魔術師ルー&ヴィー
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第一章
Ⅲ
翌朝、ルーファスとヴィルベルトは例の金貨や宝物をバーネヴィッツの館へと持ち帰ると、それをクリスティーナへと渡し、それを得た経緯を彼女に語った。
「ファルケルの奴…先に逝きおったのか…。」
全て聞き終えて後、クリスティーナは淋しげな表情で呟いた。
「叔母上…信じるのか?」
「信じるも何も、これを持ってこれたのが何よりの証拠だ。これはファルケルが発見し、そしてあやつ自身で封じたものだからの。」
そう言い、クリスティーナは在りし日を思い出すかの様に目の前の品々を見た。そしてふと、その中の一つを手に取って表情を和らげた。
彼女が手にしたものは、美しい装飾が施された髪飾りであった。幾つもの宝石が埋め込まれ、周囲は金で出来ている逸品である。
「これも…共に眠っておったか…。」
クリスティーナが言った独り言に、ヴィルベルトが「それは何ですか?」と首を傾げて問った。
クリスティーナは暫く黙して後、その髪飾りについて語った。
「これはな、旧時代にここを治めていた領主の遺品ではない。まぁ、それなりに歴史のあるものではあるが、これはアーダンテが私に贈ったものなのだ。」
「は?アーダンテって…シュトゥフ氏から?」
ルーファスは驚いて問った。二人の関係はファルケルから聞いてはいたが、実際にアーダンテ・シュトゥフとあったことのあるルーファスには、今一つピンとこないでいたのである。
「そうだ。私はな、あやつをそういう風には思えなんだ。だが、あやつは…。」
「叔母上を好いてたんだろ?何でシュトゥフ氏じゃダメだったんだよ。顔か?っても、若かりし頃のシュトゥフ氏は美形で有名だった筈だしな…。」
「まぁ、そうだな。あやつは拳闘士にも関わらず、かなり美しい顔立ちであった。今は亡き我が夫には劣るがな。」
そう言って笑うと、その髪飾りを元の場所へと置いて言った。
「これらは、私が全て買い取ろう。そうだのぅ…四万二千ゴルテと言ったとこか。」
「…そんなに要らん。」
ルーファスがあっけらかんとそう言うと、クリスティーナは不思議そうに尋ねた。
「何故じゃ?それだけあれば、お前もその弟子も、もはや働かずに暮らせるではないか。」
「別にそうしたい訳じゃない。俺達はただ、旅が出来りゃ良いんだよ。ん、ヴィー?」
下がっていたヴィルベルトがルーファスの隣へと出てきたので、ルーファスはヴィルベルトへと視線を変えた。すると、ヴィルベルトは笑いながら師の意見を擁護した。
「そうです。たとえ遊んで暮らる額を受け取ったとしても、きっと面白くも何ともないですしね。旅が一番面白いですから。」
そんな二人の言葉に、クリスティーナは苦笑しつつ返した。
「では、この金をどうしたいのだ?」
「そうだな…あの聖堂を補修するってのはどうだ?な、ヴィー?」
「それが良いですね。妖魔の封印も強化してあるのですし、少なくとも三百年程は何の問題も無いと思いますから。」
「お前達…本当に金に執着せんなぁ。いつもは旅費の小銭で大騒ぎしとるくせに。」
クリスティーナは呆れ顔で言うが、前の二人はそんなものと言った風笑っていた。
「ま、それだから私はルーファスを後継に据えたいのだかな。」
「またその話かよ!それは無理だってキッパリと断っただろうが!さっさと旅費だけだしてくれ。直ぐに出発すっからよ!」
ルーファスはそう言うや、その場…と言うかその話から逃げる様に部屋を出ていったのであった。
残った二人はやれやれと言った風に苦笑したが、ヴィルベルトは直ぐにクリスティーナへと向き直って問い掛けた。
「公爵様。貴女は本当に師匠を後継にしたいとお考えなのですか?バーネヴィッツの分家には、もっと血の濃く繋がった優秀な方々がおられますでしょうに。」
ヴィルベルトに問われたクリスティーナは、小さな溜め息を洩らして椅子へと腰を下ろして言った。
「そうだな…。」
それは女公爵にはそぐわない弱々しい返答であった。そしてクリスティーナは不意に立ち上がり、開け放たれた大窓からバルコニーへと出たため、ヴィルベルトも静かに後を追ってバルコニーへと出た。
バルコニーへ出て暫く、二人はその広い庭に咲う花々や広大な空に漂う雲を眺めた。ヴィルベルトは女公爵の陰りを察し、ただ黙して待っていた。
そうして後、クリスティーナは先の問いに答えた。
「私の周囲には、確かに多くの血縁は居る。だが…誰も彼もがこの地位欲しさに群がりはするが、この地を任すに値する器の持ち主は居らん。私に子があれば今すぐにでも隠居したいところだが、私達の間には子は生まれなんだからな。」
「ですが…僭越ながら、師匠に公爵の器に値するものがあるとは僕には思えませんが…。」
「ヴィルベルト。お前、あやつの何を見ておる?弟子のくせして解らぬとは、何とも情けない奴じゃのぅ。」
クリスティーナは呆れ顔でヴィルベルトへと言った。一方のヴィルベルトは彼女の言葉に動揺してあたふたしていたが、暫くして不意にクリスティーナが笑い出して言った。
「全く…何で弟子なんぞと思ぅていたが、成る程…お前だからか。」
