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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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来店

 
前書き
ホロリア編? ちょっとリントの言葉は難しくて分からないです 

 
「いらっしゃませー!」

 リズベット武具店。イグドラシル・シティ中央の好立地に位置し、店主であるリズから見てもなかなかの人気店のように見えたこの場所は、今や――戦場と化したといっても過言ではなかった。新生アインクラッドを50層まで解放する、というサプライズ的な大型アップデートを終えて、プレイヤーたちが我先にと集まってきたからだ。

「こちらのスピアですと1200コルになります!」

 これまでの経験からして、リズも多少は混むことを覚悟はしていた。とはいえ人の波で溺れるほどになるとは思っておらず、時期と内容的に《オーディナル・スケール》からの出戻り勢や、他ゲームからコンバートしてきたプレイヤーが増しているのだろう。当然ながらNPCの店員だけでは人手も足らず、リズも接客や説明に回っているほどだった。同じレプラコーンのよしみとして、たまに店を手伝ってくれるレインやタルケンの存在が恋しい。

「はい。こちらメンテナンスが三点ですね」

 ……代わりと言っては失礼だけれど。ついでに《GGO》から戻ってきて弓矢のメンテナンスに来たシノンに、頼み込んで……というより、向こうから見かねて店員の手伝いをしてもらって。ショウキにはメンテナンスに専念してもらい、新たな武器の制作は今は後回しになると伝えさせて、なんとかお客様をはけさせていた。メンテナンスの依頼を受けたシノンが、工房でひたすら武器のメンテナンスをしているショウキに、無慈悲にも新たな注文を渡しに行く。

「そのカタナは、ウチの職人が造った自信作でして!」

 そうしてリズの仕事は、店主としての接客だ。カタナを見繕って欲しいというお客様に、工房でメンテナンスをしている彼が作った自信作を勧める。嘘は言っていない、というより真実しか言っていないが、売られたら彼は嬉しいような悲しいような、そんな微妙な表情をするだろうな――と、あまりの忙しさに、ついつい現実逃避をしてしまったことにリズは気づき。

「はい! ありがとうございます!」

「メンテナンス終わりの方ー」

 努めて明るく、努めて元気に、努めて笑顔で。浮遊城の頃からずっと練習してきた甲斐もあって、たまに流れてくる冷や汗以外は、リズもいつもの調子を維持できている。そうしているとリアルでは客商売をしているシノンのよく通る声が、メンテナンスを頼んできたお客様をカウンターまで通していて。ただし会計は店員NPCに任せて、シノンは猫のような軽やかな身のこなしで、お客様から避けつつリズの背後についた。

「……アイツから伝言。研磨剤が足りなくなりそうって」

「げっ……」

「私、買ってくるから。あとはよろしく」

「お願い!」

 素早く他のお客様に聞こえないような事務連絡とともに、シノンは武具店の扉から急ぎ足で出ていった。こんなことも見据えて、メンテナンスに必要な研磨剤は大量に仕入れていたはずだが、予想以上にお客様の数が多かったか。さらにシノンが買い出しに行ってくれたために、お客様への対応は店員NPCを除けばリズのみともなってしまって。

「……ナイスな展開じゃない」

 ……お客様に聞こえないぐらいに小さく言ってみたものの、その言葉で状況が好転する訳もなく、リズが少しだけ気恥ずかしくなるのみに終わる。気を取り直すべく、小さく自らの頬を叩いたリズは、目の前のお客様に向き直った。

「いらっしゃませー!」

「初心者なんですけど、どんなビルドにすればいいですかね?」

「えっと……使いたい武器があるなら、その武器に合わせたりなどいかがですか?」

 ――あたしが知るか! と反射的に返しそうになったものの、何とか喉元でその言葉を押し止めて、代わる言葉を優しく語りかける。しかし明らかに初心者らしい装備をしたそのプレイヤーは、あまり納得の行く答えではなかったのか、不承不承といった様子で店外に出ていった。

