| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

魔術師ルー&ヴィー

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一章
  XⅢ


 リッケの村外れから暫く進むと、山へと分岐している道があった。この道を行くと、さして時を経ぬ内に小さな村へと入る。名のあるような村ではなく、二十軒程の家が建ち並ぶ小規模な村であり、ルーファスらはここで休むことにしたのであった。
 この村はファルケルとは無関係らしく、彼の肖像が飾られている訳でなく、その名を出しても分からぬ風であった。
「こん村は自給自足だで、滅多に他ん町や村にゃ出ねぇんだ。なんも知らんで済まんのぅ。」
 ここはルーファスら五人を快く泊めてくれた村長の家で、女公爵がファルケルのことを村長へ問っていた。だが、村長は何も知らない様で、五人は心配は杞憂とばかりに行為に甘えることにした。
 村長に食事と酒を用意して持て成された五人は、その後に気分良く床に着いた。
 しかし、誰一人として気付きはしなかった。この小さな村で、何故五人をも持て成せる料理と酒とが用意出来ていたかを。それは村長が出した酒のせいだったのであるが。
 明け方、とは言え五人が床に着いてからさして経ってはいないが、ルーファスは何かの物音で目を覚ますこととなった。
「ったく…またかよ…。」
 目を覚ましたルーファスは、ファルの街での出来事を思い出していた。
 あの時に聞いた物音は、セブスの村人が逃げてきたものであったが、無論、今回のこれは違う。声がするでもなく、ただ足音だけがしているのである。一人二人ではなく十人以上のもので、それも出来る限り音を消すような歩き方であった。
「…何してんだ?」
 ルーファスはそう呟いてカーテンの隙間から覗いた時、不意に外から声が響いた。
「放て!」
 その声を合図として家へと何かが投げつけられ、そこかしこから煙が上がった。それだけではなく、家の周囲に油がまかれているらしく、さして時を経ぬ内に炎に囲まれてしまったのであった。
「皆、起きろ!」
 ルーファスはそう怒鳴ったが、皆は全く起きる気配はなかった。例の酒に薬が盛られていたのである。ルーファスは粗方の毒に耐性があって多少の毒は平気だが、他はそうもいかぬのは言うまでもあるまい。
「ったく面倒くせぇなぁ…。」
 ルーファスは頭を掻きながらそうぼやくと、次に呪文を唱えた。
「大いなる水よ、汝の流れによりて穢れを浄めよ!」
 それは解毒の魔術であった。それは水を主体としたもので、魔術が完成した時には四人に水の幕が掛かり、それは直ぐに弾けた。
「…!?なんじゃこれは!」
「冷たいです…。」
「ルー、こんな起こし方があるか!」
「…何で…水なんですか?」
 四人はそう言いながら目を覚ましたは良いが、何故にこの様な事態になっているかを理解出来ないでいた。
「ヴィー。お前、あの酒飲んだんか?」
「…少しだけです…って、何で分かったんですか!?」
 ヴィルベルトは顔を強張らせて師を見た。
「この国は十八過ぎねぇと飲めねぇのは知ってんよな?」
「…えっと…申し訳ありません…。」
 ヴィルベルトは観念したようにそう言い、ルーファスはそれを聞いて溜め息を吐くや直ぐに次の行動に入った。
「大気に舞う水達よ、ここに集いて大地を潤せ!」
