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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  Ⅶ


 ルーファスらが街を出た時には、既に昼近くになっていた。ルケには半日程の道程とは言うものの、そう悠長に行く訳にはいかない。
「馬達にゃ悪いが、もう少し跳ばしてもらわねぇと…。」
 ルーファスはそう言うや、二頭の馬に鞭を入れた。馬は主の考えが分かったらしく、その速度を速めてルケの村へと急いだ。
 馬車の中では、ヴィルベルトが揺れを我慢して何やら呪文を唱えていた。
「…ここより離れ、我が道を直くせよ!」
 かなり長い呪文を唱えていたようで、ヴィルベルトは揺れと詠唱で草臥れていた。ルーファスであれば一言二言で済むのだが、ヴィルベルトでは未々無理である。
 ヴィルベルトが詠唱を終えた途端、馬車の中の揺れは止まった。余りに長い呪文なため一般的ではないが、彼が唱えた呪文は空間制御の魔術なのである。
 この魔術は、元は妖魔を空間へ閉じ込めて倒すために編み出されたものであったが、それを小規模な魔術へと変化させたものである。
 だが、先に述べた通り、この魔術は呪文が長い。そのため大半の魔術師は使用することは稀で、ヴィルベルトの様に馬車に慣れない者が時折使用する程度が現状と言えよう。
「ヴィー、またそれ使ったんかよ。」
「だって師匠…こうも揺れるとこっちは大変なんですよ!」
「全く、ヴィーはお子様だな。」
「お子様でも何でも構いません。僕はこの方が楽なんです!」
 ヴィルベルトは不貞腐れたように言うが、ルーファスはそんなヴィルベルトが面白くて笑っていたのであった。
 暫くは何事もなく、馬車は閑な風景の中を走っていたが、途中から山の中へと入った。ルケの村は山間にあるため、この山道を抜ければ直ぐである。この山さえなければ半日とかかならいであろうが、山を退かす訳にもいかず、馬車を通すために曲がりくねった道を作ったのであった。
 だが、その山道を半ばまできた時、山の一部がいきなり崩れ、ルーファスはその手前で何とか馬車を止めて難を逃れた。しかし、どうもそれは自然なものではないと気付き、ルーファスは苛立って馭者台の上から叫んだ。
「誰だ!姿を見せろ!」
 そしてルーファスは馭者台を飛び降り、剣に手をかけて辺りを見回した。
 急に停められた馬車の中でも、空間制御の魔術によってヴィルベルトは何事も無かったが、ルーファスの声にヴィルベルトは慌てて外へと出て言った。
「師匠、何があったんですか!?」
 だが、そうヴィルベルトが言い切る前に馬車の周囲を十数人の男共が囲み、それに驚いたヴィルベルトは直ぐにルーファスの後ろへと回った。
「お前ら、一体何者だ?」
 ルーファスはヴィルベルトを背後に庇いつつ、睨みを聞かせて問った。ルーファスが見た所、その中には二人の魔術師がいた。とは言うものの、さして高位の魔術師ではなく、周囲の男共も山賊紛いの手下といったところであり、これといって力があるようには見えなかった。
「魔術師と山賊擬きが何してんだ?」
 ルーファスがそう言った時、男共がざわめいた。
「な…なぜ魔術師がいると?」
 目の前の男が顔をひくつかせて言った。どうやら分からないと考えていたのだろうが、それをルーファスに見破られて狼狽している風である。
「そりゃ分かるさ。ってか、お前とその後ろの奴だろ?魔術師は貴族階級の奴にしかその力は受け継がれねぇ。お前、どこの土地の奴だよ。」
「黙れ!」
 男は一歩後退ってそう返すと、周囲に合図を送った。すると、周囲の山賊紛いの男共がルーファスらに襲い掛かった。
 しかし…。
「風よ、戒めとなれ!」
 ルーファスは直ぐ様そう言うや、男共は次々に地へと叩きつけられ、そのまま動きを封じられてしまったのであった。
 それを見た二人の魔術師は顔を蒼くしてしまった。
「貴様!何でそんな短い呪文で魔術を行使出来るだ!?」
「鍛練と才能だ。」
「そんなんで出来る訳ないだろうが!」
 二人の魔術師は見事に声を揃えて叫んだが、ルーファスはこれといって気にする風でもなく、ただ自分の問いに答えない二人に苛立ちを覚えて言った。
「地よ、我が敵の足を捉えよ!」
