ハナビラ
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アンズ〜星空凛〜その2
「あ、みてようへー君!綺麗な緑の葉っぱだねー!」
彼は......星空凛くんは小学生のように、視界いっぱいに広がる新緑を見て僕の前をはしゃぎながら歩いている。
遠くから聞こえる蝉の鳴き声が心地いい。
太陽の光も遮られ、葉の擦れ合う音、遠くから聞こえる小川のせせらぎ、自然の匂いを感じさせる風が僕と凛くんの小旅行を歓迎しているかのように思えた。
「こういう季節の時に、旅に出たくなることない?誰も知らないところに......」
彼はそう言って、1枚の枯れ枝を手に取り、まるで杖のように振りまわす。『旅に出たくなる季節だね』、彼のその一言がきっかけで今こうして森奥にやってきている。
「凛は温泉旅行が似合うって柄じゃないけど、たまにはこういうのもいいかもしれないね。凛も、旅行なんて何年もしてなかったから」
言われて振り返ると、確かに僕もここ何年と旅行をしていない気がする。
修学旅行とはまたべつで、本当に自由な旅行。それをしたのは恐らく小学生の時が最後だったかもしれない。
「凛ね、夏って嫌いなんだ。だって寂しくなるんだもん。今凛の隣にはようへー君がいるけれど、それでも寂しんだ。凛には……会いたい人がいるんだよ」
会いたい人───果たしてその人は彼にとってどういう人なのだろうか。
「寂しんだよ。こんなにも、会いたい人がいるのに会えないなんて。今は歌声しか聞くことができない。でもね、凛が次に進むまできっとその人は待っていてくれないんだ」
凛は時々───いいや、いつも僕とはどこかちがう世界を見ていた。
僕の事を人として好いていてくれているのは、感じているけれど。それでも……彼は僕の事を見ていない。
僕を、意識していない。
それがひどく悲しかった。
~☆~
「忘れ物ないかな?ちゃんと全部持ってきたと思うんだけど……。まぁ今更気づいても遅いんだけどね~」
旅館に到着して部屋に通され、最初に放った言葉がソレ。
カバンを部屋の隅に置いてガサゴソと荷物を確認しながら、彼はぶつぶつと言う。
「ようへー君、君は大丈夫なの?歯ブラシとかタオルとか、忘れたりしないよね?旅館だとさ、おいてない場所も結構あるみたいだから気を付けた方がいいって、昔友達に言われたんだ。だから君も気を付けてね?」
二人きりの旅行、二人きりの空間。
行先は、秋は紅葉がきれいで、夏は新緑を眺めながら温泉に入れる温泉旅館だ。
「ようへー君、どうしたの?なんかぼーっとしてるし……虚しいような、悲しいような不思議な顔してるよ?」
気が付けば彼は僕の瞳をのぞき込んでいる。
別にそういうわけじゃない。ただ、凛と旅行に来ているのが不思議とわくわくしているだけ。
そして、いつか僕の前からいなくなってしまうんじゃないか、という虚無感に襲われただけ。
「大丈夫だよ、凛はどこにも行かないから。ようへー君と一緒にいるよ」
僕の心を見透かしての発言なのだろうか。
かといってそういう素振りも無く、『僕がそう思ってるかもしれない』という予想で、そう言ったのだろう。
「じゃあそうだ!!凛と約束しようよ!凛は.....ようへー君の事を見捨てなよ。凛を"友達だと思ってくれる限り"は!だから凛とずっと一緒にいよう!」
きっとあの時から決まっていた。僕らの友情も、絆も、あの瞬間から。
僕が過ごしてきた全てが、君との時間。
「ほぇ~、凄い。とっても広い部屋なんだね~!久しぶりの旅行だし、ゆっくりしていこーっと!」
旅館について早々、大はしゃぎで部屋の中をぐるぐると歩き回る凛くん。
それはまるで幼い少年の行動そのもので、思わず笑みがこぼれてしまった。
「ようへー君も、いつも疲れている顔しているから、今日ぐらいはゆっくり過ごして癒されていくといいよ!頑張ってるし!うん!」
