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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第170話 シュラスブルグ城潜入

 
前書き
 第170話を更新します。

 次回更新は、
 6月28日。『蒼き夢の果てに』第171話。
 タイトルは、『介入者』です。 

 
 世界の裏側に存在していると言われている闇。その闇の一部が溶け出し、今この瞬間、世界と混じり合ったかのような気さえして来る深き夜。

 しかし――
 しかし、その中に漂う強い違和感。本来、夜と言う時間帯は人々に安らぎをもたらせる時間帯のはず。
 だがしかし、今、俺が感じて居るのはとても冷たく、そして(くら)い。これは非常に不吉な感覚。

 完全な闇の中、まるで光の尾を引くかのようにゆっくりと振り抜かれる彼女の右腕。巫女装束のそこかしこに装備された退魔の鈴が夜に相応しい、しかし、ここが中世ヨーロッパの城である事を考えるとあまり相応しくない微かな音色を奏でた。
 指先に挟まれているのは今、正に起動しようとする二枚の呪符。見鬼の俺の瞳には、爆発寸前までに高められた霊気がその呪符に籠められて居る事が分かる。
 放たれた瞬間、呪符は僅かに彼女の帯びた霊気に相応しい黒曜石の輝きを放ちながら前方へと進み――
 同時に、彼女の霊気の高まりに反応して涼やかな音色を響かせる退魔の鈴。

 しかし、その刹那!

 ある一定以上の見鬼の才に恵まれた者にしか感じ取る事の出来ない爆発が発生! 所謂、巨大な霊気の爆発と言うヤツ。
 そして――
 そして次の瞬間には、確かに呪符の存在していたはずの空間に顕われる巨大な狼。
 そう、それは正に巨大な狼としか表現出来ない存在であった。闇に光る金色の瞳に漆黒と表現すべき見事な毛並み。式神符として考えるのなら然して珍しくもない魔狼系の式神なのだが、何故か彼女が操ると其処に僅かな西洋風の香りが漂う。
 彼女が蒼穹を飛ぶ式神符を打つと、もしかするとカラスなどではなく、蝙蝠が放たれる可能性が高いのかも知れない。

 真なる闇。敵地であるこの場所には一切の光源となるべき物は存在する事もなく、当然のように高価なガラスを使用した明かり取り用の窓もない、ここアルザスの州都。シュラスブルグ城の内部は今、夜の闇と静寂に包まれている。
 何故、今ここに俺、タバサ、それに湖の乙女の三人……と言うか、三柱がいるのかと言うと……。


☆★☆★☆


 今にも冷たい氷空からの使者が舞い降りて来そうなここアルザス侯爵討伐の為の陣の築かれた小高い丘。曇天から降り注ぐ陽光自体が元々少ない上に、周囲に存在する背の高い木々の枝に遮られ、現在(いま)が昼日中とは思えないほど暗い。
 正直に言うと、こんな日はコタツに入っておでんを食べるのが相応しい。そう言うものぐさ者の考えが風に吹かれる度に頭へと浮かぶのですが……。
 いや、よりリッチにアイスクリームと言うのも乙な物かも知れないな。

「一応、策は三つ考えてあります」

 脳裏に浮かんだおでんの具材と、そしてアイスクリームの幻影が集まって輪舞(ロンド)を始める様を無理矢理に振り払い、代わりにシュラスブルグ城の周辺の地形を思い出しながら、ランスヴァル卿にそう話し掛ける俺。
 周囲を大小さまざまな街に囲まれた城塞都市。父なるラインの流れに因り作り出された平野部はかなり広い。
 少なくともシュラスブルグ城の周辺には陣地を築けそうな山は存在せず、兵の身を隠す深い森も存在していない。
 ……と言うか、そもそも八十八ミリ対空砲のスペック上の有効射程が十キロを超えるらしいので、その数字が本当なら、幾ら周囲に多少の木々があるとは言え、今俺たちが居るこの辺りもマズイ事となる。

