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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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最終章
最終節―全ての救い―
  その心において強者、勝者

「――僕の完敗だ、蒼也君」
「――俺の完勝だ、ウィレスクラ」

 さきほどの荒れ狂う嵐のような争いはもうない。
 ただ、神剣を振り下ろす直前に止めたウィレスクラと“何も握っていない手”を振り下ろしたソウヤがいるのみ。

 事実、ソウヤは何もしていない。
 先ほどの“勝者に救を(セツナ)”だって、ただそんな風に叫んだだけで実際にはただの空振り。
 だがそれで“下剋上の神(ウィレスクラ)”は倒せるのだ。

 ウィレスクラは文字通り下剋上を司る神であり、常に下から上へ這い上がる神。
 だから、“自身より弱い存在”に対しては攻撃できない。

 それでも蒼也が全て知り全て能う存在(デウス)として一撃を放ったとしても、ウィレスクラは蒼也に勝つことは無かっただろう。
 神は神でも存在する次元(ベクトル)が違うのだ。
 どれだけ這い上がれる力を持っていたとしても、世界神の座によって異常なまでに高められた能力でも、自身より高次元の存在には手は届かない。

 元より神はデウスから生まれた存在。
 人間などの生命の次元を1、神のいる次元を2とするとデウスは5に属する。
 それほどまでに圧倒的な差があるからこそ、ウィレスクラは蒼也に勝つことは不可能だった。

 しかし、それでは“救えない”。

「…僕の“本当の敗北”。それがこれだと気付いていたんだね」
「あぁ、それがお前の根底に在るものだから」

 ウィレスクラを倒しても、それではウィレスクラを救えなかった。
 彼を心の底から救いたいのなら…彼よりも弱い存在として勝たなければならないのだから。

 “下剋上”をしたことがあれど、されたことがない。
 本来の神は自身の生まれ持った権能で満足し、その座に居座り自らの仕事を全うするのみ。
 だからこそ、上り詰めていく…強くなっていく彼を下の神々は止めることはできなかったのである。

 止める者がいるならば、それはウィレスクラよりも上位の者。
 つまり“下剋上”だ。

 初めから下位に存在する神々が止めておけばこんなことにはならない。
 それを今、蒼也が行ったこと。

「どうして“解かった”んだい?」

 ウィレスクラが聞くのは、“何故知ったのか”ではなく“何故解かったのか”。
 知るだけならば“デウス”の権能で事足りる。
 けれど、“解かる”という機能を“デウス”は持っていない。

 ならば答えは簡単だ。

「“デウス”の力なんて使ってない。それだけだ」

 蒼也が“知った”のはウィレスクラが“下剋上を司る神”であり、世界神の座まで上り詰めたということだけ。
 常に“我は知ろう(ゼンチ)”が教えてくれるのは結果のみ、その経過や人物の心情なんて教えてくれない。
 けれど、蒼也がウィレスクラの感情を理解するのにはその結果だけで十分だった。

「だから俺は弱者になった」
「――そっか、君は本当に救う気なんだね」

 無防備になったウィレスクラの胸に蒼也は手を当てる。
 生まれた瞬間から弱者であり、それでも勝者であることを強制された神を救う為に。

「『脆い骨子、弱い血潮、鍛える事を知らぬ体」

 その身は脆弱。

「俺は本来弱者であり、俺は本来敗者だった」

 だから分かったこともある。

「“仕方がない”と思えた。“仕様がない”と感じた」

 諦められた。
 残念がれた。
 だからこそ、安心していた。

 けれどお前は違うのだろう?

「お前は負けたかった。お前は勝者でなくなりたかった」

 ならば、今その望みをかなえよう。

 語るは結果。
 願うは想い。
 求むは敗北。
 歩みは苦渋。
 道は険しく。

 これが、ウィレスクラが求める“救い”。

「今、ここでお前は敗者となる』」

 その恐怖を安堵の心へ変えて。
 その勇気を悲哀の心へ変えて。
 その慟哭を静かな声へ変えて。
 その眩しい道を少し暗くして。
 その巨壁は高くに在り続ける。

 これが、ソウヤが与える“救い”。

 ウィレスクラという勝者を救うために、ソウヤは与える。
 そこには“強き者”の宿命も呪いも存在しない。
 そこには“弱き者”の呪いも宿命も存在しない。

 これこそ“救いの文(救文)”。

「――力を失え、勝者。『お前を救おう(エレメンタル・バースト)』」

 手が触れる場所から発光し出し、ウィレスクラは徐々に光へ包まれていく。
 これは“死”ではない。
 絶望で恐怖し、己を悲哀し、抗おうと慟哭し、暗闇に沈まないように、その“死を受け入れる”という巨壁を破壊しようとする。

 そんな、苦しい終わりではないのだ。
 彼に待っているのは今までの償いによる消滅のみ。
 1つの世界と、10万もの人命を弄んだ罪を贖う為に必要な行為なのである。

「…償ったら、もう一度生まれて来い」
「そうしようかな。――あぁ、生まれるのなら次は…」

 「人が良いな」。

 そう言い残して、ウィレスクラの魂は消滅した。
 残るのはウィレスクラの魂を宿していた器、そして――

「もう目覚めているのだろう」
「ふむ、流石にばれるか」

 ――本来その器に魂を宿していた“第一の全て知り全て能う存在(デウス)”。

 ウィレスクラの器が塵となって消え、それらがまた集まり1つの器となる。
 そこに現れたのは、白髪の長髪を揺らす人間だった。

「――――」
「どうした、我が姿に…余りの“人間っぽさ”に驚いたか?」

 蒼也の目の前に現れたのは、白髪の長髪を揺らす人間。
 そこまでは何もおかしくはない。
 けれど、その姿に異常な違和感があった。

 ――あまりに、あまりに人間臭い。
 この世の芸術の天才たちが総力を挙げ、一生をかけて作り上げたような美しさがない。
 ただ、“10人に2,3人いるな”と思える程度しか整っていなかった。

