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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ 外伝

作者:月神
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黒衣を狙いし紅の剣製 08

「くっ……」

 次々と襲い掛かってくる白と黒の斬撃。
 子供の体格で放つ斬撃だけあって重さこそ軽めだが、鋭さは一流のそれと変わらない。また容赦なく的確に急所目掛けて放たれているだけに一太刀でも受け損ねれば必殺の一撃になりえる。

「クロ……こんなことして何になる?」
「そんなの決まってるわ。私の存在の証明よ!」

 右の上段、左の突き、右の突き、左の切り払い……。
 2本の剣をぶつかることなく絶え間なく連続で振るにはそれ相応の技術が必要だ。俺も二刀流を行うことがあるだけにそれは身に染みて理解できている。
 プロジェクトF……元になった人間の記憶を転写されたクローンなだけにクロにはその技術の根幹は最初からあったのかもしれない。
 だがたとえ記憶を転写されていたとしても元の人間と同じにならないのは明白だ。それはアリシアとフェイトの例を見ても間違いない。
 それだけに……誕生してから数年しか経過していないのだろうが、ここまでの戦闘技術を身に付けたのはクロ自身の努力があったからだろう。どれほどの想いで……どれだけの訓練を積めば数年でここまでの技術が身に付くんだ。

「クロ、本当に俺を倒すことがお前の存在を証明することになるのか?」
「なるわ。例えならないとしても……少なくとも私がこれまでやってきたことは報われる」

 先の事なんか分からない。だけどこれまでの自分を認めることが出来る。そうしたら……過去は意味のあるものになる。
 目の前に浮かべられている悲しみの表情には、そんな言葉が隠されているように思えた。
 グリード……お前はこの子のこんな顔を見ても人ではないと。贋作だと言えるのか。必要されてないと、俺を倒すために育てられているのだと理解しながらも……今日までお前の指示に従ってきたこの子を娘じゃないと言うのか。

「ち……」

 次々と襲い掛かってくる斬撃は基本的に回避できているが、どれも紙一重。危ないものは剣を使って防いでいるが、そこから身軽な動きで追撃を行ってくる。
 そのどれもこれもが的確に急所に飛来し、隙さえあれば足を払おうとしてくる。少しでも距離が出来そうになれば、剣状の魔力弾を生成して攻撃。それに対応している間にまた距離を詰めてくる。
 シグナムのような騎士が相手をすれば邪道な剣だと言いそうだが、どうしても勝たなければならない命のやり取りの場においてはそれこそ王道と呼べるのだろう。

『何をやっている! さっきから防がれてばかりではないか。何のために高い金を払ってその小僧の動きを模したターゲットを制作し、貴様に訓練させてきたと思っている。真面目にやらんか贋作!』
「黙れ!」
『な……』

 クロの重ね斬りを行った際、回避も出来たが俺はそれを受け止める。彼女は回避後の追撃を想定していたのか、一瞬であるが動きが止まった。それを見逃さず半ば強引にクロを弾き飛ばして距離を作る。

「グリード、貴様はこの子の何を見ている? 何を見てきた?」

 この子くらいの年代なら友人と遊んだり、オシャレをしたりとやりたいことはいくらでもあるだろう。
 だが……貴様はこの屋敷に閉じ込め戦闘訓練ばかりさせてきたんだろう。褒めることもせず、ただ俺を倒すためのマシンにするために日に日に困難な課題を押し付けてきたのだろう。
 クロはそれに不満を感じながらも応え続け……これだけの強さを身に付けた。きっとお前に認めてほしかったからだ。別に嫌われてもいい。嫌われていてもいい。ただ自分は必要とされていると。ここに居てもいいのだと……そういう実感が欲しかったんだ。

『何をだと? 偉そうに……何も見てきていない貴様が何を語れるというのだ!』
「確かにお前がこの子に何をしたのか、この子がどういう想いを胸にして生きてきたのか。それは俺は分からない。だが……この子の戦いを見ていれば想像することは出来る」
『想像だと? 笑わせるな! 想像なんて不確かなものだ。そんなもので説教を垂れるなこの偽善者が!』

 そのとおり……俺の考えなんてクロから真実を聞いてもいないただの仮設。当たっている可能性があるだけで、俺のしようとしていることをクロは望んでいないのかもしれない。だがそれでも……