 ルーファスが行使した魔術に、最初皆は不可解に思って首を傾げた。だが、皆は程無くしてその理由を理解した。いや、理解せざるを得なかった。煙が部屋に入り始め、窓の外には炎が見えたからである。
 ルーファスが行使した魔術は雨を降らせるもので、それもかなり強力な呪文であった。故に、それは見る間に効力を発揮し、大粒の雨が降り始めた。
 外には火を放った村人等がいたが、今まで快晴だった空から不意に強い雨が降り始めたために驚愕し、その大半が散々に逃げ出したのだった。魔術を恐れている様子である。
 暫くして火が消えると、五人は焼けた扉を蹴破って外へと出た。すると、そこには未だ十数人の村人が残っており、その手には各々弓を持って構えていた。
「どういうつもりだ?」
 ルーファスは多少苛つきながらそう問うと、この家の主であった村長が震える声で言った。
「お…お前ら、ファルケル様の敵だろうが!」
「ま、そうだな。で、どうするってんだ?」
 村長の言葉にルーファスがそう答えるや、村長は「こうするんじゃよ!」と言って周囲に合図を出した。すると一斉に矢が放たれ、それはルーファスらへと一直線に飛んで突き刺さる…筈であった。そのために村人等は、わざわざ五人が出てくるであろう扉の前で弓を構えていたのだから。しかし…。
「…ッ!?」
 放たれた矢は一本もルーファスらには当たらなかった。正確には、全ての矢は三人の剣によって尽く弾かれ、五人には掠りもしなかったのであった。
「馬鹿な!これだけの矢を何んで…」
「何でじゃねぇよ!お前ら、俺達が誰か聞いてなかったんか?どうせファルケルの手先共が先に来てたんだろ?」
「そんなことはどうでもよい!」
 ルーファスの言葉には耳を貸す気は無い様で、村人は再び矢を射ろうとしたが、今度は村人の前へ燃え盛る炎が出現したため、村人等は驚きのあまり弓を落として後退った。
 これは無論、魔術である。ルーファスが話している間、その後ろでウイツが呪文を完成させて行使したのである。そしてその炎に村人等が気をとられている間に、ルーファスが次の魔術を行使した。
「風よ、戒めとなれ!」
 ルーファスは束縛の魔術を使い村人等の体から自由を奪ったため、村人等は理由も分からずに次々に地面へと倒れた。それを見たウイツは直ぐに炎の魔術を解き、ルーファスと共に村人の前へと歩み寄った。
「人の話聞けよ。」
 村人等の前へ行くなり、ルーファスはそれ見たことかと言った風に言うと、村人の一人は魔術の束縛にもがきながらも言い返した。
「こんな姑息な手を使うとは!だから魔術師は…」
 そこまて言った時、村人は悲鳴を上げた。ルーファスが力を強めたのである。
「ま…待ってくれ!話す、話すから!」
 目の前の男が痛みに堪えかねてそう言うや、ルーファスは溜め息混じりに言った。
「ったく…始めっからそう言ゃいいのによぅ。」
 そうしてルーファスは束縛の力を弱め、再び男へと問った。
「で、誰に言われてやらかしたんだ?」
「お前の察し通りだ。昨夜ファルケル様の使いの者がきて、お前等が来ることを聞いた。ファルケル様の使いはお前等を敵だと言い、殺さねばならねぇと言われたんだ。そん時に白い粉を渡され、そいつを酒にでも入れりゃ楽に殺れるとも…。」
 ルーファス等はそれを聞いて深い溜め息を洩らした。
 ファルケルの使者が渡した白い粉は眠り薬の類いだったことははっきりしているが、何故毒薬ではなかったのか?