 もっとも、ここには目には見えない類の陣地が築かれているので、俺から見ると第二次大戦中の遺物に等しい兵器でどうこう出来るとも思えないのだが。

 それで……。
 そのシュラスブルグ城の城壁の高さは十五メートルほど。但し、ここハルケギニア世界は剣と魔法の世界であるが故に、以前の……戦争前のデータなど何の役にも立たない可能性もある。
 何故ならば俺の式神たちは一夜の内に、リュティスのシテ島に立太子の儀を執り行う為の新しいノートルダム大聖堂を建設した。更に言うと、召喚した後にジョゼフと契約を交わした魔将サブノックも、半完成と言う状態であったヴェルサルティル宮殿を一気に完成へと導いた。
 流石にソロモン七十二の魔将と、この世界の土の系統魔法使いを比べるのは間違って居るとも思うのだが、それでも城壁の強化ぐらいはそれほど難しい術式を組む必要はない……とも思うので、攻城戦に備えてある程度の強化はなされていて当然と考える方が無難であろう。
 水に関しても、街の中へとライン川の流れを引き込んでいるので問題はなし。当然、物資に関してもライン川を利用してゲルマニアから送り込まれて来ているはずなので、少しぐらい籠城が長引いたとしても問題はないでしょう。

 兵の数に関しては……正確な数に関しては不明。ハルケギニア的な騎士の総数で言えば本来ならば百にも満たない数だと思う。それでも街の規模。人口二万人足らずの規模の街と考えるのなら、これでも異常な多さだとは思うが。
 但し、現在のアルザス侯の立ち位置やその他の状況から考えると、ゲルマニアやアルビオン、ロマリアから援軍が来ていても何ら不思議でもない状況だと思う。
 そもそも、そのオルレアン大公遺児シャルロット姫が助け出された経緯と言うのが――

 トリステイン魔法学院で軟禁状態……異国からの留学生タバサとして在学していた少女こそ、オルレアン大公の遺児シャルロット姫であった。その彼女が呼び出した使い魔。黒髪、黒い瞳を持つ青年こそが現ゲルマニア皇太子ヴィルヘルム。そして、彼の将来の正妃に当たるゲルマニア辺境伯ツェルプストー家息女キュルケや、四つの系統魔法すべてを極めた魔法の天才アルザス侯シャルル等の手に因りトリステイン王家より救い出された。
 そう言う筋書きに成っているらしい。
 確かにこれなら違和感はない。それに、トリステインの魔法学院には出自のはっきりしない蒼髪の少女タバサは間違いなく存在して居たし、更に言うと、彼女は黒髪黒い瞳の少年を召喚して見せたのもまた事実。この辺りも嘘や間違いではない。

 何ともはや、厄介な事態に成っているのだが……。少なくともこの発表の配役を少し変えると、これがほぼ事実であるのは間違いないのだから。おそらくトリステインの魔法学院の関係者に聞いても、俺と強く関わった人間たち以外はこの程度の情報しか持ち得ないと思うので、誰もこの発表が事実と異なる……とは証言出来ないでしょう。
 まして、ガリアの方としてもこの発表に対して此方の知っている真実を発表する事は難しいので……。

 少なくとも俺が偽の王太子である事をばらす訳には行かない。まして、今、俺の傍らに居る少女がオルレアン大公の遺児なら、そのアルザス侯の元に居るシャルロット姫は何者だ、と言う説明も同時に為さなければならない。
 確かにその部分に関しては無視をする、と言う方法もあるにはあるが、それでは説得力と言う物に欠ける。
 ただ……。
 ただ、そうかと言って真実を公表。故オルレアン大公が、実は自分が王位に就くのに邪魔になるからと言う理由で、産まれたての双子の赤子の片割れを捨てて仕舞えるような犬畜生にも劣る存在であった、などと言う事を公式に発表出来る訳がない。
 何故ならば、これは流石に死者の名誉に関わる事でもある。まして、捨てられた赤子の方には何の罪もないのに、その親の罪によってタバサやシャルロットがいわれなき誹謗中傷に晒される可能性が高い。
 親の因果が子に報い……と言う事なのだが。ただこの故オルレアン大公シャルルの行いは人間として非難されて当然の行為であるのは当たり前として、貴族としての度量と言う点に於いても、彼の為した事は非難される可能性が高いと考えられる。
 少なくとも自らが王として頂く人物が迷信深く、少しの不吉の兆しなどで心を動かされるような相手だった場合、その王に対して臣下がどう思うかを考えると簡単に分かろうと言う物。少なくとも王を目指す心算ならば、そのような部分にも本来ならば心を配るべき。

