Re:ゼロから始める士郎の生活
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
三話 貧民街
前書き
ノリと気分で書きました。書いてる最中に「うわぁ、これって士郎じゃなくね?」と思ってしまったけど楽しく書けたからいっか(笑)と考え、投稿してしまう残念なナイトであった。
────ガンッ。
剣撃、一閃。
────ガンッ。
滑らかな鉄の音。
────ガンッ。
弾き合う、鉄の刃。
────ガンッ。
────ガンッ!
────ガンッ……!
剣聖 ラインハルト・ヴァン・アストレアは剣を振るう。
「────」
その一撃は必殺。静かな動作で、最小限の動きで、敵の剣を躱し。それを弾き返した。
「化け、物め!」
男は悲鳴を上げていた。
ラインハルトの剣撃を必死に耐えながら「クソっ!クッソォ!」と涙目になりながら男は剣を振るう。
その姿は見るに耐えない。
だが、なかなかの手練だとラインハルトは思った。
剣聖であるラインハルトの一撃を(と言っても物凄く、物凄く、物凄く、加減をしているが)男は弾き返している。普通の人間には不可能だ。
それを目の前の薄汚い男はやってのけている。
「────」
静かな動作で、剣を振るうラインハルト。
「クソ野郎ッ!」
荒々しい動作で、剣を振るう男。
互いの剣は打ち合う度に火花を散らし、互いの剣は打ち合う度に変形していく。
ラインハルトの一撃に剣が耐えきれていない。
そして、それを受け止め、弾き返している男の剣もそれは同様だ。
「……ハァ……ハァ…」
消耗しきった剣と男。
勝負あり、ラインハルトはそう判断し、憲兵に借りた剣を収める。
「勝負ありです」
元から勝敗は決まっていた。
それは薄汚れた男も解っていただろう。だが、それでも男は剣聖に挑んだ。
何故?簡単な答えだ。
男は剣聖 ラインハルト・ヴァン・アストレアと剣を交えたかった。ただ、それだけだ。
圧倒的、実力差は解っていた。負けることは解っていた。
それでも、剣の道を歩んだ者なら一度は想うはずだ。
剣聖と闘ってみたいと。
そして、男は敗れた。
納得のいく敗北だ。
実際に剣を交えて解った。剣聖は化け物だと。勝てる見込みなんて有りはしなかった。剣聖が、少し力を入れれば男の命は消えていたことも。だが、だからといって諦めたくない。負けると解っていても挑みたい。例え、どれだけの実力差だろうと挑まなければ勝利することは出来ないのだ。なら、負けると解っても剣を振るのは至極当然と言えよう。
男はその場に倒れ込んだ。
力を使い切った。
「剣聖……その名の通り、アンタは剣に愛された騎士のよう……だな」
「僕には、これしか有りませんから。それ以外のことはできません」
「抜かせ。テメェは自分を過小評価し過ぎなんだよ」
「いえ、これは正当な評価ですよ。それに、僕から剣をとったら何も残らない」
「あるじゃあねぇか。その面とその躰がよぉ」
「…………」
そう言われるとラインハルトは腕を組み、黙り込んだ。
「テメェの面と、躰は一級品だ。父親と母親に感謝すんだな」
「……そう、ですね」
ラインハルトは少し微笑み、男に手を差し出す。
男は差し出された手を取り、立ち上がった。
「で、俺は何点だ?」
ニコッと男は笑った。
先程とは大きく変わって、態度も柔らかくなっている。もしかしたら、これが素の性格なのかも知れない。
「そうですね。百点満点中……46点といった所でしょうか」
「低っく!?
