グランドソード~巨剣使いの青年~
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最終章
2節―反逆決戦―
さぁ、反逆の旗を上げろ
その戦局は最悪だった。
「ぐっ……ッ!」
「動かない方が宜しいですよ。貴女にはもう何もすることは出来ません」
ルリは吹き飛ばされた影響で、身体が悲鳴を上げ動けずにいる。
地に伏せる下等にただガブリエルは“慈しんだ”。
妖精が天使に勝てないのは仕方ないのだと、妖精如きにもう何もできないのだと、熾天使と相対することすらおこがましいのだと。
そうガブリエルは慈しむ。
あぁ、誰もこの戦局を覆せる者はいない。
だって仲間は皆、各役目を果たすために全力を注いでいる。
だって仲間に助けられる権利が、弱い自身に無いのだから。
だから――
「――顔を上げろ!!」
「――――!」
――だから、ルリにはその声に“希望”を感じずにはいられなかった。
この戦局も最悪だった。
「ッチ……!」
「癒されろ、癒されろ、癒されろ」
自らを炎で焼くことでラファエルの“癒し”の暴発を防いでいたナミル。
けれど、あまりに自身を苦しめる行為に長時間耐えることは出来なかったのだ。
「あァ、ようやく癒されてくれるのか……ナミル」
何度も体を“癒された”が、それでも痛みに耐え続ける精神は癒されない。
苦しみ、癒され、苦しみ、癒され……繰り返すことで、ナミルの心労は限界にまで達している。
―クソ、名案だと思ってたんだがな……!
そして遂にナミルは膝をつく。
意識が朦朧とし始め、視界がチカチカと瞬き始めた。
あぁ、誰もこの戦局を覆せる者はいない。
だってこうなったのは自業自得で、自身の考え足らずが引き起こしたのだから。
だって“罪”を浄化する炎に負けることは、罪を償えないってことなのだから。
だから――
「――顔を上げろ!!」
「――――ッ!」
――だから、ナミルはその声に救われた気がした。
僕がやるべきことはたった1つ。
今、この時間に必死で世界を救おうと戦う“申し子”達を救い“あの人”の手助けとなること。
戦局は最悪だった。
グルフの女性は体中に打撲を負い、起き上がれずにいる。
ガルフの女性は体中に火傷を負い、顔を伏せていた。
どちらも顔を伏せて、自らの無力さに嘆く。
あぁ、こんな時“あの人”ならどんなことを言うのだろう?
常に誰よりも前を向き、誰よりも強敵と立ち向かった“あの人”なら、きっと――
「――顔を上げろ!!」
こういうはずだと、僕は思った。
地を伏せていたグルフとガルフの女性は顔を上げる、その瞳には確かに声に対する“希望”がある。
この戦場の誰もが、この声に反応し一瞬体を停止させてこちらを向く。
恐れは要らない、恐れは知らない、恐れは消えない、恐れと立ち向かえ。
怖いけれど、弱いけれど、向かないけれど、僕は立ち向かう。
それが、彼が目指したもののはずだから。
「遅れてすまない、皆――」
剣を掲げ、声高らかに、その瞳に意志を宿し、“希望”と成る!
