花火師の親父
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第八章
「本当にね」
「そうだよ、けれど」
口を尖らせて言いつつだ、それでもだった。
お里は泣きそうな笑みを浮かべてだ、その花火達を観つつ言った。
「この花火忘れないよ」
「そうだよね」
「忘れられないよ」
そこまでのものだというのだ。
「本当にね」
「よくこんなの考えついたよ」
「ええ、けれどね」
「贈りものとしてはね」
「最高だよ、本当に」
お里は笑顔のまま言った。
「お父っつぁんのこれ忘れないよ、何があっても」
「じゃあだね」
「この人とずっとね」
自分も花火を観てだ、笑っているのか呆然となっているのかわからない顔になっている政太郎を見てまた母に言った。
「幸せにやっていくよ」
「そうしなよ、絶対にね」
「お父っつぁんがああ言ってるしね」
「それが御前のやることだよ」
「結婚して所帯を持ってもね」
「絶対にそうしなよ」
「わかったよ」
お里は何時しか涙さえ流していた、そのうえでの言葉だった。そしてだった。
吉兵衛もだ、その花火を観つつ笑みを浮かべて言うのだった。
「市さんのその気持ち、見せてもらったぜ」
「馬鹿だよね」
「ああ、市さんらしくな」
お玉に笑みのまま返した。
「破天荒で不器用でそれでいてな」
「何だってんだい?」
「江戸っ子だね」
まさに生粋のというのだ。
「粋だよ」
「粋かい?」
「本当にね、その粋にちょっと祝いをしようかい」
「お祝いかい?」
「そうしようかね」
こう言うのだった。
「いいものを見せてもらったからね」
「あたしはこの馬鹿とでも言いたいよ」
「ははは、そこはお玉さんだね」
「全く、何てことするんだい」
口でこう言っても笑みを浮かべているお玉だった。
「江戸中にこの話が広まっちまうよ」
「そうだね、しかしこの粋さはね」
「本当にっていうんだね」
「江戸っ子だよ」
「だから祝うっていうんだね」
「そうさ、今度酒を飲みに行ったら」
市兵衛と一緒にだ。
「とびきり美味いのをご馳走しようかい」
「肴は何だい?」
「市さんの好きなものでいこうかね」
「じゃあ豆腐とかかい?」
「それか鰻かね」
市兵衛は他には蕎麦も好きだが蕎麦の時は蕎麦湯を飲むのが筋だと言って蕎麦の時は酒を飲まないのだ。
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