グランドソード~巨剣使いの青年~
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
鬼は燃え狂い――
ガルフの大陸、ギディニスの首都。
多くの者は大陸の中で最も安全ともいえるこの場所に、“天使”から逃れようと非難していた。
逃げ惑う人々の総勢は最早数えきれるものではない。
「ゆっくりで良いからしっかり歩けよ!ここは安全だ!」
その首都の、守りの要とも言える城塞の出入り口でナミルは人々の誘導を行っていた。
もっと言うならば、人々の誘導とその護衛である。
少し前まで蔓延っていた魔物ならまだしも、“天使”相手ではこの大陸でナミル以外に対処する者がいないのだ。
それ故に、多くの人々が無防備をさらすこの場所でナミルは動いている。
「あの、ナミル様…」
「ん?なんだ、お嬢ちゃん?」
忙しく動き回るナミルの足から不意に外力が掛かった。
力が加わっている方を見てみれば、そこにはまだ年端もいかない少女が人形を抱えてこちらを見ている。
その不安気な顔に、恐怖に揺らぐ瞳にナミルは無下に扱えなくなり、エミルはしゃがみ込み少女と視線を合わせた。
「あの、ね」
「おう」
言いづらそうにしている少女に、ナミルは両親と逸れたのだろうか…と思い至る。
だが、次に告げられた言葉は彼女の――いや、耳に入った周囲の人々全員の想像をはるかに超える言葉。
「――お姉ちゃんは、パパとママの“かたき”を取ってくれる?」
「――――」
ナミルは、告げられた文字列を把握するのに少々時間の消費を迫られた。
少女がそういうと同時に、20もいかない青年が少女を見つけ慌てて頭を下げながら少女の手を取る。
「すみません…。ほら、行くよ」
「えっでも…!」
まだ答えは聞いていない。
不満げに見つめる青年は眉を潜め、「迷惑をかけるんじゃない」と少女の頭に手を置く。
その青年の目にも、隈があるのをナミルは見逃さなかった。
つらい経験をして焦燥しきっていることも、ナミルには良くわかる。
「お嬢ちゃん!」
だから、しゃがみ込んだまま固まっていたナミルはすぐさま立ち上がると少女を呼んだ。
どうしてもあの少女に伝えたい言葉があったのである。
彼女独特な男勝りな口調と低めな声は少女に届いたのか、共に連れる青年と共にナミルの方角へ顔を向けた。
「俺は、俺たちは“英雄”になる!だから安心しとけ!!」
“英雄”。
かつて、世界を救うため、愛する者を救うためかつてない偉業を成し遂げた人物。
今自分たちが…ソウヤを含めた自分達が、それらを越える偉業―または罪業―をしようとしていることをナミルは知っていた。
けれど少女にそれを伝えるには、まだ些か年が足りない。
だから分かりやすいように、イメージしやすいように“英雄”になると決意した。
「俺たちが全て解決してやる!だから――」
ナミルが伝えたいことは決して仇を取るなどという、小さな事ではない。
伝えたいのは、もっともっと大事な事だ。
「――お嬢ちゃんはちゃんと兄貴を見てやれ!良いな!!」
その言葉を張り上げてナミルは元の仕事に戻っていく。
届いたかどうかは、この大量の集団が蔓延る中ではわからない。
だが、少女の近くに支えてくれる存在がいるのだと気付いてくれたら、ナミルとしてこれ以上嬉しいことは無いのだ。
それからしばらくして、“彼ら”はやって来る。
空を切り、風に乗り、光を照り、純白の魔物がやってきたのだ。
「何人いるんだ!」
「目視で7人です!!」
切羽詰まったように声を張り上げ始める兵士たち。
恐怖に怯えながら必死に首都へと入り込んでいく人々。
それを見ながら、ナミルは冷静に自身にある戦力と敵の戦力を計っていた。
―こちらが戦えるのは俺1人。相手は7人か…。
1体2体なら何とかなる。
だが、流石に同時7体となると多勢に無勢どころか戦闘になるかすら危うい。
そう思い至ったナミルは、しかし背中に担いでいる大剣を引き抜き人々の前に立つ。
「約束は、破れないからな」
中心に一線だけ空白があるその大剣は、歴戦の業物だと一瞬で周りの人々が理解した。
それと同時に、諦めかけていた生存への道に希望が宿っていく。
彼女ならなんとかなるのではないか…と。
期待の眼差しをその背中で受け止め、ナミルは見えないように顔に垂れる汗を拭う。
―何分、いや何秒耐えられる…?