「――僕は『勇者』。『勇者』の勇向だ」
目の前に立ちはだかるのは、一度立ち向かって相討ちとなった天使……その更に格上。
それでも、立ち向かうことは止めないし勇気を振り絞ることは止めない。
僕は勇者だから。
剣を熾天使2人へ向け、僕は笑う。
「さぁ、次の相手は僕だ」
今の僕では普通の天使でさえ、相手取るのがギリギリだ。
あくまで僕の力は普通を越えているだけであって、超常に至った訳では無い。
上級魔族と渡り合えるけれど将軍魔族には敵わない……そんなレベルだ。
――“今”の僕では。
「『ここが私の決戦の地。ここが私の死力を尽くす地」
だから、今を越える。
僕が本来『勇者』として呼ばれた理由、その与えられた力の本質。
この力を使って魔王を倒すことが、本当の僕の理由だった。
「この身は“希望”であり、この身は“勇気”。その剣は未来の為に、その盾は未来の為に」
ただの近衛剣レベルであった“聖剣”が、“聖盾”が光り出す。
人間である僕の身を纏うように“魔力”が溢れ出す。
対魔王用に1度のみ使用を許された、『勇者』が『勇者』足り得る最強の光。
これは希望の光である。
これは勇気の光である。
これは――
「私は未来の為に、この時のみ勇者であろう。『光よ、降臨し給へ』」
――僕が憧れた光だ。
強大な光に包み込まれ、僕は『勇者』と成った。
その身は限界さえも突破し、一時的に神にさえ至る。
黄金なんて似合わない、僕が夢見た光はそんな明るいものではない。
僕が憧れた背中は、かつて綺麗な“蒼”を剣に宿らせていた。
だから僕が纏う光は“青”だ、“蒼を夢見る青”くらいで丁度いいのである。
―きっと彼は今、神に立ち向かっているはずだ。
『均等破壊』ソウヤ。
それが、僕が憧れた背中だ。
かつて召喚された僕は、初めは調子に乗っていたものの魔物に相対して、現実の“死”を体験し震えていた。
戦うは当然、剣を握ることすら恐怖を覚えて僕はただ閉じこもっていたのである。
そんな時だった、彼の話を聞いたのは。
「もうそろそろ6度目の『軍勢の期』ですな」
「えぇ……ですが心配は要りませんね、ソウヤ殿が居ますから」
「そうですな、たった1人で『軍勢の期』を相手取ったソウヤ殿なら……」
ソウヤ。
その響きだけで、僕はその人が自分と同じ世界の人だと理解した。
どうして戦えるのだろう、どうして立ち向かえるのだろう、どうして殺せるのだろう。
そんな思いばかりが募って、僕はどうしても知りたくなった。
魔物を、魔族を何故殺せるのか、と。
―彼は覚えていないだろうな、一般人に紛れて僕が質問したことを。
必死に王に頼み込み、僕は複数の護衛と共にソウヤが居るであろう場所に向かった。
訓練さえしない僕がソウヤと出会うことで、何らかの刺激になることを王も願っていたから僕を送り出したのだろう。
そして、僕は一般人の中に入り込みソウヤに聞いたのだ。
“どうして戦えるのですか、怖くないのですか”と。
彼はただ―儚げに―笑って、―震える手で―僕の肩を叩く。
「そんなの、俺が“後悔したくないから”だ」
言葉を聞いて、彼の儚げな笑みを見て、彼の震える手を感じて……僕は全てを察する。
怖いに決まっている、何も感じず戦っている訳がないのだ。
それでも、他人が傷付くのを見たくないと、他人を救いたいと彼は立ち向かう。
自分が―他人が傷付くことで―後悔したくないから戦う。
自分が―他人が恐れることで―後悔したくないから立ち向かう。
自分が―他人が震えることで―後悔したくないから殺す。
怖くても、辛くても、苦しくても、彼は強者だから“宿命”を背負っていた。
戦いたくなくても、立ち向かいたくなくても、殺したくなくても、護るべき人は弱者だから“呪い”を背負っていた。
儚くて、まるでガラス細工のように触れれば砕けてしまいそうな、そんな彼の背中を僕はどうしようもないくらい憧れた。
決してその背中は大きくなかったし、その背中は屈強でもなかったけれど、彼の背中は全てを背負っているように感じられたのだ。
人間らしく、それでも強く在ろうとする背中に……僕は勇気付けられる。
あぁ、結果は確かに僕の力を使わなくても終わった。
『勇者』として戦わなくても、周りの人々の力で魔王は倒されたし僕自身もそれで満足していた。
―それでも、僕にはまだやれることがある。
平和に戻り明るく過ごす人々の影に、彼らは何より強大な存在と戦おうとしていた。
その力に顔を落としてしまった人がいる。
なら、僕が彼に代わって“希望”を“勇気”を与えよう。
「行くぞ、熾天使」
“青”の光を纏い、僕は戦局を覆そうと動き出す。
――さぁ、反逆の旗を上げる時だ。
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