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大淀パソコンスクール

作者:おかぴ1129
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食事の予定は……
  昼

「先生。ワシが昨日作った『夏祭り計画表』が真っ白けになっとるんだけど……」
「ほいほい?」

 ぷるぷると震えるコウサカさんにそう言われ、俺はコウサカさんと共に震えながら画面を見る。……なるほど。言われてみると、確かに真っ白けで、昨日俺と一緒に作った、夏祭りのタイムテーブル表の姿形がまったく見当たらない。これじゃただの白紙の紙だ。

「おかしいですね……俺も保存した瞬間を見てましたし……」
「そうだよねぇ……」

 コウサカさんは俺の方を、震えながら不思議そうな顔で見る。昨日、あれだけ苦労して表を仕上げ、四苦八苦しながら紙の右下隅っこに、三角形の『夏祭り抽選会参加券』を作ったコウサカさん。俺に対し、プルプルしながらも『いやぁ、苦労したけどもうすぐ完成ですなぁ!!』とうれしそうな笑顔を見せていたコウサカさん。そんなコウサカさんの笑顔も、今は見る影もなく、しょんぼりと落ち込んでいる。

 コウサカさんが、震える右手でマウスを操り、『夏祭り計画表』を保存した瞬間は俺も震えながら見ていた。確かにコウサカさんは常日頃プルプルと震えているが、その操作に間違いはなかった。

「んー?」

 もう一度、ファイルを開くダイアログを出してみる。そして『夏祭り計画表』の保存日時を確認してみた。

「……?」

 違和感がある。保存したのは昨日のはずだ。それなのに、保存した日時が今日……もっというと、つい3分前の時刻になっている。

「コウサカさん」
「はいはい?」

 おれは、コウサカさんが開いている、真っ白けになってしまった『夏祭り計画表』に、一行だけ『うおおおお』と文字を入力し、そのフォントサイズを最大に設定した。超巨大な『うおおおお』は、なんとも言えない存在感がある。その存在感あふれる『夏祭り計画表』を、俺は再度上書き保存した。

 今から俺とコウサカさんが行うのは、検証だ。

「一回Wordを閉じて、もう一度開いてみましょうか」
「はいー。でもなんで真っ白になったんだろう……?」

 コウサカさんは眉を八の字型にして、震えながらWordを立ち上げた。Wordが立ち上がるまでの間、震えながら画面を眺める、俺とコウサカさん。コウサカさんのメガネが、震えのため少しだけズレ始めていた。

 やがてWordが立ち上がった。コウサカさんは何食わぬ顔で新規の『白紙の文書』を選択し、何も入力されてない白紙の文書を開く。つづいて……。

「んじゃ、さっきの『夏祭り計画表』を開きますねー……」

 と震えながら宣言し、何の迷いもなく『名前をつけて保存』の項目を選択していた。そのまま保存ダイアログで『夏祭り計画表』をクリックし、そのまま『保存ボタン』を押す。

――上書き保存してよろしいですか?

「よく分からんけど、とりあえず……」

 コウサカさんはそういい、確認メッセージの内容をよく読まずに『はい』をクリックしていた。

「コウサカさん。理由がわかりました」
「そうなの?」
「はい。コウサカさん、『夏祭り計画表』を開くつもりで、この真っ白けの紙を『夏祭り計画表』の名前で保存しちゃったんですよ」
「へ?」

 コウサカさんは、見ての通り高齢だ。メガネもかけ、身体もプルプルと震えている。そのため画面がよく見えず、『開く』をクリックしたつもりで『名前をつけて保存』を選んでしまい、それで『夏祭り計画表』をクリックして選択してしまったんだろう。

 『名前をつけて保存』ダイアログが開いている時、表示されているファイルをクリックしてしまうと、ファイル名の項目にそれがセットされてしまう。そのままコウサカさんは。『開く』ボタンをクリックしたつもりで、『保存』ボタンを押してしまったようだ。結果、真っ白けの文書が『夏祭り計画表』で保存されてしまい、元々の『夏祭り計画表』は上書き保存されてしまった……きっとそれが、この真っ白け事件の真実なのだろう。

