グランドソード~巨剣使いの青年~
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最終章
最終節―全ての救い―
その体において弱者、敗者
純銀に瞬く刃と、“剣”という概念の刃がぶつかる。
物質ではなく、“剣とはこういうもの”という想像により形取られただけの刃は、本来物質を通すことは無い。
けれど、交える剣が神格を得ているのなら話は別だ。
“神格”とは“神気”を纏うことであり、それはつまり神と上位存在へと成りかけている人間以外には扱えない状態。
故に、容易く“こうあるべき”という前提を崩し世界の理さえも時に変えてしまう。
最もわかりやすい言葉で言うのなら、ゲームにある“チートコード”そのものである。
ゲームのソースに侵入し、自分のしたいように弄ることが出来るのだ。
そして“神格”が高ければ高いほど、弄る自由度は上がっていく…“世界神”レベルとなると想像もつかない。
しかし、相手は原初の神である“全て知り全て能う存在”である。
普通に考えるならば、神格のソースを全て“剣の概念の固形化”という設定に割り振っていることだろう。
だからこそ、状況は圧倒的に“世界神”側が不利だと断言できる。
「――――!」
「…ッ!」
初めに音の壁を越え、次に光の壁を越え、最後には世界を超える速度で剣戟が起こされる。
世界を越える速度…界速とも言える速さで動き続ける2柱は、普通の地面の上ではとっくに世界崩壊が起きてもおかしくないレベル。
速度だけで世界が崩壊しかけるのだから、神同士の戦いというのは全くもって意味が分からない。
けれど、その世界神と第二の原初神が戦うという歴史上初めての出来事でさえ、もう終わりは近づいている。
終わりのないものなどない。
それは神でさえも跳ね除けることのできない、根本的なルール。
「はぁっ、はぁっ…!“手を伸ばす果て”!」
息を切らすウィレスクラがその手から放つのは、“偽りの称号”から得た神の力。
無色にして、触れる物を全て破壊する波が蒼也に向かう。
それは普通なら、誰に求めることは出来ず絶望し受けきるしかない――
「“消えろ”」
――それが、原初の神でなければ。
蒼也が左手を全壊の波に向け、一言呟けば圧倒的な力の差で全てのものはその通りになる。
それが“全て知り全て能う存在”の権能が1つ。
“汝に能えよう”。
―全て知れるよ。お前が次に何をしてくるのか、お前が今何を考えているのか、お前の気持ちが。
恐れ、怖れ、怒り。
勝者の座から引きずり降ろされ、たった一瞬で弱者へと成った。
その悔しさを蒼也は知る。
―“我は知ろう”の力で、お前の気持ちが“知ってしまう”。理解してすらいないのに。
知っているのに理解できない。
その矛盾を蒼也は嫌う。
息を切らし、その顔を苦渋と憎悪で覆い…今どの存在よりも真っ直ぐな瞳で蒼也を見るウィレスクラ。
彼が行ったのは“最低”であり、“災厄”だ。
けれど、今の彼の気持ちを蒼也は蔑ろに出来ない。
――それが、強き者の“宿命”だから。
――それが、弱き者の“呪い”だから。
「だから来い、弱者。中途半端な力で来るんじゃない。お前の全力、その全てを俺にぶつけろ」
「は、はは…。本当お人よしで…イラつくよ、蒼也君」
彼の恐怖を変えよう。
彼の悲哀を変えよう。
彼の慟哭を変えよう。
彼の暗闇を変えよう。
そして、自分という巨壁を越えて見せろ。
そうすることで、ウィレスクラは初めて敗北者となり…己を鑑みることが出来る。
「『我が名は下剋上。常に弱者であり、常に勝利者である」
常に見上げ、常に羨ましい。
常に勝利し、常に蔑まれる。
一人も理解者はなく、一人も同情者はない。
故に常に一人であり、故に常に独りである。
