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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十八話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その8)

宇宙暦 795年 5月 14日 10:00 宇宙艦隊総旗艦 ヘクトル  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



スクリーンの前に立った。向こうは三人そろって俺を見ている。俺が敬礼すると向こうも答礼してきた。彼らは黒の軍服を着ている、俺も数年前まではその軍服を着ていた。本当なら一緒に戦えるはずだった。だが今の俺はグリーンの軍服を身に着けている。そしてその軍服にも慣れた……、身も心もだ。

「久しぶりですね、ミューゼル中将」
『久しぶりだ、ヴァレンシュタイン』
表情が硬いな、もう少し余裕を見せないと相手に主導権を握られるぞ。まあこの状況で余裕を出せる奴がいるとも思えん、いやトリューニヒトなら出すかな。あのロクデナシなら出来るかもしれん。

「ケスラー少将ですね、ヴァレンシュタインです」
『……』
ケスラーは無言だ。まあ初対面の亡命者ににこやかに挨拶されても困るだろう。これから宜しく、そんなところだ。後で手荒く行かせてもらう。

「クレメンツ教官、御無沙汰しています。こういう形でお会いするとは思いませんでした。お元気そうで何よりです」
『……そうだな、出来ればこういう形では会いたくなかった』
沈鬱な表情をしている。この人には随分と世話になった。俺もこういう形では会いたくは無かった。今でも俺の事を心配しているのかもしれない……。

「挨拶もなかなか難しいですね、昔のようにはいかない。今の私は亡命者でヴァンフリートの虐殺者です、この戦いの後、何と呼ばれるのか……」
『……』
どうせ碌でもない呼び名だろうが付けるのは帝国だ。連中のネーミングセンスには期待していない。

「最初に言っておきましょう、同盟軍はイゼルローン要塞を攻撃する意思は有りません。そしてそちらの艦隊を攻撃する意思もない」
『……では何故卿らは此処にいる』
幾分か掠れた様な声だった。疑うのは当然だがそんな胡散臭そうな顔をするな、ラインハルト。良い男が台無しだぞ。

「昇進されたと聞いたのでお祝いをと思ったのですよ。シトレ元帥閣下に相談したところ、良いだろうと許してくれました。話が終われば同盟軍はハイネセンに帰還します。持つべきものは話の分かる上官ですね」

ラインハルト達が顔を見合わせた、そして俺に視線を向けてくる。おそらく俺の後ろでシトレは苦笑しているだろう。通信を聞いている各艦隊司令官は目を白黒させているに違いない。帝国軍も状況は似た様なものだろうな。

この状況で攻撃しないと言っても誰も信じない。だからこそ意味が有る、ヴァレンシュタインは嘘は吐かない、皆がそう思うはずだ。この通信は同盟、帝国、合わせて千三百万を超える人間が見ている。俺は出来るだけ穏やかに微笑みを浮かべた。

「改めてお祝いを申し上げます、カストロプの反乱を鎮圧し中将へ昇進、おめでとうございます」
『ああ、有難う』
「カストロプ公もついにお役御免ですか、それともようやく帝国の役に立ったと言うべきかな」

ラインハルトの秀麗な顔に翳が落ちた、ケスラーも少し表情が硬い。なるほど、この二人は知っている。情報源はキスリングだな。クレメンツは訝しげな表情をしている、クレメンツは知らない……。悪いが利用させてもらう、恨んでもらって結構だ。俺達は敵同士なのだ、教官と士官候補生じゃない。

「しかし、惜しい事です。どうせならこの会戦の後に処分した方が良かった。平民達のゴールデンバウム王朝に対する不満を頂点で払拭できた。そうでは有りませんか、クレメンツ教官?」

『何の事だ、ヴァレンシュタイン』
喰い付いて来た。クレメンツは訝しげな表情をしている、そしてラインハルトとケスラーの表情が強張るのが見えた。秘密にしておきたかったのだろう、気持ちは分かる、だがそれが裏目に出たな。

「御存じないのですか、……カストロプ公爵家は帝国への不満を持つ人間を宥めるための道具だったのですよ」
『……』
俺の背後でざわめく気配がした。おそらくここに集結している十三万隻の艦艇全てで同じようにざわめいているだろう。

