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魔術師ルー&ヴィー

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第一章
  Ⅳ


 二人がバーネヴィッツ公の館を発ってから、早二十日が過ぎようとしていた。
 魔術師二人の旅にこれといって変わったこともなく、全くと言って良い程に問題はない。たとえ盗賊などに出会したとしても、逆に相手が哀れというものである。
 尤も、馬車では旅費がかかりすぎ、貧乏性の二人には使えないだけなのだが。
 さて、二人は本街道にある第二位の街、ファルへと入っていた。
 この街には宿も多く、それまで野宿ばかりだった二人は、早速宿を探して身を寄せたのであった。
 二人が選んだ宿には温泉があり、二人は喜んで直ぐに入ることにした。
「こりゃ良い!旅の疲れが取れるってもんだ。」
「師匠…爺くさいです。」
「うっせえ!俺はただ、正直な感想を述べただけだっつぅの!」
 二人は広い湯槽に浸かり、他愛もない話をしている。時間が早いせいか、他の客人の姿は見えない。
「って言うか師匠…前々から思ってたんですが、その話し方…おかしくないですか?」
「はぁ?別に俺が喋りてぇように喋ってんだから、他はどうでもいいっての。」
「その話し方だから、女性は恐がって寄ってこないんじゃないですか…。」
 ヴィルベルトは何だか疲れた様に言った。
 確かに、ルーファスの容姿は人並み以上である。街中に入れば目立つことこの上ないのだが、如何せんこの口調である。女性から声をかける…など有り得ない。
「別にいいじゃねぇか。女なんてのは面倒この上ねぇしな。直ぐ泣くし怒り出すし…その上優しくしてやりゃ嫉妬深くなるしでな。相手なんぞしてられっかよ。」
「師匠…何だか枯れてます…。」
「うっせえ!そんじゃ、お前はどうなんだ?叔母上なんて"ヴィルベルトの奴…まさか男色ではあるまいな?"なんて言ってたぜ?」
「止めて下さい!全く…師匠の方こそどうなんですか?別に女性が苦手って訳ではないんですよね?」
 ルーファスのペースにつられそうになり、ヴィルベルトは顔を引き攣らせながら言った。
 ヴィルベルトはこれでも青春真っ只中ではある。そう言う話に興味がないと言えば嘘になるが、やはり生真面目なその性格にそぐわないのが現状である。
 尤も…ルーファスはそうと知っていて面白がっているのであるが…。
「そりゃ、以前は色んなタイプの女と付き合ったぜ?ま、大半は中身より顔と体目的だったけどよ。」
「その言い方…なんか嫌です。」
「そんなこと言って…ヴィー、お前まだなんだろ?」
 ルーファスがそれこそ嫌な笑みを見せて言ってきたため、ヴィルベルトはジトッと半眼になって言い返した。
「そんなことどうでもいいです。それより、これからの旅程はどうするんですか?予定通りにいけば、目的地まで後一月半といったところですが。」
「お前、強制的に話変えたな…。そうか…まだなんだな…。」
「そこ!そんな憐れむ様な目をしない!って師匠…それこそ無駄話。一応この旅は仕事なんですし、これはこれで前金頂いてるんですから。」
 ルーファスが遊んでいるのが分かったため、ヴィルベルトはこんこんと説教を始めてしまった。そのため、ルーファスは参ったとばかりに手を上げでそれを制した。
「分かった分かった。でもよ、グリュネに着くまでこれと言って何があるわけでなし、そう考え込む必要も無ぇんじゃねぇか?」
 ルーファスはあっけらかんとそう言うと、鼻歌なんぞ歌い始めた。そんな師を見て、ヴィルベルトは深い溜め息を吐いたのであった。
 二人が湯から上がると、陽も随分と傾いて心地好い風が吹いていた。その風にあたりながら部屋へと戻ると、そこには既に夕食が用意され、その良い匂いが二人の鼻を擽った。
「へぇ、この宿は飯を運んでくれんのか。」
「師匠、来た時にそう言ってたじゃないですか…。」
