グランドソード~巨剣使いの青年~
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最終章
最終節―全ての救い―
ハッピーエンド
一人の青年の話をしよう。
彼は人よりも優れた才能があった。
彼は人より努力しなくて良かった。
だから彼は、人より劣っていた。
努力をしなかった結果、彼を待っていたのは人生の底辺。
才能に恵まれながらも努力をせず、最終的に彼は才能に溺れた。
そして、そんな人生をやり直す事件が起きる。
――異世界への10万人にも及ぶ大型トリップ。
彼はそこでも人よりも才能があった。
彼はそこでは人より努力をしていた。
だから彼は、人より優れていた。
努力を行い続けた結果、彼を待っていたのは人生の底辺。
才能に恵まれ努力をしながらも運命に揉まれて、理想に溺れた。
――けれど、それで終わらなかった。
彼は仲間に恵まれた。
彼は運命に恵まれた。
彼は自我が強かった。
自身という精神さえ、あえて傷付け続けることで乗り越えられるはずのない壁を乗り越える。
ただの才能が人よりあったと言うだけの、ただの生命が“英雄”となった瞬間だった。
“後悔したくない”。
そう彼が言ったのは、まだ彼が運命に揉まれ切っていない頃。
けれどあの時は“まだ”自身の悔いで言えていた。
だが、いつの間にか“後悔したくない”は――
――“後悔したくない”となっていた。
彼は全てを語ろうとした。
彼は全てを願おうとした。
彼は全てを求めんとした。
彼は全てを歩もうとした。
彼は全ての道を創ろうとした。
それは、彼が望んだ“呪い”であったはずだ。
それは、彼が背負う“呪い”であったはずだ。
ならばなぜ――
――今、この“呪い”は彼の枷となる?
彼は生命の強靭な心を悔いた。
彼は生命の強き勇気を悔いた。
彼は生命の叫んだ声を悔いた。
彼は生命の明るい道を悔いた。
彼は生命の巨なる壁を悔いた。
それは、彼が代償に払う“呪い”だったはずだ。
それは、彼が零れ落とす“呪い”だったはずだ。
ならばなぜ――
――今、この“呪い《後悔》”は彼の枷となる?
背負ったモノは力のはずで、落としたモノは後悔のはずで、どちらも彼の枷になるに値しない。
意味が分からない、意味が理解できない、意味が知らない、意味が不回答、意味が無意味、意味が不可能。
そうして、“僕”は“彼”に負けて初めて知る。
――そうか、彼は“ただの人間”だから“枷”なんだと。
背負う“モノ”も度が過ぎればただの枷になる。
捨てる“モノ”も度が過ぎればただの枷になる。
彼はただの“人間”で、彼はただの“生命”だ。
――全てを救うなんて、余りにもガラじゃなかったんだ。
「それが本当の“君が後悔しない道”なのかい?」
だから、僕は君に反旗を翻す。
手が無くとも、意志は残っている。
足が無くとも、精神は残っている。
力が無くとも、後悔は残っている。
「Ah――aaaaaaa…!」
数秒ぶりに体を奪い戻した僕の瞳が見たのは、変化しようとしている蒼也君の姿。
生命らしくない絶叫を上げ、身に纏う神気は軽く“全て知り全て能う存在”を越えている。
だって、彼は“概念”になろうとしている。
だって、彼は“理念”になろうとしている。
だって、彼は“人理”になろうとしている。
だって、彼は“歴史”になろうとしている。
それは“第一のデウス”にさえ出来なかった…いや、思いつかなかった偉業。
世界丸ごと1つ、自身の精神と体を犠牲に救おうって話なんだから。
簡単に言えば、今彼は本当の“全て解り全て与う存在《全知全能の神》”になろうとしている。
全て“知る”のではなく“解る”。
全て“能える”のではなく“与える”。
本当の“カミ”に彼はなろうとしているのだ。
それは彼が世界を救う為に背負った“呪い”。
それは彼が世界を救う為に支払った“呪い”。
それは、ただの人間が世界を救わんと手足に縛った枷。
「皆は良いかもしれない。でも、それで君は良いのかい?」
