亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第五十一話 第七次イゼルローン要塞攻防戦(その1)
帝国暦 486年 4月 27日 07:00 イゼルローン要塞 トーマ・フォン・シュトックハウゼン
司令室には緊張感と不安感が漂っていた。オペレータ達は忙しそうに仕事をしているが参謀達は皆押し黙ったまま口を開こうとはしない。時折視線を交わしているだけだ。
司令室のドアが開きイゼルローン駐留艦隊司令官、ハンス・ディートリッヒ・フォン・ゼークト大将が参謀達を連れて入ってきた。その瞬間私の周囲に居る参謀達が顔を顰めるのが見えた。しようの無い奴らだ!
このイゼルローン要塞には要塞司令官の私と駐留艦隊司令官のゼークト大将がいる。我々には上下関係は無い、イゼルローン要塞の防衛戦において我々は同格の立場で反乱軍と戦うことになる。
同じ職場に同格に大将が二人いるのだ、当然だが仲は良くない。いやそれ以上に周囲の参謀達の仲が悪い。顔を顰める事など日常茶飯事で驚く様な事でもない。
ゼークト大将がこちらに早足で近づいてくると噛み付くような声で問いかけてきた。
「緊急の呼び出しとは穏やかではないな、一体何が有ったのだ」
言外につまらぬ事で呼び出したのならタダでは済まぬと言っているのが分かる。部下の前だからといって凄む事もないだろう。
「回廊内に反乱軍がいるようだ、あと六時間もすれば肉眼で見える様になるだろう」
私の言葉にゼークトの眉が跳ね上がった。彼の参謀達も驚きを露わにしている。
「馬鹿な、どういう事だ、それは」
「先程、駆逐艦ヴェルフェンから緊急連絡が入った。“反乱軍の艦隊を発見、規模、約五万隻”、その直後連絡が途絶えた。こちらから呼びかけても応答は無い。おそらく撃沈されたのだろう」
「……」
ゼークトが部下達と顔を見合わせている。信じられないという思いが有るのだろう。自分も同感だ、反乱軍はヴァンフリートで遠征軍を待ちうけているのではないかと思っていた。だがどうやら違ったらしい。彼らの狙いはイゼルローン要塞の攻略だ。
「私の独断で遠征軍、そしてオーディンに通報を入れた。至急来援を請う、とな」
ゼークトの眉がまた上がったが何も言わなかった。“俺に断りもなしに”などと言っている場合ではないと思ったのだろう。その点は認めてやる、良く抑えた。
「……オーディンはともかく、遠征軍には届くかな?」
ゼークトが覚束なげな表情で問い掛けてきた。思わず自分の口元が歪むのが分かった。確かにその点については不安が有る。
「十分おきに通信を送れとオペレータには言ってある」
「そうか……」
「遠征軍が戻るまで八日はかかるだろう。足止めを食らえばさらに日数は延びる」
私の言葉にゼークトが顔をしかめた。
「つまり、最低でも八日は我々だけで五万隻を率いる反乱軍と対峙しなければならんということか」
「そういうことになるな」
「他愛も有りませんな。イゼルローン要塞は難攻不落、恐れる必要など全くありません。しかも十日にも満たぬ期間を守れば良いのです。反乱軍は六度の敗戦が七度の敗戦になるだけです」
要塞司令部の参謀が詰らぬといった風情で大言壮語した。しかしそれを咎める人間はいない。皆同意するかのように頷いている。
誰もがイゼルローン要塞の堅牢さを信じ切っているのだ。“イゼルローン回廊は反乱軍兵士の死屍をもって舗装されたり” 帝国軍兵士が好んで使う言葉だ。私が問題提起をするほかあるまい。
「私はそうは思わんな、反乱軍を甘く見る事は危険だ」
「閣下!」
何人かの参謀が私を咎めるように声を出した、主に私の部下だ。残りは冷たい視線を向けている。
「どういう事かな、要塞司令官」
ゼークトが低い押し殺したような声で問いかけてきた。どうやらこの男も私の意見に不満のようだ。
「反乱軍が何の勝算も無しにイゼルローン要塞に押し寄せてくることは無い。前回はミサイル艇による攻撃、前々回は並行追撃作戦を考案してきた。二度とも失敗したが我々は危険な状態にまで追い込まれたのだ、油断はできない」
周囲を見渡したが皆不満そうな表情をしている。要塞の堅牢さを否定されたことがそんなにも面白くないのか。
「しかし、今回は僅か八日守れば……」
「だから危険なのだ!」
抗議しようとする参謀の口を封じた。こいつらは全くわかっていない。
「遠征軍が早ければ八日で戻ってくることは反乱軍とて分かっているはずだ。にもかかわらず要塞を攻略しようとするのは何故か?」
「……反乱軍は要塞を落とす自信が有る、卿はそう言いたいのだな」
