大淀パソコンスクール
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何でも太陽と夜戦で片付けようとするのはやめろ
夜
「大淀さん、一つ質問があるんですが……」
「なんでしょう?」
目の前の席でパソコンを叩き続ける大淀さんに対し、ソラール先輩のあの太陽賛美? の暴挙を許していいのか聞いておかねば……大淀さんは把握しているのだろうか。あの、わざわざオートフィルで入力しなくてもいい『太』『陽』『賛』『美』の連続データなぞ……
「昼間の授業で、ソラール先輩が……」
「ああ、オートフィルの太陽賛美ですか?」
「ええ。あんなこと、いいんですか?」
「設定してしまっても困るものではないですし、別にいいと思います」
「そ、そうですか……」
アンダーリムのメガネをくいっと上げ、大淀さんは再びパソコンのキーボードを叩き始める……いいのか。多分あの人、全部のパソコンに太陽賛美の設定やってるぞ。もっと他にやることあるんじゃなかろうか……新米の俺が言うのもなんだが……
まぁ教室長の大淀さんが大丈夫だと言うのなら仕方ない。俺はAccessで組まれた基幹ソフトを立ち上げ、今日担当した生徒さんたちの進捗を入力していく。しかしなぜAccessのバージョンが2003なのか。Officeのバージョンは2016が最新のこのご時世、数字だけ見てもすでに13年前のソフトを現役で使用してるなぞ……。
「……ん?」
今日、ソラール先輩のExcelの授業を受けたモチヅキさんの進捗と備考の項目を覗いてみた。
――オートフィルの機能を共に確認。太陽の戦士までの道のりはまだ遠い。
この様子では、太陽メダルはまだ拝領できないだろう
「……なんすかこの備考欄。つーかなんすか太陽メダルって。新手の軍用暗号コードか何かですか? 元海軍の艦娘が教室長なだけに」
「あの人、独特な備考の書き方をするんですよね……進捗はきちんと記入してくれているので特に問題はないんですが……」
そう答える大淀さんの顔が苦笑いを浮かべているのを、俺は見逃さなかった。
「……ソラール先輩のエキセントリックさに、苦労してるんですか?」
「苦労というか何というか……このままでいいのかという疑問は、時々浮かびます。朗らかでいい人なのは間違いないですし、仕事も出来る人だから、別にいいんですけど」
いいのかそれで……まぁソラール先輩が尊敬できるいい人ってのは間違いないし……いいのかなぁ。
そんなこんなで、大淀さんと他愛無い話をしながら、待つこと15分ほど。時刻は午後7時5分前。
「夜戦しに来たよぉぉオオオオオ!!!」
「はーい。こんばんわー」
「今晩も絶叫かッ!?」
昨日と同じく、重い入り口のドアがゴウンゴウンと開き、夜戦バカこと川内がやってきた。相変わらず真っ赤なパーカーがよく似合う。
「カシワギせんせー!! 今日はどんな夜戦やるの!?」
「だから夜戦じゃないと言っとるだろう……では大淀さん、はじめますね」
「はい。頑張って下さい」
席を立ち、事前に準備しておいたWordのテキストを持って、川内を教室へと案内する。俺の隣でキラッキラに瞳を輝かせている川内は、昨日と同じ席に自ら座った。
「今日もここでいい?」
「いいぞー。どうせこの時間は川内ひとりだしな」
「サシで夜戦だね!」
「だから勝負じゃないっつーに」
体中でウキウキを表現している川内の左隣りに座り、パソコンの電源を入れる。ブートローダーが立ち上がったら8.1のOSを選択し、立ち上がるまでの間は、昨日のように手持ち無沙汰解消兼、インタビューだ。
「さて川内。今日から本格的にタイピングとWordに入るわけだが……」
「了解! でもさでもさ」
「ん?」