「たとえ偽善者であったとしても……この子の中にある悲しみくらいは察してやれる。生命を道具としか思わず、この子を偽物だと吐き捨てる貴様の方が人の形をした贋作だ!」
『なん……だと。この私が……贋作? フフフ……フハハハハ……ほざくなよ小僧! この私がこれまで貴様の父親や叔母にどんだけ侮辱されてきたと思っている。贋作なのは貴様の……興味のある者しか人として見ないナイトルナの血筋だろう!』

 確かに父さんも義母さんも研究第一であまり他人に興味に持つ人ではない。
 だからお前を自覚なく傷つけていたことはあるのだろう。親戚であれば年に数回は交流があってもおかしくない。お前が傷ついた数は一度や二度ではないのかもしれない。だが……

「少なくとも……俺の父さんや義母さんは人の道から外れたことしない。生命を道具として扱うような真似はしない。お前と一緒にするな」
『く……その目だ。貴様らの血筋はいつもその自分は間違っていないのだと。他人から何を言われても曲げるつもりはないのだと。そう言いたげな目を私に向けてくる……そうやって私を蔑んでくる。鬱陶しいのだ、貴様達は!』

 頭を掻きむしりながら血走った目を向けてくるグリードの姿は、まるで怨念で姿が変わってしまったかのような化け物のように見える。これが人間の業……人の最も醜いものが表に出た状態なのかもしれない。

『クロエ、さっさとその男を殺せ! これ以上その男の姿も声も視線さえも感じたくない。今すぐ肉片に変えろ!』

 グリードの怒声にクロは一瞬身体を震わせる。
 おそらくクロの中には迷いがあるのだ。俺の命を絶つと覚悟を決めていても、心の底ではそれを望んでいない。良心の呵責が彼女にはある。
 そうでなければ、俺がグリードと話している間ずっと動きを止めていたことの理由が説明できない。俺の意識は少なからずグリードに割かれていた。もしも襲い掛かっていたならば、俺は反応が遅れ窮地に立たされていたことだろう。本当に殺したいと思っているのなら狙わない理由がない。
 だが……クロは静かに左右の剣を構え直し始めた。俺の命を絶つために。

「……クロ」
「ごめんなさい……あなたが悪い人じゃないのは分かってるし、間違ってるのはあの人だと思う」
「なら……」
「でも……! それでも……あの人は私のパパだから。私を作ってくれた人だから……今だけは必要としてくれてるから。だから私は……あなたを殺すわ」

 泣きそうな顔で告げられる死刑宣告。
 クロは手に持っていた夫婦剣をさらに2組生成し、両手に3組6本の剣を握り締める。両腕を交差させたかと思うと、勢い良く振るって2組の剣を投擲。投擲された剣達は回転しながら俺を中心にする形で前後左右から襲い掛かってくる。
 そこに夫婦剣を握り締めたクロが前から突撃。この状況下で最も安全な策は全方位の防御を展開すること。しかし、それを見たクロは突撃をやめて射撃戦にシフトしてもおかしくない。そうなれば蜂の巣にされてしまうことだろう。
 となれば……活路はクロへの特攻。幸い投擲された剣にはタイミングさえ合えば抜けられるスペースはある。ここは覚悟を決めて……

「な…………」

 意識をクロに戻した瞬間、そこに彼女の姿はなかった。
 迫り来る剣に意識を向けたのは事実だが、それは時間にすれば一瞬の事。たとえフェイトほどの機動力があったとしても動きがあれば見逃すはずがない。
 それにも関わらず、俺はクロを見失った。それをつまり彼女にはまだ他に隠し玉があったことを意味する。

「――瞬翼三連!」

 静かに紡がれた言葉を耳にしたとき、すでに俺の身体は瞬く間に翼が三度羽ばたくかのように斬り裂かれていた。
 何が起こったのか理解する間もなく、重傷を負った俺はその場に倒れ込んでしまう。

〔マスター、マスターってば!〕

 ファラが慌てた声で話しかけてきているが、頭の中に直接聞こえているはずのその声も少し遠く感じてしまう。視界に映る赤い水たまりからしてかなり出血しているようだ。痛みから考えてもかなりの深手だろう。即死しなかっただけマシかもしれない。

『フフフ……フハハハハ……フハハハハハハハハハハハ! やった、ついにやったぞ! 私の作品がナイトルナに勝ったのだ。フハハハハ! 思い知ったか、これが私の力。人間らしさなどを捨てて戦闘のみに特化させたものの力だ!』