と、何故か本人でない彼がとても嬉しそうに襖を開けて外を眺めるものだから、なんとなく僕もそれにつられて外の景色を眺める。
旅行雑誌に載せられていたとおり、夏は新緑の隙間からみせる太陽の光と小川のせせらぎがとても絶景で、その上露天風呂もある。良い旅館に来たな、と思った僕は『温泉に入ろうよ』と凛くんに声をかけた。
「あっ……う、うん。そうだね。せっかくの温泉旅行だし、入らないと勿体ないよね」
今まで元気だった彼の様子が急変し、表情を暗くさせて、さらには言葉もまごつき始めた。
温泉旅行に誘ったのは凛くんなのにどうしたのだろうか、と疑問に思う。そもそも温泉が苦手なら誘うはずもないし、もしかすると、裸を見せるのが嫌なのかもしれない。
そういう男子もいるだろう。中学、高校の修学旅行の入浴時間でも、最低一人はそういう男子もいたもんだ。凛くんも、さしあたりその男子の一人なのだろう。
「でも、いいよ。凛は後からゆっくり入るから気にしないで?大丈夫だって」
結局、彼は温泉に入ろうとはしなかった。
────それで、僕は予感がした。
今までの彼の行動、言葉、声色。最初こそ何も疑問に思わなかったけど、次第に不信感を抱いている自分がいることに気が付いていた。
だけど、今まで凛くんと築き上げた関係を壊してしまいそうな気配さえ感じていた。
だから……僕は静かに黙っていたのだ。
仕方なく、僕は一人寂しく温泉に浸かることにして、その間、僕は今日、決行することを決意した。
僕と凛くんは親友同士。隠し事はいらない必要ないありえない。
多分……凛くんは、ずっと隠したかったのだろう。理由はわからないけれど、そうしなければならなかったのだろう。
相談してほしかったな、と思う。人には話せないような秘密を誰だって持っている。それは例外なく。でも僕と凛くんは親友だ。親友とは隠し事は普通無しで、なんでも話して相談して解決に導く。それが、親友ってもんなんだ。
そう思うと、急に彼に対しての怒りが沸き起こってくる。
どうして話してくれなかったのか?と。僕と君は親友同士じゃないのか?と。そんなに信用ないのか?と。
────だから、僕は。
「ご飯、おいしかったね~。ここの郷土料理最高だよ~」
お風呂から上がってしばらく。
旅館の方が持ってきてくれた夕飯に舌鼓を打っている凛くんの横で、僕はバレない様に飲み物の中身をお酒とすり替える。
そんなことに気づきもしない彼は......夕飯を食べ終わる頃には身体を火照らせて、ぽーっと頬を朱に染めて惚けていた。
「よう、へーくん......んん......」
......その表情は、完全に女の子のソレだった。
そのまま寝息を立てて眠ってしまう......彼女
ここまで来たら、僕は止めない。知りたい......星空凛は、一体何者なのかを僕は知りたい。
────だから。
だから僕は。
凛くんの上に跨り、彼女の体に纏っているパジャマを強引に脱がしていく。当然、彼女は意識を覚醒させて何が起こっているのか理解出来ぬまま、叫んでいた。
「ちょ、ちょっと!?なにしてるの!?!やめて!!やめて!!!」
パジャマのボタンすら外すのも面倒で、引きちぎる勢いで外すと......露わになったのはピンク色の下着。特に派手、というわけではないけれど、シンプルで、だけどとても可愛らしいリースのついたピンク色のブラジャーが、そこにはあった。
恐怖と羞恥の混じった表情を浮かべながら僕に必死の抵抗をするけど。そもそも凛くんは凛ちゃんで、男の僕には力ではどう頑張っても勝てない。
ジタバタ暴れて、身動き取れずにひたすら嫌だ嫌だと抵抗する。
「凛は.凛は女の子じゃない!!嫌だ!離して!!離してよっ!!!」
────やっぱり、星空凛は女の子だった。
僕が、彼女の家に行きたいと行っても入れてくれなかった。海に行こうと言っても、予定があるとかで行かなかった。トイレに連れションしようとしても......頑なに断られた。