「『たいぴんぐ』ってのはキーボードで文字を入力することだって分かるけど、『わーど』ってなに?」
お前はWordを覚えたくて通ってるんじゃないんかい……。
「……要はワープロソフトだ。こいつの使い方を覚えておけば、プリントや書類の作成はもちろん、はがきやポストカード、名刺なんかもお手軽に作ることが出来るようになる」
ここの教室では、特に希望が無い限り、一通りパソコンのイロハを学んだらまずWordを教えるカリキュラムになっている。Wordのような書類作成には、いわゆるパソコンを扱う上で大切な操作がたくさん詰まっているそうだ。それを無意識のうちに学んでもらうためにも、まずWordから入るのはとても都合がいいらしい。
おまけに、Wordを習っていれば、必然的にタイピングの練習にもなる。その上でも、進路の希望がなければまずはWordから……というカリキュラムは、間違ってないわけだ。
「というわけで、まずはWordでプリントやら書類やらをバシバシ作って、タイピングとパソコン操作に慣れてもらおうというわけだ。一通り使えるようになってる頃には、川内も太陽のせ……ゲフン。いっぱしのパソコン使いになってると思うぞ」
「なるほど! つまり主砲みたいなものだね!!」
でたよ……また意味不明な比喩表現が来たよ……
「しゅほ……なんだって?」
「だってさー。パソコン操作の基礎がいっぱい詰まってるんでしょ? 艦隊戦じゃ主砲がすべての基本だよ?」
「はいそうです。その通りですよく出来ました川内さん」
「やったぁああああああ!!!」
まさか俺の投げやりな肯定に、ここまで嬉しそうなリアクションをしてくれるとは思ってなかった……満面の笑みで両手でバンザイして大喜びしている川内の姿に、俺はほんの少しだけ罪悪感を覚えた。1秒後に消えたけど。
そうこうしているうちにパソコンが立ち上がる。川内にスタートボタンをクリックさせ、Wordを起動させることにする。
「せんせー、どの四角をクリックすればいいの?」
「その『W』てなってる青いタイルがそうだ。その辺は他のOfficeのタイルと紛れるから注意だな。パソコンによって微妙に位置が違うし」
「はーい」
俺がボールペンで指し示したWordのタイルをクリックした川内。画面には、Word起動中のグラフィックが表示される。ここで川内に、今後のパソコン人生を決める重大な決断をさせなければならない。……いや、そんな大げさな話じゃないんだけど。
「ところで川内、キーボード入力の経験はないんだよな?」
「そうだよ?」
「Wordが起動したら体験してもらうが、キーボードでの日本語入力は2種類ある」
「へぇ〜。なになに!?」
「キーボード見てみ?」
俺の指摘を受けて『ふん?』とちょっと可愛い声をあげながらキーボードに視線を落とす川内。ちくしょっ……顔がべっぴんなだけに、普通のリアクションをしたら、めっちゃ可愛いぞこいつ……
「? せんせー?」
「あ、いやオホン……ひらがなとアルファベットが書いてあるだろ?」
「うん」
「そのアルファベットの組み合わせで日本語を入力する『ローマ字入力』と、ひらがなの通りに打っていく『かな入力』の2種類あるんだよ」
「へー。よくわかんない」
「口で説明するよりは、体験した方がいいよなぁ」
画面を見る、すでにWordは起動しており、画面いっぱいにWordの編集画面が表示されていた。よし。これで入力出来るな。
「んじゃ実際にやってみるか」
「了解! 夜戦だぁ!!」
「とりあえずキーボードで『YA』『SE』『NN』て入力してみ」
「はーい。んーと……」
川内がキーボードとにらめっこしはじめ、右手人差し指でYASENNと入力していく。最後のNまで入力し終わった川内は顔を上げ、真剣な顔で画面を見た。不覚にも横顔が綺麗だと思ったことは、バレないようにしなければならん。