「ま、どうでもいいや。早速食おうぜ!」
 まるで子供だなぁ…とヴィルベルトは心中で呟いたが、直ぐに師に倣って席に着いて食事を始めた。
 暫くは料理を堪能していたが、ふとヴィルベルトが思い出した様に口を開いた。
「師匠。確かこの街、夜になると光る虫がいるって聞いたことあるんですが。」
「ん?あぁ、グリューヴルムか。そうだなぁ…丁度今頃が時季だし、飯食ったら行ってみっか?」
「はい!」
 思わぬルーファスの答えに、ヴィルベルトは満面の笑みで返事を返した。それを見たルーファスは、ヴィルベルトも未だ子供だよなぁ…と思ったのであった。
 どっちもどっちなのであるが、二人は全くそれに気付かない。まぁ、それがこの二人の良さでもあろう…。
 さて、ルーファスとヴィルベルトは宿から出て、宿の主に教えてもらった公園へと赴いた。そこには他の見物人も多く集まっており、この公園がかなり有名なことが窺えた。
 陽が完全に落ちて暗闇が満ち始めた頃、ふとあちらこちらから淡い光が輝き出し、それが空を舞う姿をヴィルベルトは感銘を持って見たのであった。
「これが…グリューヴルムですか…。」
「ああ、そうだ。ヴィー、お前見たこと無かったのか?」
「はい。知識にはありましたが、実物を見るのは初めてなんです。こんな小さな虫が、こんなに光輝くなんて…ほんと、凄いですよね…。」
 点滅を繰り返しながら舞うグリューヴルムを、ヴィルベルトは無心に見入っていた。
 そんな弟子を見ていると、ルーファスはたまにはこういうのも良いものだと思い、彼もまたグリューヴルムの輝きに見入ったのであった。
 だが、そんな細やかな静寂は、とある男の声によってぶち壊された。
「大気に漂う輝ける者達よ、我が声に答え、ここに集いてその姿を垣間見せよ!」
 その声が止んだ刹那、そこへ真昼の様な光が出現して周囲を照らし出し、グリューヴルムの淡い光は完全に打ち消されてしまったのであった。
「師匠…これは…。」
「魔術だな。こんな時に、なんて嫌な奴だ…。」
 苦々しく思いながら、ルーファスは光に向けて良い放った。
「元ある通りに!」
 すると、光は瞬く間に消え去り、そこには元来あるべき闇が戻ってはきたが、グリューヴルムは驚いたためか光ることを止めてしまっていた。
「ったく…誰だ!?こんなとこで光明の魔術なんぞ使った奴ぁ…っと。」
 ルーファスがそう言った時、公園の奥で走る人影を見たため、ルーファスはヴィルベルトを連れてその人影を追った。
 二人共に目が闇に慣れず、それを追うのに苦労したが、何とか街中まで追ってきていた。だがしかし、今度は闇ではなく、それは街中の人混みに紛れてしまい、二人はそれを特定することが出来なかった。
 すると、ルーファスは自らの髪を一本抜き取り、それを指輪の様な形に整えてから囁いた。
「我が探し人の下へ導け。」
 ルーファスがそう言った途端、それは淡く輝き出し、宙へと浮かび上がって移動し始めた。
「さ、行くぞ。」
 ルーファスはヴィルベルトにそう言うと歩き始めた。ヴィルベルトははぐれまいと師を追って歩き出したが、向かった先に些かの問題があった。
 ここは夜の街中。単に居酒屋がある程度であれば問題はないのであるが、この通りには多くの娼館があったのである。その中を歩くというのは、ヴィルベルトにはかなりの勇気が必要であった。
 ヴィルベルトも魔術師の端くれ。力ならば常人のそれと比ぶべくもないが、それでも十代の子供である。興味が無いと言えば嘘であるが、恥じらいがそれを大いに上回っているのが実状と言えよう。
 一方のルーファスは何とも思っていないようだが、見れば壁際で男を誘う女や、店の中を垣間見れば酔って暴れる男達…。ヴィルベルトにとってこれは、現実のものとは思い難い世界であった。
「ヴィー。お前、先に宿に帰っていいんだぜ?考えてみりゃ、ヴィーは未だ十六だしな。夜の街に来るにゃ、ちと若いか。」
「師匠…そんなことより、まだなんですか?結構歩いてると思うんですけど。」
