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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十七話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その7) 

宇宙暦 795年 5月 11日 9:00 第一艦隊旗艦  アエネアース  クブルスリー-



『こちらから第十艦隊をそちらに差し向けます』
「そうか……」
スクリーンに黒髪、黒目の若者が映っている。冷静で落ち着いた表情と声だ。しかしおそらく内心は強い苛立ちが有るに違いない。滅多に表には出さないが外見に似合わぬ激しい気性をしていると聞いている。

『第十艦隊は駐留艦隊の後方に回り込み、第一、第十二艦隊と協力して敵を包囲殲滅する陣形を取ります。第一艦隊もそれに動きを合わせてください』
「うむ」
内容は結構厳しい。第一艦隊も動きを合わせろとわざわざ言ってきた。つまりこれまでの第一艦隊の動きは総司令部の期待に沿うものではないという事だ。

『総司令官シトレ元帥は必ず駐留艦隊を殲滅させるようにと言っておられます。第十艦隊がそちらに行くまでの間、駐留艦隊を逃がさぬようにして下さい』
「了解した」
駄目押しだ。第十二艦隊のボロディン提督にはおそらくこんな命令は出ていまい。第一艦隊は明らかにお荷物になっている。

スクリーンが切れ、ヴァレンシュタイン准将の姿が消えると副官ウィッティ中佐が躊躇いがちに声をかけてきた。
「……本隊より第十艦隊がこちらの支援に来ます」
「……そうか」

ウィッティ中佐の報告にげんなりした。おそらくはウィッティ中佐も私と同じ思いだろう、表情が冴えない。戦術コンピュータには艦隊がこちらに向かってくる様子が映っている。溜息が出そうになったがなんとか堪えた。

敵本隊は既に三万隻を切り味方は挟撃から包囲殲滅にと陣形を変えている。敵本隊を殲滅するのも時間の問題だろう。そして総司令部は優位に戦闘を進めているとは言え決定的な勝利を確定できずにいるこちらに第十艦隊を応援に寄こした。総司令部は第一艦隊の不甲斐なさに苛立っている……。

自分の率いる艦隊とはいえ目を覆わんばかりの惨状だ。どうしてこうなったのか……、理由は簡単だ、国内警備という緊張感のない任務に慣れてしまった所為だ。兵だけではない、兵を率いる指揮官もそれに慣れてしまった。情けない話だが私自身もその一人だ。今のままでは第一艦隊は張り子の虎だ、何の役にも立たない!

そんな不甲斐ない第一艦隊に比べて第四、第六艦隊の働きは見事としか言いようが無い。既に敵の一個艦隊を壊滅させ、敵本隊の後背に襲いかかっている。彼らが攻撃に加わったのは我々よりも遥かに後なのだ、にも拘らず既に一個艦隊を撃破している。彼らが敵本隊の後背に襲いかかったことで勝敗は決した。

当初今回の作戦に参加を命じられた時、第一艦隊の動きに不安を持つ人間はいなかっただろう。皆の不安は司令官が交代した第四、第六艦隊に向かっていたはずだ。士官学校を卒業していないモートン中将、カールセン中将に艦隊が扱えるのか、足手まといになるのではないか、皆そう思っていた。

しかしモートン中将、カールセン中将はその不安を見事に払拭した。敵艦隊を壊滅させ味方の勝利を決定づけている。それに比べて私の第一艦隊は……、ボロディン提督も第一艦隊に足を引っ張られると頭を抱えているだろう。ボロディン提督だけではない、ウランフ、ビュコック、シトレ元帥も第一艦隊の不甲斐ない有様に顔を顰めているはずだ。そしてヴァレンシュタイン……、今回の作戦を台無しにしかねない我々に強い憤りを感じているに違いない。

シトレ元帥が司令長官に就任してから艦隊司令官に対する信賞必罰が厳しくなった。パストーレ中将はアルレスハイムの会戦で勝利を収めたにも関わらず更迭された。理由はアルレスハイムの会戦時の対応が不適切だったからだと言われている。

