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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
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 三人はセブスから北へと向かった。途中、幾つかの村や町を通ったがこれといった問題もなく、後一息で目的地へと辿り着けそうであった。
 だが、通ってきた村や町が全く変わりない…と言う訳ではなく、三人は立ち寄った先々で情報収拾を行い、あることに気付いたのであった。目的地に近付くほど、ファルケルの影響が強くなっているのである。
 そうは言うものの、別に貴族や魔術師に敵対する者はなく、人々の暮らしは至って普通であり、飽くまで宗教的な意味合いでの話である。
 とある村を出て暫くし、三人は飲み水の確保と休憩がてらに馬車を停めた。馬にも水と餌を与えるためでもあった。
「しっかしなぁ…あの村、どこ行ってもファルケルの肖像が飾ってあんだもんなぁ。ありゃ傑作だったぞ。」
「ルー。別に強制されて飾っている風ではなかったし、単にファルケルを信奉していると言った感じだ。何を信じるかは個人の自由だろう?」
「ウイツ。お前だって吹き出しそうになってたじゃねぇかよ。」
「まぁな。あれだけどこへ行っても飾ってあれば、そりゃ笑いたくもなる。特に、あの宿屋にあった特大の肖像…もう少しで大笑いするとこだった。」
 ルーファスとウイツは革袋に水を入れながら、先に立ち寄った村の事を可笑しそうに話していたが、それを聞いていたヴィルベルトは気が気ではなかった。どこで間者が聞いているか分からない土地なのだから、彼の心配は尤もである。
 ところが、ルーファスもウイツも村を一歩出ればこの有り様で、まるで敵に手招きでもして出てこいと言わんばかり。
 そんな二人に、とうとうヴィルベルトは意見することにしたのであった。
「師匠もウイツさんも、もう少し状況を理解して下さい!そんなこと言っていて、もし何かあったら困るじゃないですか!」
 ヴィルベルトの言葉に二人は顔を見合せ、そして何ともないと言った風に返した。
「別にいいじゃん。敵が来たら来たで、捕まえて道案内でもさせりゃ便利だしな。」
「そうだな。こうも退屈だと体も鈍るしな。」
「またそんな…。」
 二人の返答に、ヴィルベルトは一人深い溜め息を洩らした。
 良く良く考えれば、この二人は高位の上級魔術師である。普通、これだけ力のある魔術師が揃って旅をすることはない。ウイツとて本当は公爵に仕えているわけで、本来ならこの様な旅をしているはずはないのである。
 ルーファスとて仕事など引く手数多なのであるが、その気質故にこうして旅をしている訳で、ヴィルベルトはそんな巡り合わせを不思議だと感じた。
「ヴィー、何してんだ?置いてくぞ!」
 木陰で考えごとに没頭していたヴィルベルトに、ルーファスがそう言って呼んだ。どうやら出発するようである。
「はい、今行きます。」
 そう返してヴィルベルトが立ち上がった時であった。突然顔の横を何かが掠め、木の幹にその何かが突き刺さったのである。
「…っ!?」
 それは見るまでもなく矢であった。少しでもずれていたら、それは間違いなくヴィルベルトの頭に刺さっていた。
 ヴィルベルトは矢を見るなり血の気が失せ、その場にへなへなと崩折れた。そんなヴィルベルトの元へ、ルーファスとウイツは慌て駆け寄った。
「ヴィー、大丈夫か?」
「は…はい、師匠。」
 ルーファスはヴィルベルトの手をとって立たせた時、ウイツは剣を抜いて二人に言った。
「おい、そんな暢気にしてる場合じゃない様だぞ。」
 そう言われて視線を変えると、川向こうから十数人程の兵らしき者達が姿を見せた。
「歓迎されてるみたいだな。」
 ルーファスはそう言うとヴィルベルトを背後へと下がらせ、自らも剣を抜いた。
 兵らしき者達は直ぐ様川を渡り、素早い動きで三人を囲んだ。だが、何か様子が変であり、まるで三人の出方を見ている様であった。
「お前達…ファルケルの手の者か…?」
 ウイツがそう問うや、それが合図とばかりに奴らは三人へと斬りかかってきたため、ウイツとルーファスはそれに応戦したのであった。