「その通りだ、ゼークト提督。或いはかなりの長期間、遠征軍を足止めする自信が有るのだろう。そう考えて対処するべきだと思う」
「うむ」
最悪の場合は足止めどころか全滅という事も有るだろう。だがそれをここで言えば混乱するだけに違いない。今言えるのはこれが限度だ。ゼークトが腕を組み俯いて考え込んでいる。どうやらこの男も反乱軍が危険であることは理解したらしい。まあこの程度の事を理解できないようでは最前線の指揮官など務まる筈もない、当然か。ゼークトが腕を解いた。
「艦隊は要塞の外に置く、要塞主砲(トール・ハンマー)の射程内にて待機、反乱軍の動きを見る。直ちに準備にかかれ」
「はっ」
ゼークトの部下たちが敬礼をすると司令室を出て行った。それを見送ってからゼークトが私に視線を向けてきた。
何を話しかけてくるのか、或いは何を話すべきなのか、そう考えているとゼークトが声をかけてきた。
「反乱軍が要塞を攻略しようとすれば艦隊の無力化を図る可能性が有るだろう。要塞内に艦隊を保全した場合、メインポートを破壊されれば艦隊の出撃は出来ん。要塞司令官である卿を信用しないわけではないが、艦隊は出撃し反乱軍の動きに対応しようと思うが?」
一応こちらに了解を取ろうという気持ちが有るらしい。さすがに不安なのだろう、協力体制を取りたいという事か。
「承知した。こちらは要塞内に陸戦隊を配備する。また反乱軍がミサイル艇で攻撃してこないとも限らんからな」
「うむ、出来る限り反乱軍の動きを牽制するつもりだが、本格的な反撃は遠征軍が戻ってからになるだろう」
問題は無い、変に突撃されるよりもはるかにましだ。
「戻ってくると思うか?」
自然と小声になった。ゼークトは厳しい目で私を見たがそれだけだった。彼も不安に思っているのだろう。
オペレータが躊躇いがちに声をかけてきた。
「閣下、オーディンから連絡が」
「……分かった」
スクリーンにエーレンベルク、シュタインホフ両元帥の姿が映った。敬礼をすると向こうも答礼してきた。
『遠征軍との間に連絡はついたか?』
エーレンベルク元帥の言葉に視線をオペレータに向けるとオペレータは首を横に振った。
「残念ですがまだ連絡がつきません。こちらの送信を受信したかどうかも不明です」
私の言葉に両元帥の顔が歪んだ。私の責任ではないがそれでも身の置き所が無い思いだ。ゼークトも同様なのだろう、面目なさそうな顔をしている。
『こちらからも増援を送る』
シュタインホフ元帥が苦虫を潰したような表情で言葉を出した。
「増援ですか、しかしオーディンからでは」
オーディンからでは此処まで来るのに四十日はかかる。増援が来るまでに要塞攻防戦は終わっているだろう。今回のような急場には役に立たない。ゼークトも同じ思いなのだろう、眉を寄せて何か言いたそうな表情をしている。
『卿の言いたい事は分かる。今現在ミューゼル中将の艦隊がボーデン星系で訓練を行っている、兵力は約三万隻、至急そちらに向かうように指示を出した。約二週間でそちらに着くはずだ』
二週間、遠征軍が八日で戻ればこちらが優勢になった時点でミューゼル中将がイゼルローン要塞に着くことになる。反乱軍は間違いなく撤退するだろう。しかし遠征軍が足止めを食らえばミューゼル中将の艦隊が先に要塞に来る可能性が高くなる。
約三万隻の艦艇……、かなり状況は改善する。駐留艦隊と合流すれば帝国側が有利になるだろう。つまり八日ではない、最低二週間を耐える覚悟をする必要が有るという事だ。不満に思うな、当てにならない八日よりも確実な二週間だ。場合によっては遠征軍は反乱軍に敗れ戻って来ない可能性も有るのだ。
オーディンは最善の手を打ってくれている。我々は不利な状況にあるが孤立してはいない。気を強く持て。ゼークトも何度か頷いている、増援が来る目処がついたことで精神的に楽になったのかもしれない。
「了解しました、迅速な御手配、有難うございます」
私が両元帥に礼を言うとゼークトも礼を言った。それを聞いてからエーレンベルク元帥が厳しい表情で我々を注意した。
『後は遠征軍が戻るのを待つのみだ、それまでの間、両名は協力してイゼルローン要塞を守れ』
「はっ」
やれやれだ、そう思うのなら指揮系統を統一してほしい。同じ職場に同格の司令官を置くなど嫌がらせにしか思えん。毎回反乱軍が押し寄せる度に協力して戦えと注意するつもりか? 馬鹿げているだろう、隣にいるゼークトの顔を見て思わず溜息が出そうになった……。
帝国暦 486年 4月 27日 08:00 ボーデン星系 ミューゼル艦隊旗艦 タンホイザー ラインハルト・フォン・ミューゼル
