ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》
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ALO編ーフェアリィ・ダンスー
17.世界樹への一歩
前書き
すみません
間違えて17話から投稿していたので改めて投稿し直します。
「ん……ん?」
体にとてつもない疲労感が襲う。先ほどまで何をしていたかの記憶を頭から探る。
そうだ。ALOから戻ってきたのちに自分の犯してきた罪を思い出していつの間にか直葉に会いに来たんだっけ。その後は……
その後のことを思い出そうにも寝ぼけた頭ではしっかりとはわからない。
とりあえず体を起こそうとする。柔らかな感触が頭全体を包み込んでいる。とても気持ちいい感触にもう少しこのままいたいと思っている自分がいた。
寝返りを打とうとする。
「あ、やっと起きたんだ」
上から声が聞こえた。そちらへと顔を向ける。
「え?」
思わず声が漏れた。そこには綺麗に切りそろえられたやや短い髪の少女。直葉がこちらに優しい笑みを浮かべていた。
状況が理解できずに困惑する。
そうだ。───集也が自分なんて生きててよかったのかと言って直葉に叩かれた。その後直葉が優しく抱きしめてくれてそのまま彼女の胸の上でそのまま寝てしまった。
「え、あ、あの……」
あまりの恥ずかしさに言葉が見つからずにいると直葉はわずかに頬を赤らめたままで、
「このまま晩御飯まで起きてもらえなかったらどうしようかと思いました」
「ご、ごめん」
直葉から離れる。しかしまだ頬には彼女の熱と感触が残っている。恥ずかしすぎて直葉の顔を直視できない。
そこで集也は気づいた。不思議と先ほどまであった恐怖はなくなっていた。前のように忘れたというわけではない。今もあの恐怖や殺意は思い出すことができる。しかし、どこか軽くなった気がした。
アインクラッドでの記憶を否定することは簡単だ。しかしそれでは、また前に進むこともできずに今までのままだ。集也はいい加減前に進まなければ行けない。何度もいろんな人に助けられて来た。その度に立ち上がって、また挫ける。そんなことはもう辞めにしなければ行けない。
「大丈夫」「諦めたらダメ」そんな言葉が集也の心を幾度となく動かしてくれた。今回もまたその言葉でもう一度、集也に踏み出す力をくれた。
「……ありがとう、スグ」
自分でも驚くほどに聞こえない小さな声だった。この言葉はきっと届いていない。
今の集也ではこれが精一杯だった。だからこそ全てが終わったら───アスナを、そしてキリトを助けたら今度こそきちんと言葉にして伝えよう。
「これから晩御飯作るんですけど、集也さんも一緒にどうですか?」
「もうそんな時間か……」
日はもう完全に落ちきっていた。道場に訪れたのが日が落ちかけの頃だったので一時間以上は集也は直葉の胸の上で眠っていたということだ。それを思うと再び、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「ありがたいけど、遠慮しとくよ」
「そうですか」
少し残念そうな顔を見せる直葉。本心では断りたくはなかった。しかし、恥ずかしさとまだ集也の中でアスナを助け全てを終わらせてからではないといけないという思いもある。
集也はゆっくりと立ち上がる。先ほどまでの重さが嘘のように感じる。
「今日は迷惑かけてごめん」
「いえ、少しでも集也、さんの力になれたならこのぐらいはいいですよ。でも、人の上で寝るのはやめてほしいですけどね」
「言い返す言葉もないです」
二人の笑い声が道場内に響く。いつ以来だろうか。こんな風に直葉としっかりと話したのは。少しでも昔に戻れた気がして笑みがこぼれる。
「それじゃあ、またな……スグ」
直葉が固まったように一瞬見えた。だが、直ぐに、
「はい。また近いうちに」
────────────────────