 すると、二人の魔術師は足の半分ほどを地面へと埋もれさせられたため、慌てふためいて尻餅をついてしまった。そこへルーファスが歩み寄って来たため、蒼い顔を強張らせてルーファスを見上げることとなった。
「よう、お二人さん。何で俺が聞いてんのに無視すっかなぁ。さて、どうしてやろうか。」
「すみません!申し訳御座いません!喋ります!喋りますから、どうか命だけは!」
 二人の魔術師は暫くそう謝罪し続けたため、ルーファスは仕方無く魔術を解いて二人を解放した。
 その時、今まで後ろにいたヴィルベルトがふと二人を見て、その内の一人を指差して言った。
「あなた…エッケホルトさんじゃないですか!何でこんなとこで山賊紛いなことしてるんですか!?」
「ヴィー。お前、こいつ知ってんのか?」
 ルーファスは指差された男を見てヴィルベルトに問った。
「はい。以前、父と商談の席でお会いしたことがあります。確か…ゲシェンクの商人との取引の仲介の件でだったと思いますが。」
「お前…親父の商談に同席してたのかよ。」
「七歳の時から同席してましたよ?」
「…。」
 ヴィルベルトの答えにルーファスは些か顔を攣きつらせつつも、直ぐに振り返ってエッケホルトなる男へと言った。
「お前、何でこんなことしたんだ?あっちでくたばってんの、山賊崩れの手下だろ?」
 ルーファスの問いに、エッケホルトは「お前に話すことじゃない。」と恐々としながらも突っ撥ねたが、後ろで縮こまっていた男がエッケホルトに言った。
「エッケホルト。この方…あのルーファス様じゃないのか?」
「まさか。あの方がこんな貧相な場所におられる筈はない。」
「しかし、この魔術の速さといい、あの美しい銀髪といい…」
「ルッツ、ルーファス様がこんな喋り方をすると思うか?かのシュテンダー侯爵家のお方で、この大陸第二位の偉大なる魔術師だ。こんな子供じみた喋りをするわけがないだろうが。」
 二人がそう話しているのを、ヴィルベルトはハラハラしながら聞いていると、当のルーファスがニッコリと笑みを見せて言った。
「俺がこんな喋り方じゃ、親父にも師であるコアイギス様にも迷惑だってのか?」
 その言葉に、エッケホルトもルッツも震え上がった。
「まさか…ルーファス様…で、あらせられますか…?」
「だったら悪ぃかよ!」
 怒鳴られた二人は地面に額を擦り付けて言った。
「いえ、滅相も御座いません!ご無礼、何卒ご容赦下さいませ!」
 そういって再び平謝りが続いたのであった。
「師匠って、大陸第二位の力を持ってたんですねぇ。全く気付きませんでした。」
「ヴィー…。俺はな、別に他人と力比べがしたくて魔術師やってんじゃねぇんだ。自分が何位だとか関係無ぇんだよ。」
「でも、師匠の師って、あのベルーナ=コアイギス殿だったんですね。彼女はこの大陸第一位の魔術師なんですから、誇っても良いのではないですか?」
 ヴィルベルトの言葉に、ルーファスは心底嫌そうな顔をして返した。
「別に、そういうのもどうでもいいっての…。コアイギス様には頭上がんねぇけどよ。でもな、それとこれとは話が別だ。」
「そんなものですかねぇ。」
 ヴィルベルトは仕方無しと言った風に話を切ることにした。ルーファスがそうした話を嫌いなことは知っているし、それ以上に、実家の話をすることを極端に嫌う。それ故、先程エッケホルトとルッツの話に侯爵家の名が出たため、ヴィルベルトは気が気ではなかったのである。
 師が本当に怒る時、山一つ吹き飛ばしかねない程の力を行使する。自分のことは棚に上げてはいるが…。
「それでだ。もう一度聞くぞ?お前ら、何でこんなことしてんだ?」
 ルーファスは二人を睨みつつそう言うと、二人は姿勢を正し、声を揃えて答えた。
「ファルケル様のご命令です!」
 二人の答えに、ルーファスとヴィルベルトは顔を見合せた。そして二人に向き直り、ヴィルベルトが訝しげに質問した。
「あの…ファルケル様って、あの大神官老ファルケル殿の甥の?」
 そう問われ、エッケホルトはまるで神聖な使命とばかりに言った。
「その通りです。彼のお方が資金を集めるよう我々にお命じになり、そのために…」
「山賊になったってのか!?そりゃお前、おかしくねぇか?」
 ルーファスは顔を引き攣らせながら言い、隣のヴィルベルトは呆れ顔で二人を見ている。
