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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  Ⅸ


 老婆の話から、ルーファスはファルケルがグリュネに潜伏していると確信していた。
 しかし、グリュネに行くには、あの焼き払われたセブスの村へ入らねばならず、三人は陽も昇らぬうちにそこへ入ることになった。
 月明かりで三人はそれを見たが、それは目も当てられぬ惨状であった。
「こりゃ…まるで戦の跡だな…。」
 馭者台から降りたルーファスは辺りを見回し、顔を顰めて呟いた。
 家々は全て焼け落ち、そこかしこには焼け焦げた動物や人間の亡骸が転がり、かつてここが村であったことさえ嘘である様な有り様であった。
「このままじゃ亡骸が獣や鳥の餌になっちまう。ウイツ、手伝ってくれ。」
 ルーファスがウイツへとそう言うと、ウイツは馭者台から返した。
「まさか…あれをやる気か?」
 ウイツにはルーファスが何をやろうとしているのか分かった様で、彼はわざとらしく眉を潜めていた。
「そうだ。そう嫌そうな顔すんなっての!こいつらは犠牲者なんだぜ?せめて眠れる場所くれぇやってもいいじゃねぇか。」
「分かったよ。俺は穴を掘るから、掘れしだい声を掛ける…。」
 ウイツはそう言って馭者台から降りると、少し離れた場所へと移動したのであった。
 二人の会話を聞いていたヴィルベルトは、ウイツが馭者台から降りた直ぐ後に馬車から降りてルーファスの元へと走り寄って言った。
「師匠…一体何を?」
「ヴィー、これからやるのは“死者の行進"だ。戦時中に生まれた新しい魔術で、今は使うことは稀な魔術だ。良い機会だから、お前は良く見とけ。」
 ルーファスはそう言うと、ヴィルベルトを馬車まで戻らせ、自らは村の中心へと向かった。
 暫く待っていると、遠くからウイツの声がした。
「用意出来たぞ!」
 その声を合図に、ルーファスは魔術を行使し始めた。だが、それは単なる詠唱ではなく、まるで美しく透き通る音楽の様であった。歌とも呪文ともとれないそれは、白みつつある空へ響き、大地を潤す様であった。
 そうして後、ルーファスの詠唱が終わらぬうちに、その魔術は効力を発揮した。それを見たヴィルベルトは、この魔術が何故“死者の行進"と呼ばれているのかを理解したのであった。
 今にも消えそうな月明かりと、白み始めた朝の淡い光の中、動かぬ筈の遺体が立ち上がり、ウイツの空けた穴へと歩き出したのである。
 それはルーファスの詠唱とは対照的で、焼けた体を引き摺りつつ歩み行く遺体は、まるで地獄の亡者のように見えた。
 それがどれ程続いたのか、最後の亡骸が穴へと身を投げた時、朝日が山間から顔を出して大地に光を注ぎ始めた。そして、ウイツは遺体が横たわる上に魔術で土を盛り、そこへ用意していた大きな岩を墓石代わりに乗せたのであった。謂わば共同墓地と言えよう。
「さて…行くか。」
 全てを終えたことを確認すると、ルーファスはそう言ってウイツ、ヴィルベルトと共に馬車へと戻った。
 だが、ルーファスが馭者台に乗ろうとした時、不意に声を掛ける者があった。
「馬鹿なことを。その様な行為、ただの生ける者のエゴではないか。」
 その声に、三人は体を強張らせて辺りを見回した。すると、焼けた家々のただ中に見知らぬ男の姿があった。
 その男は真っ白な衣に身を包み、見た目は巡礼者の様であったが、その態度は些か傲慢と言えるものであった。
 その男が三人の前まで歩み寄るや、横柄な態度で言ってきた。
「お前達、魔術師か?」
「そうだが?」
 その男の態度に、ルーファスは眉を潜めながら答えた。すると、その男はいきなり神聖術の聖文を唱えた。
「偉大なる神、その深き慈愛の理にて悪しき輩を尽く滅ぼし給え。」
 ルーファスはそれを聞いてカッと目を開き、男が聖文を唱え終える前に素早く返した。
「理を破棄し、我らの盾に!」
 男の聖文とルーファスの呪文は同時に完成したため、ルーファスらは何事もなかった。だが…周囲は違っていた。焼け残っていた家屋が灰となり、村の名残さえ残ってはいなかったのである。
 その力に三人は、この男がファルケルであると確信したのであった。
「お前がファルケルだな。」
「左様、我がファルケルだ。穢れし魔術師共よ。」