次の日は学校であったが三年生は自由登校。それに直葉は推薦進学組ということもあり、二時少し前には自宅に着いていた。途中、レコンこと長田伸一と遭遇し、中央都へシュウとキリトと行くと説明したら異常に反対されたがそれを押し切って自宅へと帰ってきた。
庭に和人の自転車はなくまたジムにでも行っているらしい。もう和人の体自体はSAO以前の状態に戻っているがしかしそれでは満足できないらしい。仮想世界内の体のギャップがあるという。
その気持ちは直葉にも分からなくはない。現実で飛ぼうとして何度も転びそうになったことがある。
縁側から家に上がり、道着を洗濯機へと放り投げ、軽くシャワーを浴びる。ラフな格好に着替え、自室のベットで寝転がる。
アミュスフィアの電源を入れて、すっぽり被り、目を閉じる。大きく深呼吸をしたのちに魔法の呪文を呟いた。
「リンクスタート!」
目を開けると風景は自室ではなく昨日ログアウトした宿舎へと変わっていた。
まだ集合時間の三時には早いためそれまでの間、長旅の準備をすべくアイテム補充に店へと出た。店をばたばた駆け回ってアイテム補充を済ませた頃にはちょうどいい時刻になったおり、宿舎にはいると奥のテーブルでなんとも言えない顔をしながらメニューウインドウを開く黒衣に背中に二種類の武器を背負う少年がいた。
「こんにちわ、シュウ君。早いね」
「やぁ、こんにちわ」
近くリーファに気づいて慌てるようにメニューウインドウを閉じる。そして微笑む。
「どうしたの? メニューウインドウなんかまじまじと見て?」
「いや、確認なんだけど……このユルドってのがこの世界の金になるんだよね」
「そうだよ」
シュウの顔がひきつる。
するとすぐ横のテーブルに光が出現する。そこから黒衣の剣士、キリトが実体化する。
「二人とも早いな」
「あたしも今来たところ。ちょっと買い物してたし」
「そうだな。俺たちも準備しないと」
「道具類は一通り買ったから大丈夫だけど……」
二人の初期装備へと視線を落とす。
「装備はどうにかした方がいいね」
「ああ……俺も是非どうにかしたい。この剣じゃ頼りなくて……」
「俺ももう少し、リーチがあった方がいいかな」
「お金持ってる? なければ貸しておくけど」
キリトがウインドウを開くと先ほどのシュウと同じように顔がひきつる。
「金の方は俺もこいつも心配ないからさ」
「それじゃあ、早速武器屋に行こっか」
リーファ行きつけの武具店でシュウとキリトは装備一式を揃える。防具に関しては、どちらもすぐに決まったようだった。キリトは属性強化が施された上下にコート。シュウはHPをわずかだが増加させる黒のコートに白のパンツというスタイル。だが、二人の武器選びが長かった。
プレイヤーの店主に武器を渡され振るたびに「もっと重いやつ」と言い続け、対するシュウは「軽くて長い片手剣」という無理難題を押し付けていた。最終的にはキリトは彼の身長に迫るほどのノームや巨体なインプが持ついうな大きな大剣。シュウは結局軽さを諦めて長剣を選んだようだった。それに加えてシュウはなぜかもう一組の片手剣と槍、それに短剣を選んでいた。ややリーチが短めの片手剣と対して槍にしては穂先がかなり長い槍を悩んだ末購入していた。
一体なにに使うのだろうか、という疑問もあったが聞いても「ちょっとな」とはぐらかされるだけだった。
巨大な剣、長剣と槍を背負った少し風変わりな二人を連れてリーファはシルフ領のシンボル、風の塔へと訪れた。隣に目を向けると二人とも昨日ぶつかったことを思い出してか顔が引きつっている。
「そう言えば何で塔に? 俺たちへの嫌がらせ?」
「そんなわけないでしょ。長距離飛行をするときは塔のてっぺんから出発するのよ。高度が稼げるから」
「なるほどね」
シュウの背中を押しながらリーファは歩き出した。
「さ、行こ! 夜までには森は抜けておきたいからね」
風の塔の正面扉をくぐって入る。
一階は円形の広大なロビーになっており、周囲にはいろいろのショップ類が取り囲んでいる。ロビーの中央に上層へと上がるエレベーターが設けられている。
シュウの腕を引っ張りながらエレベーターに乗ろうとしたその時だった。
不意に数人のプレイヤーが現れ、行く手をふさいだ。