「ボタンをクリックしたときに、『上書き保存してよろしいですか?』て出たのは、気付いてました?」
「え? そんなの出たっけ?」
「ほら、途中でコウサカさん、『はい』か『いいえ』かの選択を迫られて、『はい』をクリックしてたじゃないですか」
「ぁあ……あれ、そんなことが書いてあったの?」
「そうなんです。読まずに『はい』をクリックしてたんですか?」
「だって、読んでも意味がよくわからないから……」

 ……これは、このパソコン教室で働くようになって気付いたのだが、初心者の人は、思った以上にパソコンからのメッセージを読まない。生徒さんの中でも、『はい』か『いいえ』かの選択を迫られただけで、パニックに陥って『せ、先生ッ!?』とヘルプミーする人が大半だ。

 パソコンに慣れてない人からしてみれば、確認メッセージが出ただけで、心臓を鷲掴みされたかのような恐怖感に襲われると、黄金糖のタムラさんが以前に言っていた気がする。

『先生たちは慣れてるからいいけど、私たちは『〇〇していいですか?』てパソコンに聞かれただけで、『ふぁぁぁああああ!?』て大騒ぎするんですよー。だって分からないから』
『メッセージを読んでる余裕なんてないです。『壊しちゃったのかも!?』って思っただけで、もう怖くて怖くて……』

 ……やがてその壁を乗り越えると、『よく分からんけど『はい』をクリックすれば、この意味不明なメッセージは消える』ということを覚え、出てきたメッセージはとりあえず『はい』をクリックして、消そうと試みる。

 ……そう、先ほどのコウサカさんのように。

 コウサカさんは、上書き保存の確認メッセージをまったく読まず……つまりパソコンが何を訴えているのかをまったく確認せず、『はい』をクリックしていた。

 怖くてパニックになってしまう人と、とりあえず『はい』を押してしまう人。その共通点は、『メッセージを読まない』ということだ。

「ひぇええ……んじゃ、ワシの操作がダメだったの……?」
「はい」
「完全に消えちゃったの?」
「一縷の望みもなく……」
「なんとかならないの……?」
「可能性はゼロです……」
「そっかー……まぁ、しかたないね! 練習だと思って、もう一回最初から作りますよ!!」
「そう言ってくれると助かります! 俺もできるだけフォローしますから!!」

 爽やかな笑顔で再挑戦を誓ってくれたコウサカさん。そして、そんなコウサカさんのへこたれない明るさに心を打たれた俺。がっちりと固い握手を交わす、二人の震える男。

「先生! フォローをよろしく頼みますよ!!」
「こちらこそ! 素晴らしい『夏祭り計画表』を、もう一度作りましょう!!」
「先生っ!」
「コウサカさんっ!!」
「貴公……」

 向かいの席から、呆れ果てるソラール先輩の声が聞こえた。希少価値の極めて高い先輩の突っ込み? 諦観? の声を聞きながら、俺とコウサカさんは、固い握手を交わしたあと、熱い抱擁で震える互いをたたえ合った。

 ……さて。今晩は、あのアホと晩飯を食いに行く約束をしている。

――カシワギせんせー! 私はオーソドックスに単装砲で行くから!!

  でもせんせーは、魚雷でも連装砲でも、何使ってもいいからね!!

 これは、昨晩おれが『お前は酒は飲めるか? 飲みたいか?』と聞いた時の、川内の返事だ。あいつの頭の中では『夜に飯を食う』イコール『夜戦』という、もし証明されればノーベル理不尽賞間違い無しの方程式が、成立してしまっているらしい。そこに邪気はなく、純粋にそう信じているから始末に負えない。ひょっとしたら、俺は今晩、その方程式の論破をしなければならないのかも知れない。そう考えると、先が思いやられる。

 コウサカさんの計画表の作成を手伝う傍ら、そんな心配事が頭をかけめぐり、俺はさっきのテンションの高さとは似ても似つかぬ、フラットでダウナーな気分になった。頭を抱えている俺とコウサカさんがプルプルと震えていると、俺達の席の向かいで授業をしている、神通さんとソラール先輩の声が聞こえてくる。

「神通、そこの計算式には、絶対参照を使用する必要がある」
「絶対参照……とは?」

 おー絶対参照かー。あれはExcelを扱う上では必須のワザだ。ぶっちゃけグラフやデータベースと同じかそれ以上に重要なワザだと俺は思ってる。神通さんには、ぜひとも物にしていただきたい。