 王には王に相応しい風度と言う物がある。こんな少しの事にびくつくような小物臭い男に本気で(かしず)く臣下など現れるはずはない。

 おそらく、ロマリアの目的にはその辺り。折角、ひとつにまとまろうとしているガリアに、国内の混乱を長引かせる為の火種を放り込む事も含まれているのでしょう。

 おっと、イカン。そう感じて少し愚痴めいた思考をリセット。そもそも故オルレアン大公に関しては俺がこの世界に関わる前に既に起きて仕舞って居た事実だけに、今ここでどうのこうのと考えたとしてもあまり意味はない。それよりは未来を見つめた方が余程建設的でマシと言う物でしょう。
 それで、対して此方の戦力は……と言うと。
 此方の戦力はガリアの騎士が三百。第二次大戦中の戦車や、ゲルマニアの連中から鹵獲(ろかく)した小火器の類がある……にはあるが、そんな物は魔法を主力とする連中。例えば俺と同じ程度の魔法を使用する連中の前では蟷螂(とうろう)の斧に等しい。

 八十八ミリ対空砲で防御を固めた上に、魔法での防御に関しては不明。
 こりゃ、もしシュラスブルグ城の防御が俺の想定している中で最悪の状態ならば、これは正に難攻不落と言うべき状態だな。
 もし、今のガリアが中世ヨーロッパに等しい科学技術や旧態依然としたハルケギニアレベルの魔法しか持ち得ないのなら、おそらく素直に白旗を上げるべき状態だと思う。

 もっとも、立場上、ここで落ちない、落ちないとウンウン唸って居ても意味はない。更に、俺にはこの世界に由来しない魔法の能力があるので何とかなる……可能性はある。
 ならば。

「先ずは下の策から」

 そう言いながら、懐より一枚の呪符を取り出し――
 息を吹きかけ、導印を結ぶ俺。その次の瞬間!

「剪紙鬼兵。こいつ等は、魔法は使えませんが、それでも武器は扱える」

 コピー元の俺が扱える程度にはね。
 目の前に現われた俺の分身を指差しながら、そう説明する俺。そうして、

「こいつ等は呪符と俺の霊力が続く限り幾らでも作り出す事が出来る存在でもある」

 其処でこれから三日を掛けて全員で人形を作って貰う。
 材料は木以外なら何でも良い。数も多ければ多いほど良い。当然、この際、系統魔法の錬金を使用する事も認めましょう。

 そう説明を続ける俺。

 剪紙鬼兵の弱点は元々が紙である事。つまり、火にはめっぽう弱い。確かに、元々は俺のデッドコピーなのだから、弱卒の引く火矢程度なら簡単に捌く事は可能だと思うのだが、しかし、おそらく、このハルケギニア世界の炎系の魔法でも十分に対処可能な存在だと思う。
 これでは常識を超える数を投入したとしても、同じように火矢や炎系の魔法の数で対処されるとあっと言う間に無力化されて仕舞う可能性が大。それは流石にマヌケ過ぎるので――
 元々の素材を紙。つまり、木行以外の属性に置き換えてから剪紙鬼兵を作れば、それだけで弱点を克服する事が出来る。もっとも、木行以外の剪紙鬼兵には、それぞれの行に応じた新しい弱点が出来上がる事となるので、それだけの事で無敵の兵が出来上がると言う訳でもないのだが。

 そして――

「そして鹵獲したティーガーを使って敵の砲門の無力化、更に城門を吹っ飛ばした後に、剪紙鬼兵を前面に押し立てて街に侵入。そのままアルザス侯爵の邸宅を押さえて仕舞えばすべてを終わらせる事が出来ると思います」

 確かに城門自体に何か特殊な術が施してある可能性がゼロではないが、その辺りに関しては、今、この場に居ないタバサや湖の乙女(長門有希)が調べているので――
 何にしても城門を吹っ飛ばしてから後は出たとこ勝負。良い言い方をすれば臨機応変な対応なのだが、悪い言い方なら泥縄式。
 正直、あまり誉められた策と言う訳ではない。

「殿下の魔法で鉄製の武器は無効化。更に、弾除けまで用意してくれた上に、城門の突破は敵から鹵獲した戦車。
 兵の消耗はほぼゼロに抑えられるこの作戦の何処が下策と言うのです?」

 まさか、その剪紙鬼兵とやらが真面に制御が出来ない代物だとも思えないのですが。
 かなり不思議そうな気配を発するランスヴァル卿。確かに、上っ面だけを見れば先ほど語った策には良いトコロだらけのように聞こえるかも知れない。
 しかし……。

「ひとつ目の問題。それは、アルザス侯爵が行使している魔法の種類が分からない事」

 まさか、ここまで大規模な魔法である以上、かなり大きな儀式を必要とする魔法だと思われるのだが、それでも確実にそうだと決まった訳ではない。
 軍隊で城門を攻める、もしくは攻める仕草を見せた瞬間、呪文ひとつでリュティスの街の真ん中に直径十キロの隕石が落下。そして目出度く人類滅亡。この世界は彼らの望み通り虚無に沈んで仕舞う。……と言う結果と成りかねない。