「ちょっと危ないじゃない!」
目の前に立ちはだかった長身の男を見上げる。それはリーファのよく知る顔だった。
シルフにしてはずば抜けた背丈、男っぽく整った顔。体をやや厚めの銀のアーマーに包み、腰には大ぶりのブロードソード。額に幅広の銀のバンドを巻き、波打つ濃緑の髪を肩まで垂らしている。
男の名前はシグルド。ここ数週間リーファが行動を共にしていたパーティーメンバーだ。
「こんにちは、シグルド」
「パーティーから抜ける気なのか、リーファ」
シグルドはいきなり切り出してきた。どうやら相当機嫌が悪いらしく「アルンまで往復するだけ」と考えたが、気づくとリーファはこくりと頷いていた。
「うん……まあね。貯金もだいぶできたし、しばらくはのんびりしようと思って」
「勝手だな。残りのメンバーが迷惑するとは思わないのか」
「ちょっ……勝手……!?」
これにはかちんときた。もともとリーファをパーティーに誘って来たのはシグルドの方だ。それにその時リーファが出した条件はパーティー行動は都合のつく時だけ、抜けたくなったらいつでも抜けれる、という二つだ。
「お前はオレのパーティーの一員として既に名が通っている。そのお前が理由もなく抜けて他のパーティーに入ったりすれば、こちらの顔に泥を塗られることになる」
「…………」
その言葉にリーファはしばし言葉を失い立ち尽くした。
レコンが前に言っていたことは正しかった。シグルドはリーファのことを戦力ではなく自分のパーティーのブランドを高める付加価値としてスカウトした。
怒りと苛立ちを滲ませて立つシグルドの前で、リーファは無知ゆえの甘さを悔いた。
リーファ/直葉は、小学生の頃よく自分をいじめていた剣道場の上級生を思い出した。入門して以来敵なしだったが、いつしか年下で女の直葉に試合で勝てなくてその報復で帰り道で仲間数人と待ち伏せては嫌がらせを行った。その時、その上級生の口元は、今のシグルドと良く似ていた。
結局、ここでも同じなのか───。
あの時のようにやるせない失望に囚われ、俯く。
───お前らそんなことして面白いか?
不意に思い出す。上級生に嫌がらせをされている時に助けてくれた少年のこと。名前すら知らない少年。
「お前そんなことして面白いか?」
「え……?」
後方から聞こえた言葉にリーファは目を見開きながら振り向いた。すると同時にシグルドは唸り声を上げた。
「なんだと……?」
シュウは一歩踏み出すとリーファとシグルドの間に割って入る。
「確かにお前がゲームの中で何をしようが俺には知ったことでもねぇし、口出しする気もねぇけどよ。だけどな他のプレイヤーにまでテメェの考えを押し付けるのはどうかと思うぞ」
「きッ……貴様ッ……!!」
それに、とシュウは口元に笑みを浮かべながら言葉をつなぐ。
「パーティーメンバー一人抜けたくらいで泥がつくような顔ならその程度ってことだろ」
シグルドが憤怒の表情を浮かべると剣の束に手をかける。
「いい気になるなよ、屑漁りのインプ風情が! どうせ領地を追放された《レネゲイド》だろうが!」
今にも抜刀しそうな勢いでまくし立てるシグルドの台詞に、カッとなってリーファも思わず叫び返す。
「失礼なこと言わないで! シュウ君は、あたしの新しいパートナーよ!」
「なん……だと……」
シグルドが驚愕の声をにじませ唸った。
「リーファ……領地を捨てる気なのか……」
ALOプレイヤーは、プレイスタイルが二種類ある。
ひとつは、領地を本拠にして同種族とパーティーを組み、稼いだユルドの一部を上納し、種族勢力を発展させるグループ。もうひとつが、領地を出て中立性都市を本拠とし、異種族間でパーティーを組んでゲーム攻略を行うグループだ。前者は後者のことを領地を捨てた───自発的、あるいは領主たちに追放された───プレイヤーを脱領者と呼ばれている。
「ええ……そうよ。あたし、ここを出るわ」
口をついて出たのは、その一言だった。
シグルドがくちびるを歪め、食い縛った歯をわずかに剥き出すと、いきなりブロードソードを抜き放った。