 何とも癪に障る声だ。
 作品? 作品だと? それは……クロのことか。あの子を人間らしさのない戦うための道具だと貴様は言ったのか。
 ふざ……けるな。
 あの子には心がある。意思がある……あの子はあの子自身のもので俺を今の状態にしたのあの子の力だ。断じてお前のものじゃない。お前の力が生んだ結果じゃない。

「黙……れ。……お前が……勝ち誇るな……」

 四肢に力を入れてどうにか立ち上がる。出血が多少なりとも減っているあたり、俺が倒れ込んだのとほぼ同時にファラが治癒魔法を行ってくれたのだろう。
 今も続けてくれているようだが……おそらく完治はしないだろう。俺の治癒魔法のレベルがシャマルほどでないのも理由だが、それ以上に負った傷が深すぎた。出来て応急手当レベル……早めに片付けなければ命に関わりかねない。

『なぜ……何故その状態で立てるのだ!? まさか……クロエ、貴様その男にわざと手心を加えたのではないだろうな!』
「そ、そんなのことしてない!? わ、私は確かに……殺すつもりで」
「あぁ……確かにクロは殺すつもりで攻撃してきたさ」

 正直に言えば目の前が霞んでいるし、立っているのもやっとの状態だ。時間が経てばさらに悪化し、遠くない未来……俺は意識を失うだろう。そうなれば助けが来ない限り死ぬのは避けられない。
 けれど……たとえそうなったとしてもここで逃げるわけにはいかない。クロを放っておくことなんてできない。クロを止めること……それが今俺が果たすべき使命だ。まあ……単純にクロをどうにかしないと逃げきれないというのも理由なのだが。

「なら……何で」
「そんなの……簡単なことさ。……どんなに覚悟を決めていても……心の中に少しでも迷いがあれば太刀筋に出る」

 斬られた個所からして、あとほんのわずかでも傷が深かったならば致命的だった。意識を保てたとしても立ち上がることはおろか、言葉を話すことも出来なかったことだろう。

「クロ……お前はこんなこと望んじゃいない。……俺がこうして立っていられることが……その証明だ」
「ち……違う。わ、私は……あなたを……たまたま偶然致命傷にならなかっただけで。別に私が……」
「たとえそうだとしても……もうお前は俺を斬れない」
「な、何を証拠に……ふざけないで! 今度こそあなたを確実に……ぁ」

 俺に剣を向けたことでクロは自分の異変に気付いたようだ。
 クロの手に握られている剣にはべったりと俺の血が付いている。だが注目すべきはそこではない。
 先ほどまでは連続で振り抜いていても微動だにしていなかった剣先が今は目に見て分かるほど震えている。頭では俺のことを殺そうとしていても、心がそれを拒否しているからだ。
 今のクロではまとも剣は振るえない。それどころか俺に近づくことも出来ないかもしれない。そう思えるほどにクロの表情が平静さが欠けている。

「クロ、もうやめよう? お前は本当は人を傷つけれるような奴じゃない」
「そんなこと……来ないで。来ないでよ。来ないでって言ってるでしょ! それ以上来たら本当に……!」
「ならやってみろ」
「え……」
「今の俺じゃお前には敵わない。殺したいなら殺せ」
「きゅ、急に何言ってるの……言ってること真逆じゃない」
「ああ、だけどお前は俺を殺さない。殺せないって信じてる」

 何故なら俺とクロの間には、わずかばかりではあるが絆も思い出も存在している。だからクロは俺を殺せない。一度は覚悟で斬ることが出来たとしても、二度は覚悟があっても出来やしない。人を斬る感覚を覚えてしまっただけに。

「信じてる? 私は今日のためにあなたに近づいたのよ。そんな相手を信じるってバカじゃないの? 大体私とあなたとの間に絆や思い出なんて……」
「あるさ」

 たった1日の……ほんのわずかな時間だったが、一緒に過ごしてお前が本気で笑った日がちゃんとある。

「だから……今日も俺が買ったあれを付けててくれたんだろ?」

 ハート型のアクセサリー。
 それが俺とクロを繋ぐ確かな証。今はバリアジャケットを纏っているので見えないが、俺の見間違いでなければデバイスが起動される前……私服姿の時は彼女の首元にあるのが見えた。 
 何より……クロが今自分の首元に手を持って行っているのが証拠だろう。今はそこになくても、確かにそこに存在していなければそんな行動をするはずがない。
 俺がゆっくり近づいてもクロは逃げようとはしなかった。ただ黙って俯いていた。そんな彼女に俺は剣を持っていない左手を伸ばし……そっと頭の上に乗せる。