「カストロプ公は十年以上、財務尚書の地位に有りました。その間何度も疑獄事件にかかわりましたが処罰されることは無かった。疑獄事件だけじゃありません、彼は殺人事件にもかかわっていますが処罰されなかった。帝国の為政者達、おそらくはリヒテンラーデ侯でしょうが、侯はカストロプ公を生かしておけば平民達の帝国へ不満が皇帝にではなくカストロプ公に向かうと思ったのです。そして平民達の不満が溜まりに溜まった時点でカストロプ公を処断する」
『馬鹿な』

クレメンツが蒼白になっている。ラインハルトとケスラーも蒼白になっている。クレメンツは驚きだろうが、あとの二人は全てが明るみに出るという恐怖だろう。俺の背後のざわめきが大きくなった。後で質問攻めだな、これは。

「ミューゼル中将とケスラー少将はご存じのようですよ、クレメンツ教官」
クレメンツがラインハルトを、そしてケスラーを見た。“事実なのですか”とクレメンツが訊いているが二人は無言だ。スクリーンには驚愕を浮かべるクレメンツと顔を強張らせるラインハルト、ケスラーの姿が映っている。この映像だけで俺の話が真実だと皆信じるだろう。

「ヴァンフリートの敗戦が有りましたからね、その不満を抑える必要が有ったという事でしょう。宇宙船での事故死だそうですが仕組んだのは情報部かな、それとも内務省か……。相続問題でカストロプ公爵家を反乱に追い込むとは……、見事ですよ」

俺が笑い声を上げたが誰も一緒に笑おうとしない。面白い話なんだがな、それとも面白いと思っているには俺だけか……。これからもっと面白くなる、多分最後は皆笑えるだろう。

「私がカストロプ公を殺したという事かな、だとすると因果応報というところですね」
『因果応報? どういう事だ?』
『クレメンツ少将、戯言だ、相手にするな』
必死だな、ケスラー、だがもう遅い。

「戯言ですか、ケスラー少将。真実を戯言として葬り去る……、余程に都合が悪いようですね。貴方も御存じなのでしょう、私の両親を殺したのがカストロプ公だという事を、それも戯言ですか」
ケスラーが顔を強張らせて沈黙した。お前の負けだ、ケスラー。真実に勝る武器は無し、俺は剣を持ちお前達には楯は無い。黙って切り刻まれろ。

『馬鹿な、あれはリメス男爵家の……』
喘ぐようにクレメンツが言葉を出した。
「違いますよ、カストロプ公です。イゼルローン要塞でフロトー中佐に言われました。“カストロプ公にお前を殺せと言われた。因縁だな、お前の両親も俺が殺した。お前達親子はとことんカストロプ公に嫌われたらしい”とね」

「多分何処かの貴族の相続問題にでも絡んでの事でしょう。あの業突張りのロクデナシが。他人を踏み潰すことを何とも思わない、まさに門閥貴族の典型ですよ」

母さん、ごめん。俺もどうしようもないロクデナシでクズだ。母さんを利用させてもらう。
「フロトー中佐が言っていました。“お前は母親に似ている。あれは好い女だった”と、あのクズが!」
『止せ! ヴァレンシュタイン』

止めたのはラインハルトだった。ブルブルと震えている。
「リヒテンラーデ侯は帝国を守るためにカストロプ公を用意した。カストロプ公は悪業の限りを尽くし私の両親を殺し私も殺そうとした。私は同盟に亡命しヴァンフリートで三百万人殺した。そしてカストロプ公はその責めを負わされた。今度はイゼルローンで七百万人殺しました。リヒテンラーデ侯はどうするかな? 平民から憎まれている貴族を二人か三人、殺すか……。それで平民の不満を抑えられて帝国が守れるなら安いものか」

『もう止せ! ヴァレンシュタイン!』
「……そうですね、この話は余り面白いものじゃない。特に帝国人にとっては惨めな話でしょう。自分達の住む国の為政者が弱者を犠牲にすることで王朝を守ろうとしているのですからね。何のためにこの国を守るのか……、皆疑問に思うでしょう」

俺の言葉にスクリーンの三人が顔を強張らせた。分かったか、これは戦争なんだ。しかも圧倒的にお前達に分の悪い戦争だ。だが通信を切ることは出来ない、切ればその時点で敗北が決定する。

聞くのが辛いか、ラインハルト。そうだろうな、お前ならそうだろう。だがな、俺はお前にじゃなくお前以外の帝国人に聞かせたいんだ、帝国を分裂させる、平民対貴族、そして貴族対貴族、不和の種をばらまいてやる、それが目的なのだ。まあお前は十分に協力してくれた。ファースト・ステージは終了だ、今度はセカンド・ステージだ。