天使との戦いは分単位ではない。
それこそ本当に1つ1つが秒単位で終わってしまう。
それほどに早く、瞬時に終わる戦いなのだ。
迫りくる極光、殺気、悪意。
それに対抗するためナミルは大剣を構え、精神を集中させる。
今までのナミルは、荒々しい殺気をただ相手にぶつけ力の限り振り回していた。
かつてのソウヤと全く同じように。
だが、今のナミルは別人だ。
体と大剣の刃が一対となったように、筋繊維1つ1つが刃と化したかのように研ぎ澄まされた殺気を噴出する。
考えるは目の前に迫る敵のことのみだ。
故に彼女は“狂鬼”と呼ばれる。
まるで狂った鬼のように、“鋭利な殺意”だけを向ける荒々しい戦鬼。
孤高に、気高く、そして時に荒々しく戦う彼女に着いていく者はいない。
当然だ。
ついていけばその身は鋭利な殺意に射抜かれ、身に纏う炎に焼き尽くされる。
――故に彼女は『狂い纏う鬼炎』ナミルと呼ばれた。
彼女は孤高に戦う。
そう、つい先ほどまでは。
「きゃぁぁぁぁああああああ!」
「…あ?」
唐突に響くのは女性の声。
決して男勝りで、女性からしてみれば大分低い声を持つナミルの声ではない。
もっと、女性らしい声だった。
―俺の集中力を切らしたのはどこのどいつだ?
殴ってやりたいとナミルは思う中、その声は上空から響くのを聞き取る。
超人的な視力で目を凝らせば、そこに現れる黒い点。
それはどんどん大きくなり――
「おい、落ちてくるじゃねぇか!」
――それが空から落ちる人なのだとすぐにナミルは悟る。
理由が何故だかわからないが、落下してくるのならば俺が受け止めるまで…とナミルが意気込む中、更に彼女を困惑させる言葉が響いた。
「ちょぉぉおおお!ソウヤ何とかしなさいよ!!」
「あ?ソウ、ヤ…?」
よく見れば落ちてくる黒い点は2つ。
1つは青い印象を持たせる、恐らくはウォルフであろう女性。
そしてもう1つをナミルは確認し、大きくため息をつき空から視線を落とす。
―あぁ、俺の出番ねぇわこれ。
落下する黒い点を見て、思い至った結果の行動だった。
その数秒後、地面から伝う軽い衝撃をナミルの足が感じた後に、彼の声は響く。
「――っと。すまん、遅れた」
ナミルはもう一度大きくため息をついた。
もう少しマシな出方はないのかと文句を言いたくはあったが、正直それどころではないのは事実。
とりあえず、懐かしき男性に頭一発ぶん殴って気持ちを落ち着かせることにナミルはした。
「っで!?…なんか、デジャヴを感じる」
「毎回毎回、突飛な登場するからでしょ、この馬鹿」
「悪いとは思ってるさ…」と言って、彼――ソウヤは頭を掻く。
1つため息をついてソウヤは、自身から背を向け“天使”の大群に視線を向けたナミルの肩を軽く叩いた。
「ギリギリだったか?」
「――あぁ。大分な」
「でも」と続けるナミルは、大剣を構え研ぎ澄まされた殺意を放出し始める。
その殺意に当てられたソウヤやレーヌといえば、動けないという事態もなく何の変化もないようだ。
人々は何故、と驚く。
一騎当千の強者であれ、彼女の殺意に当てられたものは動けなくなると知っているからだ。
それでも彼らは、多少の驚きはあっても動けなくなるということは無い。
「んじゃまぁ、始めるか」
「はぁ…。じゃあ適当に私はサポートしとくわね?」
「あぁ、頼むぜ」
軽く言って笑い合う彼らは、次の瞬間誰もが声を失うほどの殺意を放つ。
何故も糞もなかった。
彼らがただ単純にナミルと同等、男性に至ってはそれ以上の殺意を放てるだけだったのだから。
初めて“天使”が手を組み、1つの首都を潰そうとしたその日。
襲撃から数分後に残っていたのは極光ではなく――
――炎を纏って狂い踊りながらも、再会を喜ぶように笑う鬼と仲間達だけだった。
後書き
鬼は燃え狂い――笑う。
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