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戦姫絶唱シンフォギア~貪鎖と少女と少年と~

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第二話 踏み込み始めた“非日常”

 追い出されるのもあっという間だったが入るのもまたあっという間であった。鳳が最後の組ではなく、まだまだ後続がいたのだ。すれ違う人達は皆、怪訝な表情で彼を見たが、それもほんの束の間である。自分の身が可愛いのは誰もが同じ。
 ただ、鳳はその愛情の注ぎ方に多少偏りがあるだけである。

「ここを確か……左か」

 人波に押し流されている間にも鳳は目的地までのルートをひたすら頭に叩き込んでいたのだ。思えば最初から自分はこうするつもりだったのかもしれない。一人舌打ちしつつ、頭の中で描き切った脳内地図に沿って走っていると、次に出くわすはT字路。……ここは記憶に(もや)が掛かっている。何せ、一番ここがもみくちゃにされたところだった。
 立ち止まり、鳳は目を閉じた。耳を澄ませ、そして考える。こんな時だからこそ頭を回す、ひたすら回す。今までの状況を加味して、漏れがないように。

(あの場にはノイズがいた。そして黒い鎧を纏ったマリア・カデンツァヴナ・イヴに風鳴翼もいる。なら――)

 聴こえた(捉えた)。たった一瞬、鳳の耳に飛び込んできた普通じゃあり得ない大きな音、破壊音と言い換えても良いかもしれない。それを聴いた鳳は一目散に左へと駆ける。そして足を動かしながら鳳はすっとぼけそうになる事柄に対し、思考を巡らせる。
 おかしい、というのがまず思うことであった。
 あの場にいるのは翼、マリア、そしてノイズ。内、どんなカラクリかは与り知らぬがマリアはノイズを操っている。つまり勢力は二分されているのだ。だと言うのに破壊音がするというのがおかしい。
 そこで鳳はマリアの言葉を思い出す。

「……会場のオーディエンス諸君“を”。なら風鳴は? あいつは人質にでもなるのか……?」

 あの時、翼の扱いについては一言も言っていなかった。先ほどの音と彼女の生死は繋がっているのか。
 ――そんな事を考えていると、鳳の胸に何かがぶつかった。

「うぉっ……!?」
「デェース!?」

 自分よりも背の小さい何かとぶつかったのもあり、鳳は全く姿勢を崩すことはなかったが、それは己の話。反射的にその何かを引き寄せ、正体を確認すると、そこには鳳の想像とは全く異なるモノが収まっていた。具体的には女の子である。
 彼女を一言で言い表すならば美少女。それも金髪の美少女。バッテン型のヘアピンが良く似合う。……そこまでは良かった。

「な、ななな何をしやがるんデスか!? は・な・し・や・が・れ・デェス!」

 今自分が置かれている状況が確認できるや否や、少女は鳳の腕の中で暴れ、すぐさまそこから抜け出した。

「何でこんな所に人がいるんデスか!? さっさと消えた方が身の為デスよ?」
「我が身振り返ってから言え。ここが今どういう状況か知らないのか? 子供がウロウロしていて良い状況じゃないんだ。――そこの黒髪ツインテール、お前もだ」

 鳳の視線が金髪の少女の傍にいた黒髪の少女へと向けられる。このコンビが一体どこから来たのか、それを問いたい気持ちもあったのだが、それよりも前に優先するべきモノがある。
 ……そんな鳳の考えに気付いたのか、黒髪の少女の眼が鋭くなった。

「……私達にはやらなくてはならないことがある。この場から退()くなんてあり得ない」

 そう言いながら、黒髪の少女はおもむろに手を当てる。その動作に既視感を覚えた刹那、金髪の少女が彼女の手を握り締めた。

「駄目デスよ調(しらべ)! こんな奴にソレを振るう道理はないデスよ!」
「……(きり)ちゃん。でも、ここで時間を喰われる訳には……」
「おい調に(きり)
「気安く名前で呼ぶな! それにアタシは(あかつき)切歌(きりか)デス! 切なんて名前じゃないデスよ!」

 そう言いながら少女――暁切歌は鳳に対し、親指を立てた後、下に向ける。
 やられるのはどうでも良かった。だが、鳳が見過ごせないことがたった一つだけ。

(何だよこの“敵意”。見たところ中学生辺りか……? そんな奴が出して良いモンじゃあない)

