み締めるように。
キリリと身が引き締まる想い。ふわついていた心に一本芯が通るようなこの感覚。それに任せるように鳳は前へと歩いて行った。
そしてあろうことに――吠える。
「――――偽善が悪いかッ!!」
当然、このタイミングで宣えばその視線の全てを独占する事なぞ目に見えていて。
「お、鳳さん!? どうして!? どうしてここに!?」
響があからさまに慌ててふためくのも無視し、鳳は今回の騒動の首謀者の元まで歩いていく。だが何も言わない。代わりに調と切歌を視界に収め。
「切歌、調。また会ったな」
「あの時の……ッ!」
「セクハラ大明神デェス!」
「調! もう一度聞く。偽善が悪いか!? 何も動かず見守る優しさより、動いて何かをしようとする愚かしさがそんなに悪いのか!?」
調が口を開こうとする前に、その様子を見守っていたマリアが一歩前に出る。
「……オーディエンスは解放したはずなのだけれどね。誰かは知らぬが去るが良い。今ならばまだ、その背に槍の穂を突き立てるような無粋はしないと誓おう」
そう言いながらもマリアは周囲の警戒を怠らない。何せ敵装者が三人。そのどれもが今にでも飛び掛かってくる傑物揃い。そこでマリアは同じ無双の一振りを持つ少女に目をやるが、すぐに逸らした。覇気が感じられなくなっていたのだ。調に言われた言葉が原因か――そこには興味は沸かなかった。それよりも問題は目の前の少年だった。
件の鳳はそのマリアの寛大とも取れる対応に対し、唾を吐いてやる。
「お前に用立てはない。あるのはそこの二人だ。引っ込んでいろ。それとも、空き缶でも投げつけてやらなければ退場はしないのか?」
「貴様……ッ!」
その瞬間、鳳を刈り取るとする者が二人。
「マリアを……」
「馬鹿にするなデス!」
二刃が襲い掛かる。そんな時にも鳳は逃げなかった。バンダナは締められ、覚悟も括った。今更泣き喚いてやるつもりはない。むしろ好都合。向こうから出向いてきたのだ。話をするのにはうってつけ。――だと言うのに、その二刃を遮る“槍”と“弓”がいた。
「お前! 何やってんだ!? 即身成仏でもお望みだってのかよ!?」
「鳳さん! ここは危険ですよ! 早く逃げてください!」
「立花、それに雪音! お前らがシンフォギア装備者だってのは今は聞かないでおいてやる! だからそこをどいてくれ! 俺はあの二人に話があるんだ!」
その鳳の言葉を真っ向から切歌と調は切り刻む。
「私達には……無いッ!」
響とクリスを突破し、鳳へと武器を振るってくる調と切歌。せめてもの情けなのか、それぞれ刃が付いていない箇所で殴ろうとしている。
痛みへの覚悟を決めると同時、鳳は気づいたら空中にその身を置いていた。状況を把握するや否や、彼を空中に連れ出していた主が語り掛ける。
「生身で戦場に現れるなど何を考えている!?」
「風鳴、お前あまりにも幅広過ぎるだろ! 生徒にアイドルにシンフォギア装備者かよ!」
「……今はそのようなことを言っている場合ではない」
着地し、鳳を解放するなり、翼はその手に握る刀を突き付ける。その表情には一切の予断を許さないとばかりに。
「後生だ。ここから去ってほしい。生憎と、片手間で守らせてはくれない相手なのだ」
翼の後ろでは切歌と調と戦っている響とクリスの姿が。マリアはこちらを注視しているが、それもいつまでのことか。これで援護にでも入られたらあの二人は……。
「……一つ頼みがある」
「聞こう」
「まだ四人目がいるはずだ」
“四人目”。
その単語に眉を潜める翼。鳳はそれには構わずに言葉を続けた。
「手荒な真似はしないでくれ。俺はあいつが――――」