 流石にそれほど無謀な賭けに、世界や人類の未来をチップに変えて挑む訳には行かない。

「第二は、魔法に因る諜報が成功していない以上、どのような罠が仕掛けてあるか分からない場所に軍。つまり、大人数で踏み込んで行かなければならない点」

 至極真っ当な……と言うか、分かり易い理由の方を先に口にして置く俺。もっとも、このふたつだけでも俺から言わせて貰うのなら、十分にこの策を実行しない。実行出来ない理由となると思うのだが。
 そして、更に続けて、

「第三。流石に何のリスクもなくこれだけの魔法は行使出来ませんよ」

 この策を真面に実行する為には、この辺りに集まって来ている地脈の力を術に突っ込む必要がある。
 確かに俺の霊気の総量はかなり大きい。しかし、モノには限度と言う物があり、そして、俺……と言うか、東洋の神仙の術の中にはその自らの限度を超えた術を行使する為の裏ワザ的な方法が存在している。
 一時的に周囲から気を集めて巨大な術式を起動させる方法が。

 そして今回の場合、少し足りないからその分を多少融通して貰う、などと言う生易しいモノではなく、最低数千。下手をすると其処からもう一ケタ上の規模の魔法となるのは確実。
 幾ら一山幾らの剪紙鬼兵たちとは言え、その規模の連中すべてを起動させ、更に、そいつらに対して、最低でも金行による攻撃を無効化させる術は行使して置かなければならない。
 いくら俺でもその後の事を考える……例えば剪紙鬼兵が倒された時に俺に返って来る返りの風対策や、そもそも俺自身が戦いに参加しなければならない点を考慮すれば、すべてを自前の霊力で賄うのはかなり難しい。

「最悪の場合、戦後数年間ほど凶作が続いて、更に疫病や天変地異が頻発する可能性もある」

 そしてその結果、徐々に街自体の繁栄が失われて行く事となる。
 レイラインや地脈と呼ばれるモノが力を失うと言うのはそう言う事。まぁ、王を産み出す気も同時になくなるので、これから先……少なくとも百年単位で、アルザス発の内乱は起こらなくなる事も確実なのだが。
 この部分だけを聞くと良い事のように感じるかもしれないが、地脈と言うのはその地方だけで完結している物ではない。アルザスに集まっている地脈は当然のように別の地方にも繋がっているので、ここで起きた地脈の乱れによる混乱がまったく別の場所で、更に大きな被害を発生させる可能性も非常に高く成る。

 もっとも、これは本当に最悪の可能性。大半の場合、小細工で一時的に地脈を弄ったとしても戦後に適切な処置を行えば大きな問題は残らない事の方が多い。

 但し、今回の作戦が失敗して俺やその他の地脈を制御出来る能力者が全員死亡した場合は、後にどう言う事が起きるのか分からないのだが。

「流石に、その話を聞いては無理ですな」


☆★☆★☆


 堅牢な中世ヨーロッパの城内。魔法に因る明かりは元より、たいまつ、更に言うと明かり取り用の窓さえ存在しないここには、ほんの僅かな月明かりさえ差し込む事はない。
 しかし――
 しかし、ここが真なる闇の中であろうとも今の俺たちの動きには何の問題もない。そもそも、闇に因り行動を阻害される程度の術者ならば、このような危険な作戦を実行する訳はない。

 自らの足元に伏せていた二頭の魔狼を呪符へと還すタバサ。
 周囲には肉が腐ったかのような鼻を突く臭気と、そして隠しきれない鉄さびにも似た異様な臭いが充満している。
 いや、少し違うか。そう考え、首を横に振る俺。
 ここにはもうひとつ、異様な臭いが微かに漂っていた。
 それは、病院などで嗅ぐ事の出来る薬品の香り。二十一世紀の世界からやって来た俺の感覚からすると、人の死に関わる場所に漂って居たとしても何ら奇妙でもない香りなのだが、ここハルケギニア世界の医療技術は中世ヨーロッパレベル。更に言うと、ここは戦場の最前線。ここでは濃い血臭を感じたとしても不思議でも何でもないが、二十一世紀の日本の病院で嗅ぐ事の出来る薬品の臭いに似た香りが血の臭いの中に混じると言うのは……。