 一体どんな境遇ならこれほどまでに憎々し気に人を見ることが出来るのだと、鳳は本気で戦慄した。なればこそ、だからこそ。ここで放っておくわけにはいかないのだ。

「分かった。なら切歌に調。何度も言うがここは危険なんだ。さっさと出る――」

 瞬間、大きな衝撃が会場を揺るがした。不意の出来事につい体勢を崩してしまう鳳。耐えきれず壁に手をつくとほぼ同時、切歌と調が鳳から背を向ける。

「……急ごう切ちゃん。マリアが危ない」
「合点デス! マリアにはアタシ達がいなくちゃ駄目デスからね!」
「あ、おい待て! 今マリアと言ったな!?」

 決して聞き間違えるはずのない名。それはこの騒動の首魁(しゅかい)の名である。思った以上に二人の脚が早く、あっという間に姿を消されてしまった。
 だがそこで終わったりはしない。すぐに鳳は二人が消えた方向へと走る。先ほどの発言に嘘がないのなら、彼女達が行くところにマリアはいる。更に言うのなら、このルートはライブ会場への正規ルートでもあった。
 進むたびに大きくなっていく音。金属らしき何かが打ち合う音、爆ぜる音、様々な音。もはや疑う余地はない。
 間違いなく“何か”が起こっているのだ。鳳ごときの思考を遥かに凌駕する何かが。本当に行って良いのか。自分はこの道を真っ直ぐに進んで良いのか。
 ――行けばもう二度とは“今まで”通りには生活することは出来ないような気がして。

「……なんて思うのならハナからこの脚は前へと進んじゃいない」

 独り言つ。己を奮い立たせるように、否。これは確認事項だ。何があっても己を見失わないように。

「ここだ……!」


 ――鳳の視界(世界)に入り込んできたのは、戦場(いくさば)である。


 鳳はライブ会場に入ってすぐに身を隠し、今起こっていることへの理解に努めようとする。

(なんだよ……どうなっている? 風鳴がマリアと同じような恰好をして戦っているだと……!?)

 彼の眼にまず飛び込んできたのは青い鎧を纏った翼がマリアと戦っている場面であった。眼で追うのがやっとという速度で刀を振るう翼に素人らしさは全く見受けられない。むしろ――明らかに生業(なりわい)としている流麗かつ鋭い所作である。
 戦いの“た”の字すら知らぬ鳳が見てそう思ったのだ。なれば相手をしているマリアはそれをひしひしと感じていると見て間違いないだろう。

「ノイズがいない……風鳴がやったのか……? あの刀で? ……まさか。嘘だろ? あれが――『シンフォギア』って奴なのか……!?」

 ――シンフォギア。
 その名を知らぬ者は恐らくこの世界の人間ではないとされるほど、その存在は衝撃的なモノであった。現行、認定特異災害たるノイズに対抗しうる唯一の装備である。細かいこともあらゆるメディアに載っていたが生憎と目を滑らせていたのでこれだけしか分からない。だが、それだけ分かっていれば十分であった。
 今自分はとんでもない場所に居るのかもしれない。本気で鳳は後悔に似た何かを感じていた。あの風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴが実はシンフォギアの装備者とは誰が予想出来ようか。
 そんな事を考えている間にも打ち合いは苛烈さを増していく。そして刃を重ねる度に鳳の眼からは翼が一枚上を行っているように映る。数度の斬撃の後、翼がマリアの持つ槍を弾く否や、彼女は握っている刀を双刃へと変形させた。

「歌を歌いながら……!?」

 鳳は自分の耳と目を疑う。双刃に炎を纏わせ、足首のスラスターを噴射させそのままマリアへと突撃する翼。その間、ずっと歌っていたのだ。まるで歌うのが当たり前とばかりに。なぜ歌うのか、そんな疑問などまるで浮かぶこと自体が常識外れかのように。
 炎撃一閃。すれ違いざまに翼は双刃を走らせ、マリアへ手痛い一撃をくれてやった。元よりスピードは上回っていた翼にとって一瞬の隙はそのまますなわち万全の好機と同義。そのまま翼は双刃を携え、よろめいているマリアを完全に動けなくさせるべく接近する。
 ――そしてマリアへとあと一歩という時、“彼女達”が上空から現れる。

「あいつらは!?」

 思わず鳳は声を出していた。無理もない。今しがた現れ、翼へ攻撃を仕掛けたのは先ほど言葉を交わした二人――調と切歌だったのだ。
 それだけではない。

「あれもシンフォギア……あいつらも装備者なのか……!?」

 何たる運命の悪戯。同時に鳳は納得していた。だからこそ放てるあの敵意。むしろ幸運だったのかもしれないと彼は振り返る。
 あの時、切歌が調を止めたのはシンフォギアを纏おうとするのを諫めた、と言ったところだろう。そこまで考え、鳳はごちゃごちゃになりそうな思考を振り払い、立ち上がる。

「ええい考えていられるか! とりあえず当たって砕ける!」

 彼女達の下に向かおうとした刹那――物音に気づき、そちらの方を向くと、鳳は全身の血の気が引くような感覚を覚えた。否、そのような生温いものではない。これは例えるならばそう――死神と向き合っているような。
 知らずのうちに、鳳はその名を口にしていた。

「ノイズ……!?」

 人のような形をしたノイズが一体、鳳目掛けて歩いて来ていた。それだけなら何と可愛らしいことか。だが今向かってきているのはヒトを問答無用で炭素へと換える死の象徴。
 当然、逃げるつもりであった。だが、焦りからか鳳は痛恨のミスを犯す。

