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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
  交わした約束

 唐突に現れたソウヤを前に、深春は涙が浮かぶのを感じた。

 あまりにも都合の良いタイミングで、あまりにも都合の良い登場の仕方で、あまりにも都合の良いセリフを吐くこの青年は一体なんなのか。
 それでも、来てくれた事実は変わらず深春は嬉しさをこらえることが出来なかった。

 目尻に涙を浮かべる深春を見ながら、ソウヤは優しく笑う。

「お前の“傷”は、あまりにも時間が経たなさすぎた。だから、背中を押してやる」

 ソウヤは深春に顔を向けると、笑顔を消して真剣な表情へと変わった。

「お前の母は、どんな人だった?」

 深春は心臓が悲鳴を上げるのを感じ、呻く。
 それは最も深春が分からない質問であり、一番理解している質問だった。

「私の母は、優しくて笑顔が明るくて温かくて…私のヒーロー“だった”」
「けど深春は知ってしまった…母の脆さを」

 憎悪に満ちた瞳を思い出し、深春は短く悲鳴を上げる。
 顔は笑っていても、触れ合う体は暖かくても…その瞳が全てを語っていたのだ。
 「貴女が居なければ」そう訴える瞳が。

「憎悪に満ちた瞳を見て、お前は裏切られた」
「憎悪に満ちた瞳を見て、私は誓った」

 “あの人”のようにはならないと、そう心に誓ったのだ。

「そして、お前は“逃げた”」
「――――――」

 救いに来たというソウヤの口から唐突に発しられたのは…鋭利な言葉。
 それは深春の心に深い傷を露わにした。

「ソウ、ヤ…?何を言って――」
「――違うのか?深春」

 ソウヤの言葉に、深春は即座に反応する。

「違うッ!私は…!!」
「お前を育ててきたのは誰だ」

 絶対に変えられない事実、絶対に覆らない過去。
 その1つ1つが凶器となり、深春を傷付けていく。

「でも、あの人は私を裏切ったッ!」
「お前を産んだのは誰だ」

 深春はソウヤの言葉を完全に覆すことが出来ない。

 確かに身を売ってまで深春を育てたのは母だ。
 確かに腹を痛めてまで深春を産んだのは母だ。
 確かに――

 ――深春が尊敬していたのは誰でもない、母だった。

「それでも…!」

 けれど、母が尊敬できる人物であるのが事実であるように、母が深春を裏切ったのもまた事実。
 そうでなければ、何故あんな憎悪に満ちた瞳を灯せるのか。

「人の気持ちは簡単に変わってしまう…」
「そんなの当たり前だ」

 深春の苦渋に満ちた顔で発した言葉はソウヤを揺るがすことなく、逆に即答される。
 ソウヤの言っていることが理解できない深春は、裏切られた気持ちでソウヤを見つめた。
 だが、返ってくるのは予想以上に当たり前な言葉。

「誰だって、簡単に怒りもするし喜びもするだろう?」
「――――――」

 どうして表面上の気持ちとして区別するのか、深春には分からなかった。

「じゃあ聞くぞ深春、お前が母の瞳に憎悪があると気付いたのは何時だ」
「……え?」

 ―あれ、いつだっけ。

 強烈に頭に残っているのは、憎悪に満ちた母の瞳。
 それが何時からのものからか、全く深春の記憶の中になかった。
 記憶の中にあるのは、いつも優しい瞳をした母の顔だけ。

「あ、れ…?」
「人の気持ちっていうのは簡単に変わる、だがそれは表面上の部分だけだ」

 深春が記憶の中から必死に憎悪に満ちた母の瞳を思い出そうとしている中、ソウヤの言葉は止まらない。
 困惑しすぎて頭の中が整理できていない深春は、おとなしくソウヤの言葉を聞くことしかできなかった。

「根底にある部分は、よほどでない限り覆らない」
「こん…てい……?」

 同じ単語を繰り返す深春を、ソウヤは優しく笑って見つめる。

「なぁ深春、少しは考えてみろよ――」

 そして、ゆっくりと深春の身体をソウヤは包み込むと母親がやるように、慈愛を込めてゆっくりと頭を撫でた。

「――腹を痛めて産んだ子が、身体を売ってまで育てた子が、可愛くない母なんてどこにも居ないよ」

 考えれば、すぐわかる話だった。
 答えは単純だ、“憎悪に満ちた瞳”を母はまず行ってさえしていない。
 何故なら死ぬ直前、深春の母は狂いきっていたのだから。

 狂った人間は、もう元の人間ではなくなる。
 ただただ溢れる表面上の感情を周りに叩きつけるだけだ。
 その結果が「貴女が居なければ」という置手紙と、首吊り。

「よく思い出せ、“誰に”母がお前を憎んでいたと“言われた”?」
「――ッ!」

 虚ろだった瞳に光が差し込む。
 停止していた脳が急加速する。
 ぼんやりしていた思考が、一気にあてはまった。

 ――何故、母が憎んでいると“思い込んでいた”のかを思い出す。

 許せなかった。
 誰でもない、“偽りの言葉”を信じ切っていた自分自身に。
 あれだけ尽くしてくれた母を“裏切った”と思い込んでいた自分自身に。

「…もう、大丈夫だな」
「大丈夫でござる。小生は全てを思い出したでござるよ」

 無茶苦茶なござる口調。
 けれど、これは深春が完全復活した証であって――

「なら、後は任せるぞ」
「任せるでござるよ」

 ――ソウヤと深春は体を離すと、互いに拳をぶつけ合った。

 不意に、ソウヤの身体にノイズが走る。
 時間が来たのだと、深春はすぐに察した。

「悪い、もう時間だ。流石にこれ以上の滞在は俺の力でも無理らしい」
「気にしなくていいでござるよ、ソウヤ殿」

 消えていくソウヤを深春はしっかり見つめると、不敵な笑みを浮かべる。

「小生は、侍でござるからね」
「…あぁ、行って来い!」

 そうして、ソウヤはこの神域から消えた。




 吐き気。
 腹痛。
 頭痛。
 酸素不足。
 息切れ。
 動悸。
 筋肉痛。
 骨の軋み。

 ありとあらゆる痛みが瞬間、ソウヤを襲い掛かる。

「っ!ッ…!ぁ…ッ…ぐぁっ…!!!」

 声にならない痛みに、体中が沸騰したかのように熱くなるのを感じた。
 これまで感じてきたどの痛みよりも、直接的で激しい痛み。
 あまりの痛みにソウヤは指一本動かすことも出来ない。

