101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行
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第十八話
◆2010‐06‐01T17:20:00 “Himeko’s room”
「もう入ってきていいわよ、カミナ」
「ん、了解」
姫子の部屋を追い出された後、そこそこの時間扉の前で待っていた俺はようやくお許しが出たので部屋の中に戻る。みてみると、姫子がちゃんとした外出もできる私服になっている。こいつの部屋でちゃんとした服装なのを見るのはいつ以来だろうか?髪も整えられてるし。
まあ、うん。
『アンタ仮にも男の前でその格好はないでしょ!?』
『いやだってカミナだし。今更メンドイ……』
『メンドイ……じゃないです!』
から始まる口論を聞いてたから二人がどうにかこうにか説得して髪もやったんだろう。コイツ、学校に来るときとかは全部自分でちゃんとするのに家から出ないとなるとテキトーだからなぁ。
そんなことを考えながら、待っている間におばあちゃんが『大変だねぇ』と言いながら渡してくれたお茶とお菓子をテーブルに置き、床に座る。
「さて、とりあえずこれ渡しとくぞ。いつも通りにプリント類だ」
「いやー、悪いねカミナ」
「悪いと思うんだったら引きこもるのをやめないか?」
「そればっかりは聞けない相談なのよ」
と、そう言いながら封筒を受け取り中身をざざっとチェックする。すぐに提出しないといけない書類の類があったら俺に渡しておかないといけないからなのだが、ここ最近でその類はなかった気がする。
「あ、そーいえば今更だけどお二人はどなた?」
「本当に今更ですね……」
「というか、よく知らない人に着替え強要されたり髪整えられたりしてたわね……」
「まーカミナの知り合いなら大丈夫かなー、と」
「「何その高レベルな信頼……」」
こいつに対してその辺りを気にしてはいけない。かなりテキトーだから。まあ同性だからってのもあったんだろうけど。
と、もはや大分となれた思考でお茶をすすっている間に二人は自己紹介を済ませ、さらに今回訪問した理由も告げた。
「というわけで、最近噂になっている『村』の都市伝説について聞きに来たんです」
「あー、そういうことかー。確かにウチひまだからいろいろと調べてるしね。納得納得」
と、そう言いながら姫子は本棚に立てられているファイルを取り出してパラパラとめくると。
「多分これじゃね?ここ最近で噂になってる村の都市伝説ってーとこれになるんだけど」
と、そう言いながらテンとティアにファイルを差し出す。
「……え、もう?」
「暇だって言ったっしょ?そう言うときに面白いなーとか思った記事は印刷してファイルしてんの」
「そうなんですか。助かりましたけど、ちょっと意外です……」
「暇ではあるけど、あとで気になった時に調べなおすのはダルいしねー。そうしとけば調べなおすにしても楽だし?」
「コイツ、趣味のことでも勉強関連でもその方針だからな。こんな感じでテキトーな感じだし実際かなりテキトーだけど成績がいいんだよ」
「「………」」
本気で意外だったのか二人そろってポカンとしていたが、すぐに思い直して渡されたファイルの中身を確認する。俺も確認した方がいいのかもしれないけど、まあ後で二人に教えてもらえばいいだろう。
「それにしても、あーちゃんは相変わらず可愛いなー。それが怖くて帰る時間を早めようとするって」
「確かに、その辺は相変わらずの先輩だよ」
「うんうん、あの人を弄れるってだけで生徒会をやってる価値がある」
あまりやり過ぎないようにしてもらいたいものだ。怖がってるところも可愛いんだけど。あ、二人は集中してるしこいつから簡単な概要でも聞いておけばいいのか。
「それで、その村の都市伝説はどんなのなんだ?」
「ん?まあ割かしよくあるタイプ。どこまで知ってんの?」
「食料がなさ過ぎて子供を殺してたりした村があって、迷い込んだ人も殺されてた、って概要くらいだな」
「あー、その辺りか。まあ確かにそんだけ知ってれば十分っちゃ十分なんだけど……」
と、少しの間姫子は言おうかいうまいいか考えるような態度を見せて……
「なんで知りたいの、そんなこと?」
「いやまあ、民俗学に興味が出来て、だな」
「興味だけ?」
「あー……行って確認してみようかなー、とも思ってる」
「……マジ?」
「マジ、だけど……」