忙しいとか、病弱体質だからとか、言い訳ばかり言っていたけれど、本当は女の子だとバレるのが嫌だったから。
────僕は、正しかった。
凛ちゃんの中の、蔓延る粗を探し当てることが出来た。
彼女は、女の子だった。今まで隠し通して、上手くしてやられた事に怒りを覚えてしまう。
でも、今は正直どうでもよかった。
ただ女の子だとわかって、僕はただひたすらに彼女を虐げたかった。
初めて触る、星空凛の素肌。
柔らかくてもっちりした腕はとても細く、ちょっとでも力を入れたら折れてしまいそうな弱さを感じる。細身の彼女は胸もそんなに大きい訳では無い、だけど弾力のあるソレに魅せられて、ブラを外して夢中になってしまう。
────魅惑的だった。
────これが、僕の彼女に対する愛だと思った。
────ずっと前に、僕の中に生まれた愛だった。
どこか遠くを見つめる凛ちゃんを見続ける虚しさ。
僕のぽっかり空いた心の穴を埋めてくれる瞬間。
きっと、凛ちゃんも僕を受け入れてくれると信じていた。
......もう、僕を止めることは誰にもできない
「なんで?なんでようへー君は、凛を裏切るの?」
ふと意識が凛ちゃんの言葉に持っていかれる。
「みんな、みんなそうだよ!凛の気持ちを知りもしないで!凛の事を知ったようなふりをして!ようへー君も同じなんだね!!みんな......みんなみんな嘘つきだ!!!!ようへー君も!!!μ'sも大嫌いだ!!!!!!!!」
────μ's
彼女の放ったその一言に、僕は止まってしまった。
「信じたかったよ。君は、君は凛を救ってくれるって......信じてたのにぃ......」
僕の目にくっきりと焼き付いたのは、凛ちゃんの泣き顔。
悔しいような、辛いような、悲しいような。
有毒な、有害な僕達の関係は......バラバラと崩れ壊れてしまった。
〜☆〜
ガタンゴトン、と静かに電車は揺れて終点へと向かっている。
「……雪だ」
僕はふぅっと静かに息をついて、手に持ったぬるいお茶を口につける。
しんしんと降りつもる雪を見ていると心が落ち着く。
あれからもう半年が経ったんだ。時の流れは速いものだとしみじみ感じてしまう。
時間は、僕を無視して先を歩いていく。
流されて、溺れる。きっと......君も僕も、時間に殺される。そんな気がする。
「......そっか。君はもう、いないんだね......」
空席の隣を見て、あの子が座っているのかもしれないシートを撫でては、ひんやりした感触に空虚さを感じる。
───残念だった。それと同時に、嬉しかった。
不思議と、辛いという感情は現れなかった。気持ちは安定している。落ち着いていられる。不安も、後悔も、何の迷いもなく......。
君がいなくなって、寂しいのだろうか?
僕の心はまるで雪のように白く染まってしまっている。
......何かを忘れてしまったような感覚。
「僕もいつか、そっちに行くから」
......きっと、そっちに行けば本当の僕を見つけられるかもしれない。
そう思う。間違えなんてない。
───僕の進む先を照らしてくれるのは、君。
「約束、したからね」
もう終わったことなのに、心に残ってしまうのは何故だろうか。
あの日を境に、僕の前から姿を消してどこかに行ってしまったあの子。
「思い出すよ……あの時の事を」
君と出会った最初の時の事。僕はもうその時点で、君に惚れていたんだ、と。
でも、そんな君はもういない。でも、君は今、僕の中だけに生きている。キミもこれから、僕の中で生きていくことになるだろう。
僕が時間に殺される、その瞬間まで。
後書き
……主人公の洋平君が病んでいた、というオチで。
読了ありがとうございました。
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