 暗黒に包まれた状況故にはっきりと見えている訳ではないが、靴が伝えて来る石の感触に混じる妙に粘つく液体の感覚。こいつが現在のこの場所……シュラスブルグ城内の王の間。俺やタバサと因果の糸で繋がるシャルロット姫が今、存在する場所へと繋がる回廊の状態を伝えて来ていた。

 タバサが召喚した二頭の魔狼に因り首を失った複数の死体。
 そう、巧妙に隠されていた扉から跳び出して来た兵士たち。本来、闇に包まれたこの石造りの回廊では、その扉を肉眼で発見する事は不可能であったハズ。しかし、その時には既にタバサに因り放たれた呪符から発生した魔狼が彼らの奇襲を無効化。そして、その三分後にはもう――
 おそらく無駄な行為となる事が確実なのだが、胸の前で両手を合わせ、不幸な死者。元シュラスブルグの街に暮らしていた人々に対して冥福を祈る俺。

 その時、死体を調べていた湖の乙女が上目使いに俺を見上げ……そして小さく首を横に振った。
 成るほど。そう独り言のように発する俺。それに、ここに到着するまでの経過を思い返してみると、矢張り昼間の内に語った推測は――


☆★☆★☆


「流石に、その話を聞いては無理ですな」

 少し残念そうな雰囲気を発しながらも、そう言うランスヴァル卿。まぁ、彼の気持ちも分からなくはない。先ほど俺が提示した作戦は戦車と言う新しいオモチャが使える上に、自らが率いている騎士たちが危険に晒される事も考えられない作戦なのだから。
 むしろ、遠い未来に少々のリスクがあったとしても目先の利益を考えるのなら、この作戦を実行してリュティスに対する隕石落としを阻止した後に、その結果、未来に起きる可能性の高い不幸な出来事を回避する方策を考えても問題ない、と判断する可能性だってあったはず。

 もっとも……。

 もっとも先ほどの作戦が、俺が用意した三つの策の内で一番劣る作戦だと考えるのなら、これから先に提示されるふたつの作戦は先ほどの作戦よりもマシだと考えられるので……。
 おそらく其方の内容を聞く事を優先。その後に三つの作戦の内のどれを採用するのか決める心算なのでしょうが。

「それでは中の策」

 元々下策が採用される可能性は皆無だと考えて居たので、その事に関しては大した感慨を抱く事もなく淡々と話しを進める俺。少なくとも民を害する可能性のある作戦を、他の作戦も聞く事もなく選ぶような指揮官ならば、以後はそのレベルに相応しい対応に俺の方が変えるだけ。
 そう言う意味で言うのなら、目の前の老将は俺の試しの第一関門は突破出来たと言う事。
 ならば――

「シュラスブルグの城を土台毎、大地から引っこ抜いて大遠投。今まさに落ちて来ようとしている巨大な隕石に当てて相殺する」

 政庁を兼ねて居るアルザス侯の邸宅だけを持ち上げたのでは奴が其処に確実にいる証拠がない以上、もし生き延びていた場合に非常に厄介な事態が発生するので、シュラスブルグの城壁の内側はすべて持ち上げる必要がある。
 そして、その地球産の小惑星と言うべき代物を俺の生来の能力……重力を操る能力で大遠投。

「結果、落ちて来る小惑星と、それを呼び寄せようとした悪人を同時に始末出来るので、これぞまさに一石二鳥と言うべき結果を得る事が出来る」

 何と言うか、オマエ正気か? ……と問われても仕方がない内容を妙に真面目腐った表情で語る俺。
 当然――

「いや、殿下。流石にその作戦は実行不可能な策のように私には思われるのですが……」

 確かに、非常にシンプルな作戦ですから、内容は一度聞けば理解出来るのですが。
 これの何処が中の策だ、このくそガキが。……とは流石に立場上言えないので、何と言うか奥歯に物の挟まったかのような微妙な口調でそう問い掛けて来るランスヴァル卿。
 もっとも、これは当たり前の反応。確かに俺の能力に関して大まかな説明を受けているとは思いますが、まさか人間レベルで、そんな常軌を逸した事が出来る存在が居るとは思わないでしょう。

 これも予定通りの反応か。そう考えながら視線を目の前の古強者から、少し離れた位置に停められた黒鋼の車体に移す俺。
 そして同時に生来の能力を発動。

「な、馬鹿な!」

 一瞬、何が起きたのか分からなかったランスヴァル卿。しかし、それも本当に一瞬の事。
 彼の目の前の何もない空間に踊る三両の黒鋼の車体。確かコレの総重量は一両当たり七十トンぐらいあったと思うから、三両合わせると余裕の二百トン越え。
 その二百トンを超える物体が、ジャグリングの玉の如き軽快さで宙を舞う姿は一種、異様な光景だと言わざるを得ない。