俺って、そんなに弱かった?」
「いえ、実力はなかなかのものでした。ですが、すぐに表情が顔に出る所は直すべきですね」
男の剣士としての実力は低くない。
これは合格だ。とラインハルトは判断し。
「貴方は合格です。明日から、城門の衛兵として働けるよう手配しましょう」
「よっしゃッ!!」
男はガッツポーズを決め、勢い良く飛び跳ねた。
剣聖であるラインハルト・ヴァン・アストレアは国で職に困っている国民に仕事を与える権限を国王から与えられていた。
まぁ、それは国を守護する兵士の調達が名目な訳だが。
といっても国の兵士の調達が、主なメインといって誰しも構わずという訳ではない。兵士としての職を与えるなら、それなりの実力を要する。そこで、剣聖であるラインハルトが、品定めをするのだ。簡単な話、手合わせだ。
剣聖 ラインハルト・ヴァン・アストレアが直々に、手合わせをしてくれる。これは大きいアドバンテージである。
ルグニカ王国最強の騎士と剣を交えられる。それだけの為にわざわざ他国から移住してくる異国民も珍しくない。
目の前の男も、その一人で。
以前は何処かの貴族の騎士として仕えていたらしいが……何か、いざこざがあったらしく。男は、その貴族の元を離れたらしい。そして、職を失った男は大陸各国を旅をしていて、その旅の最中にルグニカ王国のラインハルトの話を耳にし、ここまでやって来たそうだ。
「ふぅ、一時はどうなるかと思ったぜ。このルグニカまでたどり着いたはいいが、途中でひったくりにあっちまって財布をスられちまうし……この身なりだから、憲兵に捕まって尋問を受けるしでホント最悪だったぜ」
「それはお気の毒に。では、今日の宿は?」
「ねぇよ。まぁ、野宿なら慣れてるよ」
と気楽に男は言うが、国を守護する騎士としては救いの手を差し伸べきだ。ラインハルトはそう判断し、
「お困りのようですね。もし、よろしければ今日は僕の家で厄介になりませんか?」
と、丁寧な口調なのにどこか気の抜けた発言をするラインハルトであった。
「兄ちゃん。変わった身なりだな」
少女は、珍しいものを見るような目で俺を見てくる。
この視線もいい加減慣れてきた。でも、今はその視線、少女のどことない言葉が俺の心を締め付けていたモヤを取り払った。
「そうか?
俺からすれば君の服装も変わってるよ。ていうか、露出多いぞ……」
「そうか?動きやすくていいんだけどな。てか、兄ちゃん。目元、赤いぞ?もしかして泣いてたのか?」
「な、泣いてなんかない。目にゴミが入ったんだ」
俺は目元を擦り、誤魔化す。
「その発言が、その行動が、おもいっきしさっきまで泣いてたって物語ってんだが?」
「うるさい。泣いてなんかない。これでこの話はおしまい。はい、チュンチュン」
「んだ、そのチュンチュンって?
なんか、妙にウゼェー」
「はいはい、お口ムーミン」
「さっきから、なんか、ウゼェ!?」
っとたわいない会話をしていると「シロウーっ」と俺を呼ぶエミリアの声が聴こえてきた。
「もう、急に走るからビックリするじゃない」
「ごめん。なんか、無性に走りたくなってさ」
っと適当に返すとエミリアは不機嫌そうな顔をする。本音を言ったら余計に不機嫌になるだろうし、今はそういうことにしておこう。
「それで、この娘は?」
「あぁ。さっき、会ったんだけど……そういえば、名前を聞いてなかったな」
いかんいかん。俺としたことが。
「えっ。初対面なの?」
「んだよ。白の姉ちゃん?
アタシとこの兄ちゃんが知り合いだと思ったのか?」
「白の……姉ちゃん。私って、そんなに白いかな。じゃなくて、うん。遠目から見ててそう思ったんだけど本当に知り合いじゃないの?」
「そうだよ。さっき初めて会った、初対面だ」
少女が、そう言うと「うわっ。やっぱり、シロウって凄い」とエミリアは言葉を零した。
「ん、どこが凄いんだ?」
「そりぁ、アレだろ。さっき、兄ちゃんが泣い────」
「はーい。お口ムーミンしましょうねー」
「んんっ!?」
慌てず、冷静に少女の口を塞ぐ。
「どうかしたの?」
「いやー。この娘、風邪気味らしくてさ。クシャミしそうだったから俺の手で塞いでるだけだよ」
「そ、そうなんだ。私には、そうは見えないけと」
「そういうお年頃なんだよ」
っと無茶苦茶な解釈で誤魔化そうとしていると。
「痛てっ!?」
女の子は俺の指に噛み付いてきた。
「イタイイタイ!分かった!
