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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第三十話 願い

「フェイト、大丈夫?」

「うん、大丈夫……」

 私はアルフに背負われたまま、拠点として使っているマンションの一室に到着する。

 必要最低限のものしかない空間は、私とアルフの二人で使うには広すぎで、リビングの中央に置かれたソファだけが大きな存在感を放っていた。

 そのソファに仰向けで寝転がると、私は真っ暗な天井を見つめて思考を巡らせる。

 さっきまで私の全身は激しい痛みで身動き一つとれない状態になっていた。

 それは黒鐘の技を真似した瞬間に起こったことから、きっとそれが私にとってリスクの大きな技だっていうことなんだと思う。

 時間が経って、今は痛みが抜けて、代わりに倦怠感で身体が重くなった感覚に陥ってる。

 こればかりはしばらく休まないといけないみたいで、ジュエルシード探しができなくなった。

 もちろん、治ったらすぐにでも探し出す予定。

「フェイト……はい」

 台所からコップを持ってきたアルフが私の背に片腕を回し、上半身を起こしてくれた。

 そしてコップに入った水に私は口をつける。

 冷たい水が乾いた口を潤して、喉から先を癒すように、戦いで火照った身体を冷ますように進んでいく。

「ありがとう、アルフ」

「ううん。 それより」

 不意に、アルフは暗い表情で私の身体を抱きしめてきた。

 そして声を張り上げ、悲痛な叫びと共に私に言う。

「もうやめよ!? ただでさえ相手は多数だったのに、管理局まで関わってきたらジュエルシード集めどころじゃない! もう、無理だよ!」

 私を抱きしめるアルフの両腕は、声は、震えていた。

 アルフの悲しみや恐怖が、私の胸の奥……心みたいなところに伝わってくる。

 それが私とアルフが契約を結んだ時から続くもの。

 感情の共有。

 全ての感情じゃないし、互いの距離が離れていれば感じにくいけど、ここまで近づけばアルフの心は強く伝わってくる。

 こうして契約した相手を悲しませるなんて、主失格だ。

 そんな罪悪感を抱いていても、私は首を縦には振らない。

「ううん。 やめることはできないよ」

「なんで!?」

「母さんのお願いだから」

「無理だよ! 他のジュエルシードを集めてる連中から横取りするならいくらでも算段はあったけど、管理局を相手にしたらあたしらだけじゃどうにもならない!」

「分かってる」

「ならなんで!?」

 アルフの必死な問いに、私は淡々と当たり前のように答える。

「母さんのお願いだから」

 同じ答え。

 きっと、ジュエルシードを求める理由は、どんな質問をされたって母さんのためとしか答えられない。

 だって私は、そのためにここにいて、そのために戦って、そのために、

『フェイト……運命か。 綺麗な名前だな』。

 私を綺麗と言ってくれた彼を、裏切ったのだから。

「アルフ、ごめんね」

 私はアルフの頭を撫でながら、微笑をこぼす。

 きっと私は卑怯な女だ。

 こうして撫でて、優しくしてあげれば、アルフは許してくれるのを知ってるから。

 その証拠に、頭を撫でてからアルフの体の震えが収まっている。

 落ち着いてきたんだ。

 分かっててそうしてるんだからタチが悪い。

 だから微笑になってしまう。

 自分に対して呆れた笑み。

「管理局を相手にするのはイヤだけど、母さんに怒られる方がもっとイヤだから」

「知ってる。 でも、なんであの人はフェイトにこんな無茶ばっかさせるのさ?」

「なんでだろね。 母さんは研究のためって言ってたけど、なんの研究をしてるのかわからないし」

 アルフの問いの答えを、私は持ち合わせていなかった。

 何も聞かされてないから。

 研究に必要なものだから。

 それだけを理由に、私は頑張ってきた。

 いつからか見なくなった、母さんの笑顔を取り戻すために。

 ――――いつから?

 いつから母さんは、笑わなくなったんだっけ?