 そして、

「さて、この程度では信用されない可能性もありますか」

 そう言った後、空中で三両のティーガーⅡをくっつけ、それに対して周囲から徐々に圧力を掛けて行く俺。
 それは油にまみれた総重量二百トン越えの鉄の塊。それがどんどん、どんとんと小さくなって行き……。

「一応、俺の能力……念力でならば、このまま次元に穴を開けられるレベルまで圧力を掛けて行く事も可能ですが。どうです、あらゆる物質が超重力によって潰されて行く様を見たいですか?」

 既に元の形を欠片も残していない……どころか、宙に浮かぶ巨大な炎の塊となった戦車を指差しながら、そう問い掛ける俺。尚、念力とは地球世界の超能力。テレキネシスやサイコキネシスなどと呼ばれる能力の事ではなく、ハルケギニアのコモンマジックの中に存在する魔法の方の事。おそらく両者は作用する形は似ているが、それが発動するメカニズムと言うか、原理が大きく違う物だと思うのだが……。
 もっとも、俺としては予想よりも早い段階で炎の弾となった事に対して、少し舌打ちをしたい気分。確かにそれほど問題がある訳でもないのだが、既に昼食中のガリアの騎士たちの中に、ここで起きている事態に気が付いた連中の間で小さくない騒ぎが発生しているようなので……。
 そう、これ。鉄の塊が炎を纏って居る状況は、別に戦車に掛けた圧力が限界点を越えた訳などではなく、最初ゆっくりと圧力を加えて行ったが故に、戦車のタンク内に残った油が漏れ出て来ただけ。そして、流石に弾薬やガソリンが爆発する事は警戒して外側から高圧力を掛けて居たのですが、漏れ出て来た油が燃え始める事に関しては多少ルーズだった為に一気に燃え上がり、元ティーガーⅡが氷空を舞う炎の弾と化した、とそう言う事。

 俺の能力の基本は重力を操る事。それは別に重い物を宙に浮かせたり、逆に軽い物に重さを掛けたりしか出来ない能力ではない。最大まで能力を行使すれば任意の場所に次元の穴を開く事すら出来る能力。
 普段、俺が剣圧で遠方の物を切り裂いたり、飛んで来る物体を迎撃したり出来るのは、この能力の応用。つまり、剣を振るった際の威力で攻撃しているのではなく、任意の空間の次元を切り裂いている、と言う事。

 ただ、あまりにも大きな亀裂を作って仕舞うと、其処にあらゆるモノを吸い寄せる穴が発生。そのまま際限なく周囲の物を吸い込み続けながら巨大化して行き……結果、自らの暮らす世界に取り返しの付かないダメージを与える可能性があるので、普段は簡単に消滅するレベルの小さな亀裂を作り出している。
 そう言う事。
 故に、能力の絶頂期に当たる現在の俺は、シュラスブルグの街ごと持ち上げて、それを宇宙の彼方へと投げ飛ばす事ぐらい朝飯前……と言う訳。そりゃ人工のブラックホールを発生させられるだけの馬鹿力があるのなら、大抵の事はどうにかなる。

「成るほど、先ほどの作戦が実行可能な作戦だと言う事は理解出来ました」

 いや、皆まで御見せ頂く必要はありません。そう断った後に、言葉を続けるランスヴァル卿。その感情の中に隠しきれない負の感情。
 これは間違いなく否定。それに、彼が何を否定しているのかについても分かっている心算でもある。

 それは――

「シュラスブルグの住民の事を心配しているのですか、ランスヴァル卿?」

 当たり前の俺の問い掛けに、渋面を作りながら、

「騎士であると同時に、ガリアの軍人である以上、命令とあれば従いはしますが――」

 ……と答えるランスヴァル卿。そして、更に続けて、

「確かに、アルザス侯爵は大逆の罪に当たるとは思いますが、その罪を領民にまで償わせる必要はないと思います」

 ランスヴァル卿の台詞は至極真っ当な騎士……俺がイメージする西洋風のファンタジー小説や漫画、アニメなどに登場する騎士さまの標準形の台詞だと思う。
 ただ……。

「ならば聞きますがランスヴァル卿。貴卿がここに布陣してから一週間近く経って居るはずですが、その間、シュラスブルグ城に出入りする住民の姿の報告を一度でも受けましたか?」