後悔したくない、なんていいながら彼はこんなところまで来た。
“世界を救う”なんて、それじゃあただの偽善だよ。
“蒼也も救う”じゃなきゃ、完全完璧な善いにならない。
「君の、ただの独り善がりに世界を巻き込むつもりなのか?」
“完全な終わり”ってのは、そういうもんじゃないのか。
結局、誰も死ぬことは無く誰も不幸にならない。
倒されるのは完全悪である僕ただ1人、そういう“物語”だったはずだ。
「…本当に、“主人公”に向きすぎてイライラする」
彼は生まれる場所を絶対に間違えている。
生まれるのなら、地球の紀元前3000年ぐらいじゃないとその気質は十全に使えない。
“人を護る”ことに彼は余りに向いている、“人を救う”ことに彼は余りに向いている。
だから、こんなふざけた選択なんて出来てしまう。
だから、僕は英雄である君に少し嫉妬してしまう。
「だから、僕は“君に成る”よ」
今、彼の体は“本来の体”のモノだ。
だから“最良”の結果にならないけど……まぁ、良いだろう。
「――――――」
「そっか、“君”もそれで良いんだね」
じゃあ、始めよう。
“彼を救う”短くて儚くて、誰にも知られることのない物語を。
――――――。
――――。
――」
あぁ、そうか。
君がそうなんだね。
――――。
――――――」
…良いのか、本来は君の体のはずだ。
――。
――――!」
ありがとう。
あぁ、でも本当にイラつくな…アイツは。
――」
ん?あぁ、解かってる。
ちゃんと感謝はしてるし、俺の独り善がりも対処してくれて申し訳ないと思っているよ。
ただ、これは俺なりの強がり。
――?
――――」
ツンデレって、お前どこでそんな言葉を…。
――――、――」
え?お前ずっと俺の体に居たの?マジで?
ええええええ……!
――、――――――」
うっわなにそれ知りたくなかった。
“本来の持ち主”が、ずっと俺の中に居たとか恥ずかしい。
――。
―、―――――――」
はいはい。
じゃあ、君にもありがとう言わないと、最後に名前…教えてくれるか?
――。
――――ウィリアム。
「ウィリアム…か、良い名だな。じゃあな、ウィリアム」
「あぁ、じゃあなソウヤ。お前の心で眺める日々は“主人公”見たいで楽しかった」
俺に対して、ウィレスクラがしてくれた最期の事。
生命を根源とする器に耐え切れない神気を得てしまい、崩壊するだけだった俺の魂を掬い出して代わりに自分の精神を縛り付けた。
そうすることで、ウィレスクラは本当の“カミ”となり俺はただの魂を維持できる。
ただの魂となった俺は、そこで妖精…いや、ウィリアムの体に呼ばれ、そこでまた妖精、ソウヤとなった。
肉塊当然だった身体はウィレスクラが修復してくれたのか、傷1つ無くなっている。
そうした結果、俺は初めて自身の体の中で俺をずっと見ていた本来の持ち主に出会った。
……いやまさか、全部見ているとは思わなかったけど。
けれど、ウィリアム自身は大昔に亡くなった故人で、心の中にいたのはその残留思念みたいなものらしい。
だから消え去る運命なのだと、彼は言い残して消えていった。
「…だから俺はここにいる、か」
瞼を開ければ、そこに見えるのは綺麗なほど蒼い空。
雲一つない……は嘘だ、今さっき流れていったよ。
けれど、本当に心の底から綺麗だと思える“良い空”だ。
「――――ヤ!」
そう、言い忘れていたよ。
修復された元ウィリアムの体は、スキルや諸々が全て失われているらしくただの鋼の妖精に戻っている。
その上ステータスやらも、もう開けなくなっているらしい。
だから、俺はいわゆる“初期化”された状態と同じ。
「―――ウヤ!」
……そして、人間ではなく妖精の器に入ったことで俺は“二度と元の世界に戻れない”。
だから、妖精である俺が今いる場所、そこは――
「――ソウヤ!!」
――FTWってわけなんだ。
「あぁ、聞こえているよ。皆」
身体能力も凡に戻っているし、スキルも全て失われている。
……初期スキルさえ失っているのはどうかと思うが。
というか、これ初期化よりも酷くないか?