 話を聞くと、ファルケルがどういう人物であるかが徐々に分かってきた。とは言っても、二人はファルケルを神聖化しているので、そこは話半分として聞かねばならなかったが。
 二人の話によれば、ファルケルは神聖術を完璧に操ることが出来、その業で人々の信仰を集めているという。だが一方で、その人々に自分へと寄進をするよう促しているという。寄進された金銭は救済のために使われると言っているらしいが、ルーファスらはそれらしい行いを全く知らないし、噂にすら聞いたことはない。
 元来、神聖術者も魔術師も同様に、その力を私腹のために使う者は少ない。身一つでどうとでも出来るため、あまり多くを求めることはなく、あの大神官老ファルケルのように慎ましやかに暮らすのが一般的なのである。魔術師が貴族階級とはいえ、その生活内容がさして豪奢なものではないのもそれが理由である。まぁ、外面を保つためにそれなりではあるが。
 尤も、力を行使して金品を得ることは、国の許可が無くば行えない。
 魔術師は貴族階級であるため元から許可を得ているが、それでも試験を行って合格せねば行使することは許されず、違反すれば更迭され、数年は監視をつけられる。
 それは神聖術者も同様。神聖術者の場合はマグヌス大聖堂の許可が必要で、ファルケルは国と宗教の律法を破っているのである。
 それに加え、ルーファスはダヴィッドから聞いた話も思い出していた。
 もし、この金が国を脅かすことに費やされでもすれば、このリュヴェシュタン王国だけでなく、大陸全土が再び混沌とした時代へと逆戻りしかねないのである。
「大神官殿は、これを危惧していたのか…。」
 エッケホルトらの話を聞き終え、ルーファスは溜め息混じりにそう呟いた。ヴィルベルトはその呟きを理解出来たが、エッケホルトとルッツにはさっぱりの様で、そんな二人にルーファスはきっぱりと言った。
「お前らさ、騙されてっぞ?」
 ルーファスの言葉に、エッケホルトとルッツはポカンとしてしまったが、少しして顔を紅潮させながら怒鳴り散らした。
「無礼ではないか!何も知らぬのに、よりによってファルケル様を侮辱するようなことを!」
「全くだ!あのお方は我らには及びもつかぬ偉大なるお考えをお持ちなのだ!」
 余りの煩さに、ルーファスは「黙れ!」と怒鳴り返すと、二人は驚いて黙した。いくら考えが違うとは言え、目の前にいるのは大陸第二位の魔術師であり、到底勝ち目のない人物なのである。恐ろしくない…とはとても言えなかったのであった。
「そんじゃ聞くけどよ。そんな偉大なお方が、何でお前らなんぞに資金集めてこいって命じたんだ?」
「そ…それは…。」
 ルーファスの問いに、エッケホルトもルッツも口籠ってしまった。
 この大陸では、優れた思想家に貴族が支援するのは当たり前であった。にも関わらず、その貴族の支援もなく、庶民に寄進を促し、あまつさえ他にも金を集めてこいなどとは以ての外である。それを何も考慮せずに行った目の前の二人はどうかしているとしか思えないが…。
「だが、あのお方は奇跡を起こされるのだ!神に選ばれしお方なのだ!」
 ルッツは未だファルケルを信用したいのかそう言うが、ルーファスは正直、もううんざりしていた。
「馬鹿か?本当に神に選ばれたんならよ、金なんぞなくても、どうにかなるってもんじゃねぇのか?金金言ってんのはな、金貸しかボンクラ貴族か詐欺師だっつぅの!」
 ルーファスがそう怒鳴ると前の二人は俯き、もう何も言い返すことはなかった。何か思い当たることでもあったのだろう。
「分かったらな、あそこで寝てる奴等を縛り上げとけ。俺達は急いでんだよ。後の始末はてめぇらでやっとけ。ただし…。」
 ルーファスはそこで言葉を切り、エッケホルトとルッツを睨み付けてから後を続けた。
「また同じことがあった時、お前らの顔があったら…有無を言わず殲滅させてもらうかんな。」
「は、はい!」
 エッケホルトとルッツは真っ青な顔に冷や汗を浮かべてルーファスの前から離れ、昏倒している山賊崩れ共を縄で縛り上げたのであった。
 それを見届けたルーファスとヴィルベルトは崩れ落ちた土砂や岩を魔術で片付け、そのまま馬車に乗って立ち去ったのであった。
 だがその後、ルーファスらがそこで会った二人の魔術師の姿を見た者はいない。




 
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