 俺の問いに首を横に振るランスヴァル卿。そして、更に続く俺の問い。

「ならば次の問い。シュラスブルグ城内。政庁を兼ねているアルザス侯爵の邸宅以外の場所から煮炊きや暖房に因る煙が上がっている事が確認された事は?」

 その問いに関しても、当然のように首を横に振るランスヴァル卿。

「不思議だとは思いませんか、この真冬に煮炊きや暖房用の槇も使用せず、確かに真冬故に城の外の農地の見回りもあまり必要ではないのかも知れませんが、それでも八日もの間、生きて動いている住民の姿が一切、見えないと言う状況は?」

 そもそも、このガリアの騎士隊はシュラスブルグ城の周りを十重二十重に取り囲んでいる訳ではない。かなり距離を取った、安全だと思われる地点に陣を張った状態なので、シュラスブルグ城内の状態は普通に考えると少し緊張感があるかも知れないが、それでも平時と大きな違いはないはず。
 まして、ここに居るのは騎士三百人にその従者たち。総数で言うとテルモピュライの戦いに従軍したギリシャ軍よりも少ない人数しかいない。
 対してアルザス侯爵麾下の総兵力は平時ならば千程度だと思うが、今はその数倍はいるはず。住民の数は二万人足らず。

 流石にこの数の敵を必要以上に恐れるとは思えない。おそらく、城門の間近に包囲戦を行える規模の軍隊が接近しない限り、シュラスブルグの住民たちは危機感を覚える事はないでしょう。

 しかし――

 しかし、その割にはシュラスブルグ城の静まり返った様は異常。確かに、俺の探知能力はそれほど正確とも言い兼ねるが、しかし、それでも今現在の俺が感じている気配は、シュラスブルグ城のある方角に大きな……二万人以上の人々が生活している気配を感じてはいない。
 更に……。

「秋に猛威を振るった疫病に関しても、今回の隕石落としと同じ触媒を使った世界に掛けた呪い。その疫病は果たして(かか)る相手を選んで猛威を振るっていましたか?」

 そんな事はなかった。そもそもその疫病の際に、オルレアン大公の妻は死亡し、更にその毒牙はタバサにも及ぼうとした。
 彼女が助かったのは俺が傍に居たから。それ以外の理由は存在しない。

 そして、

「アルビオンがトリステインの軍を打ち破った際の詳細な状況の報告を受けていますか?」

 あの一方的な戦いの結末は確かにイタクァやバイヤキーによる空中戦であったのだが、トリステイン軍をアルビオンの大地から追い出したのは、死体の状態の良い部分を継ぎ接ぎにしたフランケンシュタインの化け物の軍隊。
 ここまで矢継ぎ早に発せられた問いの答え。いや、その問いの答えの指し示す先について、当然、彼自身もとっくの昔に気付き、疑問に思いながらも、敵……アルザス侯も同じガリアの貴族であり、騎士である。……と言う思い込みから、その答えに目を瞑り続けて来た事に対して少しの陰気を発するランスヴァル卿。

「俺が作った剪紙鬼兵と同種の物を人間の死体を用いて作り出す外法も存在する」

 まして、そもそも、その隕石を落とす為に必要とされる魔力をアルザス侯爵は一体、何処から融通しているのか。少なくともこの近辺の霊脈……と言うか、ガリア国内すべての霊脈は今、ガリア王家が精霊との契約を交わしているので、それ以外の魔法使いが乗っ取る事はほぼ不可能。この辺りの謎と、俺の探知能力や、ランスヴァル卿の配下が調べて来た情報が指し示す方向は――

「しかし、アルザス侯は四つの系統魔法すべてを極めた俊才。流石に全住民を生け贄にして魔法を発動させるような真似を……」

 そう言い掛けてから、俺を見据えるランスヴァル卿。確かに真っ当な騎士なら、と言うか、真面な人間なら同じ人間を生け贄にした儀式魔法など出来る訳はない。しかし、相手は魔法が使えないような存在を自分と同じ人間だと考えない奴。
 ましてコイツの目的がタバサの予想通り俺への復讐。絶対の自信を持っていた。ある意味、奴のアイデンティティの源であった魔法の模擬戦で、その魔法を全力で使用する奴を、表向きは魔法を一切使用する事もなくコテンパンにのして仕舞った俺に対する復讐と考えるのなら、それは俺だけが目標などではなく、あの場に居たすべての存在に対して向けられている。
 自分を笑い者にしたすべての存在に対する復讐。
 ……そのような暗い情念も当然、転生を行う際の一助にはなる。俺としては迷惑千万な話なのだが、それでも止めてくれ、と言える立場にはない。