「終わったよ~……画面に『やせん』って出て……!?」
「そう。それがローマ字入力。川内もローマ字は知ってるだろ?」
「やせんだぁぁああああああ!!!」
「それで日本語を入力していくやり方だ。もうひとつが……」
画面を見つめる川内のをよそに、おれはこっそりと……いや別に隠してるわけじゃないんだけどさ……Altキーと『カタカナひらがな/ローマ字』キーを一緒に押した。
「んじゃ今度はかな入力をやってみよう」
「了解!」
「今度は『や』『せ』『ん』て入力してみ」
「はーい。えっと……いったりきたりだー……グフフフフ」
画面には先程と同じく、『やせん』が再び表示されている。ここだけ見るとなんだかシュールだな……。まぁ習いたてなんてこんなもんか。
「これがかな入力だ」
「2回目のやせん……ッ!!」
「さっきと比べてどうだ?」
「さっきのよりわかりやすいかも」
「今後はどっちでタイピングをやっていくか、まずは決めなきゃいかん」
「どっちがいいの?」
「どっちもどっちだとは思うけど、ローマ字入力をやる人の方が圧倒的に多いな。かな入力は絶滅寸前だ」
「へー……」
ここで俺は、『ローマ字入力』と『かな入力』の利点と欠点について簡単に説明してみたが、川内はいまいちピンときてないようだった。まぁいきなりこんな説明されてもなぁ……。
ローマ字入力は、指にクセ付けるキーの数が少ないのが、何よりもいい。加えて母音のAIUEOさえ覚えてしまえば、たちまちタイピングのスピードが実用レベル近くまで上がる。その分、ローマ字の組み合わせを覚えなきゃならんのがデメリットか。
対してかな入力は、何よりもキーにプリントされた通りに打てばいいわけで、ローマ字入力よりもとっつきやすい。加えて『でぃ』とか『どぁ』とか『ヴぁ』みたいな、普段あまり使わない組み合わせのひらがな入力も直感的に分かる。ただその分、指にクセ付けるキーの数がべらぼうに多く、さらにアルファベットはアルファベットで別に覚えなきゃいけないのがデメリットだ。おかげで今では、ワープロ時代からタイピングをやっている猛者共に代表される、一部の人間しか利用してないタイピング方法だ。
「よく分からんなら、ローマ字入力でいいと思うぞ?」
「ちなみにせんせーはどっちなの?」
「俺はかな入力だ」
「やってる人少ないのに?」
「ひらがな一文字打つのにキー二回叩くのがまどろっこしいんだよ……」
あのクソ会社にいた頃は、よく言われたよ……『プログラマーがかな入力だなんて、お前アホだろ』ってあのクソ課長にな……俺から言わすと、プログラマーこそかな入力やれよと思うんだけど。早さじゃなくて労力の問題でさ。とはいえ文字が打てりゃどっちでもいいんだけどさ。こんなもんは。
「じゃあ私もかな入力でやろうかなぁ」
「使うキーがたくさんあるから大変だけど、大丈夫か?」
「えー。私どっちがいいかとかよくわかんないし」
「んじゃ素直にローマ字……」
「でもせんせーもかな入力なんでしょ?」
「まぁ……なぁ」
「だったら弟子の私は師匠と同じ方選びたいし」
とんでもないべっぴんさんに言われた、ものすごくうれしい言葉のはずなのだが……なぜか俺の胸には、虚無感しかなかった。俺の心には、今時分の外のように、悲しく冷たい秋風が吹いていた……。
「まぁ、あとで路線変更もできるしな。んじゃかな入力でタイピング練習するか」
「了解! これからはせんせーが僚艦だあ!!」
「さっぱり意味が分からん……」
というわけで、このご時世では珍しく、川内にはかな入力を習得してもらうことになった。習得って言っても、さしあたって何か教えるわけじゃないし……
……あ、でも一つだけ。かな打ちやるなら覚えとかなきゃいかん操作がある。