「それにしてもイゼルローン要塞を攻略とは……」
「意表を突かれましたな、参謀長」
ケスラーとクレメンツが話しているのを聞いて思った。同感だ、確かに意表を突かれた。
中将に昇進後、一万隻の艦隊を率いる事になった。その他にメックリンガー少将、アイゼナッハ少将、ビッテンフェルト少将、ロイエンタール少将、ワーレン少将、ミッターマイヤー少将が三千隻を率いている。ミュラー准将は俺の艦隊の分艦隊司令官として三百隻を率いる事になった。
司令部の要員も新たに編成しなおした。当初メックリンガーを参謀長にという事も考えたがケスラー、メックリンガー、クレメンツと話し合い参謀長にケスラー、副参謀長にクレメンツと言う布陣になった。
政略面でケスラー、戦略戦術面でクレメンツ、そういう事だ。ケスラー、メックリンガーという組み合わせも考えたがクレメンツの方がヴァレンシュタインの事を良く知っているという事でケスラー、クレメンツの組み合わせになった。
皆、真の敵が誰なのか分かっている。今回の反乱軍の動きもあの男の考えだろう。遠征軍の撃破と見せかけて、イゼルローン要塞の攻略を狙っていた。
「問題は遠征軍が何時イゼルローン要塞に戻ってくるかだが……」
ケスラーの言葉にクレメンツが顔を顰めた。おそらくは俺も同様だろう。
「卿らは遠征軍が戻って来られると思うか?」
「……」
俺の問いかけにケスラーもクレメンツも黙して答えない、いや答えられない。
皆、厳しいだろうと考えているのだ。当然だが反乱軍、いやヴァレンシュタインは戻ろうとする遠征軍を足止めしようとするはずだ。かなりの大軍を動かしているだろう、遠征軍は簡単にはイゼルローン要塞には戻れない、時間だけが過ぎてゆくことになる。
「時間が経てば経つほどイゼルローン要塞が陥落する可能性が高くなる。遠征軍には焦りが出るはずだ」
俺の言葉にケスラー、クレメンツの二人が頷いた。イゼルローン要塞が落ちれば遠征軍は帰路を断たれる。その恐怖感は時間が経つにつれ大きくなるだろう。
「当然ですが遠征軍は無理をしてでも撤退しようとするでしょう」
「こちらも当然ですが反乱軍はそこを撃つはずです」
「手酷い損害を受けるだろうな」
遠征軍の来援は期待できない、場合によっては敗残兵となって戻ってくる可能性も有る。思わず溜息が出た。
「あの男らしいやり方だ。戦力的に優位を築くだけではなく、相手を精神的に追い詰めて行く。そして気が付けばあの男の掌の上で踊らされている。ヴァンフリートで嫌と言うほど思い知らされた」
俺の言葉にケスラーとクレメンツが顔を見合わせた。二人とも深刻な表情をしている。ヴァンフリートで俺が味わったあの思いを分かって貰えただろうか。しばらくの間沈黙が落ちた、そして空気が重くなっていく。
「彼にとって誤算が出るとしたら我々の存在でしょう。二週間、イゼルローン要塞が堪えてくれれば要塞を守ることは可能です」
ケスラーが重苦しい空気を振り払うかのように明るい予測を口に出した。だが遠征軍の事は触れていない。偶然か、それとも既に見切っているのか……。
「参謀長の言うとおりですが戦う事は出来るだけ避けるべきです。今の艦隊の状態では戦闘はリスクが大きすぎます。要塞、そして駐留艦隊と協力しつつ反乱軍を打ち破るのではなく彼らに撤退を選択させる、その方向で戦うしかありません」
クレメンツの言う通りだ。この艦隊は未だ十分に訓練を積んでいるとは言えない。後二週間、いや一週間欲しかった。シュターデンが俺達がカストロプから戻るまで出立を待っていてくれれば……、また溜息が出た。
そうであれば艦隊の状態にもう少し自信を持てただろう。戦闘にも自信を持てたはずだ。どうにも上手く行かない、ケスラーは俺達の存在がヴァレンシュタインにとって誤算だと言っていたが本当にそうなのか、どこかチグハグな感じがしてならない。
「今我々が最優先ですべきことはイゼルローン要塞に向かう事、駐留艦隊と合流することです。急ぎましょう。向かっている途中で要塞から詳しい情報も入るはずです。戦闘の予測はそれからにした方が良い、今ここで考えても不確実な情報では不安感が増すばかりです」
ケスラーの言葉にクレメンツが頷く。確かにその通りだ、今ここで悩んでも仕方がない。出来る事を一つ一つ片付けていく、先ずはイゼルローンへ急ぐことだ。その事があの男の誤算になることを信じよう……。
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