帝国軍がサイオキシン麻薬を使用していることにヴァレンシュタイン准将に指摘されるまで気付かなかった、また警察に知らせるなど後の混乱の原因を作った事が正規艦隊の司令官としては頼りないと見られた。

ムーア中将は言うまでもないだろう。ヴァンフリートの会戦において迷子になり決戦の場に間に合わなかった。ビュコック提督、ボロディン提督はヴァンフリート4=2で帝国軍と戦い勝利を収めたのだ。その二人に比べれば明らかに指揮能力に問題ありと判断されても仕方がない。

今回の会戦の勝利は明らかに総司令部の作戦と敵の後背を衝いたモートン中将、カールセン中将の働きによるものだ。当然だが彼らを抜擢したシトレ元帥の権威は今以上に上がるだろう。そして人事に対するシトレ元帥の意向は最優先で実現されるに違いない。

第一艦隊の司令官は首都ハイネセンを守る役割を担っている。能力、忠誠心において優れている人間だけが就ける司令官職だった。私もそう評価されていたはずだがおそらく今回の戦いが終われば更迭の対象となるだろう。そしてモートン、カールセンは昇進……、艦隊司令官達の間では戦慄が走るに違いない、評価されるのは実力で有って学歴ではないという事がより徹底される。士官学校卒業など何ほどの意味も無い事が証明されるだろう……。

「閣下、敵が後退しようとしています」
「食らい付け! 後退を許してはならん!」
ぼっとしている暇は無い! 今は戦闘の最中だ、何を考えている! この敵を逃がす事など絶対に許されない! せめてその程度は出来る事を証明しなければハイネセンに戻る事さえ出来ないだろう……。



帝国暦 486年 5月11日  12:00   イゼルローン回廊    ミューゼル艦隊旗艦 タンホイザー  ラインハルト・フォン・ミューゼル



「遠征軍だけでなく駐留艦隊も反乱軍に包囲されたとなると帝国軍の殲滅は時間の問題ですな」
ケスラーの言葉に俺は黙って頷いた。帝国軍艦艇六万五千隻、兵員七百万の運命は確定した。彼らに残された道は戦死か、捕虜になるか……。だがイゼルローン要塞の事を考えれば少しでも長く抵抗を続けるだろう、つまり戦死だ。

「あとどの程度抵抗できるかな」
俺の問いかけにケスラーとクレメンツが顔を見合わせた。おそらく彼らの間では既に検討されているはずだ。俺の見込みではあと半日……、二人の考えはどうか、俺と同じか、それとも違うのか……。この二人の能力をどの程度信じられるのか、今、この場で確認しなければならない。場合によってはイゼルローン要塞付近で戦闘と言うこともあり得るのだ。

ケスラーが言い辛そうに答えた。
「……長くても今日中でしょう、それ以上は……」
同じだ、俺と同じ予測をしている。その事に安堵したが見込みには溜息が出た。俺だけではない、クレメンツも溜息を吐いている。余りにも悲惨な未来だ。

「反乱軍は移動を含めても十三日にはイゼルローン要塞の攻略が可能となるでしょう。果たして我々が到着するまで要塞は持ち堪える事が出来るかどうか……」
ケスラーが言い終えてから顔を顰めた。最短でも二十四時間は要塞単独で反乱軍の攻撃を凌がなければならない。十万隻の大軍を相手に可能だろうか……。

「いや、参謀長、反乱軍は要塞を攻めずに我々を待ち受けるかもしれません。その場合、我々は酷い窮地に追い込まれるでしょう。遠征軍や駐留艦隊同様殲滅されかねない……」
「……」

クレメンツの言うとおりだ。これまでの反乱軍の動きを見れば明らかに彼らは艦隊戦力の殲滅を狙っている。我々が救援に行くのが分かっている以上、待ち受けて殲滅を狙う可能性は高い。相手は精鋭十万隻、こちらは訓練不足の三万隻、要塞を攻めている背後を衝くならともかく待ち受けられてはとても勝負にはならない。