離すから噛むの止めろ!」
そう言うと女の子は徐々に噛む力を弱めていき、俺も手を離した。
「うわぁ……血が出てきた」
「へっ。そんなの唾付けときゃ治んぜ」
なんか、発言と仕草が妙に男の子ぽい。
「それで、貴女のお名前は?」
エミリアはそう言うと。
「人の名前を聴くときは、まず自分から名乗るのが礼儀だろ」
女の子は堂々とそう言った。
そう言われるとそうだ。なら、俺から自己紹介しよう。
「俺の名前は衛宮 士郎。流れ者だ」
少女は俺の名前を聴くと「エミヤ、シロウ?変な名前だな」と呟いた。今日一日で言われ慣れたけどそんなに変な名前じゃないからね。
「流れ者……ってことは、別の国から来たのか?」
「んんぅ。まぁ、そうだな」
別の世界から来ました。なんて言っても信じてもらえないかも知れないから今はそれでいいや。
「で、白の姉ちゃんの名前は?」
少女はエミリアに問う。
だが、エミリアは目を左右に揺らしアタフタしていた。「どしたの?」の小さい声でエミリアに問いかけるとエミリアは小さな声で。
「その、私……名前を、」
最後の方は更に小さな声になり聞き取れなかった。
……あっ。そういえば、エミリアと初めて会ったとき、エミリアは自分の名前を隠そうとしていた。俺が、あの時、エミリアの名前を知ったのは偶然、パックがエミリアの名前を呼んでいたからだ。もしかして、エミリアは自分の存在を隠している?
勝手な憶測で、違うかも知れないけどエミリアは困ってるし。よし、ここは。
「この娘の名前は『アルトリア』
なんて言えばいいかな。まぁ、友達かな」
「アルトリア……?
へぇー。なんか、お嬢様みてぇな名前じゃん」
これでエミリアの名前はやり過ごせるだろう。
するとエミリアは俺の服の裾を軽く引っ張ってきた。そして、声を発さず、口を動かし。
あ・り・が・と・う。と言ってきた。
やっぱり、エミリアの名前は隠して正解だったか。理由は解んないけど、このまま会話をするとしよう。
「で、君の名前は?」
「アタシの名前はフェルト。見ての通り、この貧民街の住民だ」
少女、フェルトは坦々と言った。
……貧民街。やっぱり、この世界にも、そういうのはあるのか。解ってたつもりでも実際に耳にすると胸が痛い。
「で、その。えっと、エミヤシロウだっけ?」
「衛宮 士郎。シロウでいいよ」
「シロウ……。ん、分かった。
で、シロウとアルトリアの姉ちゃんはこんな所で何してんだ?」
「何してんだって?」
「いや、普通こんな薄汚ねぇとこ寄り付かねぇじゃん。てかよ。そんな身なりでこんな所に来たら格好の的だぜ?」
フェルトは俺とエミリアの服を指差し言った。
フェルトの言葉から察するに、俺とエミリアの服装は珍しいから物捕りに狙われるぞ。という事なのだろう。でも、エミリアの服装ってそんなに変か?いや、俺からすれば見慣れないけどエミリアはこの世界の住民だ。着てる服も、この世界の住民と差ほど差は無いと思うけど。
「アルトリアの姉ちゃんは相当な金持ちと見た。どうよ、私の目利きは!」
「え、うーん。私自身はそんなにお金、持ってないと思うけど」
「おっと、その発言は怪しいな。私自身って事はそれ以外の奴は持ってるって事だ!」
そう言うとフェルトは俺を見つめ。
「はい?」
「いや、変な身なりだけどアンタは金持ちには見えねぇな」
っと言い残し、フェルトはエミリアの方に歩み寄った。
なんでさ。いや、まぁ、そうだけど。金持ちでもなんでもないけどそんなすぅーっと言われると……悲しい。
……。
………。
……。
辺りを見渡しても、あるのは寂れた木造の家ばかり。歩いても歩いてもその風景は変わることは無かった。行き着く先は何処で、一体此処はなんなのだろう?
貧民街。
その名の通り、貧しい民の街。
そこで暮らしている人達は貧しい生活を送っている。人で溢れ、活気に満ち溢れていた昼間の大通りとは大違いだ。
「シロウのあんちゃんはこういう所に来るのは初めてか?」
フェルトは周りをチラチラと見渡していた俺を見て言った。
「あぁ、まぁ、そうだな」
「汚ねぇ所だろ。何もねぇし、ここに居る奴らはクズばっかだ」
「そういう言い方はないんじゃないか?」
ここの仕組みをよく知らないけど、フェルトの発言に俺は少し苛立ちを覚えた。
「ホントの事だよ。ここに居る奴らの半分は「ここ」でしか生きていない悪人くずれとか。昼間から飲んだくれてる暇人やらなんやら」
フェルトは平然とこの貧民街の事を語っている。
確かに、周りをよく見ると賭け事をしながら酒を飲んでいる奴らが目立つ。でも、それでも、この貧民街に住む仲間をそんな卑下するような言い方はよくない。歳上としてここは一言、言っておくべきだ。
「なぁ、フェルト。お前もここに住んでるんだろ?
