花火師の親父
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第七章
「最後まで観ようね」
「最後はどんなのか」
お里は自分の父親が作った花火が次々に打ち上げられていくのを観つつ呟いた、濃紫の江戸の夏の夜空に次々と赤や青、白、黄色、緑、紫と様々な色が入った大輪達が派手な音と共に出て来ている。
その花火達を観つつだ、お里は言うのだった。
「楽しみだね」
「そうだろ、あんたのお父っつぁんが言うにはな」
「最高の花火なんだね」
「楽しみにしてなってね」
「言ってるんだね」
「そうさ」
まさにというのだ。
「だからな」
「楽しみにしてだね」
「待っていろよ」
その最後の花火をというのだ。
「いいね」
「うん、わかったよ」
お里は吉兵衛に頷いて答えた。
「それじゃあね」
「最後の最後になれば」
まさにその時にというのだ。
「市さんの会心の花火が出るみたいだからね」
「あの人嘘は言わないんだよ」
お玉がまた女房として言った。
「絶対にね」
「その通りだね」
「そこがあの宿六のいいところなんだよ」
吉兵衛にもこう返す。
「だからね」
「絶対にだね」
「安心してね」
そしてというのだ。
「観ていればいいんだよ」
「そういうことだね」
「それじゃあね」
「ああ、楽しみにしてね」
そのうえでというのだ。
「待っていようね」
「是非ね」
こうした話もしながらだった、花火達を観ていて遂に最後の花火の時になった。その時になってだ。
三人も吉兵衛も何が出るかと固唾を飲んだ、一体何が出て来るのかどんな花火なのかとだ。そして。
その花火が打ち上げられた、そして音と共に。
花火達が上がった、その花火達はというと。
「あ・・・・・・」
まずは赤い花火でだ、白い大輪の中に。
『お』という文字が出た、そして。
赤い大輪の中に青い文字で『里』と出てだ。今度は青の中に黄色で『幸』と出て。
黄色の中に紫『に』、紫の中に緑で『な』、緑の中に橙で『れ』、橙の中に白で『よ』と出た、七つの文字がだ。
夜空に出た、その言葉を読んでだった。お里は思わずこう言った。
「何よ、夜空に」
「全くだね」
母のお玉も言う。
「何を考えてるんだい」
「そうだよね」
「あんな花火を作ってなんて」
「それで打ち上げさせるなんて」
「しかも見せるなんてね」
「お父っつぁんったら」
「馬鹿だよ」
お玉はこうも言った。
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