「しかしイゼルローン要塞を見捨てるわけにはいかない、十万隻の大軍に囲まれた要塞を見捨てれば、それだけで将兵の士気はどん底に落ちるだろう。帝国軍は要塞を失った上に軍の統制さえも取れなくなる恐れがある」
ケスラーが沈痛な表情をしている。

「我々が全滅してもそれは変わりません。むしろ我々が無駄死にし損害が大きくなるだけです。反乱軍は我々を殲滅した後、イゼルローン要塞を攻略するでしょう。撤退するべきではないでしょうか。この状態では撤退してもやむを得ない、上層部も分かってくれるはずです」

クレメンツが苦渋を浮かべている。味方を見殺しにしろなどとは言いたくないだろう。だがそれでも感情を押し殺して俺に進言してくれる。ケスラーもクレメンツも能力だけではなく人間としても信頼できる男達だ。

「……卿の懸念は分かる、それは私の懸念でもある。だが、イゼルローン要塞を見捨てる事は出来ない。軍務尚書からもイゼルローン要塞を何としてでも守れと言われている」

……但し要塞が陥落していれば話は別だ。いっそ要塞が陥落してくれれば……、そうであればこちらもオーディンに撤退できるのだが……。今のままでは俺の率いる三万隻も殲滅されかねない。

溜息が出た。俺だけではない、ケスラーもクレメンツも誘われたように溜息を吐いている。ヴァレンシュタインはイゼルローン要塞を囮にして帝国軍艦艇を次々に引き寄せ各個に殲滅している。蟻地獄、巨大な蟻地獄に俺達を引き摺り込もうとしている。

「反乱軍が要塞を攻略しているなら上手く行けば後背を衝けるだろう。もし我々を待ち受けているなら……、戦闘に入る前に撤退するしかないだろうな……」
後背を衝くなど先ず不可能だ、ヴァレンシュタインはそんな甘い敵ではない。だが最初からその可能性を否定して撤退する事は出来ない。イゼルローン要塞に行くしかない、そして味方を見殺しにする判断をすることになるだろう……。



宇宙暦 795年 5月 14日 10:00 宇宙艦隊総旗艦 ヘクトル  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



目の前にイゼルローン要塞が有る、艦隊戦力を失った要塞だ。攻撃する最大のチャンスなのだが同盟軍は要塞から距離を置き、包囲するでもなく遠巻きにイゼルローン要塞を見ている。

普通なら各艦隊司令官から攻撃要請が出ても良いのだが誰も総司令部に要請をしてこない。七万隻近い敵の大軍を殲滅した、その事実が艦隊司令官達を大人しくさせている。良い傾向だ、馬鹿で我儘で自分勝手な艦隊司令官等不要だ。総司令部の威権は確立された。

既にこの状態で二十四時間が過ぎた。要塞を攻撃するつもりは無い、要塞など攻略しても同盟にとっては一文の得にもならない。帝国は要塞を国防の最前線基地として使うつもりだろうが俺にとっては要塞はあくまで敵艦隊を誘引するための餌だ。敵を釣る餌を自分で食う馬鹿は居ない。

もう間もなくラインハルトの艦隊が此処に現れるはずだ、味方は十万隻、ラインハルトは三万隻、叩き潰すチャンスだがラインハルトがまともに戦うはずはないな。いざとなれば帝国領に撤退、いや後退戦をしかけようとするかもしれない。まあいい、無理に殲滅することは無い。ラインハルトの艦隊は生かして利用する。今回はそれが出来る。

遠征軍と駐留艦隊は殆ど全滅するまで戦った。一度、降伏勧告を出したが受け入れられることは無かった。クラーゼン、シュターデン、ゼークト、全て戦死するまで戦った。彼らが何を考えたかは分からないでもない。イゼルローン要塞を守るためには少しで長く俺達を引き留めなければならない。その一心で戦った……。