その言い方は酷いんじゃないか?」
「酷くねぇよ。コイツらはクズの中のクズだ。シロウもここで生活すりゃあ分かるよ。コイツらが、どうしよもないクズってさ」
「それでもだ。あの人達だって、生きようと必死なんだ」
そう言うと、フェルトは重い溜め息を付いた。
「あのなぁ、シロウ。アイツらは生きようと必死なんじゃない。生きていることを誤魔化すのに必死なんだ」
生きていることを……誤魔化す?
「ここに居る奴らの大半は何の努力もしてこなかったクズだ。労力せずして生きていくことは出来ない。コイツらは生きていくことしかしてこなかった」
「何が、言いたいんだ?」
「つまりだ。コイツらは何もしてこなかった連中だ。富を得ようと努力せず。財を得ようと努力せず。名声を得ようと努力しなかった」
フェルトの言葉は深く、重い。
俺は聴いているだけで、目を回しそうで、気分が悪くなってきた。
「何の努力もせずして、富は得られない。得るためには、それ相応の対価を支払わなければならない」
フェルトの言っていることは全て正しかった。否定することなんて出来ない。でも、それら全てを肯定することも出来なかった。
そして、その言葉は俺に向けられたものではない。ここには居ない誰かに向けられた言葉だ。
「フェルト……お前は────」
「あれ?
アルトリアの姉ちゃんは?」
アルトリア。あぁ、エミリアの事だ。
エミリアの名前を伏せる為にセイバーの真名の使わせてもらったんだ。俺は後ろに居るはずのエミリアに振り返る。
「あれ?」
後ろには誰も居なかった。
「もしかして、途中ではぐれたとか?」
「おいおい、嘘だろ。ここを見て回りたいつったのはあの姉ちゃんなのによぉ」
フェルトは自身の髪をくしゃくしゃにかき回し。チッと舌打ちした。
「ここら辺は迷路みたいになってるから一度、迷子になっちまうとなかなか抜け出せねぇぞ」
「マジか、それは困ったな」
「シロウの表情の変化って少ねーな。その顔からするに困ったようには見えねぇ」
「え。結構、本気で困ってるんだけど」
「なら、もっと表情に出せよっと」
フェルトは近くに置いてある酒樽の上にジャンプし、家の天井に飛び移った。
それは、とても軽々しい軽快な動きだった。
「私は上から探すよ。シロウは下から探してくれ」
「おう、任された。
てか、ありがとな」
「何がだよ?」
「いや、エミ……アルトリアの迷子探しに付き合ってくれて。元々はアルトリアが、ここに来たいって言ったのにその本人が、迷子になるって笑えないよな」
「いいよ。アタシが、好きでやってんだ。それに、アルトリアの姉ちゃんは金持ちぽいし、助けてくれたお礼に宝石とか金とかプレゼント!的な展開を作ってくれたんだ。アルトリアには感謝してるぜ」
ヒッヒッヒと悪い大人の顔をするフェルト。
まぁ、そんな展開にはならないと思うけど後で俺からのお礼として大判焼きをあげよう。冷めてるけど味は保証する。
「じゃ、行くか」
「あぁ、それと見付けても見付からなくても日が落ちてきたらここで落ち合う。それでいいな?」
「解った。それまでには見つけてみせる」
フェルトの言っていた通り、この貧民街は複雑な迷路だった。
左右の分かれ道。右を進めば、新たな分かれ道。左に行っても新たな分かれ道で、これってもしかして……。
「俺も、迷子になっちゃった」
迷子になる前に、さっき通った道に戻ろうとしたけど遅かった。
似たような景色、似たような分かれ道に翻弄され、迷子のアルトリアを探していたら俺も迷子になった。要するに、ミイラ取りがミイラになったという訳だ。
「って、そんな自己分析してる場合じゃない」
今は、迷子から脱する方法を考えねば。
といっても。
左右を見渡して、あるのは分かれ道。
鬼が出るか蛇が出るか……。
人間という生き物は二つの分かれ道を見ると必然的に左を選択してしまうらしい。なら、ここは左に行くべきか。
いや、待てよ。さっきは左から行ったよな。なら、今度は右に進むのもありかな。
なんともゲーム感覚で進んでいく。
俺はどうやら余り、危機感を感じていないようだ。
冷静と言うより、平常心に近い。
早く、エミリアを探し出さないといけないのに俺は見慣れぬ景色と空気、この異世界を楽しんでいた。
最初は不安しか無かった。
でも、今は楽しいと感じている。
全ての不安を拭えた訳じゃない。
この世界は俺の居た世界とは全くの別物だ。知らないことばかりで、見るもの全て目新しい。だからかな。歩いているだけで楽しいんだ。
歩いて、景色を見て、触れて、空気を吸って吐く。こんな当たり前の事を楽しいと感じたのはいつぶりだろう?