「クロ……もういい。強がる必要もなければ、したくもないことをする必要もない」
「でも……私には」
「今まではそれしかなかった。でもこれから違う。お前が自分でやりたいこと、好きなことを見つけていけばいい。他の誰かがお前を否定しても……俺はお前を認めてやる。クロエっていうひとりの女の子だって。ひとりの人間なんだって」

 大粒の涙がいくつも床に落ちていく。
 ゆっくりと上げられた顔は、必死に涙を我慢しようとしても出来ていない子供のそれで。本当のクロエという少女が居る気がした。

「ほんとに? 私は……あなたを傷つけるために生まれてきた。実際にあなたを傷つけた……それでもあなたは…………私のこと認めてくれるの?」
「ああ、認めるさ。今回のことだって……少し兄妹ケンカが行き過ぎただけだ。お前が望むのなら本当に兄にだってなってやるよ。俺は一人っ子だったから兄妹に憧れたこともあるしな」
「お兄……ちゃん。……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい」

 溢れ出す涙と一緒にクロは剣を手放し、俺にしがみついてきた。
 正直に言えば怪我をしているだけに痛みもあったのだが、クロエというひとりの少女を救うことが出来たからか、傷みよりも安らぎの方が強く思えた。彼女の綺麗な顔が血で汚れるのは少しばかりあれだったが……

『何を……何をやっているのだこの贋作! さっさとその男を殺さないか。その位置なら武器を出して一突きするだけだろう。茶番をしてないでさっさと殺せ!』
「嫌、嫌よ!」
『何だと……』
「私はもうあんたに従いたくない。人を傷つけたくなんかない。この人を……お兄ちゃんを斬りたくなんてない!」

 クロが初めて行うであろう明確な反抗。
 それにグリードは呆気に取られたのか、あちらから聞こえる声が止まった。
 これで事態は収拾される。あとはどうにかここを出て……管理局にでもあいつらにでも連絡を入れなければ。この施設に居ては通信が妨害されて行えないようだし。

「グリード……今すぐ扉のロックを外せ。もう終わりだ」
『グフフ……グヘヘヘヘヘ……フハハハハハハハハハハハ!』
「何がおかしい? 気でも狂ったか?」
『狂ってなどいないさ! 小僧、貴様は何も分かっていない。その贋作を止めれば終わりだと思っているのか?』

 どういう意味だ?
 クロに戦わせたのはグリード自身に戦う力がなかったからのはず。ならばクロが戦うことをやめたのなら、もうあいつに戦う力は残っていないはずだ。

『貴様にも言ったはずだがな。今日は私のデバイスを見に来てほしいと。貴様と真逆の考えを持つ私が……この優秀な私がこのような事態を想定しないとでも思ったか!』
「……まさか」
『そのまさかだよ! ここからが本番だ!』

 グリードが何かの装置を取り出し、そのスイッチを押した。それと同時にクロが胸元を押さえて苦しみ始める。まともに呼吸すら出来ていない苦しみ方なだけにただ事ではない。

「グリード、お前この子に何をした!」
『何をだと? 貴様も技術者の端くれなら予想くらい出来ているのではないのかね。それでもあの天才どもの息子か! やはり貴様は親の七光りで今の地位に居る無能だな。まあいい、最後の手向けに教えておいてやろう!』

 グリードが部屋にある設備を操作したかと思うと、俺の目の前に半透明なモニターが現れた。そこに表示されているのは、人を道具としてしか考えていない倫理的に反するデバイスの説明。
 本来デバイスというのは基本的に魔導師が魔法を行使する際に補助してくれる装置。主動なのは魔導師側にあって、デバイスはそれに従う。
 だがこのデバイスは違う。
 これは……デバイスが戦うために魔導師を補助として使う。魔法を行使するための動力源として使うような仕様になっている。
 つまりクロは、今グリードのデバイスに侵食されているということだ。