「メンテナンスの方ー!」

 しかも冷やかしかい! と内心でツッコミを入れていると、またもや工房から声が響いていく。今度は明るくしようとする努力は認めるものの、どこか疲れた雰囲気を感じさせる男性の声。そちらを振り向いてみれば、ショウキがメンテナンスを終わった武器を店員NPCに渡しつつ、何やらジェスチャー付きでまたもや工房の方に戻っていく。メンテナンスの仕事はアレで終わりだったはずだが、恐らくは更なる仕事が舞い込んで来てもいいように、残りの研磨剤を家捜ししてでもかき集めるつもりだろう。

「こちらの武器はですね!」

 それはあちらに任せて、リズは自分の仕事を全うする。もうすぐイグドラシル・シティ中央で、復帰勢向けのイベントが始まるため、そろそろお客様の流れも引くだろうという思いを込めて。片手間に売れ行き商品の流れを見てみれば、やはり片手剣や大剣辺りは安定の人気商品だったが、予想外なことにわりとクナイがはけていることに驚きつつも。

「すいませ~ん! 探してる商品があるんだけど!」

「はい! どのような商品でしょうか?」

 キャピキャピした、という表現が正しいというか。やたらと高音な、声の調整を間違えたプーカにしか出せないその声に、多少なりとも顔をしかめながらつつ。もちろん無視する訳にもいかず、リズは恭しくそのプーカのお客様に訪ね返した。すると声から感じたイメージに反して、お客様もペコリと礼を返して――

「ショウキくんをね、ウチに下さい!」

 ――そう、笑顔で言ってのけてきた。

「……は?」

「あれ? ごめん、聞こえなかった? ショウキくんをね、ウチに下さいって」

 お客様に対してどころか、今まで一度も発したことのないような冷えきった声色が、リズのアバターを通して放たれた。しかしてそのプーカは気にする様子もなく、また冗談のつもりでもなかったのか、またもやその意味不明な問いを返してきた。その瞬間から目の前の相手はお客様ではなく、『敵』へとリズの心中内で姿を変えていった。

「……何、あんた。あいつの知り合い?」

「知り合い……っていうか、愛しあった仲かな?」

「ハッ」

 どこかで会ったことがあったかと、そのプーカのアバターをジロジロと見てみれば。自分のソレより激しいショッピングピンクの髪型を、無造作に肩まで伸ばしたままのロングヘアー。肩やヘソなどを見せつける露出度の高い服装も合間って、どこか外国の踊り子のような雰囲気を感じさせたが、肌の色だけは気味が悪いほどに真っ白で。小柄な身体をウロチョロと動かしながら、煽るように見上げてくる動作を鼻で笑う。

「あいにく非売品よ。お引き取り願える?」

「えぇ~。ショウキくんとはさ、あんなに熱く、濃厚に……殺しあった仲なのに」

「……あんた、何者よ」

 愛しあったなどと分かりやすい挑発に乗ることもなかったが、『殺しあった』などと言われれば《SAO》のこともあっては聞き逃せず。睨み付けながら問い返したリズが見たものは、頬を紅潮させて身体をビクビクと震わせながら、ニッコリと笑顔を貼りつけたその女の姿だった。

「やん。そんな熱い視線で見つめられちゃ感じちゃう」

 目の前の理解できない生物に対して、リズは無意識に足を1歩引いてしまう。先程までは店を埋め尽くさんというほどにいた筈のお客様は、どうしてか一人もいなくなってしまっていて、店にいるのは店員NPCを除けばリズとそのプーカだけで。そのことに今更ながら気づいたリズは、工房にいる筈のショウキを呼ぶかどうか考えたが、そんなことは脳内で即座に却下する。

「……帰りなさい」

「えー、せっかく来たから、ウチが何者かぐらい言わせてくれない? んーとね、何だかんだと聞かれれば……コレかな?」

 ショウキとこいつを会わせてはいけない。そうけたたましく鳴らされる警鐘に従って、店主権限で他プレイヤーを追い出すメニューを可視化してプーカに見せれば。何が面白いのかクスクスと笑っていて、何を考えているのか指を銃のポーズで見せつけてきた。それがプーカの正体ということなのか、リズが考えを巡らせる前に彼女は口を開く。