 ヴィルベルトは恥ずかしさなど諸々の感情を棄て、ルーファスへと状況を問った。すると、ルーファスは直ぐにその問いに答えた。
「そうだな。奴はどうも移動し続けてる様だし、この街をよく知っているみてぇだな。」
 そこまでルーファスが言った時、不意に壁際から一人の女が声を掛けてきた。
「ねぇ、お兄さん。少しで良いからさぁ、寄ってってくんないかなぁ。」
「うざい。」
 間髪入れず、ルーファスは一言で拒否した。
 一言で切られた女は一瞬顔を引き攣らせたが、直ぐに作り笑顔に戻ってルーファスに言った。
「そんなつれないこと言わないどくれよぅ。」
「失せろ。」
 再び一蹴され、女は額に青筋を浮き立たせて怒鳴ってきた。
「何さ!顔がちっとばかし良いからって、娼婦を小馬鹿にすんじゃねぇよ!」
 無視を決め込んで先に行こうとした二人だが、この怒鳴り声に驚き、ルーファスもヴィルベルトも後ろへと振り返った。
 その刹那…ルーファスの頬に痛みが走った。女がルーファスへと平手をお見舞いしたのである。それを見ていた周囲の人々は、悪いと思いながらも失笑せざるを得なかったのであった。
「ってぇ…。おいお前、俺になんの恨みがあるってんだ?俺は今、仕事中なんだよ。女になんぞ構ってる余裕なんざねぇんだよ!」
「だからって、あんな言い方ないだろ!こっちは日々の暮らしがかかってんだ。娼婦も立派な職業なんだよ!」
 あまりの怒りっぷりに、ルーファスもヴィルベルトも気圧されてしまったが、ルーファスはそんな女の前へヴィルベルトを押し出して言った。
「そんじゃ、こいつ貸してやるよ。ま、大人の付き合い方は知らんけど、愚痴聞き位は出来んだろうよ。」
「師匠!何言ってるんですか!僕は…」
「ほれ、ヴィー。こんだけやっから、この女と店行って話でも聞いてこい。その間に、俺は用を済ませっからよ。」
 そう言うや、ルーファスはヴィルベルトに金貨十枚を革袋から取り出して手渡した。
 この街で十ゴルテは大金であり、それだけあれば当分は稼ぐ必要はない。だがそれ故に、女は再び怒りを露にした。
「ふざけんじゃねぇ!施しなんでされてたまるか!」
 女は大声で怒鳴ったが、ルーファスは事も無げに女へと返した。
「こりゃ正当な代価だ。このヴィルベルトは裏の世界なんぞ知らねぇかんな。ま、全部教える必要なんざねぇが、裏には裏なりに良いとこもある。そいつを掻い摘んで教えてやってくれ。」
「冗談じゃない!私に子守りしろってのかい!?」
 女は露骨に嫌な顔をした。それはヴィルベルトも同様で、彼は師に抗議した。
「師匠!僕はそんなこと知る必要ありません!何で連れてってくれないんですか!?」
「ヴィー、今回の相手は魔術師だ。こんな街中で二人して追っ掛ける訳にゃいかねぇし、相手が追い詰められたら何するか分からねぇからな。一先ずは大人しく待っとけ。」
 ルーファスは弟子の安全を考え、それを聞いた女もそれに納得したという表情を見せた。ヴィルベルトには分かっていない様であるが…。
 ルーファスはそう言うや、ヴィルベルトの反論を聞くことなく立ち去ったのであった。
「もう…僕がどうして…。」
「それじゃ、坊っちゃん?ここで愚痴ってるのもなんだし、取り敢えず私の店に行くよ。別に取って食いやしないよ。こんな商売やってたってね、全うに生きてきたんだよ。」
 女はそう言うや、ヴィルベルトの手を握って歩き出した。
 ヴィルベルトは女性に手を握られたことなぞ無かったため、始めは慌てふためいてしまった。だが暫くすると観念し、そのまま女についていった。と言うよりも、こんな夜の街中に取り残されたくは無かったのである。
 周囲では他の娼婦や酔っ払った男共が二人を冷やかしていたが、女はそれを躱しつつヴィルベルトと歩いた。ヴィルベルトはそれに気付き、この女を姿や商売によって判断していた自分を窘めたのであった。




 
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