「……小虫が這い回るくらいなら捨てて置こうと思ったが、泥棒の真似事とは調子に乗りすぎたな。のこのこと他種族の領地まで入ってくるからには斬られても文句は言わんだろうな……?」
今にも斬りかかりそうなシグルドにリーファは本当に戦闘になれば斬りかかる覚悟で腰の長剣に手を添えた。緊迫した空気が周囲に満ちた。
するとシュウは小さくため息を吐くとウィンドウを開く。
「そう気を立てんなよ、緑の妖精さんよ。……そんなに俺が気に食わねならこれで決めようぜ」
そう言ってシュウがウィンドウを押した。シグルドの前にウィンドウが出現する。それはデュエルの申請だ。
「攻撃権を持たない俺をこの場で斬りかかるのもいいが、それだとお前のメンツはもっと潰れることになるぞ。それなら正式にデュエルで戦った方がいいんじゃねぇか?」
挑発するように不敵な笑みを浮かべるシュウにシグルドは憤怒の表情を浮かべたまま、
「いいだろう。オレに挑んだことを後悔させてやる」
確かにシュウの実力はかなりのものだ。しかし、シグルドとは装備が違いすぎる。運動能力では優っていたとしてもあの頑強な防御を打ち砕くのはかなり厳しい。
それにシュウがここで戦う理由はない。これはリーファの問題だ。
このデュエルを止めようとシュウの手を掴もうとしたその時だった。その手をキリトが掴み止めた。そして横に首を振る。
「表に来い! 叩きのめしてやる」
シュウは何も言わずにシグルドについて風の塔から外へと出る。それを追いリーファたちとシグルドのパーティー、それに一部始終を見ていたプレイヤーたちが野次馬となる。
塔の前の少し開けた場所に止まるとシグルドがデュエルを承認する。
「俺が勝ったらこれ以上リーファにちょっかいかけるのはやめてもらうぞ」
「ふっ、お前が勝つことなど万に一つもないから安心するんだな」
ブロードソードを構える。シュウはまた小さくため息を吐くと左手に槍をやや前に出して右手をわずかに後方に引き、長剣を握っているという変則的なスタイルで構える。
どこかで見たことがある気がする。しかしそんな変則的な構えをするプレイヤーがいれば覚えていないわけがない。
「なんだそのふざけた構えは……冷やかしならやめておけ」
確かにシグルドの言うことも一理ある。このALOの世界において二本の武器を実践の戦闘に使用することに到達したプレイヤーをリーファは知らない。なぜなら両手で握った二本の武器を高度の連携させて操るのが恐ろしく難しいのだ。
それに片手で武器を扱うよりも両手で武器を扱った方が威力が出る。剣道の二刀流ように片方でガード、もう一方で攻撃と言うならわからなくもないがそれならば使い慣れた同一の武器でいいはずだ。加えて言うならば、片手剣や槍といった同一武器を二本使うならばまだ理解できるがシュウのように違う武器を使う変則スタイルなど普通に考えれば戦い方としては成立しない。
だが、初めて会った時に感じた。シュウの本来のスタイルだと思ったのも事実。
「ふざけてもねぇし、それにお前ごときに二本も抜いてやるんだ。ありがたく思え」
「その減らず口、叩き斬ってやろう!」
互いに睨み合う緑の妖精と黒衣の妖精。実力だけで言えば、確実にシュウの方が上だ。しかし、シグルドも決して弱いというわけではない。シルフ最強剣士の座をいつもリーファと競り合う。その強さをリーファは身をもって知っている。
空気が張り詰めていく。辺りにいるプレイヤーたちも息を呑む。
そしてデュエルのカウントがゼロになった瞬間、シグルドが一気に間合いを詰めた。防具をつけていながらあれほどの速さを出せるのがシグルドの強みでもある。
しかし、今リーファの目の前にはありえない光景が広がっていた。間合いを詰めたはずのシグルドのブロードソードが真上へと弾き飛ばされ、その首元にシュウの長剣が寸止めされていた。デュエル開始と同時に動いたはずのシグルド。シュウはその動きを予測して彼よりも早い速度であの長さの槍を振ったということになる。
この一瞬のことだけでどちらがこの決闘を勝利するかはリーファとキリト、それに周りで見ていたプレイヤー全員が理解した。