「死銃、デス!」

「っ……!?」

「ま、本物の死銃さんは今頃、二人とも美味しいごはんェンドごはーんを食べてるんだろうけどー」

 死銃事件。もはや昔の話となったが、VR世界から現実世界の人間を殺害する事件。キリトにシノン、ショウキが暴き出した主犯の二人は、菊岡さんの手によって捕まっていたが、『膨大な数に及んでいた共犯』は今もまだ全貌を把握しきれていないと聞く。

「じゃあ、あんたが……」

「え? ショウキくんから話でも聞いてるの? 浮気相手の話だなんて、照れちゃうなー、もう!」

「……リーベ……?」

 そして入手していたリアルの情報を盾にして、死銃の数を膨大にしていた張本人。事件の最中、自らを《SAO失敗者》と名乗ってショウキに迫り、どうしてか彼に執着していたと。人を食ったような態度、支離滅裂な言動、踊り子のような服装、どこかで聞いたことのあるリーベという名前。それらはショウキから聞いていた話そっくりであったが、身体をもじもじとさせて恥ずかしがっている少女の姿を見れば、アバターとはいえとても信じられない話だった。

「ご紹介にあずかりまして! こっちでもリーベって名前だよ? あ、ショウキくんの好みに合わせて、ちょっと胸は大きくしたけどー」

「……何しに来たのよ」

「だから言ったじゃん。ショウキくんを貰いに来ましたー、って」

 しかして信じられようが信じられなかろうが、目の前の少女は間接的ではあるにしろ、他の人間を殺そうが何とも思わない『死銃』の片割れであるのだ。店からの強制退去を見せようが何の躊躇もせずに近づいてくるリーベに、恐怖と忌避感を感じたリズはまた一歩と足を退かせてしまう。

「ショウキくんは向こうかな? それじゃ挨拶でも――」

「――待ちなさい」

 ……いや、リズは無意識に離れようとする足を無理やり押し留めると、踊るようなステップのリーベの前に立ちはだかった。この少女をショウキに会わせる訳にはいかないと、先の自分の直感は正しかったと確信しながら。

「伝言があるなら伝えてあげるわよ。あんたを捕まえようとしてる連中にね」

「うーん……それは困るなぁ。だってショウキくんなら、ウチのこと殺しに来てくれるでしょう?」

「は?」

「ショウキくんなら《GGO》でウチのことを止められなかったことを悔やんでるから。今度こそ自分に止める責任があるって、熱烈なラブコールをしてくれるよね! まったくショウキくんったらクソ真面目だからさ~」

「あんたがアイツのことを語らないで!」

 勝手なことばかりマシンガンのように喋り続けるリーベに、遂にリズが怒りのままに店中に響き渡るような声を叫ばせた。それにリーベも驚いたようにピタリと喋るのを止めると、突如として真顔になったままリズへと顔を近づける。まるで口づけするかのような顔と顔の距離になったまま、気味が悪いとリズが離れるより早く、リーベは悪魔の囁きがごとく呟いた。

「でも――合ってるでしょう?」

「ッ……!」

 ……確かに、リズも分かっていた。ショウキがこの女と会ったのならば、彼は負う必要もない責任感に煽られて、今度こそ彼女を止めようとするだろう。具体的な方法が分からずとも、生真面目にもリズを置いてこの武具店から出ていき、リーベと殺しあいを演じることに違いない。

「あんたは……どうして、ショウキに執着するの?」

「あなたと同じ。好きだからだよ、ショウキくんが。どこかウチのお兄ちゃんに似てるの」

「お兄ちゃん?」

 ならばリズのすべきことは、一刻も早くこの女を武具店から強制退去させ、ショウキには秘密で菊岡さんにことのあらましを話すこと。だと分かっているにもかかわらず、リズはそのままリーベとの会話を続けてしまう。無表情ながらもどこか嬉しそうにするリーベに、本質的に善人であるリズは彼女との意思の疎通が可能である、などと錯覚を覚えてしまったからか。

