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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第十九話 同士

 秀吉の下知が石田三成から通達され緊急招集された軍議は散会となった。
 好奇と蔑み、それに嫉妬の視線が俺に集中する。
 こうなるよな。
 俺のような小僧には荷が重いと考えているのだろう。
 この場にいる武将達は俺の軍だけで韮山城の大手門を突破出来るわけがないと決めつけている。俺の軍は六百未満の寡兵だ。彼らは一月(ひとつき)に渡り四万の大軍で韮山城を攻め大手門すら突破できなかった。その事実が彼らの判断を鈍らせている。自分達ができないから、それより劣る者ができるわけがない。
 一見理に適っているように思えるが、それは見誤っている。
 幾ら堅牢な城であろうと城を守るのは人だ。その人が正しく機能しなければ堅牢な城といえど綻びが生まれる。山中城が落ちた理由がまさにそれだ。城は守る人が正しく機能してこそ本領を発揮する。
 城を落とす綻びが無いなら作ればいい。
 織田信雄はそれを怠ったから城を落とせなかった。彼の指揮は大軍を頼みに力攻めを行っただけだ。それでも時間と犠牲を強いれば城は落とせただろう。だが、秀吉はそんな長い時間を織田信雄に与えるつもりは無かった。
 福島正則と蜂須賀家政も俺の力量を信じていないだろう。二人は俺の自信に満ちた態度に言葉や暴力での説得は無理と理解し、俺の計画を聞いた上で俺に城攻めを断念させようと考えているんだろう。

「帰るか」

 俺は独白すると自分の陣所に戻るため織田信雄の陣所を去ることにした。
 俺の後を追うように柳生宗章、福島正則と蜂須賀家政が順に着いてきている。福島正則と蜂須賀家政の家臣達らしき人物達が六人付いてきていた。
 織田信雄・蒲生氏郷・細川忠興が陣払いをすれば、俺は城攻めをはじめる。彼らは数日位で韮山を去るだろう。奇襲を仕掛けるならば、その時を逃して他にない。
 大軍の半分が引けば韮山城に籠もる北条兵の心の緊張が解ける。城主、北条氏規、が油断するか分からない。だが、北条氏規とて人だ。城を包囲していた大軍の半分が一挙に去れば幾ばくかは心に隙ができるはず。
 北条氏規は再び間者を放つだろうか。
 この一月(ひとつき)で北条方の間者は風魔衆と藤林正保の配下の者達の手で始末している。最近は城から間者が出てくることは無くなった。無意味と理解したのだろう。だが、この機会を北条氏規も逃がさない。包囲が厚くて間者が戻ってこれないと考えているなら間者を放ってくるに違いない。
 城から間者が放たれれば間者を泳がす。ただし、韮山城下に限る。それを超えて間者が動けば始末させる。どうせ遠くに間者を送るなら一日二日では戻ることはないと思うからな。その間に俺はことを終わらせる。俺の瞳が鋭くなる。
 北条氏規は俺が城攻めを続けることを知ったらどう思うか。俺が用意周到な策を弄していると考えるだろうか。
 どちらでもいい。
 韮山城内に詰める北条兵は俺を警戒していないようだしな。この三十日間、俺はただ家臣に命じて、二日置きで夜間に大手門に向け鉄砲を打ち込ませていただけだ。
 大手門を攻める訳でも無くただ鉄砲を撃ち込ませるだけ。
 城内を探る藤林正保と柳生宗矩の報告によると北条兵の俺への評判はすこぶる悪い。俺は、夜間に鉄砲を撃ち込むだけで何もしないことから、「五月蠅い奴」と呼ばれているらしい。城を攻めはじめて七日目以降、俺が夜間に鉄砲を撃ち込んでいると北条兵が、大手門を出て、俺の軍に反撃してくるようになった。俺は交戦するつもりが無いから直ぐ撤退した。それで北条兵の俺の評価は「五月蠅い奴」に加え「口先ばかりの臆病者」が追加された。
 北条兵は俺が奇襲する機会を窺っていると夢にも思っていないに違いない。最近は北条兵も俺の軍に反撃してくることは無くなった。反撃しても直ぐ逃げることが理由だろう。
 俺の計画としてはまずまずだろう。
 だが気になっていることがあった。俺はつい溜め息を吐いた。
 北条兵が俺を嘲ることは全く気にしていない。
 だが、北条兵の俺への評価は味方である豊臣軍にも蔓延しているということだ。福島正則達が俺のことを心配している理由にこのこともあると思う。そして、俺の家臣達の中に鬱屈した不満を抱えている者達がいることを肌に感じている。俺の計画を内々に説明している者達が不満を抱いている者達をよく抑えてくれていて助かっている。
 もうすぐ苦労をかけた者達の苦労も報われるはずだ。
 曽根昌世の助言を聞き入れておいて正解だった。助言を無視していたら、今頃は俺の軍が崩壊していたかもしれない。