聖杯戦争の時も、これと似た感覚を味わった。
どんな願いも叶えられる究極の願望機『聖杯』を巡って戦う七人のマスターと七柱のサーヴァント。
俺は、その聖杯戦争に巻き込まれ、サーヴァント『セイバー』のマスターになった。あの時の俺も訳の解らない事ばかりで混乱してたっけ。
今の俺は、あの時の俺と似てる。
訳も分からず、異世界に飛ばされ、目的もなく、今を生きている。あの時の俺と違う所は目的を持って行動していた所だろう。あの時の俺は聖杯戦争を止める為に聖杯戦争に参加した。
今の俺は、流れに身を任せ。
風の赴くままに歩いている。
自由気ままに。誰かに命令されることも無く、自分の意思で。
「ははっ。俺って、そんなお気楽な奴だったかな」
自分の自由奔放さに呆れて笑ってしまう。
いかんいかん。今はエミリアに探し出さないと。
新たな分かれ道。今度は左へ進もうとした。
その時だった。
「アッ!?」
右の分かれ道から三人組の男達がやってきた。
男達は俺を見て、変な声を出しながら身構えた。
「あぁ、お前達は」
異世界に飛ばされてすぐに会った三人組だ。
「て、テメェ!
なんで、こんな所にいんだよ!」
「いや、人探しで」
「人探しだぁ?テメェ、こんな所で誰を探してるっつうんだよ」
「それをお前達に言って、俺に得はあるのか?」
「んなの知るか!
取り敢えず言えばいんだよ!」
「いや、なんでさ」
元気な奴らだ。
この貧民街を歩いて見て回って、解ったけど、この貧民街の人達は別に貧しいことを苦しいとは感じていないようだ。
貧富の差は存在する。
貧しい者は裕福な者を羨ましがるだろう。だが、だからといって裕福な者を妬んでいるとは限らない。
ここの人達はまさにそれだ。
初めて、この貧民街を目にした時は貧富の差に目が眩みそうになった。でも、それは俺の勘違いで、安堵した。
だからか、かな。俺は目の前の三人組の行動を見てクスッと笑った。
「テメェ……なに、笑ってんだよ」
「いや、なんでもない。ちょっとした思い出し笑いだと思ってくれ」
気付くと、三人組の男達は俺から距離を取っていた。
これは、あの時と同じで警戒されてるようだ。ジリジリとほんの少しずつ後ろに下がっている。
「そんなに恐がらなくてもいいだろ?」
「は、ハァッ!
誰が、テメェを怖がってんだよ!」
「いや、お前達以外に誰が居るんだよ」
「テメェなんか、ラインハルトに比べればちっとも怖かねぇよ!」
「ラインハルトかぁ。アイツが剣を振るう所は見たことないな。剣聖って呼ばれる位だから無茶苦茶、強いんだろうな」
「なに、当たり前の事、言ってんだ!
ラインハルトは最強の騎士だぞ。テメェみてぇな甘ちゃんとは比較にもなんねぇよ!」
三人の男達は交互に言葉を返してくる。
なんか、ちょっと面白い。
でも、今はエミリアを探さないと。こんな所で道草くってる場合じゃあ……。
「なぁ、お前らってここら辺の道は詳しいか?」
「あっ?」
「俺の知り合いが、ここら辺で迷子になったんだ。その知り合いを探してる最中なんだけど見つからなくて」
「人探し、だと。はっ、俺達の得意分野じゃねぇか」
人は見掛けによらず。三人組は人探しのスペシャリストらしい。
「ホントか!