 先ず、この時代の毒薬はかなり苦かった。匂いもきつく、直ぐにそれと分かってしまう粗末なものであった。精製する技術が無かったのである。魔術師であれば毒薬の類いの知識は当然あり、飲む前に気付かれてしまうのは目に見えていた。
 一方、眠り薬は数種匂いがなく、味も酒に混ぜれば消せる様なものが存在していた。これは少量であれば魔術師でも見極めることは難しかった様で、それも白い粉となれば一つしか考えられなかった。
「ダシルタの樹液だな。ったく…俺にあんなちゃちな眠り薬は効かねぇが、お前らはぐっすり眠りこけてたな。」
 ルーファスはそう言いながらウイツへと視線を向けると、ウイツは顔を引き攣らせたのであった。
 そもそも魔術師は薬学を専門的に学ぶ上、毒薬は身を守るために必須なのである。その魔術師が眠り薬を気付かずに盛られた上に眠りこけたとなれば、その能力を疑われても仕方無いといえる。
「反論はしないよ。私が油断していたのが悪いんだからね。」
「そりゃ、あんな愉快な爺さんじゃ油断もするわな。で、あの村長の爺さんは知ってたんか?」
 そう言いつつルーファスが男へと視線を戻すと、その男だけでなく、周囲の男達が皆一様に泡をふいて青冷めていた。
「こりゃ…。」
 ルーファスは急いで魔術を解いて男を見ると、どうやら毒がまわっているようであった。そのため、ルーファスは男達へと解毒の魔術を施そうとした時、何処からともなく声が響いてきた。
「今度は敵を助けるとはね。いやはや、随分とお人好しですねぇ。」
 その声にルーファスらは体を強張らせた。それは…あのアーネストのものだったからである。
「ウイツ、暫く時間稼げるか?」
「任せろ。」
 ルーファスとウイツは小声でそう申し合わせると、ウイツは直ぐに見えぬ敵に向かって叫んだ。
「隠れてないで姿を見せろ!」
 だが、声の主は姿を見せるどころか嘲る様に言葉を返した。
「おやおや、今度は何ですか?仲間意識ですか?くだらない…これだから人間は弱いのです。」
 そう聞こえたかと思うや、不意にウイツへ向かって矢が飛んできたため、彼は剣で叩き落とそうとした。しかし、それはただの矢ではなかった。
「っつぅ…!」
 ウイツはあまりの痛みに呻き、その場へと膝をついた。その頃にはルーファスも全員の解毒が終わっており、直ぐ様ウイツへと駆け寄った。
「ウイツ、大丈夫か?」
「こりゃ…たまらんなぁ…。」
 見れば出血しているわけではない。ただ、痛みだけか残るのである。しかし、ルーファスにもそれが何なのかが分からずにいた。後ろではヴィルベルトらが心配そうに見ている。
「全く、何をしとるんじゃ。」
 そこへまた声が響いたが、それは女公爵の腕輪からであった。
「大神官殿…これは何なんですか…?」
 ウイツは未だ痛みが取れずに顔を歪めながら問うと、大神官は事も無げにこう答えた。
「それは光の矢じゃよ。外傷が出来る訳ではないが、精神に直接作用して痛みを齎すのじゃ。随分と古い魔術で、今もこれを扱えるやつは幻視使い位なもんじゃ。ま、妖魔は別じゃがの。」
 大神官はそう言って悠長に笑っていたが、やられたウイツにしてみれば笑い事では済まされない。だが、そんなウイツに大神官が祝福を与えると、その痛みは瞬く間に消え去ってしまったのであった。
「大神官殿…助かりました。」
「いや、これくらいどういうこともないわい。」
 そう大神官が言った時、ルーファスらの目の前に憎々しげな表情を見せてアーネストが姿を現した。
 アーネストに最初に気付いたのは女公爵であり、彼女は直ぐに彼へ…いや、彼の中の妖魔へと眉を潜めて問った。
「汝、何故にこの様なことを?」
 その問いに、妖魔はニタリと下卑た笑みを浮かべながら返した。
「あなた方が邪魔なだけです。全く…第二位と第四位の魔術師と女公爵、その上にかの大神官の記憶の断片とは…。あなた方は私にとって禍。故に、その禍の根元を断つことは利に叶うこと。」
 その顔を狂気で歪ませながら妖魔はそう言った。それには流石の女公爵もゾッとしたのであった。ルーファスやヴィルベルト、ウイツすらも嫌な汗をかいていた。
 そこで、今度は大神官が妖魔へと話し掛けた。
「貴様のことは知っておる。今は棄てられたかの街にて行われた魔術実験により生まれた妖魔であろう?元は伯爵の一人娘であった…」
「それ以上語るな!」
 妖魔はカッと目を見開くや再び光の矢を放ったが、今度はルーファスの魔術によって阻まれた。そして大神官は再び語りだした。