 ファルケルはそう言って顔を歪め、恰も穢らわしいものでも見る様にルーファスらを見たため、ルーファスらは顔を顰めた。
 確かに、魔術師の力は“魔"の力をもって術を具現化するものだが、それ自体に悪しき影響はない。純粋に力だけを使っているためである。それは神聖術も同様であり、術を行使出来るからとて本人が神聖である訳ではない。
「聞き捨てならんな。邪な神聖術の使い手よ。」
 ウイツは腹に据えかね、ファルケルにそう返した。すると、ファルケルはその表情を一変させて言った。
「我を邪と言うか。」
「ああ、言うな。罪無き人々の命を奪っておいて、何故お前が神聖なものか。」
 ウイツがそう返すや、ファルケルは一歩前へ歩み出て大声で言い返した。
「神を信仰せず、世の貴族に取り入ってばかりの村だ!その様な人間を討ち滅ぼして何が悪いと言うか!」
 ファルケルはまるで自らが神の使者であると言わんばかりに、目を見開いてその怒りを顕にした。
 そんなファルケルに、ルーファスは飽くまで冷静に言葉を返した。
「それじゃ聞くが、お前は何で焼き払った村から金品を奪い取ったんだ?お前の信仰の対象たる神は、汝人のものを盗むなかれと説いているのによ。」
「魔術師風情が神を語るとは。言っておくが、我は選ばれし者だ。我が討ち滅ぼした者の金品は、我が報酬とされておるのだ。」
 ファルケルは、さも当たり前だと言わんばかりにルーファスを鼻で笑った。
 だが、ルーファスはそれに対しても言葉を返した。
「だったら、それは血の対価だな。穢れた金は人を蝕む。ファルケル、お前は確かに選ばれたが、それは神にじゃねぇ。」
「では、何だと言うのだ?この神聖な力は神より賜ったものに他ならぬ。」
「違う。その力は単に血筋からきたもんだ。神から選ばれたと思い込んだお前は、その心を悪魔に魅いられたんだ。」
 ルーファスは、そう言ってファルケルの精神の弱さを露呈させた。それが証拠に、ファルケルは見る間に顔を紅潮させて怒鳴った。
「黙りおれ!」
 ファルケルのそれは、まるで悪戯を咎められている子供の様で、自分は正しく、咎めている者が間違っていると言った風であった。いや、自らが過ちを犯していることにまるで気付いてない分、ファルケルは手に終えなくなる可能性があった。彼の場合、自分だけが正しいのだ。
「ファルケル様、この様な所へ御出になられておりましたか。」
 ルーファスが動こうとした時、何処からともなく不意に青年が現れた。そのため、ルーファスだけでなく、ウイツもヴィルベルトも身構えて様子を窺った。
「アーネストか。」
 ファルケルは男をそう呼び、アーネストと呼ばれた男は恭しくファルケルの元に膝をついて言った。
「ファルケル様。僭越ながら、この様な下賤の輩と戯れに言葉を交わされるのは如何なものかと。貴方様の神聖さが損なわれることはありますまいが、万が一体調を崩されては一大事。さ、早くお戻り下さい。」
 アーネストはペラペラと良く喋った。その内容は、前の三人を怒らせるには充分であったが、ウイツが何か言おうとした時、いきなりファルケルは聖文を唱えた。
「我が行くべき場所、我の在るべき処。過ぎ去りし時と来るべき時を繋ぎ、我を座へと導け!」
 聖文が完成した刹那、ファルケルとアーネストはその姿を消し去ったのであった。残ったのは灰となった村跡と朝の光だけである。
「ったく…逃げやがったか。」
 ルーファスはそう言って舌打ちした。その時、後ろにいたヴィルベルトがルーファスへと問い掛けた。
「師匠…あの聖文、移動の術ですよね?確か魔術にも同様の呪文がありましたが、かなりの高位魔術だった筈ですけど…。」
「まぁな。俺もウイツも使えるが、これがまた不便なもんなんだ。」
「不便…ですか?」
 ヴィルベルトは首を傾げ、不思議そうに聞いた。一瞬で移動出来るのだから、逆に便利ではないかと考えたのである。
 そのヴィルベルトの問いに気付いてか、ウイツが溜め息混じりに返した。
「移動魔術は印を刻んだ場所でないと移動出来ないんだ。これは神聖術も同様で、それもかなり魔力や神聖力を擁している土地でないと印を刻めない。どこでも自由に…って訳にはいかない術なんだよ。」
 そう説明され、ヴィルベルトはガッカリした表情を見せた。
 移動魔術はかなりの危険を伴うため、本当は使用を禁じられている。上級魔術師ですら、余程の事がなくば使用しないのが通例なのだ。