 それよりさっきから息が苦しい感じがする。どうしたんだろう。
 俺は深呼吸した。だが、深呼吸しても改善しない。やはり息苦しい。
 俺は自分の胸に手を当てた。心臓の鼓動が速い。
 頭では大丈夫と思っても身体は正直だな。不安は隠せない。
 殺し合いの真っ只中に向かうことになるんだから仕方ない。
 今直ぐでも、この場から逃げたい気持ちはある。
 だが、俺に逃げる場所なんてない。
 ここで踏ん張り手柄を上げなければ、この先の俺の未来はない。力が正義の時代において力が無いということは不幸だ。俺の前世の世界なら命を賭けなくてもそこそこ頑張れば命の危険に晒されることは無かった。この世界は違う。命の価値が紙切れと一緒だ。時の為政者の胸先三寸で簡単に死ぬことになる。
 だから、俺は力を手に入れるしかない。北条征伐後は関東に所領を与えられ大名としてひっそり籠もり、徳川家康と良好な関係を築いて安穏な殿様生活を満喫したい。家臣達にも十分の俸禄を与えてやりたい。石田三成には悪いが関ヶ原の戦いで東軍側に立ち勝ち組として生き残りたい。だから、俺はそこそこ出世できれば問題ない。
 俺はふと歩くことを止め空を眺めた。
 暗闇の中に星が美しく映える。この時代の空は綺麗だな。この光景を見ていると俺が今立つ場所は戦場じゃないように思えてくる。
 何時か戦争とか血生臭い話抜きでのんびりと夜空を眺める時が訪れるのだろうか?

「殿」

 俺は呆然と夜空を眺めていると柳生宗章が声をかけてきた。

「星が綺麗だなと思ってな」
「呑気なものだな」
「良いでは無いか。確かに星が綺麗だな。最近はこうして夜空を見る機会も無かったからな」

 俺が夜空を見た感想を口にしていると福島正則が呆れ気味に言った。蜂須賀家政は俺を擁護すると空を眺め感慨に耽っていた。

「急ぎましょうか」

 俺は福島正則と蜂須賀家政に声をかけ、俺の陣所へ向けて再び歩きはじめた。
 秀吉も粋な計らいをしてくれた。韮山城攻めの豊臣軍への使者に石田三成を立てたことだ。お陰で単独での城攻めを行う許可の言質を武将達の見せることができた。同時に俺を追い込むことにもなったが。
 でも、石田三成は自分から俺に韮山城攻めのことを振ってこなかった。あれは秀吉の最終確認だったのだろうか。あの場で俺が黙っていれば秀吉は約束のことを有耶無耶にしようとしたかもしれない。今になっては真実は分からない。これが終わったら石田三成に聞いてみてもいいかもしれない。
 俺は歩きながら自らの掌を見つめた。
 秀吉から朱印状を受けたんだ。失敗は許されない。
 小国とはいえ一国の知行を安堵する朱印状を秀吉は発給した。いくら身内とはいえ、朱印状を安易に発給できるはずがない。だが、秀吉は俺の願いに応え朱印状を発給した。
 秀吉は俺が韮山城攻めに失敗すれば約束通り切腹を命令するだろう。寧々叔母さんが俺の命乞いをしても許すさないはず。それだけ朱印状という存在は重いと考えている。
 あの時の秀吉の表情は恐ろしかった。本当に失敗したら殺されると思った。
 秀吉も立場があるだろうしな。
 失敗した俺を許せば秀吉は武家の棟梁として体面を失う。だが、秀吉のやり口は要求した俺が言うのもなんだが厳しすぎると思う。
 秀吉が厳しかろうと約束を守ればいい。俺が韮山城を落とせば切腹する必要は無くなる。再び俺は自らの右掌を見た。掌を見ると指が小刻みに震えていた。
 俺は雑念を払うように顔を左右に振り、自らの頬を両手で叩いた。俺の手を見ると震えが収まっていた。

「俺が不安になってどうする」

 俺は自分に言い聞かせるように自分だけに聞こえるに小さな声で呟いた。大将が不安になれば家臣達にも不安が伝染する。俺は自信に満ちた態度で家臣達を引っ張らなければならない。俺は前方を睨み付け拳を強く握りしめた。