「とりあえず川内。かなうちをやるなら、まずこれを覚えとけ」
「ん?」
「かな入力とローマ字入力ってな。Altキーと、“カタカナひらがな”キーの同時押しで切り替えられるんだ」
「へー」
「共用パソコンなんかは基本的にローマ字打ちだから、そんなパソコンを操作しなきゃいかんときは、こうやって切り替えろ。ちょっとやってみ」
「ほいほい」
俺の指示を受け、川内はAltキーと“カタカナひらがな”キーを押してはキーボードを叩き、かな打ちとローマ字打ちを切り替えていた。かな打ちに切り替わるたびに顔がキラキラと輝き、ローマ字打ちに切り替わる度に顔がしょぼくれる……そんな無意味なサイクルに、俺の心は妙に荒んた。
俺の経験則から言うと、かな入力とローマ字入力の切り替え方法は、かな打ちストにとっては必須技術の一つだ。このワザは、巷では使う頻度は少ないが、その分知ってる奴は少ない。それに、世の中のパソコンの大半はローマ字入力。かな打ちストにとっては、この操作のお世話になることが非常に多い。
加えて、タイピングをしている最中で知らないうちに入力を切り替えてしまうなんてのは、パソコン初心者によくあるトラブルだ。そんな時に、この技を知ってるのと知らないのとでは、トラブルシューティング力に雲泥の差が出る。
「そんなわけで、こいつはかな打ちストの必須技術だ。かな入力をやってくんなら、ちゃんとおぼえておくようにっ」
「はーい」
Altキーと“カタカナひらがな”キーの切り替えを教えたら、今度は本格的にタイピングの練習だ。と言っても、さっきも言ったが、本職でない限り、知識として覚える必要があるものはほとんどない。せいぜいホームポジションの存在を知っとくと色々捗るぐらいだ。それすら、“知っとくといい”レベルで、タイピングに必要なものは、知識よりも慣れだ。
「ぶっちゃけタイピングって頭で学ぶよりも慣れなんだよ。とりあえず記事をいっぱい持ってきたから、ひたすらガンガンタイピングしてみ」
「了解! 練度を上げたきゃひたすら夜戦するのが一番だもんね!!」
「いい加減夜戦にすべてを収束させていくのはやめろ」
タイピングの練習に使用するもの……とれは、この教室で『タイピングドリル』という名前がつけられた一連の文章課題だ。
『今日は、◆天気が◆よかったので、◆公園に、◆桜を◆見に行きました』
こんな感じの短めの文章をまずは練習していく。慣れて来た頃から次第に文章が長くなっていき、最終的に新聞記事の切り抜きぐらいの長さの文章を打っていく。それがこの教室のタイピング練習の流れだ。
「慣れないうちは、その◆の部分で変換キーを押して、漢字変換するといい」
「わかった!」
「慣れてきたら、自分が変換したいタイミングで変換してみ。漢字変換のリズムは各々違うから、色々試して自分が一番気持ちいいリズムを見つけるんだ」
「了解したよ!!」
はじめこそ右手人差し指一本でゆっくりゆっくりタイピングをしていた川内だったが、次第にそれが両手一本指になり……中指を使い始め……薬指が動き出していた。やはりかな入力は最初の取っ掛かりが早い。ローマ字表でいちいちアルファベットの組み合わせを確認しなくてもいいし。日本語の入力に絞るのなら、ローマ字入力にこだわる必要もないだろうし。
ある程度スピードが出てきたところでタイピングドリルは終了。これは授業の半分を使って、これからも練習をしていく。今慌てて練習しなくても、イヤでも今後続けていかなきゃいけないものだし。
「んじゃドリルはここで終了だー」
「ふぃ〜。がんばったっ!」
「おつかれさん。後半は本格的にWordをやってくから、ちょっと身体ほぐしたりしてきな。疲れたろ?」
「了解! んじゃ行こっかせんせー!!」
……どこへ?