 最後に笑ったのは確か――――っ。

「フェイト、どうかした?」

「……ううん、なんでもない」

 気づくと、アルフの不安げな表情が目の前にあった。

 私は頭の奥に走った痛みを振り払い、笑顔を作った。

「危険なのは分かってる。 だけど、これは私の願いでもあるから……ね」

「……分かった。 だけど、今はちゃんと休むんだよ?」

「うん、わかってる」

 そう答えて、私はアルフに担がれてベッドに向かった。

 お腹は空いてるけど、眠気の方が強かった。

 黒鐘の家にいたときは、私の空腹に気づいた黒鐘がすぐに料理をご馳走してくれた。

 誰かの手料理を食べたのは、凄く久しぶりで、なぜだか暖かかった。

 あの時間を、今度は母さんとアルフと一緒に過ごしたい。

 そう願って、私は眠りについた。

 母さんに対して抱いた疑問は、疲れとともに抜けていった――――。


*****


「――――そう、管理局がね」

「あぁ。 見事に乱入して、こっから関わってくるように見えたぜぇ?」

 俺ぁプレシアのもとに戻り、さっきまでのことを洗いざらい話した。

 ジュエルシードは取り逃したが、代わりに管理局が介入したことを話すと、プレシアは眉間にシワを寄せ、苛立った様子で俺に背を向ける。

「あれは私にとって必要不可欠なもの……。 なんとしてでも手に入れなさい」

「管理局が敵となりゃ、俺やあんたでも手に負えねぇぜ?」

「多少の犠牲はやむを得ないわ。 ジュエルシードのために、私のために、その命を使いなさい」

 ようするに、文字通り俺は命をかけて戦えって言われてるわけだ。

 流石、俺のことを玩具程度に思ってるだけはあるぜ。

「だが、俺の命だけでどうにかなるとも思えねぇけどな?」

 そう。

 さすがの俺でも、管理局なんて組織相手に戦って命捨てたところで、なんの成果も得られねぇだろう。

 んなこと、言わなくたってわかってるはずなんだがな。

「あら、あなただけではないでしょう?」

「……はは」

 プレシアの言いたいことを理解した俺は、込み上げてきた感情を素直にだした。

 面白い。

 この女の頭ん中は、ホントに面白い。

「まさかあんた、自分の娘の命すら捨て駒にしてたとはな。 娘の前じゃ素直になれねぇ母親って思ってたが、まさかそこまでとはな」

 本人に対して直接言わなかったとしても、この女は自分の娘……フェイト・テスタロッサに、命を捨ててでもジュエルシードを手に入れろとのご命令だそうだ。

 狂ってる。

 人として、生き物として、親として。

 あらゆる面で、この女は狂っている。

 しかも本人にその自覚があって、しかしそんなことどうでもいいと言わんばかりに貫いているんだからタチが悪ぃ。

 だが、俺はこういう人間が嫌いじゃない。

 普通で平凡な人間を見ているよりは、こうやって狂いに狂った人を見ている方が何百倍も面白い。

 この女が狂いの果てに何を見出すのか、この目で見てみたい。

 それに、俺は俺で俺の中にある狂いを解き放てるのだから一石二鳥だ。

 俺は殺し合いを求め、プレシアは全ての命を犠牲にしてでもジュエルシードを求める。

 俺たちが求めるものは、もうちょいで揃いそうだ。

「あれはあなたと同じ、私の願いを叶えるためのただの道具。 叶えてくれないならただのゴミよ」

「そうかい。 あんたが娘を毛嫌いしてんのは分かった。 そっちの事情はどうでもいいしな」

 プレシアがなんであいつを嫌うのかなんて興味がない。

 聞いたところで俺に関わるものでもないし、俺なんかじゃ同情すらできねぇ。

 聞くだけ時間の無駄ならしない。

 それに俺は、ただこの女の願いを叶え、狂いの果てを見届けるだけだ。

 そう思いながら俺はプレシアに背を向け、この部屋を後にする。

「あんな子、どうでもいい。 私が大事なのは、ただ一人の娘だけ――――」

 プレシアのか細く小さな声が聞こえた気がした。

 だけど俺はその言葉の意味を考えることはなく、無視して部屋を後にした。

「次に殺し合うのが楽しみだなぁ……」

 俺はあの男の姿を思い出す。

 特殊な剣技と多彩な魔法。

 型に囚われない自由な動きで戦う、黒い魔導師。

 今まで、あそこまで俺の心を揺さぶる魔導師はいなかった。

 奴と戦って、俺はあいつに勝ちたいと強く思った。

 負けたくねぇって、今までで一番強く感じた。

 だから勝つ。

 次は息の根を止め、俺は勝利するんだ。

 ――――なぜ勝利にこだわるか、殺し合いを求めるか、その答えを持たず――――。 
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