 ただ、蒼也の反応を“知った”第一のデウスは首を横に振る。

「それを思うのならば、貴様も“人間臭い”ぞ。まだ我の方が見れるくらいに、はな」
「…そういうことか」

 確かに違和感がある。
 それは“容姿が人間と変わらない”という一点のみだと蒼也は思っていた。
 けれど、本当の“違和感”はそこではない。

「お前、随分“生物”らしくないじゃないか。無機物か?」
「――何を言っている?」

 長い白髪の青年、第一のデウス。
 その姿は人間らしくはあっても、その中身からは“生命”であることすら感じられない。
 神だって結局は“人間が高次元化した者”から生まれたものであり、その根底にある“生命らしさ”は変わらなかった。

 けれど、目の前の存在は“無機物”。
 まるで人間の皮を被った、“鉄”そのものだ。
 その瞳に、その身体の動きに、その喋り方に“意志”を感じられない。

「…第一のデウス、俺はお前に興味はない。“世界の歯車”と化したお前に何を聞いても、意味はなさそうだしな」
「あぁ、そうだ、“それでいい”。そうすれば上手くいく」

 生きているとすら思えない、あまりの無感情な行動や声に蒼也は恐怖しか感じなかった。

 ―“アレ”が、今の俺(デウス)の行き着く先…か。

 今、蒼也はデウスの権能を全てカットしている。
 だからこそ今の状態を保てるのだろうが、何百、何千、何万年とデウスでいればいるほど“世界の機構”となるのだろう。
 それはつまり、“生命ですらなくなる”ということだ。

「…だが、アレはお前が目指した先なら仕方がない」

 実際、第一のデウスが居なければ異世界の管理が出来なくなり、地球のある世界を除いた全ての世界が消滅するだろう。
 自身が望み、そして結果やりたいことをやれているのなら蒼也は手を出さない。

 それよりも救いたい人たちは多くいるのだから。

「『硬い決意、強き精神、痛み続け成長する心」

 その心は頑強。

「俺の今は強者であり、俺の今は勝者である」

 だから理解したことがある。

「“諦めはない”と思えた。“挫けれない”と感じた」

 諦めることはできない。
 挫けることはできない。
 だからこそ、その心はただ強く在れた。

 けれど、それは何のためだったのか?

「俺は救いたかったから。全ての人を救いたかったから」

 ならば、今その望みを叶えてやる。

 語るは果たされない夢。
 願うは絶対崩れぬ意志。
 求むは生命を救うこと。
 歩みは遠く遥か彼方へ。
 道は続くことを知らず。

 これが、蒼也が望んだ“救い”。

「今、ここで俺は救世主となる』」

 その恐怖(苦しみ)を強靭な心へ変えて。
 その悲哀(苦しみ)を強き勇気へ変えて。
 その慟哭(苦しみ)を叫ぶ声へと変えて。
 その暗闇(苦しみ)を明るい道へ変えて。
 その巨壁(苦しみ)をこの力で破壊する。

 これが、蒼也が果たす“救い”。

 神々によって弄ばれた人々を救うために、蒼也は与えよう。
 そこには“肉体のみの強者”は存在しない。
 そこには“精神が脆い弱者”は存在しない。

 “故に、この身(蒼也)は全ての呪いを受けるに相応しい”。

 これこそ“蒼也が選んだ道(ハッピーエンド)”。

「――本来生きるべき人よ、甦れ『亡霊解放(エレメンタル・バースト)』」

 数体の亡霊を黄泉へ送り、その宿業を一身に背負う禁呪。

 ――違う、禁呪である“はずがない”。
 行うのは真逆であり、神ですら成し遂げられぬ偉業だ。

 “黄泉から死ぬ運命に無かった人々を、在るべき場所へ連れ戻す禁救”。
 “黄泉で在る人々が受けるはずの獄を、その身で集めただ背負う禁呪”。
 ――そして、ただ害なす存在(魔物)を、この身を犠牲に一掃する偉業だ。

 禁じられた救いを与え、禁じられた呪いを受ける。
 ただそれだけの術。

 自分という“概念”が崩れ去るのを感じた。
 自分という“理念”が崩れ去るのを感じた。
 自分という“人理”が崩れ去るのを感じた。
 自分という“歴史”が崩れ去るのを感じた。
 あぁ、けれど――

 ――後悔はしないだろう。

 本来生きて寿命を全うすべき人々を救った。
 本来とは逆に死を迎えられた人々を救った。
 本来、無い筈の歴史を変えて人々を救った。
 本来在り得ない偉業を成し遂げ人を救った。
 あぁ、けれど――

 ――消滅は怖かった。

 自分という存在が消え、自分というココロがキエ、自分トイウジブンがキエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ。

 あぁ、けれど――

「それが本当の“君が後悔しない道(ハッピーエンド)”なのかい?」

 ――自分を知る、誰かが居た。 
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