「え……今なんて?」
「え? だって身体ほぐすんでしょ?」
「うん。だから行ってきなって」
「私一人で?」
「おーいえー」
「身体ほぐす?」
「あーはん」
「夜戦なのに?」
「夜戦じゃないっ」
俺の拒絶をさして気にする様子もなく、川内は『わかった』と一言だけ言うと、『ばひゅーん』と音を立てて、教室から走って出て行った。元気だねー……若さってすごいねー……
俺はというと、二回ほど屈伸した後、事務所の自分の席に戻り、Accessを開いて川内の項目にここまでの進捗と備考を入力していく。
「お疲れ様です」
「はい」
自分の席から立ち上がった大淀さんが、川内の備考に『※かな入力』と付け加えた俺をねぎらってくれる。川内のやせ……授業に気を取られていて気が付かなかったのだが、いつの間にか大淀さんはケトルでお湯を沸かしていたようだ。立ち上がった大淀さんがお茶を淹れてくれ、俺の机の上に湯呑を置いてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ。私も飲みたかったですから。そのついでに」
その心が感激なんです大淀さんッ!! あなたのその『ついでに心遣い』の精神が、何よりも神々しいんですっ!!
「川内さん、かな入力を選んだんですね」
「ええ。本人がああいうのなら、別にいいかなと」
「カシワギさんもかな入力なら、困ることはなさそうですし。大丈夫でしょう」
「はい」
「これはもう、ますます川内さんの担当は、カシワギさんで揺るぎないですね」
俺の背後から川内の備考欄を覗き込んだ大淀さんが、そんなうれしくない事を言う。しまった……ここで無理にでもローマ字入力を選ばせておけば……ッ!!
急にドバンと入り口ドアが開いた。川内が戻ってきたらしい。どこで何をしていたのかは知らないが、川内は相変わらずのギラギラ笑顔で息切れしている。どっかでウォームアップでもやってたのか? 何かの出番が近いのか? 一体何に備えて身体を温めてるんだ?
「大淀さん! せんせー!! ただいま!!」
「はい。おかえりなさい」
「おかえりー。どこでなにやってたんだ?」
「夜戦を駆け抜けてきた!! でもここでせんせーと夜戦する体力は残してるから、大丈夫だよ!」
……相っ変わらず意味が分からん……。
「んじゃ、後半戦やるかー」
「了解!!」
「はい。頑張ってくださいねー」
大淀さんの優しい微笑みに見守られ、俺と川内は一緒に教室に入り、席についた。
「んじゃさっきも言ったけど、後半はWordを学んでもらうぞー」
「了解! ついに、本格的に夜戦が……!!」
「先生はもう注意しませんよー」
「認めたんだ!! ついにこれが夜戦だって認めたんだねせんせー!!!」
「そのポジティブシンキングにびっくりだ」
その後、Wordの基本操作のレクチャーが終わったところで、今日の授業は終了した。次回からは本格的に書類やプリント、チラシといったものをWordで作っていってもらうことになる。
「次回からはプリントをたくさん作ってもらうからな」
「了解! 待ちに待ったやせ……」
「待ってないし待ってほしくない。それよりも、家に帰ったら、今日の復習を忘れないように」
「えーぶーぶー!! ……あそうだ」
パソコンの電源が落ち、真っ暗なディスプレイに川内の笑顔と俺の死んだ眼差しがうつりこんだ時、川内がぽんと手を叩いて何かを思い出していた。また妙なことじゃなければいいが……。
「せんせー。妹もね。ここに通いたいんだって」
「……この時間帯にか?」
こいつの妹ってことは、やっぱ似た感じなのか……? こいつ一人でさえくたびれるのに、これ以上こんな奴が増えたら、俺は再び過労で血迷って、痙攣しながら床の上をゴロゴロするはめになりかねん。これ以上この時間に面倒なやつが追加されるのは、ごめんこうむりたい。
「んーん。違う。お昼に通うって言ってた」
「……ホッ」
「ほ?」
「あいや失礼。んじゃ大淀さんに詳しい話をしてみてくれ」
ふぅ……一安心したおれは、詳しい話をしてもらうべく、大淀さんに声をかけ、詳しい話を聞いてもらうことにした。