「はい?」
ヴィルベルトはその言葉にどう返して良いか判らず、ただポカンとクリスティーナを見たのであった。
クリスティーナは粗方笑い終えると、間の抜けた顔で見ていたヴィルベルトへと言った。
「ヴィルベルト。お前、ルーファスを侯爵の息子とは思ぅておらんだろ?」
「はい。師匠は魔術師であって貴族ではありません。」
「何でそう思うのだ?」
クリスティーナに問われ、ヴィルベルトは少々面食らってしまった。半年程の旅の中で、ヴィルベルトはそれを考えもしなかったのである。そのため、ヴィルベルトは少し間を置いてからクリスティーナへと答えた。
「貴族には見えないからです。」
そう答えたヴィルベルトは、次のクリスティーナの問いに目を丸くしてしまった。
「それは、あやつがそれを見せないからではないのか?」
「…!?」
ヴィルベルトはハッとした。
確かに、ルーファスは会った時から貴族の雰囲気を感じさせなかった。ヴィルベルトはそんな師が普通だと思い込んでおり、それがわざとやっているとは考えもしなかったのである。
「あやつはな、貴族であることを望まなかった。幼少期には礼儀正しく躾られ、勉学も武術も常に上位であった。幼心ながら、民の模範になるべく努力を重ねておったのだ。」
「では…何故あの様に振る舞われるのでしょうか?」
その問いにクリスティーナの表情は憂い、遠くを見つめながらヴィルベルトへと言った。
「あやつは…望まれて生を受けた訳ではないのだ。」
その言葉を聞いた時、ヴィルベルトの体は強張った。彼もまた、望まれぬ子であったのである。
それを知ってか知らずか、クリスティーナは先を続けた。
「全てを語る訳にはゆかぬが、あやつは現在の当主とは血が繋がっていないのだ。世間体には実子とされてはいるが、あの髪にあの瞳ではな…。現当主は実子として分け隔てなく見ておるが、私にもその心中は解らん。」
そこまで語ると、クリスティーナは静かにヴィルベルトへと歩み寄り、彼の肩に手を置いて言った。
「ヴィルベルト。ルーファスを頼んだぞ。」
その言葉に様々な想いを感じ取ったヴィルベルトは、クリスティーナを見て「はい。」と力強く一言で返したのであった。
その頃、ルーファスは旅支度を整え終え、いつでも出発することが出来る様になっていたが、そこへ一人の使用人が来ていたのであった。
「ルーファス様。本日はお泊まりになり、出発は明朝陽が昇られてからになさっては如何でしょう?」
「いや、ヴィルベルトがきたら直ぐに発つ。本当はこんな長居する気なかったかんなぁ。」
「ですが、そうお急ぎなさらずとも、妖魔の封印が強化されているのであれば安心なのでは?」
「そりゃそうだが、他に別の依頼があるからな。兎も角、その依頼を早く済ませてぇんだよ。」
「そうは申されましても、皆ルーファス様がお泊まりになるとばかり思い、既に支度を整えております。」
「それは知らん。俺は俺の思い通りに行動するだけだかんな。」
ここでルーファスを留めようと話している使用人は、この館の執事であるアルド・レンメルトである。
彼は三十年以上この館で執事をしており、ルーファスのことも幼い時分から知っている。そのため女公爵同様、ルーファスを自分の孫の様に感じているのであった。
そんなアルドが、心配で仕方無いと言った風にルーファスを引き留めようとしているのだが、肝心のルーファスは頑として意思を曲げなかった。
ルーファス自身、クリスティーナやアルド達のことはよく知っている。寧ろ自分の家族…侯爵家の人々よりも好いているのであるが、その思いに甘えることを由としないのもまたルーファスなのである。
「師匠。公爵様から旅費を受け取って来ましたよ。」
そんなところへヴィルベルトが入ってきた。手には中程の革袋を持っているが、それがルーファスが待っていた旅費である。あの場にヴィルベルトさえ置いてくれば、クリスティーナは旅費を渡してくれるとルーファスは考えたのである。
「お、来たか。そんじゃ行くか!」
「ルーファス様!」
アルドは間の悪いことこの上ないと言った風にルーファスとヴィルベルトを見るが、二人は素知らぬ風に出発する用意をした。尤も、支度が整えてないのはヴィルベルトだけなのだが。
しかし、アルドはそれでも下がる気はなく、そんな二人に対して言った。
「お二方!もう少し私共のこともお考え下さい!私は心配で堪らぬのです。万が一、貴殿方の身に何かあったらと思うと…。」
「アルド。俺だってな、本当は心配なんぞ掛けたくねぇんだ。」
「でしたら…」
「それとこれとは違う。ただ、俺は旅が好きなんだ!」
「師匠…全く答えになってませんよ…。」
ヴィルベルトは半眼になってルーファスに言ったが、ルーファスはそんな彼の言葉を聞き流して部屋を出て行ったのであった。ヴィルベルトも遅れじと荷物を担ぎ上げて師の後を追って出て行き、その後には執事のアルドだけがポツリと取り残された。
「お二人共、無事に戻ってくるのですぞ。」
二人が出て行った扉を見つめ、一人呟くようにアルドは言ったのだった。
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