「殿、ご苦労様で御座いました」

 柳生宗矩が俺を出迎えた。彼は俺の後ろにいる客の姿を視界に捉えると驚くが直ぐに姿勢を正し頭を下げた。

「福島様。蜂須賀様。ご苦労様で御座います」
「私は二人と奥で込み入った話をする。家老達にも声をかけておいてくれ」
「かしこまりました」

 柳生宗矩は俺に要件を聞き終えると、福島正則と蜂須賀家政に頭を下げ、足早に立ち去った。


 俺は福島正則と蜂須賀家政を陣所の奥に通した。二人の家臣達は陣所の入り口付近で待たせている。俺達に遅れて藤林正保、岩室坊勢祐、曽根昌世の家老達が遅れてやってきた。家老達は二人の客に順に挨拶していた。
 これで全員集まったな。
 この二人、福島正則と蜂須賀家政、にどこまで話すべきか。
 俺は福島正則と蜂須賀家政に視線を向ける。二人と視線が合った。二人とも俺が話出すことを待っているようだった。

「どこからお話すればいいでしょうか?」

 俺は笑顔で二人の顔を順に見た。

「全てだ」

 福島正則は俺の目を捉えて放さず即答した。

「城攻めに失敗した時の罰が切腹とは苛烈過ぎる。単独で城攻めを行う許可を得るにしてもな。お前は俺に黙っていることがあるだろう。関白殿下は厳しい御方だが命を奪うにしても段階がある」

 言葉を切った福島正則は会話を再開した。彼は厳つい目で俺を凝視していた。彼の指摘は鋭い。虚言を口にすれば殴られそうな雰囲気だ。
 この二人に嘘を突き通せる自信はない。
 秀吉から朱印状を出してもらったことを話すしかない。
 俺は懐に手を入れた。秀吉からもらった朱印状は何時も肌身離さず懐に入れ身につけている。もちろん寝る時もだ。着替える時も可能な限り手放さないように注意している。
 福島正則と蜂須賀家政は俺の胸元に視線を落とした。俺は徐に油紙に包んでいる朱印状を取り出し彼らの前に差し出した。彼らの視線が朱印状に向かう。

「これは何だ?」

 訝しむ福島正則は朱印状を一瞥すると俺に聞いてきた。

「関白殿下から抱いた朱印状です。伊豆国を知行すると安堵状をいただきました」

 福島正則と蜂須賀家政は驚き朱印状を視線を落とした。

「知行安堵状だと!?」

 蜂須賀家政は動揺している様子だった。伊豆国は豊臣軍に侵攻されているとはいえ、未だ北条家の領地だ。それを秀吉は俺の領地として知行安堵状を発給している。

「切腹の条件がついた理由はこれが原因か?」

 驚く蜂須賀家政を余所に冷静さを取り戻した福島正則は俺に詰問した。その表情は厳しかった。俺は深く頷いた。

「何故そんな真似をした。これでは関白殿下にお詫びしてもお許しいただくことは難しい」

 福島正則は眉間に皺を止せ視線を落とした。

「韮山城を落とすために朱印状が必要だったからです。私は伊豆に入る二月(ふたつき)前から国衆の調略を行っていました。ですが、伊豆は既に徳川家康の調略が入り私になびく国衆がおりませんでした」
「朱印状があればそれをひっくり返すことができると考えたか? 甘いな。その程度でひっくり返すことができるものか。国衆が動かなかった理由はお前を信用できなかったからだ。東海道を抑える徳川家康とお前の言葉では比べるまでもない」

 福島正則は言葉を選ばず直球で俺を説教してきた。ここで俺に気を遣っても意味がないからな。俺を説得しようとするなら現実を理解させるしかない。

「そんなことは分かっています」
「分かっているだと?」

 福島正則は俺の物言いが気に入らなかったのか眉を釣り上げた。彼は俺が意固地になって口答えしていると思っているようだ。

「はい。私は朱印状を使い国衆を抱き込むつもりはあります。ですが、それは結果論です。相手が私を軽輩と侮るなら、私を頼らざる得ない状況に国衆を追い込めばいいのです。人は追い込まれれば藁をも掴むと申します」

 俺は意味深で冷酷な笑みを浮かべた。俺の雰囲気の変化に薄気味悪さを感じたのか福島正則と蜂須賀家政は押し黙った。

「追い込むと出たか。何をした」

 福島正則は俺を凝視していたが徐に口を開いた。俺は二人に全てを話すことにした。徳川家と北条家の放った間者達を韮山に近づけないように皆殺しにしていることを語った当たりから表情は強張っていた。