こちらには要塞を攻略する考えは無いのだが、そんな事は向こうには分かるはずもない。最後まで自分達の戦いが帝国の利益に叶うと信じて戦ったのだろう……。気の重い戦いだった。ヤンもワイドボーンもうんざりしたような表情をしていた。俺もうんざりだ、あとどれだけこんな思いをするのか……。

捕虜が少ない事で喜ぶのはレベロだけだろう、捕虜なんか食わせるのに金がかかるだけだ、殺した方が経費削減になる。銭勘定に執着が過ぎると血も涙もなくなる。嫌な話だ……。

第四、第六艦隊は十分以上に働いてくれた。モートン、カールセンの二人は信頼できる。これで使えるのは第四、第五、第六、第十、第十二の五個艦隊か……。第一は引き締めが必要だ。クブルスリーの能力以前に艦隊の練度が低すぎる、話にならない。

まあ原作でもそんな傾向は有った。ランテマリオ星域の会戦では同盟軍は帝国軍相手に暴走しまくった。あの時の同盟軍は第一、第十四、第十五艦隊だった。あれは同盟の命運を決める一戦に興奮したわけではなかった。練度不足、実戦不足がもろに出たわけだ。

第一艦隊の練度を上げれば使える艦隊は六個艦隊だが、それでも宇宙艦隊の全戦力の半分だ、残り半分は当てにならないって一体この国はどうなってるんだ。早急に残り半分もどうにかしなくてはならんが誰を後任に持ってくるか……。一人はヤンとして他をどうする? どう考えても艦隊司令官が足りない。

これから見つけていくしかないな、多少強引でも引き立てて艦隊司令官にする。候補者はコクラン、デュドネイ、ブレツェリ、ビューフォート、デッシュ、アッテンボロー、ラップ……。そんなところかな。能力を確認しつつ昇進させていく、時間はかかるかもしれんがやらないとな。戦争は何年続くか分からん。人材の確保も戦争の行方を左右する大きな要因だ、手を抜くことはできん。

「敵艦隊を確認しました! 兵力、約三万隻!」
オペレータが緊張を帯びた声で報告してきた。どうやらラインハルト登場か。艦橋にも緊張した空気が流れる。

「全艦に戦闘準備を、但し別命あるまでその場にて待機」
シトレの低い声が艦橋に響く。オペレータが各艦隊に命令を出し始めた。おそらく各艦隊司令官も期待に胸を躍らせているだろう。勝ち戦ほど士気を高める物は無い。

ラインハルトの艦隊は近づいてこない。本当なら要塞主砲の射程内に入りたいだろうが近づいてこない。こちらと戦う事になるのを恐れている。やはりこちらの狙いが要塞ではなく艦隊決戦による殲滅戦だという事を理解しているようだ。先ずこれでは戦闘にはならないだろう。

シトレに視線を向けた、向こうも俺を見ている。そして軽く頷いた、俺もそれに頷き返す。
「オペレータ、敵艦隊に通信を。ミューゼル中将に私が話をしたいと言っていると伝えてください」

俺の言葉にオペレータが困ったような表情をしている。そしてチラっとシトレを見た。確かに指揮官の許可なしに敵との通信などは出来んな、俺とシトレの間では話はついているんだが、こいつがそれを知るわけがない。
「准将の言う通りにしたまえ」
「はっ」

ラインハルトとの通信が繋がったのは十分程してからだった。スクリーンにラインハルト、ケスラー、クレメンツの姿が映っている。皆表情が硬い、状況は良くないからな、降伏勧告でもされると思ったか……。

降伏勧告などしても受け入れないだろう、俺は無駄なことはしない主義だ。戦いはまだ終わっていない。ドンパチだけが戦争じゃない、口喧嘩も立派な戦争だ。今度は俺が帝国に戦いをしかける番だ、帝国とラインハルトにたっぷりと毒を流し込んでやる……。



 
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