途端、鳴り響く轟音。翼と鳳がその音源へ視線を走らせるはほぼ同時。近くで倒れている響とクリスを確認するなり、翼は跳躍して二人の下へと向かう。
鳳は翼をもう見てはいなかった。視界にいるのは先ほど自分の前から消えた灰色のシンフォギア装備者。まただ、と鳳は胸を押さえる。嗚呼――間違いないようのない。これはもう、間違いがない。
◆ ◆ ◆
「また一見さんのお出ましかよ!」
「あの子も調ちゃん達の……?」
響の呟きは正解である。マリアが怒りを滲ませつつ、その灰色のシンフォギア装備者の隣へと立つ。
「凪琴! 貴方今まで一体どこに!?」
「すいません。少しばかり雑音を調律してきたもので」
「……だから思った以上にノイズが減っているのね。マムに何て言われてきたの?」
「後方支援です」
灰色のシンフォギア装者――凪琴は言いながらマリアの前へ出る。クリスが両の手に持つガトリングガン計四門の前に立ちはだかり、片腕から伸びた鎖を回転させ、盾と為した。
雨あられと銃弾を注ぎながらクリスは一向に突破できない鎖へ舌打ちを一つ。
「このチョロマカした鎖は何だ!?」
「“私”の意味を手繰る命綱」
もう片方から伸びた鎖でクリスを打とうと腕をしならせる。一息の“タメ”の直後に繰り出される音速の鞭撃。その鎖の鞭がクリスへと届くことはなく、代わりにとばかりに切り裂かれた鎖の先端が宙を舞う。
「疾い――」
凪琴はすぐに再生を終えた鎖の先端を見ながら無意識にそう漏らす。反応出来なかったばかりかあまつさえ、堅固なこの鎖を切り裂いたと来た。――これが風鳴翼。現状シンフォギア装者最強と名高い彼の防人。
軽い気持ちで相手は出来ない。そう結論付けた凪琴はカバーリングに入ってくれた切歌に後を任せ、一旦距離を開けることにした。
「雪音、無事か?」
「アタシの事より後ろでブルってる馬鹿の面倒を見てやってくれ!」
言いつつ、クリスは装者三人への銃撃の手を止めず、なおかつ後ろで明らかに“鈍さ”を見せている響を気にしていた。
多勢に無勢とはまさにこのことであった。あまつさえこちらには一人足手まといがいる。気にしている訳ではなかった。しかしこれは矛盾だが、それでも気になるものは気になる。
「どーするよ? このままじゃジリ貧もジリ貧。大貧民生活が待ってるぜ」
そんな状況に、響が声を絞り出す。
「私は、困ってる皆を助けたいだけで……だから……」
「それこそが偽善」
調は続ける。怨嗟を込め、この目の前でご高説を垂れる偽善者の甘ったるい思考全てを刈り払うために。
「痛みを知らない貴方に、誰かの為にだなんて言って欲しくないッ!!」
――γ式 卍火車。
ツインテール部分をアームとして扱い、両の巨大鋸を投擲する。単純明快、故に強力。防御をしようと思う事すら許さぬ鋭撃が真っ直ぐに響へと襲い掛かるも、即座にクリスと翼がそれらを迎撃する。
「あれを容易く……」
一連の出来事を見守っていた凪琴は思わず目を見開いた。鏖鋸・シュルシャガナの無限刃から為せる攻撃は防御不可能。そう思っていた。だが哀しいかな敵はその一枚を超えている。
本腰を入れるべきか、そう思っていると耳元にナスターシャ教授から通信が入った。
『凪琴、現状は?』
「槍と剣と弓がなかなかどうして良くやる……。私はともかく、マリア達は鎮火しますよこのままでは」
『ならば惑うてる場合ではありませんね』
決断が早いと言えば良いのか、最初から“そのつもり”だったのか。ナスターシャ教授が自分を含め、マリア達に告げた一言それは――最終手段。