「グリード……こんなことが許されていいと思っているのか!」
『黙れ! 魔法はクリーンな力ではなく人を痛めつけるための力だ。デバイスとは本来それを強めるためのもの。戦うための力なのだよ! それに人間性? ふざけるな! そんなものがあって何になる? その人間性が災いして敵を見逃すなんてことが起こってもおかしくないだろうに!』
「だからといって人間性がなければ、そこに歯止めを掛ける意思がなければ争いが増えるだけだろう! それに人間性は必要ないと言ったな? 今の俺を見てもそれが言えるのか!」

 もしもファラに人間性がなかったのならば、マスターの指示がなければ行動できないデバイスであったのなら俺はすでに出血多量で命を落としているだろう。

「確かにお前が言うこともデバイスの本質だ。だが、いつまでも戦うためだけの力を追及して何になる。争いの火種になって平和から遠のくだけだ」
『平和なんてものが訪れるわけがあるまい! 人が人である限り、人は争い続けるのだよ。己と他者を比較し、その者よりも上でありたいと望む。その傲慢かつ醜い感情がある限り、人は争い続け、そして文化は発展していくのだ!』
「その先には破滅だけだ。そういう歴史を辿った世界がこれまでに何個滅んだと思っている。何個のロストロギアが生まれたと思ってるんだ」
『そんなこと知ったことか! 自分が死んでしまった後のことなど興味もない。私は……私が生きている間にこの時代に生きていたのだと名を残したいのだ。結果を残したいのだ! たとえそれがロストロギアと称されるものだとしてもな!』

 それが技術者としての本懐だろう!
 そう言いたげなグリードは……ある意味技術者の鏡なのかもしれない。だが俺はこの男と相容れることはない。そう思えた。

『行けデスペラート! その小僧を根絶しろ!』

 グリードの言葉に従うように、苦しんでいたクロがゆっくりと起き上がる。
 今のクロの目は虚ろで、彼女の意志があるようには思えない。その代わり……血のような色のデバイスのコアが俺の息の根を止めると言わんばかりに何度か瞬く。
 クロ……いやデスペラートは、クロの身体を操って白と黒の夫婦剣を生成。それを手にした瞬間、その場から姿を消した。

〔マスター、上!〕
「っ――くっ……!」

 ファラのおかげでどうにか上段からの二刀を防ぐことが出来た。
 今ので確信した。クロは……武器を作り出す以外に転移系の能力も持っている。魔法なのかレアスキルなのかは分からないが。
 クロが連発していなかったことを考えると、転移は回数制限があるのか、魔力消費が激しくここぞという時にしか使えないのかもしれない。
 だが……それはクロが使う場合だ。
 今はクロの意識はない。デスペラートという名の殺戮兵器がただ俺を殺すためだけにクロの身体を使っている。あの男が作ったデバイスだけに、もしも転移にデメリットがあったとしても回数など関係なく使い続けるだろう。早めにどうにかしなければ……

「ち……ぐっ」

 だが……今のクロには精神的なストッパーがない。また転移を頻繁に使われるせいで目ではどうしても追いきれない攻撃がある。容赦のなさで言えば、これまで戦ってきた中で今のクロが最大と言える。

〔マスターどうするの?〕
〔どうするもこうするも……今は耐えるしかない〕
〔耐えるしかないって……このままじゃ身体が〕

 そう……ファラが懸念しているように動けば動くほど身体にガタが来ている。目の前が霞みつつあるだけにそんなに長くは戦えない。
 それに……今は回復に魔力を回している。それはファラに任せているわけだが、少しでも緩めれば俺の動きは致命的に鈍るだろう。それだけに攻撃にも防御にも魔力は回せない。回すなら……それはここぞという時だけだ。

〔ファラ……必ず勝機を見出す。そのときは……回復に使ってる魔力を攻撃に回せ。カートリッジもフルでだ〕
〔分かった……って、フルカートリッジ!? ただでさえ今搭載しているカートリッジは従来のものより強力なんだよ。それをフルで使ったりなんかしたら私はともかくマスターの身体が持たないよ!〕
〔そんなこと分かってる。だが……どうせ長くは持たないし、攻撃するなら一撃が限度だ〕

 今のクロは意識を失っているようなものだ。故に普通に攻撃してもデスペラートが操っている限り、戦うことをやめないだろう。
 このまま防戦を続けていても先に倒れるのはこちらの方だ。反撃出来るのも一撃が限界。その一撃でクロを止めるとなれば……クロを操っているデスペラートを破壊するためには確実な一撃が必要となる。そのためには身体への反動なんか気にしていられない。