 但し、ある一定の条件が揃っていれば、それを移動手段として用いる。それは移動する場所が完全に固定化されている場合である。主に王城内に設けられた印を刻んだ部屋があり、各地方の領主の館に同様の部屋が作られ、これが出入口として使われている。
 尤も、これは国に仕える魔術師のみが使用出来るもので、それも限られた魔術師のみ。全ての国家魔術師に許可すれば、国の機密が漏れかねないためである。このリュヴェシュタンで許可されているのは、ルーファスの師であるベルーナ・コアイギスただ一人であった。
 これらを考えると、ファルケルは危険を無視し、それを無造作に使用したことになる。となれば、彼は少なからず一定の場所を住み家としていると考えられた。場所の名を特定せずに神聖術を行使したためである。
「しかしなぁ…あのアーネストって奴、どっかで…。」
 消えた二人がいた場所を見つつ、ルーファスは腕を組んで何かを思い出そうとしていた。その横で、ヴィルベルトとウイツは急いた様子で師に言った。
「師匠、早く追いましょうよ!」
「ルーだったら足跡を辿れるだろ?何やってるんだ。」
 そんな二人を余所に、ルーファスは尚も記憶を遡り、そして思い付いた様に手を叩いた。
「そうか!あいつ、ギルベルト家の次男だ!」
「は?ギルベルト家って…まさかあの…?」
 ルーファスの言葉に、ヴィルベルトは困惑した様子で返した。ウイツも首を傾げながらルーファスを見ている。
 ルーファスの言ったギルベルト家とは、近年没落の一途を辿る貴族である。数年前までは当主のアルグレオが王都近辺の土地を守っていたが、とある事故で命を落とし、その後に長男が当主となった。だが、この長男は体が弱く、それを補佐していたのが次男アーネストであった。
 しかし、四年前にアーネストは失踪し、それ以降アーネストを見た者はいない。アーネストの失踪後、長男は病で亡くなり、今は三男がどうにか当主を勤めてはいるものの、その衰退ぶりは目にみえる程なのである。
「だが…なんでそんな奴がこんな所へ?確か、弱いとは言っても次男は魔術師だった筈。それが何で神聖術者のファルケルなんかと…。」
 ウイツはルーファスに問った。ウイツは直接アーネストに会ったことはなかったが、噂程度ならば知っていたのである。
「分からねぇよ。ただ、当主が代わった時にギルベルト家へ師匠と呼ばれてな。それで顔を知ってたってだけだ。尤も、奴は俺のことなんざ憶えてねぇみてぇだったがな。」
 ルーファスは頭を掻きながら、さもどうでもいいと言った風に返したが、それでも相手は貴族である。衰退しているとはいえ、ギルベルト家は侯爵なのである。ルーファスと同等であり、容易くことが運べる相手ではない。
 貴族は貴族では裁けず、王または王に選出された侯爵以上の貴族でなくば裁けないのが国の律法なのである。そのため、ウイツもヴィルベルトも頭を抱え、これからどうすべきかを考えていた。だが、ルーファスはあっけらかんと「ま、どうにかなるさ。」と言って馬車へと移動したのであった。
「師匠!相手が相手なんですから、そんなんじゃ…」
「ここで考えたって埒が明かねぇだろ?先ずは進むこった。」
 ルーファスがそう言ったので、ヴィルベルトは渋々師に従って馬車へと向かった。そんなヴィルベルトに、ウイツは溜め息混じりに言った。
「ま、ルーの言う通りだ。成るようにしか成らないからな。要は奴らの計画を阻止することが肝心だからね。」
 ヴィルベルトにもそれは理解出来てはいたが、それでも不安であることに変わりはない。二人には力も位もある上、ルーファスは侯爵、ウイツには伯爵と、家の力も働いているのである。ヴィルベルトには位も無く、無論ながら家はただの商家なのであって大した力はないので、不安になるには充分であった。
「ヴィー、そんなに考えんなよ。お前は俺の弟子なんだぜ?それで不服ってのか?」
 ルーファスが見透かした様にそう言って、ニッと笑みを溢した。その瞬間、ヴィルベルトの不安は一掃された。
「いいえ!別にそう言うんじゃありません!」
 そう言ってヴィルベルトは口を尖らせて馬車へと乗り込んだため、ルーファスとウイツは苦笑しつつ馬車を出したのであった。
 朝日が昇り、周囲を光が満たしている。それは緑の山々や草原にも、焼き払われて灰になった村にも平等に注がれていた。幸も不幸も関係なく、それは全てを映し出しているのであった。




 
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