「宇宙艦隊の中核は全滅しました。新たに再建するとなれば穴を埋めるのは貴方達という事になりますね。新司令長官はオフレッサー元帥か、手強い相手になりそうだ……。クレメンツ教官、私は良い教え子だと思いますよ、教官を宇宙艦隊の中核に押し込んだんですからね」
『馬鹿な』
クレメンツが顔を顰めた。

「それにしてもクレメンツ教官、余計な事をしてくれましたね」
俺の言葉にクレメンツが身構えるのが分かった。俺が怖いのかな、だとしたら良い傾向だ。

『余計な事とは?』
「オフレッサー元帥府に帝国でも一線級の指揮官を集めた、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレン、ミッターマイヤー、ミュラー……、皆貴方の教え子です、そうでしょう」
『……それがどうかしたか』

「何のためにイゼルローンで七百万人を捕殺したと思っているんです? 彼らを殺す為ですよ」
『馬鹿な、何を言っている……』
クレメンツの声が震えている。ラインハルトとケスラーがギョッとした表情で俺を見ている。まだまだ、これからだ。

「彼らは有能です。馬鹿な指揮官では彼らは使えない、いずれ彼らはミューゼル提督の所に行く。だからその前に殺してしまおうと思ったのです。ミューゼル提督と彼らが一緒になれば厄介ですからね。それなのに……、シュターデン教官も役に立たない、戦術が重要だと言いながら戦術能力に優れた人物を簡単に手放してしまうのですから……。所詮は理論だけの人だ」

『そのために七百万の帝国人を捕殺したと言うのか』
震えているのは声か、体か、それとも心か……。
「帝国軍に打撃を与えると言う目的も有りました。でも主目的はそちらです。捕殺できたのはメルカッツ、ケンプ、ルッツ、ファーレンハイト……。皆教官と接点の無い人ばかりですよ。当初の予定の半分にも満たない。おまけに気が付けばあなたの他にケスラー、メックリンガー、アイゼナッハまで揃っている」
全くだ、バグダッシュからリストを見せられた時はうんざりした。クレメンツ教官、あんたは本当に余計な事をしてくれたよ。

『……ヴァレンシュタイン』
『騙されるな、クレメンツ少将。ハッタリだ』
ケスラーが厳しい表情で俺を睨んでいる。クレメンツがハッとした表情を見せた。ケスラー、カストロプの話が終わって少しは元気が出たか。それとも此処で俺をやり込めてカストロプの話も出鱈目だと持っていくつもりかな。

「おやおや、私を嘘吐き呼ばわりですか、ケスラー少将」
『卿は我々の事など碌に知るまい。適当な事を言って我々を捕殺された将兵の家族に恨まれるようにしようとしている。そうだろう』

クレメンツが、そしてラインハルトが俺を見た。先程まであった恐怖は無い、良い仕事をするな、ケスラー。だがな、俺は本心なんだ。嘘吐き呼ばわりの代償は払ってもらう。

世の中には不思議な事がたくさんある。知らないはずの事を知っている人間がいるんだ。特に原作知識なんていう訳の分からんものを持っている人間がいる。可笑しかった、思わず笑い声が出た。そんな俺をスクリーンに映る三人が胡散臭そうに見ている。

「なかなか鋭いですね、でも適当な事など言っていませんよ、ウルリッヒ兄様」
『ウルリッヒ兄様だと、馴れ馴れしく呼ぶな、無礼だろう』
ケスラーが眉を顰めた。昔はそう呼ばれて喜んでいたんだけどな。もう忘れたのか? 思い出させてやろう。

「かつて貴方をそう呼んだ人が居ましたね」
俺の言葉にケスラーが黙り込んだ。そして小さく呟く。“ハッタリだ……”。
「ハッタリじゃ有りませんよ、私は貴方達を良く知っているんです。辺境にクラインゲルトという子爵家が有ります。そこにケスラー少将をウルリッヒ兄様と呼んだ人物がいる」

ラインハルトとクレメンツがケスラーを心配そうに見ている。そしてケスラーは顔を強張らせていた。
「どうしました、ケスラー少将。先程までの勢いが有りませんが……。フィーアに会いたくありませんか」
『……』
ケスラーの顔が蒼白になった、微かに震えているのが分かった。俺を嘘吐き呼ばわりした罰だ、そこで震えていろ。