 しかし、ここで問題が一つあった。ヴィルベルトは全く剣を使えないのである。その上、魔術も未熟であり、自分の身を守ることも儘ならない。故に、ルーファスとウイツはヴィルベルトを守りながら戦わねばならず、苦戦を強いられていたのである。
「ヴィー、自分に護りの魔術を使え!」
「はい!」
 護りの魔術とは、ルーファスがヴィルベルトへ教えた最初の魔術である。直接、間接問わず、攻撃を防ぐ魔術であるが、本来ならば第四級以上の魔術師でなくば使えない。
 ルーファスはヴィルベルトが剣を扱えないことと、魔力が強いことからこの魔術を教えた。自分を護るためには必要な魔術であったが、ルーファス自身が護り切れないと判断した時のみ使用する制限付とした。かなり力を消耗する魔術だからである。
 さて、ヴィルベルトが呪文を唱え終えるのを確認するや、ルーファスは一気に体制を立て直した。そして敵をその剣で次々に打ち倒したが、その数は一向に減る気配がない。困惑したルーファスは剣を振るいながらウイツへと問った。
「ウイツ!こりゃどうなってんだっ!?」
「私に聞くな!どこかに転移の術式でも刻んであるんじゃないのか…って、しつこい!」
 ウイツは食らい付いてくる敵を蹴り飛ばしながら言った。
 ルーファスは敵の攻撃を受け流しながらそれらしき印を探したが、こう敵が多くては思うように動けない。そのため、彼は眠りの魔術を行使することにしたのだが…。
「…どうなってんだ?」
 剣を操りながら呪文を唱えたとは言え、ルーファスの魔術は完成されていた。しかし、敵の動きは何も変わらず、ルーファスを更に困惑させた。
 ルーファスはそれ以前から引っ掛かるものはあった。
「こりゃ…まさか…。」
 ルーファスらは、敢えて敵を打ち倒すことはしても斬り倒すことはしなかったが、ルーファスは自分の推測を裏付けるべく、迫った敵を斬ったのであった。
「やっぱりなぁ…。」
 斬った剣には血が一滴も付かず、それどころか斬った敵から血が飛び散ることもなかった。
 ルーファスが引っ掛かっていたのは、敵から生気が全く感じなかったと言うことなのである。見た目は人間なのだが、斬った感触はまるで人形なのであった。
 迫りくる敵の正体は分かったが、それは斬っても全くダメージが伝わらず、魔術であれば系統を知らねば解けない。
 そこでルーファスが攻撃魔術を行使しようとした時であった。
「苦戦しているようだな。」
 不意に声が聞こえてきたため、ルーファスらは人形を蹴散らしつつ視線を変えると、そこには馬にまたがった女公爵がいた。
「叔母上!なぜこんなとこに来てんだよ!」
「随分な挨拶ではないか。」
 女公爵は供と共に馬を降り、人形の手足を斬りつつルーファスの元へとやってきた。
「所用があってファルの街長のところへ出向いて来たのだ。来てみればセブスの村が焼き討ちにあい、避難してきた村人をお前たちが助けたと言うではないか。その上ファルケルを追って北へ向かったと聞いてな、ものはついでに来てみればこの有り様だ。」
 女公爵は優雅に剣を操り、話す間も全く隙を見せることはなかった。正確に人形の首を切り落とし、尽く動かぬガラクタに変えている。どうやら最初から人形だと分かっていたようであった。
「この様な呪文、未だ残っておったとはな。」
 女公爵は苦々しげにボソリと言った。
 その時、女公爵が左手首に着けていた腕輪から光が溢れ、その場に動いていた人形共を一瞬で倒した。
「なんじゃそりゃ…。」
 それにはルーファスもウイツも、無論、ヴィルベルトも唖然とした。今までに、この様な魔術を見たことがなかったのである。
 それも仕方無いことで、これは魔術ではなかった。
「いやぁ、済まんのぅ。少し寝とったわい。」
 唖然としている三人の前に、これまた唖然としてしまう人物が姿を現した。いや…浮かび上がったと言う表現が適切かも知れない。
「何でこんなとこに大神官が居るんだよ!」
 突拍子もない声で、ルーファスは見覚えある幽かなその人物へと言った。
 そう、そこにいたのは大神官老ファルケルであった。大神官はさも可笑しそうにしていたが、隣で女公爵が苦笑しつつ言った。
「いや、こやつのことを聞いて大聖堂へ寄ったのだが、どうしても共に来ると言うてな。知らぬ仲でもなし、それではとな。」
「そうじゃなく、何であの大聖堂から出られたってこどだ!そもそも、妖魔の力で残った記憶の断片なんだから、そっから出れる訳ねぇだろうが!」