「うん――あなたたちと違って、《SAO》から生きて帰れなかったオ兄チャン!」

 さっきまでの嬉しげな雰囲気とは真逆に変換され、悪魔のような笑みがリズの視界を支配する。驚いて遂に後ずさってしまうところを、リズの手を無理やりに掴んだリーベが押し留める。もちろんリズが倒れないように、などという訳ではなく。

「それじゃ、ショウキくん……貰っていくね?」

「リズ、さっきからどう――」

 ――工房から不思議そうな表情のショウキが現れるとともに、そちらへリーベは頬を紅潮させながら片手を振って。もう片方の手はリズの腕を万力のように締めつけ、その腕を支配して無理やりに可視化させていた強制退去のウィンドウを押させた。店外へと強制的にプレイヤーを転移させる強制退去システムの対象となっていたのは、もちろんリーベ当人であり、転移門と同様にリーベの姿が閃光に包まれていく。

「ま、た、ね?」

「お前――」

 ショウキの問いかけが間に合うこともなく。リーベの姿は何処かへ消えていき、リズベット武具店にはリズとショウキのみが残る。顔を伏せるリズに対して、何かを確信したかのようにショウキは問いかけた。

「今の……アイツ、なのか?」

「…………」

 抽象的なショウキの問いかけ。故にこそ、ショウキは問うまでもなく確信しているのだろう――アバターが違えども、あの少女はショウキが指した『アイツ』であると。ならばリズが答えるべきは、アイツとは誰だ、としらばっくれることだ。苦しい言い訳だけれども、今のはただの迷惑な客でしかなく、ショウキには知らせないことが彼を苦しめない一番の良策だ。

「……頼む……」

「……ええ。あんたが思ってる通りよ」

 ――しかして、リズは真実を告げざるを得なかった。苦しみをこらえるように奥歯を噛みしめ、表情を歪ませてまで懇願するショウキに嘘をつくことが出来ずに。リーベを止められなかった死銃事件のことを思い出しているのか、そのまま拳を強く握り締めるショウキに、リズが語りかけられる言葉は何もなく。

 ただ、今回も見送ることしか出来ないのか、と。

「……なあ、リズ」

「なによ?」

 強制退去したプレイヤーは、店のすぐ外に転移する。しばらくは強制退去させられた店には入れない、というペナルティーは負うものの、今やそのペナルティーは何の意味もないだろう。つまりリーベを追うのは今しかないが、予想に反してショウキはゆっくりとリズに語りかけてきた。無力感に襲われていて顔を伏せていたリズが見たものは、いつも通りのショウキの表情だった。

「へ?」

「いや……ありがとう。リズの顔見たら、落ち着けた」

「ちょ、ちょっと! 何よそれ……」

 そうしてリズの糾弾に微笑みをもって返すと、ショウキはゆっくりと椅子に座っていた。ただし言葉に反して落ち着いた様子などなく、いてもたってもいられない自分を縛るように、という表現が近い座り方で……いい意味で普段通り、慌ててる自分を見せないように見栄を張っているショウキの姿に、リズは小さく吹き出すとともに落ち着いて。

「そっちこそ……なんだ」

「別にー。アイツを止めるのは俺の責任だって、すぐに駆け出すと思ったから、意外ってだけよ」

「……ああ。悪いけど、俺がやるべきことだと思う」

 ――あたしを置いて、行っちゃうわよね。という言葉はすんでのところで飲み込んで。やはり自分の責任だと思い込んでいるらしいショウキは、腕を組みながら自らを落ち着かせつつも、リズの言外の言葉には気づく様子はなく語りだした。