「汝は憎しみより産み落とされた。じゃが、今も人間の心を保っておろう。そうでなくば、あのエネスに封じられることはなかったはずじゃからな。」
「黙りおれ!」
 妖魔は叫んだ。
 大神官の語ったことは、この妖魔にとって他人に知られたくない秘密であり、自らの心の奥底に眠らせた真実なのであった。

 ミストデモンと呼ばれる妖魔は、元は一人の美しい女性であった。
 その昔、今は廃棄されたその街の一帯をテーネセルシェと言う伯爵が治めていた。この伯爵には娘が一人おり、その名をセシルといった。
 ある時、セシルは公爵家へと嫁いだが、二年程で実家である伯爵家へと戻された。その理由は、セシルが子を成せぬ体だと知ったからであった。
 実家に帰ったセシルは父である伯爵に大いに責め立てられた。それこそ嘆くことさえ許されぬ程に…。
 それと同じ頃、その街では禁忌の実験が行われようとしていた。
 それまでの実験では動物などを使っていたが、造り出された端から処分されていた。意志疎通が出来ない上に体は非常に脆く、兵器としては使えなかったのである。
 そこで、人間を使うことで命令を実行させられるのではと考えたのである。戦の狂気と言えよう。
 この街では最初の実験として孤児を使う予定であったが、そこにセシルが代わりに使われることになった。セシルの父が権力を使って捩じ込んだのである。使えぬ娘…故に、代わりに兵器となって尽くせと言うわけである。それが巧くいけば、危うくなった公爵家との仲も修復出来ると考えてもいたのであった。
 だが、実験は失敗に終わった。実験の途中で大爆発が起こり、セシルの遺体さえ回収出来ぬほどに全てが灰となったのである。
 魔術師達は未然に防御結界を張って身を守ったが、それでも多くの死傷者を出す惨事となってしまったのてあった。
 だが、その中にあって掠り傷一つ負わずに済んだ男がいた。その男は仲間の手当てに奔走し、仲間には強運なる魔術師と言われた。
 その男は数日は何もなく日々を過ごしていたが、その後に少しずつではあるが変化が訪れた。言動がおかしくなって行き、次第に凶暴化していったのである。そして遂に…仲間へと牙を向けるに至り、周囲にいた十人の魔術師がその魔術師を結界で捕縛したのであった。
 捕縛された魔術師は暫く暴れていたが、ふと体から霧のようなものが出ていったのである。それ故に、それを“ミストデモン"と呼ぶようになったのであった。
 この妖魔であるが、決して女魔術師に憑くことはなかった。男の魔術師だけに憑き、男の魔術師だけを襲うことで有名な妖魔なのである。
「実験を止めようとセシルを庇ったのが、伯爵家に雇われていた女魔術師ただ一人だったんじゃ。他は皆口を鉗むか伯爵に合わせとったが、その中にあってさえ女魔術師は伯爵へと嘆願した。しかし、伯爵はその行為を自分への反逆とみなし、その女魔術師を投獄したんじゃよ。故に、ミストデモンと呼ばれるそやつは、決して女魔術師に憑くことも攻撃することもせんと言われとるんじゃ。」
 大神官は目の前の妖魔…ミストデモンの声を無視し、そこまで一気に語った。ミストデモン自身も諦めたように攻撃の手を止め、その場にただ立ち尽くしていた。
 そんなミストデモンに、大神官は再び口を開いた。
「汝、何故エネスを殺さなんだ。殺そうと思えば、いつでも出来たであろうに。」
 その問いに、意外にもミストデモンは直ぐ様返した。
「我と同じだったのだ…。」
 思わぬ答えに、ルーファスらは眉を潜めてミストデモンを見た。一体何を同じだと言うのかが分からなかったのである。
 しかし、そんなルーファスらを他所に、大神官と女公爵はそれを理解していたようであった。
「エネスは…子を産めぬ体であったか…。」
 女公爵がそう囁くように言うと、ミストデモンは寂しげな表情をして女公爵を見て言った。
「汝も同じようだな…。」
「ああ、我も同じ。子を成すことの出来ぬ体だ。しかし、我が夫はそれでも構わぬと言い、この我を迎え入れてくれたのだ。」
 女公爵のその言葉に、ミストデモンは項垂れて返した。
「そう…か。我にもその様な者が居てくれたなら、また違った人生だったやも知れぬな…。だが、もう遅いのだ。動き出した歯車を止めるには…もう遅い…。」
 そう言った刹那、ミストデモンはその姿を霞の如く掻き消し、後にはルーファスらと狼狽える村人だけが残されたのであった。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