 ……そういや今日の川内も、f4を使った連続操作をやる予定なんだよな。姉妹そろってf4の利用方法を同じ日に学ぶなんて、不思議なこともあるもんだ。

 ソラール先輩がどんな風に絶対参照を教えるのか興味が湧いた俺は、コウサカさんの手伝いをしつつ、向かいの席の二人の会話に聞き耳をたててみる。震えながら。

「貴公は不思議に思ったことはないか? オートフィルで計算式をコピーしたとき、なぜ計算式の答えが常に正しいのか」
「ええ。まるでこちらの動きに合わせて艦載機で援護をしてくれる、空母の方々のような頼もしさがあります」
「それは、セルの参照が、偉大なオートフィル(おーとふぃるりょく)でずれていくからだ。故にこちらでセル参照をいちいちずらさなくても、計算式は常に正しい」
「頼もしいですね」
「だが、今回はそれが仇となる。……神通、まずはそのまま、オートフィルで計算式をコピーしてみるんだ」
「はい……ゴクリ」

 相変わらず話が大げさだなぁ……確か神通さんの今回の課題って、特定セルに税率を設定して計算するところだから、計算式を立てるときに絶対参照にしないと、オートフィルでコピーした時にセル参照がズレで正しい計算ができなくなるはずなのだが……

「そ、そんなバカなッ!?」

 神通さんの悲鳴が、教室内にこだました。

「おや、先生も耄碌ですか」

 俺の隣のコウサカさんが、プルプルと震えながら笑顔で俺に問いかけた。そういうわけではないのだが、震えるコウサカさんと話をしてると、なぜか俺も震えてくる。

「そういうわけではないんですけどね」
「それにしても向かいの神通ちゃんとソラール先生の授業、大変そうですなぁ」
「コウサカさんもこれ終わったら、エクセルやってみます?」
「ワシはいいかなぁ〜。計算とか得意ではないですからね」
「残念、面白いのに」

 俺とコウサカさんの朗らかでのんきな会話の間も、向かいの席では阿鼻叫喚のExcel教室が続いている。しかしセリフだけを聞くと、どう贔屓目に見ても、Excelの授業とは思えないから不思議だ。

「先生!? コピーしたセルにところどころに、『#VALUE!』の文字が!?」
「そのとおり。これは、オートフィルでコピーする時に、Excelが気を利かせて参照セルをズラしてくれているからだ。いつもは心強い機能が、ここでは仇となっている」
「私たちを航空爆撃で援護してくれるけど、基地運営にも心を傾けねばならない諸刃の剣……まるで基地航空隊のようですね……」
「このままでは、世界は火を継ぐ者のいない、闇の王エンドを向かえてしまう。そうなってしまえば……」
「……この戦いで勝利を手にすることは……このままでは、人類は……世界は……ッ!」
「古い言い伝えでは……太陽がなくなると世界は氷りつき、花は枯れ鳥は空を捨て、街中焦りだし騒ぎ立て、人は微笑みをなくすという……」
「い、一体、どうすれば……!? この海域では、私たちは敗北するしかないということですかソラール先生!?」

 色々とおかしなことになってきた。たかだか絶対参照を忘れただけで世界が崩壊するというのなら、すでに世界は何兆回も崩壊しているはずだ。深海棲艦との戦争も終結してるし、世界は平和そのものだというのに。

 しかし、やっぱ神通さんって、あのアホの妹だけあって、どこか妙なんだよなぁ……。優しくていい人ではあるんだけどさ……。

「では神通、もう一度はじめからやり直そう。世界に太陽を取り戻すためにッ!!」
「はい! 仲間の命を救うため……この海域で無事に生き延びるため!!」

 太陽と神通さんの仲間の命って、絶対参照で救えるんだと、俺は妙に関心した。それは隣のコウサカさんも同じだったらしく、俺とコウサカさんは、互いに顔を見合わせる。震えながら。