俺は横でAccessを開いて、川内の進捗を記入しながら聞き耳を立てていたのだが……川内の妹はすでに仕事についているそうだ。その業務の中でExcelを使うそうで、これまで戦い一辺倒だった川内妹は、いい機会だからExcelを習いたいと思ったらしい。基本的に仕事が休みの日のお昼に通いたいそうで、川内と時間がかぶることはないそうだ。それだけは一安心だ。
――せんせー!! やせんやせーん!!!(姉)
――わたしもやせん!! せんせー!!! やせんやせんやーせーんっ!!!(妹)
川内が二人……想像するだけでうるさい。俺の妄想のはずなのに、すでに耳鳴りがし始めている。そのような事態に陥らないだけでも御の字だ。
「んじゃ本人に言っとくね! 明日は休みだし、あとで話してみて!!」
「はい。かしこまりました」
「じゃあ大淀さんお疲れさま!! せんせーも!!!」
「はい。お疲れ様でした」
「おつかれー」
一通り話を終え、川内は昨日のように、体中からウキウキとかるんるんとか、そういうノリノリな雰囲気を漂わせながら、『やっせんー!! 家に帰ってやっせんー!!』と作詞作曲川内のイメージソングを口ずさんで帰っていった。あのエネルギーは一体どこから湧いて出てくるのだろうか。
「……つぁっ」
川内が帰った途端、体中に疲労がほとばしる……まさかあの無尽蔵のエネルギー、俺から吸収しているわけではないだろうな……。
「お疲れ様でした」
「お、お疲れ様です……」
そんな俺の様子を、ちょっと困ったような笑顔で眺める大淀さんは、そのまま自分の席に戻り、パソコンのキーボードをパチパチと叩き始める。川内の妹の件を記録に取っているのかな?
……そういや、あの夜戦バカが妙なことを言っていた。
「大淀さん」
「はい?」
「さっき川内が『あとで話してみて』って言ってましたけど」
「はい。あとで本人に電話かけてみようかなと」
「川内の妹とは知り合いなんですか?」
だよなぁ。顔見知りじゃないと、川内の口からあんなセリフは出てこない。それに、今の時刻は午後9時で、夜も遅い。こんな時間から話が出来るってことは、それなりに仲のいい相手じゃなきゃ気が引ける。
「知ってるも何も、私たちは元々同じ鎮守府に所属してましたからね」
「あ、なるほど。その時の仲間ですか」
「何度も一緒に戦った、かけがえのない仲間です」
そら仲がいいはずだ。大変な時を一緒に切り抜けた友達って、その後はめっちゃ仲良くなるもんな。
「そんなわけで、今日は先に上がって下さい。私は電話をかけますんで」
「了解です。でも、クローズ業務はさせてもらいます。早く慣れたいですから」
「はい。お願いします」
俺の提案に対し、大淀さんはニコッと微笑んでくれた。その笑顔は、思わず空耳で天使の賛美歌が聞こえてくるほど、神々しい。
「ぽー……」
「? どうしました?」
「あ、いやなんでもないです」
天使だ……この人、天使だ。
――夜戦ッ!!!
反射的に、どこぞの夜戦バカの満面の笑みを思い出した。大淀さんの天使の微笑みとは違う、川内の悪魔のような賑やかな笑いに、俺の精力は確実に減退していった。
――せんせーもはやく夜戦ッ!!!
それにしても川内の妹か……比較的平和で静かな昼すらも、賑やかになるのか……。
『こうやってオンライン画像を使えば、持っていない画像もネット上で容易に探すことが出来るわけだ』
『なるほど!!』
『これぞまさに、俺達に無限の富と叡智、そしてぬくもりをくれる太陽……!!』
『つまり……それは夜戦……ッ!!』
太陽を崇拝する男ソラール先輩と、夜の申し子川内(妹)の直接対決を想像し、気持ちがげんなりしてきた俺は、早々にクローズ業務を済ませ、帰路につく。
……しかし、本当に川内の妹ってどんな子なんだろう?
後書き
『ローマ字入力』と『かな入力』の切替方法
スペースキーの右隣の右隣にある『カタカナひらがな/ローマ字』キーと、
その右隣のAltキーの同時押し
ローマ字入力で入力中、ノリノリでタイピングしてると、
知らないうちに時々かな入力に切り替えちゃうときがあったりするので、
覚えとくと便利だと思います。
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