「きッ……貴様……」
ブロードソードが地面に激突するカランという乾いた音が響く。
「どうする? まだやるか?」
これ以上の戦いは無意味と言わんばかりにシュウは二つの武器を背中に収めた。シグルドはより一層その表情に憤怒を浮かべ、歯噛みしながら剣を収めた。
「これで済むと思うなよ───リーファ!」
シュウに捨て台詞をいうとリーファの方へと視線を向けて、
「……今オレを裏切れば近いうちに後悔することになるぞ」
それだけを言い残してシグルドは街の中へと消えていく。付き添っていたパーティーメンバーもこちらに何か言いたげそうな表情を見せるが追って消えていく。
彼らの姿が見えなくなったところでリーファは大きくため息をついてからシュウと距離を詰める。
「いくらなんでもあれはやりすぎだよ!」
「ああいうプライドの塊みたいなやつは口で言ってどうせ聞く耳をもたねぇよ。それに……」
シュウは言葉を繋ごうとして止まった。そしてリーファから視線を外すとわずかに照れながら口にする。
「……リーファを道具扱いしてるみたいでなんかムカついたんだよ」
「…………!」
リーファは顔が赤くなっていく。それを隠すように風の塔の方へと振り返り、シュウの手を無言で掴んで歩き出した。隣にいるスプリガンの少年が妙にニヤついた表情をしているのを無視して。
野次馬たちをすり抜けるようにエレベーターに飛び乗り、最上階へと目指す。エレベーターが停止すると外面の壁が開いて心地よい風が流れてくる。
「うお……凄い眺めだな」
「絶景だな……」
エレベーターを降りた二人はぐるりと周囲を見渡す。
「この空を見てるといろんなことがちっちゃく思えてくるよね」
気を遣うような視線を向けてくる二人にリーファは笑顔を返し、言葉を続ける。
「……いいきっかけだったと思う。いずれはここを出て行こうと思ってたし、それにどちらにしろ穏便には済まなかっただろうしね」
そのあとは半ば独り言だった。
シュウとキリトは黙って聞いてくれた。
「なんで、ああやって、縛ったり縛られたりしたがるのかな……。せっかく翅があるのに……」
それを答えたのはキリトのジャケットから顔を出したユイだった。
「フクザツですね、人間は」
キランという音を立てながらキリトの肩に座る。
「ヒトを求める心を、あんなふうにややこしく表現する心理は理解できません。わたしなら───」
ユイはキリトの頬に音を立ててキスをする。
「こうします。とてもシンプルで明確です」
あっけにとられて目を丸くするリーファの前でキリトは苦笑しながらユイの襟首を掴むと胸ポケットの中にヒョイと放り込んだ。
「すごいAIね。プライベートピクシーってみんなそうなの?」
「こいつは特にヘンなんだよ」
───人の心を求める気持ちか……
ピクシーの言葉が頭の中をぐるぐると回る。そして一瞬、脳裏に集也の顔が浮かんだ。しかし、今はそれを振り払う。
「……さ、そろそろ出発しよっか」
展望台の中央に設置されたロケートストーンという石碑を使ってシュウとキリトの戻り位置をセーブさせ、いよいよ準備完了だ。
「準備はいい?」
「ああ」
「いつでもOKだ」
キリトの胸ポケットのユイもコクリと頷く。いざ離陸しようとしたその時だった。
「リーファちゃん!」
エレベーターから転がるように降りてきた人物に呼び止められる。
「あ……レコン」
「ひ、ひどいよ。一言かけてから出発してもいいじゃない」
「ごめーん、忘れてた」
がくりと肩を落としたレコンは、気を取り直したように真剣な表情になる。
「リーファちゃん、パーティー抜けたんだって」
「ん……。半分その場の勢いだけどね。あんたはどうする?」
「決まってるじゃない、この剣はリーファちゃんだけに捧げてるんだから……」
「えー、別にいらない」
リーファの言葉に再びよろけるレコン。
「まあ、そういうわけだから僕も当然ついていくよ……と言いたいところだけど、ちょっと気になることがあるんだよね」
「なに?」
「まだ確証はないんだけど……もう少し調べたいから僕はもうしばらくパーティーに残るよ。───シュウさん、キリトさん!」