「何度も這い上がろう。何度も上り詰めよう。それが我の“宿命”」
才能で全てが決まる神。
才能で役割が変わる神。
才能で上下が決まる神。
――そんなの、認められない。
認めて、たまるものか。
「憎まれようとも、恐れられようとも、我はただ上り上がるのみ』」
他者から負の感情を向けられるのを代償に、勝利者となる禁呪。
その名は――
「――力を寄越せ、生者。『負よ、勝利を我が手に』…!」
―これが、始まりだった。
その異常な力の高まりを感じながら、蒼也は想う。
異世界へと飛ばされ、死の恐怖に囚われながらも無視し、“最強”へと至る道を選んだのが、初めての“あの技”だった。
あれを機に、多くの災厄が蒼也のもとへ集い、その全てを蒼也は打ち払ってきた。
その果てに見るのは、原初の光。
―あぁ、そうか。お前だったんだな。
溢れ出す力を全て手に持つ神剣へと込めることで、神剣は巨大化していく。
それは、正に“巨剣”だった。
ようやく蒼也は理解する。
―お前が“巨剣使い”の元だったんだな。
「ソウヤ――――!」
巨剣化した神剣を手に、漏れ出しそうなほど不安定な力を手にウィレスクラはやってくる。
凄まじい力、それには誰も追いつけない…扱う自身でさえも。
―…苦しいんだろう?ウィレスクラ。
それは何かの間違い。
たまたま生まれてしまった“下剋上の神”。
彼は“下剋上を司る”者として、神として生まれた者として、その“宿命”をやり遂げなければいけなかった。
そして、はたまた何かの間違い。
彼は辿り着いて“しまった”のだ、上り得る最強の座に。
だから、彼は“つい”遊んでしまった…世界1つと10万の人間の命で。
自分は相応しくない力と分かっていながら、使わずにはいられなかったのだ。
「『我、強き者。我の導きに答えよ。我、弱気を護る者。我の言葉に答えよ」
あぁ、きっとこれでは駄目だ。
これでは“救えない”。
彼を救えるのは、“弱者”であり“敗北者”だけなのだから。
「『消えろ』」
そう、彼を救いたいのなら“弱者”であり“敗者”であるべきだ。
そう、皆を救いたいのなら“強者”であり“勝者”であるべきだ。
なら、“全てを救おう”。
身に纏う神気は“在り得ない”。
手に持った剣は“必要がない”。
体に巡る魔力は“価値がない”。
鍛え上げた体は“資格がない”
本来の自分はそれを持つ理由が“ない”。
「『現れろ』」
けれど。
身に纏う優しさは“存在してる”。
手に持った右手は“必要がある”。
身体に巡る痛みは“価値がある”。
鍛え上げた精神は“資格がある”。
痛みを訴え続けるその心は、鍛え続けるその精神を持つ理由は“ある”。
これはソウヤではなく蒼也が育て上げたものだ。
これはソウヤではなく蒼也が痛み続けたものだ。
「『私は弱者として、敗者となろう」
その身に宿す物は何もない。
その身体はあまりに“脆く”、あまりに“貧弱”。
体同士の戦いにおいて、この体は“勝ち”を知らず“負け”のみを知るだろう。
「私は強者として、勝者となろう』」
その心に宿す物は多くある。
その精神はあまりに“硬く”、あまりに“昂然”。
心の在りようにおいて、この心は“負け”を知らず“勝ち”のみを知るだろう。
雪のように儚く脆い身体を持ちながら、その心が持つのは圧倒的な救い。
「――――ッ!」
言葉も発せず、ただ顔を歪めに歪めながら突撃するウィレスクラに、蒼也は何も持たない両手で“何か”を握る。
非力で、脆く、貧弱なその身体に為すのは――
「“強者に死ヲ”――!!」
「“勝者に救を”――!!」
――常に勝利を挙げながらも、常に孤独だった男を救うことだけだった。
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