「っ!!!」

 足をもつれさせ、無様に地面に転がってしまった。また立ち上がろうとするが――立てない。
 震えていたのだ。足が、己が、死に。大丈夫だと思っていた。自分なら上手くやれると、そんな驕りがあったのだ。だが現実は非情だった。こんなにもあっさりと死ぬのかと、むしろ受け入れられそうな気がした。
 その時――黒服サングラスの男が鳳の背中を叩く。

「君! 何をしている!? 立て! 死ぬぞ!」
「わ、分かってる! だけど……!」
「腰が抜けているのか……。だけど立ってもらうしかない。君は立って、生きるための道を走ってもらわなければならない!」
「ど、どうしてそこまで俺を……」
「大人だからだろう! そして、私は君を助けたいから助ける! 理由は要らないんだよ!」

 無理矢理鳳を立たせ、黒服の男が鳳の背中を片手で押す。もう片方の手はトランクを持っているようで塞がっている。その男の手が少しばかり大きく感じて、気づけば鳳は自分から歩けるようになっていた。

「危ない!」

 強引に男に引っ張られたと同時、戦闘の余波らしきものではじけ飛んだ椅子の破片が鳳を横切った。あのままだったら頭に突き刺さるコース。
 お礼を言おうと、振り返る鳳。その瞳には――最悪を越えた災厄がいつの間にか距離を詰めていた所が映っていた。口を開く時には男も気づいたようで、一瞬トランクと鳳、そしてノイズに視線を渡すと、口元が引き締まるのが見えた。


「――ちゃんと逃げろよ」


 トン、と優しく鳳が背中を押された。その言葉の意味と、行動で全てを察した彼は即座に男の方を向く。

「――――――」

 だが既に“終わっていた”。ノイズに触れられ、男はその身を物言わぬ炭素と昇華させられてしまったのだ。その光景をまざまざと見せられた鳳は吐き気が込み上げてくるもそれをグッと飲み込み、代わりにとばかりに男が最後まで握っていたトランクを掴んだ。
 
 ――トランクを。
 
 自身が果てる刹那、男が漏らした言葉であった。何が入っているとも、どうすれば良いのかも分からない。だからとてそれがこのトランクを掴まない理由にはならない。一人ではないはずだ。これがそれほど大事なモノならば、いつかこれを回収しにくる者がいるはずだ。それまでは自分が預かっている。
 そのつもりだった。

「……嘘、だろ」

 鳳の前方に現れた一体のノイズ。後ろを振り向くと、そこには更に二体のノイズ。囲まれてしまっていた。翼がいるステージからはちょうど死角となる位置。助けを求める事も出来ない。元より、そんなことは露とも選択肢には入っていなかったが。
 本格的に打つ手が無くなってしまった。一か八か前方のノイズの横をすり抜けるように立ち回るか。気持ちが昂っているのか自然と身体がリラックスしている。これなら。
 そう思っていると、ふと何かの気配を感じ取り、鳳は上を見上げた。


「――ノイズ」


 階段に茶髪セミロングの少女が立っていた。段を一段降りるたびにおさげが揺れる。その瞳はどこか輝きが濁っていて。

「あ……」

 鳳は息を呑んだ。彼女の顔を一目見た瞬間、胸がどうしようもなく締め付けられてしまった。心臓の鼓動が早くなる。あまりにも唐突で。それに理由を付けたいのにどこか認めたくない自分もいて。
 何せ馬鹿げている。こんな死ぬか生きるかの瀬戸際だというのに。なのに、彼女を一目この(まなこ)に収めた瞬間からこの少女に――――。


「ごめんなさいナスターシャ教授。駄目なのですよ、私。どうしてもこの塵芥(ちりあくた)が人を襲っているのを目の当たりにするとこちらを優先してしまいがちになってしまいます――割り切らなければならないはずなのに」


 そんな鳳の動揺など露知らず。少女は胸に着けていたモノに手をやった。ソレを見た瞬間、鳳は驚愕する。

「それは……!?」

 ノイズを冷ややかに見つめた後、少女は瞳を閉じる。

「だから――歌いますよ、私は」  


 ――鎖を抱き、涙を捨てていく(Restrain gleivnir tron)


 少女の唇から紡がれるのはマリアが歌っていたのと非常に良く似ている歌であった。――なれば彼女もまた《《そうなのだろう》》。
 少女が光に包まれる。数度の瞬きの後、その光の繭から顕現したのは灰色の鎧を纏った少女であった。感触を確かめるように右手を握っては開いてを何度か繰り返し、自らに攻撃対象を変えたノイズ三匹を視界に入れる。力は十全、戦意は最高潮。だったらあとはどうする。そうだ。憎悪も怒りも戦気も全てをこの歌に込めるだけ。

「聴かせてあげます。そして貪り食ってあげましょう――憎き貴方達を」

 これより戦場(いくさば)にて開演されるは片道切符の死のライブ。両腕を覆う籠手から伸びる一対の鎖を握り、少女は跳躍する。 
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