レコンは二人の剣士と向き合う。
「彼女、トラブルに飛び込んでいくクセがあるんで気をつけてください」
「あ、ああ。わかったよ」
「──それから言っておきますけど彼女は僕のんギャッ!」
何か余計なことを言おうとしたレコンの足をリーファは思いっきり踏みつける。
「余計なこと言わなくていいのよ! ───しばらくアルンにいると思うから何かあったらメールして。じゃあね!」
早口でまくしたてるとリーファは翅を広げて飛び立った。名残惜しそうな顔をするレコンにわずかに手を振って体の向きを反転させる。
すぐ隣に追いついてきたキリトが笑いを押し殺した表情のまま言った。
「彼、リアルでも友達なんだって?」
「……まあ、一応」
「ふうん」
「……なによ、そのふうんってのは……ってシュウ君は?」
辺りを見回すがシュウの姿が見当たらない。キリトが先ほど飛び立った塔の方を指差す。
シュウがなにやらレコンと話している。また、レコンが変なことを言っているのかと思い向きを急転換し、戻ろうとしたその時。
こちらに気づいたのは慌てて上昇し、リーファたちに追いつく。
「なんの話してたの? またあいつが変なことを言ってたんじゃないわよね」
「いや、ちょっとした雑談だから気にするほどでもないよ」
それだけ言うとシュウはリーファの後方へと下がった。どうも何かを隠しているような気がする。問い詰めようかとも思ったがシュウを責めるよりもレコンに聞いた方が確実に喋る。
今はそんなことよりも目の前のまだ知らない未知の世界へ行けるワクワクの方が大きい。わずかに後ろを振り向くと今まで過ごしてきたスイルベーンの街が徐々に小さくなっていく。
心の中でバイバイ、と呟く。
「───さ、急ご! 一回の飛行であの湖まで行くよ!」
────────────────────
リーファは半ば呆れながらキリトとシュウの戦闘を眺めていた。
スイルベーンから遥か離れたシルフ領北西の『古森』の上空、いわゆる中立域の奥深く。ここまでくるとモンスターもかなりのレベルになるため普通なら苦戦する。三人パーティーならば時間を有して攻略するか逃げるのだが、目の前の黒衣の妖精二人はそれをもろともせずにバーサーカーの如くなぎ倒して行く。
身長に迫るほどの巨剣をいとも簡単に振るうキリト。最初の登場の時や異様な飲み込みの早さからただのプレイヤーではないとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。彼も同様にリーファがどうやっても勝てないと思ってしまった。
防御や回避などは考えない連続攻撃のキリトに対してシュウは回避して異常な速度のカウンターを狙う。しかもその全てがクリティカルポイントにヒットしているという。あれだけ長い武器をいとも容易く振るう彼らにリーファは自分が戦闘に加わる必要ないんじゃないかと思ってしまうほどだった。
援護に回っていたリーファだったがモンスターのデバフ解除と最後に逃げようとしたモンスターを魔法で倒しただけだった。
「おつかれー」
「援護サンキュー」
「援護お疲れ」
ぱしんと手のひらを打ち付けあって、笑顔を交わす。
その後はモンスターに出会うことなく古森を抜けて山岳地帯へ入る手前の草原に着陸する。
「ここからは空の旅はしばらくお預けよ」
「ありゃ、なんで?」
「見えるでしょ、あの山」
草原の先にそびえ立つ山頂が真っ白な山脈を指差す。
「あれが飛行限界高度よりも高いせいで山越えには洞窟を抜けないといけないの。シルフ領からアルンへ向かう一番の難所らしいわ。あたしもここからは初めてだから」
「長い洞窟か……」
「途中に中立の鉱山都市があってそこで休めるけど、シュウ君、キリト君、時間大丈夫?」
キリトがウインドウを出して時間を確認。
「リアルだと七時か。俺は当分平気だよ」
「俺も問題ないよ」
「それじゃあもうちょっと頑張ろう。ここで一回ローテアウトしよっか」
「「ろー、ローテ」」
二人の頭にハテナが見える。