なら、手伝ってくれないか?」
「アホか。俺達は暇じゃねぇんだ。誰が、得にもなんねぇ事するかよ」
男達はうんうんと頷き、「俺達は忙しいんだ」「暇じゃねんだよ」と似たり寄ったりの言葉を並べてくる。
確かに、何のメリットも無しに助けを求めても断られるのは当然だ。メリット無しで、好き好んで人助けをするお人好しなんて普通はいないだろう。
「じゃあ、手伝ってくれたら報酬をやるよ」
そう言うと男達はピクッと反応した。
「その、報酬っつうのはなんだ?」
どうやら報酬に興味津々のようだ。
「そうだな。今の手持ちで無難なのは……」
肩に掛けていた買い物袋を漁り、適当な物を取り出す。
そして、出てきた物は。
「うっ、牛肉」
ここで引きたくないものを引いてしまった。
今日は特売で安くていい牛肉が買えたんだよなぁ。
男達は、買い物袋から取り出された牛肉を凝視し、近付いてくる。
まずい、このままだとこれが報酬になってしまう。
「そりゃ……なんだ?」
「牛肉だよ」
「牛肉……?
んだ、そりゃ。初めて聞く名前だな」
「え、じゃあ聞くけど。牛は知ってるから?」
「いや、知らねぇ」
どうやら、この世界には牛が存在しないかも知れない。
もしかしたら、リンゴの時と同じで別の名前で広まっている可能性もあるけど。今、現状の話を聞く限りではなんとも言えない。
なら、これは報酬にしなくてもいいよな。そう判断し、俺は牛肉を戻そうとすると。
「待て、」
三人組の内の一人の男は更に近付き、俺の手に握られた牛肉を睨み。
「よし、その条件で構わない。その話、乗った」
と嫌な笑顔で言ってきた。
「え、いや。ちょっと待て、」
「んだよ?」
「お前らは牛を知らないんだよな?」
「知らねぇよ」
「なら、なんで、知らない生き物の肉でいいんだよ?」
普通、そういうのは不気味で気色悪いって言うのが相場だと思ったんだが。
「んんなの関係ねぇよ。そのウシって生きモンは知んねぇけどよ。それが珍しいことに変わりはねぇだろ」
と男は堂々と言ってきた。
「食うのか?」
「食わねぇよ、そんな得体の知れねぇ肉なんざ」
「じゃぁ……何が、目的なんだ?」
「決まってら、売るんだよ」
そこで、俺はコイツらと初めてあった時の会話の一部を思い出す。
そういえば、コイツら。俺の持ってる物を奪って売ろうとしてたな。
「見たことも食ったこともねぇ肉だ。こりゃあ高く売れるぜ」
おもいっきり転売目的だ。
「転売目的かよ。俺の住んでいた所じゃあ、転売は犯罪だぞ」
「知るか、それはテメェの住んでた所の話だろうが。ここにはそんなルールはねぇよ」
ご最もな返答だ。
ということは最悪、金に困ったら手持ちの食べ物を売ればなんとかなるっえ事だ。よし、これで金銭面はなんとかなりそうだ。
無一文の状態から金を得る術を知れて良かった。
でも、牛肉を犠牲にしていいのか?
家でも滅多に出ない高級な食材だ。それをここで失うのは痛い。それに、この世界に牛が存在しなかった時の事を考えると……余計にツライ。
「うぅ、」
「んだよ。今更、後悔してんのか?」
「へへっ。それなら、止めるか?
別に俺達はいいぜー。こう見えても忙しいし」
「俺達も『暇』じゃねぇしな」
最後のヤツ、暇を強調しやがった。
コイツらには策士の才能があるぜ。
チクショウ。なんで、よりによって牛肉を引いちまったんだよ。
「どうすんだよ。止めるか?」
男達はニシシっと笑っている。
ここは諦めるしかないか。俺は溜め息を付きながら。
「解った。報酬はこの牛肉でいい」
結局、応じることにした。
牛肉の消失は大きいけど、エミリアを探す為だと割り切り、ここは我慢しよう。
願わくば、この世界にも牛がいますように。
俺は半ばか涙目になりながった、そう思った。
ページ上へ戻る