〔どうせこのままじゃこちらが先にやられる。ならリスクを背負っても全力全開に掛けた方がまだ助かる見込みがあるはずだ〕
〔それはそうだけど……マスターに何かあったら絶対にセイとかから私が責められるんだからね。やるのは止めないけど、死んだりしたら怒るから!〕

 死んだ相手に怒っても意味はないと思うのだが。
 そう思いはしたが、ファラも覚悟を決めてくれたのだ。そんな良いパートナーに無粋な返事をするほど間抜けではない。
 右の上段、左の切り払い、後方に転移からの右突き……。
 そのように絶え間なく攻撃は続く。だが……少しずつ俺の被弾率は下がり、剣で防ぐ回数も減っていく。最小限の動きで回避できるようなってきているのだ。

『何故……何故攻撃が当たらん。数値はあの贋作よりも上なのだぞ……なのにどうして攻撃が当たらなくなっていく。あの小僧はもう死に体のはずだ! なのに何故……!?』
「そんなことも分からないのか?」
『何……?』
「確かに今のクロは攻撃、移動、反射……どの速度を取ってもさっきよりも上だ。だが……所詮それだけのこと」

 最初こそ驚異的な速さに対応できなかったが、冷静に観察していれば今のクロの動きにはある特徴があった。それは

「お前のデバイスに読み合いなんてものは存在していない。ただ次の手を最善で打つだけ。目先の勝利に食らいついて来るだけだ。ならこっちがどういう行動を取るか誘導してやればこの結果も当然」

 もしもこのデバイスに多少なりとも自分で考える力があったのならば、俺はすでに倒されていたことだろう。まあそんな仮定に意味はなく、現実は今なのだが。

「人間性がないということは、自分で考える力もないということだ。ただ与えられた命令に従うだけ。そんなものに……負けるどおりはない!」

 前方に居たクロが姿を消した瞬間、俺は全力で反転しながら剣を肩に担ぐようにして絞る。
 それと同時に装填されていたカートリッジ7発全てがリロード。爆発的に魔力が高まり、それらは全て紅蓮の炎へと変わった。
 デスペラートならば、この状況なら背後から上段斬りを選ぶ。
 その予想通りに振り返った俺の視界には二刀を上段に構えているクロの姿が映った。紅炎を集束させながら彼女の胸元――デスペラートのコアに向かって全力で剣を撃ち出す。
 ブレイズストライク・エクステンション。
 幼い頃から愛用してきたブレイズストライクの発展型。元の魔法よりも威力、貫通力共に向上している。また集束された紅炎を数十メートル先まで伸ばすことも可能であるため、近距離でなくとも使用が可能だ。
 紅炎の刃は的確にデスペラートのコアを捉え、壁の方へと押し込んでいく。その際、凄まじく軋むような音が響き渡り……クロの身体が壁に直撃したのと同時にコアは砕け散った。
 それに伴ってクロの身体からバリアジャケットは消え失せ、意識のない身体は床へと落下。手荒い救助になってしまったが……非殺傷設定で放った攻撃である以上、彼女の命の別状はないだろう。

「うっ……!?」

 回復を止めフルカートリッジでの一撃を放った代償が容赦なく襲ってきた。
 吐血した俺はその場に立っていることも出来ず、そのまま倒れ込んでしまう。視界の掠れ具合といい、身体中に感じる寒気といい……非常に不味い状態だ。意識を保っているのがやっとと言える。

「よくも……よくもよくもよくも私のデバイスを! 絶対に許さんぞ、私自ら貴様をあの世に送ってやる!」

 室内に入ってきたグリードは懐から銃を取り出すと、その銃口を俺に向けた。
 普段なら防御魔法を使えば銃弾なんて防げるが、今の俺には魔法を発動するどころか指先ひとつ動かす体力も残っていない。こうしてまだ意識があるのは、ファラが今も懸命に回復魔法を行使しているからだ。それが途切れればどうなるか……

「醜く命乞いでもしてみたらどうなんだ? グリード様、どうかこの無能で愚かな私をお許しくださいってな!」
「…………」
「まあ、そんなことしても貴様は殺すがな! フハハハハハハハハハハハ! 助けが来るなんて期待しても無駄だ。来たところでここの防壁は並の攻撃ではビクともしない。残念だが貴様はもうここまでなんだよ!」