「ではいくぞ」
「はい……ゴクリ……」
「神通、もう一度計算式を作ってくれ」
「はいッ……!!」

 ソラール先輩の指示が終わると、キーボードを叩くパチパチという音が聞こえてきた。神通さんが計算式を入力しているようだ。その音からは迷いや困惑はない。

 そして、カチリという左クリックの音が鳴り響いた瞬間である。

「そこだッ!!」

 ソラール先輩の大声が教室内に轟いた。

「ひゃいッ!?」
「はうッ!?」

 聞き耳をたてていた俺とコウサカさんが、ソラール先輩の声に驚いてしまい、思わず二人揃って声を上げてしまう。震えながら。

「コウサカさん! しぃー!! 向こうの邪魔になりますからッ……!!」
「いや、しかし先生だって声を出して……!!」

 この時、俺とコウサカさんの二人は、あまりにびくっとしてしまい、手を握り合ってしまっていた。この事実は、みんなには内緒にしておこう……そして俺達が震える手でお互いを支えあっている間も、向かいの授業は続く。

「そ、ソラール先生!?」
「そこだ神通!! セル指定をしたら、そのタイミングでf4を押すんだ!!」
「は、はい!!」
「違う!! fと4を一緒に押すのではない!! ファンクションキーの『f4』だ!!!」
「はい!!!」

 俺はパソコン歴はもうかなり長い。Excel歴もそれなりにある。だけど、こんなに熱く絶対参照の設定を行う人というのは、初めて見た気がするよ……。確かに重要な設定だし覚えておいて損のない操作だけど、そこまで熱く語るものではないと思いますが……?

「そしてf4を押したら、計算式を確認してみてくれ」
「セル番地に……ドルマークがついている……?」
「その通り。これで、火を継いで世界を救う準備が整った」
「こ、これで……みんなを助けることが……!」
「神通……オートフィルを」
「はい……」

 なんだか俺まで緊張してきた。隣のコウサカさんを見る。コウサカさんも、息を呑んで向かいの席を見つめている。どうやらコウサカさんも、俺と同じく向かいの席の顛末が気になるようだ。その深刻な眼差しが、それを如実に伝えている。震えてるけど。

「せ、先生ッ!! 計算が! 計算が……狂いません!!!」
「よくやった神通!! これで無事、火を継ぐことが出来た!!」
「はい!! 仲間の命を救うことが……海域を突破することが……出来ました……!!」
「さすが俺の太陽!!」
「先生も、さすが私の提督です!!」

 よかった。神通さんは、無事絶対参照を乗り越えたようだ。椅子から勢い良く立ち上がったソラール先輩が、Y字のポーズで気持ちよさそうに上に伸びているのが見えた。声から察するに神通さんもかなり嬉しそうではあるが、流石にあのポーズを取るのは恥ずかしいらしく、席を立つ音は聞こえない。でも声は本当に嬉しそうだ。

「コウサカさん、世界は救われたようですよ!!」
「よかったですなぁー先生!!」

 俺とコウサカさんも、震える右手で固い握手を交わす。よかった。神通さんは無事に海域を突破し、世界は凍りつかず花は枯れずに済んだようだ。隣のコウサカさんの晴れ晴れとした笑顔が眩しい。太陽も無くならず、コウサカさんの笑顔が失われることもなかった……よかった。世界は、神通さんの絶対参照によって救われた。救われたのだ。

 ……あれ。俺の立場って、この教室に対する突っ込み役だと自負していたのに……?

「よかった……よかったですな! カシワギ先生!!」
「ええ。……ではコウサカさん。俺達もやりましょうか」
「はい! ワシらも世界を……惚れた婆さんを救いに行きましょう!!」
「コウサカさんの奥様はきっとそんな事態に陥ってはないと思いますが、作業に入ることには賛成です!!」

 かろうじて思い出した自分の役割を思い出すように、コウサカさんに突っ込みを入れる俺。震えてるけど。

 ちなみに不思議なもので、コウサカさんが『惚れた婆さん』という熱いセリフを吐いた時、俺の頭にはなぜか、あのアホの魂の叫びがこだましていた。

――やせぇぇぇえええええええん!!!

「先生、どうしました?」
「……いや、思い出したくない絶叫を思い出しましてね」
「それはワシにとっての婆さんのように、先生にとっての大切な人なのかもしれませんな?」
「貴公……」

 かんべんしてくれ……確かに一晩共に過ごしたけど……そして今晩、一緒に飯を食いに行くけれど……。

 
 

 
後書き
Excelで絶対参照を使用する際、二通りのやり方があります。

1.セル番地の行番号と列番号に自分で$マークをつける
2.セル番地のすぐ隣にカーソルを移動させ、f4キーを押す

どちらを使ってもOKです。
$マークがついていれば固定出来るということを忘れなければ。
 
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