――いや、まぁそんなのは関係ないか。
今は会いたかった仲間に、もう一度会える……それだけで十分。
やりたいことはやった、願ったことは叶った。
これが、俺の“後悔しない道”。
悔いはない。
だから只、俺が出来るのは“今を突っ走ることだけ”!
「母さん!」
「――アナタ、どうかしたの?」
とある世界、とある場所、とある家の中。
そこには夫婦“だけ”が住んでいた。
「これを見て!」
「……もう、何よ」
唯一愛する息子が10万人にも及ぶ意識不明の重体を起こす事件に巻き込まれ、つい先日その9割方は戻ってきたというのに、未だ息子は戻ってこない。
しかも、その肝心の息子の体さえもどこかへ消えてしまっていた。
そんな状態で心を痛めていた妻を、夫は気にすることなく慌てている。
夫が手に持っているのは何かの紙……手紙かなにか。
目を腫らしながら、夫の持つ手紙を受け取りその表紙を確認してみて――
「…ぇ」
――自身の瞳孔が大きく開くのを感じた。
―父、母へ―
そんな文字で書かれた右下には、こう書かれていた。
―斑斗蒼也―
「蒼也…!?」
「そうなんだ、アイツの部屋に入ったら机の上にこれが……!」
慌てて手紙の封筒を破り捨て、中身を広げる。
それは、蒼也の字で綴られた両親に対する手紙だった。
―拝啓。
父さん、母さん。今、二人とも驚いていると思います。だって息子が意識不明に陥って、そしてその身体さえ消えてしまっていたから。
驚かせて本当に反省しています。これからのことも、今のことも、謝りたいことはたくさんあります。けど、それはもう出来ないことになってしまった。俺は今、違う世界で生きています。そこでは辛いことや、悲しいことが一杯あったけど、なんとか生きています。だから、父さんや母さんに謝りたくて、自分は生きているのだと伝えたくて、この手紙を書きました。
父さん、母さん、今まで俺を育ててくれてありがとう。才能が他人より少し勝っている程度で調子に乗って、努力すらしなかった俺に2人は怒ってくれた。その意味が、やっと理解できました。本当は元の世界に戻って謝りたかった。けど、それは無理なのでせめて手紙で謝りたいと思いました。これも息子の我が儘、許してください。
まだ書きたいことは一杯あります。俺がどれだけ違う世界で凄いことをしたのか、両親に誇りたい。凄いことをした俺だから、大丈夫だって安心させたい。けど、書く時間はないみたいです。だから、2つだけ誇らせて下さい。母さん、俺にも仲間が出来たよ。父さん、俺にも世界は救えたよ。だから安心して、今を生きてください。
これが嘘だと思っても仕方ないです。息子じゃないと思ってもしょうがないです。けど、信じてください。そして安心してください。証拠になるかはわかりません。けど、仲間との写真を一緒に送ります。
…この手紙は読み終わったら燃え尽きます。写真も見終わったら燃え尽きるでしょう。父さんも母さんも、今読んだことや見たことは世間には言わないでくれるとありがたいです。きっと、誰も信じてはくれないでしょうし、誰も覚えていないでしょうから。
それでは父さん、母さん、お元気で。俺は今を生きて、頑張ります。
敬具―
その手紙と一緒に入っているのは、写真。
耳を尖らせ、羽を生やした蒼也と周りを囲む女性たち。
「なんだよ……楽しそうじゃないか」
「本当に、蒼也なのね……」
ここでこの物語は終わる。
けれど、ソウヤ達の人生は未だ終わらずその果てに何があるのかまだわからない。
――だが、それでもソウヤ達は“幸せな始まり”だった。
後書き
これにて『グランドソード〜巨剣使いの青年~』を終了させていただきます。
長らくお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
小説投稿は続けるつもりですので、また出会える機会があれば幸いです。
本当に、ありがとうございました。
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