 そのとき――。
 刹那の静寂の後、爆音が響き渡り室内に埃や煙が舞い上がった。いったい何が起こったのか分からなかったが、天井に空いた穴からひとりの女性が舞い降りてきたことで全てを理解する。
 紫色の装束に同色のデバイス。澄んだ青色の瞳には怒りの炎が宿っており、表情はいつになく激昂している。そんな顔を俺は見たことがなかったが……間違いない。彼女はシュテル・スタークスだ。

「な……何が起こった? き、貴様は……あの女の。きき貴様も魔導師だったのか? だがここの壁はそう簡単に敗れるはずが……」
「あなたが……あなたがやってのですか?」
「何? あ、あぁそうさ! 全てはこの私が仕組ん……ぐぉッ!?」

 何が起こったのか簡潔に説明すると……シュテルが思いっきりグリードを殴ったのだ。
 ただ一般人を魔力で強化した身体で殴ればどうなるか、そんなのは言うまでもなく分かるだろう。最低でも数メートル飛んだ後、その勢いのまま何度も転がって行く。
 下手をすれば殺しかねない一撃だったわけだが、犯罪を起こす者というのは悪運が強いのか。はたまたシュテルの絶妙な加減のおかげでどうやら意識を失っただけで済んだようだ。

「何を寝ているのですか? まさかこの程度で許されるなんて思っていませんよね?」

 グリードが意識を失っているのも分からないのか、シュテルはルシフェリオンをグリードへと向け先端に魔力を集束し始める。炎熱変換資質を持つ彼女の魔力は紅蓮の炎へと姿を変えた。おそらく砲撃魔法であるブラストファイアを撃つつもりでいる。
 さすがにないとは思うが、今のシュテルにいつもの冷静さはない。もしも非殺傷設定を切っていたりすれば、間違いなく命を奪う。それだけは何としても止めなければ……!

「シュテルさん、ストップストップ! それ以上はダメです。いくら何でもやり過ぎですって!」
「ティアナ、放してください! あの男が……あの男がいなければこんなことにはならなかったのです。私はあの男を許せません!」
「許せないのは私も同じです! でも、ディアーチェさんと約束したじゃないですか!」

 どうやらシュテルだけで来たのではないらしく、懸命にティアナがシュテルにしがみついて止めようとしてくれている。
 身体を動かすどころか言葉を口にするのも難しい状態なだけに助かった。……やばい……安心したら急に意識が

「それに……今はあんな男よりもショウさんですって!」

 その言葉でシュテルは我に返ったのか、半ば強引にティアナを振り解くとこちらに駆け寄ってきた。もしも余裕があったならば、もう少しティアナに優しくしてやれと言っていたかもしれない。

「ショウ……ショウ、しっかりしてください!」
「ぅ……あまり揺するなよ。…………こっちは……」

 怪我人なんだぞ。
 と続けようと思ったのだが……涙を流すシュテルを見て何も言えなくなってしまった。
 こいつと出会ってから人生の半分以上の時間が経過しているわけだが、こんな顔を見たことは一度としてなかった。これまでに何度か入院するような怪我を負ったことがあるが、俺の記憶にあるのはいつもの無表情でからかってくるこいつの姿だけ。
 もしかすると、これまでも俺が怪我をする度に人知れず泣いていたのかもしれない。そう思うと……普段のことも含めて何も言えない気持ちになってくる。

「シュテル……泣いてるのか? ……お前も…………泣いたりするんだな」
「当たり前です。……私だって……悲しいことがあれば涙をこぼします」
「そっか……でも…………お前のそういう顔は……見たくないな」

 見慣れないだけにこっちまで悲しくなってくる。
 いや……きっとシュテルだけでなく、あいつらが泣いていたなら俺は同じような想いを抱くのだろう。だけど今はそのことを考えられるほど余裕はなくて……。
 多分……次に起きた時には小言や説教を色んな奴からされるんだろうな。……まあ……甘んじて受けるしかないか。

「……ショウ? ……ショウ、聞こえていますか? しっかりしてください! ショウ!」

 必死に俺の名を呼ぶ声もどこか遠く……俺の意識は闇へと消えて行く。
 ただそれでも……強く握り締められた手から伝わってくる温かさは、意識が完全に消えるまで俺の心に安らぎをくれていた。


 
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