「交代でログアウトの休憩することだよ。中立域だから即落ちできないの。だからかわりばんこに落ちて残った人がプレイヤーの入ってないキャラクターを守るの」
「なるほど、了解。ならリーファ、シュウお先にどうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。十分ほどよろしくね」
言うとリーファはウインドウを開いてログアウトボタンを押す。警告メッセージをイエスボタンに触れると周囲の景色が一点に収束して遠ざかって行く。その端でわずかに躊躇うような視線を向けるシュウに気づいたがもう意識は仮想から引き離されていた。
────────────────────
「シュウ、どうしたんだよ?」
ウインドウを開いてログアウトボタンを押す寸前で指が止まってしまった。理由はわかっている。この先、シュウが集也に変わった瞬間にまたあの発作が起きるのではないかと思い指が動かない。
すると誰かの声が聞こえた気がした。
「大丈夫」「諦めちゃダメだよ」
その言葉にシュウはわずかに笑みを浮かべる。
「いや、なんでもない。じゃ、ちょっとよろしくな」
ログアウトボタンを押す。警告メッセージのイエスに指をかける。すると視界が中央へと収束してそのままブラックアウト。そして目を開けるとそこは見慣れた天井に変わっていた。
集也はナーヴギアを外し上半身を起こす。
そして心の中で何度も直葉の言葉を繰り返す。するとあの恐怖や殺意の感情は思い出される。しかし、発作が起こることはなかった。
そこで安心し、集也は再びベットに倒れる。
「……ありがとう、スグ」
少しだけ前に進めた気がした。小さく今にも崩れそうな一歩ではあるがそれでも全身することができた。それは彼女の言葉のおかげだ。
「よし!」
集也は頬を両手で叩く。パァン、という乾いた音とともにヒリヒリとする痛みがくる。
再びベットから体を起こすと部屋を出て一階へと駆けおりる。家の中は静まり返っており、どうやら両親ともにまだいないようだった。
キッチンへと行きカップ麺を作り、速攻で平らげると軽くシャワーを浴びてから再び自室へと戻る。
そして再び、アミュスフィアを被ると意識を再び仮想の自分へと戻す。
初めに大きく伸びをしてから辺りを見回した。
「あれ、早かったね、リーファ」
「おかえりなさい。軽く食事して来ただけだしね」
キリトはもうログアウトしているらしく。体からは魂が抜けたように動かない。この場合は実際に魂が抜けている状態であっているのだがな。
そんな無防備な姿を見ているとどうイタズラしてやろうかという悪だくみが思いつく。
シュウが悪い笑みを浮かべながら魂のないアバターに触ろうとすると、
「イタズラしてはダメですよ、シュウさん!」
キリトの胸ポケットからもぞもぞと小妖精が姿を現した。
「チッ! あともう少しだったのに」
拗ねたようにキリトの隣に座り込むシュウ。その隣にリーファも座る。
「パパもそうですけどなんで動かない人を見るとイタズラしようとするんですか?」
ユイが悪気のない顔でキリトがシュウにイタズラしようとしていたことをさらっと暴露する。
「あのやろう……まぁ、あれだよ。そういうのがセオリーというか。スキンシップの一種というか」
「そうなんですか」
「いや、そんなことはないよ、ユイちゃん。シュウ君もユイちゃんに変なこと教えるとあとでキリト君に怒られるよ」
「キリトに怒られるくらいなら別にいいよ」
「というか、ユイちゃんってご主人様がいなくても動けるの?」
リーファの問いにユイは当然といった顔で小さな腰に手をあて、頷いた。
「そりゃそうですよ。わたしはわたしですから。それと、ご主人様じゃなくて、パパです」
「そういえば……なんであなたはキリト君のことをパパって呼ぶの? もしかして、その……彼がそういう設定したの?」
シュウも詳しくは知らないがそれはアスナに触れることになる。曖昧な回答としようと考えているとユイは、
「……パパは、わたしを助けてくれたんです。俺の子供だ、ってそういってくれたんです。だからパパです」
「そ、そう……パパのこと、好きなの?」