「世の中には不思議な事がたくさんあるのですよ。知らないはずの事を知っている人間がいる。私もその一人です」
もう一度笑い声を上げた。これで皆俺の言う事を真実だと思っただろう。カストロプの事もだ。セカンド・ステージ終了だな、次はファイナルだ。

スクリーンには蒼白になっている三人が居る。
「ミューゼル中将、教えて欲しい事が有ります」
『……何を聞きたい』
そう警戒するな、ラインハルト。警戒しても無駄だからな。

「私の両親の墓の事です。無事ですか?」
『……』
ラインハルトの蒼白な顔が更に白くなった。正直な男だな、ラインハルト。知らないと言えば良かったのだ。この場合の沈黙は知っているが答え辛いと言っているようなものだ。この通信を見ている人間全てが墓は破壊されたと分かっただろう。

俺は答えを既に知っている。バグダッシュが教えてくれた。フェザーン経由で調べたらしい。覚悟はしていたがそれでもショックだった。
「答えが有りませんね、正直に答えてください、墓は壊されたのですね?」
『……そうだ』
ラインハルトは目を閉じている。この男はそういう下劣さとは無縁だ。少し胸が痛んだがやらねばならない。

「遺体はどうなりました。無事ですか」
『……残念だが、掘り出されて遺棄されたと聞いている』
遺棄じゃない、罪人扱いされて死刑になった罪人の遺体同様に打ち捨てられた。ヴァンフリートの戦死者の遺族がそれを望み、政府がそれを率先して行ったらしい。政府にしてみればそれで遺族が納得してくれれば安いものだと思ったのだろう。カストロプの真実は話せないからな。

「帝国は私から全てを奪った、両親、家、そして友……。それだけでは足りず私の両親の安眠と名誉も奪ったという事ですか。……つまり私はルドルフの墓を暴く権利を得たわけだ、鞭打つ権利を」
笑い声が出た。計算して出した笑い声じゃない、自然と出た。

『ヴァレンシュタイン!』
「何です、クレメンツ教官。不敬罪ですか、名誉なことですよ、今の私は反逆者なんですから。これからも何百万、何千万人の帝国人を殺してあげますよ。帝国の為政者達に自分達が何をしたのかを分からせるためにね……、悪夢の中でのたうつと良い」
笑い声が止まらない、スクリーンの三人が顔を強張らせて俺を見ている。

「私を止めたければ、私を殺すか、帝国を変える事です。言っている意味は分かるでしょう、ミューゼル中将。貴方もそれを望んでいるはずだ」
『……』
ラインハルトの顔が歪んだ。あとの二人が驚愕の表情でラインハルトを見ている。

「貴方がどちらを選ぶか、楽しみですね。私を殺す事を選んだ時は注意することです、弱者を踏み躙る事で帝国を守ろうとする為政者のために戦うという事なんですから。私と戦う事に夢中になっていると後ろから刺されますよ。連中を守るためになど戦いたく無いと言われてね、気を付ける事です」

ラインハルト達が震えているのが分かった。恐怖か、それとも怒りか……。
「また会いましょう。次に会う時は殺し合いですね、こんな風には話せない。楽しかったですよ、ミューゼル中将、ケスラー少将、クレメンツ教官」

通信を切らせた。敬礼はしなかった、必要ないだろう。振り返ると皆が俺を見ていたが直ぐに視線を伏せた。シトレも視線を伏せ黙り込んでいる。やれやれだ、空気が重い。そんな中でサアヤだけが蒼白な顔で俺を見ていた。

彼女は俺が近づいても視線を逸らさなかった。無理をするな、サアヤ。
「ミハマ少佐、私が怖くありませんか」
「……怖いです」
「でも私を見ている……」
「前回のイゼルローン要塞攻略戦で誓ったんです。准将の前で俯くようなことはしたくない、正面から准将を見る事が出来る人間になりたいと……」

必死に笑みを浮かべている。困ったものだ、無下に出来ん。バグダッシュに上手く嵌められたかな、まあ仕方ない。
「私は喉が渇いたのでサロンに行こうと思っています。一緒に行きますか」
「はい!」

大声を出すな、全く。どういう訳か笑い声が出た。まあ良い、犬を一匹飼ったと思おう。犬は飼い主の性格なんて関係ないからな。オーベルシュタインだって犬を飼っていた。サアヤは……、ちょっと毛色の変わった犬だと思おう。飼ったのだから面倒は見ないとな。後でクッキーでも焼いてやるか……。

 
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