そういうと、姫子は少し考え始める。なんだか、それを本当に話していいのだろうかという感じに見えるんだが……
「んー……まあ、いっか。ねえ、それウチもついて行っていい?」
「……姫子も?」
「うん。ほら、今ウチ暇だし、いい暇つぶしになりそうだなー、って」
と、今度は俺が考える番になった。今回の件に姫子を連れて行ってもいいのだろうか、と。正直なところ、俺が『主人公』のロアであるのなら主人公らしくそういうことに巻き込まれそうだし。
そう思って一緒に来ている二人に視線を送ると……
「まあ、いいんじゃないかしら?一緒に行く人が多いのは楽しいもの」
「ケホケホ……私は家に帰りますし、人数としてもそれくらいのほうがいいのかもしれませんね」
「確かにあたしとしても、カミナと二人きりってのは身の危険が……」
「ねえそれはいったいどういう意味なのでしょうかね!?」
さらっとひどいことを言ってきた隣の人物に対してそうツッコミを入れるが、彼女は気にもせずに小声で。
「まあ、危なくなる前に追い出す感じで行きましょう。万が一になったとしてもあたしがいれば何とかなるし」
「お前のその自信がどこから来るのかっていうあたりにツッコミを入れるべきなのかもしれないけど、事実なんだよなぁ……」
心配は残るんだが、しかし何の事情も知らない姫子に対して断るいい手段が存在しないのもまた事実だ。だから、まあ。
「ならまあ、そういう方向で行くか……この後すぐに行くことになるんだが、大丈夫か?」
「ダイジョブダイジョブ。問題ないなーい!」
そういってベッドにあおむけに倒れ、足をパタパタしだす姫子。スカートじゃなく細めのジーンズだからそこまで問題はない。それにしてもこいつ、いい脚してるなー。
「姫子さん、カミナがあなたのことをエロい目で見てるわよ?」
「え、マジ?カミナ、まだウチに対してそういう目線向けれたの?」
「どっちかというと、いい脚してるなーっていうかなり冷静な判断だったなぁ」
「だよね。カミナだし」
そういってこちらに向けて笑みを向けてくる姫子。まあうん、ほんとになぁ。俺が言える立場じゃないのかもだけど、お互いの性別ってものを考えるべきなように思える。
……うん、いまさら無理か。
「それと、ウチのことは姫子って呼び捨てでいいよ?こっちもテンにティアって呼ぶし」
「あ、助かるわ。正直さん付けって慣れないのよねー」
「私は、これが癖なので……」
「やっぱり?ティアはそんな感じがしてた」
なんともまあ、うん。共通の知り合いがいる分なのかなんなのか、一気に仲良くなっている。いいことだ。
「さて、そろそろ本題に入る?ウチとしてはこのままだべってるのもありなんだけど」
「それはそれで楽しそうだけど、本題に入ってもらえる?一通り目は通したけど、知ってる人の話も聞きたいし」
「りょーかーい」
と、姫子はベッドから身を起こしてそのまま胡坐をかき、人差し指を立てて説明を始める。
「いろんな呼び方をされてはいるけど、一番有名なのは『童村』って呼び方かな」
◆2010‐06‐01T17:20:00 “Yatugiri Mountain”
姫子に説明してもらい、そのままテンの呼んだタクシーで村につながるという山に来た。そこまではなれた場所ってわけではないんだけど、来るのは初めてだなぁ……。そして、
「おっほー、このタクシーマジヤバ。何々、こんなのあんの?」
「まあ、一部の人しか使えないタクシー」
と、姫子がタクシー内で騒いでいたのは若干印象的だった。まあうん、その気持ちは分かる。あれはすごいよな、うん。
「それで、童村にたどり着くにはどうすればいいんだっけ?」
「ああ、とりあえず山道に入っていく感じ。で、後はひたすら歩いて歩いて、それっぽい立て看があったらそっちに入ってけばオケ」
「つまり、まずは歩き回ってみる必要があるわけなんだな……」
若干気が遠くなってきた。これはもう、俺の持つ主人公的謎パワーに書けるしかないのではなかろうか?……あるよね?謎パワー。
「それにしても、カミナが民俗学ねぇ……なーんでそんな変なことに首を突っ込もうって気になったん?」
「ん?あー……」
ふむ、どう答えたものだろうか。ってか、コイツもなんでこうも首を突っ込みまくるのだろうか。そこまで不思議なものなのか?
「そこはほれ、民俗学みたいなちょっと不思議な学問に興味が出てきてだな……」
「ダウト」
「即答は酷くね!?」
あーもう、この幼馴染は!確かにそうだけど!確かにそうなんだけど!