「大丈夫か、ソウヤ!」

 心配そうに叫ぶエレンの声が聞こえるが、それすらも反応できない程の痛み。
 瞳孔が限界まで開かれ、口から泡が吹き出し、体が一定に跳ねつづけた。

 これは無理やり“すべて拒否する力(人間)”の力で神域に入った罰。
 生物からかけ離れた力を持つとはいえ、それでも神が支配する領域に入ったことで体中が拒否反応を起こしているのだ。

「あんたったら、本当にこんな無茶して…!」

 レーヌが呆れた声で呟きながら、ソウヤに医療を始める。
 正直、ただの水魔法による治療は全く効果が無く、多少痛みが安らぐ程度だ。

 けれどそれでソウヤは十分である。

「ずっと。痛く、て…苦し……くて、辛かった…け、ど」

 『試練』に入った瞬間から、ソウヤはこの痛みと気持ち悪さを身に受けていたが、それでも耐えて話し切って見せた。
 難易度的に言えば、“最果ての宮”の100層をクリアするより難しかったようにソウヤは感じる。

「それで、も…。後、悔…したく、な……い」
「あぁ、もう分かってるから黙っとけよソウヤ!」

 心配しすぎて苛立ってるのだろう、ナミルの声がいつも以上に荒々しかった。

 凄まじい地獄を味わいながらもソウヤは感じざるを得ない。

 ―良い仲間を持ったな…俺。

 そんなことを考えながら、ソウヤは意識を闇へと投げ出した。




「貴女がいなければ」

 そう言う母の瞳は酷く悪意と憎悪に呑まれていた。
 いつもなら、その瞳に見つめられただけで私は竦みあがり逃げ出していただろう。

 “よく思い出せ、誰に母がお前を憎んでいたと言われた?”

 彼の言葉をもう一度思い出し、私が母を憎む原因となった者を思い出す。

「母さん」
「――――――」

 ただ、怨念を瞳に宿し私に手を差し伸べていた母が…硬直する。
 いつもとは完全に違う反応に、母は動揺を隠せず狼狽した。

「私を産んでくれてありがとう」
「――――――」

 もう、私の中には“憎悪に満ちた瞳”は映らない。

「私を育ててくれてありがとう」

 もう、私の中には“優しく笑う母”しか映らない。

「私を――」

 もう――

「――愛してくれて、ありがとう」

 ――母を私は裏切らない。

 見るも絶えない、想像を絶するほどの醜さに溺れた母の姿にノイズが走る。
 そうして現れたのは、私が良く知る…私が最も尊敬する母の姿。

 優しく微笑む彼女はそっと手を差し伸べ私の頭を撫でた。

「ごめんね、ちゃんと愛せなくて」
「ううん、私は母さんを尊敬してる」
「ごめんね、ちゃんと最後まで愛せなくて」
「こっちこそ、ごめん」

 頭をなでながら謝り続ける母だが、どちらかというと私の方が母より謝りたい。
 生きてほしいと産んでくれ、生きてほしいと育ててくれた。
 けれどその結末は最悪だったのだから。

「ちゃんと、最後まで生きられなくてごめん」

 ウィレスクラに拾われ、この世界に来て私はすぐに悟った。

 ――元の世界の“私”はもう死んでいるのだと。
 もう二度と、あの世界に戻ることは望んだとしても出来ないのだと。

「でも、深春はちゃんと生きてる」
「母…さん?」

 そんな“後悔”を打ち消すように、母は私に微笑みかけた。

「私と生きた世界は違うけれど、ちゃんと貴女は今を生きている…違うかしら?」
「…うん、そうだよ。私は生きている」

 母は「なら大丈夫よ」と言葉を続けて両手を腰に当てる。

「深春、生きなさい。辛くてもいい、悲しくてもいい、怒っていてもいい」
「――――――」

 それは、母が口癖のように私に言っていた言葉。
 その言葉に、私は何度救われ尊敬してきただろうか。

「でも笑いなさい、こんなものかって」
「…うん」

 深春は母と顔を合わせると、小指を母に向けた。

「約束するでござる。小生は生きる、生きることで…貴女に貰った恩に報いると」
「それは最高の親孝行ね」

 母と深春は互いに笑い合うと、小指を重ね合わせて強く握り合う。

 生きてほしい。
 辛くても、悲しくても、怒っても笑って生きてほしい。
 どんな困難があっても春のように暖かな笑みを浮かべてほしい。

「春のように、心を深く持ってほしい。だから私は貴女に“深春”と名付けた」
「――ありがとう…母さん」

 母は私の言葉に、優しく明るく温かい最高の笑顔で返すと母の姿は掻き消えた。

 そして、私は“精神”の『試練』をクリアする。
 例え先ほどの母の姿が『試練』が見せた幻だとしても――

 ――二度と、私は母の笑顔を忘れることは無いだろう。

 そして、その後の“心”の『試練』も余裕でクリアした深春は、完全な『申し子』として認められた。 
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