「俺の行動は読みやすいらしいからな。多分、飛び出してくるって向こうにもバレてるだろ」

「……確かにね」

 ショウキの懸念通りに、リーベを見たら責任感からショウキは必ず飛び出していく、とあの踊り子は見抜いていた。何があるか分かったものではないと、ショウキが警戒するのも当然だろう。ならばどうするか、とリズは視線でもってショウキに問いかけると。

「その前に、アイツと何を話したんだ?」

「ほとんど会話にならなかったけど、あんたに会いたいってね。あと……あんたがお兄さんに似てるって」

「俺が……?」

 好きだの愛しあっただの、そういったリーベの妄言はかいつまんで、先の踊り子との会話の内容を手短に話す。そんな色恋の話に嫉妬している場合ではないと、当人でもあるリズも思わないでもなかったが、アレはただのリーベの挑発でしかない。語る意味もないと判断すると、熟考し始めたショウキの答えを待つ。

「……まず、菊岡さんに話す。俺の責任だろうが、それは必須だ」

「でも最近、クリスハイトとして見ないわよねぇ……」

 しばしの後にショウキが語りだした手段は、いつになく落ち着いた策で。本人いわく忙しい身であるらしいので、まさかまだ菊岡さん本人が『死銃事件』を追っているとはショウキも思っていないだろうが、それでもこちらからは菊岡さんしか手がかりはない。とはいえリズも水を差すようで悪いと思ったが、《ALO》での菊岡さんこと『クリスハイト』のログイン率の低さについてツッコミを入れれば。

「リアルの電話くらいは繋がると思いたい。そしたら……こっちからリーベの姿を捜す」

「…………」

 向こうから誘い出されたら、どんな罠があるか分からないからな――と、苦笑しながらもショウキはそう呟く。リズも話に聞いた話では、あの踊り子は罠が本職であり、誘い込まれるよりは攻めこんだ方が有利だろう。それは道理であるし、そんな風に冗談めかして語ってくるほどには、ショウキからすれば余裕があるようなアピールかもしれない。

「嘘」

 だが、リズはそんな聞こえのよい言葉に耳を貸すことはなく、真摯にショウキを見つめていた。確かにショウキが今しがた語った策が最善手だろうが、ショウキは絶対にそんな手段を取ることはない、とリズは確信していた。

 何故なら彼は、自分の責任だと思ったことを他人の手に委ねたりはしない。

「あたしをこうして言いくるめてから、一人でアイツのところに向かうつもりなんでしょ?」

「…………」

 リズからの問いかけに、当のショウキも痛いところを突かれたように、否定もせずに顔をリズから背けていた。何も言葉を発することもせずにいるとはいえ、それはもはや肯定していると同じであり、リズもまたショウキの隣にあった椅子に座って。

「あたしとアイツを関わらせたくないんでしょうけど、もう遅いのよね。それに……」

 ショウキがそんな嘘をついた理由が悪意によってではない、などというのは言うまでもないことだが。その心遣いが手遅れだということもまた事実で、死銃事件の時のように他のゲームならまだしも舞台がこの《ALO》であれば、今回ばかりはリズにも退く気はない。

「信じて待つイイ女は飽きちゃってね。あたしもそろそろ、あんたの背中を守るくらい出来るわよ」

「……アイツからリズを守る余裕なんてない」

「上等じゃない」

 《SAO》でも《ALO》でも《GGO》でも、幾度も死線に向かう彼を見送ることしか出来ないでいで、《オーディナル・スケール》の時も最後に駆けつけただけに過ぎない。今までも自分に出来ることはやってきたつもりだが、やはりパートナーと肩を並べて戦えるアスナに、内心だけでも嫉妬したことだってある。だからこそ、今回ばかりは。

 今まで味わってきた無力感を全て、この場で払拭すべきだとリズは自分自身に告げている。

「……分かった」

「ありがと!」

「話はまとまった?」

 そしてリズがショウキのことを理解しているように、ショウキもリズのことは理解しているだろう。こうなってしまえば、言っても聞きやしない――と、不承不承ながら諦めたようなショウキの了承に、リズは気分よくショウキの肩を叩いた。するとショウキのため息とともに、武具店の入口から声をかけられる。