「……はぁ。テンがそう言うのに興味があるらしくて、それにつられて、だよ」
「あー、そゆことか。美少女にホイホイつられちゃったわけだ。気を付けなよ?テンはそう言うところないだろうけど、変な宗教とかにはまらないように」
「はまらねえよ」
「どーだか。美少女とか美女とかに誘われたらホイホイついてくんじゃね?」
マジで失礼だなこの幼馴染は……
「確かに、カミナはホイホイついていきそう」
「っしょ?」
「ちょっとお二人さん。俺に対してどういう認識なのか小一時間ほど問いただしたいのですが」
そう言うものの、二人ともなんだか妙に納得したように何度も頷くばかりである。なんでこんなに失礼なんだ、この二人は。自分でも百パーセント否定できないのは悲しいところではあるのだが。
「そう言えば今更なんだけど、どうしてそう言う都市伝説が出来たのかしら?」
「んー、それについては分からない。昔この辺りに村的なものがあってそれが面白おかしく……ってあたりじゃない?」
「やっぱり、その辺りが定番よね」
「定番なのか?」
「ええ。戦時中なら食べ物足りなかったですよーって言われても違和感ないし、口減らしとして大した労働力にもならない子供とか老人が……って話はないわけじゃないし」
……なんだか釈然としないのだが、確かになくはなさそうだと思う。それが食料になっていたのかどうかという点については……まあ、何とも言えないけども。
とまあそんなことを考え、話ながら歩いていると……なんか、看板が立っていた。木だけで作られている、細い棒に長方形の板をくっつけただけの、何とも手作り感のある看板が。
「看板、あったな」
「看板、あったわね」
「子供のイタズラかな?」
姫子の言うことにも一理あるような見た目なだけに、なんとも判断に困る。念のため、分かれ道の看板がある方の先を見てみるも、ただ道があるだけで何もない。どうしたものかと思うわけなんだけど……しかし、これが本当に怪異現象につながってしまうのだということを俺は知っている。それだけに油断してはならないものだということも。
そんなこともあって、俺はテンと視線をかわす。この場をどうするのか、このロアに挑むとしても姫子をどうするべきなのか。ただの人である姫子を巻き込む選択肢は最初からないのだけれど、それでもどう追い返したものか、
「って、待て姫子!お前何して」
「んー?だって、あーちゃん怖がってんでしょ?だったらこうして実際に看板見つけて、入ってみて何もないのが一番じゃん?」
「それはそうだけど、危ない」
「なーにいってんのさ、都市伝説なんて所詮は嘘八百っしょ。怖いんなら帰ってもいいけどさ」
と、そう言いながら姫子はさらに進んでいく。確かに、確かに何も知らない側にしてみればそう考えるのが自然だ。けど、それでも今はそれどころじゃないわけで。
「追うわよ、カミナ」
「でも、どうすんだよアイツ」
「追って、どうにかロアの世界に入る前にカミナが連れ出して。アタシだけ中に入る」
「それはそれで危ないんじゃ」
「消えるのを見れば姫子も納得するでしょ。そしたらカミナがDフォンで呼び出してくれればいい」
ふむ……こっちの事情が姫子に知られてしまうわけなんだけど、それでもこのまま一人で行ってしまうよりはましか。そう納得し、テンと一緒に少し駆け足で姫子に追いつく。
「ちょ、待てって姫子」
「ん?いいから、邪魔しないで」
「そういう問題じゃなくてだな……!?」
姫子の腕をつかんで、後ろに引っ張ろうとした瞬間。こっちが少し全力を出して、性別の違いもあるから行けると思ったのにガッツリ踏ん張られてしまった瞬間。Dフォンが一気に熱くなる。一気に追い越そうとしていたテンの方を見ると、真っ赤に光ったDフォンを見せてくる。これは、もう。
「完全に、入っちゃったわね……」
「やっぱり、か……」
「…………え?」
俺とテンの方を見ながら疑問詞を浮かべている姫子のことを、いったん意識の外に追いやりながら。俺は詩選の先を再確認する。
塗装された様子もなく、地面は全て土であり雑草が生えている。小さな田んぼもそこら中にあって、木造りの簡単に壊れてしまいそうな家がぽつぽつとあるだけの、ちょっとした集落。ついさっきまで視線の先には山道しかなかったんだから、これは間違いなく。
「来ちまった、ってことでいいんだよな」
「そうなるわね、痛恨だわ」
「え?……え、え?」
三人纏めて、このロアの世界に入ってしまった。姫子の言うところによれば、童村の中に。
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