リーファがボソッと呟く。するとユイは不意に真剣な表情でまっすぐリーファを見つめ返す。
「リーファさん……好きって、どういうことなんでしょう?」
「ど、どうって……」
リーファはしばらく口籠ってからポツリと答えた。
「……いつでも一緒にいたい、一緒にいるとどきどきわくわくする、そんな感じかな……」
───いつでも一緒にいたい、一緒にいるとどきどきわくわくする……か
その言葉はシュウの心にある人物を浮かべた。しかし、それを振り払う。シュウにはそんなことを抱く資格は今はまだない。せめてアスナを、キリトを助けてからだ。
視線を感じてそちらを見るとリーファと目が合う。すると顔を紅潮させながらすぐに視線を逸らされる。
「どうしたんですか、リーファさん?」
「顔赤いぞ。熱でもあるのか?」
「ななななんでもない!」
大きな声で叫ぶとほぼ同時くらいだった。
「何がなんでもないんだ?」
キリトが顔を上げて、リーファは文字通り飛び上がった。
「ただいま。……何かあった?」
激しく動揺するリーファ。
「お帰りなさい、パパ。今、リーファさんとお話をしてました。人を好───」
「わあ、なんでもないんだったら!!」
慌てて言葉を遮るリーファ。
「ず、ずいぶん早かったね。ご飯とか大丈夫なの?」
「うん。家族が作り置きしといてくれたから」
「もう少し、遅くても良かったのにな」
「お前、何かしてないだろうな」
「お前には言われたくねぇよ。未遂犯が」
シュウとキリトがちょっとした言い合いをしているとリーファが手を鳴らす。
「はいはい、そこまで。遅くなる前に出発しよ。早く行かないと鉱山都市にたどり着けないと、ログアウトに苦労するから」
早口でまくし立てると、リーファは翅を広げ軽く震わせる。
それに合わせてシュウたちも翅を広げる。
「───ん?」
不意に今まで飛んできた森の方へと視線を向ける。一瞬だが、誰かの視線を感じた気がした。
今のシュウには索敵スキルが存在しないため気のせいかと思う。しかし、キリトもそちらの方を睨んでいる。
「……? どうかしたの?」
リーファが動かないシュウたちに声をかける。
「なんか、誰かに見られてた気が……。ユイちゃん近くにプレイヤーの反応はあるか?」
「いえ、反応はありません」
ピクシーが小さな頭をブルブルと振る。
しかしどうも納得ができない。あれほどの敵意が向けられた視線を勘違いするとは思えない。
だが、今のシュウはあの頃とは違う。ならば、反応を間違えるということもあるかもしれない。
「うーん、トレーサーが付いてるかも……」
「「トレーサー?」」
聞き慣れない言葉に二人で繰り返し言う。
「追跡魔法よ。大概ちっちゃい使い魔の姿で、術者に対象の位置を教えるの」
「便利なものがあるもんだな。それは解除できないの?」
「トレーサーを見つけられれば可能だけど、術者の魔法スキルが高いと、対象との間に取れる距離も増えるから、こんなフィールドだとほとんど不可能ね」
「それなら……」
シュウは思いついたようにウインドウを操作すると先ほど武器屋で購入した安く買えた短剣をオブジェクト化する。
「そんな短剣で何する気?」
リーファは大体想像が付いていると言わんばかりの呆れた表情でこちらを見てくる。
「そんな顔するなよ。物は試しだろ」
シュウは意識を集中させる。先ほど視線の残滓を辿っていく。
「ここだ!」
思いっきり振りかぶって短剣を投げる。一直線に綺麗な軌跡を描いて森の向こうへと消えていった。
「どう? 当たったの?」
「わからん」
そうきっぱりと言い放つとリーファはまたも呆れた顔をすると、
「キリト君、そこの人置いて先にあたしたちだけで行っちゃおうか」
「そうだな。行こうぜ、リーファ」
「ちょ、置いてくなよ」
翅を広げて飛び立っていく二人を慌てて追いかけていくシュウ。
その時、森の奥の方でオブジェクト化が砕ける微かな音が響いたがそれ聞いたものは、四人の中には誰もいなかった。
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