「……シノン」

「話は外から聞いてたわ。悪いけど、死銃事件なら私も関わらせてもらうから」

 こちらと違って是非も言わせぬ口調にリズが苦笑している間に、買ってきてもらっていた研磨剤のトレード申請がショウキの目の前に浮かぶ。もはや何か言う言葉も失ったショウキがその申請を操作すると、研磨剤の代わりにメンテナンス明けの弓矢がシノンの手にもたらされる。

「……いい出来ね」

「それはどうも……シノンは、アイツに関して何が知ってることはあるのか?」

 手早く自分の弓矢の状態を確認すると、メンテナンスの出来に満足したらしいシノンが呟くのを聞きながら、ショウキもまた立ち上がる。自身の日本刀《銀ノ月》はリズのメイスと同じくストレージにしまってあるのか、一見すると空手のようであったが、その雰囲気は今にも戦いに赴きそうなもので。

「知ってるかしら。……例の外部ツールのこと」

「ええ、グウェンから聞いたけど……デジタルドラッグって奴よね?」

 珍しく歯切れの悪いシノンから語られたのは、リーベの話ではなく。先日、グウェンから聞いた、最近になってVR世界にて流行っているという外部ツール。その通称は『デジタルドラッグ』と、リズ当人は聞いただけとはいえあまり聞こえのよいものではない。

「伝達速度や反応速度を上げるとともに、使用者に軽度な中毒作用……まさに麻薬ね」

「そのデジタルドラッグがどうしたんだ?」

「《GGO》の方でも随分と流行ってたんだけど……流通させてるのが、アイツだって噂でね」

「っ……!」

 アイツ、が誰を指しているのかは明白だった。海外サーバーであるらしい《GGO》でそのような外部ツールが流行するのは分かりやすく、そのためもあってシノンは《GGO》からこちらに戻ってきたのだろう。この《ALO》ではまだ噂程度の広がり方でしかないが、『密売人』が本当にリーベであるならば、彼女が何かしら策を弄して来る可能性はあるだろう。

「そんなものに頼って強くなった気になる奴らの気が知れないわ……それはともかく、本当に『密売人』がアイツなら、むしろチャンスかもしれないわね」

「チャンス?」

「だって不正なツールの密売人よ? スクショ撮って運営に報告すれば、アカウント削除間違いなしじゃない」

「なるほど……」

 心の底からデジタルドラッグとその使用者を侮蔑しているのか、吐き捨てるような口調と態度のシノンだったが、その提案は理にかなっていた。ショウキにとっては締まらない決着ではあるだろうが、不正なツールを密売したことによるアカウント削除ともなれば、VR世界だけでなくリアルでの刑事問題に発展する可能性まであるからだ。リズからすればそれがベストな解決案だったが、やはりショウキとしては納得の出来ないところでもあるのか、横目で見た彼は何やら難しい表情で考え込んでいて。

「ショウキ?」

「……いや。考えるのは後にしよう」

「追うならすぐに追えるわよ。……わざと追跡しやすいように逃げてるわね」

 店の外から様子をうかがっていただけではなく、どうやら強制退出させられたリーベの行き先を《追跡》スキルで把握していたらしく、シノンがメニューを見ながら外に出ろと促して。ひとまずは考えを中断したらしいショウキも、いつもの日本刀《銀ノ月》を腰に帯びながら店外へと歩みを進めていく。

「終わらせてやる……今度こそ」

 ――隣にいるリズにすらギリギリ届くほどの声量に反して、重圧がこもった決意の言葉を呟きながら。
 
 

 
後書き
ホロリアから解き放たれたら一話で主人公に襲撃をかけるラスボス(仮)の鑑。GGO編から久々の登場になりますので一話かけてのどんなキャラかおさらい。もっと気になった方は拙作のGGO編を読んでいただけると嬉しい 
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