「福島様、韮山には徳川家と北条家の間者は近づけません。韮山城主、北条氏規、と徳川家康は江川氏を介して通じています。互いの情報が断絶した彼らは今どのような心境でしょうか? 北条氏規には対面した時に心に毒は蒔いております。主の不安は兵達で伝染するものです。ここで大手門を落とせば朱印状を持つ私に江川はどう動くでしょうか? 徳川家康を信じて主に殉じるでしょうか?」

 俺を見る蜂須賀家政の目に恐怖の感情が交ざっていることに気づいた。俺のやり口は恐ろしいのだろうか。それとも俺が考えた計画が子供らしからぬ内容であることに恐れを抱いてるのだろうか。

「大手門を落とせる確証はあるまい」

 俺は藤林正保に視線を向け合図した。藤林正保は俺に頷くと二人の前に進み出て韮山城の縄張り図が描かれた紙を開いた。福島正則と蜂須賀家政は縄張り図に視線を落とし凝視するがしばらくすると食い入るように見ていた。

「これを何処で手に入れた?」
「調略を行っていた風魔衆が手見上げに人質と一緒に持ってきました」
「風魔衆だと!? 北条家お抱えの忍びではないか! そんな輩が持ってきたものを信用できるというのか?」

 蜂須賀家政は不信感に満ちた目で縄張り図に視線を落とした。

「偽物の縄張り図を私に持ってきても意味がないでしょう。福島様が仰られたではございませんか? 私では信用されないと。風魔衆が私を頼るとすれば庇護を求めるくらいしかありませんよ。よしんば風魔衆が私を騙すために行ったことだったとしても、彼らが徳川家と北条家の間者を始末するような真似を自ら進んでやる利益は何でしょうか?」
「忍びの言葉など信じられるわけがあるまい!」

 福島正則は声を荒げて俺を非難した。

「私も信じてはいません。そのために藤林長門守と柳生又右衛門をつけているのです」

 俺は藤林正保と柳生宗矩の名を上げた。

「殿の仰る通りです。ですが、風魔衆の頭領、風魔小太郎、は殿への恭順の証として人質を出しております。それに韮山へ怪しい者の出入りはこの一月(ひとつき)確認しておりません。韮山城から城外に出ようとする間者の姿も確認しておりません。間者を出しても意味が無いと理解したのでしょう。風魔衆は少なくとも殿の期待に応えております。忍びとはいえ矜持はございます。一度受けた役目を反故にすることはありません」

 藤林正保はそれとなく忍びと蔑んだことを非難した。福島正則は黙った。彼も口が過ぎたと思ったようだ。蜂須賀家政は藤林正保の説明を聞き終わると納得している様子だった。

「分かった。相模守、好きにするがいい」
「私も福島と同意見だ。相模守がここまで準備をしていたとは。心配して損した。だが、気をつけろ。戦場は思うようにいかない」
「蜂須賀の言う通りだ。気をつけるのだぞ。相模守、臆病になれ。ただ勇猛な者はいずれ矢弾に当たり死ぬ。いいか相模守。最後まで生きていた者が勝者なのだ。勇猛な者は勝者ではない」

 福島正則は真剣な表情で俺に諭した。彼は語り終えると深い溜め息をつき、
視線を落とし拳で床を殴った。突然の行動に皆驚いた。

「蒲生様の言葉がようやく合点がいった。俺達が三介殿の采配に苦しんでいる時、お前は高みの見物をきめておったということか」

 福島正則は無味乾燥な物言いで淡々と言った。彼は顔を上げるといきなりを手を上げ俺の頭に拳骨を落とした。俺は一瞬何が起こったか分からなった。頭にじわじわと広がる痛みに俺は手で押さえながら言葉が出なかった。
俺が涙目で福島正則の顔を見ると、福島正則は口角を上げ俺のことを見ていた。

「これで俺達に隠しておいたことは無しにしてやる。お前が大手門を突破したら俺も韮山城攻めに加わる。文句はないな。相模守、必ず大手門を突破するんだぞ!」

 福島正則は口を開き歯を見せ笑った。

「城攻めに協力してくださるならありがたいことです」
「蜂須賀も加わるだろう?」

福島正則は俺の返事に満足げに頷くと蜂須賀家政の方を向いた。

「当然だ。手柄を相模守に総取りされては俺の立つ瀬がない」

蜂須賀家政も乗り気なようだった。俺は彼らに頭を下げ礼を言った。 
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