 ルーファスにそう言われ、女公爵はどう説明したものかと迷った。だが、それには大神官本人が質問で返してきた。
「この腕輪に嵌め込まれて宝玉、何じゃと思う?」
「はぁ?」
 大神官に逆に問われ、ルーファスは女公爵に歩み寄り、その腕輪をまじまじと見た。どこかで見た様な気はするのだが、それが中々思い出せない。ウイツもヴィルベルトも、ルーファスに続いてそれを見たが、それに答えたのはヴィルベルトであった。
「聖ニコライのサファイアじゃないですか!何故こんなところにあるんですか!?」
 ヴィルベルトが叫ぶ様にそう言うと、ルーファスもウイツも一気に顔色を変えてしまったのであった。
 聖ニコライのサファイアとは、聖人十二人の名を冠した宝玉の一つである。今は全て王城の地下に安置されている筈の代物であった。
「えっと…叔母上…?」
 ルーファスは顔を強張らせながら女公爵を見た。それに女公爵は眉をピクリとさせて答えた。
「これは王に許可を得てから貸出してもらっているものだ。変な勘繰りをするでないわ!」
 女公爵はそう言って顔を歪めた。
 大神官はそれが面白いらしく笑っていたが、前の三人は全く笑えない。何故なら、その聖ニコライのサファイアは、かの魔術師クラウスが妖魔撃退に使用したもので、その強大な力は未だ衰えてはいない。下手に使えばとんでもない事態になり、もしあのファルケルの手にでも渡ろうものなら惨事になりかねない。
「お前さん方の心配も解らんではないが、こいつがわしの依り代じゃ。わしがこの中に居る間は、好き勝手に力は使えんよ。」
 ルーファスらの心配を他所に大神官は笑うが、前の三人は半信半疑である。特に、ルーファスとヴィルベルトは大神官が記憶の断片であることを知っており、その状態で至宝の聖ニコライのサファイアを制御出来るかが最大の心配なのであった。
 確かに、あのファルケルであればこの宝玉を持つことは出来るだろう。神聖術者であれば邪気を発することはないからである。
 聖ニコライのサファイアを含む十二の宝玉は、そのどれもが邪気を払う。逆に、それを扱える魔術師には邪気がないとも言え、魔術が純粋な力とされるのはその事実があるからでもある。力とは区別なく強大で恐ろしいものでもあり、故に人々は畏れ、敬うのである。
 ファルケルの狙いがそれであることは分かっているが、それは彼の計画の一端でしかない。それ故に、計画を阻止すべく一刻も早くファルケルのところへと向かわねばならないのである。
「ま、どうにかなるか。」
 ルーファスはそう言うと、一人馬車へと向かった。
 馬車は襲撃前に移動させていたため、あの人形の襲撃より免れていた。無論、馬も無事であり、ルーファスはそんな二頭の馬を撫でてから馭者台に飛び乗った。
「行くぞ!」
 その声に、ウイツとヴィルベルトはやはりと言った風に馬車へと向かい、ウイツは馭者台に乗り、ヴィルベルトは馬車の中へと入った。
 そんな三人に、女公爵は歩み寄って溜め息混じりに言った。
「そう急くこともあるまい。もう夕も近い故、この先のリッケの村で休むとしようではないか。」
 だが、ルーファスは女公爵へと反論した。
「リッケからグリュネは目と鼻の先だ。俺達が村で休めば、さっきみてぇな奴等が攻めて来ねぇとも限らねぇからな。リッケを抜けたとこで野営するのが無難だろ?」
「全く、たまには確りしたことを言うな。少しは成長したと言うことか。」
 ルーファスの意見に頷きながら、女公爵は沁々とした様子でそう言うと、ルーファスはムスッとして言った。
「もうガキじゃねぇんだっての!」
「そうだな。昔は女の子の様であったが、今はこんなに逞しくなったしのぅ。ここまで良い男になろうとは、全く思っておらなんだが。」
 昔話が始まりそうだとルーファスは考え、「話は終わりだ!出発すっぞ!」と言って馬車を出した。女公爵はそんなルーファスに苦笑しつつ、お供と共に馬で後についたのであった。
 ヴィルベルトは師であるルーファスの昔話に興味があったが、藪をつついて蛇を出すのは願い下げであった。一方のウイツは何か知っている様であったが、こちらも触らぬ神になんとやら。二人共黙ったまま、暮れ行く夕の紅く染まった空を、ただただ眺めていたのであった。



 
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