「流石にその策も実行する訳には行きませんな」

 かなり難しい顔をしたランスヴァル卿がそう断じる。しかし、その直後に表情を崩した。
 そして、

「それにそもそも、王太子殿下御自身にその策を為す心算がない以上、出来る、出来ないを論じる以前の問題だと私は思いますが」

 確かに、殿下の見立て通りシュラスブルグの民がすべて居なく成っていたとしても、殿下がシャルロット姫を見捨てられるとはとても思えないのですが。

「で、殿下一押しの上の策と言う物を聞かせて頂けますかな?」


☆★☆★☆


 何故、俺と今、アルザス侯爵の元に居るシャルロットとの間に繋がりがある事をランスヴァル卿が知っていたのか少し疑問なのですが……。
 結局、昼の間に交わされた会話により厳選されたメンバーによるシュラスブルグのアルザス侯爵の邸宅への侵入……と言う策が採用される事と成りました。
 もっともこれは当然の帰結。そもそも一言の呪文だけでラグランジュポイントに浮かんでいる小惑星がリュティスに向け落下を開始する可能性が有る以上、シュラスブルグの城門を攻めるなど下策も良いトコロ。中の策は実現性が高いし、実際有効だとは思うけど、ランスヴァル卿の言うように俺には実行出来ない。
 あの段階で八割までシュラスブルグに真面な生者が居る可能性はゼロに等しい……と考えて居たのは事実。しかし、残りの二割は自身の探知能力を疑っていたのもまた事実。それに、ここにはタバサの妹も囚われている上に、トリステインの魔法学院より彼女を助け出したシャルロット姫の親友と名乗る赤毛の少女も居るらしい。
 最悪でもシャルロット……タバサの妹だけは生きている。虚無の魔法が行使出来るのは生者だけだったはずだから。

 ならば、夜陰に紛れて城に侵入。小惑星召喚用の術式を行使させられている可能性の高い、正気を失った状態のタバサの妹シャルロットを救い出し、ついでにアルザス侯爵を捕まえる、と言う作戦しか方法はないでしょう。

 まぁ、あまり過去に囚われて居ても良い知恵が浮かぶとも思えない。そう考え――

「どれぐらい前に死亡したか。それも分からないのか?」

 タバサの召喚した魔狼に倒された兵士を調べていた湖の乙女に対して問い掛ける俺。

「不明」

 しかし、首を横に振る彼女。
 但し、この俺の問い掛けも異常ならば、それに対する彼女の答えもまた異常。何故ならば、この兵士たちは先ほどまで確かに動いていたのは事実。
 死亡したのは先ほど。俺たちに襲いかかろうとして、逆にタバサの召喚した魔狼に倒されて終った瞬間が正しい答えのはずなのだが……。

「何らかの作用で心臓が動いて居たのは間違いない。しかし、もしこの兵士たちが先ほどまで生きて居たと仮定した場合、この兵たちは外気温と同じ体温で人間が活動していたとしか思えない」

 今、俺の周囲は風の小さき精霊たちの作用により気温は快適とは言えないまでも、それでも活動に齟齬が発生するような気温ではない。
 これは当然、城に侵入する際に空気に何か侵入者を無力化して仕舞うタイプのガスなどが混入されている危険性や、そもそも、俺たちが動く事によって発生する音や気配から、俺たちが城内に侵入した事を敵に気取らせない為の処置でもある。
 但し、それは俺たち三人の周囲、大体十センチ以内の事。それ以上に離れた場所は、このハルケギニア世界のアルザス地方の冬の夜に相応しい気温である事は間違いない。
 おそらく現在の気温は氷点下二、三度と言うトコロだと思う。
 ……と言うか、これでは血液でさえ凍る。筋肉も真面に動かせる訳もなく、関節を無理に動かそうとすると、普通の場合、其処から簡単に折れて仕舞う事でしょう。

 成るほど、矢張りここには――

「シュラスブルグ城が近付くに従って強くなって来た違和感。不吉で、妙に昏い感覚の理由は……」

 俺自身に非常に馴染みの深い感覚。死の穢れ――
 そう考え掛けた瞬間、妙に強い光源に照らし出される。

 そして、その光の向こう側から、妙に間延びした男性の声が掛けられた。
 それは――

「戦闘力五か。……ゴミめ」

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『介入者』です。
 
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