突如ステージ中央から放たれる碧の閃光。それが止むのと同時に現れたのは巨大なノイズ。マリア達は驚いているようだったが、自分だけは事前に聞いていた事である。理由は様々あるが、とにもかくにも。この『増殖分裂タイプ』が出て来た時点で自分達の撤退は確定した。
離れようとする凪琴はふと立ち止まり、ソレを見て、自分でも驚くくらいに拳を握っていた。沸々と湧き出る感情。言葉へと代えるには軽すぎて、感情に付加するには重すぎる。
マリアが一早く状況を飲み込み、両籠手のパーツを組み合わせ、槍を携えた。そのまま穂先を『増殖分裂タイプ』へと向け、放つはエネルギー砲撃。
――HORIZON†SPEAR。
ノイズへ直撃したのを見届け、マリア達はこの波乱のライブ会場を脱出した。
(え……)
マリアに続き、この場を後にしようとした凪琴は上空へと意識を向ける。そこには先ほどのノイズの“破片”が会場の外へと飛んでいこうとする瞬間。その名の通り『増殖分裂タイプ』の特性は分裂するとそのまま一つの個体となることである。一つが二つ、二つが四つ、四つが八つ。それが会場の外に放り出ればあっという間に……。
「…………ッ!」
浮かぶはあの光景。両親が物言わぬ炭素と昇華させられ、自身に降り注ぐ瓦礫の破片。怒号と断末魔の地獄絵図、無上の残酷、果てぬ絶望。寒気すら覚える忌まわしき敵の残影。
嗚呼そうだ。自分はあの時――――!!!
「『灼熱の木々を駆けて』ェェェ!!」
両の籠手から高速で伸びる無数の鎖でノイズの破片を搦め捕る。確実に、だが絞め潰さないように会場の中へ叩き付ける。
凪琴は歌を続ける。己の憎しみと非力さと情けなさを全て込めて力と為すために。
「『業火の腕に躰を捕られ』……!!!」
直後、鎖を構成する部分全てが刃となり、ノイズを一息で切り刻む。
――乱れ裂く火曜。凪琴の“歌”が織り為す絶技が一つ。ナスターシャ教授の邪魔をせず、なおかつ“自分”を曲げないグレー中のグレーゾーン。
今度こそ凪琴はその場を後にする。乗り越えて見せろ、と言外に視線を走らせ――。
◆ ◆ ◆
「はぁ……! はぁ……!」
『増殖分裂タイプ』が出現する前には既に会場を脱出していた鳳は酸素を求め喘いでいた。灰色のシンフォギア装備者――凪琴ともう一度話したい気持ちでいっぱいであったが、あれ以上は本当に翼達の邪魔をしてしまう。
そして何より、黒服の男から託されたトランクがある。これを無事にどこかの誰かに届けないことには終われなかった。
そっと頭のバンダナに触れる。確かにある。今度こそ間違いなく。
「はぁ……くそ、むしろ五体満足で戻ってこれたのが奇跡と喜ぶべきか……」
今日は様々な事がありすぎた。シンフォギア装備者の素性、そして何が始まろうとしているのか、その全てを理解できたわけではない。しかしはっきりと言えるのは――――。
「鳳郷介さんですね」
鳳の前に現れたのはスーツを着た茶髪の男性であった。柔和な笑みを湛えるその男の印象はずばり“優男”。それだけだったらまだ良かった。だが、一時期は死線を彷徨ったのが原因なのだろう。纏う“モノ”が明らかに違って見えてしまっていた。
「あんたは……?」
「申し訳ありませんがそれは言えません。と、身分を隠して一方的にお願いするのは大変恐縮なのですが……」
その男は端的に、絶対的に、その言葉を口にする。
「我々と一緒に来てください」
逃げよう、と思った時には既に男の仲間らしき男達に囲まれていた。考えること数瞬、鳳は素直に従うことを決定した――。
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